遠い音楽   作:冴月

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 次の日。りみとたえを勢いよく蔵に引き連れてきた香澄は、はぁはぁと切れる息を抑える暇もなく出来上がった歌詞を見せた。

 有咲とりみが作ったメロディに合わせて歌詞を歌い上げる。ここはみんなで歌って……などと、歌詞構成をひとつひとつ説明していく。

 

「……いいね。ノリ易いし、歌詞もすごくいい」

「こんな詞を書けるなんて……やっぱり凄いなぁ」

 

 有咲を含め、3人がノートを見て興奮気味に言う。たえ、りみは早速楽器を用意してアレンジを考え始めており、有咲も歌詞をじっと凝視していた。

 各々行動をとっている3人に、香澄は思いを告げた。

 

「……私ね、この曲を演奏出来るようになって沙綾に聞かせたいの。あんなに苦しんでる沙綾はもう見たくないし、それに……」

 

 香澄は、覚悟を決めたような表情でしっかりと告げた。

 

「沙綾とは友達だから」

 

 "友達"。なんでも悩みあえる最高の奇跡。

 その言葉に、ほかの3人はしっかりと頷いた。

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 ついに文化祭1週間前になった。

 クラスの催し物もラストスパートに入り、細かいところをどんどんと詰めていくことになっていた。

 ポピパ達も、必死の思いで"あの曲"を完成させほかの曲を詰めていく。

 香澄も有咲もりみもたえも、文化祭と両立をしながらなんとか準備を進めていっていた。

 

 そんな中……。

 

「ごめんね、沙綾。また朝ごはん作って貰っちゃって……」

「いーのいーの。私がやりたいんだから」

「でも……。学園祭近いんでしょ? 準備とかあるんじゃないの?」

 

 沙綾の母が、心配そうに後ろ姿を見つめる。グルグルと味噌汁を回す沙綾の姿を、なんだか悲しそうに見つめていた。

 

「大丈夫大丈夫! 準備期間で授業もないし」

 

 味噌汁を味見する。いつもと同じ出汁、同じ味噌を使っているはずなのに、なんだか少しだけしょっぱい気がする。

 

「そう……あら?」

 

 母親がなにかに気づいた。

 台所のすぐ近く。裏口のドアに、なにか挟まっている。視界の端に、時たまキラリと映るそれを、沙綾の母は視認した。

 

「手紙……? 星のシールが貼ってある……」

 

 白い封筒に包まれて、赤い星のシールがキラキラと輝く。

 手紙を優しく手に取り、沙綾の母はそっとそれを机に置く。

 

「ふふっ……。沙綾」

「なーに、母さん」

 

 沙綾は、お玉を持ったまま顔だけを向けた。

 

「これ、お友達からよ」

 

 沙綾に手紙を見せる。

 なんだか分からないと言ったふうに、手紙を見つめていた沙綾だったが赤い星を見ると一転。驚きと喜びが入り交じったような表情を浮かべる。

 

「これ……もしかして……!」

 

 味噌汁のお玉を他所に、手紙に食いつく。沙綾は、急いで手紙を開けた。

 

『沙綾へ』

 

 ひと目でわかった。この、可愛らしく丸っこい字。自らの気持ちを解き放とうとする、思いを込めたノートの字。香澄の字だった。

 沙綾は、続きに目を向ける……が。そこに書かれていたのは、たった一言のみだった。

 

 

 

 

 

星を辿って!

→☆

 

 

 

 

 

 星を、辿る……?

 沙綾の頭の中に疑問符が浮きでた。

 

 星を辿る、か……。そう言えば、最近そんな感じの話を聞いた気がする。

 下を向いて歩いていたら、隅に輝く星を見つけて。ドキドキを感じて辿ってみると、キラキラする運命に出会い。そんな、小説のような奇跡のお話。

 

 ーーもしかして。

 

 沙綾は、手紙が挟まっていたドアの裏側を確認する。下を向き、なるべく端の方を探す。

 

 ーーそこには、キラリと光る星のシール。少しだけ剥がれかけた、奇跡の欠片があった。

 

 どき……どき……どき……!

 沙綾の心臓が跳ね上がる。鼓動が高く、激しく響く。ハートビートは、聴こえるハズのない遠い音楽を想起させる。

 

「……母さん……わ、私……!」

 

 行きたい。

 行かなければならない。何処に行くかは分かっていた。

 香澄の話してでてきた、夢の蔵。最高の、ライブステージ。そこに決まってる。

 

 けど……けど……!

 

 ーー行けないっ。行けるわけないっ……!

 

 沙綾の目に、涙が浮かぶ。

 また迷惑をかけてしまう。母親に、父親に、純と紗南に……!

 

「沙綾」

 

 葛藤をしている沙綾の肩に、優しく手を置く。涙を頬に流し、潤んだ瞳を母親に向けた。

 

「沙綾……行きなさい」

「……え?」

 

 そっと、沙綾の涙を拭く。肩を抱き、しっかりとその目を見つめながら穏やかに語りかける。

 

「前にも言ったでしょ。私はもう大丈夫。お父さんだって、一緒に手伝ってくれる」

 

 空いた窓から、カサカサと風で揺れる草の音がする。酷く心地いいその音は、沙綾の心を酷く揺さぶる。

 

「……でも……でもっ!」

 

 沙綾の脳裏に、"あの時"の記憶が蘇った。

 母親が倒れる。父親が膝をつく。紗南が、純が泣き叫ぶ。

 

 もしも、もしも()()()()()()()()()()()()……?

