──深夜。爆炎と共に、黒の騎士団は攻撃を開始した。部隊は三つに分けられ、一つが西側ゲート周辺を攻撃し敵の注意を引き、もう一つが遅れて北側ゲートを制圧。そして、最後の一隊は四聖剣と紅蓮弐式、それから藤堂用の月下を格納したトレーラーのみの少数精鋭で、敵が二方向に分散した隙を突いて、東側より強行突入を行う。突入部隊の退路は北側ゲートを想定しており、北側制圧部隊は退路の確保が役目となる。
今回の作戦ではエリアスは突入部隊……トレーラーの運転担当である。いつでも最大速力を発揮出来るよう割と無茶苦茶なチューンを施されたそのトレーラーに乗り込んだエリアスは、フロントガラスの向こう側で戦端が開きつつあるのをじっと見つめていた。
藤堂鏡志郎の日本人に対する影響力は、当然ブリタニアも理解している。折しも古今の情勢悪化につけ込む形で中華連邦の水面下での介入が活発化し、その関係で騒がしくなったホクリクの平定の為に総督コーネリアは租界を留守にしている。処刑当日というこの反政府組織にとっての最後のチャンスに、ブリタニアが万全の防衛体制を敷いているのは当然の対応であった。
留守中、治安維持に関する指揮を執るのはダールトン。チョウフ基地の守備隊を指揮するのはアレックス。どちらも侮れない相手である。奇襲作戦により藤堂を奪還する、というゼロの策は、実質的に時間との戦いであった。
≪K-1、及びK-2! 側面の警護隊を任せる。こちらが貸した分の貸しは返してもらうぞ≫
≪承知!≫
ゲートをぶち抜いて、四聖剣が駆る月下が収容所内部へと突入する。戦域にジャミングが発生し、更に目視は出来なくとも、戦線の各KMFからのデータリンクにより、手元の端末で戦闘の様子が確認出来た。四聖剣の月下に対し警護隊のサザーランドが弾幕を展開するが、その射線の先に居るべき月下はサザーランドを見事なフォーメーションで翻弄し続けており、サザーランドは無様に射線を振り回すだけ。そうこうしているうちに月下は距離を詰めて、サザーランドを両断する。彼我の技量差が如実に現れた、哀れなほどに一方的な戦闘であった。
「これはこれは、流石は四聖剣。虚名では無いようだな……っと」
壁の向こうから、曳航弾がパターンを刻んで、夜空に打ち上げられる。侵入した月下からの合図だ。即ち警護隊の排除完了、直ちに突入開始せよ。エリアスは全速力でトレーラーを発進させて、進路上のあらゆる物を弾き飛ばしながら防護壁へと突き進んだ。
トレーラーには現在、藤堂の月下だけでなくエリアスの白夜も搭載されている。その白夜はコンテナ内ではなくコンテナの上で匍匐体勢を取る形で固定されており、手にしたKMF用大口径キャノンを進行方向へと向けていた。エリアスは壁面目掛けてトレーラーを爆走させながら手元のスイッチを押し、白夜のキャノンを遠隔操作で発射する。流石にこの距離でそんなものをぶち当てられては防護壁はひとたまりもなく、派手な轟音と共に壁面に大穴が空いた。
同時に飛散した破片でトレーラーのフロントガラスが粉砕され、エリアスはハンドルをオートモードに設定して両腕、特に義手の方の腕で顔面をガードした。破片の幾つかが真紅色の義手に傷を付ける。
プラン上、こうするしかゼロの行動に間に合わせる暇が無かったから、エリアスがトレーラーの運転役になったのだ。生身の腕と違い、多分無茶をしても義手の機能が損なわれる事はない。車体、運転手共になかなか悲惨な状態になりつつも、トレーラーは出来上がった大穴を通り抜けて収容所に突入した。その両脇に、先行していた月下が付く。
「トレーラーより先行隊、収容所内部に突入した。そっちはどうだ」
