成り代わりリンクのGrandOrder 外伝   作:文月葉月

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魂の記憶

 

 いつもは誰もが当然のように向けてくれる気遣いなど欠片もなく、多少壊れても構わない荷物のように乱暴に運ばれながら。

 それに対する文句など言えようもない状況で、ゼルダは堪えることも出来ないままに泣いていた。

 恐怖ではなく、後悔のあまりに涙が溢れる。

 勝手な我がままで、インパを連れ出してまでこんなところにやって来て、挙句にこんなにも惨めで無残な最期を迎えてしまう……ことが理由ではなかった。

 

 

(魔物の集団に襲われることが、こんなにも厄介で恐ろしかったなんて。

 私の案なんて何の役にも立たない、下手に採用などされていたら余計な犠牲が出ていたところでした。

 ……あの本を書いた人に、下らない嫉妬など抱いている場合ではなかった。

 出来ること以前の、もっともっと学ぶこと、知らなければならないことが、私にはたくさんあったのに)

 

 

 日々大変な責務に追われている父や城の重鎮達を少しでも助けたい、力になりたいと、ゼルダは幼い彼女なりに必死に務めを果たしていた。

 国を悩ます問題の、課題のひとつひとつに真摯に取り組み、懸命にまとめた案を提出するも。

 父を含めた大人達は、それを幼い姫の執務ごっことしか思ってくれない。

 自分には何が足りないのか、どこを直せば自分の話をまともに聞いてくれるのか、自分は何を頑張ればいいのか。

 そんなことを涙ながらに、本気で尋ねたことだってあったのに。

 返ってきたのは、「政治は遊びではない」という呆れた窘めの言葉と、「姫様は十分頑張っておられます」という、問いの主旨を全く理解していない猫なで声のご機嫌取りだけ。

 王の娘たる姫として、国のためにと一生懸命に努力した末に、ゼルダは今や『変わり者の姫様』として城内ですっかり浮いた存在となってしまっていた。

 

 そんな彼女の危うい精神状態に止めを刺したのが、少し前に王都へと届いた、カカリコ村からの献上品が積まれた荷馬車に紛れていた一冊の本だった。

 題名は無く、本職の仕事とは思えない拙い手つきで簡単に綴じられていただけのその本は、魔物の種類や特徴、対処法に至るまでが事細かに記されているという、目を疑うような代物だった。

 魔物関係の問題は昔から深刻で、その対応だけに長年に渡り多くの予算と人手が割かれてきた。

 この本に記されていることが本当ならば、その労力を一気に削減することが出来る。

 普段から魔物の脅威に体を張って対抗しているだけに、「そんなことで本当に」と半信半疑だった兵士長のインパが代表して、討伐任務の際に実践してみた。

 その結果、いつもの倍の成果を、半分の労力で叩き出す大成果を上げ、本の内容が紛れもない真実であることが証明された。

 

 たった一冊の本で、これだけの結果を出したのだ。

 『著者』その人を城に迎えれば、どれだけの働きを見せてくれることか。

 相応しいだけの能力を持つ者が現れず、長年に渡り不在だった『戦術顧問』の席にその者を迎えたいという王の言葉に、重鎮達も賛成した。

 自分を一度も認めてくれたことがないその口で、まだ見ぬ本の著者をこぞって称える。

 そんな様を、暗い瞳と表情で見ていた少女がいたことにも気づかずに。

 

 彼らに、国にとって幸いだったのは、ゼルダが真の意味で誇り高く聡明な姫だったことだろう。

 かの本の著者に非など無く、知らないところで勝手に抱かれた暗い感情を向けられるような筋合いなども、全く以って存在しない。

 それを十分に理解していたゼルダは、城から送られる使者に先んじて著者に会い、自分の気持ちにきちんと折り合いをつけるべく、唯一信頼できるインパに同行してもらいながら短い旅に出たのだ。

 ……その目的は、想定していたものとは随分とかけ離れた形で達成されていた。

 

 内容そのものはいくら真剣に詰めたとしても、所詮は本や伝聞でしか物事を知らない者の机上の空論でしかないような案を、生々しい現実の恐怖や苦労と日々相対している者達が簡単に受け入れてくれる訳がない。

