コードギアス 血刃のエルフォード   作:STASIS

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第十幕 Interval/キョウト

 ナリタにおける戦いが閉幕し、早一週間ほどが経過していた。この時期に入り、エリア11は多少の静けさを取り戻していた。

 

 「我が軍は黒の騎士団により()()の妨害を受けたが、無事に悪質なテロ組織 日本解放戦線の殲滅に成功した」

 

 これが、総督府による公式発表である。更にこの黒の騎士団についても、「黒の騎士団はその作戦の進行において、民間人を巻き添えとした非道な作戦を実行した」と付け加えている。事実、黒の騎士団による山崩れは麓の市街を飲み込み、民間人への死傷者も発生していた。

 これに対し、黒の騎士団は「ブリタニア軍は殲滅作戦実行にあたり、義務とも言えるナリタ周辺の民間人への避難命令を行わなかった」と主張している。

 結局のところ、時代を問わず、実際に剣を交える戦いが終わった後に待っているのは、こうしたプロパガンダ合戦であった。自己の正当性を互いに主張し合い、時にその舌戦が新たな争いの火種を生む。歴史は繰り返すとは言うが、あまりに滑稽なものではある。

 

 とかく、そういう言い訳と責任逃れの応酬に総督府が掛り切りになっている頃、特別派遣嚮導技術部ラボ(と名付けられた大学の大型倉庫)もまたとある一つの作業に掛り切りの有様であった。

 

 理由は多々ある。まず第一にして最大の理由は、今現在、特派は引っ越し作業の真っ最中であるからである。

 

 作戦前にコーネリア総督からレオへ予告され、作戦後正式に通達されたように、ナリタ攻防戦における特派所属機の功績──主として枢木スザクによるコーネリア総督自身の救出──に対して、特派には正式なブリタニア軍基地内に専用拠点が再び与えられる事となっていた。場所としては、以前特派が使用していた基地のスペース。ただし以前のような間借り状態ではなく、基地一つを丸ごと特派のものとして使用する事を許されたのである。

 

 正式な移動日は明後日。これに備えて特派では一週間ほど前から準備を進めており、例えばセシルは大学側にその旨を伝えると共にこれまでの謝礼、一方でロイドはラボ内の引き払い及び物資積み込み作業の指揮に当たっている。

 が、この引き払い作業が問題であった。ラボ内にはロイド謹製の試作品やら何やらが散乱しており、現時点で運び出すのにトレーラー数台は必要だろう、という試算が出て作業に当たる特派スタッフ一同の頭を悩ませている。

 しかも、まだ沢山ある。

 

 特派一同のロイドへの怒りが順調に溜まって行く一大イベントであったが、ここには三人ほど欠けている顔ぶれがあった。特派の栄転と、この騒動の理由を作り出した、ある種主役とも言えるデヴァイサー達。この片割れであるスザクはこの時間帯、通りを挟んだアッシュフォード学園で授業中である。

 

「あ〜、そのレンジブースターは廃棄にはしないで。んで、多分その隣に小さめのレドームが置いてあるけどそっちは廃棄で」

 

「レンジブースターって……グロースターのレーダーオシャカにしたアレですか、ロイドさんあれまだ捨ててなかったんですか?」

 

「だ〜って別に捨てる理由も無いでしょ〜?」

 

「スペースは有限なの! 今度はランスロットのレーダー壊す気ですか!?」

 

「ん〜、載せるとしたら多分ナハトかな〜」

 

「載、せ、ま、せ、ん、よ!!」

 

 そう言い合いながら、しれっと別の物体をトレーラーに積み込むスタッフ。その正体はナリタで回収したカスタムタイプの無頼の残骸。彼らもいよいよロイドに毒されつつある。そんな様子を、セシルは例によって例の如く、天を仰いで絶望せんばかりの心境で見つめていた。

 

「もう……これじゃあスザク君が授業終わった後にこっちに来て手伝って貰うことになりそうね……」

 

「連絡しておきますか? 善し悪しはともかく、多分断りませんよ。彼の性格なら」

 

「だからこそ余計に罪悪感が凄いのよね。本当なら暫く休ませてあげたい状態なのに……」

 

 セシルは、そして彼女の横で作業しているスタッフもそれ以上何も言わなかった。

 ナリタでの暴走の一件。回収された直後こそかなり情緒不安定な様子を見せていたスザクは、今はもう何事も無かったかのように過ごしていた。

 

 ……あの狂態からたった一週間で、何事も無かったかのように、だ。尋常では無い事が彼に起こっていたのは外から見ても一発で分かる。軍人としての責任感が強いスザクが、それを放棄する程の衝撃。どう考えても、一週間程度で回復するような物では無かっただろうに。それが、セシルとしては不安で仕方が無い。

 無論、回復次第彼のメンタル面での検査も行われていた。だが、結果は良好。軍人として問題無し、である。その結果が、そしてその現実が、何か間違っているように、セシルは思う。

 

「と言っても、現実問題人手が無いと明後日に間に合いませんよ。レオは向こうに行ったばかりですから、しばらく帰って来ませんし」

 

