遠い音楽   作:冴月

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☆☆☆☆★

 

「……おはよう、みんな!」

 

 今日は学校が休みの日。オーディションもなく、朝からみっちり練習する日だった。

 香澄の声が出なくなってしまってから約5日程。病院で貰った薬の効果なのか、家で確認したら問題なく声を出せた。

 その為、急遽有咲達に連絡を入れた。「声出るようになった!」と一言だけ残し、香澄は家を飛び出したのだ。

 

「香澄ちゃん! もう声大丈夫なの?」

 

 蔵に入るなり、りみが心配そうにして駆け寄ってきてくれた。

 香澄は、それに抱きついて答える。

 

「完全復活! ご心配おかけしました!」

 

 ビシッと、皆に向けて敬礼をする。そんな香澄に、たえもビシッと敬礼をして返した。

 

「それじゃあ、今日から練習再開だね」

 

 沙綾がスティックを握り、気合い満々な様子で言う。りみもたえも、……ちゃんとは見せてもいはいが有咲も、数日ぶりのポピパにテンションが上がっているようだった。

 ーーその様子に、香澄はちょっとだけ不安を覚える。

 

「(もし、今日も声がでなかったら……)」

 

 そんな、心配事。勿論、声が出ない保証もない。だから、問題なく出る可能性だってある。けど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……けど、現実はそう上手くいかない。

 

 

 

「それじゃあいくよ! ワン、ツー、スリー、フォー!」

 

 準備が出来た香澄達。久しぶりの、ポピパ。沙綾のカウントによって、香澄の曲が始まる。

 しかし。

 

「た……と……え……っ」

 

 全員の息を飲む音が、香澄にまで届いた。

 香澄の脳裏で、オーディションを逃げた時の光景がフラッシュバックする。

 

「……た、と……え! ……ごめん、まだだったみたい」

 

 笑って誤魔化す。声は治ったはずなのに、出ていない。朝確認した時は出たのに、マイクを前にするの出なくなる。

 ……スランプ、だろう。香澄は、心の病にかかってしまっていた。

 

「……えへへ、なんでだろう。今朝やった時は出てたのに」

 

 その場にぺたりと座り込む。

 プロのスポーツ選手とかがなるようなものだと、香澄にとって別世界の物なんだと、思っていたものだったが、病気にかかってしまうだなんて信じられない。

 けど、実際にかかってしまっている。普通に喋る分には大丈夫なのに、歌となるとこのザマ。SPACE最後のオーディションも近いのに、である。

 

「……なんでだろうなぁ。もうすぐSPACE閉まっちゃうから、合格しないといけないのに」

 

 ーーもうすぐ無くなっちゃうのに。憧れになったあのステージに立てなくなっちゃうのに。なのに……。

 涙が出る。今まで貯めてきてしまった思いが溢れ、零れ、流れていく。

 

「……泣くなよ」

 

 有咲が自分のハンカチを渡してくる。香澄はそれを受け取り、目元の雫を拭き取った。

 

「私、言ったじゃん。()()()()()()()()()()()()()()()()()って。もう忘れたの?」

 

 あまり見せない有咲の表情。心配そうな顔。有咲の言葉が、酷く心に響いてくる。

 

「……でも、私。練習しても1番下手くそだし、ただ走ることしか出来ないし、ポピパにも迷惑かけてるかもーー」

「迷惑なんかじゃない!!」

 

 有咲が声を荒らげる。頭を描きながらも、自分の言いたい事を冷静にまとめ、口にする。

 

「やると決めたら突っ走って、ちょっとした事でも突き抜けていくのが香澄だろ。……そんなのもう分かってんだよ。分かった上で、()()()()って言ってるんだよ」

 

 有咲が言葉を続ける。

 

「……香澄は迷惑かけてるとか思ってるかもしれないけど、私は別に悪くなかったと思ってる」

「……え?」

 

 俯いていた顔を上げる。

 

