エースコンバット ~レイム・デュ・シュバリエール~   作:ブルーファントム

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 フリーランスの戦争記者、アルベール・ジュネットの取材を受けている女性。
 彼女は戦場の英雄と呼ばれる『リボン付き』について語り始めた……


第1話『リボンの子犬』

 2072年、それは混迷を極める年だった。

 予てから地球との衝突が予測されていた小惑星ユリシーズ、これが地球に最も近づく年だったんだ。

 無論、対策は講じられた。大掛かりな砲台を建造、地球上から宇宙空間にある石っころをぶっ壊してそれで万事解決……だがそれで終わるはずもなかった。

 

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 最初の一発で隕石はバラバラになった。大きめの破片も撃ち漏らさずに粉々になるはずだった。

そう。不測の事態というものは必ず起こり得るものなんだよね。あの日、この目でテレビ中継を見て度肝を抜かれたよ。

 世界の中心とも言える我が国、オーシア連邦国の都市機能はほぼ壊滅。ただ一個の破片、破壊するタイミングが少しずれただけでこの有様だ。

 星屑が降り注ぎ、首都は穴ぼこ状態になってしまった。

 ビルが倒れ大勢の人が命を落とし、ハイウェイ諸共インフラは機能しなくなり、とにかく大混乱だった。

 ……うん。あの日は本当に世界が終わってしまったんじゃないかと錯覚するような日だったね。

 

 ――そして、その三年後の2075年。こんなになっても世界の中心で在り続けられるってのは、やっぱり核大量保有国の強みなのかねぇ。

 オーシアは、国連と多国籍企業体『ゼネラルリソース』の全面協力により最低限の復興をなんとか成した。これから元の勢いを取り戻すぞ、というようなコマーシャルが国中で流され続けてたね。

 皆、復興への光を見て活き活きとしていた。人間の心ってのは希望の光があるといくらでも強くあれるんだ。

 

 ……え?なんでそんなこと話すのかって?

 物語の始めってのはこういうものだろう。ちょっとはさ、皆に状況知ってもらわなきゃいけないし?

 あの戦争を知らない奴なんていないと思うけど、二年前だしね。

 雰囲気だよ雰囲気。そっちの方が数字も稼げるんじゃあないかい?

 ……あー、はいはい。長ったらしいのは良いから、あたしとアイツの馴れ初めからってね。分かったよ。

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 で、その年だ。あたしはいつも通り職務に勤しんでいたわけよ。マジメにね。

「おい、モニカさんよ! お前さんヒコーキ乗り回すだけか? いつになったら教える側に回るんだよ!」

「うるさいな~、そりゃ御上の判断だろう!」

 ……うん、マジメだよ、あたしは。外野がうるさいだけ。

 民間軍事企業の主な仕事が依頼の寄越した軍隊の育成だなんて、あたしは知らなかったんだよ。たく、もっと激しいのを期待していたのにさ。

 いざという時のために熱心に鍛錬しようったって、シミュレーターには新進気鋭の若人優先。実機練習は燃料代がかかるからって、軍から金が出るとき以外は飛べる回数を経歴順に設定される。私は少ない。

……となりゃベテランなのに弟子も持たぬ私どもめは、化石と揶揄されるこの機体のコックピットに追いやられる、というわけ。

「あたしは自分のやりたいように飛べればそれで十分なのさ」

 『レイム・デュ・シュバリエール(L.C.)』に勤めて七年、出来立ての新興企業と共に、あたしはずっと空を飛んできた。それだけだった。

 訓練して、たまに戦場の空を飛んで、酒を飲んで、寝る。

ユリシーズの影響から生じた混乱、それに乗じて小ぶりな内戦が増えた。それで戦地に派遣されること少し増えたけれど、その生活にほぼ変わりはない。

 張り合いのあるライバルが居るわけでもない、小ぢんまりとした軍事企業。ここならいつかなにかを成し遂げられる、爺ちゃんのように。

 そう思って毎日を暮らしている。七年もね。

「いつか見てなよ……と、ここはフレアを巻いた後ブレイクして……」

 どうせ何も起こらない、そんな気持ちを振り切るように想像の中で急旋回。ミサイルをかわす動作をイメージする。それにつられて手に持つ操縦桿を動かし、体も動く。

 さらに敵機をオーバーシュートさせ、あたしがその後ろで陣取るという構図を空想。

 その位置についた瞬間、スティックのスイッチに指をかけ、そして一言。

「FOX2!」

 ミサイル発射の合図。仮想敵は無残にはじけ飛んだ。

「……はあ、早くあたしの番が回って来ないかねぇ」

 終わった後はなんだかバカバカしくなるんだよね、これ。傍から見ればただの妄想遊びにしか見えないって周りは言うし。

「早く練習機なりシミュレーターなり空いてくれないかなぁ」

 決まってこんな愚痴も飛び出てしまう。

 これでも一応、この会社のオーナー、グッド・フェローのおっちゃんには入社当初から褒められてるんだよ、あたし?

