映画館!
そこでは毎日様々な物語が上映されており、それを鑑賞するために人々は集う。
上映されているものはまちまちであり、アクション物、アニメ、ドキュメンタリー、そして恋愛物。
ある人は退屈な毎日から逃避するためにド派手なアクション映画をコーラ片手に鑑賞し、
またある人は好きなアニメが映画化されたので、前売り券片手に映画館へと赴き、
そして、とあるカップルは恋愛物を見るために、遥々この映画館へと遊びにきたのである。
そう、このカップルこそ
「へぇ…思ってたよりもずっと綺麗なところです」
「ああ、最近リニューアルしたみたいで、キレイになったんだ」
「なるほど、そうなんですね」
清澄高校のアイドル原村和と、ただのザッソー須賀京太郎である!
「今日見るのは…えーと」
「ああ、あれだ、『ラブ・リフレイン』っていうやつだな」
傍目から見るとめちゃ可愛い女子と中の上ぐらいの男子が二人きりでいるので、てっきり男子が女子に猛アピールしていると思われるのが普通である。
しかし、実情は違う!
(須賀君は至って平常のように見えますね)
この女子の方が圧倒的に必死である!
確かに、デートに誘ったのは彼の方ではあるものの、それはこの前の一件が可哀想に思えたことによる義務感と同情心からである。
そして彼の感覚としては、『女友達』と遊びに来ている。そんな感じである!
一方で原村和、彼女の感覚としては…
(せっかくのデートなんですから…もっとこう…色々としてきてもいいんですよ!!)
こんな有様である。
(チケット代も実質須賀君が負担しているようなものですし、少しぐらい寛大になるといいますか)
(多少おさわりされても、不起訴処分で見逃すといいますか、なんといいますか…ねぇ!!)
彼女の感覚としては、これは立派なデート、逢引である!!
ゆえに、彼女は彼から何かしらのアプローチが来るのを待っていたのだが…
(あと、もっと近づいてもいいんですよ?肩がそっと触れ合うぐらいなら許しますよ!)
アプローチどころか、触れ合うことすらない。
会話の内容も他愛ないものであり、やれ咲の迷子はどうしたら治るのかやら、優希はタコス食べ過ぎではないかとか、そんな感じである。
とてもロマンティックな雰囲気からは程遠く、咲や優希がいる時と何も変わらない様子である。
(…これは、ちょっと揺さぶる必要がありそうですね)
このままではマズイと思い、行動を開始する原村和。
「にしても、恋愛物なんですね」
「ん、そうだけど…?」
「いえ、須賀君はてっきりアクション系とか、そういう物の方が好きそうだと思いまして」
(わざわざ恋愛物の映画を誘うだなんて、須賀君も多少なりとも意識はしているはずです!)
確かに、須賀京太郎が恋愛物を好んでいるとは考えにくい。
彼は今では麻雀部に所属しているものの、前はハンドボールに打ち込んでおり、イメージとしては体育会系の人間である。
つまるところ、彼は健常な男子高校生であり、そんな彼が恋愛物が大好き…だなんて考えにくいと思ったのであろう。
それに、彼が好んでいる漫画はド派手なアクション物などが多く、恋愛要素が強いのを読んでいる様子はないのである。
これらの理由によって、『彼がわざわざ恋愛物を選んだのはそういうこと』という結論に至ったのである。
「そっち系も好きだけど、今日は恋愛物の方がいいかなと思って」
「それはなんでですか?」
(きました!これで須賀君はその下心をさらけ出すしかありません!)
しかし、この原村和は大きな勘違いをしている。
「いや、だって和は恋愛物とかの方が好きだろ?」
「…ふぇえ!?」
このデート、前回の事件の埋め合わせなのである。
須賀京太郎は、ジャンルがスプラッタだったので映画を見ることが出来なかったこの前のことを可哀想に思い、このように誘ったのである。
誘い方が中々にキザだったので恋愛感情アリで誘った風にも見えるが、彼自身としてはその感情は薄い!
