のどか様は告らせたい   作:ファンの人

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9 須賀京太郎は横になる

ここにベッドに横たわる男子が一人――須賀京太郎である。

寝息を立てては胸を上下に動かし、安らかな表情を浮かべてスヤスヤと眠っている。

そんな彼のそばにはピンク色の髪を揺らしている少女――原村和が佇んでいる。

彼女は微笑みを浮かべつつ、彼の髪にスッと手を伸ばして、やさしく撫でる。

どうやら部活で疲れた彼を見守っている――

 

なんてことはない!!

それは全くの間違いである!!

 

(これは千載一遇のチャンスですね…!!)

 

ナニカする気満々である!!

須賀京太郎が無防備に寝ているこの状況、そんな絶好の機会に原村和が何もしないことがあろうか?いや、ない。

何をしようか案じ始める彼女であったが、何でも出来るわけではない。

 

(ですが、すぐそばには皆がいますし…)

 

現在、部活中である。

そこにある麻雀卓では四人の少女がその半荘に集中しているとはいえ、ベッドからはつい立を一つだけ挟んだ程度である。

もしもここで、彼に覆い被さり接吻なんてして、そんな場面を見られてしまえば

 

『え、和ちゃんって…京ちゃんのこと好きだったの!?』

 

『これはもう告白するしかないわね!そーれ、こっくはく!こっくはく!』

 

なんて状況に追い込まれるのは間違いなしである!

驚愕する宮永咲、ニヤニヤと煽り立てる竹井久の様子が容易に想像ついてしまう。

 

(そんなことだけは絶対に避けなければいけません!!)

 

そんな想像上の竹井久に多少のイラつきを感じつつも、目の前の須賀京太郎に意識を向ける。

まるで小さな子供のような寝顔を浮かべつつ、かすかに寝息を立てている彼の顔にスッと手を寄せ、その瞼に指をあてる。

彼女は『あっ、意外とまつ毛長いんですね…』なんてことを思っているわけではない!

 

眼球運動!

 

人の睡眠は大きく分けてレム睡眠とノンレム睡眠の二種類に区別される!

これらの睡眠の違いは、その『深さ』であり、どちらかであるかを判別するのは簡単である。

REM――Rapid Eye Movement つまり、急速眼球運動のことであり、眠りの浅いレム睡眠においては眼球運動が行われているのである!

ゆえに、彼女はまぶたを触れ、眼球運動の有無によって眠りの深さを判別しようとしているのである!

 

(眼球運動は…していなさそうです!)

 

今回の場合は眼球運動をしていない!つまりノンレム睡眠であり、眠りが深いことを示している!

軽くゆする程度ではうんともすんともしないこの状況、色々と仕掛けるには最適なシチュレーションである。

しかし、すぐそばには部の仲間達がいるわけであり、すぐさま平静に正せるぐらいのことしかできない。

 

(むむむ…二人きりでしたら、好き勝手できたのですが)

 

二人きりだとナニをしていたのだろうか、そんなことを知るのは彼女のみである。

 

(どうしましょうか)

 

何をしてもそうそうは起きない、しかし周囲には邪魔がいる。

彼女の脳内では、せっかくだから思い切ったことをしたいという欲望と、周囲にバレた時のリスクを考えるべきという理性がせめぎ合う!

添い寝ぐらいなら…いやでもバレてしまったら、ならばキスぐらいなら…などと思考が巡っている。

 

しかし!

 

「ん、んぅ…」

 

「!?」

 

寝返りをうつ京太郎!

突然のことに驚く原村和!思わず体を震わせ佇まいを直すものの、彼はまた寝息を立て始める。

 

(…も、もうっ!驚かさないでください)

 

理不尽な怒りを彼にぶつけつつ、その姿をにらみつける。

が、原村和、とある部分に目を奪われる。

 

(こ、これは…)

 

うなじである!

 

うなじ、襟首、首筋、髪の生え際が見える不思議な箇所である。

彼のうなじは余分な毛が無く、生え際は綺麗に整えられていて、とても汚いだなんて感想は出てこない。

そしてシミの一つもない美しい首筋、肩にかけて力強く広がっていく部分、整頓された髪と肌の境目。

女性のような錯覚を感じてしまうほど清潔感のあるうなじ、普通の人であればそれで完結するであろう。

 

だが、原村和は違う。

 

(たたたたまりません!たまりません!)

