のどか様は告らせたい   作:ファンの人

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11 のどか様は煽りたい

午前八時過ぎ。

野球部の元気な声だけが響いている校庭を横目に一人の少女が歩いている。

その背筋はすらっと伸び、華麗なピンク色の髪をなびかせ、豊満な果実を胸部にぶら下げており、道行く人々は思わず一目奪われる。

そんな可憐な少女――原村和は憂いていた!

 

(須賀君は私のこと…)

 

そう、須賀京太郎のことである。

ちょっと前から愛しの彼に対して積極的に行動しているのだが糠に釘、どうにも効果が実感できない。

二人で一緒に遊んだり、映画館に行ったり、お弁当を食べさせ合ったり、添い寝したり、

色々とドキドキイベントはこなしているはずなのに、彼からの反応は少なく、進展という進展もさほどない。

これには謎の自信に満ちあふれている原村和も、もしかして私に気がないのでは…?と不安になる。

 

…それもそのはず、彼女からすると前述のような認識であるが、

実際は、一緒に遊ぶ(ババ抜き)、お弁当交換会(多人数)、添い寝(犯罪)といったように、こちらからの好意あまり伝わっていない、独り善がりな行為なのである!

唯一、映画館イベントはデートと言っても差し支えないシチュエーションだったのだが…手がちょっと触れるだけで満足し、容量オーバーの行動限界となってしまったので、十分に好機を活かせなかった。

とはいえ、彼と一緒にいる時間は増えており、更に彼女は途轍もない美少女であるため、一般的な男子高校生なら『ワンチャンあるんじゃね?』と思い込んで勝手に近づいてくるかもしれない。

 

だがしかし!相手は須賀京太郎――モンスター童貞である。

彼は中学時代からモテようとしたのだが、その博愛精神と隣に常備されている幼馴染が仇となり、恋愛経験を積めなかったがために拗らせてしまった悲しき高校生。

それ故に、ちょっとしたゲームでからかわれたり、映画館で手が触れたりしてもちょっとアタフタする程度であり、勘違いなんてことは起こさないのである。

 

要するに、こちらからアタックしているつもりなのに、肝心の相手には効果がないようだ!

そんな状況である。

 

(はぁ…)

 

そっと小さなため息一つ、靴を脱ぎ捨て下駄箱を開く。

すると何やら入っているではないか、上履きに乗っかっているのは白い紙。

その光景に見覚えがある原村和、暗鬱な気分になりつつ、さらに大きなため息一つ、

 

(またですか…)

 

そう、これは…

 

ラブレター!

日本古来より伝わる愛の告白方法の一つであり、相手に対する愛を面と向かってぶつけられない際に使われる方法である。

その起源は平安時代以前まで遡り、相手に対する想いを和歌に乗せ、その和歌と関連する草木人づてに渡し合うことで愛を育んでいた。

現在では奥手な男女が好んで使い、その内に秘めたるありったけの想いを文章に綴って、こっそりと想い人のロッカーや机などに潜ませるのが主流である。

この白い紙も例にもれずラブレターであろう。普通の高校生であれば、このシチュエーションに大いにときめくはずである。

しかし、この少女はとても喜んでいるようには見えない。

それもそのはず、

 

(相変わらず、鬱陶しいモノですね…)

 

これで高校通算18回目、見飽きたシチュエーションである。

しかも、お相手はどこぞの誰かも分からぬナゾノクサ、ときめきどころか興味すら湧いてこない。

 

(これがもしも、須賀君からだったら…)

 

終ぞやそんな妄想をし始める始末、ラブレターを送ってきた相手のことは泡沫になって消えていった。憐れ也。

いつもであれば、こんなラブレターのことはスッと忘れ、さあさあ今日はあの須賀京太郎をどう調理するか考えるのだが

 

(…待ってください)

 

天才少女はここで何かを閃いたようである。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「え、ラブレター?」

 

部室でそう声を上げるのは宮永咲、彼女の大切なお友達である。しかし、ここ直近の行動と一方的な逆恨みによって株は大きく下がっている。

 

「ええ、そうです」

 

そう返事するのは原村和、今朝の鬱蒼とした様子からは一転して、白い便箋をにこやかな表情で抱えている。

果たして一体何があったのだろうか?もしや、ラブレターの情熱的な内容に強く心を打たれ、素敵な出会いを夢想したのだろうか?