「そうよね……あっちはあっちで、やっと行かせてあげられたんだもの。やっぱり帰って来い、なんて言い辛いものね……」

 

 セシルはそう言って振り返り、遥か彼方の快晴の大空へと視線をやった。彼女の視線の先で、大型の軍用機が青空に一筋の白い筋を引いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 同じものを、レオは軍病院の病室の窓から見ていた。寝台の横に置かれた椅子に腰掛けたまま、その寝台に横たわる少女の顔を見る。

 

「……何? 顔に何か付いてる?」

 

 その少女……ユリシアが弱々しい笑みを浮かべてみせた。それを見て、レオは余計に気分が沈む思いであった。

 ナリタで負傷したユリシアは、その後この病院に収容されている。負傷の状況もそう酷いものではなく、退院が近い、と聞いていたのだが、どうもこうして本人と会ってみると、身体の負傷とは別の問題があるように見えてならない。

 

「いや、幾分か、窶れたように見えた」

 

「病室でする事が無くて、気が滅入ってるだけよ。ナリタで大勢やられて、ここもてんてこ舞いみたいだし」

 

「……とりあえず、折角注文に応じて朝から行列に並んだんだ。ちゃんと食べて欲しいな、その林檎」

 

「別にその辺のスーパーので良かったのに……でもありがとう。そうさせて貰うわ」

 

 そう言って彼女はテーブルに手を伸ばし、更に盛られた林檎の一欠片をフォークで刺した。その白い手に巻かれたより白い包帯が痛々しくて、レオは一瞬目を逸らした。

 

 あの山の崩落など、誰が予測できただろうか。確かに、黒の騎士団の動きに警戒はしていたし、黒の騎士団が奇襲を仕掛ける可能性も頭には入っていた。ゼロのこれまでのパターンから、そしてエリナの側に居て知った暗殺者の行動パターンから考えて、ゼロが狙うのは手薄になった本陣。そう考えたから、ナリタでは攻撃成功後のタイミングで本陣に帰還していた。

 

 部隊の中枢、という意味ならば前線に出ているコーネリア総督についても注意が必要であったろうが、先陣に立つコーネリア隊に奇襲を仕掛けるなら、ゼロは必然的に日本解放戦線内部か、或いはブリタニア軍内部から出現しなければならない。どちらにしても、敵の只中だ。これでは奇襲以前に自ら進んで負け戦を行うようなものだ。だから、手薄と見られがちな本陣をマークしていたのだが……。

 

 結果、ゼロはどうやってか知らないが、その戦況そのものを崩した。これまでレオが立てた予測は、全てこの戦況を前提としたもの。それでレオの予測は全て水泡に帰した。

 

 ……冷静に考えれば、そこで部隊が慌てて動いた隙を突いて本陣を狙う、という可能性もあったかもしれない。が、あの時のレオにその考えは無かった。

 彼女が、ユリシアが危ない。そう思ったからだ。その時点だけ、皇族を護る、という彼の使命は一瞬何処かへ消え失せていた。

 

「……すまない」

 

「え?」

 

 無意識のうちに言葉が走った。君を守れなかった、そう続けそうになり、レオは誤魔化す意味を込め林檎の一欠片を素早くつまんで口に放り込む。

 ……何を馬鹿な。あの大騒動を自分一人で止められたつもりか? また随分と傲慢な事だ。

 

「あ、やられた……って、いや、私一人で食べ切るつもりでもないけど……また盗み食いでもするみたいに」

 

「………………」

 

 口の中の林檎をさっさと咀嚼して飲み込む。

 存外、美味であった。

 

「美味しいわよ、これ。行列に並んだって、何処で?」

 

「西側租界外縁区(アウター・リム)のマーケットだ。最近人気だそうで、随分と混んでいたよ」

 

「へぇ〜……今度行ってみようかしら」

 

「そうだな。今度特派の面々にも買って行こうかと思う。引っ越し作業が終わった頃に」

 

「……ごめんなさい、手伝えなくて」

 

「心配無い。やっている事はロイド伯の変な試作品の行く末に関する口論が殆どだ。順調に遅れているが、原因はロイド伯にあると断言して問題無いだろう」

 

 ユリシア、レオ共に二つ目に手を付けつつそんな無駄話で時間を潰す。

 レオとしては話したい事は幾つか残っているが口に出さない。この状態の彼女にそれを告げるのは些か以上に気が引ける。

 

「……おっと」

 

 話題が途切れそうになったところで、レオはそう言って立ち上がった。窓際の花瓶を手に取って、ちらりと中身を覗く。

 

「頼まれていたのを忘れるところだった。水を入れ替えて来る」

 

「あ、お願い」

 

 病室を出て、手洗い場で花瓶から花を引き抜き、花瓶の中に僅かに残っていた水をぶちまける。何となしに中身を軽く濯いで、元のように花の茎を花瓶に挿し込む。あまりにも単純な作業。お陰で先程飲み込んだ言葉が再び喉の奥から首をもたげる。

