のどか様は告らせたい   作:ファンの人

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18 のどか様は走りたい

冬はつとめてというように、空気は澄み渡り、清々しく、冬を実感させられる。

外は鼻がツンとするほど寒いものの、その分外に出るだけで寝ぼけた頭もシャキッと覚醒する。

 

まだ日も昇って間もない頃、一人の少女が散歩する

 

「ふぅ…寒いですね」

 

この物語の主人公、原村和である。

先日は相合傘は出来なかったものの、二人で仲良く帰宅することに成功し、着実に彼との距離を詰めている。

彼女もそれゆえに、更なる策を講じて彼の好感度を稼ごうとしているのだが、そう簡単には思いつかない。

昨日も自分の妄想にキャーキャーしつつも、彼をメロメロにする作戦を考えていたのだが、協力者もいないため、いい案は思いつかず。

これではいけない、折角のいい流れをふいにするのは勿体ない!と思い、今日は気分転換に外でお散歩。

 

(とりあえず、この前の雨の日はいい感じでした)

 

(須賀君が少なくとも好意的に思っていることが分かりましたし)

 

(なにより、二人きりの時間を取ることができ、距離を詰めれたと思います)

 

モコモコと厚着をした体をさらに寄せて暖を取りつつ、前回の振り返りを行っている。

ややポジティブ寄りな振り返りではあるものの、あの日が成功だったのは間違いない。

そこから重要な点を抜き出して――

 

(二人きりの時間…これが肝ですね!)

 

この考えに行き着く!

二人きりの時間……皆さんも仲の良い友達や彼女とは、仲良くなるまでの過程において二人きりで過ごすことが多かったのではないだろうか?

誰にも邪魔されず二人だけでたわいない会話をし、そこでお互いの価値観や背景を交換し合い、理解していく。

そうしてお互いを理解しあった結果、気がねない仲になり、遠慮なく過ごせるようになるわけである。

 

彼女、原村和も実をいうとそういう経験をしたことがある!

その相手とは――宮永咲である。

最初はそりが合わずいがみ合っていたが、帰り道が同じ方向だったこともあり二人きりで会話する時間が長くなり、すぐさま仲が良くなった。

二人きりの時間さえ取れれば、あんな偏屈で変な自称文学少女ともすぐさま仲良くなれたのだ、彼のような根明で優しい少年であればすぐにでも仲良くなれるだろう……などと彼女は考えている。

 

(そうです、咲さんと仲が良いのは同じ帰り道で、よく話す機会があるからです)

 

(須賀君ともあんな風に……あんな風に……)

 

(……どうやって二人きりになりましょうか)

 

だが、肝心の方法が思いつかない!!

たしかに今にでも『暇なので一緒にお出かけしませんか?』などとメールをすれば、すぐさま彼からは了承の返事が来るであろう。

しかし、彼女はあくまでも『告らせたい』、すなわち、自分からアプローチするのは御法度である!!

先日の雨の日も、最終的には須賀京太郎が誘う形まで持って行ったわけであり、決して自分からアプローチをかけたわけではない!と本人は思っている。

 

(出来れば定期的に二人きりになれるような方法がいいですが)

 

(私がエサを吊るす系のやり方は、一回一回の準備が大変ですし――)

 

そうこう案じていると――

 

 

「おっ、和、おはよう!」

 

 

後ろから聞こえる声。

こんな風に気さくに話しかけてくる男性は一人しかいない、そう

 

 

「す、須賀君ですか、おはようございます」

 

 

須賀京太郎である!

突然の登場に口から心臓が飛び出そうになるものの、なんとか可愛い悲鳴を押しとどめ、平静を装いつつ返事する。

 

(ふふふ、また驚かせようとしてきて……まったく須賀君はやんちゃですね)

 

(ですが、今の私はとても調子がいいです)

 

(そんな攻撃には全く動じま――)

 

一つ言っておくが、彼に驚かそうなどという気持ちは全くない。

勝手に勝った気になり、ふふんと余裕を見せつけながら、髪をなびかせ振り向くとそこには

 

「和は散歩中?」

 

顔は赤く、吐く息は白く、いつもとは違い少し余裕ない表情。

長いこと走っていたのだろうか、その額には汗が滲み、ほんのりと湯気も立っている。

耳をすませるとその息遣いが聞こえてきそうで、ちょっとばかり彼の匂いもしてくる。

服装はジャージ姿だが、学校指定のものとは違い、黒を基調としておりピシッと決まっている。

 

(こ,これは……ランニング中ですね!)