 

「ラブレターかぁ、今どき珍しいよねー」

 

「私もこういうのは初めてでして、その…」

 

否。

 

「どうしたらいいのか、相談したくて…」

 

これも原村和の策略である!

 

嫉妬心!

人が何か大切なものを失ったり、またはそれを予期することによって生まれる懸念、怖れといったネガティブな感情を表す言葉である。

主に恋愛に於いて生じることが多い感情であり、気になるパートナーが自分以外と仲良さそうにしているのを想像して、モヤっとしたり、ムカムカっとしたりする原因である。

この感情は時に恋愛を一気に進めるカンフル剤にもなり、時にはパートナーに不快な思いをさせてしまい離別への致命傷にもなりうる、言わば劇薬である。

取り扱い注意なこの感情は、自分が服用するよりも、パートナーに服用させることによっても大きなメリットを享受できるのである!

パートナーの嫉妬心を煽ることにより、モヤモヤっとしたほのかな独占欲を芽生えさせ、なんか気になるな…っという特別な意識を持たせ、こいつは奪われたくない!という恋愛感情へと昇華させる。

そう!原村和の現状を打開するのにピッタリの劇薬なのである!

そして今回貰ったラブレター、いつもであればただの紙屑同然であるのだが、ちょいとばかしの嘘を添えることによって

 

(こうして咲さんに相談することによって、必然的に…)

 

「え、えぇっと…ねぇねぇ、京ちゃんはどう思う?」

「ん?」

 

(来ました!)

 

切り札へと変貌を遂げた!

彼女の狙いはズバリこうである。

ラブレターを初めて貰ったと脚色し、恋愛弱者の咲さんに相談することによって、ごく自然な形でこの騒動に須賀君を巻き込み、そのラブレターに気があるフリをして、彼に何らかの影響を及ぼそうという考えである。

流石に同じ部活で、容姿才能ともに全国クラストップクラスで、最近距離が近づいてきて、デートもした仲であり、さらには好みどストライクの美少女がどこぞの誰かにラブレターを貰い、満更でもない反応をしていれば、あの須賀京太郎でも何らかのアクションを起こすであろう…そういう狙いである。

この作戦、非常にいい線を行っており、彼に意識をさせるというワンステップ踏み込んだ試みである。

そして、その策が功を奏したのか

 

「その、ラブレターを貰ってしまってどうしようかと…」

 

「うーん、和はどう思ってるんだ?」

 

「えーと…こんなに情熱的なことを言われたのは初めてでして、断るのはちょっと申し訳なく感じますね」

(まあ、ほんのちょっと、蚊を殺す程度の申し訳無さですが)

 

「ふむふむ…ラブレターの差出人は書いてあるのか?」

 

「いえ、書いてありません」

 

「あー、だったら…」

 

 

「断った方がいいな」

 

 

「……」

 

(え、いま、はっきりと、断った方がいいって…?ってえええええええええええええ!!??)

 

漢須賀京太郎、なんとここで恋文受け取り拒否を薦める!

これには彼女も驚きを隠せない!あまりの出来事に処理容量オーバー!そのせいか、表情はフリーズしている。

 

「お、おーい」

「和ちゃんどうしたの?」

 

「あ、いえ、なんでもありません」

 

他人の恋路に大きく干渉することは並大抵のことではなく、干渉する側にも相応の理由と覚悟が必要である。

しかも今回の干渉は恋路の分岐点に大きく関わることであり、原村和も気があるフリをしていたので、容易くやめとけなんて言える状況ではない。

では何が彼を突き動かしたのか…?モヤっとした嫉妬心が芽生えたからであろうか?

