旅に出た私達は、まずはラネール地方にあるゾーラ族の里を訪れてみることにした。
長年に渡り整備がされていないためにすっかり荒れてしまい、『昔ここに道があったんだろうな』と辛うじて窺えるだけの山道を、リンクは巧みにマスターバイクを駆りながら、その頑丈さに任せて強引に登っていく。
歩き、もしくは馬で来ていれば、ここを通るだけで何日も費やしてしまっていただろう。
振動で舌を噛まないように、ひたすらリンクの背中にしがみ付くことだけを考えていた私は、急勾配を何とか登りきったところでようやく息をつくことが出来た。
「ハイリア人との交流が途絶えたことで、街道を整備する意味がなくなってしまったのですね」
「ゾーラ族だけなら、川を使えば済む話だからな」
国交を再開させるとなれば、必然的にこの道を整備する必要が出てくる。
現状で誰も困っていないのに、わざわざそんな時間と労力を注ぎ込む意味と利点がそこにあるのか。
……そんなことを問われてしまったらどうしよう。
思わず浮かんでしまった不安に、疑問に、今は答えを出すことが出来なかった。
そうして私達は、何とか里まで辿り着いたのだけど。
残念ながら、里に入ることは出来なかった。
ほんの少し近づいた時点で現れたゾーラ族から、交渉の余地もなく追い払われてしまったからだ。
「まあ、予想はしてた」
「ですよね。ハイリア人にとっては『今更』とも言えるような昔の話でも、長寿のゾーラ族には当時を知る方は居られるでしょうから」
「何とかして、『あいつらは昔のハイリア人とは違うみたいだ、話くらいは聞いてやろうかな』くらいには思ってもらわないと。
信用を得るためには、何よりも地道な実績の積み重ね……一体どうしたものか」
そんなことを考えていた私達の視界の端で、幾つかの小さな赤色と青色が動いた。
思わず振り返った先にいたのは、何とゾーラ族の子供達。
生まれて初めて間近に見るハイリア人に、言いつけよりも興味と冒険心の方が上回った様子だった。
私達と目が合ったことに驚き、慌てて散っていく魚の子達。
飛び込んだ木や岩の陰から、めげずにこちらを窺いだす可愛らしい姿に、私達は思わず顔を見合わせて吹き出してしまった。
「俺達はな、ゾーラ族の人達と仲直りをしに来たんだ」
「ケンカしたの?」
「喧嘩と言うよりも……とあるハイリア人が、ゾーラ族にとても酷いことをしてしまったんだよ。
ゾーラ族はそれに怒って、もうハイリア人と仲良くするのはやめるって言いだして。
昔のハイリア人は、悪いのは自分達だってことも、ゾーラ族が怒るのは当然だってこともわかっていたから、その通りにしたんだ。
だけど、昔はゾーラ族とハイリア人は本当に仲良しだったから、またそうなりたいんだよ」
「それって、リンクが小さいころのこと?」
「俺のじいちゃんのじいちゃんが小さかった頃かなあ」
「ええ~っ、そんなずっとケンカしてんの!?」
「友だちとケンカしたらすぐに仲なおりしなさいって、おかあさんたちいつも言ってるのに」
「大人の、しかも大勢でやった喧嘩っていうのは、そう簡単にはいかないんだ」
警戒心が解けて、馴染むを通りこしてすっかり懐かれた、何故か不思議と子供の相手が手慣れているリンクの様子は、思わず笑みが零れるほどに微笑ましいものだった。
ゾーラの里の近くで、しばらくの野営地と出来そうなところを見つけてひとまず落ち着いた私達は、熾した焚き火を可愛らしい客人達と共に囲みながら、改めて今後について話し合う。
「ケンカしたなら仲なおりしなきゃ」と、子供達が口々に協力を申し出てくれて、おかげで少しだけ方針を決められた。
彼らにこっそり、里の大人達が困っていること、求めているものを聞いてきてもらい、それに地道に応えていく。
……時間がかかるし、それで本当に信用を得られるかどうかも分からないけれど、今はとにかく行動するしかない。
そうして、その後私達はしばらくの間、ゾーラの里周りの山々を巡りながら、魚やカエルを獲ったり、夜光石を採掘したり、魔物を退治したりという日々を過ごした。
