ジータ、サンダルフォンの、その後をイメージした超短編です。
星晶を奉る森を備える、小さき島。ザンクティンゼルと呼ばれるそこは、閑散とした平和な土地。
島民は自給自足の生活を営んでおり、外との交流も少ない。
穏やかな気候、四季を奏でるこの豊かな自然に囲まれて育った子供は皆、丈夫で芯のある大人になる。
特異点と呼ばれ、世界の終末を阻止した少女の故郷も──ここだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「……すまないな。わざわざ手伝ってもらって」
静かな家屋に、男の声が響く。
金色の髪を短く切りそろえた少女は、その声に振り向くと、にっこりと笑ってみせた。
「ううん、気にしないで。私がやりたくてやっていることだから」
男もまた、相好を崩す。
かつて行き違いから大いなる災厄を引き起こした彼も、長い旅、そして最後の戦いを終え、すっかりと成長した。
表情からは幼さが抜け、今では立派な一人の男だ。
「でも、こんなところで本当に良かったの?ここ、あんまり人こないけれど」
運んでいた木箱を置き、ぐるりと周囲を見渡す。
不必要なものの排除された、簡素な家。質素だが、確かな愛着のある光景は、いつ戻ってきても心を温かくしてくれる。
「ここだから、良いんだ」
淀みなくそう答え、彼は瞼を閉じ、胸に手を当てる。
この場所の雰囲気は、どことなく似ている。
あの方と過ごした、あの空間に。珈琲の木を育てた、あの場所に。
そして、なによりも──
目を開く。
急に黙り込んだせいだろう。彼女は首を傾げてこちらをみている。
華奢な体。一見か弱く見えるその少女に、自分はかつて敗れ、そして救われた。
あの方の力を受け継ぎ、終末に対峙したときも、隣にいれくれたのは彼女だった。
「──なぁ、特異点」
思わず呼びかけると、少女はむっとした表情を見せる。
腰に手を当てて、いかにも怒っていますという様子のまま、口を開いた。
「もうっ!またその呼び名!」
全く、何度言えば……と呟く。
戦いが終わってからというもの、彼女は妙に特異点と呼ばれることを嫌がる。
仕方なく、表向き団長と呼ぶことにはしていたが……。
「す、すまない。団長。これで良いか?」
むすっとした表情のまま、拗ねたように顔を背けられる。
機嫌を損ねてしまったらしいということは、流石の彼にも判った。
全く、彼女は何時も読めん……
「……ジータ」
ばっと、彼女が振り向いた。
綺麗な茶の瞳を揺らし、こちらを見つめる。
「なんだ、不満でもあるのか」
「……ううん。ない」
小さく返すと、今度は俯いてしまう。
また気の利いた返しができなかったのかと、内心ため息が漏れた。
どうしたものかと考えていると、ジータは顔を上げる。
どういう心境の変化があったのかはしらないが、その表情は晴れ晴れとしていた。
「準備の続き、しようか」
小箱を抱えあげ、どこか照れくさ気な表情を浮かべる。
初めて見せる年相応の可憐な表情を、彼は惚けたように眺め……すぐに我に返った。
「ああ」
くるりと背を向け、軽い足取りで運搬を再開する。
その背中は、いつか見たものよりも小さく思えた。
星晶を奉る森を備える、小さき島。
世界を救った少女の故郷たるその場所に一軒の喫茶店が開かれるのは、そう遠くない先のことである──