エリア11は、芸術週間一色に染まりつつあった。
この芸術週間と言うのは前総督クロヴィスの設定した行事であり、元々は植民エリアの民草の無聊を慰めんと始まった物だった。現在は割と単なるお祭り行事と化した感のある行事であり、それ故に今年の開催は危ぶまれていた。文官肌のクロヴィスから軍人肌のコーネリアへと総督が移った、と言うのもあるし、ここのところ、エリア11は事件がなにかと多い。そもそも前総督クロヴィスが逝去したのもこの年の事。喪に服す、と言う意味でお祭り騒ぎは自粛した方が良いだろう、という向きも強かった。
それでも尚、芸術週間が例年通り執り行われたのは、副総督ユーフェミアの働きかけによるものが大きかったという。そもそもこの手の行事を予定通り行う事自体が、実情はどうあれエリア11の政情が安定している、と内外に示す事につながるのだから、とコーネリア総督もそれを許した。結果として、街は例年通り、この時期に特有の賑わいを見せていた。
「トード・キオシェーロ?」
そんな賑わう商店街の一角にある骨董品店の店内でショーケースに収められた意味不明の物品を眺めながら、榊原エリアスは小さく、素っ頓狂な声を上げた。
≪お前……C.Cと同じ事を言うのか≫
耳元に固定した携帯電話から、我らが盟主ゼロの声が聞こえる。苛立つ声に苦笑し、エリアスは店内の奥へと入りながら答えた。
「すまん、本当にそう聞こえた。発音気にした方が良いぞ? 機械を通して喋るんだ。もう少し正確に──」
≪ああ、分かった。分かったから本題に入るぞ≫
「了解。で? 彼がどうしたって?」
トード・キオシェーロ、もとい藤堂鏡志郎。かつての日本軍中佐、厳島基地所属の軍人である。
エリア11の反政府勢力に与する者の中で、この名を知らぬ者は居ない。七年前、“厳島の奇跡”と呼ばれる戦闘を指揮し、唯一ブリタニア軍を撃退、彼軍に土を付けた男だ。別名、奇跡の藤堂。戦後は直属の精鋭部隊“四聖剣”と共に日本解放戦線に所属し、ナリタ戦以来行方知れずとなっている。
現在ブリタニアも、そしてキョウトもその足取りを全力を以って探っている。多くの日本人にとって彼の影響力は絶大であり、それだけにブリタニアとしては捕らえれば反政府勢力の気勢を大いに削ぐ事が出来るし、逆にキョウトとしては絶対に失えない戦力と言える。そして、黒の騎士団もまた、彼を追っていた。
エリアスがセッティングしたキョウトとの面通しを終えて、黒の騎士団は現在正式にキョウト、即ちNACの支援を受けられるようになっていた。紅蓮シリーズの設計者ラクシャータ・チャウラーもまた黒の騎士団に合流し、紅蓮、白夜共に完全に修復が完了している。
しかし、ここに来てなおゼロの頭を悩ませる大問題がある。それは、人材不足である。
ナリタ戦以降、黒の騎士団は瓦解した日本解放戦線の残存戦力や各地のレジスタンスグループを傘下に収め、更に組織として肥大化しつつあった。もう、ゲットーでちまちまと抵抗運動を続けていた頃とは違う。組織が大きくなればそれに応じた階層構造や団規が必要になるのは当然の事。烏合の衆のままではまるで話にならない。ナリタ戦前のように団員を篩に掛けつつ、組織の再編が必要となって来る。
そうなって来ると、人材面の貧弱さが露骨に見えて来るようになった。“正義の味方”として立ち上がった黒の騎士団は、設立から間もないという事情も込みで全体的に年齢層が若い。組織の活力には繋がっても、そうやって活性化した組織を纏める人間は非常に少ない。
現在の幹部陣はと言うと、副官的な事をしている扇は人が良く生真面目、時として劇薬でもあるゼロの方針と団員たちとの衝突を良く抑えてくれているが、切れ者というタイプではない。残る古参、カレンだの南だの面々はナイトメアのパイロットや工作員としての能力はあれど、指揮官としての能力は希薄だ。そしてエリアス自身も、やはりゼロに代わり前線で指揮を執るとなるとその自信は無い。自分で言うのも言い訳じみていてどうかと思うが、そもそも、自分は単独戦闘型なのだ。
