夕日も黒に染まりつつある黄昏の時間。香澄達は有咲の蔵に練習をしに戻っていた。
有咲、たえ、りみの三人は、特に話すこともなく各々楽器の準備を進めている。
「……」
が、そんな中でノートに向かう香澄がいた。一切声を出さず一心不乱に描き続けるその姿を見た3人は、清らかだとさえ思っていた。
「……大丈夫かな、香澄ちゃん。蔵に来てから、ずっとこんな感じだけど……」
何も口にせずノートに向かう香澄を、心配するりみ。ベースのチューニングの手を止めて、ピックを静かに机に置いた。
「……あれが今の香澄のやることなんだと思う」
有咲が静かに鍵盤に触れる。ファーという少し抜けた音が、蔵の虚空に消えていった。
音が響き終わる前に、有咲は口を開く。
「……歌って言うのは誰かを感動させたり、誰かの記憶の中に永遠に残ったりするものなんだ。歌を歌うってことは、バンドをするってことは、誰かの支えになったり、誰かの勇気になったりするようなことを伝えるってことなんだよ」
蔵が静寂に包まれる。有咲の言葉を、蔵の面々が静かに聞いていた。
「自信がなくて、気が弱くて、甘ったれでもそんな歌を歌わなくちゃいけない。背負って、愛して、裏切らないように。……誰かのスタートになるような、いつまでも愛されるような歌を歌わなくちゃいけない……。って、偉そうに言ったけど、これ小説の受け売りなんだけどな」
少し恥ずかしそうにそっぽを向く。皆が手を止めて、有咲の言葉に聞き入っていた。
「……さーや、やっぱり“やりたいのにできない”って感じだった。せっかく夏希ちゃんたちとバンドを組んだのに、迷惑かけちゃって。もう一度やりたくても、また迷惑かけちゃうからって」
有咲の話を聞いていた香澄が、思いを吐露する。歌詞を書く手を止めて、自らの思いを吐く。
「さーやの気持ちはわかるけど、でも、でも……っ!」
香澄の瞳に、一杯の涙が溜まる。体を震わせながら言う香澄の姿を、三人は何も言わずに見つめる。
「あんなに苦しんでるのは、やっぱり違うよ……!」
紫色の瞳から、一筋のナミダが零れ落ちた。
次々あふれてくる涙を拭うこともせず、香澄は続ける。
「……だからこそ、私は歌いたいの。有咲が言ったように、誰かのスタートになるような。誰かの背中を押してあげられるような歌を歌わなくちゃいけないの」
涙を袖で拭い、作詞を再開した。
――みんなの支えになるような、勇気になるようなそんな歌を創る。だから、さーや。もう少しだけ待ってて。
香澄は再び、ノートに向かい合った。
「……それじゃあ、私たちはやることは一つだね」
香澄達の様子を静観していたたえがいった。
首からギターを下げ、ギターをアンプに繋ぎ、音を出す。
「私たちは、香澄のバンド。Poppin'Partyだよ。香澄がそういう歌を歌うのなら、私たちも全力で助け合う。……私たちは、みんなで歌ってこそPoppin'Partyなんだから」
そういうと、たえで現在練習中の「走ろう(仮)」の練習を始めた。
ノートに向かう香澄と、練習するたえ。そしてそれらを見つめている有咲とりみ。
この二人のとるべき行動はもう決まっていた。
「……よっし。じゃありみ、おたえ。できるところまで合わせるぞ。」
「……うん!」
香澄達は、歌うべき歌にむけて走り出していた。