 

(……お前はどう思う)

 

 そう心の中で問い掛ける。呼応して背後に現れた気配を感じ取る。

 

“何がですか、主よ”

 

(憶えているか? あの時。私が麓に降りると言い出した時だ。あの時のユリシアの……そしてセイトの態度が、私には妙に引っ掛かる)

 

 具体的にどうおかしかったのか、それは少々説明し難い。ただ、例えるなら何処かしら歯車が嵌り切ってていない機械の動作風景のように感じられた。表面的には問題なく駆動してはいるが、精査して行くとその歪さが露呈しそうな、そんな感覚。

 

(外から見て、セイトのグロースターの損傷状況に大した異常は感じ取れなかった。ランドスピナーが破損していた割には、麓までの機動に問題は無かった)

 

“それだけ彼の技術が優れていた、という解釈は?”

 

(他の騎士ならばともかく、彼ならば充分可能だ。が、それならば戻って交換する意味はあったのか? 勿論これも万全を期して、と言い訳も出来るが)

 

“…………”

 

(加えて、ユリシアが彼とポジションを代わる意味はあったのか? 本来彼女の任務は私の護衛。交代後の僚機としても却ってやり辛いだけではないのか?)

 

 ……無論、別にそうしてはいけない、という理由も無い。が、敢えてそうする理由も見えない。まさか彼女が功を焦った筈もあるまい。

 

(その辺りを含めてセイトを問い詰めようか、とも思ったが……友を疑う、というのも気分が悪い。そう思わせるのも申し訳ないだろう)

 

“……では、御勝手にどうぞ”

 

 そう突き放した言葉を残して、女の気配は消えた。やはりこうなったか、と首を振って、レオは病室に戻った。

 

 戸を開けた矢先、乾いた破裂音が部屋の中に響いた。

 

「──ッ!!」

 

 一瞬でレオの身体は強張る。レオの視線の先には、ベッドに倒れ込んだユリシアの姿。そしてその目の前、先程までレオが座っていた椅子の横に立つ、黒いコート姿の長身の男の姿。

 

「……ウォルター」

 

「おや、エルフォード君か。すまないね、妹が君に迷惑を掛けた」

 

 そこに立つ男の名は、ウォルター・リィンフォース。リィンフォース家次期当主にして、ユリシアの実の兄。彼女のそれよりも暗い赤色の髪をオールバックに纏めた男が、その口元に妖しげな笑みを浮かべながらゆっくりと振り返る。

 

「今はユーラシア戦線に、とお聞きしましたが、まさか此方にいらっしゃるとは」

 

 辛うじて礼節を保ちながら、レオは二人を観察する。先程まで起き上がっていたユリシアが、今はぐったりと倒れ込んでいる。その頰に手を当てて、その目にはそれまでとは違う色が浮かんでいる。

 ……傷付いて、恐怖している。彼女のその目は以前にも見た事がある。そういう目をさせたくないから、私は、俺は、彼女を…………………………。

 

「EUも存外腑抜け揃いでな。事が順調に推移しているようなので、少し早めに向こうを離れたのさ。我が愛しの妹にも会っておきたかったものでね」

 

「それはそれは。わざわざ海を越えて妹に手を上げに来たとは、また高尚なご趣味をお持ちの方だ」

 

 そう言って、鋭い視線を飛ばす。が、ウォルターは意に介した様子もなく……いや、寧ろ申し訳なさそうに、

 

「聴こえてしまったか。いや、こちらとしても申し訳ないと思っている。本来護衛であったはずが、逆に貴卿に助けられる醜態を晒してしまった。妹に代わり謝罪する」

 

 そう言って、ウォルターはユリシアの頭に、その赤い髪に触れた。びくり、と彼女の身体が震えた。

 

「彼女には、よく言い聞かせておこうと──」

 

「彼女から手を離せ」

 

 彼の言葉を遮って、レオの口から言葉が走った。

 

「何だって?」

 

「彼女から、手を、離せ」

 

 一歩足を踏み出し、ウォルターの手を引っ掴んで無理矢理ユリシアから引き剥がす。

 これ以上見ていられない。

 ──これ以上、彼女を傷付ける事は許さない。

 

「……一応これは兄妹の事柄だ。部外者である君にどうこう言われたくはない、とは言っておこうか」

 

 レオに向き直ってウォルターが言った。

 

「家族だろうが何だろうが、見過ごせない物もある。貴方は傷付いた彼女を更に傷付けた。私も妹が居た身、看過出来ぬものがある」

 

 睨み合ったまま、二人は病室の中で共に輪を描くように動く。まるで今にも剣で斬り合いでも始めそうな殺気を発しながら、レオはユリシアの側へと近付く。

 だが、ウォルターは一瞬だけそれに付き合った後、笑みを零して身体を引いた。

 

「──いや失礼、懐かしいやりとりだったのでね。つい乗ってしまったよ」

 

 ウォルターは余裕ある表情を浮かべたまま踵を返した。その背中に視線を投げつけても、彼は何ら反応しない。

 