要するに、例えばブリタニアにおいてゼロの立ち位置に居るのがコーネリアだとすると、その脇を支えるダールトンやギルフォード、アレックスのようなポジションの人間が絶対的に不足しているのだ。故にゼロは以前にも増して人材の発掘に注力しており、つい先日も、ディートハルト・リートなるブリタニア人変節者を迎え入れたばかりだ。
……このディートハルト、ただの変態かと思えばそうでもない。元々ブリタニアの国営TV局に務めていた男で、ナリタ戦の頃からブリタニアの情報を黒の騎士団に流していた男だ。いわゆる帝政に反対する共和主義者なのかと言えば別にそう言うわけでもない、なかなか底の見えない人物ではあるが、先日行われたトーキョー埠頭での作戦以来黒の騎士団入りした彼は、その才覚を存分に発揮し、黒の騎士団の再編成に大いに貢献している。ブリタニア人と言う事で団員からの人望は正直薄いのだが、その能力は誰もが認めるものであった。
だが、ディートハルトは軍人ではない。幕僚としては優秀かも知れないがやはり前線指揮官としては彼は適任では無く、それだけに藤堂という人材は、黒の騎士団としても喉から手が出る程に欲しい人材であった。
≪奴の部下……四聖剣が黒の騎士団に泣きついて来た。藤堂はゲットーに潜伏中、ブリタニア軍に発見され逮捕されたらしい。どうやら、ブリタニアの諜報部の方が上手だったようだな≫
諜報部、と聞いて、エリアスの脳裏に過ぎるものがあった。神楽坂大河を捕らえた男。神楽坂と言えばそれまで幾度もブリタニアの追跡を逃れ続けた男だったのだが、その尻尾をあっさりと掴んだ。
今回も、奴が……?
あの蒼ざめた髪の男を想起しつつ、エリアスは知らず、義手の拳を握り締める。
≪軍事裁判が行われたのが一昨日で、判決は勿論死刑。処刑予定日は今夜だ。で、四聖剣は藤堂が収監されているチョウフ収容所の情報も寄越して来た≫
そこまで情報が揃っていながら、四聖剣には藤堂を救い出す力が無い。当然の事だ。母体組織たる日本解放戦線は、埠頭で片瀬の乗るタンカーが、積荷の流体サクラダイトの爆発によってブリタニア海軍諸共完全に消滅している。四聖剣は最後の頼みとして黒の騎士団を頼った訳だ。
「それはそれは……良かったじゃないか。欲しかったカードが──」
≪──向こうからこちらに来てくれた。これを逃す手は無いぞ≫
集結方法と合流地点、軽い作戦説明を述べて、ゼロは通話を切った。すると、それまで店の奥で沈黙を保っていた店主がこちらを向いて来る。
「お話は済んだのかい」
「ああ。商談中に悪いな。仕事だ」
そう言うと、エリアスは彼の案内で店の奥へと入って行った。地下へ繋がる階段を降り、防音扉を抜けると、そこは壁という壁に様々な武器、兵器が立ち並ぶちょっとした武器庫のようになっていた。
この店主は、密かに黒の騎士団への支援を行っている人物であった。無論、ゼロのギアスによって。彼は黒の騎士団への武器の横流しのみならず、ゲットーと租界を繋ぐ地下通路をも提供してくれていた。
元々、ゲットーの方にも銃を売って小銭を稼いでいた男である。地下通路は武器庫の更に奥に存在しており、エリアスはこれを使ってゲットーと租界とを行き来していた。他にもカレン他何名かの団員がこの通路を使っているらしいが、今回、エリアスはゲットーへの移動のみならず、銃についての用件がここにあった。
店主が武器庫の照明を灯すのを待ってから、エリアスは作業台の上に愛用のマシンピストルを置く。度重なる激戦で各部にガタが来はじめたそれを、店主は物珍しげに見つめる。
「
「ああ、友達の形見で、壊れるまでは使ってやりたいんだよ。というわけでオーバーホールを頼みたい。こっちには部品も時間も無いからな。二日で出来るか?」
いつもならば部品だけ買ってアジトに戻ってから自分の手で整備する所だが、藤堂の一件で予定を変える必要に迫られた。この銃の部品自体もそうそう手に入らないし、これから作戦に向けての準備に入らなければならないエリアスには、今夜までに銃をオーバーホールする時間が無い。
「問題ありません。幸い部品の在庫は一通り揃っています」
「じゃあ、明後日に取りに来る。あと、代わりの銃を。拳銃で良い」
