のどか様は告らせたい   作:ファンの人

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13 のどか様は飲ませたい

優雅なひと時。

麻雀の練習も白熱し、集中力を使い果たし、お茶でもして休憩することになったとある夕方。

いつもであれば、染谷まこが渋めの緑茶と甘い和菓子を用意するか、須賀京太郎が気を利かせてネスカフェゴールドブレンドを淹れるのだが

今日はちょっと違う。

 

「いい紅茶を貰ったので、私が淹れますね」

 

そう発するのは原村和。

用意周到なことに、大きめのポットが置いてあり、人数分のティーカップがキチンと並べられている。

 

「わぁ…和ちゃん、これ、わざわざ用意したの?」

 

そう聞かれるのは当然のこと。

傷一つないティーカップ、水垢が付いている様子もない透明なポット。まるで新品のようである。

これらを一通り揃えるとなると…概算でも一万円を超えかねない。

そんな物をわざわざ揃えたとなると、流石に少しは補助してあげないと…と考えている少女。

 

「いえ、家にあったのを発見して、使われていないものだったので」

「それなら、部活で使ってあげた方がいいかと思いまして」

 

それに対してこの返し。

どうやら長い間放置されていた物を持ってきただけのようである。

 

「おー、なんかオシャレな休憩時間だな」

 

「これぞアフタームーンティーってやつだじぇ!」

 

「それを言うならアフターヌーンティーじゃ」

 

そんなティーセットを取り囲んでは物珍しそうに観察し、ワイワイと談笑し始める。

こうして形をしっかり整えるだけで、ただの休憩時間が華やかなティータイムへと変貌する。

彼女――原村和はそんな楽しそうな皆を一目見て、クスリと微笑み……

 

(計画通り……!)

 

陰でニヤリとほくそ笑む!

彼女の行動原理に須賀京太郎のいないこと無き。

常に彼のことを思い浮かべ、どうしてやろうかと考えているのである。

そして今回もまた……

 

(あとは……)

 

彼女の策略である!

 

今回の作戦の発端は、家で大きなポットを発見したことである。

父にこれは使わないのかと聞いてみると、景品か何かで当たったものの二人で使うようなものではないと返され

そこから急速に動作する原村和の思考回路。わずか一瞬のうちに策略の首尾を思いつく。

そしてamaz〇nでティーカップを検索!手ごろでいいデザインのものを発見し

コツコツと貯金しておいた対須賀費用を用いて"区別のつかない"カップたちを揃える!

 

そう、区別がつかないのである!

つまり今回の作戦は

 

間接キス!

 

その名の通り、唇と唇が間接的に――主に何らかの物質を介して触れ合うことである。

グラス、ペットボトル等の飲みまわしによって発生することが多く、基本的には気にしないことが多いが

相手が気になる異性となっては話が別である!

気になるあの娘のリコーダーを…というある意味定番な小学生犯罪的行為が存在しているように、

どんな物質であろうと、気になるあの娘の唾液が付着していると考えれば、邪な考えも思い浮かべる輩も存在するのである。

 

よって、彼女は彼のカップとこっそりすり替え、その飲み口を……

 

と、いうわけではない!!

 

皆さんも意外や意外と思うかもしれないが、今回の原村和はひと味違う。

 

(私のカップを口にさせるだけですね)

 

そう、逆である!

彼女の思惑はズバリこうである。

いくらアプローチしても、思わせぶりな行動をしても、そこまでアタフタしてくれない京太郎。

そんな彼を慌てさせるために、おかわりの際にこっそり入れ替え、自分のカップを口につけさせる!

そしてこう指摘する!

 

『あ、すみません、須賀君のとカップを間違えてしまいました』

『あらあら、そんなにアタフタしちゃって、別に私は気にしませんよ』

 

完璧な作戦である。

サラッと指摘されて顔を赤らめ困惑する須賀京太郎、そしてそれを大人の対応で受け流す原村和!

しかも、別に私は気にしませんよ、と添えることで、『あれっ、つまり脈あり…!?』とやきもきさせることもできる!

今回こそは彼を慌てさせ、この天才美少女を意識させる!そして始まる彼からのアタック!

