けど……私は全然後悔していない。
「有咲有咲! 弾いてみようよギター! アンプ? とかいうのある?」
ランダムスターを貰った直後。香澄は有咲にすがりつくように聞いていた。
どうやらギターには、アンプという音を大きく鳴らす機械があるのだとか。二つくらい種類があった気がするが、香澄は詳しいことを忘れてしまっていた。
勢いよく縋る香澄を他所に、有咲は視線を右上に寄せて記憶を辿る。
「あー、なんかあった気がするな」
「ほんと!?」
「ああ。ただ……」
有咲が急に蔵を上がり始めた。急いでその後を追う香澄だったが、再び埃っぽい倉庫に戻った為クシャミを1回してしまう。
そんな香澄にティッシュを渡しながら、有咲は、
「ここのどっかだ」
指を指しながら言った。ホコリを被ったダンボールや、紙の束の数々。他にも色々なものがごちゃごちゃしていて、何処に何があるのか分かったものではなかった。香澄の身長以上に積み上がっている物達は、香澄達の歩く振動でたまに揺れていた。
「うへぇ……。ここから探さないといけないの?」
香澄が、とてつもなく嫌そうな顔をして言う。
「そう。元々整理するつもりだったから、その内見つかるかもしれないけど……。この量だ、弾くだけならライブハウス行った方が早いかもな」
「ライブハウス! 何処にあるの!?」
「え、知らねぇ」
「分かった! ちょっと探してくる!」
香澄は、ギターを持って宛もなく駆け出した。
「はぁ? ちょっ、戸山香澄ーっ!?」
☆☆
「香澄……。はぁはぁ……お前なぁ! ……はぁはぁ……」
先に駆け出した香澄を、有咲が追っかけてきてくれた。流星堂の前の下り坂を一気に駆け下りてきたのが、ケロッとしてる香澄とは反対に、有咲は肩から息をしていた。
「有咲、もしかして体力ない?」
「お前があり過ぎなだけだ!!」
ツッコミを入れられてしまった。でも、有咲、疲れててもツッコミを入れる体力はあるんだね。
「それはお前が! ……はぁ、もういいや」
諦めたようだった。持ち直した有咲は、呆れた顔で香澄を一瞥した。
「それより香澄。お前、ライブハウス行く宛とかあるのか?」
「え、無いよ?」
「無いのかよ!」
「あ、でも。わかんない時はとにかく行動する、って心がけてるんだー」
「……無鉄砲というかなんというか」
はぁ、、溜息をつきながらポケットからスマートフォンを取り出す有咲。何度か画面をタップすると、あたりをキョロキョロと見渡し始めた。
「有咲、何してるの?」
「ライブハウス探してんの。ちょっと待ってろ……あ、目の前だ」
有咲が視線を送った方を見る。そこには、黒地に白い文字で、「LIVE HOUSE SPACE」と店先にデカデカと書かれていた。
白に水色のボーダーが入った屋根がついていて、休憩スペースのような所がガラス張りになっている。観葉植物も所々に置かれ、木を基調としたその空間は、清潔感を醸し出していた。
「なんだか綺麗なところだね!」
「そうだな。なんつーか、もっとこう……小汚いようなイメージがあったんだけど」
SPACEに入る。店内はかなり綺麗に掃除されていて、ちょっとオシャレな喫茶店を思わせる内装をしていた。そんな中でも、ガヤガヤと、お客さんの騒がしい声が中央の扉の奧から漏れだしていた。
「こんにちは! ギター弾きたいんですけど……」
とりあえず、一番身近に居た人に話しかける。
黒い髪を腰の辺りまで伸ばし、スラっとしたスレンダーな女の子。その子が持つ碧色の瞳で、香澄は見つめ返された。
「ごめんなさい。ここ、練習スタジオじゃないの」
「えっ、そうなんですか?」
「うん」
申し訳なさそうにごめんねと、続ける女の子。表情のせいか、とてもクールな印象を受けた。
