つまるところ、国見佑真はイケメンであるというだけのお話
持つべきものは
「ずいぶん、入れ込んでんだな」
バイト先のファミレス。猫の額ほどしかない空間のほとんどを棚と机が支配している休憩所で、そう口火を切ったのは佑真だった。
珍しく佑真の部活がないせいか、シフトの入りも休憩時間も被っていたその日。
咲太と同じ制服のポロシャツの上に好奇心を覗かせた瞳がある。
主語を欠いた不躾な言葉を咀嚼するように間を置いて、咲太は自分の手に持っている物を目の高さまで持ち上げて振るった。
「……コーヒーがか?」
「違うって。っていうか、缶コーヒーに深入りも浅入りもないだろ」
「まぁな」
休憩時間にと店前の自販機で買った110円の缶コーヒーだ。
咲太は同意とともに口をつけながら、目の前の数少ない友人の言葉の意味を考えた。
佑真は具体的な固有名詞まで出す気はないらしい。
出さずとも咲太なら察するだろうと確信している表情だった。
こちらとしても思い当たる節が多いわけではない。
十中八九、話題の中心は高校のひとつ上の先輩、桜島麻衣についてだろう。
佑真とは先日の登校途中の電車で話題に出したし、ここ数日彼女目当てに校内を動き回っていた自覚もある。
傍目から見れば、なるほどこれは確かに“ずいぶん入れ込んでいる”状態だ。
「国見にデバガメの趣味があるとは思わなかった」
「他の人ならもう少し遠慮はするって」
「僕に遠慮はいらないと?」
「咲太にはあからさまな遠慮とか気遣いとか逆に邪魔だろ?」
小気味のいいテンポで返ってきた返答に、眉根を寄せる。
邪魔とはどういうことだ、親元を離れバイトに勤しむ苦学生を何だと思っているのか。
反射的に聞こうとして、やめることにした。墓穴をせっせと掘ってる自分が脳裏に浮かんでいる。
結局、沈黙を呑み込むようにもう一度コーヒーに口をつける。
露骨な時間稼ぎ。あからさまに話題転換を求めて国見を見つめるが、佑真がこの話題をもう少し続けたいらしい。
憎らしいぐらいに整った面構えに見飽きて、チリチリと寿命が近い蛍光灯を見上げた。
これは誤魔化せないか。浅くため息が漏れる。
「そう見えるか?」
唐突な疑問だが、曖昧な指示語がどこに繋がる言葉かを佑真は即座に理解してくれた。
「双葉との話題に上るぐらいには」
「ふたりでなに楽しそうな話してるんだよ。そういうのは僕も混ぜろ」
「当事者は咲太だって」
相変わらずな調子の咲太に、佑真はクツクツと笑う。
室内競技部のクセに浅く日に焼けた肌が、ハッキリとした目鼻立ちで整った顔から覗く歯の白さを際立たせている。
楽し気に笑うだけでこれなのだから、上里が全方位に嫉妬するわけだと咲太は妙な納得をしていた。
だからといって度々目の敵にされるのは勘弁してもらいたいが。
佑真から視線を外し、どことなく彷徨わせる。
「ま、僕が子どもの頃から有名な女優さんだからな。
ちょっときっかけもあって、お近づきになりたいって下心がある」
「……ふぅん」
全く信じていない様子で、佑真は鼻を鳴らした。
さっきと同じように目元を細めているが、そこに宿る意味は少し異なっているだろう。
年下の言い訳を寛容な心を持って聞いている年長者のような。
あるいはあからさまな建前を聞き流しているような。
実際苦しい言い訳だな、と咲太自身も思う。
「結果、地雷を踏んづけて怒らせちゃったけどな」
「なるほど」
「こういうときってどうすりゃいいんだ?」
「自分が悪いと思ってるなら、とにかく早く面と向かて謝るべきだろ。内容がわからない分何とも言えないけど」
「その面と向かうことすら避けられてるんだから困ってんだろ」
そりゃ八方塞がりだな、と呑気に佑真は笑った。
完全に他人事な調子だ。そして現実、他人事だ。
当事者の咲太がなんとかして、コンタクトを取るしかない。