「病院で騒ぐのも迷惑だろう。私はここで失礼するが……ユリシア」

 

 戸を開いて出て行くかと思いきや、戸口で足を止めて振り返らずにユリシアの名を呼ぶ。呼ばれたユリシアの身体が微かに硬直し、レオはそっと彼女の手に触れる。

 

「忘れるな、お前の失態は確実に父上を失望させるに値する。私は暫くはここに滞在するから、退院したら必ず連絡を入れるように。父上への報告を行う」

 

「………………」

 

「良いな?」

 

「…………………………はい」

 

 そう、小さな声で彼女が答えると、それでウォルターは今度こそ部屋を出て行った。部屋の中にあった緊張が薄れて行き、レオは持ちっぱなしになっていた花瓶を元の場所に戻してユリシアの横に腰を下ろした。

 

「……大丈夫か」

 

 横になった彼女は毛布を被り、目元だけを外に出してこくん、と頷いた。

 

 そう、彼女にはこういう事情がある。

 兄妹の不仲、と一言で片付ければ簡単なものに聴こえる問題だが、普段明るい彼女が、兄ウォルターに対してだけは恐怖し、縮こまってしまう。尋常ならざる事だ。一体過去にどれほどの経験をすれば、こうも病的に兄を怖れるようになるのか。

 

 ……エルフォード家の中においても似たような例を知っているだけに、レオとしては到底放っておける問題ではない。

 

「私が言えば随分気楽な物言いにしか聞こえないと自覚しているが、あまり気に病む事はない。あれは予測出来なかった事態だ」

 

 自分でもあの時の状況に疑念を抱いておきながら、そんな気休めをレオは口にする。勿論そんな物が彼女の救いになろう筈が無い。寝返りを打ってレオにすら背を向けた彼女の背中は、まだ時折、微かに震えていた。

 

「ごめんなさい……今日は……」

 

「……また来るよ」

 

 心の中で精一杯の謝意を示しつつ、レオは彼女の病室を辞した。そのまま歩き去る……と見せかけて、暫く壁に背をついて中の様子を探る。

 部屋の中から啜り哭く声がした。しかし、今のレオに出来る事は無い。すまない、ともう一度口にして、レオは今度こそ病院から歩き去った。

 

 

 

 

 

「……貴様のこれまでの独断専行には確固たる理由があった。それが実際に優先度の高い事柄であり、そしてそのお陰で功績を挙げて来たからこそ、これまで貴様のある程度の独断専行も見逃されて来た訳だ」

 

 翌日、レオは政庁の中枢、コーネリア総督の執務室に居た。部屋には彼と総督の二人しかおらず、デスクの上に置かれた通信ディスプレイで本国のシュナイゼル、そして今や懐かしいエリナの二名と通信が繋がっている。

 

「だが今回、ナリタでの一件はそういう訳ではない。通信記録と、そして貴様の言葉が示す通り、今度の独断専行は友軍……いや、ひとりの人間を助けようとした、という理由によるものだ。あの状況下で効果的な運用が可能であった機体に乗っていながら、それを貴様個人の意向で動かした。それは貴様も理解しているな?」

 

「はっ」

 

 詰問内容はコーネリアの語る通り、ナリタでの独断専行の一件。これまで、例えばエリナを屋敷から助け出す際には、彼女を含めた一族の生命が掛かっていたからこそ、ハイウェイをサザーランドで駆け抜けるような真似も許されたのだ。太平洋上でガウェインを動かした一件も、そうしていなければ試作機も奪われ、輸送艦レノア・ゲイズにも被害が及んでいた。何よりレオ自身がどうなっていたか。

 

 しかし、ナリタでは違う。あの時レオはユリシア一人の為だけに飛び出したのだ。それによってレオはコーネリアの救援に向かう事が出来なくなり、その後ランスロットの暴走をカバーしてゼロを取り逃がす事もなかったのだ。

 加えて、ハイウェイの時のレオは親衛隊精鋭としての権限があった。が、今回はそれが無い。今回問題として浮上したのは、そういう部分だった。

 

≪……勿論、そういう気持ちを持つ事がいけない、という事では無いよ?≫

 

 色素の薄い金髪の男性が、通信越しにレオに言葉を掛けた。

 帝国宰相 シュナイゼル・エル・ブリタニア。神聖ブリタニア帝国第二皇子。皇帝親政が行われているブリタニアにおいて宰相の権限はそれほど強いわけでは無いが、それでも凡庸と評される第一皇子オデュッセウスに代わり、皇帝シャルルの最も有能な補佐役と、ひいては次期皇帝の第一候補として見做されている人物である。

 

≪しかし、ね。命令も受けないまま飛んで行く、というのは些か感心しないな。兵は神速を貴ぶとは言うけれど、結局現場の一兵士に戦況を見極める事は不可能だ。君がそうやって勝手に動いた事で、逆に別の味方が危機に陥りかねない≫

 

