空中より迫り来る大鎌の刃を、レオはすんでのところで回避した。フロート擬きのスラスターを前方へと向けて、全力噴射で河岸まで一気に飛び退く。
「こいつはあの夜の──!?」
ボロ布のようなマントを羽織った白い機体は器用にもスラッシュハーケンを駆使して、崩壊した地面に埋もれたサザーランドの残骸の上へ、そしてそれを足場にしつつレオの目の前の地面へと跳躍して来る。レオはナハトの戦闘システムを緊急起動しつつ、ファクトスフィアを展開して敵機体へのスキャンを掛けた。
モニターに表示される敵情報。機種は不明ながら、高エネルギー反応有……要はKMFの動力部たるユグドラシルドライブの出力が、無頼やサザーランド等、一般的なKMFのそれの領域から逸脱しているということ。或いは、本体動力とは別にエネルギーの塊と言うべき高出力動力を何かしらの形で搭載しているか。
武装面においては、あの大鎌以外に特筆すべき武装は見当たらず。ただし腕部やその他各所に怪しげなポイントはあるので、何かしらの隠し兵装の類を保有する可能性は有り。
最後に機体構造。どこを取っても既存の機体とまるっきり異なる点しか見当たらない異形の機体。一見すると一般的なKMFの倍近い幅を持つ胴体ブロックや、それに起因するトップヘビーなそのガタイの良い上半身、或いはナハトのそれにも似たブレードアンテナを持つ頭部に気を取られそうになるが、ファクトスフィアが示唆して来たのはそこではなく、機体下部、脚部構造の方だった。明らかに、一般的なKMFのそれとは造りが……いいや根本の設計思想が異なる。
更なるスキャンを掛ける間も無く、白い機体がナハトに向けて突進を始めた。ランドスピナーを用いた滑走ではなく、脚部関節をフル稼働させた跳躍だ。グラスゴーを起源とするサザーランド等一般的なKMFの脚では決して不可能な
レオは反射的にスロットルレバーを押しそうになり、寸前で止めた。視界の端に、ディスプレイのとある表示が目に入ったからだ。それは、エナジー残量を示すゲージ。トレーラーでエナジーフィラーを交換したばかりの筈が、既に半分を切ってしまっている。
スラスターでの回避機動を行えば、確かに容易く回避は出来る。しかし、それだけの急加速をスラスターを吹かして行えば、ナハトのエナジーは相当に削られる。この一瞬をそれで凌いだとしても、次に待っているのはガス欠の未来のみ。敵機の目の前でエネルギー切れを起こす危険は避けたい。
スラスターは、最低限のみの使用に止めるべきだ。レオはナハトを着地させてフロート擬きをオフに切り替え、刀状のMVSを抜刀。地に足を付けた安定姿勢から、両手で構えたそれを上段に振るって大鎌の刃を弾き返した。
弾いた、といってもそのまま押し返すような真似は出来なかった。辛うじて軌道を変えた程度。白い機体が跳躍の勢いのまま、ほぼ転がるようにしてナハトの背後へと移る。
レオも反撃の好機と睨んで斬り返してはみたものの、その刃は空を切る。白い機体は屹立する大樹の幹を使って更に跳躍し、スラッシュハーケンを用いた急速降下で木々の間に消えた。
「戦闘可能な機体は戦闘態勢を! 敵機、来ているぞ!!」
≪此方からでは外部の状況が掴めん! 残存全機、救援作業を中断しエルフォード中尉の元へ集結しろ! これより彼が臨時に指揮を執る!≫
アレックス将軍の指示で、サザーランドが合計八騎、下方からナハトの周りへと駆けつけて来る。現状、アレックス隊の被害は甚大で、指揮が可能な士官はほぼ全員土石流によって戦闘不能状態に陥っている。現在指揮を執れるのは麓に逃れていたレオかセイトのみ。そしてセイトは麓から此方へ移動する手段が無く、残るのはレオのみ。つまり、残存するサザーランドの騎士達がこの戦いを生き残るか否かは、今この瞬間よりレオの双肩にかかっている事になる。
≪こちらギルフォード、ポイント9へ迎える機は居るか!? コーネリア殿下が──!!≫
更にそこへ、総督補佐としてコーネリア総督機に随伴していたギルフォードからの全軍向け通信が走る。ギルフォードの口調には焦りが見え隠れしており。レーダーディスプレイ上ではギルフォード機はコーネリア機には随伴していない。
