成り代わりリンクのGrandOrder 外伝   作:文月葉月

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在りし日のハイラル

 

 どこまでも抜けるかのような青空の下、人々の明るい声と行き交う騒めきが華やかな街並みに響き渡る。

 通りの店先には国中から集まった様々な商品が豊富に並び、子供達が元気にはしゃぎ回り、大人達はそれを何の不安も無いかのような笑顔で見守りつつ、自分達も他愛ないおしゃべりに興じる。

 由緒正しき、偉大なるハイラル王国の城下町。

 その正しく平和と豊かさの表れと言うべき光景を、感慨深げにその目に焼き付ける若者達の姿があった。

 

 

「凄いなあ、これが王都の賑わいか」

 

「俺の村もこの何年かで、前とは比べ物にならないくらい豊かになったけど……」

 

「流石にこれには敵わないな。

 どうしよう……まだ来たばかりなのに、土産話がもう山みたいになってる」

 

 

 生まれも育ちも全く違う彼らだけれど、同じ時期に、同じ理由で遥々と王都までやってきたと言う共通点から、早々に打ち解けていた。

 

 

「お前は確か、村長の息子だっけ」

 

「小さい村だけどね。

 でもまあ、村の暮らしと連中は好きだし、頑張るつもりでいるよ」

 

「偉いなあ、ちゃんと責任感があって。

 俺なんか、他にやる奴がいないから仕方なく務めてただけだってのに、話が来た途端に村中から指名されて……」

 

「『仕方なく』で出来るほど、村の防衛は楽じゃないよ。

 やめたければやめれば良かったじゃないか、怪我だって何度もしたんだろ?」

 

「だから、仕方なかったんだって……俺以外は家の生計支えてて危険を冒せない奴か、まだ小さなガキばかりだったんだから。

 俺んちは一人だけだからその辺り気楽だし、後追いすることもなく育つことが出来たのは村中で面倒看てくれたからだし。

 やらなきゃと思ったことをやってただけなのに、それを評価されてもなあ……」

 

「……なるほど。

 君は正しく『村で最も有望な若者』だよ、君自身がどう思おうとね」

 

 

 優秀な若者を王都に集め、個人の素養や希望を考慮した上で、交易のいろはから魔物への対処法に至るまでの、村を守り発展させるための様々な指導を行う。

 それだけで十分すぎるほどにありがたい話が、王都での衣食住を保証する上に、その若者が現時点で村に無くてはならない人物であるならば、代わりを務められる者を派遣するまでしてくれるとのことで。

 至れり尽くせりすぎて逆に怪しかった話が、間違いなく王が自ら許可を出した国の施策の一環だったことを、若者達は今になってようやく実感を以って受け入れ始めていた。

 

 

「この案を出した王家の『戦術顧問』って、一体どんな人なんだろう」

 

「つーか、何で『戦術顧問』が、若者を集めて指導しようって話を王様に出すんだ。

 兵を指揮して魔物を倒したり、その為の作戦を考えるのが、戦術顧問の仕事ってやつじゃないのか?」

 

「仕官したきっかけは確かにそれだったけれど、戦術に留まらない有能ぶりから、それ以外のところで意見を求められることも多いんだって。

 王都のこの賑わいや、僕達の村がこの数年で一気に豊かになったのだって、元を辿れば戦術顧問の活躍があってこそだからね。

 魔物が簡単に、あっという間に退治されるようになったことで、人や品物の行き来がずっと楽で頻繁になって、国中がどんどん栄えている……って、村に来る行商人が教えてくれたんだ」

 

「そりゃあ、確かに凄いな。

 ……だとしたら、あの話はやっぱり嘘なんじゃないのか?

 そのもの凄い戦術顧問様が、俺達と同じくらい、下手すれば年下のガキだなんて」

 

「だからこそ『若者を育てよう』って案が出たし、王様もそれを重く受け止めたって話もあったけど。

 ……やっぱり信じがたいよねえ、王都で勉強している間に会える機会ってあるかなあ」

 

 

 揃って首を傾げた若者達の耳に、何かが壊れる音と悲鳴が、華やかな賑わいを遮りながら聞こえてきた。

 気付いたと同時に中心地へと向けて走り出した、ほとんど条件反射とも言えそうな振る舞いは、それぞれの村で若い身ながら頼りにされる立場に在ったからこそ。

 しかし、駆け付けた先にあった光景を目にした彼らは、一瞬それを受け入れられずに固まってしまった。

 明かな脅威と言えば、たまに遭遇してしまう魔物くらい。

 人間関係においては非常に穏やかなものだった村においては、絶対に考えられない騒動が起こっていた。

 体格と腕力、怒号でもって脅しつけて、対価も無しに店から商品をたかろうとするような振る舞い。

 そんなことを平気で出来るような野蛮な存在など、知るどころか想像するような機会すら無かったのだから。

 

 

「遠いところから苦労して運んできた品です、お代をいただけないと困ります!!」

 

「そうやって運んで来られたのは、俺達のような傭兵が体を張って魔物を倒しているからだろうが!!

