成り代わりリンクのGrandOrder 外伝   作:文月葉月

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伝説を知る者

 

「ここは、『開かずの宝物庫』と呼ばれている場所です。

 収められているのは国宝級の宝ばかり…ご先祖様が、後の者達への試練として遺されたと伝わってはいるのですが。

 記録によれば、閉じられて以来一度たりとも、この扉が開かれたことはありません。

 扉に刻まれたこの暗号を、誰一人として解くことが出来なかったのです」

 

 

 明確な目的を持って何処かへと向かうゼルダに、何も言わずについていった俺は、城の地下にて、剥き出しの岩肌に仰々しく聳える巨大な扉の前へと案内された。

 その説明と、縋るような期待の眼差しを向けられてしまえば、彼女が自分に何を求めているのかは言われずとも察することが出来た。

 普通だったら、城勤めするようになったとは言え、一介の元村人に何という無茶ぶりを……と、文句を言うようなことなのだろうが。

 生憎とこれに関しては、ゼルダの考えは正しかったと言えるだろう。

 何せ俺には、多くの知恵者が散っていったという、扉に描かれた暗号の謎が理解できるのだから。

 ……いや。これに関しては、むしろハイリア人に理解しろと言う方が無茶ぶりかもしれない。

 知らなければ、ただの等間隔で真横に引かれた線の束と、その上に何らかの法則性で以って並べられた丸い印以外の何にも見えないであろうそれは、紛れもない『五線譜』だった。

 

 『ゼルダの伝説』において、音楽要素は非常に大きく重要なものである。

 オカリナやタクトなどタイトルに音楽関係の単語が盛り込まれていたり、攻略を進める中で大きな力や意味を持っていたり。

 多くのゼル伝プレイヤーの例に漏れず、俺も簡単な楽譜なら読めるし、俺でも使える楽器さえあれば弾くことだって出来る。

 なので、記されている音階を奏でることが鍵だというのなら、解くこと自体は問題なく出来るのだが……生憎と、予想外だった為に楽器の持ち合わせが無かった。

 暗号の解き方に心当たりが出来たから、一旦戻って準備をしたい。

 言おうとしたその言葉は、何人分もの気配が急に近づき、辺りが騒がしくなったことで妨げられた。

 

 

「お父様、なぜここに…」

 

「見ての通りです、陛下!!

 貴き者に相応しくない振る舞いを続け、斯様な田舎者を重用した挙句にこんなところにまで連れてくるなんて!!

 近頃の姫様はおかしくなられてしまった、全ての原因はあの者ですぞ!!」

 

 

 そんな発言をしている者の顔に覚えがあった、俺を取り立てることに躊躇うを通り越して断固反対を貫いていた奴だ。

 ゼルダ曰く、貴族至上主義で平民を軽視してあまり評判が良くないものの、先祖代々尽くしてきた功績と王家への忠誠は持ち得ていることから、王の側近を任されている者らしい。

 そりゃあ確かに、そんな立場の人からすれば、ぽっと出の分際で姫の傍にいることを許されているような奴は目障りだろうけれど。

 ……側近だと言うならせめて気づけよ、お前の発言を受ける陛下の表情がどんどん不機嫌になっていることに。

 立場上明言こそ出来ないでいるものの、多くの人と接し、良い関係を築き、色々なことを学びながら楽しそうに笑うようになった最近のゼルダを、陛下は喜んで見守っていると、少し前にインパが教えてくれたのだ。

 そもそも、平民であろうと能力があるのならば取り立てると公言している陛下に、平民軽視の思想をもろにぶつけてどうする。

 

 

 

 

 

 ……いや、今はそんなことに気を取られている場合じゃない。

 王家の機密とも言える場所に、ただの見習い騎士でしかない存在を独断で連れてきてしまったゼルダの立場が危ないのは、紛れもない事実なのだ。

 この状況を一発で覆すには、ゼルダの判断と行動が間違っていなかったことを、彼女が信じたものが正しかったことを、今すぐ証明してみせるしかない。

 