 それを子供のお遊びだなんてさ、ひどいこと言う奴もいるよねぇ、まったく。

 そんなどうしようもない事を考えていると、下方から声が聞こえる。

「よう、お喋りプリンセス! 今日も妄想遊びかい?」

 ほれきた、そのひどいこと言う奴。

 あたしの教官で、ちょいとがさつな性格が面倒なジャック・バートレットだ。

 コールサインはハートブレイク・ワン。失恋一号。誰と失恋したんだろうね、このおっさん。

 いつもならお喋り相手になってやるのだが、今日はなんだか機嫌が悪い。追い返してやる。

 と、悪態をつきながらゆっくりと身を乗り出し、その姿を確認しようとしたんだよ。

「なんすか、隊長? 冷やかしなら怒りま……」

 だけど、そこにいたのはいつもの憎たらしいにやけ面ではなかった。

「……は?」

 少女が一人立っていたのさ。

「知らなかったか、俺は変装が趣味でな」

 どこからか聞こえる教官のオヤジ声には耳を貸さず、見つめてくるのは可憐なスカイブルーの瞳。それが、あたしとアイツのファーストコンタクトだった。

「…………」

 明らかに場違いだった。

 『リボン』で右にまとめたサイドテール、ブルーがかかったシルバーの髪型。アイツは沈黙の中でただただ凝視。

 服装も……ええと、このふりふりが目立つ服装はロリータ・ファッションとか言ったっけな。

フライトスーツやツナギを着ている人間の中、間違いなく一人浮いていたね、アイツの出で立ちは。

 例えるなら、ロックアーティストばかりのライブハウスに、ピアニストが演目を披露しに来るようなものだ。

「モニカ君、バートレットは君に新たな仕事を持ってきたのだよ」

「おやっさん?」

 その後ろから紳士的な口調で話しかけてやってくる、頭頂部が非常に眩しいおっちゃんがここの整備長。

 ピーター・N・ビーグル。皆からはおやっさんと呼ばれて慕われている人だ。

「バートレット、そんなところに隠れて遊んでないで、モニカ君に彼女を紹介してやってはどうかね?」

 おやっさんは少しかがんで機首の下を覗き込む。失恋一号はそこに隠れているみたいだ。

「あいあい、そんなに俺様のご尊顔を拝みたいか、古狸め」

 おやっさんの言葉であたしの真下からニタニタと笑いながら教官が出てくる。隠れて遊んで子供かよ。七年選手のあたしなのに、おちょくって楽しんでさ。大人げないよね。

「私になにか言うよりも、まずはこのお嬢さんの紹介をしてはどうかね、バートレット?」

 そんな教官におやっさんは呆れながら、紳士(っぽい)ヒゲを触り、教官に自分の仕事をするように促す。

「はいよ、ユーモアの通じないオヤジだぜ」

「嫉妬だよ。私には君ほどセンスが無いからね」

 仲の良いおっさん達だと、二人の会話にいつも思うよ。

 それはさておきと、あたしは無愛想な少女に目を移す。

「…………」

 だが、いざもう一度見たところで何を考えてるのやらわからない。オヤジどもの会話など興味はないと、沈黙のままずっとあたしを見つめてくる。

 こんな可愛らしい、どう見ても思春期頃の小娘がなぜ……

「……じっと黙ってるけど、何なのこの子?」

「おいおい、邪険にするなよ。狸親父が言ったろう?」

 おやっさん、新たな仕事って言ってたけど……まさか。

「お前の悪い勘は当たるようだな、空の上で役に立つぜドウモト」

 ニヤリと笑う教官。内心の叫びもお見通しだぞと言うかのように。

「……勝手にあたしの心を想像しやがって」

 とあたしは言いつつ、内心ではなんてこったと叫んでいた。

「へっ、どうだか」

 おいおい、マジでマジになのかい?あたしの新しい仕事ってのは……

「ドウモト、お前さんはこいつの『親鳥』だ。オーナーから直々の命だぜ、ありがたく思いやがれ」

 こ、こいつのお守りだなんて冗談だろ……そんな気持ちが抑えきれてなかったみたいだね。

 さっきまで無表情だったアイツの顔が、わずかに緩んで口を開いた。

「……変な顔」

 クスリと微笑を浮かべながらの一言。アイツの第一声だった。

「……はぁ~~っ」

 この手のはどう相手すりゃいいものなんだい。この先の苦労を想像すると、ため息しか出なかった。

 

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 ◇ ◆ ◇

 

「……なんだってあたしが。人の面倒見るなんて柄じゃあないのに」

「…………」

 使う者の少ない女子更衣室。あたしとアイツの他に人は居ない、二人きりの空間。

 そんな状況だというのに、あたしはアイツの目の前で前で愚痴ってしまっていた。やな奴になっちまってるね。

 オーナーからの急な仕事。どう見ても世間知らずなお嬢様って感じのド素人のお守り。

 新入社員などではない。なんでも、オーナーがわざわざ人事に頭を下げてここに連れてきたそうだ。

 おっちゃんの親戚? もしくはロリコン趣味でもあるのだろうか、なんて思っているあたし。

 ボンボンだから気を使うんだと、教官は同性で経験も豊富なあたしが一番適任だというが……どうも、腑に落ちない。面倒な仕事を押し付けられているだけとしか思えない。

「……で、とりあえずあたしのお古のツナギとフライトスーツを貸すよ。ちゃっちゃと着替えな」

 あたしは自分のロッカーを開き、昔着ていた耐Gスーツを引きずり出し、アイツに渡す。

 オーナーのグッド・フェローは人事に試練を課されたのさ。「この世間知らずの子供に、それだけする価値があるのか見出してみろ」ってな感じだったんだろうね、きっと。人事部もオーナー相手だろうがしっかりしてるね。

 ……けれど、それで引かないおっちゃんが問題だよ。耐Gスーツの着方もろくに知らない娘をいきなり飛ばせるなんてさ。

そんな危なっかしい試験の立ち会いだなんて、あたしが一番損を被っているじゃないか。

「…………」

 黙々と着替えるアイツを眺めながら、そんな事ばかりがダラダラと脳裏に淀む。

「……いけないね」

 なので、こんな事ばかり考えてたら駄目になってしまうと、何か別のことを考えることにした。明るく楽しく、それができるに越したことはない。

 そしてふと、着替えるアイツの背中に目をやる。

「……?」

 やはり、お嬢様らしく透き通るような白い肌、痩せ型というほどでもない線の細い体型。箱入りって感じが背中からも滲み出ている。

 ……ただ、それだけじゃなかったのさ。

 薄っすらと筋を描く背中の影。スラリと伸びた堂々たる背筋。そこからは、品の良さに混じってどこかたくましさも匂わせていた。今思い返せば、の話だけどね。

 面倒だ、なんでこんなこと、そんな気持ちに混じって、あたしに何か別の感情が芽生えたと思うね。自覚はなかったけど。

「……ふぅ」

 考えている間にアイツの着替えが終わる。あたしより身体が小さいアイツでは、フライトスーツは少しダボダボだ。

「よし、じゃあ行こうか。お前さんのテストに」

 感じたアイツの秘めたもの、今は整理のつかぬことだと割り切り、あたしはさっさと事を進めようとアイツを急かす。

 しかし、アイツは立ち止まって目で何かを訴える。

「どうしたんだい?」

「見てた?」

 理由を聞くと、よくわからぬ返答が返ってくる。別段、火傷痕とか蕁麻疹があったわけでもなくきれいな肌だったはず。見られたくないものはないだろうて。

「何が」

 なので、再度聞き直す。

 すると、アイツは少し顔を紅潮させ、伏せ目でこちらの顔を少し睨むように見て一言。

「えっち」

 ……なんだい、この子は。

 思い返したら笑えちまうよ、ホント。どんだけ緊張感の無い小鳥ちゃんなんだってね。呆れて顔に出ちまってたさ。

「……女同士だろう、何を馬鹿言ってんだい」

 あたしは急かすように「下らないこと言ってないで、さっさとやる事やってしまおう」って感じで手招きをした。

 そして、そこからはあたし達は言葉を交わすことなく、『ブルーファントム』の下へと向かった。

 

 ◇ ◆ ◇

 