統括された情報は、引き剥がされた状態のコーネリア総督が窮地に陥っている、という危機的状況を物語っていた。流石のレオも、背筋が凍る思いがした。
≪こんな時に……ッ!! エルフォード中尉、貴官の機体なら行けるか!?≫
「駄目です、この敵は普通とは違います! 私までもがここを離れれば、この敵はそのまま本陣を突く筈です!」
アレックス将軍からの通信に、レオは半ば悲鳴をあげるように応えた。
状況は芳しく無い。コーネリア総督が撃破されれば、このエリア11の情勢そのものがひっくり返る。ゼロのグループは勢いを増し、それとともに反政府活動は活発化。エリア11はほぼ完全な内戦状態に陥りかねない。
と言って、レオがこの場を離れればあの白い機体はどうなる。指揮官の居ないサザーランドだけであれを抑えられるのか? 仮に抑えられなければ、今度は本陣のユーフェミア殿下が危ない。アレックス将軍が指揮を執れる状態とは言えない以上、レオはここを動けない。
……ほぼ唯一、コーネリア総督の元へ馳せ参じる事が出来る機体に乗りながら。
レオは唇を噛みつつ、集まってくるサザーランドへとナハトを向けた。その瞬間、最後尾サザーランドの背後に、突如としてあの白い影が現れた。
サザーランドのパイロットが悲鳴をあげ、そこへ無慈悲な大鎌が振り上げられる。鈍い煌めきを放つ刃がサザーランドのコックピットに食い込み、サザーランドは破損箇所から赤黒い液体を噴出しながら斜面を転げ落ちて行った。
直後、ナハトはヴァリスを抜いてその銃口を白い機体へと向けた。ほぼ同時に、残る七騎のサザーランドもアサルトライフルを構える。だがそれらの弾は一発たりとも白い機体には命中せず、逆に急速接近を許してしまったサザーランドが一騎、またしても鎌の餌食となって地面に崩れ落ちた。瞬く間に二騎のサザーランドを仕留めて、白い機体はまたしても樹々の中へ消えた。
どうする。迷っていればコーネリア総督がやられる。と言ってここを離れれば、ユーフェミア殿下が死ぬ。どちらかを選べ、とでも言うのか、これは。
“落ち着け、レオ”
そしてこんな時に、脳裏に声が走る。振り払うように、レオはその声に答えた。
「落ち着いていられるか! 悠長に考えている余裕は無い。情勢を考えればコーネリア総督の重要性は言うまでも無く、と言って本陣を突かれる訳にも行かない。あの機体の突破力では、グロースターさえ対抗出来るか否か……そしてコーネリア総督の元へ行けるのは私のナハトのみ、なのに!!」
“貴方しか居ない? それはまた随分と傲慢になったもので”
「…………なに?」
“お忘れか。今のお貴方は、貴方より強いかも知れない仲間が居るのですよ?”
まるでその声が呼び水となったかのように、特派の専用通信チャンネルが起動した。
≪ヘッドトレーラーよりナハトへ。これよりランスロットが発進します。合流は可能ですか?≫
ランスロット、枢木スザク。恐らくはロイド辺りが本陣の方に掛け合ったのだろう。それまで後方で待機していたスザクの顔が、サブディスプレイに映し出される。
彼が出るならば。レオは自分が安堵している、と自覚した。彼ならば、やってくれるだろう。彼にはそれだけの強さがあるのだから。
「こちらは現在移動不能。スザク、どうやら君に全て任せる事になりそうだ」
≪ランスロット了解。大丈夫、僕も全力を尽くすから、君もその場を全力で守ってくれ≫
今度はスザクが答えた。
「了解した。総督の方は頼むよ。こちらの敵は私が責任を持って抑えるとしよう」
≪分かった。無事で≫
「お互いにな」
間を置かず、レーダーディスプレイ上でランスロットが移動を開始する。サンドボードを使用して、液状斜面を上昇。一直線にコーネリア総督の元へと飛んで行く。
それとほぼ同時に、樹々の中から白い機体が再び飛び出した。サザーランド達の射線の一歩先を行きながら、木々の合間を縫うように駆け抜けてナハトの至近距離にまで迫ろうとしている。
