のどか様は告らせたい   作:ファンの人

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2 のどか様は誘われたい

ここは清澄高校、長野県にある公立高校の一つである。

そんな高校の旧校舎、そのてっぺんに位置するところに清澄高校麻雀部あり。

この麻雀部、今年度のインターハイを初出場で制覇し、その道のりには様々なドラマがあったのだが、今回は関係ないので割愛させてもらおう。

そこでくつろぐ三人の部員、その内の一人である原村和はこう思う。

 

(須賀君にどうやって声をかけましょうか…)

 

すでに同じ部活に所属して半年以上経つのにこの有様、一応言っておくが須賀京太郎とは彼女の想い人である。

彼女の無駄に大きなプライドのせいでろくにアプローチ出来ていないのだが、それはさておき彼女は今、困っている!

 

(挨拶はさっきしましたし…麻雀の話題も特に…)

 

おわかりいただけただろうか…?

そう、彼女は――

 

コミュ障である。

 

コミュ障...それはコミュニケーション障害の略称であり、他人との会話をすることが不得手なことを指し示す。

一般的にコミュ障と聞くと、話しかけられると『デュ、デュフフフ…せ、拙者にな、なんの御用でござるかな?』や『アッ…な、ナンデスカ?』となるような人物を思い浮かべるが、原村和はそういうタイプではない。自分から行動を起こすのが苦手なタイプである。

無論、彼女に友達がいなかった訳ではない。阿知賀の方々や中学からの友達、そして咲さん。少ないながらも、ある程度はしっかりといるではないか。

しかしコミュ障である、何故なのか?

ここで友達となった経緯を見てみると、阿知賀の皆は麻雀教室を通して仲良くなって友達になった。片岡優希などは相手がコミュ強だった。宮永咲は…喧嘩などして仲直りしたという珍しいパターンである。

つまるところ…自分からお友達になる、仲良くする、ということをしたことがないのである。宮永咲を除いて。

どうしてこうなったのか…?

そう、それは彼女のアイドル性が大きな原因である。

彼女は容姿が良く仕草も可愛らしい。それゆえ、一人でいても誰かしらに話しかけられていたのである。ゆえに、話しかけて友達を作る、仲良くなるという経験は極めて乏しい。

そして今回の須賀京太郎も途中までは話しかけてきていた、しかし最近はどうであろうか、話しかけてくることは少なくなってきた。

前はコミュニケーションが得意な彼が話しかけてくれて、話を広げようと頑張ってくれていたのだが、今はそんな甘えたことは言ってられない。

 

(…須賀君は私のことが嫌いになったのでしょうか)

(い、いえ、そんなことはありえません!挨拶はちゃんと返してくれましたし、大丈夫です!)

 

話しかけてくれていたことを思い出しセンチメンタルになったものの、すぐさま立て直す原村和。

挨拶を返してくれたことを心の支えにするだなんて、なんともまあ、お可愛いこと。

だが原村和よ、立て直したのはいいものの、肝心の台本は白紙のままだ!

 

(そうですね…案としては、天気、麻雀、勉強、正月…はこのまえ初詣行きましたし…)

 

ところで誰かお忘れではないだろうか?この部室に今、三人居ると言ったはずである。

 

「お、そうじゃ、ところで京太郎」

 

この女性、染谷まこである。清澄高校二年生、天然パーマで緑がかった髪と広島弁が特徴的であり、古めのメガネをかけている。

メガネを外した姿はとてもかわいいだとかなんだとか…別に眼鏡でも美人だ!ということは置いといて

この頼れる先輩である染谷まこから、ここで思わぬアシストが飛んでくる!

 

「映画のペアチケットをとあるツテからもらったんじゃが」

 

「ええ」

 

「わしはその…得意じゃなくてのぅ…もし、京太郎が欲しいんじゃったらあげるが」

 

「ホントですか!」

 

(!!?)

 

映画のペアチケット…そういうことである。

カップル御用達のこのチケット、デートイベントをほぼ確定で発生させることが出来る優れたアイテムである。

 

『ペアチケット貰ったんだけど、一緒に行かない?』

『いいねー!いくいくー!』

 

などと云った会話と共にデートが開始され、しかも映画を見るだけで時間を費やせるので会話のネタも途切れにくい

更には映画の感想やらを言い合うということも出来るので、まさに一石二鳥、お得なチケットなのである。

 

(きました!)