 F‐4ES Blue Phantom(ブルーファントム)。あたしがイメトレに使っていた機体。化石なんかじゃない、ちゃんと動くのさこいつは。

 大昔、それこそ全盛期はなんと百年以上前とも言われているこの機体の原型。現代の技術で蘇った古の英霊とでも言おうかね。

「デザインは古臭いどころじゃない骨董品だが、中身は怪物さ。様々な近代化改修が為されてるらしくて……」

「…………」

 あたし達はその操縦席についている。後部座席にはあたし。そして、前にはアイツがいる。

 こんな素人が何故前の席なのかってのはなんのことはない、ただの教官の提案さ。

 どうすりゃいいんだ、ってあたしが教官に聞いたら、「身の程知らずに現実を叩きつけてやったらいいんだよ」だとよ。あ、声真似ね、コレ。似てた? 教官も人が悪いよね。

 アイツに乗ってもらう乗り物の説明をするも、聞いていないかのように黙っている。

「……ま、お前さんにゃどうでもいいだろうけど。ほんとにやる気あんのかい?」

「ある」

 だが、やる気を聞いたときに返ってくる声は、綺麗に澄んでいた。ただただ真っ直ぐ心に届く声、グッドフェローのおっちゃんはこれにやられたんだな、多分。後でからかってやろう。

 あたしは騙され……いや、甘くない。

「シンプルで心に響く答えだこと。けど、やる気でどうにかなる問題じゃないよ、これは」

 語気を強め、あたしはその過酷さを前にいる世間知らずに叩きつけてやることにした。

「いいかい? これからお前さんは生死(・・)に関わる試練をこなさなきゃいけないのさ。 今、お前さんにこの『ブルーファントム』で空を飛んでもらう。それはわかるね?」

「うん」

「シミュレーターでの腕試しなんかはしない。練習機も使わない。場違いなお前さんにそんな良い物なんか使わせられないのさ。 しかも、この機体、相当ピーキー。スペック上は現行機種に劣らないくらいの性能。けど、その性能一つ一つをうまく噛み合わせるには、操縦するものの技術を問われる不安定な機体なのさ」

「うん」

「つまりだ、『可能性』を示せって事だよ。学生の部活動のようなテンションで入り込まれちゃ困る場所なのさ、ここは。 お前さんは今、あたしに対してその『価値』があるのかをその身で示さなきゃならないんだ」

「うん」

 ……結構真剣に話をしていてもこれだ。物言わない奴なんだよ、アイツは。

 けれど、三度言った返事のどれも、返答に間が無かった。迷いは無い、シンプルな答えだったのさ。

「……ポンポンポンポンとかんたんに肯定するけどね。アンタ、ほんとに分かってんの?」

「わかってる」

「あたしとしちゃあここで引き下がってもらいたいんだがねぇ。あたしも危険を被るんだよ。素人のお前さんと乗るわけだし」

「知ってる。だけど、見せるから」

 そうそう、この時からこれだと決めたことは譲らない奴だったね。

 アイツには揺るぎない決心があったのさ。未だ、どんな決心かは知らないけれどね。

 あたしもそれには薄々勘付いていた。だが、口先だけで手の動かないの甘ちゃんという線もある。簡単に気を許すわけがない。

「……ちっ、頑固な奴だね。あたしにゃここで引いてもらったほうが有り難いんだけどねぇ」

 それに、今から行うフライトはアイツだけでなく、あたしにも命の危険がある。後席からも操縦はできるが、回復不可能な姿勢に陥った際はどうにもならない。

 ……まあ、あのときゃそれよりも面倒だという気持ちが強かったけど。だって、あたしがそんなので落ちるなんて思ってないし。何年空飛んでると思ってんだ。

「私はお断り。飛んで、見せる」

 そして、アイツも一歩だって引かない。これ以上続けても折れないだろうと、あたしは諦めちまった。

「はっ、わかったよ。自分の青さ、思い知るこったね」

「…………」

「さ、ヘルメット被りな。バイザー下ろすのも忘れるなよ、リボンちゃん」

 あたしはヘルメットのHMDを起動させながら、目立つリボンから勝手につけたあだ名で呼びながらアイツに言った。

 

 ◇ ◆ ◇

 

「チャッティ、ブルーファントム、離陸指示があるまでそのまま待機せよ」

「はいよ、了解」

「返事は一回だ、プリンセス。前に着く後輩に示しがつかねぇぜ」

「あんたが言えることかい、教官」

 タキシング(指示された滑走路まで飛行機を地上で移動させること)が済み、あたしは無線で教官とやり取りしている。

 ったく、何が『後輩』だよ。どうせ音を上げて消えちまうんだから、なんて心でつぶやきながらね。

「本日は特別な飛行につき、この俺が飛行管制・指揮を務めさせてもらう。いいな?」

「それでいいから、さっさと離陸指示を出しておくれよ。ちゃっちゃと済ませよう」

 いつもの冗談めいた口調で話す教官、あたしは急かすように離陸指示を煽る。

 だが、あのオヤジは「へへへ」と腹立たしく笑って、まだやることがあると言う。いつもながら面倒くさい人だ。

「素直に上官命令に従いな。 それで、だ。前に座ってるお嬢ちゃん?」

「……何?」

 その教官の呼びかけに、ただ一言だけで答えるアイツ。あのおっさん相手とは言え、上官にする返答ではない。

アイツも早く飛ばせろといった様子だ。教官は気にしていない様だが。

「酔狂なオーナーの目に留まったお前さん、特別に『TACネーム』をこの場で授けてやるよ」

「……何だって?」

 そして、なんの思いつきか、教官はアイツに命名(・・)をするという。

「こんなド素人の観光客にかい?」

「こんな、とは随分な言われようだぜ、嬢ちゃん。採用試験は筆記と体力テストは合格、面接までは通ってるってのにな」

「……は? 面接まで通ってる? マジで?」

 つまり、面接で落とされたアイツを、オーナーが拾ってきたってわけか。とてもそうは見えなかったが。これはロリコンの線が強いか。

 けれど、それでもそんなアイツに『TACネーム』を与えるだなんて。あたしは何かあると気が付き始める。

「……たっくねーむ?」

「ん? ああ。あだ名みてえなもんだ。俺たちヒコーキ野郎のな。分かりやすい呼び名での方が無線で判別しやすい。名前被りも防げる。 後ろの『チャッティ』もそうだ。今日はちょいと口数は少ないが、おしゃべり好きってな意味だ」