義手で破片を払い除けて、再びステアリングを握る。キャブ部分は全体として大破寸前、少なくとも助手席は使い物にならなくなっていたが、どのみちこの車は使い捨てるのだから問題あるまい。
≪こちら紅蓮。今中佐を無頼に移譲させる所。予定通りポイントD-06にて合流を≫
「トレーラー了解。月下各機、エスコート頼む」
言われるまでも無い、と言わんばかりに二機の月下がトレーラーの左右前方に着いた。既に各所で黒の騎士団による攻撃が始まっており、あちこちで黒煙が上がっている。収容所には備え付けの飛行場があり、そこに防衛戦力が駐屯しているが、そちらの制圧も完了したようで、管制塔から黒煙が上がっているのが見えた。
合流地点までのルート上に、動いている敵機は見当たらなかった。トレーラーを走らせつつ、エリアスは先ほどのキャノンのコントローラーの裏のボタンを押した。白夜の腕部からキャノンが脱落し、地面に転がって弾け飛ぶ。同時に白夜本体の固定も半分が解除されたことで、最悪の場合白夜本体のパワーだけで拘束を引きちぎれるようになる。
前方に黒煙を上げる収容施設──目標である藤堂の囚われている施設を確認すると、エリアスはトレーラーをドリフトさせ、コンテナを何かに叩きつけるかのようにして前後反転し停車した。同時にコンテナ開閉キーを押して、先程の無茶な突入のせいでズタズタになったシートベルトを外して車外へ飛び出る。
エリアスがコンテナの上に登るのと、ゼロの無頼が藤堂を運んで来るのはほぼ同時だった。藤堂が機外に姿を現すと、集まっていた四聖剣がその周囲を固め、機体のコックピットハッチを開いて姿を見せた。
「中佐!」
「お帰りなさい、藤堂さん」
「皆、手間を掛けさせたな」
「安いものです」
短い会話の中に、彼らの間にある絆の強さが感じ取れる。出撃前の事もあってどこか羨ましさに似た感覚を覚えながら、エリアスは白夜のコックピットに入った。
コアルミナス、始動。メインシステム 戦闘モード起動。メインカメラが起動し、エリアスは白夜をトレーラーの上に起立させる。
≪白夜、起動完了≫
≪よし。目的は達成した。ルート3を使い離脱を開始する。白夜は先行し──≫
と、ゼロの指示はそこで途切れた。更に、モニターを横切る黒い影。スラッシュハーケンだった。それも、ゼロの無頼を狙って放たれた物。
エリアスより先に、カレンがそれに反応した。紅蓮の脚がアスファルトの地を蹴り、近接戦装備である呂号乙型特斬刀で宙に躍り出てスラッシュハーケンを弾き返す。軌道を変えられたハーケンは僅かな時間空中を泳ぎ、直後、すぐに巻き戻される。巻き戻った先……遥か前方から猛然と接近して来るのは──
「白兜……っ」
≪どうして、あいつがここに……!?≫
白兜と呼ばれる、ブリタニアの新型KMF。ナリタと言い埠頭と言い、黒の騎士団は結成以来このKMFに幾度となく妨害されて来た。ある意味で、現時点における黒の騎士団最大の脅威。因縁の相手の出現に、カレンは驚いたように、そしてゼロは不敵な笑みと共に呟いた。
≪これはこれは……残った問題が自ら出て来てくれるとは≫
接近して来る白兜に向けて、エリアスは白夜を走らせた。カレンが後に続く。無論、藤堂と四聖剣の月下も一緒だ。だが白兜の動きは相変わらず尋常ではなく、性能的には白兜とそう変わらないであろう紅蓮と白夜、月下五騎全てを相手取って、なお一歩も引けを取らない。紅蓮の輻射波動を回避してエリアスの大鎌を受け止め、右に左に月下と剣を交えつつ、隙を見せればかなり際どい一撃を放って来る。数合当たっただけで、既にエリアスは二度程隙を突かれそうになっている。
やはり手強い、と判断し、エリアスは一度後退しゼロの無頼へカメラを向けた。作戦目的は達成している。この場に留まってこの強敵とやり合う意味はあるのか、と。