「
一つの不安が消えた今、レオの目的は明瞭であった。この敵を倒す。そこに全力を尽くす。
号令一下、ナハトは脚部の力のみで上空へ跳躍し、サザーランドは三方へと散らばった。レオはスロットルのコントロールレバーを器用に操って、ナハトを白い機体目掛けて突進させる。この時レオの脳裏にあったのは、以前目の当たりにした、枢木スザク操るランスロットの格闘戦の光景だった。
あの時に彼が行なったのは、独特な構えと動作の空中回転蹴り。その機動プログラムは、一応ナハトにも仕込まれている。レオはそれをフロート擬きと共に起動していた。
「フロートの補助があるなら!!」
叫び、ナハトの左脚が白い機体の首筋に迫る。白い機体は大鎌の柄を使って直撃は避ける。しかしその勢いだけは止められず、二騎は縺れ合うようにして地面に盛大に倒れ込んだ。
木々を数本薙ぎ倒しながら滑り落ちる。ヴァリスを取り落としながらもレオはフロートを再び起動させて何とか空中に逃れると、味方サザーランドに射撃指示を出す。三方向からの射線ならば、流石のあの機体でも避けきれない。そう思っていた。
だが、白い機体はスラッシュハーケンを空中に撃ち出した。その射線の先にあったのは、他ならぬナハトの姿。ナハトのフロートにハーケンのクローアームが食い込み、今度は白い機体が空中のナハトに襲い掛かる。
強烈な衝撃がナハトを襲い、モニターの視界が天を映し出した。仰向けに近い形になったナハトの上に白い機体がのし掛かり、手にした大鎌を振り上げる。
≪中尉!≫
しかし、そこで味方のサザーランドの援護が入った。地上のサザーランドからの狙撃が白い機体を襲い、白い機体のデュアルカメラアイが片方抉り取られた。
その瞬間、レオもまたコントロールレバーのスイッチを押していた。途端、ナハトの背部からフロートデバイスが分離し、スラスターを噴射しながら白い機体目掛けて飛翔する。
スラッシュハーケンがフロートに食い込んでいる以上、白い機体にこれを躱す術は無かった。大きく仰け反りながら、白い機体が大地に落ちて行く。同時にナハトもまた落下して行くが、こにらは両腕のスタビライザーを展開して機体の空力特性を変化させつつ、どうにか無事な姿勢で着地に成功する。
一方で、白い機体の方はフロートからハーケンを切り離し、再び樹を利用しての姿勢変更を試みていた。すかさずレオは手近なサザーランドにその木の天辺をアサルトライフルで射撃させ、それを妨害する。白い機体は着地にこそ成功したものの、そこには既にナハトを含めた七騎が待ち構えていた。
「全機、フォーメーション8!」
≪イエス、マイロード≫
全機が一斉に動き出す。囲まれる、と察した白い機体も動き出すが、その足元にレオは腰部スラッシュハーケンを撃ち込んだ。
KMF同士の射撃戦において、最も狙うべきポイントはどこか。
弱点を狙う、という意味ではまず頭部が思い浮かぶ。ここには機体管制を司るメインコンピュータが存在している。だが、移動する敵機のこの部位に正確に射撃を撃ち込むのは至難の技だ。機体の中では非常に小さい部位であるし、外れれば弾丸は後方へと飛んで行く。一対一ならばともかく、敵味方の混戦状態でそれが起これば誤射に繋がりかねない。
コックピットのある背部を狙うには敵機の背後を取らねばならない。しばしば時速百キロを超える戦闘速度の中で敵機の背後を取る事が如何に難しいかは、最早説明するまでも無い。
狙うべきは、脚部だ。勿論脚部は機体の部位の中で最も高速で動く可能性が高い部位ではあるが、KMFは機体の移動を殆どこの脚部のランドスピナーに頼っている。動きさえ止めれば、後は動けない敵の急所を破壊すれば良い。そして頭部と違い、脚部への攻撃は外れ弾を出したとしても誤射には繋がり難い。外したとしても、着弾により地表面の状態を変化させる事で転倒を狙える可能性がある。故に、KMF同士の射撃戦においては脚部を狙うのがセオリーだ。
レオはナハトを動かしながら、巧妙に敵機を味方のフォーメーションの中へと誘導していった。
