現在一月、冬も深くなり、気温も氷点下を越える時期。
特に長野の冬は寒く、凍えるような風が吹き、地面からも熱を奪われる。
ゆえに、暖かい衣に身を包み、体温を失わないよう対策するのだが――
「あっ…」
「ん?雨降ってきたじぇ」
「天気予報でそう言っとったなぁ」
雨
しとしとと降り行く冬の雨。
その線は細く、決して土砂降りではないものの、体温を奪うのには十分である。
日はすっかり落ち、暗い空からは何も見えず、ただ雨音だけが響く。
「傘はえーと、えーと……」
「さて、そろそろ帰るか、風邪引かんようにのー」
「あったじぇ!さっすが昔の私、バックに詰め込んでたとはやるな!」
そんな空模様を物憂げな表情で見つめるのはこの少女、原村和。
『今日も楽しい部活の時間が終わってしまいます』と少しセンチメンタルな気分になり、
冷たくなった窓ガラスに手を当て、鏡のように映った自分の姿と彼――須賀京太郎の姿を見て
『もう少し距離を詰めたいものですね…』とちょっぴり寂しくなって
「あ、やべっ、傘忘れた」
そんな気分も吹き飛んだ!!
そんな彼の声に反応し、バッと振り向き、状況を確認
「うわー、どうしよー…」
「京ちゃんったら、ちゃんと天気予報確認しないから」
「この寒さの中走り抜くのは辛そうだじぇ」
傘を忘れたことにより萎えている須賀京太郎。
そんな彼にここぞとばかりにマウントを取る宮永咲。
窓ガラスに手を当て、そんなことを伝える片岡優希。
染谷まこはもうすでに帰ってしまったらしい。
(これなら……あれがいけますね!)
彼女が狙っているのは、そう
相合傘!!
一つの傘に寄り添う二つの肩!
物理的に男女の距離も縮まり、心の距離も縮ませることが出来る定番イベントである!
実は彼女、半年ほど前からずっと相合傘をするチャンスを伺っており
そのためにわざわざ大きめな傘を買っていたのだが……
『京ちゃん傘入れてー』『京ちゃんその……傘もってない?』『京ちゃん置き傘もってない?』
思い出すは辛酸を舐めたあの日々!
あのポンコツ少女がことごとく傘を忘れ、やれやれしつつも傘に入れてあげる彼の姿が瞼を閉じれば今にも浮かぶ。
それに、あの少女が忘れん坊なため、お節介根性な彼が傘を忘れるというイベントが発生しない!
目の前で行われる相合傘、一方こちらは体に不釣り合いなほど大きな傘に一人きり。
一応、あの少女のように傘を忘れて入れてもらうことも出来なくはないが、そんなことは彼女のプライドが許さない。
だが本日、臥薪嘗胆の甲斐もあり、ようやく、絶好のチャンスが来たのである!
だが、まずは邪魔者約二名を排除する必要がある。
「咲さん、今日はちゃんと傘を持ってきたんですね?」
「うん、今日は天気予報見てきたし、ここにちゃんと――」
彼女が傘を確認すると、そこにあるのは虚無!傘の影も形もない!
なぜなら、彼女がよそ見していた一瞬の隙を見計らい、天才美少女が誰にも気づかれずにひったくったからである!
「うぇえ!!?な、ない!?さっきまでここに……」
「幻覚だったんじゃねぇの?」
「咲さん、今日はちゃんと持ってきたんですよね?」
そしてしれっと発言する原村和。
まずは傘を持ってきたかの確認。
「う、うん、でも今無くなってて……京ちゃん隠してないよね!?」
「んなことするか!」
「一回冷静になりましょう、もしかしたら教室に置きっぱなしかもしれません」
そして徐々に誘導していき、不安を煽り
「え、で、でも……」
「私たちは部室を探しますし、一度確認したらどうでしょうか?」
(これで咲さんの排除は完了、あとは……)
私たちも手伝いますよ、と添えることにより断らせにくくする!
これは立派な誘導尋問!これによって、邪魔者を一人排除しようとするが
「そうだじぇ咲ちゃん!私もお供するじぇ!」
(ゆーき!)
ここで嬉しい誤算、ぐいぐいとポンコツ少女の背中を押して、捜索捜索とせかし始める。。
持つべきものは親友である。
(やはりゆーきは私の親友です)
「じゃ、そういうことだから、私たちは行ってくるじぇ!」
「み、見つけたら連絡してね!」
そうしてドアの向こうへと消えていく二人の背中を見送り
部屋の中には二人だけ。
「さーて、この雨の中どうしようか…」
あとはこの男を調理するのみ!
「とりあえず、下駄箱まで一緒に行きましょうか、道中で捨ててある傘が見つかるかもしれません」
「え?でも、咲の傘は…」
「ここにありました」
「ソファーの下!?」
「ゆーきに連絡しましたし、あちらは時間がかかりそうなので先に帰ってしまいましょう」
「まあ、和がいいならいいけど……あいつら何で時間かかってんだ?」
「どうやらゆーきの傘が折れていたみたいでして、頑張って直しているそうです」
「えぇ……そこ頑張るのかァ……」
口八丁で上手く丸めこめ、サラリと嘘をついて二人を置いてけぼりにすることに成功!