このセリフも、『せっかくだし、和の好きそうなのを見せてやりたい』程度の認識である。
しかし!これを情熱的なデートだと勘違いしている原村和からすると
『やっぱ大好きな和に楽しんでほしくてな』
『それに、こういうのの方がドキドキするだろ?』
こんな感じである!
事実上の告白宣言!わざわざ自分の好きなものに合わせてくれるだなんて、それはもう好きと言ってるようなものなのである!
彼女の脳内では、彼は入念に自分の趣味を調べ、デートプランを立て、あんな風に情熱的に誘ってくれて、そして現在に至っていると処理されているので
(え、これは…もしかしてプロポーズされちゃいますか!?)
こんな結論に至る!段階を七つぐらい飛ばした発想!!流石にそれは有り得ない!!!
そんな妄想を頭の中で展開する原村和であるが、流石にそれを表面上に出すことはなく
「ど、どうした!?」
「いえ、なんでもありません」
「い、いや、今なんか可愛らしい声が」
「幻聴です」
「幻聴!?」
平然と彼の言葉を受け流し、この話をシャットダウンする。
彼もこのポーカーフェイスを見習ってほしいものである。
「では…早速映画を見に」
「おっと、和、その前に」
「?」
いそいそと入り口に向かう原村和であったが、それを彼に咎められる。
彼女は映画館に行ったことが少なく、最後に行ったのもはるか前、ゆえに定番というものを知らないのである。
映画を見るにあたって必要不可欠なもの、そう、それは…
「ポップコーン買おうぜ!」
「ポップコーン…ですか?」
ポップコーンである!
いつ頃から定番になったかは分からないが、映画館といえばポップコーンが付き物である。
映画はおよそ二時間ぐらいの長さであるので、ただただ見るだけでは少々手持ち無沙汰かもしれない。
そんな時に便利なのがこのポップコーン!一口サイズでサクサク食べれる優れものである。しかも、大きなのを買って隣同士の二人で食べ合うなんてこともできる。
「映画といったらポップコーンとコーラがないとな」
「そうなんですか」
「そういうもんだ」
原村和は少しばかり世間知らずであり、こういうのに関しては疎いところが多々ある。
ゆえに、須賀京太郎の言い分をすんなりと受け入れ、一緒にポップコーンを買いに行く。
「味はどうする?」
「味ですか?塩味以外にもあるのですか?」
「ああ、塩にチーズにキャラメルに…」
「キャラメル…!」
キャラメルポップコーン、皆さんも食べた経験があるのではないだろうか。
普通のポップコーンとは違い、キャラメルでポップコーンがコーティングされており、その食感はサクサクからカリカリに変化しているのである!
そしてその暴力的なまでの甘さ、ついつい手が伸びてしまい映画よりも夢中になってしまうことがしばしば。
スーパーで売ってるはいるものの、映画館で食べられる『それ』とは明らかに違うのである。
ゆえに、これを食べるために映画館に赴く人も居る。そんな一品を彼女は知らない。
(キャラメル味ですか…いや、でも子供っぽいって思われるかもしれませんし)
キャラメルポップコーン…その響きだけで想像が膨らみ、期待で満ち溢れる。
今にもよだれが垂れてきそうではあるものの、無駄に大きなプライドがそれを邪魔してくるのである。
お菓子の好み云々で子供っぽいだなんて思われる訳もないのだが、そんな余計な心配をするのが原村和である。
これに対し、須賀京太郎
「…」
(ここは無難に塩味を…いやでも、せっかくですしキャラメル味を食べてみるのも…)
「どうだ?俺はキャラメルが好きなんだが」
「でしたらそれにしましょう!」
「お、おう、で、飲み物は何にするんだ?」
「じゃあ…オレンジジュースでお願いします」
「分かった!」
彼もキャラメルポップコーンに魅せられた者の一人であったのだろう。
そんなこんなでポップコーンとジュースを装備して、いざシアターへと向かう二人。
某会長と副会長のように、絶妙なすれ違いによって隣同士になれず…なんてこともなく、隣同士で座る二人。
少しばかり雑談をしていると、にわかに照明が暗くなっていき、アナウンスが聞こえてくる。
そしてコマーシャル映像が流れた後に、ようやく始まる映画本編。
主人公と思わしき二人のやり取りを見て、段々と映画にのめり込んで、時間も忘れ…
(さて、作戦を開始しましょう)
なんてことはない!