この時レオが使用したフォーメーションは、その名の通り8の字状の陣形を取るものだった。一つの敵機に対し複数の味方機で、それも近距離戦で当たる際の基本戦術。味方の頭数の方が多い状況であっても、接近されてたのでは数の有利を充分に活かすことは出来ない。その際に攻撃回数を可能な限り増やす為の戦術だった。
このフォーメーションの場合、各機は敵機の周囲を8の字状に移動しながら攻撃を行う。こうすることで外縁部からの攻撃以外にも、8の中央、交差点において距離を詰めて攻撃が可能になる。
まず、味方のサザーランドが接近、攻撃を仕掛ける。この時サザーランドは攻撃後そのまま敵機の脇をすり抜けて背中を晒す事になるから、その背中を狙うであろう敵機の動きを、後続の味方機が援護する。その際は誤射を避けるべく敵機と味方機とは一直線状には並ばないようにし、軸線から概ね45°ほど離れておく。
白い機体は誘いには乗らなかった。スタントンファによる攻撃を鎌の柄でガードした後、背後で無防備な背中を晒したサザーランドは無視して、ナハトの方向へと突進する。勿論そうなるとレオは敢えて自機を囮とし、残るサザーランドが援護射撃を放つ。数発が背部ブロックに穴を開けた事で己の失策に気付いたか、白い機体はスラッシュハーケンを使って跳躍を図った。だが、レオ達は執拗に敵をフォーメーションの中に収めようとする。
二度、三度と白い機体はサザーランドの攻撃をガードし続け、とうとうレオが攻撃する順番となった。レオはMVSを抜いて突入……すると見せて、スラッシュハーケンを地面に撃ち込んで跳躍。直上から白い機体に襲い掛かった。その一撃もまた、白い機体の大鎌に阻まれる……かに見えた。
しかし、MVSの赤い刃は大鎌本体ではなく、それを持つ右のマニピュレータに食らいついていた。レオはそのまま敵機後方に抜けると、移動方向はそのまま、振り向きながらハーケンを発射する。その一撃が、白い機体から大鎌を奪い去った。
大鎌が地面に刺さる。主兵装を喪った白い機体は予想通りフォーメーションの中から離脱を図る。追撃に移ろうとした矢先、突如としてナハトの視界がホワイトアウトした。
「これは──!?」
視界を埋め尽くした白煙。あの機体のスモークだと瞬時に判断し、足を止める。その瞬間、ナハトのコックピットを強烈な衝撃が襲った。白煙の中から、白い機体が飛び蹴りをナハトに当てて来たのだ。まるで先程の意趣返しのように。
白い機体はそのままナハトを踏み台に跳躍すると、白煙の中から飛び出してサザーランドの一騎に飛びつき、上に乗っかるような状態から半壊した右マニピュレータをサザーランドのコックピットにねじ込んだ。引き抜いた腕の先には、ひしゃげた装甲板に混じり、機械ではない何かの塊がある。
残酷なまでの赤色。意味するものは一つ。そしてその様に動揺したサザーランドが更に一騎、白い機体のハーケンで無力化される。
体勢を立て直し、レオはナハトのハーケンを白い機体への放った。しかし、咄嗟に放たれたそれの狙いは少々甘く、白い機体はそれを軽々と躱し、逆に驚くべき反射速度でそのワイヤーを掴み取った。
「何ッ!?」
そのままワイヤーを引っ張られ、ナハトは地面に倒れた。MVSがナハトの手を離れて地面を転がる。白い機体は地面の大鎌を回収し、その刃をナハトに向ける。
やられる、と思った矢先、生存していたサザーランドからの援護射撃が入った。白い機体の左肩装甲に数発が命中し、白い機体は樹々の中へと引き下がった。そのまま反撃に出るかと思いきや、レーダー上では敵の光点はどんどん遠ざかって行く。
≪中尉!≫
「……追撃は不要だ。全機、味方の救援に戻れ」
ナハトを立ち上がらせて、レオは味方にそう指示を飛ばす。MVSを回収して納刀すると同時に、後方のヘッドトレーラーからの通信が入って来た。
≪レオ君!≫
半ば悲鳴のような声が届いた。
「セシル中尉!? 何かありましたか?」
≪急いでランスロットの所に向かって欲しいの! スザク君が、スザク君が──≫
≪暴走してるんだよ≫
