『戦術顧問』という前提で、リンクを王宮へと連れて帰った私達だったけれど、彼を前にした皆の反応は芳しいものではなかった。
それ自体は無理もないと、私自身もそう思う。
長年に渡って優秀な人材が不足していて、能力さえあれば相応の地位で取り立てると公言してはいるけれど。
それが成人の区切りを迎えたばかりの……散々子ども扱いしてきた姫と同い年の少年だなどとは、流石に考えてはいなかっただろうから。
それでもお父様は、あの本を独学で書き上げたというリンクの能力を純粋に、高く評価し、公言していた通りの『戦術顧問』の役職で以って迎えようとしたのだけれど。
例え王にその気があったとしても、信頼する重鎮達から渋られてしまえば無視は出来ない。
家族や友人の下を離れてまで、彼が一人こんな遠いところまで来てくれたのは、私達の助けを求める声に応えてくれたからなのに。
申し訳なさと居た堪れなさに縮こまる私を励まそうとするかのように、自身を疑う声が飛び交う中で、リンクは堂々とその一歩を踏み出した。
そうしてリンクは、戦術顧問ではなく、私付きの専属騎士見習いとして城に入ることとなった。
今後の活躍と功績を、生まれや年齢の色眼鏡で見るようなことはせずに、正当な評価で以って判断すること。
役職についてはその結果によって改めて決めることを自ら提案したリンクに、本当に実力があるならばそれくらい成し遂げて当然だと追随した重鎮達に押し通される形で、お父様はその案を受け入れた。
……後から考えれば、取り立てられる者と、それに反対する者が意見を合わせていたあの光景は、結構おかしなものだったような気がする。
役職に就くことを目標に、活躍の場と功績を求めるならば、基本私の傍に控えていなければならない立場に意味はない。
むしろ、城中から持て余されてしまっている姫の側付きなんて、一緒に遠巻きにされてしまってもおかしくはないのに。
それでもリンクは、何よりも私の助けとなる為にここまで来たのだと言って、お父様に直談判をしてまでその為の立場を得てくれた。
その気持ちは本当に、間違いなく嬉しかったのだけれど。
彼は私とは違い、今すぐにだって国のために役立てられる程の力を持っているのに。
それを、私のような『執務ごっこ』しか出来ない者の傍で燻らせてしまうなんて。
吹っ切った筈なのに、また落ち込んで考え出してしまった私の自嘲交じりの呟きに、彼は本当に何気ない様子で口を開いた
「いいんじゃないかな、『執務ごっこ』で……と言うより、遊び感覚から始めて。
人間でも動物でも、子供の頃の『遊び』っていうのは、大人になった時の為の練習なんだ。
ゼルダは真面目だから、『大事な執務で遊びなんて』って思うかもしれないけれど。
『執務で遊ぶ』んじゃない、『遊びを執務に生かす』んだ。
ゼルダは今まで、遊んだこと…練習したこと、あんまり無いんだろ?
ぶっつけ本番じゃあ失敗するのは無理もない、まずはそこを自覚しないと」
そんなリンクの発言は、今まで悩み続けてきた私にとっては、世界が開けるような衝撃だった。
頭の中で、胸の奥で凝り固まっていたものが、あっけなくポロリと零れ落ちたかのような感覚を味わった。
拳を握り、気合いを込めて「遊びます!!」と叫んだ私に笑みを零したリンクは、「まずは探検だ」と私の手を引いて広い城内へと歩み出した。
慣れ親しんだ筈の、大きく広すぎて重苦しかった筈の城内が、探検だと思うだけ、心の持ちようが変わるだけ、同じ思いを分かち合いながら共に歩んでくれる者がいるだけで一変する。
未だかつて覚えのない、不思議な感覚だった。
姫と新顔の少年が共に、楽しげに城内を巡る様子に驚く者達もいたけれど、リンクが「姫様が城を案内してくれている」と言うだけで皆が納得してくれた。
『また遊んでいる』と思われていそうな気がして、人と接するのは苦手だったのだけれど。
全く気にならなかった、だって今は本当に遊んでいるのだから。
そうして城の者達と改めて、きちんと接してみれば。
……私は、私自身が思い込んでいた程に疎まれてはいなかった。
むしろ皆が、いつも一人で悩んでいた私を案じてくれていた。
年相応に笑う姿にホッと胸を撫で下ろす者、もう一人ではなくなったことを喜んでくれる者、姫様をくれぐれも頼んだぞとリンクに念を押す者。
殻に閉じこもったせいで、気付けずにいただけで、皆は私を愛してくれていたのだ。
ようやく気付けた事実に堪らなくなり、物陰で泣き崩れてしまった時も、リンクは変わらず傍にいて慰めてくれた。
仕事場にお邪魔した時は、どこでも流石に嫌な顔をされてしまったけれど。
「子供は我が儘を言うもの、そして子供扱いしているのは向こうの方だ」と言いながら手を引いてくれたリンクのおかげで、勇気を出して足を踏み出せた。
邪魔にならないように出来る限り隅に寄り、皆がそれぞれの仕事や役割を真剣にこなしていくさまに、口を挟むのではなく静かに耳を傾け、目を輝かせる。
そうしている内に、何時からかそっと椅子を用意してくれたり、仕事が落ち着いた頃合いで皆の方から声をかけてくれるようになったのだ。
厨房で料理やお菓子の試作品を味見させてもらったり、女中達のまるで魔法のような掃除の技を見せてもらったり。
『あの』恐怖を味わう者を少しでも減らそうとしている兵士達の鍛錬を見守ったり、図書室にて文官達から教えてもらったお勧めの本を二人で暗くなるまで読んだり。
それに加えて、探し物や届け物など、今の私達でも出来るような簡単な手伝いを毎日、少しずつこなしていった日々の中で。
楽しく遊んでいただけだった筈の私達は、いつの間にか、城のどこに行っても親しく名を呼ばれ、誰からも笑顔で迎えられるようになっていた。
人と直接触れ合うこと、一人一人をきちんと知ること、地道な努力と信頼を積み重ねること。
たったそれだけの筈、こんな簡単で当たり前の筈のことが、私にはずっと見えていなかった。
リンクが教えてくれたこと、与えてくれたものの素晴らしさと尊さを噛みしめながら、私は、やはり今のままでは駄目だという考えを日々強めていた。
リンクの活躍はこんなものでは終わらない。
相応しい場さえあれば、もっともっと大きなことを彼は為せるのだという確信があった。
そうだ……もしや彼ならば、『あの謎』を解くことが出来るのでは。
そう考えた私は、リンクが城を訪れてから一月ほどが経ったある日のこと、いつもの当てのない探検と思わせて彼をある場所へと連れて行った。
その結果、彼は見事に、ハイラル王家を長年に渡って悩ませていた謎を解いてみせた。
これがリンクの…少し先の未来で、ハイラル王国史上最年少の戦術顧問として名を馳せることとなる彼が、最初に成し遂げた功績となる。