「インパ…ごめんなさい、私を庇ったあまりにこんな怪我を」
「いいえ、本望でございます」
魔物に攫われるのを見ていることしか出来なかった少女が、怪我も無い元気な姿で、この腕の中に帰ってきた。
インパにとってはそれだけで、傷の痛みを忘れることなどたやすかった。
「本当に、よくぞご無事で……」
「リンクのおかげです。
私を守ってくれたの、本当に格好良かった」
そう言いながら笑って見せたゼルダに、インパは喜ぶよりも先に驚いてしまった。
ここ数年のゼルダは、考えたり、悩んだり、悲しんだり、苦しんだりということばかりで。
こんな年相応の愛らしい笑顔なんて、信頼されていると自負しているインパでさえ、しばらく見せてくれたことが無かった。
胸の中に巣食っていた、大きく重い何かを、彼女は吹っ切ることが出来たのだ。
そのきっかけとなったであろう者、ゼルダが口にした名前の主に、インパは一人だけ心当たりがあった。
「あの緑の服の少年ですか。
確かに、あの立ち回りは素晴らしかった」
「彼は『あの本』の内容を知っていました、それに則った戦い方で魔物を圧倒していたのです」
「ということは、彼に尋ねさえすれば、本の著者が分かるのですね。
……それにしても、予想を遥かに超えた収穫でした。
著者に会いに来た先で、まさかゼルダ様の専属騎士の候補を見つけることが出来るだなんて」
「せ、専属騎士……リンクが、私の?」
「お嫌ですか?」
インパの少々意地悪な問いかけに、ゼルダは真っ赤になってしまった顔で、懸命に首を横に振る仕草で応えた。
魔物を単独で倒せる実力、群れを相手に怯まない度量、そして何より身を呈してゼルダを守ってくれた精神性。
国よりも個人への忠誠と献身が求められる専属騎士に申し分ない素質を、あの少年は既に教えられるまでもなく備えていた。
彼と、彼の家族が了承してくれさえすれば、帰る際に共に王都へと連れて行きたい。
そんなことまで考えていたインパと、彼女が提示した明るい未来の可能性に想いを馳せるゼルダの下に、数人の村人達が現れた。
インパとゼルダが、話が出来そうな程度には元気であることを確認した彼らは、当人達に了承を得た上で、村へと来た目的、襲われた際の細かい状況などを尋ねていく。
インパが自分の分まで話してくれるおかげで、少し手持ち無沙汰となってしまったゼルダは、何気なく辺りを見回していた。
そうして、あの時リンクと共に現れたもう一人の少年が、大人達に紛れてやって来ていたことに気がついた。
早々に助けが来たのは、彼が村まで人を呼びに行ってくれたからだということを思い出したゼルダは、彼にもお礼をしなければと口を開く。
そんなさり気ない仕草は、声は、インパから話を聞いていた村人達が突如上げた素っ頓狂な声で掻き消されてしまった。
「リンクが魔物を倒したって。
そんな馬鹿な、在り得ないだろ」
「馬鹿なも何も……私達は確かに彼に助けられた、彼が魔物を倒すところをこの目で見たのだ」
「そうは言うけど。
……あの『変わり者』が、まさかそんな」
「そんな度胸や能力が、あの引き篭もりにあったとは思えないんだが」
「大体あいつ、成人したばかりじゃないか」
「そう言えば着てたな、成人祝いの晴れ着。
今日がそうだったのか、知らなかった」
若干の苛立ちを、声と気配に滲ませるインパの様子に気圧されながらも、村人が口にするのはリンクの活躍を疑い、彼をあからさまな異端として遠巻きにしていたことを匂わせるような発言ばかり。
そんな状況に、『変わり者』という呼ばれように、ゼルダは覚えがあった。
(私と同じ……)
村人達が彼を見る目、語る声、彼を取り巻くこの空気は正しく、ゼルダが日々押し潰されそうに感じていた王宮のそれと同じもの。
徐々に呼吸が荒く、浅くなり始めたゼルダの様子に気付いたインパが、彼女と、更にはリンクの為に声を張り上げた。
「何なのだ、お前達のその言い様は!
彼が一体何をした、何故そうも軽んじられなければならない!!」
「な、何をしたと言うか……むしろ、何もしてないと言うか」
「実際変な奴なんだよ。
村どころか、家の外にすら殆ど出やしない」
「たまにうちの店に来た時だって、玩具や菓子になんて目もくれずに、紙やインクばかり大量に買っていくんだ。
悪い子だとは思っていないけど、どう接したらいいのかが分からなくて……」
「紙やインクって、そんなものを買って何をやってるんだ」
「あそこの家の婆さんに前聞いてみたんだけど、何でも本を作っているらしい。
部屋に閉じこもっている間、ずっと何かしら書いてるんだと」
「本を書いてる? そんなことを、部屋にいる間ずっとだって?
何だ、やっぱり変な奴じゃないか」
自分達のことを少しずつ忘れて、いつの間にか身内で盛り上がっていた村人達のやり取りを、インパとゼルダは何も言えずに聞いていた。
正確には、驚きのあまりに言葉を発することすら出来なくなっていた。
村人達から遠巻きにされ、孤立していた少年。
この様子から察するに、村の誰かと特別に親しく話したり、何かを教えてもらったりしていたようには思えない。
なのに彼は『例の本』の内容を知っていた、それも実践で使いこなせるほどの習熟度でもって。
それらに加えて、彼が普段、多くの時間を何かしらの執筆に費やしていたという情報を考慮すれば。
導き出される答えはひとつだった、例えそれが信じがたいものだったとしても。
「……ひとつ、伺いたい。
以前、王都へと送られた献上品の荷馬車に、予定外の本を混ぜた者が誰なのかを知っているか?」
「なに、本だって?
カカリコ村の名産品は牛乳や革製品だぞ、誰がそんな半端なものを」
「あの本は、半端なものなどでは…っ!」
誇りある仕事を邪魔された、下らない悪戯で水を差された。
そんな声が聞こえそうな、屈辱と不快感に顔をしかめた村人達に、ついに我慢が出来なくなったゼルダが声を上げる。
しかし、それが村人達の耳へと届くことはなかった。
ゼルダと同じ瞬間、彼女が発した声を掻き消す勢いで、更なる声を張り上げた者がいたのだから。
「やっぱりあんた達、あの本を読んでここまで来たのか!!
あいつの凄さに気付いてくれたんだな!!」
大人達の陰に隠れながら、息をひそめて状況を窺い続けていた少年が、興奮のあまりに声を上ずらせながら飛び出してきた。
ゼルダとインパが疑問の全てを解消するのは、話を聞いて堪らなくなったゼルダが緑衣の少年の姿を求めて部屋を飛び出すことになるのは、もう少しだけ後のこと。