血相を変えて捲したてるセシルに代わり、今度はロイドの顔が現れた。いつもの飄々とした表情は消え失せており、レオは事の重大さを悟る。
≪ランスロットが、じゃなくてスザク君が。ポイントを送るからすぐに向かって。あのままじゃ味方部隊の所に行っちゃう≫
要点だけ述べて、ロイドは画面から消えた。レオはすぐさまナハトのステータスをチェック。エナジーフィラーの残量を確かめてから、アレックス将軍に繋いだ。
「将軍、敵機は撤退しました。指揮権を将軍にお返し致します」
≪いや待て、貴官にはこのまま救援の指揮を……≫
「別の味方から要請が入りました。私は急遽そちらに向かわねばなりませんので」
≪そうか、貴機の速力ならそれもあり得るか……了解した。私もやっとこさ回収された事だし、このサザーランドに便乗させて貰うとしよう≫
モニターの端に、ようやく安定した地面に移されたたグロースターのコックピットから将軍が出て来ているのが見えた。頭に負傷した跡こそあれど、自力での応急処置も済ませたようで、足元も大分安定している。それを見届けてから、レオはランドスピナーをフル稼働させて移動を開始した。
ハーケンを使って、ナハトは泥の河岸を跳んだ。フロートが無い以上、これまでのように一気に飛ぶ事は出来ない。しかし、泥中には上流から流れた岩やへし折れた大樹などがいくつも点在している。レオはそういった岩場や樹を中継地点とし、何度か跳躍を繰り返した果てに、空中から対岸目掛けもう一方のハーケンを放って液状斜面を飛び越える。ブレーキも掛けず、加速したまま機体の姿勢を立て直し、ナハトは樹々の間を駆け抜けて行った。
樹々を抜けて開けた場所に出る。その瞬間、目の前に白い機影が迫って来ていた。
「スザク!?」
咄嗟に両手でその機影、ランスロットの機体を受け止める。それでもなお、ランスロットはフルパワーでナハトを押し退けて進もうとしていた。
≪ああああぁぁぁぁぁ!!!≫
軍用規格品でなければ音割れでも起こしていたであろう大音響がナハトのレシーバーを震わせる。それがスザクの声だと分かり、レオはナハトの出力を上げながら呼び掛けた。
「どうしたんだスザク! 落ち着いて──!!」
ランスロットがヴァリスを装備した右腕を持ち上げたのを見て、レオは言葉を噛み切った。ここは立て直しを図る味方部隊の集結地点にもほど近い場所だ。樹々を呆気なく撃ち貫くヴァリスがこの角度で発射されれば、その味方さえも危ない。
レオは一度ランスロットから手を離し、その腹部に蹴りを入れる。ランスロットはそれでもなおヴァリスの構えを解かず、あらぬ方向へヴァリスを乱射した。
……いや、乱射、などという表現では収まらない。敵など最早居らず、ランスロットを傷付ける者は誰一人として居ないというのに、ランスロットは目に付くもの全てを破壊する勢いでヴァリスを出鱈目に打ち続ける。
そしてそのランスロットのカメラが、遂にナハトを捉えた。直後、ランスロットはあろうことかヴァリスをバーストモードへと変形させ、その銃口をナハトに向けた。
≪スザク君!!≫
セシルの悲鳴が響く。ほぼ同時にレオが目を細め、ナハトはMVSに手を掛けた。
ヴァリスの銃口が白く光る。ほぼ同時に、ナハトのMVSが赤く閃く。
鳴り響く甲高いチャージ音。一筋の閃光が二騎の間を走り抜け────ヴァリスの銃身の先端部だけがすっぱりと斬り裂かれて地面に落ちた。直後、ランスロットの手元に残されたヴァリスが爆発する。
ナハトが腰に下げた鞘には、ある特殊機構が備わっている。それは、G1ベース等に搭載されているリニアカタパルトと同様の、もっと言えば一般的な銃器であるコイルガンに使用されている機構を使用した、抜刀加速機構。極至近距離で、既にチャージ段階にある銃器を、発射より早く破壊する、などという離れ業を実行出来たのは、このシステムと、ナハトの元来持つ瞬発力故であった。
……それを、まさか味方相手に使う事になろうとは。