「ゼロ、これ以上の小競り合いに意味は無いだろう。この辺りで撤収するのが賢明だと思うが」
≪その通り……と言いたいが、アレには私も何度も煮湯を飲まされたのでな。ここで完全に潰しておきたい≫
≪ゼロ、この機体に関する情報は持っているか≫
今度は藤堂が月下の無線で問い掛けた。初乗りだというのに、すでに月下のパフォーマンスを余す事なく発揮させている。並大抵の腕前ではないことが窺える。
≪打つ手はある。ここは私の指示に従って欲しいが──?≫
と、ゼロは不自然に言葉を切った。藤堂はそれを問い掛けと受け取って「わかった」と答えるが、エリアスは素早く無頼に近寄って、マニピュレーターで平手を作り無頼の胴体に押し当てた。接触回線起動の表示がモニターに表示される。マニピュレーターのコネクタと機体本体のコネクタとの有線接続通信だ。お互いの機体にしか通じない。
「……何かあったか?」
≪北側ゲート制圧部隊からの連絡が無い。データリンクも途切れている≫
退路の確保を行う部隊は、この作戦のもう一つの要とも言える存在だ。彼らがしくじれば、突入部隊は基地に閉じ込められたまま、逃げることも出来ずすり潰される末路を辿る。故に、その部隊との連絡が取れないというのは危険な兆候だ。
エリアスは月下と紅蓮と撃剣を繰り広げている白兜を警戒しつつ、北側ゲートの方向へカメラを向けた。
……白夜の速力なら、うまく施設を壁にすれば、白兜に気付かれぬように離脱出来るかもしれない。
「わかった。俺が見てくる」
≪いや、単騎では危険だ。四聖剣の一人を……≫
ゼロの懸念は理解出来る。ナリタでは、同じようなケースで単騎で先行し、結果白夜を破損させてしまったのだ。だが、状況的に自分の白夜しか動けないのは明らかだった。
「無理だ。全員白兜にマークされてる。元々白兜の狙いはお前だろうし、お前が消えれば白兜は確実にお前を追う。俺がやるしか無いだろう」
≪……分かった、隙を見てもう一、二騎戦闘から離脱させてそちらに向かわせる。白夜の通信能力なら多少離れても通信可能な筈だろう、情報は逐次こちらに送れ≫
「了解した」
ゼロの号令の下、月下と紅蓮が一斉に白兜から距離を取り、ゼロの無頼を先頭に隣接する飛行場へと移動を始めた。白兜もそれを追う。悟られぬ内に、エリアスは集団から離脱して、建造物の合間へと白夜を疾走させた。戦域から離れて、施設を回り込むように北上する。管制塔を抜けたところで二騎のサザーランドが行く手に立ち塞がったが、照準コンピュータ頼みの射線をくぐり抜けて大鎌を振るだけで良かった。サザーランドは胸部を斜めに断ち切られ、上半身が脱落する。下半身だけのサザーランドがなおも前進を続け壁面に激突するのを尻目に、エリアスは北側ゲートにまで一気に駆け抜けた。
最初に視界に飛び込んで来たのは、横倒しになって炎上するブリタニアの戦闘車両だった。どの車輌にも、チョウフ警護隊の所属である事を示すマーキングが記されている。どうも、警護隊の殲滅、ゲートの制圧自体には成功していたらしい。
と、同時に通信が途切れた理由も分かった。戦闘車両の残骸に紛れて、黒の騎士団が使用する通信中継車が横転し炎上しているのを見つけた。ジャミングにより敵に電子的撹乱を行うまでは良いが、無頼、無頼改の電子装備ではこれに対応出来ずブリタニア軍諸共電子的盲目状態に陥ってしまう。故に今回の作戦ではその役割を補い、遠方の味方からのデータリンクについても中継できる存在が用意された。それがこの車輌だ。
「……ゼロ、中継車がやられていた。信号が途切れた理由はこれだ」