 自分に必要なことは、自分がすべきだったことは、諦めずに案を出し続けることでも、皆が認めてくれないのだと不貞腐れることでもなかった。

 認められるだけの実績や下地が備わっていないことこそを認め、『今』に振り回されるのではなく、『未来』の為に多くを学び、そして知る。

 そんな過程を怠り、すぐに出せる安直な結果のみに囚われてしまっていたことにこそ、父達は呆れて咎めていたのだと今はわかる。

 今のゼルダは、心からそう思うことが出来るのだ。

 

 今すぐ城に帰りたい…帰って、今まで迷惑をかけてしまっていた者達に謝り、そして改めて教えを乞おう。

 そんな、いつもならば願うまでもなく叶えられる日常が、彼女が今いる現実からは遥かに遠い。

 

 

「助けて……」

 

 

 虚しい懇願が口から零れる。

 その言葉を向けた相手、脳裏に浮かんだその姿は何故か、信頼するインパのものではなかった。

 緑の服をまとった、名前も知らないあの少年……初めて会った人の筈なのに、何故かそう思えなかった。

 何故か異様に、泣きたくなる程に懐かしかった。

 誰かが自分を助け出してくれるのならば、それは『彼』だと、今も何の根拠も無いまま思っている。

 そんな彼女の信頼に、どこからか飛んできてボコブリンの頭に直撃した『何か』と、一瞬遅れて聞こえてきた背筋に怖気が走るような『羽音』が応えた。

 

 ゼルダよりも先に音の正体に気付いたボコブリン達が悲鳴を上げ、形振り構わず逃げ惑い始める。

 存在を一瞬で忘れられ、邪魔な荷物の如く投げ捨てられたゼルダが、間もなくこの身を襲うであろう痛みを少しでも和らげようと目を閉じ、歯を食い縛る。

 そうして覚悟した痛みは、訪れることはなかった。

 正しく身を呈したと言ってもいいような状態で受け止めてくれた者の、緑の帽子と金の髪がゼルダの瞳に映る。

 

 

「怪我はない?」

 

「は、はい……あなたのおかげです、ありがとうございました」

 

「礼を言われるのはまだ早い、ちょっと待ってて」

 

 

 怪我は無いものの立てずにいるゼルダを、剥き出しの土よりは比較的マシな草の上へと下ろした少年は、見覚えのある剣を背中から抜いて、未だ混乱状態にあるボコブリンの群れへと飛び込んでいった。

 離れた所から、落ち着いて状況を見渡せるようになった今になって、ゼルダはようやく不快な羽音の正体に気付くことが出来た。

 

 

「……そういえば。

 確かあの本にも、あの種の魔物は蜂が苦手だと書いてありました」

 

 

 人間を脅かす恐ろしい魔物が、小さな蜂を相手に成す術もなく慌てふためいている様は、実際に目の当たりにしなければとても信じられないだろう。

 訓練を積んだ兵が束になってようやく対処していた魔物の群れを、少年は投げつけた蜂の巣ひとつで翻弄し、その混乱に乗じて一匹ずつ確実に仕留めていった。

 

 もう大丈夫……少年の雄姿を前にそう思った、安心してホッと息をついたゼルダだったが、それはほんの束の間の安らぎだった。

 荒く生々しい呼吸音を森中に響くような勢いで轟かせながら、ボコブリンとは比べ物にならない巨体が、木の幹ごと枝葉を薙ぎ払う轟音と怪力でもって森の奥から姿を現した。

 大きな角と長い鼻、丸太のような手足を持つそれは、ボコブリンよりも遥かに強大で厄介な魔物。

 

 

「嘘だろ、何でモリブリンなんかがこんな村近くの森に…っ!!」

 

 

 危なげなくボコブリンを一掃することが出来た少年が、予想を遥かに超える強敵の登場に目を剥き、声を上げる。

 まともに相対するのは無謀だと思ったのか、背中の鞘に剣を収めながら駆け戻ってきた少年が、言葉を失ってしまっていたゼルダの手を引いてこの場からの撤退を促す。

 ……しかし、それは叶わなかった。

 

 

「立って、早く……頑張るんだ、頼むから!!」

 

「あ…う、あぁ…………」

 

 

 見開かれた目が焦点を失い、へたり込んだまま力が抜けてしまった体が小刻みに震え続けている。

 もう大丈夫だと、助かったと思い、下手に気を抜いた瞬間に更なる脅威を目の当たりにしたゼルダは、身も心も恐怖に呑まれてしまっていた。

 逃げることすら出来ない獲物を相手に、急ぐことは無いとでも思っているのか。

 それとも、更なる恐怖を煽ろうとでもしているのか、大股で、それでもゆっくりと近づいてくるモリブリン。

 背中越しにその気配に気づき、ギリッと歯を噛みしめた少年は、動けずにいるゼルダへと背を向けて一人駆けだした。

 

