倒れ込むようにベッドに体を沈めると体中に、どっと疲れが押しよせてきた、それというのも、つい先程、帰った客人達の先程の会話を思い出したからだ。
話の内容は最近のロンドンの事だ、どんなものが流行っているか、最初のうちは当たり障りのないものだった、ところが、途中から何故か、魔法使いの事になった。
チセが学院に通うことになり、講師としてエリアスも一緒に行くことになったというのは初耳だ、あの人嫌いが大勢の人間、しかも、年若い少年少女達に囲まれてという姿は想像するだけで驚きだ、これは格好の話のネタになった。
魔術師のミハイル・レンフレッドが学院にいるのは万が一、用心のためだろうと言ったのは灰の目だ、それに同意するようにヨセフが頷いた。
「僕は、あまり好きじゃないけどね、あの弟子の女も」
「向こうも好いてはおらんよ」
灰の目の言葉にヨセフは、むっとした顔をするが、それはマドレーヌを一つ食べると別の表情に変わってしまった。
「結婚生活は、どう」
ヨセフの言葉に、今までと変わりない普通だと答えると、少年は、そうなんだと意外そうな顔をした。
「結婚式から色々とあっただろう、あいつ、悔しがっているだろうな」
「それって、エリアスのこと」
「名前なんて呼ばなくてもいいよ、あいつは嫌い、なのに君は優しいな」
「だから、つけあがる」
灰の目がぽつりと呟いた、部屋の中が静かになったが、それは一瞬だった。
「そう、その通りだよ」
ヨセフの言葉に声を出さないまでも口元をわずかに緩めて女は笑った、そうだろうかと思いながら、ふと昔の自分の態度を思い出そうとした。
「僕を振ったのは、君じゃないか」
そんな覚えはない、いや、好きだと言われたら、普通、大抵の女は、覚えているものだ、例え、相手が人間でなくとも。
「あの人に好きだなんて言われたことないけどね、恨みごとの様に言われるの」
「人間の言葉を理解していないんだよ、気にする事なんてないさ、それにしても、ねえっ、灰の目」
「学園は近いな」
灰の目の言葉に女は不思議そうな顔をした。
家の中は静かだ、夫の首なしは仕事で昨日から留守だ、結婚したら人間の男女のような生活をするのだろうと思っていたか、最初の段階で、まずかったと思っていた。
夫である首なしは顔がない事に何か思うところがあるらしく、首をつけたのだ。
目、鼻、顔の造形など気にしない、首や顔などなくても構わないと思っていたが、相手はそうでもないらしい、ところが。
(同じ骸、頭なんて)
どこから持ってきたのか、それとも作ったのか、夫の首なしの頭は茨の魔法使い、あの骨の頭、そっくりだった。
「駄目かな、似合わないかい」
黙ったままなのが悪かったのかもしれない、しかし、似合わないとは言えない。
だから、わずかばかりの反論というか、抵抗をしたのだ、何も同じ骨頭にすることはなかったのにと言うと、首なしは平然と言った、似ていないだろうと。
元々、首がなく、目がないので識別する能力がないのか、欠けているのかもと思った、だが。
「あの魔法使いよりは、まともな頭だろう」
そう言われて返す言葉を失った、同時に求められたのだ、人間の男女の好意を。
のしかかるように黒い闇に体を覆われて、熱に呼吸さえも苦しくなった、思わず押しのけようとして苦しさに行きが詰まりそうになると抱擁が柔らかくなった。
「ずっと、こうしたかったんだ」
声まで似ていると思うのは気のせいだろうか、いや、そうだとしても。
恥ずかしいという以上に何があるのだろう、これは。
最初の夜の事を思い出すと今でも、たまらない気持ちになる。
「エリアス」
思わず呟き、シーツを被って寝ようとすると、声がした。
「呼んだかい、僕の奥さん」
その声は、まさか、こわごわとシーツから顔を出すと、黒い影かベッドの側に立っていた、まさかと思い名前を呼ぶと返事が返ってきた。
学園からここまで遠くないんだという、あっさりとした返事に近いのと尋ねる。
「そうだね、普通の人間には少し遠いかもしれないが」
「それは近いってこと、いくら魔法使いだからって」
「怒っているのかい、僕にできないことはないよ、だけど君に関してはままならない、いつも、いつも、君の事を好きだと言ったときでさえ、僕がら離れていく、いや、逃げようとすると言った方がいいだろう」
これは自分に対する文句なのだろうか、だとしたら黙って聞いておこう、反論しないほうがいいだろうと思っていた、ところが。
「どうして、何も言わないんだ」
女は頭からシーツを被った、拒絶は、これだけで十分だ、そして最後に一言。
「結婚したのよ、あたしは」
「振られたようだな、いい顔になった、とても良い顔だ」
「灰の目、見ていたのか」
部屋から出たエリアスは自分を見ながら、ニヤニヤと笑っている少年に向かって何か言いかけようとしたが、灰の目がそれを遮った。
「無理強いしてものにはできん、それをしたら永遠に、おまえの者にはならない、手に入れる事はできんよ」
「どうすれば彼女は僕のものになる」
「自分で考えねば、ただ愛するということが、どれほど難しいことか、それが分かるとき人は骨になるが」
「おまえは、もう骨だものね」
少年の笑い声が癪に障ったが、魔法使いは、ただ背を向けることしかできなかった、これは虚勢というやつだと思いながら。