 礼をもらいたいのはこっちの方なんだよ、それをコレで許してやろうっていう気遣いがわかんねえのか!?」

 

「ひいいっ!!」

 

「あの野郎、何をふざけたことを…っ!」

 

「ちょっ、待って待って!」

 

 

 村で荒事を一手に引き受けていたことと、生来の真っ直ぐな性分からあっという間に我慢の針が振り切れた若者が、咄嗟に伸ばされた相方の手を払って歩み出る。

 そんな彼を制したのは、後ろからではなく、進行方向に伸ばされて歩みを遮った手だった。

 苛立ちのままにその持ち主へと振り返った若者は、噴火寸前の思考をあっという間に鎮火させられる羽目となった。

 手の持ち主……肩下まで伸ばして纏めた金の髪と、宝石のような青い瞳の、自分達より僅かに年下と思われる少年の色と面立ちの美しさに驚いたのと、その美貌をライネルを彷彿とさせるような怒りでもって滾らせるさまに、一瞬で竦み上がってしまったのが原因で。

 茫然と立ち尽くしてしまっていた彼の肩を、騒動を遠巻きにする人込みを掻き分けてようやく追いついたもう一人の若者が息を荒げながら揺さぶった。

 

 

「明らかな傭兵相手に無茶しないでよ!!

 見逃せとは言わないから、もっと落ち着いて考えて……ほら、衛兵が来たからもう大丈夫」

 

 

 管理が行き届いていない田舎町ならまだしも、ここは国の中心とも言うべき城下町である。

 実力も気概も信用できる、あんなチンピラ程度すぐに対処してくれる筈。

 そんな若者の予想は、騒動を治めるべく駆けつけてきた筈の衛兵達が、何故か人込みに分け入る手前でその足を止めてしまったことで裏切られた。

 

 

(明らかな非常事態を前に何で直立不動、しかも何で敬礼!?

 あの金髪の子が手を上げた動き、まるで制止をかけたようにも見えたんだけど……)

 

 

 落ち着いて、改めて周りを見回してみれば、集まった野次馬達の表情に悲壮なものは見受けられない。

 こういう状況から守り、遠ざけるべきであろう子供達を、むしろ優先して最前列に通している様子に危険への危惧は全く無く。

 未だ理不尽に晒されている真っ最中である筈の店主までもが、安堵の表情で胸を撫で下ろしていた。

 先ほどと今とで、一体何が違うのか。

 その答えであろう少年が、木製の剣を片手に暴漢へと歩み寄っていた。

 

 

「確かに……少し前までは、国の兵士だけで賄えなかった街道の防衛、行商の護衛を、あんた達みたいなのに補ってもらっていた部分はあったけれど」

 

「何だガキ、すっこんでろ」

 

「魔物への対処法と、単独で無理に戦わない心構えを周知させた上に、街道沿いの整備を本格的に行なったことで、『守ってやってる』なんて的外れな上から目線で理不尽を強いるような、あんたみたいな性質の悪い連中に、無理に依頼しなければならないような事態はまず無くなった」

 

「……ああっ?」

 

「真っ当に依頼を受けて、こなして、正当な報酬を得ている良心的な傭兵には、国の方から信用状を出して、傭兵ならではの速さと自由さで警備と警護の穴を埋めてもらっている。

 そんなことも知らずに、未だに脅しがまかり通ると思っている奴が『傭兵』を名乗るな、まともな人達に失礼だし迷惑だ!!」

 

「黙って聞いてりゃあ、ふざけやがって!!」

 

「危ない!!」

 

 

 激昂すると同時に、前置きも宣言も無しにいきなり振り上げられた武骨な大剣が、無防備に立つ少年へと向けて真上から振り下ろされる。

 咄嗟に声を上げはしたけれど、あまりにも突然すぎて体を動かすことは出来なかった若者達の前で……事態は、一瞬で収着した。

 村を守るために時折魔物と戦い、それなりに荒事には慣れていた若者でさえ全く見て取れなかった一閃でもって、岩の如く猛々しかった暴漢の体が石畳に沈む。

 見守っていた町人達の歓声を少し恥ずかしそうな顔で浴びながら、野次馬の輪の一角へと向けて歩み出した少年は、一人の男の子の前で立ち止まった。

 

 

「君の剣のおかげで店の人を助けられたよ、ありがとう」

 

「あっ、あの……どういたしまして、ありがとうございました!」

 

 

 優しい笑顔で剣の柄を差し出した少年と、それを憧れの英雄を前にした表情で目をキラキラとさせながら受け取った男の子。

 彼が受け取った瞬間に、暴漢の巨躯を一瞬で沈めた素朴な木剣は、明らかに枝を削っただけの素朴を通り越して粗雑な子供のオモチャへと変わってしまった。

 正確には変わったわけではない、あんなもので危なげなく戦った少年の力量がそう見せてしまっていただけなのだ。

 愛用品を通り越して宝物となった剣を振りかざしながら、苦笑する母親に宥められる男の子の下から踵を返した少年は、笑顔から一変させた鋭い眼差しで、先ほどの暴漢とそれを拘束する衛兵達へと歩み寄る。

 

 

「あとは、任せても大丈夫?」

 

「はっ、問題ありません!」

 

「それにしても、なぜ未だ城下に?