 一人で逃げられたと、見捨てられたと思い、絶望したゼルダだったが。

 次の瞬間、ほんの一瞬でもそんな考えを抱いてしまったことを、彼を疑ってしまったことを、辛うじて保たれている意識の全てで謝った。

 離れた所から石を投げ、再び抜いた剣を振るい、巨大な魔物の気を引きつけようとするその行動は、我が身を危険に晒してまで、動けずにいるゼルダを守ろうとしている行為に他ならなかったから。

 

 

「だ……だめ、です。

 おね、がい、にげて………」

 

 

 震える舌を、唇を必死に抑え、途切れ途切れながらも辛うじて紡ぎ出した言葉は、助けを求めるものではなかった。

 恐くて堪らないのは変わらない、「死にたくない」とだって当然思っている。

 だけど…自分のことを諦めれば、一人でならば逃げられる筈の彼を巻き添えにしてしまうことは、そんなことよりもずっと怖くて耐えられないと思った。

 

 そんな彼女の一番の誤算は、少年もまた、自分と同じようなことを同じように思いながらこの場に留まり、抵抗する道を選んでいたことだった。

 危機に瀕したことで張り詰め、研ぎ澄まされた思考の中で、掠れて途切れ途切れとなったゼルダの声を聞きとった少年は、戦闘の最中の昂りのままに声を張り上げた。

 

 

「君を…ゼルダを見捨てるなんてそんなこと、考えることだってしたくない!!」

 

 

 自分は彼に、名前を教えていたっけ。

 現状にそぐわな過ぎる、そんな些細な疑問は、小石に足を取られて体勢を崩した少年へと向けて、モリブリンが巨大な拳を振りかぶった光景で掻き消された。

 胸の内の、更に深い底の底、魂から湧き上がる衝動のままに、ゼルダは叫んだ。

 

 

「リンク!!」

 

 

 どこからか飛び出してきたそれが、未だ聞いていない筈の少年の名だということを、ゼルダは不思議と確信していた。

 その名が彼女に力をくれた…心身を侵していた恐怖が掃われ、手近なところに転がっていた石を渾身の力と怒りを込めて投げつける。

 少女の細腕と、それで投げられる程度の大きさの石では、例え完璧に当たったとしても魔物相手に大した痛手を与えられるような代物ではない。

 しかし、『彼』にとってはそれで、後頭部に受けた衝撃に思わず気が散った僅かな隙で十分だった。

 全身に力を漲らせる、腹の底からの渾身の雄叫びと共に、目の前の巨体へと飛びかかる。

 反射的に振り返った先に見た、獲物でしかなかった筈の少年の猛々しい姿とその手が振るう刃のきらめきが、モリブリンの瞳が最後に捉えた光景となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 必死の剣幕で駆け込んできた少年の言葉を受けて、カカリコ村は大変な騒ぎに見舞われた。

 遊びに出ていた子供達を急いで家へと戻す者、捜索隊の一員として支度を急ぐ者、危険の只中にいる孫を案じて半狂乱になる老婆を必死に宥める者。

 森の奥に作られたと思われる魔物の巣は、近いうちに必ず見つけて掃討しなければならないものの、今の段階で何よりも優先しなければならないことは他にある。

 止めなければ村を飛び出しかねない勢いだった老婆と、担ぎ込まれた村で治療を施されながら少女を案じ続けていた女性の為にも、一刻も早く探し出して保護しなければ。

 

 魔物に強襲される可能性を考え、怯えながら、それでも懸命に森へと踏み込んでいた村人達は、数時間の捜索を経た後に見つけることとなる。

 固く手を握り合い、肩を寄せ合いながら、木の幹に寄りかかって寝息を立てていた少年と少女の姿を。

 二人の無事を確認してホッと一息ついた村人達は、次の瞬間、揃いも揃って盛大な悲鳴を響かせた。

 無理もない、むしろ当然の反応と言える。

 穏やかに眠る二人からそう離れていないところに、折れた剣を胸に深々と突き刺した、巨大な魔物の死骸が転がっていたのだから。 

 






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