優しい私は嫌な顔せずに彼の強引なアプローチを受け入れ、そして桜が咲く頃に彼から呼び出され、大胆な告白を……

 

(まあ、須賀君はちょっと奥手なところもありますから、きっとその頃に告白を――)

 

などと考え、心の中ではぐにゃーんぐにゃーんと体を躍らせているものの

何一つ乱れずに紅茶を人数分用意できるのは流石天才美少女というかなんというか。

 

「皆さん、何か入れますか?」

 

「あー、わしはストレートで頼むわ」

「ミルクと砂糖をたっぷりで!」

「じゃあ俺は砂糖だけで」

「私はいいかな、ストレートで」

 

何か入れるか聞いてみると、三者三様の答えが返ってくる。

それに従って、須賀君とゆーきのカップにだけ砂糖を入れ、ゆーきのカップにはクリープも投入する。

そして訪れるティータイム

 

「タコスにも合うじぇ!」

 

「どこから取り出したんじゃ」

 

「おいしい…和ちゃんおいしいよ」

 

「そうですか、それは良かったです」

 

各々が雑談しつつ、麻雀で疲れた頭を癒し始める。

あまーいお菓子も用意され、一口食べて甘くなった口の中を紅茶ですすいで、また菓子を一口。

至福のひと時、スイーツは別腹とよく言ったもので、細い体の中にするするとお菓子が飲み込まれていく。

彼も例には漏れず、お菓子をひょいひょい口に入れ、紅茶を口にし、ソファーにぐったりもたれかかる。

そんな完全に油断しきっている彼を補足し

 

「須賀君、さっきの半荘ですが――」

「あー、確かに――」

 

アドバイスを送る。

こうして普段から積極的に声をかけるのも大事である。こういう積み重ねがヘビーブローのように効いていくのである。

…その大半は麻雀の話であり、談笑してることはほとんどないがそれはさておき

今回に関してはそれだけではない。

 

「なるほどなァ…」

「…」

 

彼の紅茶の飲み具合である。

すり替えるためには、一緒のタイミングでおかわりしないといけない!そのために彼のペースに合わせる必要がある!

彼へのアドバイスに思考を割く一方で、チラリ、チラリとからのカップを一瞥し、その量に合うように自分の紅茶を減らしていく!

また、こうして真剣にアドバイスを送ることによって二人だけの空間も生み出せるのである。

ゆえに、いざアタフタさせるときに余計な邪魔が入る……なんてことはないのである!

そして時は来た!

 

「あっ、おかわり用意してきますね、砂糖は入れますよね?」

「おっ、ありがと!砂糖もさっきぐらいで頼む!」

 

ここで二人のカップを持っていき、両方に紅茶を注ぎ、片方だけに砂糖を投入する!

これにて任務完了!あとは――

 

「やっほー!お久しぶりー!」

 

ここでドアから突然の来訪者――元部長、竹井久である。

現在、彼女は三年生の冬、指定校推薦で進学先は決まっているものの、色々とバタついていて部活にはときたま顔を出す程度。

そんな彼女、皆が優雅にティータイムをしてるのを目の当たりにして

 

「あら、いつの間にかティータイムするようになったのね」

 

「まあ、和が一式持ってきてのぅ」

 

「このお菓子おいひぃ」

 

「へぇ、和がねぇ……」

 

「……なんですかその目は」

 

訳を聞くとどうやら和が発端だと知り、目ざとくロックオン!

 

「いやぁ?昔はツンツンしてた和も丸くなったわって感心してただけよ?」

「あの時は、休憩時間なんて早々に打ち切って、さっさと打ちましょうって……」

 

「そ、そんなこと言ってません!」

 

いじるいじる!

昔のことを引っ張り出して、アタフタとする彼女を見れてご満悦な元部長。

色々とお疲れな時には後輩をいじるに限る、それが彼女の生き方である。

だが、そんな彼女は

 

「あははは……あっ、私にも一杯淹れてもらえる?」

 

「…カップがあると思いますか?」

 

「え、えぇっ!?ま、まっさかー…和も冗談を言うように……」

 

「……」

 

「あ、あはははは……そ、そうよね……」

 

打たれ弱い!

ものすごく打たれ弱い!

いつも気丈に振る舞い、常に余裕を持って、他人を好きなようにからかって遊んでいるように見える彼女だが

その中身は可憐な少女。というか、もはや豆腐メンタルに近しいものがある。

確かに零細麻雀部を全国優勝まで引っ張りあげた実力者であり、生き方も悪待ち、多少恨まれるのは慣れっこだが

 

仲間、友達から嫌われたり意地悪されるのには滅法弱い!

