遠い音楽   作:冴月

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50.5

 私は、自分が好きになれなかった。

 

 

 

 まだ中学生だった頃。初めてのライブに失敗のがきっかけだったかのように思う。

 ナツと、マユとフミカ達との初めてのステージ。キラキラ輝くはずだった舞台に、私は上がる事が出来なかったのだ。

 

 父さんが急な配達で家を留守にしたほんの僅かの間。母さんと、純と紗南しかいないタイミングで、それは起こった。

 疲れとか、色々溜まっていたんだと思う。元々の体の弱さも相まって、母さんは倒れてしまった。

 その連絡を聞いた私は……。"初めてのライブ"を終えることなく、母さんを病院へと連れていった。

 

 

 

 

 

 母さんを何とか自宅へと連れ帰った時。ナツ達が家へと来てくれた。

 目と目が合うなり、皆が泣きながら駆け寄ってくる。抱き合いながら、その温かみを感じながらも、私は面々へ謝罪をする。

 申し訳なさを感じ、俯いて黙り込む。静かに流れる涙、頬に伝う雫が落ちきる前に、ナツたちが励ましの言葉を掛けてくれた。

 

 出だしでナツがトチったこと。急遽ドラムの音源を流してもらったこと。ライブは、何とかなったこと……。

 

 ナツ達が届けてくれたペダルバックを胸に抱き、沙綾は自らのしてしまったことの重さを感じていた。

 ……でも、そんな私にナツ達は言った。

 

 

「ライブは、今日だけじゃないよ!」

「また一緒にやろう!」

 

 どれほど、暖かっただろう。どれほど、優しい言葉だったんだろう。

 少なくとも、その時まで。私は前を向けていた気がしたーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこと無かった。向けていた気がしてただけで、下を向いたままだったのだ。

 みんなに前を向かせてもらって気づいたのだ。

 ナツも、母さんも……。自分の事よりも私の事ばかりだったってことに。

 

 ナツ達は、ライブをめちゃくちゃにしたのにみんなが気遣ってくれて。私の分まで頑張ろうとしてくれて。

 母さんは、まだ完全に治りきっていないのに"元の生活に戻っていいのよ"

だなんて微笑んでくれて。

 

 みんなに負担を掛けて、私だけが楽しむ。その事実が私の心を蝕んでいく。

 

 だから……私は「私」が嫌いだった。

 

 みんなに迷惑をかけてしまう自分が。迷惑をかけなければ、楽しめない立場にいる私が。

 私が何かをやろうとすると、必ず誰かが損をしてしまう。そんなの、そんなの絶対に許せない。許せるはずがなかった。

 

 

 だから、今日も私は嘘をつく。自分の気持ちに封をして、嘘でひたすら塗り固めていく。

 

 

ーーーーー

 

 気づいたら高校生になっていた。

 迷惑をかけ続けていたCHiSPAを辞め、家の手伝いを積極的に行うようにしていたら、高校生になっていた。

 

 花咲川女子、高校1年生。少しだけはやる気持ちを抑えつつ、私はクラス分けの掲示を見に行く。

 そこでーー私は、戸山香澄と出会ったのだ。

 

 

 星のような、猫のような髪型をした彼女。私が、お昼ご飯に焼き立てのパンを持ってきていたこともあって、「パンの匂いがする!」だなんて言い放った彼女。

 混じりっけのない、真っ白な笑顔。綺麗な笑顔を、不思議と私は惹かれた。星の輝きのようなその姿が眩しくて、ちょっぴり憧れもあったのだ。

 

 そんな香澄のライブを初めて見た。商店街の、お祭りのステージでのミニライブ。

 市ヶ谷さんと、花園さん。牛込さんも加わり、皆で音楽を奏でる。

 思わずリズムに乗ってしまった私だったが、それを何とか振り払い。心に整理をつけながら、私は獅子舞へと戻っていく。

 

 

 数日後には学園祭の準備が始まった。

 香澄と共に学園祭実行委員になった私は、事務所類に泣く香澄を宥めながらも準備を進めていく。

 みんなでワイワイと進める準備。市ヶ谷さんも、いつの間にか学校来るようになり、花園さんと牛込さん。市ヶ谷さんと香澄。この5人で集まることが多くなっていた。

 

 ーーなんだか、久しぶりにちゃんと笑った気がする。

 香澄がボケて、市ヶ谷さんがツッコミを入れて。花園さんがちょっとズレたことを言って、それに牛込さんがノッてまた市ヶ谷さんがツッコむ。

 忘れかけていたこの時間が暖かい。

 

 "なんでこんなにも、眩しいの?"