 流石に、その話に異論を挟む程の無知蒙昧になった覚えもない。レオはただ黙ってそれを肯定し、二人、いや三人を見ていた。

 シュナイゼルの隣のディスプレイで、エリナが真剣な面持ちでレオを見ていた。果たして、自身の騎士となる事が内定している人物の失点について語るこの場所を、彼女はどう見ているのだろうか。

 

「……とは言うものの、貴様が動いた時点で既にG1の方で貴様をアレックス隊に回す、という話にはなっていたらしい。故に結果そのものに変わりは無い事も確かだ」

 

≪加えて、結局アレックス将軍の部隊の所にも黒の騎士団は現れた。あそこから一直線に本陣に向かわれて居たら、今度はユーフェミアの命が危なかった。君があの場所に居たことで、ユーフェミアも救われたんだよ。図らずも、だけれど≫

 

 そこまで言って、シュナイゼルは一度息を吐いた。

 

≪だから、今回は注意に留めるか、罰則と褒賞を同時に付与して相殺、という形にするとしよう。結局の所、君はリィンフォース卿も、アレックス将軍とその部隊員も、そしてユーフェミアも守ったんだ≫

 

 しかし、その表情は微笑を湛えてはいても、功績を称えるそれでは無い。レオも自分の行動が如何に評価し難い事であるか理解していたし、軽率でもあった、と自省もしていた。

 最も、後悔しているか、と聞かれれば極めて答え辛い心境でもあったが。

 

≪……ただ、ね。これだけは覚えておいて欲しい。我が国を含めて軍隊には昔から、“大きな功績を立てれば多少の軍規違反は見逃される”という不文律があるのは確かだ。でもこの不文律が未だに生きている軍隊というのは、いささか問題でもあるんだ。これも、やはり我が国とて例外ではない。皆が皆、功績の為に命令を無視しては軍隊が成り立たない。これはエリナにも覚えておいて欲しいな≫

 

 エリナがディスプレイの中で頷いた。そしてコーネリアが壁の時計に目を向ける。既に、午後五時を回っている。今頃特派のラボの方はいよいよ慌しさを増して混沌の中にあるに違いない。

 

≪──よし、じゃあ、この話はおしまいにしようか。レオ君の失点の話をしたから、次はこちらの失点の話をしようか≫

 

「宰相閣下……?」

 

 コーネリアがシュナイゼルの意図を掴めず聞き返す。コーネリアとしてはこれで通信を終えてレオを返すつもりだったのだが。

 

≪今入った情報だ。現在我が軍で開発中の実験機ガウェインが、中華連邦の手により強奪された≫

 

「な──」

 

 一同が、息を飲んだ。

 

≪既に伝えた通り、ガウェインは皇帝陛下直属の機関の手で徴用され、タンザニアにて特殊任務に従事していた。しかし数日前、この機関が中華連邦特殊部隊の襲撃を受け全滅。状況から見て、ガウェインは彼らの手で持ち去られた、と見ていいだろう≫

 

 ディスプレイの向こうで、シュナイゼルが横に控えていた副官のカノンから資料を受け取った。速報レベルのものでしかない第一報に続いて、ある程度纏まった情報が上がって来たのだ。

 

「ガウェイン……確か本来なら、貴様の着任と同時に特派に配備される予定だった機体だな?」

 

「はい。超演算機構ドルイドシステム、及びプロトタイプのフロートシステム、ハドロン砲を装備した実験機です」

 

 レオはコーネリアの質問にそう答えた。搭載されている新技術は三つ。どれを取っても最先端の技術を使用した国家機密レベルの代物だ。いずれの技術も、それまでのKMFの常識を覆しかねない、それこそ世代を一つ進めるに足る技術。それが敵国に奪われた、と言うのだ。

 

≪中華連邦には今現在まともなナイトメア技術が存在するとは言えない状況です。仮にガウェインの技術が解析され、中華連邦軍の兵器群にそれが反映されてしまえば……≫

 

「由々しき事だな。それに、データを見る限りこのガウェイン一機をこのエリアのテロリストに流すだけでも、政庁の強襲すら視野に入りかねん脅威となる」

 

≪──うん。話しながら同時進行で情報が入って来ると忙しないね≫

 

 コーネリア、そしてエリナの言葉に反応して、暫し資料に目を通していたシュナイゼルがそこで口を挟んだ。

 

≪ざっと見た感じだと、中華連邦と言ってもインド軍区の方らしい。あそこはどうにも本国との折り合いが悪い様子だし、中華連邦そのものにガウェインの技術がストレートに通る事は無さそうだけど……今コーネリアが言ったように、エリア11にガウェインが敵機として現れる可能性はあり得る。現状の空爆対策では、少し危ないかも知れないね≫

 

 続けて、シュナイゼルはコーネリアに租界の防空システムの強化を提案した。フロートシステムを装備するガウェインならば、ゲットーのような不整地からでも簡単に発進可能だ。そしてゲットーに何が運び込まれているかを知る術はあまりにも乏しい。

 

