成り代わりリンクのGrandOrder 外伝   作:文月葉月

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顛末と成果

 

 決勝戦に当たる部分でとんでもない事態が起こってしまったけれど、それでも結果だけを言うならば、今年の剣術大会は大成功だった。

 参加者以外の怪我人はゼロ、唯一重傷を負った俺もすぐに治療を受けたお蔭で特に問題なく回復できるとのことだし、何よりもトラウマものの体験をしてしまった筈の民達の盛り上がりようが凄かった。

 あのライネルを真っ向勝負で倒してしまえるような強い騎士が今のハイラルには居ること、それが次代を担う姫様の信頼厚き忠臣であること。

 更には誰がどこで漏らしたのか、此度の功績によって俺が重臣として取り立てられるという、少しだけ違うけれど概ね正しい話までもが広まっていて。

 俺の戦術顧問への就任は、城の皆が認めてくれているだけでなく、多くの人々が待ち望んでいることとなっていた。

 当初考えられていた懸念事項への対応は、どれも順調に進められている。

 対処しなければならないのは、その流れの中で新たに生まれてしまった問題に関してだった。

 

 

「ハイラル王国と、王の血筋に反感と憎しみを持つ無法者の集まり、イーガ団。

 ……まだ残ってたのか。前の時代からどれだけ経ってるのか知らないけど、しぶとい連中」

 

「リンク、今何かおっしゃいましたか?」

 

「何でも無いよ、イーガ団について考えていただけ」

 

 

 闘技場内に残されていたイーガ団の象徴、上下逆さにした目を模した印が描かれた紙を手に、言葉の通り考えごとをしていた俺は、それを一旦やめて目の前で行なわれていることへと意識を戻した。

 俺達が今いるのは城の謁見の間、主役は冷静な面立ちと態度の下で滾る怒りを懸命に抑え込んでいる王と……王のみに限らず、謁見の間に集まった全ての者からの冷たい眼差しを一身に浴びながら、青を通り越した真っ白い顔色で震えながら、それでも必死に自身が犯してしまった誤ちへと向き合っている、あの側近。

 

 事件が起こってしまうまでの流れは、実に単純なものだった。

 俺に対する色んな意味での不満と、それを抱くことは決して間違っていないという自信を保ったまま王の傍から遠ざけられたことで喪心し、正常な判断が出来ずにいたところを唆されてしまったそうだ。

 あんな得体の知れない田舎者の小僧に、今まで守り続けてきたハイラル王国を好きにされてしまっていいのかと。

 正しい危機感を抱いているのは貴方だけ、貴方がこの国を救わなければならないのだと。

 国と、王と、姫の為に、手段を選んでいられるような状況ではないのだと。

 言葉を巧みに使いながら思考と行動を誘導し、王や姫を含めた多くの重臣と、それよりも遥かに多くの民が集まる場所の中心地へと、まんまと入り込むことに成功したのだ。

 

 思い込みと情動が激しく、自身の中で一度定まった価値観をそうそう見直せない頑固者で。

 それでも彼は、国と王家の為に力を尽くしていた、紛れもない忠臣の一人だった。

 冷静さを取り戻し、落ち着いて考えることさえ出来れば、自身が取ってしまった行動がいかに危険であり得ないことだったのかを理解できる聡明さだってある。

 釈明する気も、抗う気も、逃げる気もない彼は、この後自分の身に降りかかるであろう全てを受け入れ、罪を償う覚悟を既に決めている様子だった。

 

 (俺以外に)被害は無いし、実行犯はイーガ団であることを大勢の民が目撃している上に、当人が心から悔やみ反省している。

 情状酌量の、命までは取らずとも事態を修められる余地は十分にある。

 しかしそれでは多くの者が納得しない、罰を与える者はそこに個人の情を交えさせてはならないのだ。

 例えそれが、長年に渡って信頼し、重宝してきた側近だったとしても。

 彼の異様な偏屈さにただ呆れて遠ざけるのではなく、変に思って気を配ってやってさえいれば……一人で悩んでいた彼に、理解者を装って毒の言葉を囁く真の元凶の存在に気付けたのではないかという後悔が、頭の中を巡っていたとしても。

 王の、父の苦悩を察したのか、辛そうな表情を浮かべたゼルダに気付いた俺は、意を決して口を開いた。

 

 

「国王陛下、僭越ながら申し上げます。

 此度成し遂げたライネル討伐の褒賞として、その者を裁く権限をいただけませんでしょうか」

 

 

 居心地の悪い沈黙が支配してしまっていた謁見の間に響いた俺の声に、その内容に、視線と注目が一気に集まる。

 長年の側近を裁くことを躊躇してしまっていた王へと、俺が助け舟を出したのだということに数秒遅れて気がついた一同は、一人、また一人とそれを認め、勧める発言を口にし始めた。