「香澄に引っ張りだされたから、SPACEオーディションも、学校に行くことも頑張ってみようって思えたし。……色々、本心で話せるようにもなったし」

 

 ……なぜか、有咲のキーボードの跳ねる音が聞こえた。シャッフルリズムの有咲のキーボードは、ポピパをまだ見ぬ景色へと連れていく。

 

「わ、私! ……花女に入った時から、香澄ちゃんが眩しかったの」

 

 りみが思いを告げる。蔵パが結成したての頃、SPACEのステージに、何とかしようと飛び出したあの瞬間を思い出す。

 

「こっちに来てから、1人だった私を引っ張り出してくれたこと。SPACEに走り出して行った時、すっごい眩しかった!」

 

 りみの表情が、夕陽に照らされる。

 

「私、香澄ちゃんと一緒なら踏み出せるって。駆け上がれるって思ったんだよ」

 

 りみが、激しくベースを描き鳴す。

 静かに唸る重低音が、ポピパを決定的な瞬間へと誘う。

 

「最初ね、ポピパに入ること諦めようとしてた。迷惑かけちゃうからって。でもね」

 

 たえが口を開く。4月の初め、桜舞う頃の思い出をゆっくり話す。

 

「……でもね。香澄はそこで諦めなかった。私じゃなきゃ出せない音があるって、離さないでくれたんだよ。ーーその時ね、『イエバン』を歌ってる香澄を見たら、とても眩しくって。自分が悩んでる事が馬鹿らしくなって」

 

 たえの、ティアドロップ型のネックレスが揺れた。

 

「私、香澄に引っ張られて。諦めなくて良かったって本当に思ってる」

 

 たえが、痺れるギターを掻き鳴らす。

 ギターの音は収束していき、交わり、何処よりも眩しい場所へと駆け上がらせる。

 

「何かを追っかけてる香澄って、すっごい眩しいんだよ。……もう、羨ましくなっちゃうくらいに」

 

 沙綾の髪が、風で揺れる。

 

「立ち止まってて、何かやったら失敗するって思う自分が大嫌いだった。……けど、そんな私を香澄は引っ張り上げてくれた。今までの自分にサヨナラして、バンドをやりたいって思わせてくれたんだよ」

 

 沙綾が、皆を支えるドラムを叩く。

 軽快に回るドラム音が、ポピパ達を一緒に走らせる。

 

「……そっか。迷惑なんかじゃ、なかったんだ」

 

 今まで取り憑かれていた暗闇が、香澄の身体から抜け落ちた気がした。

 ポピパという仲間がいる。この事実だけで、香澄は泣きそうになる。

 

「……ありがとう、みんな」

 

 泣き笑い。香澄が久しぶりにみせた、心の底からの笑顔だった。

 有咲、りみ、たえ、沙綾と笑い合う。なんて、なんて、愛しくて優しくて。泣いちゃいそうなほど、まぶしいんだろうーーー!

 

「……なぁ、ひとつ提案があるんだけど」

「あ、私もある。……でも、お先にどうぞ」

 

 いやいやいやと、有咲と沙綾が譲り合っている。そんなふたりの様子を見ていたたえが、笑いながら言った。

 

「歌、みんなで分担しよう」

 

 有咲が「あーっ! 先に言うなー!」と、何やら叫んでいる。

 

「えっと、コーラスとかサビ以外もってことだよね?」

「うん! じゃあ……私ここね」

「いつのまに歌詞カードなんか持ってたんだ……。てか、早い者勝ちかよ!」

「それじゃあ、私はここね。……あ、試しに歌ってみよっか」

「いや、今歌うのかよ!」

 

 りみがきっかけを作って、たえがちょっとズレたことを言う。有咲がそれにツッコミを入れて、沙綾が悪ノリした事をまた有咲がツッコむ。

 

 

 ーーそんないつもの日常を、香澄はゆっくり、大切に感じていた。

 

 

 

 

 

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