遠い音楽   作:冴月

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Light Delight
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 出会いの象徴である桜の花弁は、役目を終えたかのように散りきってしまった。

 代わりに生い茂るのは、若い黄緑色の新芽と若葉。成長していく人々を、激励するかのようにカサカサと揺れていた。

 そんな、新緑が奏でる歌を傍らに。花咲川女学園の一年生、戸山香澄は、ゴキゲンな様子で流星堂へと向かっていた。

 

「……ステップ、もっと、ホップ、きっと、アタック!」

 

 何かの石でできたチェック模様のタイル、その濃い方だけを踏みながらステップを刻む。

 ビートなジャンプと一緒に口ずさんでいたのは、香澄が所属するバンド、「Poppin’Party」のオリジナル曲である「ぽっぴん'しゃっふる」。

 最近ライブで歌ったばかりということもあって、香澄のテンションはどんどん上昇していった。

 

「夢見がちなだけだよ! ……有咲、おはよう!」

 

 蔵への扉をノックして、ドタドタと階段を下る。

 皆もう来てるのかな――。とか、今日はなんの曲練習しよう――。とか。考えているとドキドキが止まらない。

 早くみんなに会いたいし、演奏したい。キラキラでドキドキな鼓動を感じたい。

 そんなことを考えながら、香澄は蔵の主に話しかける。

 

「有咲、おはよう!」

「ああ、おはよう」

 

 少しだけ怠そうにしながら、有咲は答えた。

 

「有咲、何だか眠そうだね」

「ん、まぁ少しだけ。昨日、此奴らが寝かしてくれなくて……」

 

 有咲は、湯のみに入れられたほうじ茶をすすりながら、寝不足の犯人を親指で示す。

 んなぁー。という鳴き声の後に、眠たそうに欠伸をする白と黒の三毛猫。ザンジとバルが、有咲の寝不足の原因だったのだ。

 

「こいつら、自分が元気だからって何回も踏んづけやがって……」

 

 自らの飼い猫に対して、欠伸をしながら悪態をつく有咲なのであった。

 

 その後暫くの間は、有咲のキーボードを触ったりギターのチューニング等をしながら3人を待つ。

 昨日夜の番組が面白かったーだとか、家で何があったーだとか。たわいもない雑談が続いていった。

 ……数分後。暇を持て余し始めた2匹が、香澄の星型キーホルダーで遊び始めた頃。3人は蔵へとやって来る。

 

「ただいま~」

「おかえりおたえ!」

「私ん家だっつーの!」

「でも、有咲の蔵はみんなの蔵だよ?」

「確かに。居心地いいもんねぇ、ここ」

「なっ、沙綾まで……」

「あはは……。お邪魔します、有咲ちゃん」

 

 早速ギターを取り出しているたえ、茶袋を抱えている沙綾、そして、ふにゃりと笑うりみ。三者三様だった。

 ワイワイと騒がしく、楽しい時間、ドキドキする時間が始まったのを香澄は感じていた。

 

「はい、これ父さんからの差し入れだよ!」

 

 いつの間にか決まっていたソファーの定位置に着くと、沙綾はすっかり慣れた手つきで、茶袋を開けた。

 まるで子供のおもちゃ箱のようなドキドキが詰まった袋。甘く、芳ばしいパンの匂いが、香澄達の鼻をくすぐった。

 

「やった! ありがとさーや!」

 

 身体を使って喜びを表しながら、茶袋を覗く。

 中には、ボンゾ・ベーグルとチョココロネ……。あれ、見たことないのも入っている。

 

「こっちが、レッドホットドッグ(チリペッパー味)。これが、メタリカあんぱん。その揚げてあるやつが、バンドリカレーパンだよ」

 

 ――全部新作!