 

(この余裕がない感じとか、汗かいてる感じとか……アリです!)

 

そう、彼はランニング中である!

いつもの彼とは一風違った雰囲気であり、抱きついてクンカクンカしてみたいなどと欲望が心の中で奔流する!

 

「ええそうです、早く目が覚めてしまったものでして」

 

「それで、須賀君はランニング中ですか」

 

「ああ、最近体がなまっててな」

 

「火曜と木曜の朝は体動かしたりしてるんだ」

 

「そうなんですか」

 

だが、今日ののどっちはひと味違う!

心の中では

 

 

(あああ、いいですたまりません!!)

(もうちょっと近づいてみたり――)

 

 

などと欲望でまみれているものの

 

 

「どのくらい走っているんですか?」

 

「ああ、俺んち…あーっと、あそこの古本屋から――」

 

 

表面上は繕いきる!

まるで、なんとも思っていませんよとすましつつ、健全にお話を進めることに成功!

 

 

「――っていう感じで、大体30分ぐらい走ってんだ」

 

「健康的でいいですね、私も運動した方がいいかもしれません」

 

「和って運動するイメージ全くないなァ」

 

「む、それは心外ですね」

 

「はははは、じゃ、俺はもうちょい走ってくるわ」

 

「はい、頑張ってください」

 

「おう!じゃあな!」

 

 

そうして走り去っていく彼にてをふりながら、その背中を見送る。

そして一呼吸して

 

(運動している須賀君は最高ですね!)

(汗ばんで上気している感じがとても色っぽくて、ドキドキしてしまいます、それに――)

 

さっきのやり取りを振り返る!

やれ彼が色っぽかっただの、やれいい匂いだっただの、その内容は欲望にまみれているが

この原村和がそれだけで終わると思ったら大間違いである。

 

(……さて、次の作戦の大筋は決まりました)

 

なにやら良案が思いついたようである。

 

 

 