「うるせーやい。気に入らないあだ名ばっかりつけやがって。そっちこそ『ハートブレイク・ワン』なんてさ、だれにフラれたのさ」

「私語は慎め、チャッティ」

 たく、都合が悪くなるとこれだ。ずるいオヤジ、教官は何も言われなかったかのように続ける。

「さておき、今からそれを嬢ちゃんにつけてやる。モチベーションが上がるし、もし失敗しても記念になるだろう?」

 つまりまとめると、グッド・フェローと同じく、バートレットのオヤジもこのリボンちゃんにひいきしてるんだってね。あたしはそう思った。

「……ふーん」

 同時に、アイツが抱く決心と合わせて、オヤジ共はアイツに何か光るものを見出したのか、とも勘付いた。

 確かめる役目をあたしに託す理由はわからなかったけど、何かあるんじゃないか?そう思い始めたあたしは、ここで初めてアイツにプラスの感情を向け始める。

 もしかしたら、アイツはあたしに成功を結びつけてくれる『リボン』なのかもって……ちょいとスかしてるかね、この言い方は。

 まあ、その時はあたしの出世しか考えてなかったけれど。とにかく今の態度を少し変えて、真面目にやって見る価値はあるかもしれないと思った。かも、だけど。

「……たっくねーむは?」

 そして、アイツはまだかまだかと命名を急ぐ。

「急かすなよ。トロそうに見える割に気短だな」

「トロくない」

 教官の言葉に、微妙に語気を強めて反論するアイツ。「トロい」とかそういう言葉が嫌いなのかもしれない。あたしの愚痴には反論して来なかったし。

「怒るなよ、ちょっとしたジョークさ。 さて、お前さんのTACネームを発表するぜ」

 あたし達は教官の言葉を待ち、二人して息を呑む。あたしにも少し緊張感が生まれる変な空気だ。

「……へへ、ヤツのツルッパゲに感謝するんだな」

「……んん?」

 しかし、おどける教官に気が抜けてしまう。

「お前のTACネームは『レイフ』だぜ。ピーターのオヤジの案、なんでも『知恵の狼』とかそんな意味らしいが、髪の毛の量に似合わずなんともスかしたネーミングだぜ」

 へえ、おやっさんがつけたのか。いつも思うが、なかなかロマンのある性格なんだよな、おやっさん。あの禿頭を想像すると、少し興ざめだけど。

 でも、『狼』は変だよね。静かで知的、というのはわかるけれども……どちらかというと『わんこ』というイメージだよ、これは。

 ……おやっさんのセンスはあたしにはよーわからん。

「ひどい言いよう」

「いつもああなのよ、あの二人」

「でも、いい感じ。『レイフ』」

 だが、前に座る子犬ちゃんは、その名をお気に召したようだ。ニコニコと表情が明るくなってるのが想像できるね。

 しかして、教官のおふざけなおしゃべり無線に、ノイズ混じりに声が割り込んできた。

「……練習機の無線から全部聞かせてもらっているよ、バートレット」

「盗み聞きたぁ、いい趣味だ」

「まったく、知ってて言うのだからね、君は。おかげで私への誤解が広がる」

「へへへ」

 教官の、やはり腹立たしい笑みに「まったく、言っても聞きやしないな」とおやっさんは会話から抜け出し、教官が改めたように声色を変えて話を続ける。

「さて、『レイフ』。お前さんがどんな奴かは俺達には全くわからねぇ。後ろのチャッティにも言われたと思うが、しっかりと自分の価値を見せつけるこったな。面接の二の舞いは嫌だろう?」

「うん」

 アイツの返事に曇りはない。教官も無線越しにだがそれを感じ取る。

「それを心してるならよし。離陸許可、あとは任せるぜ、チャッティ。もんでやれ!」

 そして、いよいよファーストフライトの許可が降りた。あたし達に緊張感がまとわりついてくる。

「よし、『レイフ』。バイザーの飛行情報は映っているな?」

 あたしは自らの眼前に広がる、緑色のHUD表示を意識しながら確認する。

「うん、四角いやつだね」

 アイツは間髪入れずに答える。やる気は十分だ。

「大丈夫だな。 さあ、備えろよ。離着陸は流石にあたしがやるが、離陸してからがお前さんの仕事だ」

「うん」

「うん、じゃなくて、あたしの言葉には「イエスマム」で肯定を示せよ。さ、ぶっ飛ばすよ!」

「……イエスマム!」

 あたしの声に呼応して、アイツはその日一番の声を上げた。

 そして、青く広い大空を仰ぎ見て、あたしは後席のスロットルレバーを思いっきり前に倒し、加速を始めた。

「チャッティ、レイフ、テイクオフ!」

「……ッ!」

 体に圧をかけながら、ブルーファントムはどんどんと宙に浮いていった。

 

 ◇ ◆ ◇

 