「少なくとも、対空陣地は現状では足りないでしょう……フォン・エルフォード、ガウェインのテストパイロット……その性能を知る者としての所感を聞かせて欲しい」

 

 コーネリアが租界の配置図をデスクに広げて、レオに問うた。

 仮にガウェインがゲットーから租界に攻め込んだ場合、まず現状の防衛陣地は無視できる。地上のKMFや戦闘車両を仮想敵とした防衛陣地では、空中のガウェインは捉えられない。そしてガウェインのハドロン砲は、その安全圏から地表面を簡単に焼き払う事が出来る。租界防空部隊は離陸前に消し飛ばせるだろう。

 

 とはいえ、そこから一直線に政庁まで行けるか、というとそういう訳でも無い。流石にガウェイン単独で租界中枢の防空システムを突破する事は難しいだろう。同時侵攻で地上から防空システムを潰さない限り、まず途中で撃墜される。その為には味方地上軍を租界に入れる為に防衛陣地をガウェインが焼き払う必要があり、そんな事をしていれば防空部隊は充分発進可能だ。

 

 ただし、その防空部隊でガウェインを落とせるか、となると厳しい部分がある。やはり、ガウェインの脅威度は高く見積もるべきだ。

 以上の見込みを頭に入れて、レオはガウェインを使った場合の租界侵攻ルートをいくつか提示して見せた。

 

 レオの話が終わると、コーネリアはそこで本国との通信を一旦切った。流石にこの一件はこの場で決定出来るような些事では無い、という事だった。

 

「さて、ご苦労だった、エルフォード。それで、もう一つだけお前に伝えねばならぬ事があるのだが……」

 

 すっかり話を終えた気になって退室後の行動を考えていたレオは、その言葉で執務室に引き止められた。

 次にコーネリアが発した言葉を聞くと、レオの表情が一変した。

 

「貴様の父君、エルフォード卿がお前を呼んでいるそうだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナリタ戦を終えて騒がしいのは、何もブリタニア側だけでは無かった。彼らと対峙する反ブリタニア勢力もまた……いや、ブリタニア以上に混乱し、動揺していたのだ。

 

「──日本解放戦線が全滅、か」

 

 かつて霊峰と名を馳せた富士山を包み込む重厚な銀色。フジヤマサクラダイトプラントの奥深くにおいて、長く重苦しい沈黙がこの数人の老人からなる集団を包み込んでいた。畳張りのその部屋は灯りを中央の囲炉裏に頼っているのみで、ほぼ闇の中と言っても良い。

 闇の中の灯火、とでも言うのだろうか。歳の割に何ともロマンチストな事である。エリアスはそう内心で失笑していた。

 

「それで、片瀬はどうなった」

 

 沈黙の後、ひとりの老人が口を開く。奥の闇の中に控えているエリアスは肩を竦めて、携えたファイルを老人に差し出した。

 

「片瀬少将、及び四聖剣の脱出は確認済みです。が、無頼改以下戦力と呼べる物はほぼ全て失い、離散。今は各々が地下に潜伏し、息を潜めている状態にあります。残存部隊のいくつかは黒の騎士団により救出されましたが……」

 

 ファイルには、ブリタニアの広報紙が何枚も挟まれていた。ほぼ全てがナリタ戦後のこの一週間以内に発行されたものであり、内容も全て、日本解放戦線の残党を処刑した、という内容のものである。こうも逐一宣伝されては、勝利宣言にしてもお互いうんざりして来るものだろに。

 

「生き残りすら許さんとは……」

 

 最も、この老人達……ナリタの重鎮達には効果は抜群だったようだ。ひとりの震える呟きが、全てを代弁していた。

 最早、この老人達の半分が既に心の中で敗北を認めている。

 

「待たれよ、逃走中とは言え、藤堂は未だ健在ですぞ!」

 

「然れども、無頼改まで失ったと。最早希望は……」

 

 だが、そんな中にあって不似合いな歳若い声が、その老人達に待ったを掛けた。

 

「希望なら、あります」

 

 老人達も、エリアスも思わずそちらに視線を向ける。簾の向こう側に座すひとりの少女。この部屋の中で最も若輩で、最も非力な者だけが、胸の内の希望を失っていない。

 

「黒の騎士団か……紅蓮弐式もそうだが、枢木スザク救出の件以来、ゼロにご執心ですな」

 

 何処か揶揄するようにまた老人が呟く。が、少女はただ黙って老人達と、その向こうのエリアスへと視線を向けた。

 

「……その黒の騎士団だが、エリアス」

 

 それまで無言を保っていた老人が、そこで初めて口を開いた。

 青い和服、隻腕。そして刀傷がはっきりの残ったその厳つい顔の彼の名は、榊原大和。エリアスの今の主君……を気取る、かの老師殿である。

 

「はっ」

 

 恭しく頭を下げてみせる。不要なまでの畏まった姿勢に、精一杯の嫌味を込める。こちらに背を向けたままのあの老師には分からない。座る向きの関係からして今のエリアスを視界に捉えているのは、あの少女のみ。