 

 そんな問いが出てくるくらいに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも、私は決めたのだ。迷惑をかけてまで、私は楽しめない。そんな嘘が、私を遮っていた。

 

 

 そんな日々を過ごしていた時だった。香澄が、私の家に突然訪れてきたのだ。

 ちょっと様子がおかしい……が、それでもお腹はすくようだ。くぅ、と可愛らしい音が香澄から鳴ったので、下からパンをいくつか持ってくる。

 午後の紅茶と、食パンとベーグル。売れ筋ランキングでかなり上位に入るこのふたつのパンは、今日に限って何故か売れ残っていた。

 そんなパンを、香澄にならってはむはむと咀嚼する。静かな時間が続いていく中、香澄に核心を着く様なことを問われてしまった。

 

「さーや、なんでドラム辞めちゃったの?」

 

 なんで……か。思わず本音が出てしまいそうになる。

 今日までにすごしてきた暖かな時間が、私の心を緩やかに解いてくる。それを結び直す時間。若干の沈黙の後、香澄は何かあるなら手伝うよと、またしても優しい声をかけてくれた。

「……いいよ、香澄に悪いし。文化祭でもライブするんでしょ? 全然時間ないよ」

 

 バッサリと切り捨てたつもりだった。香澄が、私の辞めた理由について聞いてきた時、その先の言葉が想像ついたからだ。

 それでも、香澄はめげずに聞いてくる。バンドじゃなくてもいいから、さーやと一緒に楽しみたいから手伝いたい……と。

 

 その言葉が、私の気持ちを溢れさせたのだ。涙とと共に、吐き出す思いが止まらなくなったのだ。吐ききったのを聞いた上で、香澄はこう言ったのだ。

 

「……なんで、なんで1人で決めちゃうの……? 私達、()()でしょ……?」

 

 濁流の如く。崩れたダムの如く。私は泣いた。

 

 泣き終えた後、心配してくれた香澄に改めて思いを伝える。

 少しだけ悲しそうな表情をした香澄だったが、それを隠すようにして部屋から出ていく。

 途中、ポピパの面々と鉢合わせはしたが揉め事とかそんなことは無く。別れを告げて部屋に戻った。

 

 

 ーー虚無。心にぽっかり穴が空いたような感覚に襲われる。

 何もする気になれなくなった沙綾は、ベッドに深く倒れ込んだ。

 

 ……グルグルと落ちていくような感覚。自分がどうすればいいのか分からない。最近感じていた温かみなど、どこかへ飛んでいってしまっていた。

 ふと、音楽プレーヤーの電源を入れる。この気持ちを切り替える為に、無意識に彼女達の歌を求めていた。

 彼女達が奏でた音楽。仲間や、夢や、キラキラを奏でるあの音楽。商店街のライブを思い出し、少しだけ気分が回復する。

 まるで自らがドラムを叩いているかのように錯覚する。足がバスドラを叩き、スネアとタムを連打するあの爽快感。私の体は自然と動いていく。

 

 ーーよう。俺様の出番じゃないのか?

 

 そんな声が聞こえた。ドラム練習パッドのライオン丸くん。その顔が、ベットの下から覗いていたのだ。

 私は起き上がり、ライオン丸を手に取る。ホコリを払い、一緒に刺してあるスティックを取り出す。

 

 ……懐かしい。1年ぶりにスティックを握った。

 

 コツン。ライオン丸へごちんと一閃する。最初はシングルストロークから始まり、段々とそのペースを上げていく。

 プレーヤーから流れている「イエバン」と、私のドラムがリンクする。

 

 もう、歌しか聞こえなかった。

 

 自らのドラムと、「イエバン」が共鳴していくのが気持ちいい。

 沙綾は、彼女達と一緒に演奏している気持ちに包まれた。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 お母さんに、お父さんに、純と紗南に後押しをされ、香澄の言っていた「蔵」へと辿り着く。

 あの歌にあるように星を辿り、ドアをノックする。

 

 下に降りると、ポピパの面々が楽器を構えて待っていた。ガラガラギューンと楽器をかき鳴らしながら、これはライブだと伝えてくる。

 

 そして、乱れた髪をかきあげながら、香澄は言う。

 

「私達の想いを込めた歌……聴いてください。"STRA BEAT!~ホシノコドウ~"」

 

 忘れかけていた、遠い音楽が目を覚ます。

 

 皆で歌う合唱のようなパートから、流れるようにAメロへと繋がっていく。

 まだまだ皆の音楽は未完成のようだけれど、意志と強さ、そして勇気が形を生して、楽曲が組み上がる。

 遥か彼方のあのステージ。世界のどこよりも眩しい場所。センセーショナルな幕開け。終わらない歌は、まるで明日へと続いていくようだった。

 ひとつの気持ちを掲げて前に走り出そうとする気持ち。決意。それらが、私の心にまで伝達する。もう離さない、離したくない。

 

 

 わたしたちの、"STAR BEAT!"

 一筋。瞳から涙が流れる。

 思い出した、忘れかけていた、知らんぷりをしていたよみがえる日々。嘘をついて、止まっていた時計。塗り固められたその針は、星の鼓動(ホシノコドウ)によって、溶かされていく。

 

 "昨日までの日々に、サヨナラする"

 

 もうこんな日が来るなんて思ってもみなかった。

 

 "誰かと一緒に考える"

 

 こんなシンプルな事、どうして忘れていたんだろう。

 ……いまなら、心の底からみんなに相談できる気がする。

 

 ずっと支えてくれた家族。夢を撃ち抜けと、後押しをしてくれた。

 流れる間奏の中、私は思う。

 

 やっぱり、この思いはごまかせない。1000回潤んだって、それでも朝日は登る。

 今まで終わらなかった長い夜の中。今まで見えなかったそれは、いつでもこの空にあったんだ。

 

 

 

 もう我慢ならない。この、ポピパ達が奏でる物語に、私も加わりたい。夢を夢じゃ無くすような、青春を全部捧げるような旅をしたい!

 

 

 感じていた鼓動を確かに抱き締める。時計の針が、やっと回り出した。

 

 

 

 

 

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