そうして下駄箱まで歩く二人、傘が捨てられてないか探してみるものの、この雨なのでそんなものは勿論ない。
「あー、この雨の中走って帰るのは無理があるなー」
しんしんと降る雨を眺めつつ、そんなことを呟く京太郎。
これでもはやチェックメイト!
あとはこうして
『じゃあ、私は帰りますね』
『あっ、和……』
『あ、須賀君はどうしますか?』
『いや、その…』
『もし良ければ、私の傘に入れてあげますが』
『の、のどか様!私を傘に入れさせてください!』
懇願する京太郎を寛大な心で受け入れ、大きな傘に二人きりで心地よいひと時を過ごすだけ……
(よし!)
心の中で気合を入れ直し、セリフを暗唱!
そして傘を刺して、寸劇スタート!
「じゃあ、私は帰りますね」
「おう、じゃあな」
なんか返事が想像と違ったが、心を切り替え立て直し、さらに追い詰める!
「あ、須賀君は…傘がないですが、どうしますか?」
「あー、そうだなぁ…誰かの傘に――」
そんな彼の返事に少しムッとしてっしまい
予定は勝手に変更!
「私の傘じゃ、嫌ですか?」
ずずいと近寄り、上目遣いでこう一言。
顔を近づけ、体も近寄り、その豊満な果実も近寄り、童貞であればコロッと一撃で死んでしまうであろう!
もはやヒロインの如きあざとさ、これを意図せずに行えるのが天才美少女たる所以である!
これには流石のモンスター童貞須賀京太郎も思わずたじろぎ、そんな問いかけには否定せざるを……
「い、いやでも……和と家の方向、逆じゃん」
「……ほぇ?」
根本的な作戦ミス!!
あろうことかこの少女、あまりに相合傘をやりたすぎて、そんな簡単なことすら失念していた!
家が逆方向なのにも関わらず相合傘が成立するであろうか……答えは否。
入れる側が家まで送るよと提案しても、流石に入れさせてもらう側が遠慮する!
「で、ですが、このままだと風邪引きますよ」
「まぁ、誰か知り合いが通りかか――」
「ほら、一緒に帰りましょう、私の傘大きいですし」
「いやいや、一緒にって校門までしか」
「送りますよ」
「え?」
「暇ですし家まで送りますよ」
「いや流石にそれは申し訳ないというか」
「遠慮しなくていいですよ、入れてあげますよ」
「いやでも」
「ほら、早く帰りましょう」
「あれ?拒否権ない?」
だが原村和は諦めない!
半年もチャンスを伺っていたのである!
それなのに、こんなしょうもない理由で諦められるわけがない!
ぐいぐい手を引く原村和、それに対し困惑する須賀京太郎、停滞する両者!
すると
「あ、須賀君と和、なにしてるの?」
どこからともなく議会長がひょっこり顔を出す
(た、竹井先輩!?)
突然の出来事に一瞬思考が止まる原村和
またもやそれが仇となる!
「いえ、傘を忘れてしまって……」
「あら、じゃあこの傘あげるわ」
「えっ、いいんですか!?」
「ええ、この寒さ、雨に濡れたら大変でしょ?」
とんとん拍子で進んでしまう会話!
だがなんとかそれに割り込む!
「ま、待ってください!竹井先輩の傘は…」
「私はいいのよ、ない方が都合がいいし」
「え?それってどういう……」
「じゃ、またねー!」
しかし、その甲斐もなく、彼の手には傘を押しつけられ
嵐のように去っていく議会長!
「……」
「……」
来る静寂。
雨を見つめる二人。
「その…」
「……うぅぅ」
気まずそうに見つめる少年
うめき声を上げる少女
「もう好きに帰ってください!傘は手に入ったじゃないですか!」
八つ当たり!ヤケクソ!
念願が叶わず子供のように癇癪を起こし始める!
プンプンと怒ってそっぽを向き、頬を膨らませて、つーんとした態度を取る!
これではどうしようもない、詰めれる距離も詰めれない
が
「あー、そのさ、和がもし良ければ」
「途中まで送るよ」
予想外の提案。
途中まで、いつまで、どこまで……そんな疑問がグルグルと頭の中を回り始める。
そして
「……どうしてもですか?」
「え」
「どうしても私を送りたいのですか?」
「え、ああ、そうだな……どうしても送りたい」
「……な、なら仕方ないですね、一緒に帰りましょう」
雨の日、そこに並ぶ二つの傘。
肩は触れることはないものの、その二つの傘は触れ合いそうなほど近く、その間を楽しそうな話し声が繋ぐ。
念願は叶わなかったものの、どうやら目標は達成出来たようである。
一方その頃
「あ、内木くん!ごめん待った?」
「いえ、今来たところです」
「じゃあ、帰りましょうか」
「あ、会長…その、傘忘れちゃって入れさせてほしいんですが」
「え"」
「え」
「……咲ちゃんごめん」
「ううん、いいよ……この傘が小さいのが悪いだけだから」
「抱き合わないとお互い濡れちゃうじぇ……」
「ホントにそうだね……」
【本日の勝敗】
須賀京太郎と原村和の勝利
理由:無事に楽しく帰宅できたため
いつも感想やお気に入り登録,評価等ありがとうございます!
のどか様も恋路を応援されて,とても嬉しそうにしています.
筆者自身もとても励みになってます!
久々にのどか様がまともなラブコメしてる気がする……