爆発で一瞬怯んだランスロットの腹部に、レオはナハトでタックルを叩き込んだ。地面に倒れ伏したランスロットはなおも暴れ回ろうとするが、ヴァリスを喪った以上、最早ランスロットには狂ったダンスを踊る事しか出来ない。各部関節には異常な負荷が掛かり、ギアは破損寸前。これでは遠からず自壊して動きを止めるだろうし、それよりも先にエナジーが尽きる可能性だってある。最早、暴走するランスロットは無力化されたに等しかった。
「……セシル中尉、早く回収班を」
≪り、了解!≫
レオはナハトのMVSを格納し、ナハトの戦闘システムを解除した。
≪──………ッ!!、──……!!≫
ナハトのレシーバーは、尚もコックピット内のスザクの狂乱ぶりを伝えて来ていた。日本語で何かを口走っているようだが、無論レオにそれは理解出来ない。
ただ、何かに怯えて、必死に逃げようとしている事だけは理解出来た。最後に、幼児が泣きじゃくるような小さな声だけを上げて、遂にランスロットは動きを止めた。
レシーバーからは、それっきり何も聞こえなくなった。
山道を駆け下りながら、エリアスは舌打ちを抑え切れ無かった。よもやこの自分が、機体の右手を持って行かれた上に敵の新型を仕留め損ねてすごすごと逃げる羽目になるなどと。
自分に任された仕事は、ゼロ達本隊の仕事、つまりコーネリアの確保が完了するまであの敵機を押さえ込んでおくことだった。せっかく地形を使って敵を分断したというのにそれを無視して飛んで来るような奴など放っておける訳は無い。
そして実際、エリアスはあの敵の特殊装備を無効化した。この時点で仕事は一応果たしてはいる。いるのだが……。
とはいえ、激情に駆られる程彼は冷静さを失った訳でも無かった。戦闘記録は映像として残してある。あの新型については、充分なデータを取る事が出来た。そして自分もこうして生き延びている。で、あれば次の機会に仕留めれば良い。その時は、こちらはより良い条件下──既に相手を知った状態で立ち会う事が出来る。
「……さて、それでゼロは何処に居るって?」
エリアスはサブディスプレイを起動し、マップデータを呼び出した。
片腕とは言え形勢を逆転しつつあり、あの新型を仕留められそうなタイミングで撤退した理由。それは、我らがゼロからの救難信号であった。どうやらゼロの方も上手くコーネリアを確保出来なかったようで、現在ゼロは無頼を喪い、主戦場から離れた洞窟の中で隠れ潜んでいるらしい。
既に残存する黒の騎士団の部隊は、逃走する日本解放戦線を囮として戦域から離脱に成功しているらしい。もうナリタに残っている黒の騎士団は、ゼロと自分だけだと言う。そしてブリタニア軍も退却を開始しており、エリアスはそう苦労せずに、その洞窟の入り口へと辿り着く事が出来た。エリアスは白夜に搭載されたサーチライトを起動して、麓の目立たぬ位置にぽっかりと空いたその洞窟の中を覗き込んだ。
『……眩しいからそれは止めろ』
「おや、意外に元気そうじゃないか。てっきり命からがらここに逃げ込んで死にそうになってるかと思ったよ」
レシーバーにゼロの気取った声が届き、とりあえずエリアスは安堵しつつサーチライトを切り、白夜のコックピットを開いた。随分と手酷くやられた、といった有様の白夜の外装を足場に、エリアスは地面に降り立って洞窟の中へと足を踏み入れる。
「怪我は無いか。無頼をやられたと聞いたが──」
そこでエリアスは言葉を失った。そこに居たのは既に見慣れたゼロの仮面姿と、その背後……エリアスにとっても因縁浅からぬブリタニアの囚人用拘束衣を纏った一人の女。黒の騎士団の中に、あんなメンバーは居ない。しかしエリアスにとっては見覚えのあり過ぎる女だった。
彼女は他の人間とは違う……いや、そもそも人間なのか怪しいところがある。不老不死、不死身、物語の幻想でしかなかったような言葉が、この女に掛かれば現実のものとなる。銃弾で撃たれようが首を刎ねられようが、
少なくとも、エリアスが始めて彼女と会った時から、このエリア11で再会して今に至るまで彼女は全く変わらない。あれから、もう七年になるというのに。
「C.C……。ゼロ、何故彼女がこんな場所に」