次に会ったときにきちんと話すしかない。
そのための準備はしているのだ。
デジカメに納められた自分の傷を思い出して、どこか胸にかゆみを覚える。
シクシクと疼く感覚。たぶん気のせいだ。
そんな咲太をしり目に、佑真はどこか得心したような、すっきりした表情になっていた。
「なんだかバタバタやってるから気になったが、やっぱ咲太は咲太だな」
「国見。お前は僕をいったいどういう風に見ているんだ?」
「どうって、どうだろう? まぁ迷子の子がいたら迷わず目線の高さまで膝を曲げて話しかけられる奴だとは思ってる」
「……まだそういうシチュエーションには出くわしたことがないな」
自信満々でどこか誇らしげに言われてしまって、出来の悪い返ししかできなかった。
少なくとも、自分にそんな評価が付くのは咲太にとっては初めてのことだ。
仮に今後、そういう状況になったら自分はどう動くか。
わからない。そんなことはいざその場になってみないことには、想像もできないだろう。
事前に何らかの確信を持っているなんて、自意識過剰もいいところだ。
けれど国見がそういうならきっと自分はそうするのだろうな、と咲太は思った。
どこかピント外れで無責任な信頼。それとも友人にそんなことを確信されてるから、そういう行動を取ろうと思うのかもしれない。
どちらにしろ、やはり佑真にこの質問は藪蛇だったようだ。
さて、と。という佑真の声と、少し古いパイプ椅子の悲鳴が休憩室に響く。
僅かに先に入った佑真の休憩時間は終わりのようだ。
扉へ向かうすれ違いざまに、咲太の肩に手を置かれた。
「まぁ、何か困ったことがあれば、いつでも相談しろよ」
気負いもなければ、裏の意図など微塵も感じられない善意のみの言葉だった。
こういうことを、嫌味なく、真っ直ぐに言えてしまうところが国見佑真なのだ。
しかもそういう姿が物凄く似合ってしまう。
本当に上里の苦労が偲ばれる。転じて自分の苦労も偲ばざるえない。
なんだかこのまま出ていかれると謎の敗北感を味わってしまいそうなほどだ。
男としてのプライド、というにはあまりに小さい何かが咲太の口を滑らせた。
「やっぱ彼女持ちは違うな」
「へへへ、まぁな」
「嫌味なんだから少しは怯めよな」
わずかな抵抗もあえなく撃沈。
手が離れ、出入口へ向かう佑真の背中に苦し紛れの言葉を投げる。
「困ったら深夜でも遠慮なく電話してやるからな」
「母さん寝てるかもだから、せめて家電話じゃなく携帯にかけてくれよ」
振り返らずに手だけ上げて、今度こそ佑真は休憩室から出て行った。
これは完全敗北。休憩室に残されたのは、哀れな哀れなピエロ。
あ゛ーーー、と咲太は意味もない声を上げるしかなかった。
ここまでくると腹も立たない。そもそもそんな悪感情を持つ道理すらないのだが。
腹の底がモニョモニョとするような、胸の奥の風通りが良くなるような。
吐き出すだけ声と息を吐きだして、残り僅かな缶コーヒーを一気に煽る。
舌の先に慣れた苦味が残った。
人の目に映らなくなった、元有名人の先輩。
思春期症候群。
自分から関わることを決めておきながら、不安はある。
当たり前だ。新しい誰かと積極的に関わるということを、しばらくやってこなかったのだから。
かつてわかって欲しいと必死に伸ばした手は弾き飛ばされて、咲太はひとりきりになった。
そうして理解した現実があって、諦めてしまったものがあった。
けれど――。
それでも、手さぐりな昨日までより気分は楽になっている自分がいる。
今の捻くれた自分でも気にかけてくれている奇特な奴がいるのだ。
「持つべきものは、顔も性格もイケてる友人だな」
本人には絶対言う気のない言葉を空になった缶と一緒に吐き捨てて、少し早いが咲太も職場へと戻ることにした。