「……高度15000フィート(約4600メートル)。こんなもんでいいでしょ」

 それから少しして、あたしたちの体ははるか空高くに身を置いていた。ここで反転して、地上を見下してやるのが気持ちいいんだけど、今日はやらない。

「どうだい、えーっと、レイフ。今の気分は」

 言わずもがな、前に『狼』を乗せているからな。静かな小狼、ご機嫌を保って噛まれないように、扱いは慎重にだ。

「空」

「え?」

「雲が早く流れてる」

「そりゃ、飛んでるからね。あたしたちが速いから」

「……綺麗」

「……さいですか」

 アイツはしっかりご機嫌らしいが、全く、気が抜けるよ。

 しかし、うなだれるわけにもいかない。ここからがアイツの可能性(・・・)を示す大舞台なんだからね。

「さ、ここからはお前さんの自由だ。飛ぶ前に言ったルールは厳守だ。わかってる?」

「わかってる」

 ここを飛び立つ前、滑走路に移動している間にかんたんな操縦方法、それと三つの厳守すべきルールをあたしはアイツに示した。

 操縦桿とスロットルレバー、ラダーペダル以外の操作は行わないこと。

 勘だけでこなすには非常に危険が伴う操縦だから、離着陸はあたしが行うこと。

 そして、あたしの指示を絶対に聞くこと。

 この三つ。あたしの身を守るためにも絶対に守ってもらう。それさえ守ってもらえば、素人の操縦でもなんとかなるだろう。

 あたしはアイツのその自信のある返事を信じ、いよいよゴーサインを出す。

「レイフ、機動を許可するよ!」

「イエスマム」

 アイツの返事を確認し、あたしは両手の握力を緩めた。

 その直後。

「ンぅっ!?」

 不意打ち気味に襲いかかる左方向への重力。あたしの右には地上が見える。

 機体の進行方向に対して軸回転。アイツはあたしに言われるや操縦桿を右に、右ロールを繰り出し水平から60度ほどの傾きを起こしていた。

「……本当にゲームと違って、右に進まない」

「ちょ、何して……!」

「……戻す」

「んんっ!?」

 お次は右方向へのG。左ロールで機体は水平に戻る。

 アイツの口ぶりから、どうやら操縦の確認をしているようだった。説明したろうて。

「……ふぅ」

「ふぅ、じゃない! いきなり過ぎ!」

「でも、自由って言ったのはチャッティ」

「間ってものを知らないのかい!」

 怒鳴りつけてやるも、アイツは平然とした口調で反論してくる。邪魔するなって感じさ。憎たらしいね。

「じゃあ、言う」

「ああん?」

 ならばと、予告をしてから機動を行うと言う。

「次、上と下」

 ピッチのアップダウンかい。気に食わなかったが、あたしはそれに受け応えをする。

「ちぇっ……はいよ、りょ……」

 だが、あたしが応答を言い終わる前に、

「ンくぅっ!?」

 体重が倍になる感覚。それもやはり不意打ち気味。アイツが操縦桿を手前に切ったのさ。テンポも考えず、思うがままに。

「だ、だから……オォッ!?」

 注意しようとするも、今度は頭に血が上る感覚があたしを襲う。そして、ピッチダウンした機体は再び水平に戻る。

「お、お前なぁ……!」

「次は横滑り。チャッティが説明してくれたのはここまで」

 と、またアイツが言うと、今度は機体は水平角度のまま、方角だけを変える。前方に映る雲は、緩やかに横方向に動いている。

 ラダーペダルを用いる、側面方向への移動でかかるGはピッチ・ロールに比べて遥かに軽い。あたしはここで、喋る余裕を得る。

「……カッ、思い切りはいいかもしれないがね、もうちょい後席のあたしのことを考えたらどうだい?」

 その乱暴とも言えるアイツの操縦桿さばき、なんだか自動車運転の下手なやつの隣席に座ったような、そんな感覚に似てるね。後ろなんだけど。

 あたしなんてお構いなし。自由だと言ったら本当に自由だ。言葉の意味をそのまま受け取るやつだからね。

 ……ほんの少し羨ましいとも感じたよ。なりふり構わぬ自由さ、毎日同じ暮らしを続けていたあた。

「じゃあ、改めて言っとく」

 そんなアイツは更に自由に事を進める。一匹狼に束縛などない。

「ここまではお試し。スゴイのは次から」

 すこし得意げな声色。つまり、やりたい放題やるのはこれからってこと。

「……あーもう! わかったよ、やるだけやってみな! 危ないと判断したら、すぐに止めるからね」

 この先、その自由に引っ張られることに、本当の意味であたしは腹をくくったのさ。なるようになれ、ってね。

「イエスマム……!」

 そして、アイツは左手を押し込み、機体のスピードを上げる。それとほぼ同時に機首が上を向く。

「ふぅぅ……」

 ループ(宙返り)……まあ、初めての人間はやりたくなるよね。体にかかるGに対し、息を吐いて耐える準備をしながらあたしはそう思った。

 が、その予想が外れていることを、頭上に映る太陽が横にずれているのですぐに気がついた。

「……へ?」

 じきに太陽は右側から潜るように機体の裏に隠れ、大地が天蓋となる。あたしは機器類によって隠れている前方の様子を、バイザーのVR映像投射機能で確認する。

「ま、マジ……!?」

 その先に見える入道雲。それを視界上部に維持したまま、画面は緩やかに回転している。

 進行する方角を変えることなく、その方向を背軸とする螺旋を描きながら飛行する機動、『バレルロール』をアイツはやってみせたのだ。

「っ……ふぅぅっ……!」

 無線越しに聞こえるアイツの吐息。息の吐き方からわかる。しっかりと前を見て、マニューバ(機動)に集中している様子だ。

 そう、驚くことに意図的にやっていたんだ。初めてでこの機動、しかも何も臆することなく。

 気がつくと、バレルロールも一回転を終えるところ。左側から太陽が顔を出し、コクピット内に明暗がはっきりと別れる。

 アイツはそれで終わるはずもなく、

「ま、だ……」

「つ、続けるっての?」

 止まること無く二周目に突入する。

 そして、一回転半に差し掛かったときだった。

「……ここ!」

 アイツはまたも驚きの行動に出た。

「ぐっ……っ~~!」

 あたしはのしかかるGに唸りを上げながらも、バイザーの映像と重なって投影されるHUD表示を確認するため、重いまぶたを閉じまいと堪える。

 メモリは目まぐるしく変わる。速度を落とした機体は、逆さまのままピッチアップの機動をしているようだ。

「『スプリットS』をやろうってのかい!?」

 空中で背面を地面に向けピッチアップ、高度を下げながら進行方向を真逆に変える機動。すれ違った下方の敵を追いかける際に良く使う機動だ。

 高度が低すぎる、また速度が大きすぎると地面に激突する恐れもある危険なマニューバ。速度を落としながらやってるあたり「アイツは本当にド素人なのか?」なんて事まで浮かんでくる。

 HUDの水平との角度を表すメモリの数字は「0」を示す間近。再びエンジンの音が強くなり、そして水平に戻った。

 

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「……ふふ!」

「……はは、ぶっ飛んでやがる。お前さん、身体の中にダイナマイトでも仕込んでるのかい?」

 一連の機動を終えたあとの一笑。十六の可憐な少女とは思えないバイタリティだよ、ホント。

 思うがままに走る若い狼、これであたしは分かった。この『知恵の狼』はあたしにとっての『チャンス』なんだって。

 あたしの七年の経験上、素人が勘だけでここまで飛べる所を見たことはない。間違いなく『逸材』だと確信したね。

 これ以上続ける必要もないだろう、素質は十分に見れた。

「わかったよ、あたしは納得……」

 あたしは認めることにした。だけど……

「……もっと」

「……ん?」

 「もっと」って言ったのか、今?

あたしはやな空気の流れを感じる。このままちんたら話してるのは危ない気がして、あたしは終わりの音頭を取ろうとする。勘ってのは大事って教官も言ってたろう?