 

「あーっとな、断った方がいいってのは俺個人の見解だから別に無視しても…」

 

「理由を」

 

「へ?」

 

「理由を聞かせてください」

 

「お、おう…」

 

これには彼女も思わず詰め寄り、その瞳を真っ直ぐと見つめる。

この理由次第では、彼の心情を掴むことができ、新たなステップへと進む鍵となり得るのである。

この気迫に気圧されたのか、須賀京太郎はやや後ずさりつつも、その目を捉えてかく語り。

 

「和って男子から人気あるんだけど、主に容姿に惹かれてるやつが多くて~」

 

「和はあれじゃん、前に中身を見てくれる人がいいですって言ってたし~」

 

「そもそも、名前のないラブレター送る人って、ほぼ接点のない人だから……」

 

何と溢れ出るのは否定の言葉、あの手この手の理詰めで会うのやめときなと暗に示しているではないか!

これに対し原村和

 

(ほうほう、つまり須賀君は…)

 

(嫉妬していますね!!)

 

確信を得る!これにはテンションアゲアゲ!体中に血が駆け巡り、通常時の十倍ほどの高揚を感じている。

そんなことを悟らせないがために表の顔は一切崩していないが、裏ではやっぱり気があるじゃないですかふふーん!と鼻高々とドヤ顔している、ドヤっち状態である。

そうして気分をよくした天才美少女、ここで満足して引き下がると思いきや、想い人に引き留められるという絶好のシチュを存分に楽しむために

 

「ですが…このように告白されたのも初めてでして」

 

煽る

 

「どのような人なのかも気にはなりますし」

 

煽る

 

「もしかしたら、素敵な人かも…」

 

煽る!!

 

この女、非常にタチが悪い。

やれ彼は私に気がないのでは…と病んでいるかと思いきや、彼がちょっと気がある素振りをしただけでこのざまである。

精神的優位に立った瞬間この所業、嫉妬心を煽りに煽り、彼が困ったように眉をひそめるのすら心の中で『お可愛いこと…』と楽しむ始末。

そればかりか彼女の中では、彼が嫉妬心を膨らませ、ついには我慢できなくなり壁ダァン!を仕掛けて『俺のモノになれ…!』と囁いてきて来るのでは…!という要らない心配をしている。

紙屑を胸にそんな未来に心をときめかせ、まるで恋する乙女のような表情で佇む原村和。

 

さて、実際のところ、須賀京太郎はどのように思っているのであろうか?

先述したように、他人の恋路に大きく干渉するということは、並々ならぬ感情や理由を抱いていないと出来ないものである。

では、須賀京太郎は原村和にキュンキュンしていて、そんな彼女がどこぞの誰かにときめいているのを見て嫉妬しているのだろうか?

それもあながち間違いではないかもしれない…

 

(ヤバい)

 

 

(和が襲われないか心配すぎる…)

 

主な理由はこちらである。

男子高校生の大半は脳みその90%が性欲に支配されており、性欲が絡んだときの知能指数は2、某書記未満であり、サボテンと同等である。

そんな彼らがシモトークする時に必ずといっていいほど出てくるのが原村和である!その豊満な肉体、整った容姿、全てが彼らの欲情対象になり、下劣な欲望を抱いている人も少なくない。

須賀京太郎も男であるゆえに、そういったシモトークは耳にすることが多く、ゆえに

 

(名前が分かればまだしも、分からないとなると…うーん)

 

どこぞの誰かにコロッと騙され、そのまま薄い本展開にならないかが不安なのである!

 

(世間知らずなところもあるし、そもそも名前も書かずにラブレター出すやつが信用なるかというと…)

 

もはや思考回路は保護者である。かわいい愛娘がコロッと悪い男に騙されないかが不安で不安しょうがない。

さらに、彼女がなぜかその気になっており乙女モード全開ですでにコロッといきそうになっているのも相まって、彼の懸念が現実味を帯びてくる。

 

(どうする…!どうやって和の危機を防げば…!)

 

(ふふっ…焦ってます焦ってます…頃合いを見計らって折れたように…)

 

すれ違いを孕んだ謎の頭脳戦!少しばかし趣旨は違えど、展開は原村和の理想通り!

 

(ここで『須賀君がそこまで止めるのでしたら、やめときますね』って言って、それっぽい仕草でドキっとさせれば…!)