「かしこまりました。では、ブルームはこちらでお預かりして……生憎同じ物は用意できないのですが、どのような銃がお好みで?」
「マシンピストルじゃなくて良い。昔と違ってバイクから
そう言いつつ、店主が武器庫の奥から取り出した拳銃を受け取って構えて見る。SAG社のRナンバーシリーズ、モデル662。帝国軍制式サイドアームとして採用されているモデルの民生品だ。
黒の騎士団の武器事情については、殆どを旧日本軍から流出した中古品か、キョウトの秘密工場で作られた物、或いはごく少数が中華連邦、EUからの密輸品を使用する者、と言った分布で、ブリタニア製の物を使用する者はエリアスと、後はゼロしか居ない。ゼロが何故ブリタニア軍制式拳銃を使うのかは知らないが、エリアスの場合は店主に告げた通り、友達……つまり共にあの実験施設で囚われていた仲間の物だ。このマシンピストルには、彼の怒り、無念、悲しみが込められている。だから最後まで使ってやりたい。力尽きるその日まで、この銃でブリタニアへ銃弾を撃ち込んでやりたい。
「……リボルバー無いか? 意外と使う機会無いから、とりあえず信頼性重視で行きたい──ああ、あと黒を頼む。シルバーは目立つ」
手にした自動拳銃を返しながらエリアスは言った。そもそも、大体のケースにおいて自分はナイトメアに乗っているか、降りて戦うにしても
店主と何やかやと言葉を交わしながら、幾つかの回転式拳銃を手に取っては構えるなりリロードアクションを試すなりしてみる。そうこうしているうちに、防音扉の上にある装置がブザーを鳴らした。横に備えられたモニターに映る監視カメラの映像に、店の戸が開いて誰かが入って来る様子が映っていた。店主の計らいで閉店の札が掛かっている筈だから、よほどの事で無ければ人が入って来る可能性は一つしかない。ちょっと失礼、と言い残して店主が上階に消える。間もなく再び防音扉が開き、店主ともう一人、先程映像に映っていた人物が武器庫に入って来た。
「誰かと思えば……カレン、お前か」
入って来たのは、赤髪の少女。大人しげな、儚ささえも漂うその少女を見れば、恐らく彼女の名を知る大多数の団員はひっくり返るだろう。
彼女の名は、紅月カレン。紅蓮弐式を手足の如く操りサザーランドもグロースターも容易く打ち砕く、黒の騎士団のエースパイロットである。
快活、直情的な性格で、普段は動き易さ最重視でホットパンツなど履いている彼女が、今はまるで深窓の令嬢か何かのような見た目をしている。対外的な偽装なのだが、これで学校に通っている間彼女が内心どういう気分で居るのかと思うと、正直笑えて来る。
「あら、貴方も居たの? ちょうど良かった。貴方にも──」
「──さっき連絡は受けたよ。今夜のパーティ。当然参加だ」
言いつつ、これだ、と選んだ銃を店主に渡す。
H&D社製のリボルバー、モデルNo.19。幅広い層に愛好され、ブリタニアやエリア11の警官達にも広く用いられているモデル。別に珍しくもなんとも無い銃であり、弾もパーツも、調達は容易だ。弾と専用ホルスターを一緒に添えて、エリアスはそれを購入した。
銃の選定を終えて、エリアスとカレンは武器庫の脇に備え付けられた扉に消えた。二人が消えると、店主は上階に戻り、閉店の札をひっくり返した。
「にしても、今夜いきなり、か」
買ったばかりのリボルバーをホルスターに収めて、エリアスが呟いた。地下通路には古びた照明が点々と灯っており、とりあえず足元は見える。それなりの期間非合法活動に携わっていただけに、二人とも薄暗い中での行動は慣れていた。
「それだけ向こうも急いでるって事ね……藤堂中佐と言えば、私達日本人の希望だもの。ブリタニアもそう長く生かしておくつもりは無いんでしょ」
そう言うカレンは、もうあの名門校の制服は着ていない。いつもの扇状的ですらある格好だ。お淑やかさなど知った事かと彼方へフルスイング。よほど窮屈だったのか、先程から肩を解すなり腕を伸ばすなりし続けていた。ストレート気味に纏めていた髪も、今や見る影も無く各々好き勝手な方を向いて……もとい、本来のあるべき姿形を取り戻している。