「レイフ、もう十分……」

「足りない。まだ、行ける……!」

 だが、一歩遅かった。

「うおぅっ!?」

 アイツの悪い癖、今でもたまに出るやつさ。一人で突っ走る癖があるのよ。それに救われたことも何度もあるんだけどね。

 その時、突如あたしを襲ったのは前方向へのG。

 急激な減速。アイツはスポイラーを一挙に展開したようだ。

「お、おい! 無茶は……」

 静止しようと、無線だというのに声を張って呼びかけるあたし。アイツは聞く耳持たず。とんだ困ったちゃんだね。

「私は、飛べるんだ……!」

 こうなったアイツは止まらない。止まらないし、止めちゃいけない。

 何故? 狼が牙を向くのさ。ガオォッとね。

「ぬぅぁっ!?」

 類まれなる平衡感覚、直感力の鋭さ、それがアイツの売り。それが生かされる瞬間がこういう時なのさ。

 まっすぐ飛んでいた機体は起き上がる。眼前はただただ太陽が眩しい。気持ちいいくらいに青い空。

 それと重なるバイザー投射の情報。高度は変わらず、速度ベクトルを表すマークは本来機首を起こした際より機体底面方向近くを指している。

 機体は上を向いたまま、地面とは平行の方向のままに移動していたんだ。

「『コブラ』だって!?」

 あたしは思わず叫ぶ。驚きの声と同時に再び水平に戻り、元通りの状態になる。

 『プガチョフ・コブラ』。高度をほとんど変えずに、減速させながら機首を上に向け、また水平に戻るマニューバ。

 エンジン排気の方向を変える『推力偏向』の機能を無理やりくっつけたた、このブルーファントムならできないことはない動き。

 だが、減速と機体を起こすタイミングがシビアなんだ、この機動は。おまけに、この機体は相当ピーキーで、そういったバランスが大事な機動には相当に神経をすり減らす。

 そんな、あたしらでも難しいってのを、またもアイツはやりおおせたのさ。

「……! ……!」

 息づかいが荒く、アイツが「ハイ」になっている様子が無線越しに伝わる。今、アイツのテンションは最高潮だ。

「お、おい、一旦止まれ!」

 絶対何かやらかす。そう思って、飛行機は止まれないというのに、焦ってあたしはそんなことまで口に出る。

 しかし、アイツの息遣いは更に荒くなっていく。

「……っ!」

「のおぅっ!?」

 機体は60度左にバンク(傾く)。

「それから、持ち上げる……!」

 アイツはスロットルを前に押して加速させ、そしてピッチアップの動作を行う。機体は旋回半径を広げながら、下から上に広がる螺旋を飛行機雲が描いていった。さしずめ、新体操のリボンって感じかな。

「上がれ、もっと上に……!」

 ……今も、この「ハイ」な状態でのアイツの動きには驚かされるし、頼りになる部分もある。

 けど、当時のアイツには決定的に抜けていた部分があったのさ。空の厳しさを知らない、『未熟な狼』だったんだよ。

「……?」

「……な、なんだい?」

 アイツの戸惑う様子が、直感でわかった。

 機体の動きはそのまま、バイザーのHUDが徐々に傾いていく。機体の角度はすでに90度を超えていた。

「……? ……?」

 瞬間、機体が訳のわからぬ動きを始めだす。

「うわわぁっ!」

 ぐるぐるぐるぐると、あちこちに操縦桿を切っているアイツ。まずいことになった。

 ――これは『バーディゴ(空間識失調)』だ。

「……何? ……え?」

 この時のアイツは天地がどちらかを見失ってしまったのさ。

 ド素人のくせに無茶なマニューバをやりおおせたはいいが、不慣れな『G』に体の調子がおかしくなったんだろう。

「レイフ、手を離せ!」

「…………?」

 指示を出すものの、あたしの呼びかけに気がついていない。相当落ち着きを無くしてしまっているようだった。

 子犬らしさあるもんだ、なんて言っている場合ではない。

「レイフ、レイフ、応答しろ! あたしの声を聞け!」

「……えっ?」

 情けない、上ずった声で返事をするアイツ。しかしなんとか気づいてくれた。

 しかし、自体はさらに悪化する。

《Warning Stall》

「「……あ」」

 機体が逆さまになり、空力を見失うあたしたち。

 ストール、つまり失速。操縦桿やスロットルをいじるうちに、飛行に必要な速度を失い、制御不能に陥ってしまったのだ。

「え、えっと……」

 バツが悪そうな様子のアイツ。戸惑う前席にあたしはやれやれとため息を吐いた。手間のかかる後輩だこと。

「とにかく、もう何も触るな。試験は終わり、わかった?」

「……うん」

 アイツの弱々しい返事を聞き、今度はあたしが機体のコントロールを握る。こっからがあたしの見せ場だ。

「エンジン再点火、高度は……ちと余裕はないね」

 速度を得て揚力を生もうとするも、アイツがパニックになって無茶したことや、スプリットSによる高度低下もあって余裕は雀の涙程度。

 最初は15000フィートあった高度も、今では4500……4000……高度を示す数値はどんどんと小さくなってくる。

「レイフ、よく聞け。精一杯リカバリーしてみるが、どうなるかわからない」

「う、うん」

「だから、あたしが「イジェクト、イジェクト!」と二回言ったら座席の黄色いレバーを引きな。脱出装置が作動する」

「うん……わかった」

「返事は!」

「い、イエスマム……!」

 そして、アイツの返事と同時にエンジンの音が蘇る。

 3600……3200……高度は下がる。しかも機体の向きはほぼ背面。さあ、歯を食いしばれ。

「ぶっ飛ばすよ、あたし!」

 操縦桿を右に倒し、あたしはアフターバーナーを点火。エンジンは最大出力だ。

「くうぅっ……」

「すうぅぅ……ふうぅぅ……!」

 機体を纏う風が蘇り、ブルーファントムの羽は揚力を取り戻す。ストールの警告が止んで右ロールが始まるが、地面は刻一刻と迫ってくる。

「ひっくり返った!」

 天上に太陽を確認。HUDも正常な角度に戻った。

《Pull UP》

 同時に警告の知らせがまた鳴る。HUDにも操縦桿を引けと赤い文字で映されている。これはこのままいると地面と激突してしまう、という合図。急かされている気分が冷や汗を生む。