 

「かの組織が果たして日本の為になるか、否か。それを探る為に貴様を黒の騎士団に送り込み、貴様は見事黒の騎士団にて一定の地位を築いた訳だが……どうだ、あの者、ゼロの行く道と我が日本の行く道、重なっておるか」

 

「では、はっきりと申し上げます。現状この日本においた、黒の騎士団以外にブリタニアと戦える勢力は存在せず、またブリタニアに勝ち得る勢力は存在致しません」

 

「大きく出たな。だが、黒の騎士団は所詮新興勢力。寧ろ黒の騎士団を上手く用いて日本解放戦線を立て直す、という手も充分にあり得るだろう」

 

「ならば重ねて、そして畏れながら申し上げます。兼ねてより日本解放戦線は死に体、ナリタでの戦闘が無くとも、組織としても未来は御座いませんでした」

 

「ほう? 旧日本軍の最大勢力が……そこまで落ちぶれた、と?」

 

「一度負けていながら戦い方を変えれぬ者達、とうに敗北した思想にしがみ付いた者達です。数の大小に関わらず、時勢に取り残される未来しか無い者共に過ぎません。でなければ、ホテルジャックなどという事件を起こした草壁のような男が重鎮で居られる筈もありません」

 

「言いおる……が、事実だ」

 

 榊原の隣に座る禿頭の老人が、そう言って息を吐く。続けて何かを言いかけた老人も、榊原が肩を揺らすだけで一様に押し黙る。力関係、という物が如実に現れた格好になる。

 

「わしらとて、日本解放戦線の限界は承知していた。ただ、彼奴等以外にブリタニアと真っ当に戦える組織が存在しなかったから重用していたに過ぎん。片瀬も草壁も、良い将では無かったしな。しかし──」

 

 そこでその禿頭、桐原泰三は言葉を切ってエリアスに鋭い視線を投げた。キョウト六家の老人さえ威圧する視線に怯まず、エリアスは視線を投げ返す。

 

「果たしてゼロという男を信用して良いものか。面体を秘し続け、更にブリタニアのみならず、我々が支援する反ブリタニア組織すら攻撃するあやつを?」

 

「彼は、まごう事なきブリタニアの敵。ブリタニアを打倒せんとする男です」

 

 それは、自分への問いかけだ。そうエリアスは判断して即座に返す。その声に、ほぼ同時に別の声が重なった。

 

「──ゼロこそ、日本解放の希望たり得る人物ですわ」

 

「神楽耶殿……」

 

 簾の向こうの少女の声であった。桐原公と同様に彼女の影響力もまた強いようで、桐原公もそれを聞いてううむ、と唸った。

 

「……そうまで言われると、致し方あるまい」

 

「では──」

 

「うむ。では、儂が直々に会って見極めるとしよう。エリアス、黒の騎士団にその旨伝えよ」

 

「──はっ!」

 

 最敬礼の姿勢を取り、エリアスは老人達に頭を下げた。

 ……誰にも見られぬように、笑みを浮かべながら。

 

 

 

 

 

≪──そうか、上手く行ったか≫

 

「ああ、多少オーバーにあんたの事を宣伝しておいたよ。あとはそっち次第だ」

 

 件の()()()から十数分後。居間……と呼ぶには少々殺風景かつ広すぎる部屋の片隅で、エリアスは携帯端末越しにゼロへと報告を行っていた。

 そう、これこそが彼の目的。彼の忠誠は今や老師などではなく、黒の騎士団にある。この先の活動を控えてキョウトからの支援を引き出すべく、こうして滅多に顔を出さないキョウト本部へとわざわざ出向いたのだ。

 既に桐原はゼロと会う事を決定した。ゼロが要求したのはキョウト六家の重鎮との直接交渉の場であり、この時点でゼロの目論見は達成された事になる。

 

≪それに、桐原公を引き当てられたのは僥倖だ≫

 

「ほう? 最も力のある人物だから、ということか」

 

 眼前の窓の向こう、皮肉にも他ならぬブリタニアによって厳重に守られたプラントの景色を眺めながらエリアスは問い返した。

 

≪いや、桐原公ならば一番説得し易いし、個人的に信用させ易い。本当に良くやってくれた。完璧としか言いようが無い収穫だ≫

 

 ゼロが珍しくストレートに褒め称えて来る。それはそれで珍しいものではあるのだが、エリアスはその賛辞を素直に受け取ることは出来なかった。

 

「……桐原を引っ張り出したのは、俺じゃないがな」

 

≪何?≫

 

「皇神楽耶。キョウトの当主、象徴とも言える人物だ。黒の騎士団に紅蓮を回したのも彼女らしい。その彼女が、俺の意見に同調したのさ。随分とご執心の様子だよ、あれは」

 

 実質的に、老人達は神楽耶の言葉で態度を決めた、と言っても良かった。十代の少女、と言う事で他の六家の面々から軽んじられる事もあれど、貴い血を引く彼女の影響力は、ある種桐原公以上の物でもあるのだ。

 