中継車が炎上していた地点はゲートのすぐそば、本当ならば警護隊の防御陣地の只中だ。中継車は本来味方陣地の後方に位置し、その場の戦闘指揮を兼任するのが役割だ。ここから推察するに、中継車はゲートの制圧が完了し、ゲート側の防衛陣地の内側に入った所で撃破されたのだろう。それは一体何故なのか。
疑問はまだ残る。北側ゲートからあの収容所までそう大した距離はない。ゲートを制圧したならば味方の内誰かがゼロの下に接近すれば良い。近距離通信なら無頼でもゼロに連絡が可能だ。
……まあ、結果論として白兜にやられていた可能性はあるものの。
「だが色々と状況が見えない。味方機の姿も見えないし、相討ちにでもなったのか……兎に角、俺がここの制圧を維持する。味方の増援は要らないから、白兜を潰したらいつでも──っ!?」
瞬間、エリアスは白夜を急速後退させた。直後、一瞬前まで白夜の頭部があった空間を一筋の閃光が貫く。路面に大穴を開けたその攻撃を、エリアスは既に知っていた。白兜が装備しているものと同等のライフルだ。だが、周囲を索敵しても敵影は見えない。射点と思われる方角に対し機体を遮蔽物に隠しながら、エリアスは通信を再び起動した。
「前言撤回、今狙撃を受けた。撃ち抜かれたくなければこっちには来るな」
だが、返答は無かった。不審に思い周波数を合わせ直してみても、レシーバーに届くのは微かな戦闘音と思しきノイズのみ。二、三度呼び掛けを繰り返して返答が無いと知ると、今度はカレンの紅蓮に対して呼び掛けを試みた。
「Q-1、急にゼロに連絡が取れなくなった。何があった、やられたのか?」
≪こちらQ-1、分からない! 撃破はされてないんだけど、突然……待って! ゼロの指示を!≫
≪待てない! 仙波大尉、旋回活殺自在刃を!≫
現場は明らかに混乱の中にあった。恐らく、白兜が何かをしたのだ。それによってゼロの指示が途絶え、四聖剣は即座に自由戦闘を開始した。指揮官の機能不全により部隊全体の動きが止まる事も珍しく無いのだから、この対応力は流石の一言と言えた。藤堂もだが、四聖剣も黒の騎士団には必要な人材になりそうだ。
≪待って!≫
慌てた声色でカレンが四聖剣を追うのがレーダーで確認出来た。白兜の撃破に問題は無いかも知れないが、これではとてもこちらの情報を伝えられる状況では無い。ついでに、応援も期待出来ない。
エリアスは白夜を遮蔽物から出して、コックピットに増設されたスイッチを押した。それは外付けの煙幕噴射器の起動スイッチであり、白夜は自らが発した黒煙に包まれた。
一度使えばあとは内蔵薬剤が空になるまで噴射され続けるのみなのは使い辛さが否めないが、とにかくこれで敵機の目を眩ませられた。
どうにか仕切り直しを図らねば、と黒煙の中を飛び出したその時、白夜のセンサーが危険信号を発した。エリアスの目の前から、一騎のKMFが飛び込んで来たのだ。
KMFグロースター。紫色の塗装と濃紺のマントが特徴的な、親衛隊所属の上級量産機だ。通常は電磁ランスを装備する機種だが、その機体はその代わりに本来両手で扱うのであろうロングソードを両手に一本ずつ、片手持ちで装備していた。
「こいつ……っ!!」
グロースターは独楽のように機体を回転させて、広げた両手の長剣で攻撃して来る。エリアスはスラッシュハーケンをぶつけてグロースターから距離を取り、そのまま停止する事なくゲート前の搬入路を駆けた。その足元に、またしても先程の狙撃が飛んで来る。直撃はしないが、路面に次々と穴が開いた。弾け飛んだ無数の破片が白夜を襲い、その姿勢が僅かに揺らぐ。そしてそこへ、第二の弾丸が飛来した。エリアスは咄嗟に白夜の上体を逸らした。