 

原村和のこの返しにもあっという間に萎れていく竹井久!みるみる萎んでそのまま消えてしまうかの如く。

そんな彼女を見て原村和

 

(そのまま萎れてくれた方がいいですね)

 

血も涙もない。

論理的に考えて、何をしでかすか分からないイレギュラーは排除するのが安全である。というのは事実であるが

わざわざ遊びに来た先輩にこの仕打ち……まさしく鬼、悪魔、原村!

 

(ですが、この前の写真の件もありますし…)

 

「……なんて冗談です、もう一つ用意してあるので今淹れますね」

 

「え?」

 

「和って冗談言うようになったんですよ」

 

「えぇっ!?」

 

(…不服です)

 

義理を通してフォローをしてあげると、それはそれで驚かれる始末。不服である。

さて、そんな邪魔にはお茶でも渡して放っておいて、彼におかわりを持ってきて

 

(こっちを……!)

 

スッと自分が使っていたカップを差し出す!

しかも中身はストレートティー!彼の要望の砂糖入りではないのである!

つまり、わざわざ自分が指摘するまでもなく、彼はその紅茶を一口飲めば間違っていることに勝手に気が付き

そこで同時に自分も口をつけることで、ごく自然な流れで『間違えてしまいました』という流れに持っていけるのである!

 

「サンキュー!」

 

(よし!)

 

思惑通りカップを手に持つ彼!

それに合わせて余ったカップを持つ原村和!

そして――

 

(あれ?これって、私も間接キスを……)

(し、しかも須賀君の目の前で……?)

 

なんということだ、今更そんな事実に気づいてしまう!

そう、この作戦は自分も間接キスをせざるを得ない!別に普通に間接キスすること自体は気にならない、むしろドンと来い!である。

だが、今回は想い人の目の前で間接キスをし、そしてその後、私も間接キスしましたと告白しなければならない!

ハードルが高い、高すぎる!あなたの唾液を摂取しましたぐへへと告白するなんて、純情乙女には到底不可能!

 

(い、いえ、仕方ありません!)

(これも作戦のための役得…いえ、必要な犠牲です!)

 

彼女は純情乙女などではないようなので問題なさそうである。

ド変態行為ならお手の物。

 

そして今度こそ一緒にカップに口を――

 

「……あれ?」

「……」

 

口をつけた!そしてすぐに気がつく須賀京太郎!

さあさあ、後は毅然とした態度でそのセリフを

 

「和、これ…もしかして」

「……」

 

そのセリフを……

 

「お、おーい和?」

 

皆さんも察している通り

今の彼女は

 

(すすすす須賀君とかかかか間接キス!!)

(……これはもはや接吻したといってもいいですね唾液を交換していますし~~)

 

こんな感じで間接キスしたことで頭が一杯になっており、もはやセリフを言う余裕などない!

彼の声かけすら耳に入らず、自分の世界に入り込んで、これが至高の一杯などと考えている。

さて、本日もこのまま固まってしまうのかと思いきや

 

「あら須賀君、どうしたの?」

「いえ、その和が――」

 

突如現れる竹井久!

その嗅覚が面白そうな気配をかぎ取り、須賀京太郎に声をかける。

そんな邪魔者の声を聞き、迎撃システムが作動!そのため瞬時的に再起動!

しかし間接キスに気を取られているため、まともな思考は出来ない!

 

「あ、すみません、須賀君のはこっちでした」

 

「え?おっ、おう…」

 

「あら?」

 

自分が口をつけていたカップをなんの躊躇いもなく差し出す。

そして彼が持ってたカップを強奪し、その紅茶を啜り始める。

 

「……こ、これって」

 

「……いいじゃない、折角貰ったんだし飲んじゃいなさいよ」

 

「いやでも……」

 

「細かいことは気にしない気にしない、和だって気にしてないみたいよ」

 

(須賀君の唾液が~~~)

 

「そ、そうだけど……ちょっとニヤニヤ見ないでくださいよ!!」

 

「べつにー、見てませんよー」

 

「思い切り見てるじゃないですか!」

 

「あははは……まっ、残すわけにもいかないでしょ?私は向こう行ってくるわ」

 

「………和さーん、おーい」

 

「………」

 

「……うん」

 

 

彼も思春期の男性である。

 

 

 

【本日の勝敗】

須賀京太郎の敗北

理由:思惑通りになってしまったため




いつも感想等ありがとうございます.
この前から感想の返信はのどか様に一任することにしました.弄ってあげてください.

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