 彼が俺を散々に冷遇していたことは城中の者が知ることだったし、そんな俺ならば躊躇いも手心もない順当な罰を与えられると思ったのだろう。

 場の流れが変わったことを察した王は、掴む手に力を込めすぎたあまりに玉座の肘掛けを軋ませるという分かりやすい動揺と苦悩を見せながらも、最終的にはそれを許可した。

 

 

 許しを得て歩み出し、膝をつき首を垂れる自身を見下ろす位置へと立った俺に、彼はホッとした様子を見せた。

 王をこれ以上苦しませずに済んだと、権利だけでなく確かな理由まで持っている者に正当に裁いてもらえるのだと、そう思って安心したようだけれど。

 ……温い、甘い。あれだけの事態を起こしたことへの罰が、その程度で済むとでも思ったのか。

 命、人生、文字通り彼の全てを以って償わせるべく、俺は冷徹に口を開いた。

 

 

「陛下の傍で、陛下の意図や望みを今度こそ正しく察しながら、今まで以上の成果を出して働き続けること。

 それが、俺が与えるあんたの罰だ」

 

「………………えっ、は?」

 

「それのどこが罰なんだとか、俺が情けをかけたとか。

 そんなことを考えているのだとしたら大きな間違いだ、これほど酷い罰は無いと自負している。

 頑として認めようとしなかった俺が、国の中枢で働くことになる様を間近にしながら。

 周りの全てから疑心の目で見られながら、何よりも自分で自分の死にたくなる程の罪と恥を自覚しながら。

 それでも自ら死ぬこと、投げ出すこと、妥協すること、諦めることは許さない。

 命が尽きるまで、人生の全てを以って、今度こそ国と陛下の為に尽くしきってもらう。

 その屈辱に、過酷さに、あんたは耐えられるかな」

 

 

 長い時間をかけ、俺の言葉の意味をようやく察し、受け入れることが出来た彼は、額を床に擦りつけんばかりの勢いで深く深く頭を下げた。

 『すまない』なんて言葉が後ろの玉座から聞こえてきて、ふと視線を向けた先のゼルダは満面の笑みを浮かべていて。

 ……そんなに喜ばれるようなことじゃないんだけどな、辛く大変な日々を過ごすことになるのは紛れもない事実な訳だし。

 だけど陛下と彼なら、どうにか罰をこじつけられないかと考えて、そうやって辛うじて繋いだ最後の機会を、今度こそきちんと生かすことが出来るような気がするのだ。

 満足のいく成果を導けたことにホッとして思わず笑みを浮かべた、この瞬間が、『彼ならば構わない』ではなく『彼でなければならない』と多くの者が確信を抱いた時であったと、後日陛下が教えてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『開かずの宝物庫の謎解き』でひとつ。

 『周辺諸国の四つの民族と関係を改善させる』ことで四つ。

 『馬宿を基点とした国内の交通網の整備・改善に努めた』ことでひとつ、『民の様々な不安や悩みに耳を傾け、解決することで多くの民の支持を得た』で更にひとつ。

 『謎の異常気象の原因解明』、『迷いの森の踏破』、『大妖精の泉の発見』、『より詳細な挿絵と記述が記された新たなハイラル図鑑の刊行』、そして止めにこの間の『獣人ライネルの討伐』。

 以上、一年という短い期間の中で十二もの偉業を成し遂げた功績を以って、俺は晴れて『戦術顧問』という重職に就くこととなった。

 

 

 

 

 

 13歳の誕生日に重なる形で開かれた就任式は、城中の者達が準備に奔走してくれたこともあって、一般庶民出身の身としては気後れしてしまう程に立派なものだった。

 インパとゼルダが気を遣って、祝いの一環として嬉しい驚きも仕組んでくれていた。

 何と、ばあちゃんとバドが駆けつけてくれたのだ。

 丸々一年ぶりとなった再会をばあちゃんは泣いて喜んでくれて、バドは敢えて村の時と同じような感じで接してくれたのが嬉しくて。

 ばあちゃんは流石に帰らなければならないけれど、何とバドはこの一年で努力を重ね、王都の騎士学校の入学試験に合格していたらしい。

 「未来の大将軍バド様だ、どうだ参ったか」と胸を張る彼に、「就任式を務めてやるよ」と本気で返す俺。

 何気ないやり取りが本当に楽しく、かけがえの無いものに思えた。

 こんなさり気なくも尊い幸せを全て、余すことなく守っていくのがこれからの俺の……俺達の、大切な役目となる。

 

 

「ありがとうゼルダ、君のおかげでここまで来られた」

 

「お礼を言うのは私の方です、道を開いてくれたのはあなたでした。

 ………約束です、リンク。

 ずっとずっと、私の傍で、共に頑張ってくださいね」

 

「ああ、約束する」

 

 

 この言葉に嘘は無かった。

 何が何でも守り抜くと、この時は確かに、心から思っていた。

 運命が再び動き出すのは、およそ二年後。

 短い期間に幾つもの大きな変化を迎えたハイラル王国が、ようやく落ち着きを見せ始めた頃のこととなる。

 






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