コードギアス 血刃のエルフォード   作:STASIS

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第十五幕 Royal Knight

 思い思いに着飾った人々が連なる中に、エリナ親衛隊正装を纏ったレオハルト・エルフォードも混じっていた。

 政庁奥に建物一つ丸々使用して区切られた区画、本国の宮殿というわけではないからシンプルに“謁見の間”と称される空間。ブリタニア本国の宮殿に足を踏み入れた事のある者ならば、その様式に既視感を覚えるだろう。この部屋は、ダンスホールとしての使用も視野に入れた設計となっている。最も、エリア11の総督にコーネリアが選ばれてからは、そういう催し物自体があまり行われなくなっているのだが。

 

 今、謁見の間の壇上に一人の少女が立っていた。ブリタニア第3皇女ユーフェミア・リ・ブリタニア。華やかな正装に身を包んだ彼女の表情は、普段の少女らしさをその片鱗を見せるだけに留めて、姉コーネリアの如くきりりと引き締まっている。その彼女の足下、謁見の間全体に、エリア11における最高位の地位を有する人々が立ち並んでいる。大貴族、高級武官或いは文官、或いはその両者を兼任する者。彼らはおよそ五メートル幅の赤を基調とした絨毯を挟み、左右で列を作っていた。片方は文官、片方は武官達の列である。

 

 当然ながら、レオは武官の側に立っていた。同じく武官にカテゴライズされるユリシアが、赤い騎士服を纏ってレオの隣に、反対側には白衣ではなく礼服を着たロイド伯が立っており、ユリシアは不安げな視線をレオに、ロイド伯は相も変わらず真意を読ませない表情を浮かべて壇上に視線を投げている。

 本来、よほどの事──例えばレオがエリア11に着任する前にあった第2皇子クロヴィスの国葬など──でなければ、レオがこの場に参列しなければならない理由は無い。基本的にはロイド伯が顔を出していれば済む事であり、それ以前にそもそも外様……を通り越して外野である特派は列席を強制される事も少ない。が、今日この場で行われる式典については少し事情が異なる。

 先のチョウフ攻防戦の最中に電撃的に発表された事実──今日この場において、特派所属デヴァイサー枢木スザクに対する騎士役職の任命式が行われるのだ。

 この場合の“騎士”とは、所謂貴族階級の最下位としての騎士、騎士侯階級の事ではない。ブリタニア皇族に忠誠を誓い、生涯を捧げた者、という意味、所謂専任騎士の事だ。

 無論のことながら、専任騎士は多くのブリタニア人にとって最も責任の重い立場でもあり、最高位の栄誉が与えられる立場である。それだけに、その地位に枢木スザクが迎えられた事は多くのブリタニア人に衝撃を与えていた。

 

「名誉ブリタニア人とはいえ、イレヴンが騎士になるとは」

 

「どうやって取り入ったのやら」

 

 噂話とは、古来より人類の良き友である。この友人はうらぶれた貧民街であろうが豪奢な宮殿であろうが常に人の隣に侍っているものだ。だが前例の無い事態に依るべき理性を失ったのだろうか。こうして式典に列席し、今まさに式が始まろうというこの場においてさえ、そういった陰口がレオの耳に数多く聞こえて来た。彼らには火薬庫の隣で火遊びをする趣味があるのだろうか、とレオは思わざるを得なかった。

 ……とだけ思っていられれば良かったのだが、果てはうら若きユーフェミアを枢木が籠絡した、年頃の小僧と小娘の破廉恥な関係云々といった、発言者の品格を全否定するが如き妄言まで聞こえて来ると、レオの感情は一気に過熱の色を帯びた。罵倒か、良くて溜息の一つでも吐いてやりたい衝動を押さえなければならなかった。

 彼らに分かるよう言うならば、それは皇族への、ユーフェミアへの甚だしく無礼な行為だ。例え彼女の行為が、彼らの信ずるブリタニアの国是とやらに反していようが、その事実をもって彼らの侮辱行為を正当化する事は叶わない。が、そもそもブリタニアの国是は強烈なまでの実力主義である。力ある者だけが生き残る国家、それがブリタニア。被支配民族(ナンバーズ)はブリタニアに敗北した者達であり、その原因は彼らの力不足にある。ブリタニアの国是とはこういう事を言うのだ。スザクは既に幾度も、平凡なブリタニア騎士など遥かに上回る力を示している。ブリタニアの国是に従わないのは、寧ろ彼らの方だ。