 

~~~後日~~~

 

 

 

(さて、準備はばっちりです!)

 

早朝、彼女にしては珍しく運動着姿で準備体操に勤しみ、軽くぴょんぴょんとはねて意気込んでいる。

手はかじかまないよう両手をすり合わせつつ、数回深呼吸。

 

そう、皆さんおわかりいただけただろうか。

 

(これなら須賀君と――)

 

これは――

 

ストーキング!!

世間一般の意味としては、気になる人の行動パターンを把握して、それを追跡、監視することである!

今回彼女が行うのは先回りストーキング!勿論,彼女に自覚はない!

 

(須賀君のランニングコースはちゃんと聞きましたし)

(そして前回会った場所や走り切る時間から逆算すると――)

 

彼が口伝で教えてくれたランニングコースを地図でおさらい!コースを確認!

そして会った場所と、大体30分で走り切るという情報から、彼のスタート時刻を逆算!

そして自分の足と彼の足の速さの差を考え、少し先回るように走れば、彼が勝手に追いついてくれるという寸法である。

 

(ふふっ、須賀君が後ろから追いついてきて、一緒に走ろうと誘ってきて……完璧です!)

 

イメージトレーニングも完了!

今回の目標は、彼と並走しつつお喋りを楽しむことである!

そんな自分の妄想ににやけつつ、いざランニングスタート!

 

 

(……ランニングなんてと思っていましたが)

 

(楽しみがあるとこうも変わるものなんですね)

 

(風景も代わり映えするので案外楽しいかも……)

 

 

軽く走り始めると、体育の授業でやらされた長距離走とは異なり、思いのほか楽しいと感じ始める。

それもそのはず、グラウンドをぐるぐる回るだけだと景色は常に一定であるが

街中を走ると、知らない道を通ったり、あの家の裏側こうなっているんだと知れたり、新鮮な刺激を得られるのである!

 

そうして軽く走って、目的のルートに到達。

そしてあとはランニングして、彼が来るのを待つだけ――

 

 

なのだが

 

 

「……ぜぇ……ぜぇ」

 

(あ、あれ?まだですか?須賀君はまだですか?)

 

 

運動不足!!

彼女、圧倒的な運動不足である!

一つ言っておくが、彼女は決して貧弱ではない。

胸に大きなものをぶら下げているのにも関わらず、背筋は常にピンと伸び、姿勢は全く乱れない。

そう,小さい頃から大きな乳房が筋肉の発達を促していたのである!

あの重しにより、大胸筋と広背筋は常に刺激され成長し、体勢の維持のため腹直筋と腹横筋もしっかり発達!

腕相撲に関しては中学時代に部内で無双!親友からは『おっぱいパワーはさすがだじぇ!』と称賛された。

 

しかし、心肺機能は別である!!

彼女は有酸素運動といったものに触れる機会が少なく、脈拍が上がることはほとんどない!

ゆえに、ちょっと走っただけで息切れ、それにより疲労して更に呼吸が乱れ……の悪循環に陥る!

まさに悪夢!

 

 

(も、もう、三十分は走ったはず……)

 

 

否。

まだ五分程度しか経っていない。

しかも彼女、彼に会うのが楽しみすぎて、ついつい足が勝手に動いてしまい

完全に限界を超えたペースになってしまった。もはや息も絶え絶え!

だが、ここで速度を緩めるともう走れなくなってしまう自信がある!あとは歩くのみになる!

そうなると――

 

 

『なんだ、和も走ってたのか』

 

『え?五分でギブアップ?』

 

『お可愛い奴め』

 

『じゃ、俺は先に行くわ』

 

 

なんてことになってしまう!と思っている。

それでは、今回の目的である『二人きりの時間』を得られない!

 

 

(……負けません)

 

(絶対に負けません!!)

 

 

足で地を踏み抜き、なんとかして体を前へ、もっと前へ、更に前へ

いつもの謎妄想が功を奏し、負けず嫌いな彼女に火をつける!

呼吸器はほぼ限界を迎えているものの、そこを気合でなんとかし、更に走る、走る!!

 

 

 

そうしてどれだけ経っただろうか

 

 

 

長い時間が経ったころ

 

 

 

後ろから声がする

 

 

 

「お、和もランニングか!」

 

 

 

そう!お目当ての人物、須賀京太郎である!

よくぞ走り続けた原村和よ!

苦しい時間だっただろうが、それももう終わり、あとは彼との会話を……

 

 

会話を……?

 

 

「こひゅー、あっ、ゼェゼェ、す、須賀君」

 

「お、おう……大丈夫か?」

 

「へ、平気……ぜぇぜぇ」

 

「そ、そのー、無茶しすぎは良くないぞ」

 

「いえ……かひゅー……奇遇……」

 

「つ、辛かったら喋らなくてもいいからな」

 

 

 

まともに会話出来るわけがない!!

 

言葉を発するのすら難しい!なんとか単語を置いていくことしかできない!

ほぼほぼ呼吸困難な状態、もはや死にかけ。

そんな尋常じゃない彼女のランニング姿を見て、彼も心配せざるを得ない!

 

 

「いえ……ひゅー……会話……ゴホッゴホッ!」

 

「も、もういい!休め!!!」

 

 

なんとかお喋りしようと言葉を絞り出すも、出てくるのは咳!

まともに口すら動かせなくなり、涎も垂れてしまい、もはや乙女がしていい顔ではない!!

そんな彼女を受け止めつつ静止の言葉をかける京太郎!

 

 

「ま、まだ目標が……ぜぇぜぇ……」

 

「ほ、ほら、家まで送るからさ、一緒にゆっくり歩こう」

 

「す、すみません……ゴホッゴホッ……ありがとうございます……かひゅー……」

 

 

そうして抱き留められつつお家へと連行される原村和。

この状況、大チャンスなのだが、脳に酸素が行きわたっていないため考えることすら出来ず。

 

 

(つ、次こそは……)

 

 

もはや本来の目的すら見失い、せっかくの二人きりの時間を何も出来ずに終えて……。

 

 

「自販機あるけど、スポドリ買おうか?」

 

「ゼェゼェ……お、おねがいします」

 

「ほら、飲めそう?」

 

「す、すみません……こひゅー……て、手が」

 

「じゃあ口開けて、ちょっとずつ流してくから」

 

 

……いや、案外これはこれでいいのかもしれない。

 

 

【本日の勝敗】

原村和の惜敗

理由:自分には打ち克ったが、目標のハードルが高かったため




いつもお気に入り登録や感想,評価等ありがとうございます!
筆者自身とても励みになっています!
のどか様は恋路を応援するコメントが少ないとご立腹ですが
そんなことお構いなしにご自由に感想を書いていただけると嬉しいです!

ランニングって辛いですよね
なんど呼吸が死にそうになったやら……

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