≪それはそれは……私には身に覚えが無いが……≫

 

「あの子についても探りは入れてみるさ。で、他の面々は?」

 

≪中華連邦総領事館に向かっているところだそうだ。まだ到着の連絡は来ていない。到着してもどう転ぶかはあちらに行ったメンバー次第だが……まあ、こちらも玉城が行っている事位しか不安視はしていないな≫

 

「上手く行ってくれないと困る案件でもある。でないと黒の騎士団の戦力は欠けたままだ。誰かさんがヘマしたせいでな」

 

 エリアスが自嘲した。言うまでもなく、ナリタで破損した愛機白夜の事だ。

 

 現状、白夜は右腕部マニピュレータを破損した上各部へのダメージが著しく、現状の黒の騎士団スタッフでは修理不能、と言う結論に至っていた。更に言うと、白夜と同じようにナリタで敵の新型……通称白兜と対峙した紅蓮弐式も、主兵装たる右腕部輻射波動機構を損傷、同じく修理不能と判断されている。黒の騎士団のKMF戦力はこの紅蓮シリーズ二機以外には少数の無頼しか残っていない。つまり、現在の黒の騎士団の戦力は半分以下にまで減少していると言っても良い状態なのである。

 

 勿論、これまでのような“正義の味方”をやるのであればKMFすら要らないケースも多い。が、黒の騎士団はいつまでもゲットーの隅でコソコソと動いている訳にはいかない。騎士団の目的は、ブリタニアの打倒でもあるのだから。

 

 この局面において、黒の騎士団にある人物が接触を図って来ていた。名はラクシャータ・チャウラー。サイバネティクスの専門家であり、また天才的KMF技術者でもある。紅蓮シリーズの、そしてエリアスの戦闘義肢の生みの親だ。黒の騎士団としてもこれを逃す手は無い。

 

「そろそろ、腕もオーバーホールしたいところだしな」

 

≪ああ、キョウトを介してコンタクトを取る予定ではあったが、手間が省けたな……とりあえず、桐原公から詳細な日付を貰ったら戻ってくれて構わない。勿論、暫くそちらで旧交を温めるのも構わないが≫

 

「そんな相手は居ないよ。じゃあな」

 

 通話を切って、最後にもう一度プラントの景色を一瞥する。NACの名を借りてブリタニアに恭順を示し、ブリタニアによる防備の奥に隠れ、裏でレジスタンスに支援を行う。それがキョウトの実態だ。戦略的な是非はともかくとして、エリアスとしても、ゼロとしても正直気に入らない。やり方も、考え方も旧いのだ。

 

 面従腹背、安いものだ。だから、こいつらは勝てないんだよ。

 

 独りごちて、窓に背を向ける。同時に部屋の扉が音を立てて開き、隻腕の老人……榊原大和がずかずかと部屋に入って来た。

 

「エリアス」

 

「はっ」

 

「詳細な日時が確定した。これを、ゼロに届けるのだ」

 

 差し出された書簡を、エリアスは跪いて頭を下げ、恭しく受け取る。

 

「……それと、最近のお前の行動について、だ。一つ聞いておくが、お前は誰の部下だ? お前は誰に仕えているのか、分かっておるのか?」

 

 そうら来た。エリアスは何も答えなかった。

 

「そう、この儂、このキョウトに仕えておるのだ。決して、ゼロとやらでは無い。その事、ゆめゆめ忘れるなよ」

 

「はっ……」

 

「忘れぬ事だ。今の貴様が、一体誰のお陰でここにあるのかを」

 

 臆面も無く言ってのけた榊原は、答えを聞くことも無く踵を返した。嫌悪の表情を隠す意味も無くなったエリアスは、彼の消えた扉に殺意を込めた視線を向ける。

 

 忘れてはいないさ。誰のお陰で今があるのか……いや、一体誰が母を見捨てて、誰が自分を見捨てたのか。忘れるものか。エリアスもまた立ち上がり、反対側の扉から退室した。下層へ降りるエレベーターの中で、エリアスは一人、右の腕を持ち上げる。

 

 ああそうだ。今の俺が、復讐者としての俺があるのは貴様のお陰だよ、老師殿。

 貴様こそ忘れない事だ、榊原大和。俺は決して貴様の飼い犬などでは無い。貴様が俺を首輪付きにするのであれば、俺は狼となって貴様の手綱を喰い千切って見せよう。

 しゃらり、と右の手から銀の刃が覗く。暗殺用の隠し短剣、母が遺したブリタニア語の設計図を基に自作したものだ。

 

 どうせ、俺の裏切りの気配くらい察知しているのだろう? 榊原大和。どうせ、裏切りの対策くらいはしてあるのだろう? だが、関係ない。貴様の浅知恵など、俺は真正面から打ち砕く。そして俺の大鎌で、或いはこの刃で、貴様の喉を捩じ切ってみせる。

 

 ──絶対に、だ。貴様とて母の仇だ。

 

 誓いを新たに、エリアスは闇に沈んだ通路へ足を踏み出した。

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