 さっきは楽器が無いって言っていたけど、実際にはある。

 多くの生き物が、生まれながらに持ち得ている原初の楽器が、『声』がある。

 練習した覚えはないし、恥ずかしいけれど、今はやるしかない。

 そう思って、覚悟を決めて、大きく息を吸った……その瞬間。

 覚えのある感覚が、執筆をしている時によく起こっていた追体験が、予想外のタイミングで現れた。

 

 俺のものではない…その筈の記憶の中で、『俺』は歌っていた。

 高大な雪山を望む北の村の高台で、父親によく似て歌が大好きな、よく母親を困らせる元気で愛らしい五人姉妹と共に、楽しそうに歌っていた。

 息の出し方を、吸い方を。

 『歌い方』というものを、俺は知っている。

 そう認識し、受け入れると同時に、初めての行いに対して抱いていた筈の緊張は瞬く間に解けた。

 

 

 

 

 

 勝手な行動を咎められ、追い詰められていた筈の状況でいきなり歌い出した俺に、ゼルダを含めた一同は呆気に取られた様子だった。

 何が起こっているのかを把握しきれず、言葉なく立ち尽くしてしまっていたのは、ほんの僅かな間だけのこと。

 俺の歌声に辺りの岩肌が共鳴し、扉の五線譜が青い光を放ち出したことで、先程までとは違う喧騒が起こり始めた。

 

 そんな中でただ一人、冷静に状況の移り変わりを見定めていた俺は、五線譜の光が予想とは違う変化を見せ始めたことに逸早く気がついた。

 少しの間周囲を飛びまわっていた光が扉の前に集まり、収縮し、短い文章を形作る。

 それは、新たな『問いかけ』だった。

 五線譜の仕掛けがこれを解放するための鍵でしかなかったことに気付き、軽く舌を打ちながらも、今更この流れを止める訳にはいかない。

 青い光に触れながら意識すれば干渉できることに気付いたので、それを使って解答を続けた。

 

 

 

『創世の三女神とは』

 

「ディン、フロル、ネール」

 

 

 

『永遠に子供の姿をした森の民は』

 

「コキリ族」

 

 

 

『かつて空の島で暮らしていた人々が心を通わせ、共に空を飛んでいた生物は』

 

「ロフトバード」

 

 

 

『黄昏の姫君の名は』

 

「ミドナ」

 

 

 

 答え始めた当初こそ、分からない質問が出てきたらどうしようと思っていたけれど、数問答えた頃にはその不安は消えていた。

 出てくる問題は、『ゼルダの伝説』を知らなければ答えようがないけれど、シリーズを通して多少プレイしてさえいれば分かる程度のものばかりだったからだ。

 そうして、問いかけに答えることに夢中になっていた俺は……目の前で解かれながらも、その答えの意味を全く理解できないような問いかけに、次から次へと問題なく答えていくさまを、居合わせた者達が呆然としながら見ていたことに気付けなかった。

 そうして、ほぼ無心で答え続けた十八問目。

 問いかけは文章だけでなく、形を伴って示された。

 

 

 

『勇気・知恵・力を正しい在り方で構築せよ』

 

 

 

 その一文の真下で、青い光が正三角形を形作る。

 問いの意味を理解した俺は、その正三角形に触れながら、『正しい在り方』をイメージした。

 上が『力』、左下が『知恵』、そして右下が『勇気』。

 完成した聖三角…トライフォースがそれまでになかった眩い輝きを放ち出し、扉がついに開かれた。

 

 

 

 

 