 休暇を取って里帰りなされたと聞いていたのですが」

 

「ばあちゃんへの土産を選んでたら、良さそうな品物が多すぎて目移りしてさ。

 まあ良かったよ、おかげで大きな騒動になる前に治められたし。

 ……流石にそろそろ行かないと、村に着くのが夜になる。

 しばらく城を空けるけど、町と、人と……王と、姫を頼んだよ」

 

「はっ!」

 

「お任せください、戦術顧問殿!」

 

「行ってらっしゃいませ、リンク様!」

 

 

 一糸乱れぬ直立不動と敬礼で送られた少年は、何も言わずとも人込みの中に自然と開けられた道を抜けて、賑わいの、街の中心地の反対側、城門の方へと向けて歩いていく。

 その背を、幸運にもこの場に居合わせた人々は、様々な思惑でもって見送った。

 

 

「今日はついてたなあ」

 

「ハイラル王家の誇る秀才、最年少戦術顧問の活躍をこの目に出来るなんて。

 これは、いい土産話が出来たよ」

 

「何度見てもお綺麗な方だわ」

 

「女の私達が潔く認めるしかない……を通り越して、純粋に憧れるんだから相当なものよね」

 

「ぼく、おおきくなったらへいしになる!

 へいしになって、リンクさまといっしょにハイラルをまもるんだ!」

 

 

 尊敬や憧れといった想い、言葉が飛び交う中で、困惑のままに呆然と立ち尽くす者達がいた。

 言うまでもなく、この町を訪れたばかりの若者達である。

 

 

「…………あいつが、『リンク様』」

 

「…………王国史上最年少の戦術顧問、あの子が」

 

「『魔物早見』の執筆者……あの本のおかげで、うちの村は魔物の被害がほとんど無くなったんだ」

 

「僕のところだってそうだよ。

 あれを全ての町や村に届けるべきだと進言して、実行までこぎつけたのもあの人なんだって」

 

「王様だけでなく、お姫様からも絶大な信頼を得ていて、次の代でも間違いなく側近として取り立てられるだろうって」

 

「側近どころかいずれ結婚するなんて話を聞いたよ。

 王様を含めた周りがとにかく乗り気で、本人達も外堀を埋められたら諦めるくらいには仲がいいって、皆が言ってた」

 

「武芸を学んだのは王都に来てからなのに、あっという間に誰も敵わなくなったって」

 

「周りが止めないと、倒れるまで働きかねないほどの仕事熱心で」

 

「自分が綺麗だってことに無自覚で、それで周りが振り回されてることにも全然気づかなくて」

 

「王様から本当の意味で信頼されたきっかけは、魔物早見じゃなくて、真面目で責任感が強いあまりに追い詰められていた姫様を救ってくれたからだって」

 

「こんなに頑張って、誰も文句を言えない成果を出しているのに、本人は少しも満足していないって」

 

「………戦術顧問は、リンクさんはこの場所で、ここの人達に、本当に愛されてるんだなあって思ったよ」

 

 

 故郷の村を遠く離れて、一人訪れた王城でガチガチになって緊張していた若者達に、多くの者が見かねて声をかけてくれた。

 それは喉の渇きを察して水を出してくれた女中だったり、制度と今後の生活の詳細について説明してくれた文官だったり、城下町を見てくることを薦めてくれた兵士だったり。

 前もっての打ち合わせなどしていなかった筈なのに、まるで示し合せたかのように、だれもが話題として同じ人物のことを口にした。

 

 

「君達よりも、もっと幼い頃からここに来て、一生懸命に努力して、結果を出して。

 今は誰からも信頼されて、愛されるようになった子がいるんですよ」

 

 

「あの人が国の、民の、何よりも直接の統治がどうしても行き届かない村々の為に考えて、一生懸命に詰めた案なのだから心配は要らない」

 

 

「あの人と姫様が並んで、城下の賑わいを見守りながら笑い合う。

 そんな光景をこれからもずっと見ていきたい、その為に頑張ろうと思えるんだ」

 

 

 大量の情報を一気に詰め込まれた上に、その内容があまりにも並外れていることで実感に乏しかった、ハイラルの若き英雄。

 それが、姿と活躍を実際に目の当たりにしたことで、見る見るうちに胸中で形を成して来る。

 大切な村を、大事な人々をこれからも守っていくための勉強を、あの人の傍で行なっていくことが出来るのだ。

 ようやく本当の意味で実感し、受け入れることが出来た明るい未来に、若者達は顔を見合わせながら笑みを浮かべていた。

 






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