 

「私がっ! 私がバンドをしていたせいで苦しんだの!! また同じ事があったら……。そんなの私、耐えられないっ!!」

 

 泣き叫ぶ。また同じことがあったらという不安。それ故に、沙綾は踏み出せなかった。

 

「……ねーちゃん!」

 

 いつの間にか純が起きてきていた。その手には、母さんの携帯。なにやらカコカコと画面を動かしている。

 そして、そのまま携帯を自らの耳に当てた。

 

「純、何をして……」

 

 沙綾が問いかけようとしたのを遮るように。沙綾の携帯がブルブルとバイブレーションした。

 溢れ出る自らの想いが完全に止まりきらない。震える手を抑えながら、沙綾は自らの携帯を見た。

 白い背景に、「母さん」の文字。純が、沙綾の携帯に電話をかけていたのだ。

 純の行動の意図が読めない。沙綾は思わず、純と起きていた紗南。そして、心配そうに見守る父さんと母さんの顔を涙溢れる目で垣間見た。

 

「俺、去年は何も出来なかったけど。今は俺も、紗南も何かあったら1人でも呼べるよ!」

 

 しっかりと、前を見据えて。もう二度と、失敗はしないという覚悟。その片鱗を、沙綾は感じ取る。

 そっと、服の裾を引っ張られた。純よりも一回り小さい子供の手。紗南は、心配そうに沙綾を見上げる。

 

「お姉ちゃん……紗南達がついてるからね」

「っ……!」

 

 ーーそうか。そうだったのか。やっと、気づくことが出来た。

 

 沙綾の脳裏に、蘇る記憶。いつもそばにいてくれた、純と紗南。

 どんなに今が辛くたって、何も上手くいかなくたって、2人はそばに。沙綾に寄り添ってくれていたのだ。

 ……いや、2人だけじゃない。沙綾の悩みに耳を傾けたのは、純と紗南だけじゃない。

 

 香澄。戸山香澄。入学式で出会った、星が大好きな女の子。

 

 彼女はなんて言ってくれた? 彼女はなんて声をかけてくれた?

 

 

 

"……なんで、なんで1人で決めちゃうの……? 私達、友達でしょ……?"

 

 

 

 

 はっとした。頭を鈍器で殴られたように、沙綾の心は揺さぶられていた。

 ーー遠くから願うだけだった私を見つけてくれたのは誰だ?

 ーー眠っていた声を、呼び覚ましてくれたのは誰だ?

 

 

 

 

 

 ーー香澄っ!!!

 

 

「……純、紗南……ごめんね」

 

 優しく、きゅっと2人を抱きしめる。今まで日常であった抱擁とは違う。暖かく、陽だまりのような熱がそこにはあった。

 

「父さん、母さん、ごめんなさい……。私、また1人で悩んで……立ち止まっちゃって……」

 

 2人から手を離し、涙を拭う。自らの母親と、父親に向き合うと、母親が口を開いた。

 

「……私ね、元々身体が弱かったから色々迷惑かけてたでしょ。だから、早く沙綾を安心させたいって。元気になって、沙綾に自分の夢を目指して欲しいって、そう思ってたの。でも……」

 

 母親が目を伏せる。

 

「でも、結局1年前のあの日。倒れてしまった。父さんにも、色々と迷惑をかけちゃった。……だから」

 

 沙綾に触れる。頬に大きな手を添えて、まだ流れる涙を拭く。

 

「……もうこんな無理はしない。約束する! だから、沙綾も沙綾自信を大切にして……!」

 

 暖かい。久しぶりに、母親に抱きしめられたような気がする。

 沙綾の中のピンと張った糸が、ほつれかける。

 

「……沙綾。父さんと、母さんはもう大丈夫。今までは、不甲斐ない事に、沙綾の苦しみに気づくことが出来ないで間違った事ばかりしてしまっていたーー」

 

 父親が、沙綾の頭に手を置く。

 誰よりも大きく、頼もしい掌が沙綾の糸をよりほぐす。

 

「……だが、もう間違えない。しっかり話し合って、これから先を決めていこう。だから、沙綾」

 

 

 ーーお前はお前の夢を撃ち抜くんだ!

 

 

 プツリ。

 沙綾の糸が、完全に切れた。

 

 

「……うん。……うん! ごめんなさい……ごめんなさい……!」

 

 止まりかけていた涙が、再び溢れ出す。

 暖かいこの居場所、温もりを感じるこの優しい居場所。寄り添ってくれる仲間。こんなにも、暖かくて、眩しかったんだーー。

 母親が沙綾から手を離す。父親と、紗南と純と。4人で送り届けてくれる。

 

「沙綾……行ってらっしゃい」

「……うん! 行ってきます!」

 

 よく晴れた日。台所のドアから飛び出した沙綾。

 燦々と輝く太陽が、沙綾の進む道を照らしてくれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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