 轟音と振動を伴いながら、数百年ぶりに開かれた宝物庫の扉の向こうに、たまたまこの場に居合わせることとなった全ての者が目を奪われる。

 思わず駆け込んでいった大人達の後に、ゆっくりと続いた俺とゼルダの瞳に映った光景は、正しく『宝物庫』の名に相応しい煌びやかさだった。

 王の冠や錫杖に誂えてもおかしくないような、質も大きさも見るからに最上級の宝石が、そこらに幾つも転がっていたり。

 至る所に安置されている武器や鎧は、その全てが名のある騎士の家で家宝とされていてもおかしくないような品だった。

 彫刻や絵画などの美術品の類いも、最低でも数百年の時を経たとは思えないような保存状態の良さを保っていた。

 恐らくは扉だけでなく、この宝物庫全体が魔法によって守られていたのだろう。

 興奮に上気した頬で、上擦った声でそのようなことを口にしたゼルダだったが、生憎と俺は聞けていなかった。

 宝物の山にさり気なく紛れていた『とあるもの』に、目と意識を完全に奪われてしまっていたから。

 

 

「リンクよ、でかしたぞ!

 わしからの褒美だ、ここにあるものをどれかひとつくれてやろう。

 何でも構わん、好きに選ぶがいい」

 

 

 この以上ない程の上機嫌でそう言って、側近の猛反対を「リンクが扉を開けなければ何ひとつとして手に入らなかったのだぞ」と一笑に伏して。

 そんな王様の言葉を、数秒の間を置いてようやく理解した俺は、込み上げる興奮に息を荒げながら、既に手にしていたものを突き出した。

 

 

「そ、それでは陛下…これを頂きます!」

 

「……何だ、その石の板は。

 お主はゼルダの騎士なのだから、立派な武器などを選んだ方が良いのではないか?」

 

「お気遣い痛み入ります……しかし私は、本当にこれが欲しいのです」

 

「お主がそこまで言うのならば否は言わん、好きにするが良い」

 

「ありがとうございます!」

 

 

 価値ある宝を差し置いて、あんな変なものを選ぶなんて見る目がない……という視線があからさまに向けられているのを感じたけれど、これっぽっちも気にならなかった。

 飛び跳ねて喜びたいほどの興奮を必死に抑える俺の手元を、興味津々といった様子でゼルダが覗き込んでくる。

 どうやら彼女は、俺が見る目が無くて変なものを選んだのではなく、むしろその逆、誰もが気付けなかった本当のお宝を見出したのだと思ってくれたようだった。

 

 

「リンク、それは一体何なのですか?」

 

「ちょっと待って」

 

 

 かつての感覚に従って壁面に触れる、想定通りに動き出してくれたことで笑みがより一層深くなるのを感じた。

 

 

「ゼルダ、こっち向いて」

 

 

 キョトンとした彼女の顔が、俺が構えた石板へと向けられた瞬間に狙いの機能を稼働させる。

 『カシャリ』という謎の音が鳴り、驚いて息を呑んだゼルダに『本命』の品を見せてみれば、思わず声を上げるという予想以上の反応を見せてくれた。

 

 

「これ、私です!」

 

「『ウツシエ』は問題なし。

 あとは、どんな機能が残ってるかな」

 

(それにしても……『今』の世は、シリーズで最も新しいとされていたあのタイトルより、更に後の時代だったんだなあ)

 

 

 今自分がいるのは、時系列のどのタイミング、どの隙間の部分なのだろうかと、随分と考えてはいたのだが。

 まさか最も後の時代にいるとは思わなかった、それをこんな形で知ることになるとも。

 手の中にある『シーカーストーン』の重みが何故か懐かしく、そしてやけに感慨深く思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先ほどの、扉を開ける際の最後の問いかけが、トライフォースが、消えずに手へと吸い込まれたように見えていたのだけれど。

 この時の俺は気のせいだと一蹴して、シーカーストーンというお宝に夢中になって、あっという間に忘れてしまっていた。

 




 問題文を仕組んだのは某女神様です、特別な記憶と知識を持つ者だけが解けるようにと。
 実際に問題の答えはこの時代では一切の資料が残っていないようなものばかりで、後の世で『末代の彼は全てのリンクの記憶と知識を受け継いでいた』という解釈の根拠となるシーンのひとつです。


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