次の日、香澄は学校を午前中だけ休んだ。学校に連絡してもらい、母親と共に病院へ向かう。
自分の声が出なくなってしまったこと自体に驚いてしまい、喉がどういった状態になっているのか、不安で仕方がなかった香澄だった……が。診断をされ、結果を聞いてみるとちょっとした使いすぎだと言う。
医師が言うには、数日間安静にして、処方されたスプレータイプの薬を吹きかけていれば、なんてことなく戻るとの事。その点に関しては、少しばかり安心した香澄だった。
ポピパのメンバーには、メッセージを前もって送っておいた。今日の放課後の蔵練も「問題ないよ!」と追加でメッセージを送っておく。
車に揺られること数十分。母親に送って貰った香澄は、昼休みの時間に入ることに学校に着くことが出来た。
職員室で少しだけ詳細を話していると、昼休みの時間になる。「説明はもういいから、戸山さんもご飯食べてきなさい」と気を使われた香澄は、先生にお礼を言って自分の教室へと向かう。
教室へ向かっている途中、廊下で話しているポピパの面々を見掛ける。ーーいつもなら、手を振りながら走り出していくものの、声をかけずらい。
先に連絡入れておいたものの、勝手にオーディションを逃げ出してしまったことは事実。顔を合わずらく、罪の意識もあった為、教室に向かう歩幅が自然と小さくなっていった。
「……あっ! 香澄ちゃん!」
たえ、沙綾、有咲と話をしていたりみが香澄に気付く。香澄は、少しだけぎこちない笑顔を浮かべながら、声を発さずに手を振った。
「……おはよう」
何とか、声は絞り出すことが出来た。
話す度に喉が少しヒリヒリするものの、喋れないわけじゃない。香澄は、少しだけ咳をしながらも何とか答える。
「おはよう、香澄。……病院どうだった?」
沙綾が心配そうに聞いてくる。
「身体とかは何ともないって。声も、1週間くらい安静にしておけば、出るようになるって」
「そっか、良かった……。全く、いきなりどこか行っちゃうんだもん。心配したんだよ?」
少しだけ、イタズラっぽく言う沙綾。香澄のことを思い、わざとそのような態度をとってくれたのだろう。僅かながら、罪の意識が薄まった香澄である。
「またがんばろ」
「体壊さない程度に」
たえとりみがいつも通り励ましてくれる。香澄は、笑顔でそれに応えていた。
「……ったく。体壊すまでやりすぎんなよ。声出なくなったら意味ねーだろ」
有咲が、視線を合わせ無いまま心配をしてくれる。少しばかり苛立った様子の有咲に、香澄は「……ごめん」と返す。
「……はぁ。今日の練習、なしだからな」
有咲が教室へ帰ろうとする。
「休めって病院で言われたんでしょ? 今は休むのが練習だよ」
沙綾に言われてしまう。
医者にも言われていた練習し過ぎということ。それが今、結果として現れてしまっているのだから、素直に休む事がベストだった。
けど、香澄には時間が無い。オーナーに言われた、「見えていないもの」、これを探し出すまでは練習を続けなければならない。
「……ありがと。でも、私は大丈夫だからーー」
「……大丈夫じゃないだろ!」
有咲が声を張り上げた。
突然の出来事に、香澄を含めたえ、りみ、沙綾も目を見開く。
「昼休みも練習して、蔵練も1番最後まで居て。ギター持って帰ってるんだし、蔵練の後も練習してるんだろ?」
矢継ぎ早に言葉を重ねる。背を向けたままだった有咲は向き直り、香澄に真っ直ぐ視線を向ける。
「やりすぎなんだよ! オーディションに合格したいのは分かるけど、自分の身体を壊すのとどっちが大切なんだよ!」
これだけ叫ぶ有咲を、香澄は初めて見た。
突っ込む時以外、あまり大声を出すことをしない有咲が、声を荒らげて香澄に言葉を投げかける。
だが、その言葉は香澄にとっては悪手だった。
「やりすぎやりすぎって……。オーディションに合格したいんでしょ? だったらやらないと……」
至極真っ当。オーディションに合格したいなら、合格できる迄練習を重ねなければならないものだ。時間がないなら、一日の中でその割合を増やし、厳しく。
それは、初心者出会ってもベテランであっても同じことである。
「合格はしたい。……したいけど、勝手に自分の体を壊してまでやるなって言ってるんだよ!」
なんだかもどかしそうにしている有咲。
言いたいことが上手く言えないような、そんなむず痒さを感じていた。
「勝手に……? 私、ポピパの中で1番見えてないって言われちゃったんだよ? 1番できてないって言われちゃったんだよ? ……その私が一番練習しなくてどうするの!?」
喉の痛みが後から襲ってくる。咳き込む香澄に、りみが急いでペットボトルの水を手渡した。
その水を飲むことなく、香澄は続ける。
「私に足りない所なんか沢山あるの!! だから、辛くても、キツくても。……練習してるのに、練習しようとしてるのに」
語尾が弱くなる。段々と力無く、雛鳥のように囀った。
あまりに強い意志。香澄の決意と、その意志に改めて触れた有咲は、なかなか表に出せなかった気持ちを表に出す。
「……だったら、その辛くてキツいことを共有させてくれよ」
「え?」
共有、と言ったのだろうか。あまり聞かない言葉に、香澄は聞き返してしまう。
「辛くてきついことを、もっとポピパに話せって言ってるだよ。大体、なんで人の悩みは聞くくせに、自分の悩みは話さないんだよっ!!」
「……」
なにもいえなかった。
その全てが、かつて有咲に言われたことで。香澄が言ったことで。バンドは運命共同体なんだってことで。
「声かけなかったのも悪いけどさ。ーーもっと香澄も相談してくれよ。心の底から話して、決めて、行動して。Poppin’Partyってバンドとして、友達として! ……もっと仲間を頼りにしてくれよ」
有咲まで力なく訴えかけた。
……最後は力ない言葉だったけど、それは香澄の胸に確かに響いていた。
「……分かってくれたか?」
「……うん」
少しだけ心配そうに香澄は頷いた。けれど、先程まであった焦燥感は無い。
頼れる仲間がいることを再認識した香澄は、完治するまで休む事を決める。
「香澄が驚いちゃうくらい、練習しておくから」
たえが励ましてくれる。りみと沙綾が笑いかけてくれる。
バンドの温かさを少しだけ再確認した香澄は、自らの治療に専念した。