鈍い衝撃が、コックピットを襲った。直撃だけは免れたものの、悪い事に頭部を掠めた緑色の光弾は白夜の高精度センサーマストを抉っていた。それによって白夜はデータリンクの受信が不可能になり、コックピット内のディスプレイがノイズに埋れてしまう。
「ッ……!!」
エリアスは舌打ちを隠せなかった。ナリタに続いてこれだ。どうも自分は白兵戦においては敵を振り回すのを得意とする癖に、KMF戦については主導権を敵に握られる程度の腕前らしい。スモークも使い切った以上、ここからは機動と遮蔽物のみで狙撃を凌ぐしかない。自分の愚鈍さに毒付きつつ、機体を疾走させて狙撃を回避し続ける。
相変わらず射点は判別できない。コンピュータの導き出した予測狙撃地点後方はどれも外れで、そこには何も無い。が、上方向の何処かに存在する事は分かる。仮にこの狙撃者が管制塔か何かの建造物の上に陣取っているのなら、狙撃には絶好の撃ち下ろしポジションを取った事になる。だとすると、ここを撤退ルートとして使う事は不可能となる。
……といって、他の離脱ポイントを使うか? だが、指示を出すべきゼロとは繋がらない。長距離通信に必要なセンサーマストは、今しがたへし折れてしまった。これでは仮にゼロの指示が復旧したとしても──
と、そこでエリアスはモニターの端に光るものを見つけた。空中に打ち上げられた光。自動プログラムにより拡大されたそれを一瞥して、エリアスはその意味を知る。
“全軍撤退“、“ルート3より撤退せよ”。なるほど、ゼロは無事復帰して、この北ゲートとは別の撤退ルートを選択したのだ。
流石の判断だ、とエリアスは心の中で頷いた。向こうもこちらとのデータリンクが切れたことでこの地点の危険性を理解したのだろう。
……最も、それはつまり向こうとしてはこちらが撃破された、と判断したと言うことでもあり、ここからエリアスは自力のみで撤退地点へ向かわねばならない。この狙撃を掻い潜って。
アクセルレバーを全開にしようとしたその時、センサーが警告を発した。先程のグロースターが、双剣を掲げて突っ込んで来たのだ。正確な斬撃が白夜を襲う。
……だが、エリアスは敵の選択に驚きを隠せなかった。敵の襲撃が見事だったからではない。敵の選択した戦術が理に叶っているとは言い難かったからだ。
グロースターは、白夜に追い縋って来ている。無論このグロースターの主兵装たる双剣による攻撃を与えたいのなら、それは当然の選択だ。しかしその攻撃が行われる前の段階で、エリアスは敵の狙撃から逃げ回っていたのだ。これではグロースターは敵を攻撃範囲に近付けることが出来るが、グロースター自体が味方であるはずの狙撃者の邪魔となってしまい、狙撃者が迂闊に手を出せなくなってしまう。実際、グロースターの出現で敵の狙撃はぱったりと止んでいた。
更に、何を思ったかグロースターはスラッシュハーケンを白夜ではなく、白夜の進行方向の地面へと打ち込んだ。それは敵機の動きに釘を刺すという意味では間違ってはいないが、その割にはあまりに狙いが雑だ。動きを牽制、或いは妨害したいのなら敵機の近くに撃ち込むべき所を、白夜から少々離れた場所に撃ち込んでいる。これでは白夜側に回避する余裕が十分に生まれてしまう。ただ方向転換をすれば良い。
無論、敵の狙いがその方向転換にあるのなら話は別だが、仮にそうであっても筋が通らない。現在の位置関係的に、それを行なうと白夜は遮蔽物の多い区画へ追い込まれる事になる。グロースターにとって接近戦はし易いかもしれないが、これでは完全に味方の狙撃を阻んでいるもの同然だ。加えて、その方向はゼロが指定した脱出地点であるルート3の方向と一致する。もはや、エリアスの逃走を手助けしているようですらある。
このグロースター、何を考えているやら……。