 

彼女の琴線に触れてしまった!!

フェチズム――性的倒錯のことであり、人体のある一部分に興奮を覚えてしまうことである!

原村和の場合、生まれもったサガというべきか、なんというべきか、理由は不明だが彼のうなじに強い興奮を覚えてしまったのである!

ゆえに彼女の欲望が堰を切った河のように奔流し、その思考回路に支障をきたす!

 

(そうですよ、須賀君はぐっすり眠っているので多少は無茶がききます)

 

ついに欲望が理性を振り切る!理性という名のブレーキは崩壊し、欲望という名のアクセル全開!

むっつりのどっちの本領発揮である!

 

(ええ、添い寝ぐらいは何も問題ありません、うなじの匂いを嗅ぐのもセーフです)

 

アウトである。

本人に無許可でうなじの匂いを嗅ぐだなんて、ド変態行為である。まさしく痴女の所業!

しかし、今の彼女にまともな論理的思考は出来るわけもなく、すぐさま実行に移し始める。

後ろを向いている須賀京太郎のそばにスッと横たわり、肩にソッと手をやって、顔を首筋に近づけて…

 

嗅ぐ!

一心不乱にクンカクンカ!!

傍から見ても変態である!!!

 

(あぁ…至福です、さいこうです…!!)

 

彼女の脳内で溢れるドーパミン、その量はなんとインハイ優勝と同等、いやそれ以上である!

もはや麻薬に等しいレベルの危険薬物、そんな代物を長時間吸い続けていると…

 

(~~~ッ!!)

 

原村和、トリップに成功。どこか遠い世界に旅立ってしまう。

ベッドの上で悶える変態ピンク、凛々しい彼女の面影など最早ない。

だが、そんな幸福な時間も永遠に続くわけではない。

 

「やったー!一位だじぇ!」

 

部室内に響き渡る親友の声、ハッとする原村和、ピクリと肩を震わす須賀京太郎。

 

(わ、私はなんてハレンチなことを…!?)

 

理性、ここにて完全復活!!

彼女にまともな論理的思考能力を与え、自身の行為を戒めさせる。

そして自分の状況を改めて認識すると、一瞬のうちにベッドから抜け出して素知らぬ顔でそばに立つ。この間わずか一秒!目にも止まらぬスピードである。

 

「和ちゃん、半荘終わったよ」

 

ぴょこんと出てきたのは宮永咲。

 

「ありがとうございます」

 

「京ちゃんはまだ寝てるんだ」

 

「ええ、そのようですね」

 

他愛ない会話に相槌を打ち、この場を難なくやり過ご…

 

「和ちゃんは何やってたの?」

 

「え?」

 

せない!

原村和、ベットの横に立っているだけで何も持っていない、手ぶらである。

そしてベッドは須賀京太郎が使っている。

傍から見るとよく分からない状況である、原村和は何をしていたのだろうか?そんな疑問が湧いてくるのは当たり前。

やれることと言ったら…須賀京太郎が寝ている様を眺めることぐらいしかないのである!

 

(盲点でした…!このままでは…)

 

つまりどういうことか、ここで上手いこと誤魔化すことが出来なければ――

 

『和ちゃん、ずっと京ちゃん見てたの?』

 

『もしかして…京ちゃんのこと好きなの?』

 

『へー、和って須賀君のこと好きだったのね!お赤飯炊いてお祝いしなきゃ!』

 

こんな未来が待っているのである!

須賀京太郎のことが好きだと勘違いされてしまったら、瞬く間に噂は広まり、煽ってくる竹井久の様子が容易に想像できる。

そんな未来だけは避けなければならない!

彼女の天才的な頭脳がフル回転し、最適解を算出しようと熱を上げる!

 

(勘違いされることだけは避けなければなりません)

(ですが、今は何も持ってませんし、そばには須賀君ぐらいしか…)

(そうです!須賀君を理由にしてしまえば…!)