 ……もっとも以前に述べた通り、その程度すら分からないから、彼らは揃ってこうして遠い属領に飛ばされる羽目になっているのだが。

 

 とはいえ、それを今彼らに言ったところで彼らは理解しまい。その妄言とて陰口の域を出ていない以上、わざわざ構ってやってこちらが事を荒立てる事も無い、と思っておくべきか。ユリシアが先程から心配そうにこちらを見ているのはそう言う事だ。

 ……それと、もう一つ。レオは自分の隣の……自分とユリシアの間に立つ一人の少女に視線を向けた。コーネリア親衛隊正装に似た礼服を着た、太陽の光のような髪色のその士官は、他ならぬレオの義妹、オリヴィエ・エルフォードである。彼女についての説明も、皆にはしてやらねばなるまい。

 

 やがて、係官が式典の主人公の名を呼んだ。流石に彼は、その名の持ち主の素性次第で声色を変える程愚かではなかった。

 開いた扉の先、差し込む白い陽射しの中に枢木スザクが居た。何時もの士官服ではなく、デヴァイサー用のパイロットスーツでもない──スザクの格好、と言われてこれしか浮かばない辺り、枢木スザクの服飾への興味の度合いが知れようと言うものだ──騎士階級にのみ与えられる、白い礼服(リバリーズ)だ。その腰には、荘厳な装飾が施された立派な長剣を佩いている。一同は、ゆっくりと絨毯を踏んで壇上へと歩み寄って行く少年武官へ視線を投げた。無論、その過半は好意的なそれではなかった。

 様々な感情が込められた視線の数々を受けながら、スザクは彼らしい型通りの所作でホールを通り抜けた。ユーフェミアの立つ壇上へと繋がる階段の手前で足を止めて、恭しく跪き、首を垂れる。

 

「枢木スザク」

 

 壇上のユーフェミアが、厳かに声を発した。しん、と静まった空間の中で、彼女とスザクだけが声を発する事を許されていた。

 

「汝、ここに騎士の誓約を立て、ブリタニアの騎士として戦うことを願うか」

 

「イエス、ユア・ハイネス」

 

「汝、我欲を捨て、大いなる正義のため、剣となり盾となる事を望むか」

 

「イエス、ユア・ハイネス」

 

 作法に則った言葉の連なりの後、スザクは自らの剣を抜き、切っ先を自身の心臓に向けユーフェミアに差し出した。ユーフェミアはその剣を受け取って、一度真っ直ぐに構えてから、スザクの肩を三度、その剣の平で軽く叩いた。

 

「わたくし、ユーフェミア・リ・ブリタニアは、汝枢木スザクを、騎士として認めます」

 

 ユーフェミアが未婚の女子という事で、所謂“平和の接吻”と抱擁は省略された。宣言と共に、ユーフェミアは剣をスザクに返した。スザクがそれを受け取って鞘に収めて立ち上がり、ユーフェミアの手招きに従って、ゆっくり背後を振り返る。

 

 ──瞬間、ホールを完全な静寂が支配した。

 先のような噂話が堂々と行われていた事が示す通り、大多数のエリア11在住貴族の中では枢木スザクの騎士叙任は認められない、というのが共通認識であった。海を隔てたこの地において本国から事実上隔離され、取るに足らぬ特権を享受する彼ら末端貴族達は、時に自らの決定こそが最大級の優先度を持つ、と誤解しがちである。例え本来不可侵の皇族が相手でも、それが二十歳にも満たぬ小娘であるならば我らの方が立場は上、と履き違えるのだ。自身こそが尊ばれるべきであり、何人も自身に逆らうことは許されない、と夢想し、現実においてまで夢を見続ける貴族達は、この場において何のリアクションも起こさなかった。

 いずれ本国から沙汰が来て、イレヴンの騎士叙任など取り消される。彼らはそれが確定事項であると確信していた。

 ……因みに、彼らのこの確信は、後に皇帝自らユーフェミアとスザクに対し祝辞を贈った事で破綻する事となる。

 

 一人だけ、ロイドが拍手をした。周囲の刺すような視線など意に介さず、ニコニコと笑っていた。残る特派組……つまりユリシア、それからオリヴィエはレオの出方を窺っているようだった。レオはレオで、当然拍手する事も吝かではないのだが、その前にまず見極めねばならぬ事があった。レオはじっと、スザクの反応を見ていた。

 先の瞬間をもって、スザクはユーフェミアの騎士となった。そして今、主君ユーフェミアは彼ら末端の貴族どもに侮られ、その名誉を傷つけられている。

 

 ──どうする?