女の子は、香澄の手に持つランダムスターに目を向けるとなんだか嬉しそうに微笑む。
「あなたもギターやってるの?」
「はい! って言っても、今日からですけど……」
「そうなんだ。新人さんなんだね」
「し、新人さん……?」
ちょっと変わった言い回しをする子だった。黒髪の、それも同年代に見えるその子は不思議そうに首を傾げていた。
「……って、もしかして花園さん?」
そう言えば、と香澄は思い出していた。
……私と同じクラスに、同じような子がいた筈。スラッとしてて、一見クールだが、話すと案外天然な……。
ここまで香澄が思い出したところで、女の子ーー花園たえは頷いた。
「そうだよ。私、花園たえって言います。あなたは戸山さんだよね?」
やっぱりそうだった! というか、たえの方はバッチリ香澄のことを覚えているようだった。申し訳なさを感じた香澄である。
「うん! 私、戸山香澄! 花園さん、その格好でライブハウスに居るって事は、もしかしてアルバイト?」
気を取り直して、自己紹介をする。
たえは、半袖の水色のポロシャツを着ていて、他のスタッフと同じ格好をしていた。
「そうだよ。私も、ここでは新人さんなんだー」
「そうだったんだ!」
全く知らなかった。というのも、香澄があまりアルバイトに興味がなかったからだ。香澄の高校は、学校に申請を出せばアルバイトが許可されているのだが、その申請が少々面倒くさい。すんなり許可は降りるとは聞くものの、書類を一式揃えることを面倒に感じていた香澄はあまり意識した事がなかったのだった。
閑話休題。
「花園」
たえの後ろから、少し怖そうな白髪のおばさんが現れた。足が悪いのか、片腕で杖をついている。
「あ、オーナー」
「なにこんなところで話してるんだ。早くライブの準備をしてきな」
「はい、オーナー。……戸山さん、また明日ね」
たえは、賑やかな扉の向こうへ消えてった。
「まったく……あんた、ギター弾きたいのかい?」
オーナー、と呼ばれた白髪のおばさんに、いきなり話しかけられる。香澄は、少しだけきつい物言いにビクッと反応してしまった。
「は、はい! でもここ、練習スタジオじゃないんですよね……?」
「ああ。ここで演奏出来るのは、オーディションを受けて合格したものだけだ」
オーディション……なんだか難しそうだなと香澄は感じた。
そもそもの話、今日ギターを貰ったばかりであるのに、演奏もオーディションもあったもんじゃない。受けるも何も、まずは練習してからである。香澄は、練習できないと知り少しだけしょんぼりとした。
そんな香澄を見て、後ろから有咲が肩をつついてきた。見ると、何故か香澄の後ろに隠れつつコソコソと話してくる。
「なぁ、香澄帰ろう。ギター弾けないんじゃ居ても……」
今まで何故か喋らなかった有咲。ギターが弾けないとわかるや否や、既に帰りたそうな様子だった。
そんな様子を見てか、オーナーは片眉を上げて言った。
「……ライブ、見ていくかい?」
「いいんですか!?」
願ってもない事だった。ギターを手に入れたが、バンドというものにいまいちピンときていなかった香澄。とてもいい機会だと感じた。
「なぁ、大丈夫か? ライブって、頭振ったりするんだろ?」
有咲が何やら心配している。頭振ったりって……それはヘヴィメタルとかの事じゃないかな。
「見てもいないのに決めつけるんじゃないよ」
やっぱりオーナーに言われていた。なんだか悔しそうにしていた有咲は、
「ぐぅ……じゃ、じゃあ見て確かめてやる!」
「……高校生かい?」
ちらりと香澄を見る有咲。学校に通っているか分からないけどものの、有咲も同じ15才。
なかなか言わないので、香澄は代わりに高校生だと伝えた。
「600円」
「わぁ……! ありがとうございます!」
どうやら安くなったようだった。