「浮いてくれっ……」

 あたしは思いっきり操縦桿を引いた。ブルーファントムの推力偏向ノズル、フラップ、エレベーターをすべて動かして機首を上に向けさせた。

 そこからは祈るしかない。

「間に合うか……」

 祈って、あたしはHUD表示に意識を集中させる。頼む、頼む……

 ……そして、進んでいる方向を示すベクトル表示が0度を越えて上に向く。

「……いよしっ!」

 その時、HUDが示す高度は150フィート(約46メートル)ほど。海抜高度なので、地面との距離はもう少し短い。超音速のヒコーキから見れば、この高さは超低空だ。

 間に合った。機体は高度をどんどんと得ていき、墜落の心配は去っていった。やれやれだね。

「見たかい、あたしのリカバリー! どんなもんだい!」

 得意げに前にいるアイツに自慢してやった。これが経験の差ってやつだってね。

「…………」

「……なんだい、ちっとは反応してくれたっていいじゃないか。恥ずかしい」

 意気消沈しているアイツは返事も返さない。ま、もともと無口だけれど。

 そして、そうこうしていると、無線機からオヤジ声が響き出す。

「チャッティ、ストールしていたみたいだが、無事か?」

 バートレット教官からの通信だ。あたしは胸を叩いて応答する。

「へへ、この通り。ピンピンしてるよ教官殿」

「そりゃ結構で。前のお嬢さんはどうだい?」

「…………」

 アイツの返事はない。完全に落ち込んじまってるね。

「チャッティおめえ、またいらん事を言いやがったな」

 それに便乗し、教官はふざけたことを言い出す。

「なんも言ってないよ! 聞いてたくせに」

「とにかく、もう十分だ。お嬢さんにその『価値』があるのか、見定めを聞かせてもらうぜ」

「たく……ウィルコ(了解)。わかったよ、ハートブレイク・ワン」

 一通り終えたあたしは大きく息を吐いて滑走路の位置を確認、同時におりたときのコメントも考えておくことにした。

 さあ、どう言ったものか……ってね。

「チャッティ、着陸チェックを実施せよ。着陸を許可する」

「ウィルコ。ギアダウン……ドラッグシュート、展開準備……」

「…………」

 長いようで短かった、『リボン付き』の濃い初飛行が終わりを迎える……

 

◇ ◆ ◇

 

 更衣を済ませ、あたしたちは向かう。

 どこに?きっと、あのオヤジ共がニヤニヤと待っているであろうブリーフィングルームに、さ。

「…………」

「…………」

 その道中はお互いに沈黙……気まずい雰囲気をアイツが垂れ流しているからさ。あたしまで黙っちまう。

 認めるようで癪だが、あたしはおしゃべりなんだ。ちょいとこの空気は耐えられない。

「ほ、ほら。元気だしなよ」

「…………」

 けれど声をかけても沈黙。

「そ、そうだ! キャンディ、あるんだけどいるかい?」

「…………」

 それでも沈黙のまま首を振る。子犬は尻尾を振りもしない。

 あれだけ肝っ玉が座ってるってのに、落ち込むとコレだ。無口ってのは、ちと厄介な性格だねぇ。ちょいとしくじっただけじゃないか。

「……あのねぇ、もうちょいシャンとしないかい?」

「……でも」

 ……ああもう、まどろっこしい! あたしは一発言ってやることにしたのさ。

「でも、じゃないよ。胸張りな!」

「……え?」

「ここに入りたくてやって来たんだろ? リボンちゃんよ。威勢のいい返事はどうしたよ」

「…………」

「芯を持ちな。ちょっと失敗したぐらいが何だってのさ」

「……うん」

「あたしは……おっと」

 もう少し言ってやろうと言葉を吐き出していたが、それよりも先にブリーフィングルームに到着してしまった。

「この続きは中に入ってから。心の準備はいいかい?」

「…………」

 そして、黙って頷くアイツを見て、あたしはブリーフィングルームの扉に手をかけた。

 

◇ ◆ ◇

 

「おせえぞ、おめえら。着替えにいくらかかってんだ」

「うるさいね。女の子はおっさん(あんたら)とは違うんだよ」

 扉を開けるやいなや、教官の声が響く。デリカシーのない声だからフラレるんだよと心中悪態をつく。

 そこにいたのは、オヤジ共。バートレット教官に、ピーターのおやっさん……そして、このL.C.社オーナーのグッド・フェロー。

「あ……」

「ご苦労様、二人共」

 グッド・フェローはねぎらいの言葉をあたしたちに浴びせ、アイツはソレに応えて深々とお辞儀をする。そうか、アイツに機会を与えたのはこのおっちゃんなんだものな。

「それで、モニカくん。私とバートレットもそうだが、オーナーも君の意見をこの場で聞きたいそうだ」

 おやっさんはオーナーにあたしを誘導するかのように視線をずらす。あたしもそれにつられて顔を向け、どこか得意げな顔をしているグッド・フェローのおっちゃんに手を挙げ、挨拶をする。