建造物と建造物に挟まれた狭い隙間に入り込んだエリアスは、機体を反転させてグロースターに向き直った。振るわれた二振りの剣を大鎌の刃で受け止めて、エリアスは白夜を全速で交代させる。
グロースターの狙いが何にせよ、こちらにとってありがたい結果に至ったのは間違いない。ならば後は、このグロースターを撃退して一気に駆け抜けるだけだ。エリアスは出力を全開にして前進に転じた。押し合いの形となった双方の勢いが一気に減退し、それから今度はグロースターが押される側に回る。グロースターを上から抑え込む形になると、エリアスは胸部に搭載された
敵機の無力化を確認して、エリアスは踵を返して脱出地点へと急いだ。建造物の隙間から抜け出たところで、ちょうど殿を務めていた味方の無頼改と鉢合わせする。
≪エリアス先輩、無事でしたか!≫
「生憎ながら生きてるよ。ゼロ達は!?」
≪先に離脱しました。我々も離脱を──≫
だが、共に戦線を離脱しようとしたその時、二機のKMFの間のアスファルトに一瞬黒い影が過った。直後、雷鳴の様な轟きと共に無頼改の左腕部が爆発を起こして弾け飛ぶ。
頭上を見上げ、エリアスは遂に先の狙撃手の正体を知った。その姿こそは、エリアスの予想通りの相手の姿でもあった。
漆黒の装甲に、メタリックブルーの縁取り。白兜を忠実になぞったような、しかし明確に異なる機体として生まれたのであろうKMF。天を貫くような一本角は、色を除けばまるで神話の一角獣のようでもある。だが、その漆黒の一角獣は空中にあった。背中から翼を生やし、まるで見えない地面の上に立つが如く、彼らの頭上の空に留まっている。
≪黒い……白兜……!?≫
間違いなかった。それは、ナリタで激闘を繰り広げた因縁の機体だった。あの時と同じように──いや、あの時以上の滑らかさで、漆黒の騎士が宙を舞い、翡翠色の眼光が彼らを見下ろす。
事実を述べた物ながら矛盾した事を口走り、無頼は半ば反射的にアサルトライフルを空中の敵めがけて掃射した。同時に遮蔽物を求めて移動を開始する。エリアスもその反対側へ動いた。少なくとも、これで片方の機体はフリーになる。そのはずだった。
結論として、敵機はまず無頼を獲物に選んだ。両手で構えたライフルの銃口を逃げる無頼改に向けて、その足元を狙い撃つ。先のグロースターとは違い、無頼改の足元すれすれに光弾が飛び込む。
その敵の背中に、エリアスは照準を定めた。敵が空中にあったのではエリアスの大鎌は届かない。なら、敵が無頼に集中している隙に飛燕爪牙で背中の翼を撃てば良い。
あの機体に関するデータは、白兜のデータほどでは収集済みだ。ナリタの時とは背中のパーツの形が違うが、あのパーツをパージして以降、あの機体は飛行していない。あれが飛行を司るパーツである可能性は非常に高い。そして地面に降ろしてしまえば、あとは通常の対KMF戦を行えば良い。上手く墜落を狙えたならば、勝利は確定的だ。
飛燕爪牙が、敵機の背後に迫った。獲った、と思ったその瞬間、敵機は細長い脚部をその爪牙に伸ばした。直後、その向こう脛の部分に緑色の光の壁が纏わり付くように出現し、飛燕爪牙を阻んだ。
白兜が使っていた電磁シールドだ。エリアスは絶句した。盾を脚に装備するなどと誰が予想出来るか。動揺により一瞬の空白時間が生まれ、その隙に敵機は背部から閃光を放ちながら無頼に迫った。声すら発する間もなく、黒い機体が烈風となって無頼の真横を擦れ違う。地面を擦りながら着地した敵機の右手には、赤く光る片刃の剣。僅かに遅れて、スパークを発しながら無頼改は地面に倒れ伏した。腹部で断ち切られた胴体部分が脱落し、乗機と似たような状態になったパイロットの名残が、断面から転がり落ちた。
「──このっ!」