それを子供達に頼んで、「たまたまみつけた」「なんかやっつけられてた」という体で、里の大人達へと伝えてもらう。
最初こそ『たまにはそんなことも』と思ってくれたかもしれない大人達も、流石に続けば不審を覚える。
実際リンクも、このところ視線を、見張られている気配を感じると言っていたし。
……いい流れだ。このまま、私達に敵意や害意など無いことを、直接その目で確かめてもらえれば。
そう思って、ここからが肝心だと気持ちを新たにした私達は、予想外の長雨にそれを妨げられることとなる。
「……止みませんね、もう三日目です」
「いい加減に薪が尽きてきた。
補充したいけど、この状況じゃあ木を伐っても……」
湿気てて到底使いものにならないだろう、乾かす場所も時間も無い。
雨が降る中での野営で体を温めない訳にもいかず、私達の猶予は何も出来ないでいる間にどんどん少なくなっていた。
「城に戻る判断は君に任せるよ」
シーカーストーンを使えばいつでも、今すぐにでも王宮へと帰ることが出来る。
だから諦めなくていい、少しくらいの無理なら大丈夫。
本当に駄目だと思ってしまうまで、気がすむまで粘ればいい。
焚き火に最も近く当たれる場所も、毛布も譲ってくれた上で、そんなことまで言ってくれる。
リンクが私の味方だということを、泣きたくなる程に頼もしく、嬉しく思いながら、私はもう少しだけ彼に甘えることにした。
「今日一日だけ、様子を見てみます」
「わかった。じゃあ、何か起きた時に備えておかないとな」
そう言ったリンクが、残った薪のほとんどを使って一気に火を強め、凍えていた体に久々の力が戻ってきた……そんな時だった。
雨で霞む景色の向こうから、私達の野営地へと近づいてくる幾つかの影が見えたのは。
咄嗟に剣を抜き、私を庇って前へと出たリンクに、影の主たちは慌てた様子で声を上げる。
「警戒することはないゾラ、危害を加える気は無いゾラ!」
「話しを聞きたいだけだゾラ!」
「ゾーラ族!?」
予想外のことに驚いた私達は、それでも咄嗟に雨よけの外套を羽織って駆け出した。
言う通り、私達への敵意や警戒心など持ち得ていない様子のゾーラ族から聞かされたのは、とんでもない事態が起こっているということだった。
「あの子達が、里を飛び出して行方不明!?」
「てっきり、君達のところへ行ったと思っていたゾラ……」
「一体どうしてそんなことに!!」
私達の必死な問いかけに、ゾーラ族達は、最近の里で起こっていた大きな変化について話してくれた。
私達の地道な活動は、ゾーラの里で予想以上に好意的に受け止められていたらしい。
当時のことをあまり詳しく知らない、若い世代を中心に、『話くらいは聞いてやろう』という風潮が生まれていたそうだ。
そんな時にこの長雨が始まり、ハイリア人はあまり体が冷えると病気になってしまうことを私達から聞いていた子供達が、「雨の間だけでも里に入れてあげよう」と大人達に訴えてくれた。
子供達の親を始めとした多くの者が『それくらいなら』と認め、王までもが融和の姿勢を見せ始めたことで、当時をまだよく覚えている老人達が逆に頑なになってしまったらしい。
子供達を集め、当時のハイリア人がいかに非道だったか、ゾーラ族がいかに苦しめられたのかを滾々と諭し続けたところ、今度は子供達が爆発してしまった。
「昔は、昔はってそればっかり!! 私たち昔の話なんてしてないの!!
今の話を……今の友だちの、リンクとゼルダの話をしているの!!」
「ひどいことしたり、苦しめたりしてるのはリンクたちじゃない!! じいちゃんたちの方だよ!!」
「いじわるなじいちゃんたちなんか、もう知らない!!」
そう叫ぶや否や、大人達が止める間もなく飛び出してしまったそうだ。
余りのことに立ち尽くしてしまっていた私の隣で、リンクがシーカーストーンを起動させる気配がした。
青い光と共に現れたマスターバイクに驚くゾーラ族達を、悪いとは思いながらも置き去りにして、私達は絡繰り仕掛けの嘶きと共に雨の山中へと飛び出した。
「リンク、心当たりはありますか!?」
「旅の目的を決めた時と同じだ、最も可能性が高いところは既にゾーラ族が見てまわっている筈!!