 

咄嗟の閃き!

 

「い、いえ、そのですね…」

 

「?」

 

「なにかイタズラでもしようかと思いまして…」

 

悪戯!

寝ている人にやることと言ったら第一に思いつくであろう行為である。

少し躊躇いながらそう伝えることによって、動揺を逆に真実味を持たせるスパイスとして働かせることに成功!

宮永咲もこれには疑いも持たずに信じ込む!

 

「京ちゃんにイタズラ?」

 

「ええ、あまりにもぐっすり眠っているものでして」

 

「それで悩んでたら時間が経っちゃってたってこと?」

 

「はい、そうです」

 

「京ちゃんにイタズラかぁ…そうだ!」

 

なにやら思いついた宮永咲、どこからか筆箱を持ってきてペンを取り出し…

 

(え、咲さん…!?)

 

顔にラクガキをし始める!ド定番の頬にグルグルうずまき、おでこに肉、鼻の下に髭、やりたい放題である!

彼の寝顔もあっという間にひどい有様へと変貌する。まさしく鬼の所業、普段の大人しい様子からは想像もつかないほどのヤンチャっぷり。

 

これが宮永咲の本質かと言われたら…否、これはあくまで彼にだけ見せる顔である。

 

「ぷっ…くすくす…」

 

「あ、あの、咲さん、そこらへんに…」

 

「ん、んぅ…なんだァ?」

 

「す、須賀君!?」

 

ここで須賀京太郎、起床。

 

(ま、マズいです!流石にこんなことされたら温厚な須賀君も怒るはずです!)

(ど、どうしましょう…!!)

 

慌てふためく原村和。彼女の基準からすると、このイタズラは行き過ぎた行為であり激怒されても仕方ない部類に入るのである。

それゆえ、原村和はイタズラを実行してないのにも関わらず、これからの彼の怒りようを想像するだけで恐怖で震えている!

 

だが――

 

「ぷっ…きょ、京ちゃん、おはよう」

 

「…?おう、おはよう咲」

 

「お、京太郎起きたのか…あははははは!!」

 

「どうしたんじゃ優希…っぷ、くくっ、ははははは!!」

 

「皆どうしたの…あはははは!す、須賀君!顔がすごいことになってるわよ!!」

 

「え?は?…おい、咲!!」

 

「この前の仕返しだよー!」

 

「こらまて!逃げんな!!」

 

激怒どころか、半ギレすらしない!

これは所謂、信頼関係というものである!

『この人はこんぐらいのことなら許してくれる、こいつならこれくらいのことは許す』それが分かりあっているからこそ、過度なイタズラを平然と行えるのである。

宮永咲も須賀京太郎に色々とされているからこそ、同じようにやり返しただけであり、須賀京太郎もそれを分かっているからこそ、こういう芸当ができるのである!

もし、そこまで仲良くない人間が彼に同じことをしたら、恐らく彼は不機嫌になっていたであろう。

 

原村和、そんなやり取りを見て…

 

(…そうですか)

 

(やはり咲さんは…)

 

(第一級危険人物です!!)

 

嫉妬する!!

明らかに彼と仲良さそうにする宮永咲――彼との付き合いの長さを鑑みたら当たり前だが――そんな彼女にライバル意識を持つ原村和!

 

(隙あらば一緒にいますし…よくありません!不純異性交遊です!!)

 

どの口がほざこうか、先ほどまでの変態行為を忘れたのであろうか?

 

(むむむ…咲さんはズルいです…!)

(中学から須賀君と一緒で、しかも名前で呼び合うなんて…!)

 

「ほら、お手拭きあげるから許して!」

 

「いーや許さん!グリグリの刑だ!」

 

「いたいいたい!!」

 

心に嫉妬の炎を燃やす原村和、その熱量は果たして何処にいくのであろうか…

 

 

 

【本日の勝敗】

 勝者なし

理由:全員、なんかしらの損を被っているため




いつもお気に入り登録等ありがとうございます。
感想も書いていただきありがとうございます!

今回ののどか様はいつもに増してヤバかったというかなんというか…
まあ、元ネタとは違ってむっつりなので仕方ないね!

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