 沙綾はそう付け加えた。

 

「メタリカ……?」

 

 有咲が手に取り、マジマジと見つめる。

 一見、普通のあんぱんのように見えるが……。薄皮のパン生地のてっぺんに、パラパラと撒かれたゴマも、今にもはち切れんばかりに詰め込まれた粒あんも、普通のそれと同じようにしか見えない。

 

「きっと、メタリカの曲を聞かせたんだよ」

 

 たえがはむはむとベーグルを口にする。

 ほのかに甘く、優しい味が口内に広がってゆく幸せを、しっかりとかみ締めた表情をしていた。

 

「おたえ、よくわかったね。そのパン、寝かせる時にメタリカを聞かせたんだよ」

「えっと、メタリカを聞かせると美味しくなるの……?」

 

 りみが、しっかりとチョココロネを持ったまま首を傾げる。無理もない疑問だ。メタリカを……というか、音楽を聞かせると美味しくなるなんて、少なくとも香澄は聞いたことがない。

 

「うん。なんでも、生地に音楽を聞かせると美味しく発酵するんだって」

「どんな謎理論だよ!」

 

 沙綾のお父さん曰く……との事だった。

 私達がロックを聞いてノリノリになるように、酵母菌もビートでジャンプするのかな――等と考えてみるも、イマイチピンと来ない香澄であった。

 

 せっかくなので、バンドリカレーパンを手に取って1口食べてみた。

 山吹家お手製のカレーのルーが、サクッという音と共にじんわりと溢れ出してくる。外はカリカリで、中はもちもちとしたナンのような食感。生地と、少し濃いめに作られたルーが絶妙なバランスを保っており、より食欲を掻き立てる。

 今まで食べたどのカレーパンよりも美味しかった。

 

「……香澄、そのパンひと口ちょうだい?」

 

 香澄は、たえの口からヨダレの幻覚を見ることになった。

 実際に垂らしている訳では無い。しかし、それ程までの表情で、香澄は凝視されていた。

 

「いいよ! はい!」

「わぁ……ありがとう! じゃあ、私はベーグルあげるね」

「いいの? いただきます!」

 

 はむはむと2人でかじりつく。ボンゾ・ベーグルとバンドリカレーパンが交互に食べられていき、あっという間に袋は空になっていった。

 

「……ふふっ。本当に、香澄は美味しそうに食べるよねぇ」

 

 2人の様子を眺めながら、沙綾は呟く。

 確かに、香澄はなんでも美味しそうに食べてしまう。昼食のお弁当や、ちょっとした駄菓子でさえ、なんでも。

 笑顔で、美味しそう、楽しそうに、嬉しそうに食べる姿は、パンを作っている沙綾にとって、とても喜ばしいものだった。

 

「そうだね。香澄ちゃんが食べてると、私まで食べたくなっちゃう……」

 

 何だか、少し物足りなそうにしているりみ。有咲のおばさんが出してくれた袋菓子を一つ手に取り、パクリと口に入れた。

 

「……あー、りみ。好きなだけ食べていいからな」

 

 甘納豆をもぐもぐと咀嚼する有咲。何ともお茶と合いそうな組み合わせで、有咲はギター組の様子を眺めていた。

 

 

 

 

 ーーそんな、Poppin’Partyの日常の中に一通の電話が飛び込んでくる。

 

「……あれ? おたえ、スマホ鳴ってるよ?」

 

 香澄が気がついた。

 たえは、いつの間にか手にしていたギターをスタンドに置き、自分のスマートフォンを取り出す。

 

「……SPACEからだ! ……はい、花園です」

 

 頷きながら、話を進めていく。途中、「えっ!」と声を上げたたえの様子から、香澄達はただ事では無いような雰囲気を感じ取っていた。

 

「……はい、はい。分かりました。すぐ向かいます」

 

 失礼します。そう言って、たえは電話を締めた。

 

「……おたえちゃん、どうかしたの?」

 

 りみが心配そうに尋ねる。たえは、素早く纏めた荷物を背負い、真剣な表情で言った。

 

「……SPACEのスタッフ、全員倒れたって」

「「えぇっ!?」」

 

 なかなか考えられないことが、SPACEで起きているようだった。

 

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