ゾーラ族にとって当たり前、もしくは在り得なさすぎて考えから外れそうなところは……」
子供達と交わしてきた何気ないやり取りの全てが、リンクの頭の中を凄まじい速さで駆け巡っているのがわかる。
マスターバイクの走りが格段と力強くなったことで、明確な目的地が定められたことがわかった。
「どこなのですか!?」
「例の湖!!」
交わされたやり取りと、リンクが想定した場所を、私も思い出すことが出来た。
知らずに近づこうとした私達を、慌てて止める子供達。
小さく、まだ泳ぎも拙い子供のゾーラ族程度なら一呑みにしてしまうような怪物が住んでいて、大人達から決して行ってはいけないと口々に言いつけられている場所なのだと。
外れていてほしいと思った予想は、残念ながら大当たりだった。
湖岸へと辿り着いた私達の目にまず飛び込んだのは、波打ち際で恐怖に震える子供達と、彼らへと向けて牙だらけの巨大な口を広げる魚の怪物。
目の前の獲物へと向かって飛びかかったその巨体を、突如発生した巨大な氷柱が真下から突き上げ、跳ね飛ばした。
空中高く吹っ飛んだその身を、更に必中の狙いで捉えたのは、山中を巡る日々の中で偶然見つけていた『雷の矢』の一撃。
込められていた魔力が雨中の大気にまで放出され、凄まじい衝撃と轟音が辺りに響く中で、私は恐怖と安堵に泣きじゃくる子供達を抱き寄せていた。
「あなた達、どうしてこんなところに…っ!!」
「リンクとゼルダのところにいこうとしたの……でも、二人を助けられないのはじいちゃんたちのせいだと思ったら、急にいけなくなっちゃって」
「あんなひどいことを言う、じいちゃんたちの言いつけなんか聞くもんかって思って……」
「気がついたら、ここに来てたの」
「何てことを…本当に心配したんだから……」
「ゼルダ、そいつらを連れて早く逃げるぞ。
怯ませはしたけど、あんな矢一本で倒せる相手じゃない」
リンクの言葉に頷いた私は、子供達の手を引きながら、怪物が沈んだ水面になど目もくれずに急いでその場を後にした。
その後私達は、泣き顔から一転して自慢気に胸を張る子供達と共に、正面から堂々とゾーラの里へと迎えられた。
子供達の親からは、改めて挨拶とお礼をされて。
ご老人方も、ハイリア人にだって良い人と悪い人がいることを本当はわかっていたのに、意地になってしまっていたという謝罪と、子供達を助けたことへのお礼をしてくれた。
玉座の間へと通された私達に、当代のドレファン王は、改めてのお礼の言葉を述べた後に約束してくれた。
忌まわしい過去に囚われるのではなく、新たな友と何の憂いも引け目も無く笑い合える未来を目指して、ハイラル王国との国交再開を前向きに考えてくれることを。
その為の条件として、ハイラル王国においては私とリンクが中心となってこの件を進めてほしいという申し出に、嬉しさと光栄のあまりに泣きだしそうになりながら頷いた。
ゾーラの里で持て成された私達は、今のハイラルでは非常に珍しいものとなっていたゾーラの品々と、ドレファン王からの親書を手土産に、ハイラル城へと帰還することとなる。
何日も野営生活を送っていたために、見るからに草臥れた装いとなっていた私達に、たまたま帰還に居合わせてしまった人達の驚きようは凄いものだった。
風呂に、着替えに、温かい食事にと大慌てで動き出す人の流れを掻き分けて、あの側近が「姫様をお守りするのではなかったのか!!」と声を張り上げながらリンクを目がけて詰め寄ってくる。
その怒鳴り声を私は、ゾーラ族の紋章入りの親書を取り出すことで黙らせた。