敵機が白夜に向き直るのと、エリアスが白夜を疾走させたのは同時だった。大鎌の刃を折り畳み、モードチェンジによりそれを大斧へと変形させる。この敵に対して、拘りを持っている余裕は無かった。敵機は再び空中に飛び、大斧を躱して距離を取る。エリアスは施設壁面目掛けて飛燕爪牙を撃ち込んだ。そのままワイヤーを巻き取って白夜を施設壁面に飛ばし、極短時間その壁面を疾走、そこから跳躍して、白夜も敵機と同じ空中に躍り出る。一度きりの奇策だが、こうでもしなければ最早敵機の機動に追いつけない。
エリアスの振るった大斧と、敵機の赤い刀が空中で激突した。普通ならそのまま重量で押し切れただろうが、敵機のパイロットは剣技に関しても並外れた技量の持ち主でもあった。接触した刃を滑らかに滑らせて、見事に白夜の突撃を受け流してみせたのだ。白夜は再び別の壁面に飛燕爪牙を撃ち、壁面に“着地”して即座に黒い機体に向き直る。
その眼前に、銃口が突き付けられた。
「──っ!!」
白夜の瞬発力が、この窮地を救った。両脚部モーターを最大駆動させ、思い切って敵機に自機をぶつける。半ば自棄に違い選択が、この場合最適解であった。敵機のライフルは光弾を放つ間も無く弾け飛び、二機は揃ってバランスを崩した。しかし敵機はその姿勢のまま強引に空中へと飛び出し、鮮やかに姿勢を回復して見せる。一方白夜の方はそうもいかず、半ば転がり落ちるように接地し、そのまま仰向けの姿勢で倒れた。無防備な白夜に、空中の敵機が刃の切っ先を向ける。
しかし、同時にエリアスの大鎌が敵機の首筋に刺さった。致命傷では無い。首関節の外部皮膜を破り内部機構を少しだけ削る程度。だが刃はしっかり敵の急所に喰らい込んでいる。後はほんの少しでも腕部駆動モーターを作動させれば、敵機の頭部は千切れ飛ぶだろう。
──ただし、敵機の赤い刃も白夜を捉えている。模擬試合ならば引き分けと判定されるであろう状態。が、今この場は実戦の場。迂闊には動けないが、敵が動くのならそれより速く動かねばならない。エリアスは全神経を敵機へと向けた。恐らく敵機のパイロットもそれは同じで、一瞬、二機の動きは完全に静止した。
≪エリアス!≫
凍り付いたような一瞬を、灼熱のような一声が溶かした。背後より飛来した榴弾を回避して、敵機は空中で後退、その場でくるりと回った。
遠方より接近する二つの影──紅蓮と漆黒の月下。紅蓮は白夜を庇うように滑り込んで来て、月下の方は地面に飛燕爪牙を撃ち込んで僅かに跳躍し、手にした廻転刃刀で空中の敵機と切り結んだ。
「カレン……? お前とっくに撤退したんじゃ……?」
≪救援信号が飛んで来たの。一瞬だけ。 それと貴方が危ないって……あのC.Cって女が≫
C.C……相変わらず手回しの良い女だ。白夜を起こしながら、エリアスは無意識に止めていた息を吐いた。
≪動けるか!? 直ぐにブリタニアの空爆部隊が来る。すぐに離脱するぞ!≫
藤堂鏡志郎の声がレシーバーから聞こえた。白夜は紅蓮に半ば引っ張られるようにしてアスファルトの路面を駆け抜けて、月下と合流する。
なおも追い縋る敵機。それに対し、紅蓮は自慢の右腕を地面に叩きつけ、輻射波導を地面に撃ち込んだ。弾け飛んだアスファルトに叩かれるのを嫌い、敵機は即座に脚部の電磁シールドを展開して後退する。その隙に、三機は全速力で離脱した。
頭部ブレードアンテナ損傷。ボディに多数の破損箇所。直接攻撃を受ける事は無かったが、こちらとて敵に一撃たりとも入れられていない。
事ここに至って、エリアスは認めた。KMF戦において、自分はあの男に敵わない。
……そうだろう? ブリタニアの癖に日本刀を振るう男。どうせ、お前はそれに乗っているんだろう?