ゲットーに出ると、エリアスは用意していた外套を着込んで目深にフードを被った。カレンも彼に倣うように、取り出した帽子を目深に被る。混血である二人の顔立ちは、ほぼブリタニア人と言って過言では無い。だからこそ租界でもそれなりに動ける訳だが、それはつまり、日本人の中では彼らは相当に浮く、と言う事でもある。他の日本人達の目もそうだが、恐らくゲットーに潜んでいるであろうブリタニア諜報部に目を付けられてもたまらない。
最もフードを被った格好も、常識的にはそれはそれで不審者にしか見えない格好ではあるのだが、思いの外、ゲットーではそう言う格好の人間は割と良く見かける。理由は様々で、七年前の戦争で大きな傷がある者や、そもそも着る物をろくに用意できない者も居る。なので案外、こう言う格好でも目立たない。
人通りに紛れて大通り……いや、正規の道でも何でも無く、ただ多くの人が列を作り歩いているだけの場所を抜けたところで、二人の前に古びた軽自動車が停まった。戦前から使われているのであろうそれは、最早塗装は剥げ、幾つものパーツが応急的に取り付けられたジャンク品で補われている状態だった。これでもゲットーにおいてはだいぶ状態の良い方である。その運転席に座る人間には、二人とも見覚えがあった。
「井上さん!」
「こんにちは、お二人さん。乗ってかない?」
井上と呼ばれるその女性は、黒の騎士団の古株だ。玉城や扇同様、前身のレジスタンスグループの頃からずっと反ブリタニア活動に身を投じているらしい。彼女の好意に甘えて……というのは少し事実と違うか。彼女は今夜の作戦に備えて、二人を迎えに来たのだろう……車に乗る。助手席に、もう一人先客が居たのにその時初めて気付く。
「よう、ちょうど俺たちも合流場所に向かう予定だったんでな。ディートハルトの野郎が迎えに行ってやれって」
杉山と呼ばれる彼も、古株の一人だ。井上と杉山、割と頻繁に一緒になって行動しているこの二人については、団員の中で“絶対付き合ってる”という説が密かに囁かれている。
「ありがとうございます。助かりました」
「いいって事よ。で、エリアスの方はどうだった? 例の箒」
話題を向けられて、エリアスは半ば意識して、露骨なまでに顔を背けた。二人共カレンが相手してくれるだろう、と思っていたのだが。そもそも何故自分の行動予定が杉山なんぞに漏れているのか。
車内にごく短い沈黙が流れる。流石にこの空気はカレンにも悪いと思って、エリアスはホルスターから買ったばかりの19リボルバーを取り出して見せてやる。
「お、イチキューじゃん! 悪くないチョイスだと思うぞ。て事はあの箒はメンテにでも出した?」
こくり、と頷く。そうすると杉山は突然活きいきとカレンに、或いは運転中の井上にブルームやら19やらについての蘊蓄をぶちまけ始める。ガンマニア杉山、と仲間内から呼ばれる由縁がこれである。若干引き気味のカレン。井上は井上で慣れたものなのか、適当に相槌を打ちながら受け流している。
「……やめなさいよ、さっきみたいなの」
杉山の話が続く中で、カレンは小さくエリアスに言った。
「何が」
「二人とも同じ目的で戦う仲間なんだからさ。さっきのだけじゃなくて、いつもそうだけど」
またその説教か、とうんざりして車の外へ視線を向ける。カレンも溜息を吐いて、それ以上何も言わなかった。まあ、ちょうど杉山が話を振って来たのもあるだろうが。
……玉城はともかく、井上や杉山個人に決して悪い感情を持っている訳ではない。二人とも、いや黒の騎士団の仲間は皆良い奴だし、何か恨みがある訳ではない。玉城はともかく。それでも、エリアスはどうしても皆に対して仲間意識というものを持つ事は出来ない。
それは、やはりエリアス自身の経験に基づくものだ。その人生の始まりをブリタニアで迎え、そしてその人生をブリタニアに破壊された彼は、そこから逃げ延びた日本の地に一度は希望を見出した。だが、母の故国であったはずの日本は、二人を拒絶した。敵国に魂を売った売女、そして誇り高き日本の血に、薄汚く穢れた血の混じった不純物である息子。女一人で、身体が不自由なエリアスを育てる為に、母は何でもした。そう──何でも。母のその努力を……屈辱に塗れた足掻きを、日本人達は嗤った。魂だけでなく、身体さえ売るようになった本物の売女だ、と。