 

さあさあ後は詰めるばかり。そこですんと諦めたような素振りをして、彼に向き合ってそう言葉にすれば多少なりとも攻め入る隙は見えるはず!

ここで小さく呼吸を整え、頭の中で言う内容を反復し、さあ口を開こうとしたその瞬間

 

「京ちゃん、言い過ぎじゃない?」

 

「うぐっ!…で、でもなァ」

 

「和ちゃんにだって考えはあるわけだし、そんな頭ごなしに否定しなくても」

 

「いや…まあ…その通りか…」

 

宮永咲のインターセプト!原村和が口を開くワンテンポ前に須賀京太郎に意見申し上げ、大事な友達の恋路を邪魔させないと言わんばかりにグイグイ詰め寄る。

それに対し須賀京太郎は言葉に詰まるばかり也。それもそのはず、否定してる理由が理由なだけに開けっ広げに言う訳にもいかず、特に反論することも出来ずに口を塞いでしまう。

そんな彼を確認して満足そうに微笑む魔王。その目は原村和を捉えており、『頑張って!』っとエールを送っているのであろう。

これには原村和もニッコリ笑って

 

(なにしているんですか?)

 

思わず出そうになる攻撃意志を押しとどめる!

後は指すだけという場面で、盤面ごとひっくり返される鬼畜の所業!せっかく作った鉄壁の布陣は思わぬ横槍によってバラバラになった。

圧倒的優位から一転、逆にピンチへと追い込まれる始末。こうなってしまっては彼の心情を引き出すことも出来ず、更にそのラブレターの相手に会いに行く羽目になり、もはやデメリットしかない最悪の状況である。

 

(その角を鑢で削ってあげましょうか?)

 

こんな状況へと追いやった宮永咲にニコニコしながら念を飛ばすも、そのアンテナには受信せず。

さて、こうなっては仕方ない、気がないラブレターに気があるフリをしていたのをばらす訳にもいかず、ここは話に流されて…と、いつもの彼女は選択していたであろう。

 

(でも,須賀君が恥を偲んであんなに引き留めてきて…)

 

だが、彼の必死の説得は彼の真意とは歪んで伝わり

 

(それで私はプライドを守って…というのはいけませんね、ええ、いけません)

 

誰かに言い訳するかのように心の中で呟き、何やら決心した様子で、口を開いた。

 

「今回の件は、お断りしようかと思っています」

 

「へ?」

「えぇ!?」

 

マヌケな声を上げる少年と、驚愕の声を上げる少女。

 

「和ちゃん、あんなにときめいていたのに…」

「べつに俺の言うことは無視して…」

 

「いえ、元々断ろうと決めてまして、そのですね…」

 

キッパリとそう発言した後、少しもにょり

 

「相談しているうちに悪戯心が湧いてしまいまして…」

 

「ちょっと調子に乗ってしまいました、すみません」

 

はみかむように微笑みながらペコリと頭を下げる少女、それをポカンと見つめる二人。

 

「あっ!?和、からかってたのか!?」

「和ちゃんが部長みたいなことするなんて…」

 

「上手く騙せたようで満足です」

 

漸く状況を把握して驚愕する二人。普段は冗談すらほぼ言わない彼女が他人をからかったという事実は、付き合いが長ければ長いほど信じられないものである。竹井久のそれとは雲泥の差である。

その反応に対して、このまま開き直った方が有耶無耶で終わらせられると判断し、ふふんと済ました顔でそう呟く。

 

「くそー、あの清廉潔白だった和がこんな腹黒になって…」

 

「京ちゃんあんなに必死だったし、確かにからかいたくなるのは分かるかも…」

 

「ええ、あんなに情熱的に引き留めてくれて、ちょっと心を刺激されてしまいまして」

 

「ぐぬぬ…和にすら弄られるようになるとは…!」

 

「いつも私をいじってる天罰だよ!」

 

「それは違うと思います」

 

「えぇ!?」

 

【本日の勝敗】

 原村和の勝利

理由:目的を概ね達成したため。




お久しぶりです.
久々に書いたので色々とおかしいとこはあると思いますが,温かい目で見ていただけると幸いです。

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