この少女、ハナから映画本編に対しては然程興味なんぞなく、それよりも隣りに居る男子、須賀京太郎に興味深々である!
先ほどから視線の割合は7:3で須賀京太郎の方を見ており、映画の内容は半分ほどしか入ってきていない。
因みに、映画の内容はすでにネットのネタバレである程度は把握しているのである。これによって映画後の会話でも困ることはない!まさに用意周到である。
(まずは定番の手が触れあってしまうのをやってみましょう)
幸運にもそばにポップコーンがあるので、彼の方に手を伸ばすことは極めて自然なことである。
彼がその手をポップコーンに伸ばしたのを横目で確認して、スッと自分の手を潜り込ませる。
その刹那!やや柔らかめな感触が指先を伝い脳に流れていく!まるで雷でも走ったかのような衝撃!
(~!!)
思わず体を震わせる少女!ピリピリと痺れる指先に意識を向け、光悦に浸っている。
脳内ではドーパミンやら何やらが大量に分泌されているのであろう。
しかし、それだけでは終わらない!
「わ、わりぃ」
隣の彼からの囁き声、やや照れが混じったかのような声色。
(~~!!た、たまりません!!)
その囁きは外耳を通り、内耳に到達し、鼓膜の振動が耳小骨に伝わり、蝸牛から神経へと信号として流れ出し、脳に到達!
その瞬間、駆け巡る脳内物質!!チロシン、β-エンドルフィン、エンケファリン…!
彼女の脳内ではまさしくパラダイスが繰り広げられ、彼女はこれ以上になく幸せを感じている!
(これは最高ですね…!)
その表情は映像として流せないほどだらしなく緩んでおり、字のごとく蕩けている。今にも溶けてしまいそうである。
映画館の暗闇の中でなければ、大恥をかいていたであろうが…そんなことは彼女は気にせず至福の瞬間を嚙みしめている!
しかし、何か忘れていないだろうか?
この作戦、ただ単に自分が悦んでいるだけである。
そう、須賀京太郎への影響はどの程度かというと…虫けらほどである。
確かに、映画見終わるまでのしばらくは忘れないかもしれない。だが、数時間もしてしまえば、すぐに忘れてしまうであろう出来事、その程度である。
とても恋愛的に優位に立てるとは言えない、そんなガバガバな戦術。
もしも、ここでたたみかけるかのような猛攻を行えば、彼に強く意識させることも可能なのだが
(至福です…付き合えればいつでもこんなことが…)
原村和、妄想の世界へとトリップしてしまう。
本日の行動限界が来てしまったようである。
映画を見終わった後も上の空状態で対応してしまい、気がついたら自宅のベッド。
枕に顔をうずめ、ジタバタと後悔する彼女が居ただとかなんだとか。
お可愛いこと。
【本日の勝敗】
原村和の敗北
理由:私欲に走ったため
いつもお気に入り登録等ありがとうございます。
感想も書いていただきありがとうございます。自分は返信がヘタクソなので変な返しになってますが、ほっといてください。
映画館はここ数年行ってませんねぇ…またキャラメルポップコーン食べたいなぁ
そろそろ他のキャラも動かしてこうかなーって考えてるけど、どうやって動くのか想像つかないのが現状ですね。
基本的にヒロインは原村和だけなので、他のキャラはもしかしたら付き合ったりしてるかもしれませんが、ご了承ください。
あと、本日は姉帯豊音さんの誕生日です、おめでとうございます!