最後に母の命を奪いに現れたのは、ブリタニア人の父だ。剣術に長けていた筈の母は、その得意とする剣術で父に敗れた。敗因は決して、当人らの技量の差などではない。母の身体は限界を迎えていた。母の心身をそこまで衰えさせたのは、母を虐げた日本人どもだ。
だからエリアスの心の中には、ブリタニアへの復讐心の他に、日本人への復讐心が同時に存在する。自分を弄んだブリタニアへの復讐、母を虐げた日本への復讐。例えその果てにあるのがエリアス自身の破滅だろうと、この復讐は必ず果たす。母の墓前で、エリアスはそう決めていた。だから、その日本人達と仲良くなど出来るはずは無いのだ。未来永劫、いつまでも。
合流予定地点にはまだ着かないというのに、廃ビル郡の一角で井上は車を停めた。外を見れば、ビルの一角に子供達が群がっている。そして彼らの前に黒板を立てて、子供達に語りかける男、扇要の姿。
戦前は教師として食っていた現黒の騎士団幹部は、戦前に使っていたのであろう白のワイシャツ姿で子供達に算数を教えていた。正直なところ、レジスタンスなんぞよりも余程似合っている。
「あれ、扇さん?」
「ついでに扇も拾って来いって言われててさ。後ろ狭くなるけど、我慢してくれや。おーい、扇!」
杉山の呼び掛けに気付くと、扇は黒板を叩いて子供達に何やら言葉を掛けた。まあ、授業終了ということで宿題でも出しているのだろう。「先生さようなら」などと真面目に学校じみた事をやっている子供達の姿を見ると、井上も杉山も、カレンも頬を綻ばせる。エリアスはそうはならない。他の三人は自身の経験を懐かしんでいるが、エリアスにそんな経験は無い。
……あの年齢の頃なら、ちょうどブリタニアで実験を受けていた頃だろうか。そんな事を、ふと考えた。
「やあ皆、わざわざすまないな、迎えに来てもらっちゃって」
「気にすんなよ。それより早く行こうぜ。幹事殿は遅刻に煩いだろうし」
扇の座るスペースを作るため、カレンがエリアスのすぐ横に詰めた。エリアスも一応端に詰めてやり、大柄な扇が尻を埋められる程度の隙間は出来た。が、扇は扇で遠慮して車の反対端で縮こまるようにして座っており、結果として案外スペースが余る。車が走り出して暫く経つとカレンもそれに気付き、気恥ずかしそうにそれとなくエリアスから離れた。
前言を撤回しよう。本来の彼女にも、貞淑さと言うものは一応あるようだ。……などと、カレン本人に知られれば間違いなくアッパーでぶっ飛ばされるような事を考えてしまう。
合流ポイントである旧駅構内では、既にKMFの組み立てが始まっていた。線路の上では無頼、そしてキョウトより提供された上位機種の無頼改が立ち並び、更に奥には組み立て途中の紅蓮弐式が、その更に奥で組み立てを待っている白夜のコンテナがある。到着報告を終えると、エリアスは未だバラバラ状態の愛機の元へ走った。
「お、来たなエリアス。悪いけどもうちょい待ってくれや。紅蓮が終わらん事には手が付けられん」
紅蓮、そして白夜は、無頼とは性能も構造も違う。開発者ラクシャータの合流以来、紅蓮シリーズの整備、移送、組み立てには彼女が連れて来た専門スタッフのみが関わるようになっていた。殆どはインド軍区の人間でエリアスとしても以前より心理的抵抗は少ないが、いかんせん手が足りない。しかも、今回彼らが関わるべき機体はこの二騎だけではない。エリアスは申し訳なさそうにするスタッフから視線を外し、ホームを跨いだ別の線路上を見た。そこに、無頼とも、紅蓮ともまた違う機体が五騎、器用にも正座の姿勢で整列していた。
紅蓮と違う、と言ってもベースになったのはやはり紅蓮であり、ラクシャータ謹製、紅蓮シリーズに連なる機体である。シンプル化はされているが紅蓮や白夜と似通った構造を持つその青灰色の機体の名は、月下。紅蓮や白夜を経て誕生した、紅蓮シリーズの生産型、と言った立ち位置になるであろう機種である。
「月下には、誰が?」