『正直、知らんとしか言えない。が、業腹なことに彼女に助けられた事は確かだ』
ゼロは苦々しげにそう言って、洞窟の入り口の方へと歩いた。その背後で、C.Cは無表情のままエリアスを見遣る。
かつて、エリアスに改造を施した組織のトップに居た女。そして組織からエリアスを助け出そうとした母に手を貸した女。それがこのC.Cと云う女だった。生前、母はエリア11に渡ってからも度々彼女とコンタクトを取っていたようだが、エリアス自身が彼女と再会したのはほんの最近、老師殿の手先と成り果てて以降の話だった。
確か最初はシンジュクゲットーで、額から血を流したまま死体の山の中から這い出て来たのだったか。流石に驚きはしたが、当の本人が「当たり前だろう」とばかりにあまりに平然としていたものだから何も言えなかった覚えがある。
そしてその後、彼女はゲットーやら租界やら、エリアスが赴く先々に現れては消えた。密かに自分を影から見つめている時もあった。その理由も、彼女自身の目的も分からないまま、公の舞台にゼロが姿を現した。
当然、老師はエリアスに対し、ゼロについて探るように指示を飛ばして来る。そしてエリアスがゼロとの接触手段を講じている頃に、やはり彼女は現れた。ゼロを連れて。
あれからいくつかの事件を経て、ゼロ、C.C、そして自分との関係は続いている。だが、ゼロとエリアスが互いに割と腹を割った話をしている割に、C.Cは決してエリアスに自分について語ろうとはしなかった。一方で、彼女の方はエリアスについて良く知っていた。正直な話、些か気味の悪い関係ではあった。
『とりあえず、今回は勝利とは言い難いな。結局コーネリアの確保は出来なかった』
「すまない、ああも意気揚々と飛び出しておいて、俺も予想外に手古摺って援護出来なかった」
洞窟の入り口から機械音が聞こえて来た。エリアスは一瞬大剣の柄に手を掛けるが、ゼロはそれを手で抑えた。
『心配するな。お迎えが来たようだ』
「──ゼロ! エリアス!」
彼の言葉を合図とするように、洞窟内に一人の少女が駆け込んで来た。紅月カレン、紅蓮のパイロットだ。
「大丈夫ですか? 他のメンバーは皆──誰!?」
無線機を片手にゼロの前に駆け寄って来たカレンはそこで言葉を切った。エリアスの背後に居るC.Cの存在に気付いたのだ。
『ああ、心配しなくて良い。彼女は私の大事な仲間だ』
かくして、後にナリタ攻防戦の名で歴史に刻まれる事となる戦いは幕を閉じた。
後の公式発表によると、この戦いにおけるブリタニア軍の死者は約五千二百名。これが多いか少ないかは個人の解釈に委ねるとして、この数字を以ってこの戦いをブリタニア側の敗北と定めるのはやや早計である。
確かに、ゼロの奇襲によって、それまで圧倒的な優勢を保っていたブリタニア軍は痛撃を与えられた。しかし、現実にはブリタニア軍は結局その戦力の九割近くを保持したままだったのだ。山崩れの直撃を受けたダールトン、アレックス両将軍の部隊にしても、ダールトン隊では指揮官が無事なままなお一つの部隊として健在であり、アレックス隊においても指揮官は生存、残存戦力も微弱ながら残されており、辛うじてではあるが部隊を維持していた。
一方、元々ナリタ連山に拠点を構えていた日本解放戦線はこの戦いにおいて壊滅的被害を被り、その勢力は急速に衰える事となる。日本解放戦線の壊滅、というブリタニア軍の大目的は完了したと言っても良いのであった。
もちろん、だからと言ってブリタニアの勝利かと言えばそうではない。少なくとも総司令官たるコーネリアは絶対に認めない。敵を圧倒する物量の戦力を並べておきながら、敵に劇的な反撃を許してしまった。勝利の美酒に酔うにはあまりに苦々しい事実である。
そして最後に、ゼロ本人の言う通り黒の騎士団の目的は果たせていない。最後の最後で乱入したランスロットが、この大詰めの局面をひっくり返したのだ。それどころかゼロ自身、後一歩でランスロットに捕縛されるところだったと言う。
つまるところ、この戦いに勝者など居なかったのだ。