隣町へと続く街道をバドと共に進んでいたリンクだったが、その歩みはいつの間にか、戸惑うバドを置いていきかねないような駆け足へと変わっていた。
「おいリンク、どうしたんだよ!!」
「わからない、だけど…っ!!」
根拠なんて何にもない。
なのに『急げ』と声が聞こえる、取り返しがつかなくなるという確信がある。
それは間違いなく、他の誰でもない、自分自身の魂の叫びだった。
ちょこちょこと跳ねていた小鳥や、木の実を齧るリスが慌てて開けた道を駆けた先の、カカリコ村へ向かう際の最後の難所となる森の中。
そこで少年達が目にしたのは、積み荷をぶちまけながら無残にも横転した馬車と。
狩りの成果が満足のいくものだったのか、『何か』を囲みながら歓声のような雄叫びを上げる魔物達の姿だった。
「ま、魔物!?」
「ボコブリンだ!!」
『今生』では初めて目の当たりにする魔物の個体名を正確に口にしたリンクは、ゲームとはまったく違う『目の前』の『生きた』魔物の生々しすぎる存在感に、バドと共に足を止めてしまった。
渇いた喉が、辛うじて唾を呑み込んだ音を鳴らす。
新たな獲物が現れたことに気付いたボコブリン達が振り返り、耳まで裂けて大きな牙と舌を覗かせる口が幾つものおぞましい笑みを形作った。
バドが、恐いもの知らずのガキ大将がヒュッと息を呑み、歯を鳴らしながら立ち竦むことしか出来ない、恐ろしいその姿。
それが、リンクには見えていなかった。
ボコブリン達が振り返り、輪が崩れたことで視界に入った、此度の狩りの『成果』。
傷つき、倒れながらも剣を手放さず、尚も必死に立ち上がろうとしている女性と。
恐怖に体を震わせ、見開いた眼に涙を浮かべながら、幼い腕と体で彼女を必死に庇おうとしている少女。
その姿を目にした瞬間、リンクは、自分の体が震えていたことも忘れて飛び出していた。
彼女を助ける、彼女を守る。
それは宿命であり、運命であり……自分自身で決めた、誓った、掛け替えのない使命なのだと、魂が叫びを上げていた。
身を竦ませる恐怖を必死に払って、バドが上げた制止の声を聞きながら。
自身の存在に気付いた彼女の、恐怖と後悔しか無かった瞳が、別の色を滲ませながらこちらを見るのを感じながら。
走りながら引っ掴んだ木の枝を、リンクは、一番手前にいたボコブリンの脳天へと渾身の力を込めて振り下ろした。
到底武器とは言えない枝切れは、たった一撃でへし折れてしまったが、それでもボコブリンを怯ませる程度の役目は果たしてくれた。
目の前に星が散ったことで、思わず取り落としてしまったこん棒をすかさず拾い、元の持ち主へと容赦ない二撃目と変えてお返しする。
何故か動く、何故か戦い慣れしている心身への疑問を今は置いておき、目の前の魔物を倒すことのみに集中する。
最初の一匹は偶然と思ったのか、ボコブリン達の戦意は衰えず、むしろ『身の程知らずに思い知らせてやれ』とでも言わんばかりの勢いで襲いかかってきた。
それに対してリンクは、焦らず、怯まず、一匹ずつ確実に対処することで、二匹目三匹目と仕留めていく。
自分達の攻撃は当たらないのに、数ばかりが減らされていく。
『偶然』だの『身の程知らず』だのといった考えが的外れであること、目の前の少年が明らかな脅威であることは、もはや明確な事実だった。
不利と判断した残りのボコブリン達が、これ以上の戦闘及び略奪行為を諦めて森へと逃げていく。
これで終わったと判断し、落ち着いて気を抜いても良かっただろう。
大打撃を被った状況で、それでも少しくらいは成果をと思ったのか。
逃げる間際に少女の小さな体を担ぎ上げ、泣き叫ぶ彼女を連れ去りさえしなければ。
「あいつら何てことを…っ!」
「バド、急いで村に戻って助けを呼んで来てくれ」
「それはいいけど。
……お前、まさか」
「巣の場所によっては、村からの助けを待っていたら間に合わないかもしれない。
……大丈夫、群れを丸ごと相手にするような無茶はさすがにしない。
あの子を助けたら、どこか隠れられる場所を探して、皆が助けに来てくれるのを待っているから」
「わ、わかった……本当に、無茶はするなよ」
「行商のおじさん、その人を頼みましたよ!」
荷馬車が横転した際に、僅かな隙間に挟まれてしまっていたらしい行商人が、やっとの思いで這い出しながら頷いた。
彼自身も危ないところだったのは確かなのだが、おかげで魔物に襲われずに済み、結果的には無傷で済んだことを考えると運が良かったとしか思えない。
そのせいで、たった一人で魔物と戦わせることになってしまった女性の身を案じるその表情には、安心して任せられそうな誠実さが窺えた。
「待、て……頼む、待ってくれ」
森へと向けて走り出しかけたリンクを、後ろから聞こえてきた弱々しい、しかし確かな力と意思が込められた声が呼び止めた。
振り返った先に見たのは、傷ついた自身を案じる行商人の手を一旦拒みながら、必死に体を起こして。
剣を、戦う術を、あの少女を救う役目を託そうとする、女戦士の姿だった。
「どう、か、あの方を……ルダ様を、助けて」
「必ず」
自身の力で大切な少女を助け出せないことが、どれだけ悔しく、腹立たしいことか。
剣と共に、その想いを確かに受け取ったリンクは、彼女のように腰に差すには長すぎる剣を背に負って。
改めて、今度は決して振り返ることなく木々の向こうへと消えていった。
それを見送った女戦士…インパはなぜか、自分でも疑問に思ってしまうほどに、リンクが考えていたような悔しさというものを感じていなかった。
王都では見かけない緑の服を纏った少年の、姫を追う小柄な後ろ姿が、彼が行ってくれるのならば大丈夫だと、この状況で何故か安心してしまえる程に頼もしかったから。
張り詰めていた精神の糸がここで遂に切れたインパは、姫と彼が笑い合う、そんな見たことの無い筈なのに懐かしくも思える光景を幻視しながら、その意識を手放した。