後背モニターに映る黒い機影を睨み、エリアスはそこに銀髪の男の姿を重ねていた。
……血を分けた、兄弟の姿を。
黒の騎士団アジトにて開かれた軽い宴。藤堂と四聖剣の加入祝いと作戦成功祝賀を兼ねた会は、開始早々浮かれポンチの乱痴騒ぎ(カレン評)と化した。
そもそも、藤堂と四聖剣と言えば解放戦線の英雄である。それが揃って黒の騎士団入りを表明したのだ。キョウトから見ても黒の騎士団の存在はいよいよ無視できぬものになるだろうし、藤堂程の人物が参加する組織なら、とこれまで静観を保っていた旧日本軍人達の参集も期待できるのだ。浮かれても無理はあるまい、とは今ソファの上に立って玉城共々歌い踊る扇要の言である。
その阿呆の集団から離れ、また別の場所で一つの盛り上がりがあった。同じアジトの屋根の下でありながら、真剣な議論が交わされる場。KMF格納庫横のスペースに設けられた作業スペースに集まった面々の視線は、ある一つのモニター画面に集中していた。
「……これが、例のナリタに居たって言う?」
「単独飛行するナイトメア、か……タンザニアのアレを見て、もしやと思ったが」
ラクシャータ以下、技術者陣がモニターに映る黒いKMFの動きを見つつああだこうだと所感を言い合う。エリアスはそこから一歩引いた場所で、白夜ブレードアンテナの交換作業を見守っていた。
「黒い一本角のナイトメア……さしずめ、黒い
「
手隙のクルーとそんな無駄な会話に時間を費やしていると、そこにまた一人の男が立ち入って来た。他ならぬ本日の主役、藤堂鏡志郎である。
「……白夜のパイロットは、君か?」
「ああ、さっきは助かった」
最低限の礼儀だけ見せて、エリアスは再び白夜に視線を戻した。が、次の藤堂の一言で再び彼に視線を向ける。
「あの機体、刀を持っていたな。まるで私を捕らえたブリタニア騎士のようだ」
「ほう? 旧日本軍随一の剣士としても知られる藤堂鏡志郎がブリタニア騎士に剣で負けた、と?」
エリアスはその話に喰いついた。刀を持ったブリタニア騎士には覚えがある。
「そう言われるとつい自尊心で否定したくなるが、実際そういうわけではないな」
そう言って、藤堂は自身が捕虜となった時のことを簡潔に語り始めた。
曰く、仙波と卜部が見張っていた隠れ家に音もなく潜入した騎士が、まず朝比奈を無力化したのだという。朝比奈はその時武器を持っておらず、背後を襲われて声を上げる事しか出来なかった。藤堂はわざと目立つような形で抜刀してその騎士と斬り結び、他の四聖剣を逃した。一対一の斬り合いの末、藤堂は踏み込んで来たブリタニア軍に投降した、と。
「あの剣筋は、日本の物では無かった。あれは恐らく欧州式を元に、一部ブリタニア式を加えた完全な我流だ。だが、あの刀には見覚えがある」
「──何?」
「昔、あれの遣い手と共に鍛錬に励んだものだ。榊原美咲……そう、君の母上とな。榊原君」
母の話題に触れられて、エリアスは微かに目を細くした。貴様ら武人気取りの軍人が母の事を口にするなと、そう反射的に怒鳴りかけた。が、その瞬間、鋭い目線がエリアスに向けられる。エリアスはその眼光の中に一握りほどの郷愁と哀しみを感じ取った。
「良き剣士だったよ、彼女は。そして良き友だった。何より良き母だった。彼女の苦境を知っていながら、その彼女に、私は結局何もしてやれなかった。申し訳ない」
思いの外、言葉が出なかった。他人の口から母を擁護するような言葉を聞いたのは、実はこれが初めてだと、暫く経ってから気付いた。
「今となっては、何を言っても言い訳にしかならない。ただ私は、ブリタニア軍を退ける事は出来ても、味方の日本人を敵には回せなかった……」
藤堂はごく僅かに口元に自嘲の念を浮かべた後、エリアスに向き直った。
「榊原君、君について、私は解放戦線にいた頃から色々と噂を聞いていた。が、私はそのような無意味な噂など信じない。だから、君自身の口からひとつだけ聞きたい」
「はい」
「ブリタニアで生まれ、ブリタニアの血を引いた君が、あえてそのブリタニアを嫌悪する日本に留まり、榊原老師の手駒となってなおブリタニアと戦い続けている。それは何故だ」
自分でも驚く程、率直な感情でエリアスは言葉を綴った。この男の真摯な問いには、斜に構えた態度は取れなかった。
「無論、母の復讐の為。だから俺は、ブリタニアも、そして老師のような旧い日本さえも打ち倒したい。その一念で、黒の騎士団として戦っています」
「……わかった」
藤堂は何も反論しなかった。ただ黙って手を差し出した。
エリアスは、機械の義手でその手を握った。