「へぇへぇ。ご足労ご苦労さまですぜ、おっちゃん」

 おっちゃんはあたしに合わせてハイタッチを返す。仲がいいんだ、七年来の付き合いだからね。

 そして、おっちゃんはオーナーとして、アイツのことをあたしに聞き始める。

「どういたしまして。それで、モニカ。どうだったんだ、彼女?」

「それはだな……」

 あたしは答えを出そうと口を開きかけたが……へへ、その前に聞きたいことがあったのだとにやけてしまった。

「あ、でも、その前に。なんでこんな場違いな子を連れてきたんだい? ロリコン趣味でもあったのかい?」

 おっちゃんはその質問に苦笑いを浮かべる。そして「俺じゃなかったらクビだぞ、モニカ」と一言言って、答えた。分かってるっての。

「似てたのさ、アイツの目に」

「……アイツ?」

 アイツ……教官やおやっさんのことか?でも、全く似てないし、そもそもおっさんだし、二人共。

 ……まさか、振られた相手? 元カノ? それとも……隠し子? けど、男も女も、瞳の輝きは同じだし。

「……昔の話さ。シツレイなこと考えているだろ、お前」

「あ、バレちゃった?」

 無礼がバレたあたしは愛想笑いをする。グッド・フェローは仕方のないやつだとため息。おっちゃんのそういう優しい所、あたし尊敬しちゃう。

 そして、おっちゃんは気を取り直すかのように咳払い。

「……とにかく、素質があると思ったんだ。直感ってやつだ」

 つまりは、一目惚れってことだね。やっぱり腑に落ちない理由だ。

「……おっちゃんの気まぐれに付き合わされて、人事もたまったもんじゃないね。あとあたしも」

「代わりに、彼らにはボーナスを上乗せしておくからいいんだ。条件付きとはいえ、俺の無理を通してくれたんだからな」

「オーナー権限ってやつだね。あたしには無いのかい?」

 あたしは少し嫌味を言ってやるも、そんなことは大した問題ではないという態度を取るおっちゃん。伊達にオーナー務めてるわけじゃないね、大物だよ。

「お前にも用意してやるよ。だがその前に改めて聞こう。彼女の素養はどうだと思う、モニカ?」

 改めて言われたあたしは、アイツの方に視線を移す。

「…………」

 まだ気分が晴れていない様子だった。たく、この時から世話のやける子だよ、まったく。

 そしてあたしは、視線だけでなく体もアイツに向け、答えを出す。

「そうだね……無謀、と言えばいいのかな」

「…………」

 落ち込んでる落ち込んでる。ちょっと責めるようなことを言って、その反応をまずは見る。意地悪だけど、最後の試練さ。

「ド素人で『G』もろくに知らないのに、いきなりヒコーキに乗せたあたしらもあたしらだが、それにしてもめちゃくちゃしすぎだ。わきまえる、ってことを知らないのかい?」

「……ごめんなさい」

 うつむいて一言。しっかりと反省しているようだった。

 これで最終関門は突破だね。反省できるなら問題ない。

 あとはあたしの答えを言うのみ。

「だけど……正直かなり驚かされた」

「……え?」

 あたしのさっきまでの様子ではない言葉に、アイツも反応して顔を上げてあたしを見る。

 それに応じるように、あたしもアイツを褒めてやることにしたのさ。

「無茶するだけならただのド素人。その無茶をお前さんはしっかり通せる『実力』を秘めている」

「……!」

 アイツの目が見開く。空色の瞳がキラキラと眩しいね。こっちまでなんか嬉しくなってしまうようだったよ。

「気に入ったよ、リボンちゃん。お前さんのようにリスクを顧みず、度胸を持って実際にあの場で飛べるやつなんてそうそういない。しかも素質は十分と来た」

「……じゃあ!」

「おう、あたしとしては『合格』。しっかりと訓練を積んだお前さんとなら、一緒に空を飛んだって文句はないと言い切れるよ、レイフ」

「……! ……!!」

 アイツの顔が、これ以上無いくらいに嬉しさで溢れてくる。感情が昂ぶっていくのがわかるね。

「…………!!」

 その感情のままに、アイツはあたしに近寄ってくる。アイツのこういうときの行動は何をしでかすかわからんから肝を冷やすよ。

「うわ、ちょっ……!?」

 そして、アイツはあたしに全力でハグを食らわせてきた。

「っ……! くっ……!」

「お、おいおい、どうしたよ。泣いているのかい?」

 安堵と喜びが入り混じり、涙が溢れてしまったようだった。涙もろいんだよね、アイツは。

「あー……よしよし、わかったから落ち着きなって」

 照れくさいがしかたなく、あたしはハグしたままポンポンと背中を叩いてやる。なんというか、世話を焼きたくなる雰囲気を醸し出してくるんだよね。本当に『わんこ』って感じ。

 少しして、落ち着いてきたところでアイツはハグをやめ、あたしの顔を見た。

「……ありがとう」

 はにかんだその顔は、とてもいい顔だった。この純粋さも、アイツの強さなんだろうね。

 しかし、今言ったのはあくまでもあたしの気持ち。

「言っとくけど、まだ決定じゃないんだよ? ほら、そこでニヤついてないで、オヤジ共もなんとか言いなよ」

 そう言って、あたしはちょっと腹立たしい目つきで見ている三人に意見を求める。見世物じゃあないんだよ、あたしらは。

「俺様に決定権はないぜ。オーナーに聞きな」

「バートレットに同じく。私はただの整備士さ」

「俺は元々引き入れるつもりだった」

 だが、返ってくるのはそんな答え……始めっからあたし次第だったようだね。

「なんだい、大人がそんなんでいいのかい? ていうか、人事はどう言っているのさ?」

 そういや人事のことはまだ聞いていなかったと質問するが、おっちゃんがすぐさま返答する。

「人事にはしっかりと伝えてある。飛んでいるところも見てもらった。あとはモニカ、お前の返答だけさ」

「それに、おめえだってもうそろそろ一人前ならなきゃな」

 そして教官から以外な返答。あたし自身の成長を見てくれていたと思うと、ちょっと照れくさい。調子狂うよね。

「な、なんだい、そりゃ」

「……チャッティ、顔赤い」

「う、うるさいなぁ」

 アイツもクスクスと笑っている。参ったねこりゃ。

 参ったから、ここは場の空気を変える必要があるね。あたしは大きく「……よし!」と言って、アイツに向き直った。

「まあ、なんだ。そういうことなんだけど、それついでに、あたしが認めたついでに頼まれてほしいことがあるんだ」

 そして、あたしは右手をアイツに差し出す。

「え?」

「あたしはモニカ・ドウモト。これからあたしが本当に一人前になるために……いや、成功をつかむためかな? とにかく、お前さんとなら成し遂げられると思うんだ」

「……!」

「お前さんの名前を教えてくれ、『相棒(バディ)』」

 ただのひよっ子のお嬢様だと思っていたから、名前なんてどうでもいいと思っていたからね。これから一緒にやっていくんだ。名前を知らないとやっていけん。

 ……しかし、その場のノリとは言え、今思うとちょいと恥ずかしいねこの言い回し。

 けれど、それを聞いたアイツはこっちの目をしっかり見て、その手を強く取ってくれたのさ。

 そして一言。アイツは名前。

「ラヴィ……ラヴィ・M(マクドネル)・ダグラス!」

 それが、アイツ……ラヴィと、あたしモニカの馴れ初め。ここから全て始まったのさ。

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

「まったく、とんでもないやつでしょ?」

 彼女はリボン付きとの馴れ初めを明かし終え、得意げな表情を浮かべる。余程思い出深い出来事だったらしい。

「思い出深いなんてもんじゃないさ。後で知ったことだが、アレ、マジにド素人だったみたいだしね。シミュレーターも触ったことのないド素人。そんなやつが、いきなりあんな飛び方するんだよ? あははは、ありえないでしょ!」

 規格外な相棒との思い出に、彼女はまた笑う。

 本当にあの英雄を育て上げた人物なのだろうか。フランクだからこそ規格外に育てられるのだろうか。

「何、これくらい気楽でないと、アイツとはやっていけないよ。全くもってズレてるからね、型にはまってるやつじゃイライラするだけ……」

 ふと彼女は何かを思い出したかのような表情を浮かべる。

「……そうそう、それで思い出したよ。それからそう離れてない時期に、あの子とも出会ったんだっけねぇ」

 あの子とは?

「世間一般的にはこっちの方が有名なのかもしれないね。よく国連のCMにも顔を出していたし」

 ああ、あの方ですね。国連の『アイドル』の。

「あの子にもビビったね。ラヴィと同い年のはずなのに……でも真面目ちゃんで、アイツとは正反対。そう、アイツとはどこかウマが合わない性格だったんだよね。それで思い出したんだ」

 国連の『アイドル』。平和維持活動の『象徴』とも呼べるべき少女。彼女についてもインタビューは行っている。

 ……しかし、リボン付き側からの彼女の話を聞くのも面白いかもしれない。

 私はリボン職人こと、モニカ・ドウモト氏にその話を聞くことにした。

「えーっと、そう。あの日、国連との合同練習があって……」

 

 彼女の話はまだまだ続く……




 お互いの都合も相まってローペースではありますが、こんな感じで進めていく予定です。
 不束者ですが、どうかよろしくお願いしますm(_ _)m
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