 

チャンス到来である。

彼女は圧倒的頭脳により、如何にして須賀君に自分を誘わせるかという計算を行っている。

決して自分から誘おうだなんて思わない。

 

「映画ですか…そういえば最近は見てませんね」

 

最近は見てないアピール!これは極めていい線をついた攻撃である。

『映画はいつも見るわけではないけど、たまには見てもいいかも』というニュアンスで伝わるので

さりげな~く興味はあるよアピールが出来るのである。しかも目の前でペアチケットを渡されてこの行動

これは相手からすると『誘わないと申し訳ないかな…?』と思うが、別に強要されている感はない!…はずである。

この攻撃に対して須賀京太郎

 

「お、じゃあ和、一緒に見に行くか?」

 

サラッと誘う。

別に照れるわけでも躊躇うわけでもなくサラッと誘う。

須賀京太郎はとても心優しい少年である、目の前に興味ありそうな少女が居れば誘わざるを得ないのだ。

そうして原村和はその誘いに…

 

「え、いいんですか?」

 

「ああ、一緒に見に行ってみようぜ!」

 

「では、よろしくお願いします」

 

素直に乗る。

ここで一度断るのではないかとヒヤヒヤしたものだったが、顔色一つ変えずにサラッと了承する。

まあ、頭脳明晰な彼女からしたらここまでは予想通り…

 

(やりました!これで須賀君とは実質カップルみたいなものですね)

 

違った。

この女、滅茶苦茶はしゃいでいる。しかも、ただ映画を一緒に見るだけ実質カップルとか言い始めているではないか。

これには思春期の拗らせた童貞男子さえも驚愕するレベルである。

 

(須賀君と一緒に見に行って…キスシーンが流れたりして、そしてそっと手を…)

 

しかし、何か勘違いしていないか?

 

「にしても、染谷先輩ってもしかして…ホラー苦手なんですか?」

 

「いや、血が出る系は見てると気分が悪くなってきての」

 

(え…?)

 

映画のジャンルは…スプラッタである。おまけ程度の恋愛要素はあるものの、違う意味でドキドキしてしまう。

すかさずチケットを確認する原村和、何やらおどろおどろしいデザインがプリントされているではないか。

 

「あっ…和はこういうの平気か?」

 

「え、ええ!大丈夫ですよ!」

 

嘘である。

この少女、ホラー耐性、グロ耐性、皆無である。

この少女にもし『青鬼』をさせてみたらどうなるか…少なくとも三日三晩は寝れなくなる。三ヶ月は魘されるだろう。

グロ耐性の方は、海外ドラマ特有のリアルな死体シーンを見ただけでバタンキューしてしまうレベルである。

 

「ならよかった、この映画、物凄く怖いってことで話題になってるんだよ!」

 

「そ、それはいいですね…楽しみです」

 

全くもってそんなこと思っていない。

彼の言う『物凄く怖い』が彼女の恐怖心をさらに搔き立てる!もうまともに映画を見るつもりはサラサラない。

彼女の頭の中では様々な智略、策略が駆け巡り、彼とのデートを台無しにせずに如何にして映画を回避するかを考えている。

すると

 

「おーっす!」

「こんにちはー」

「こんにちはー!」

 

片岡優希、宮永咲、竹井久が現れる。

部室が賑やかになり、ワイワイと各々会話を始めるが

 

「あら、須賀君、そのチケットは?」

 

「染谷先輩から貰ったんです」

 

「わしはこういうの苦手でのぅ」

 

「ふーん、一人で?」

 

「いえ、和と一緒に」

 

竹井久、細かくてどうでもいいところをほじくり返すのが好きな人間である。

 

「えぇ!?」

「ええっ!?のどちゃんが!?」

 

「へ?どうしたんだ優希?」

 

「いやだってのどちゃん…」

 

(や、やめてくださいゆーき!ストップです!)

 

必死にテレパシーを送る原村和、しかし片岡優希の言葉は止まらない。

 

「ホラー物は大の苦手だじぇ」

 

オウンゴール!

親友だと思っていた少女の突然の裏切り!

 

「え、そうなの?」

 

「この前だって、怖い話特集を一緒に見たらお布団被ってガタガタ震えてたし」

 

「そ、そうか…和、もしかして断りにくかったのか?」

 

「い、いえ、そういう訳では…」

 

原村和、必死の弁解。

親が弁護士というのもあって、その論理的思考能力はピカイチ!…なはずなのだが、思うように言葉が出ない。

このピンチを切り抜ける策も思いつかず、のどは狭まり、視線はただ宙をさまようばかり。

 

「あー、ごめんな、無理に誘っちゃって」

 

(グハァ!!?)

 

『ごめんな、無理に誘っちゃって』

彼女の心に鋭い刃が突き立てられる!

自分で誘うように仕向けておいて、こんな状況になってしまった!なんたる様だ原村和よ!

彼は何一つ悪くないのに、謝罪し、誘ったことを後悔してしまっている始末。

そんな事実が彼女の良心をメッタ刺しにし、さらに彼とのデートがおじゃんになった事実が彼女の心にダイレクトアタック!

 

( )

 

原村和、虚無と化す。享年15歳。

 

「ねぇねぇ、もし良かったら私が代わりに行ってもいい?」

 

「部長とですか?」

 

「お願い!前から見たいと思ってたの!」

 

「いいですけど…荷物持ちとかはしませんからね」

 

「ちょ、ちょっとぉ!どういう意味よ!」

 

終ぞや、須賀京太郎とのデートを他人に奪われる始末。

 

憐れ也。

 

【本日の勝敗】竹井久の勝利

 理由:見たい映画をタダで見れたため。

 

 




お気に入り登録や感想等書いて頂きありがとうございます。
基本的にこんな感じでやっていくと思います。
ペアチケットって、一人の時に貰っても困るよね!

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