「ああ、四聖剣と藤堂中佐だとさ。ほれ、先頭に黒いのが居るだろ? 藤堂中佐はあれに乗って貰う事になる。全部の月下が、無頼改のデータから取った各員のデータで調整されてるから、藤堂中佐ならぶっつけ本番で乗りこなしてくれる筈だ」
「何だ、黒いからゼロでも乗るのかと」
「まあそう言う案もあったんだがな。だから……奥のコンテナから青い奴の頭が見えてるだろ? 先行試作機なんだが、あれをゼロ用に調整するのしないのって話も上がっててさ──」
そうこうしているうちに、紅蓮の組み立てを終えたスタッフが白夜のコンテナに群がり始めた。作業の邪魔にならぬよう、エリアスは機体から離れた。
「そっち、まだ掛かりそう?」
そう背後から呼び掛けたのはカレンだった。ラクシャータが用意した赤いプロテクションスーツに着替え、愛機の元へ向かう所なのだろう。
因みに、全身一体構造のプロテクションスーツは絶対に喪えないエースパイロット達、紅蓮シリーズの搭乗者にのみ用意されている。即ち四聖剣とカレン。元々はエリアスにも用意されていたが、義手義足を常用しいざとなればこれらを切り離す事で被害を抑える必要がある彼にこの上下一体型のスーツは邪魔になるだけだ。その為エリアスにはこのスーツではなく、ベスト状の簡易型が用意されていた。
「今からだよ。組み上がったら一通り起動テストしてやらないと。お前はこれからか?」
「ええ。それじゃあ、今回もよろしくね」
こつん、と互いの拳をぶつける。仲間同士でやる事そのものだ。
「ああ。お前も死ぬなよ。話し相手が本格的に居なくなる」
過ぎ去る彼女の背中を見つめながら、エリアスは溜息を吐く。
カレンとの付き合いは意外と短くはない。かの老師殿の手駒として動いていた頃、幾度か共に戦った事がある。当時からカレンはミューラーの所から流れて来たグラスゴーを駆っていて、エリアスは老師の用意した無頼を使っていた。数少ないKMF騎乗経験者同士、何よりも同じ日武ハーフという事で、エリアスにとっては数少ない、本音が話せる相手だった。
だが、彼女は明確に、自らを日本人と規定している。ブリタニアを敵視している点は変わらないが、彼女にはある日本への帰属意識は、エリアスには無い。
そして、日本人とは母を殺した者共のことだ。
車の中でもカレンに咎められた事だが、正直エリアスには団員たちとの付き合い方が分からない。彼ら個人には敵意は無くとも、彼らは母を拒否した日本に帰属する者達なのだ。だが……。
いずれ結論は付けねばならない。だが、その結論の見つけ方さえ、今のエリアスには分からなかった。
ブリタニア軍、チョウフ基地。収容所の設けられたこの基地の警戒はいつになく厳重であった。
理由は明白である。ここに、一人の男が収監されているからだ。収容所区画のとある独房に、その男は座していた。
短く切り詰められた黒髪、切れ長の眼。戦いの中で歳月を重ねたその精悍なその風貌は古のエリア11に存在したというサムライなる戦士の姿を思わせる。
男は暫くの間、瞑想するかの如く瞑目していた。が、鞘に納められた刀剣を手に持ったその若者が独房の前に立った途端、眼を開いて若者を睨んだ。
「……貴様のその刀、どこで手に入れた?」
日本語で問い掛けて、それから思い出したかのようにブリタニア語で同じ問いを繰り返す。若者はちら、と手に持った刀剣を見遣った。
「私には見覚えがある。その刀も、その刀の遣い手だった女も」
「知らないさ。敗死した人間の事など」
若者は慇懃に答えた。その直後、微かに足元の揺らぎを感じて二人は同時に同じ方向に顔を向けた。
「……なるほど、既に死んだ男でも、彼らにとって利用価値はある、という事だ。人気者は辛いな、トードー」
トードーと呼ばれた男は何も答えなかった。やがてしばしの沈黙の後扉が開き、その若者よりもさらに歳下の女性士官が入って来た。
「お兄様、敵襲です。恐らくは、この男を狙っての行動かと。アスミック卿及びロイド伯からはナハトの出撃準備を、と」
「了解した。折角の新装備、実戦テストと行こうか」
マントを翻し、二人はトードーの前から立ち去った。誰も居なくなった空間で、トードーはひとり呟いた。
「そうか……あれが、美咲の嫁ぎ先の貴族の……」