 

 レオがじっと見つめる中で、スザクの手が、すっ、と腰に伸びた。その先にあるのは先の儀式で用いられた剣の柄。その行為と、その行為の根幹にある意志を見た瞬間、レオは笑みを浮かべて、ロイドの拍手に自身の拍手を加えた。

 

 騎士の役目は、主君の剣となり盾となる事。生命を賭してでも、その名誉を護る事。スザクは今、彼ら貴族達の行為に明確に異を唱えようとした。そして剣を抜き、彼らと対峙し、戦う事を選んだのだ。ユーフェミアの名誉を護る為に、自分への悪罵など構わずに。

 そうだ。レオは強い共感を込めて拍手を送った。それで良いんだ。仮にユーフェミアがエリナ、スザクがレオであったなら、レオも全く同じことをしただろう。ただレオはともかくスザクがそれを行うには、スザクの立場はあまり盤石ではない。だからレオは、その意志だけを認めて、拍手を送って実行はさせなかった。

 

 そんなレオと同じタイミングで、拍手をした者が居た。式場の端に立つ、エリア11統治軍・幕僚長アンドレアス・ダールトン。屈強な武人そのものの面構えに微かな微笑を浮かべ、コーネリアの重臣中の重臣がスザクに拍手を送った。

 ダールトンの拍手に気付き、列席者達も我に返って拍手を始めた。結局彼らは、総督コーネリアに辛うじて有能と判断される程度の能力を必死で示し続け、それが出来ねば一気に落ちぶれるだけの立場だ。彼らにコーネリアの代理として出席しているダールトンの意向を無視するだけの度胸は無かった。

 

 こうして貴族達にとって不快な儀式は、彼らにとってのみ、より不快な形で終幕を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「改めまして、従軍士官候補生として枢木少佐の指揮下に入りました、オリヴィエ・エルフォード准尉です。よろしくお願い致します」

 

 式典を終えて政庁ホールに姿を現したスザクを待っていたのは、ピシッと敬礼の姿勢を取った金髪の少女の姿だった。式典の事やら今後の事やらで磨耗した頭では何が何やら訳が分からない、と全身で表現するスザクに、返答が無いから敬礼の姿勢を戻せないでいるオリヴィエ。二人を見かねて、セシルが助け舟を出した。

 

「えーっと、スザク君がユーフェミア様の騎士になって、貴方を中心に親衛隊が編成されることになったのは知ってるわよね? それで、貴方も当然親衛隊隊長に着任、配下として本国やコーネリア総督の親衛隊、特派からもユーフェミア殿下の親衛隊に人員が回される事になったんだけれど、彼女はその最初の一人よ」

 

「ちなみに、僕ら特派は統治軍への派遣を解かれて、それからユーフェミア殿下親衛隊長、つまり君の配下として改めて派遣される形になるね。今後は親衛隊のナイトメア全部を見なきゃならないから人員が増えたりするけど、基本的にはこれまでと同じように、僕らも君の側に居るよ。残〜念でした〜」

 

「な、なるほど……あ、枢木スザクじゅ……じゃない、少佐です、よろしくお願いします」

 

 慌ててスザクが答礼して、やっとオリヴィエは手を下ろす事が出来た。以上の経緯を、レオは少し離れた所で見守っていた。隣には親衛隊服を脱ぎ、オリヴィエのものと似たデザインの軍服……ユーフェミア親衛隊正装を着たセイトが居た。彼もコーネリア親衛隊から、オリヴィエと同じユーフェミア親衛隊に移籍する事となっていた。

 

「──まさかね。オリヴィエが従卒になろうとは。彼女もうそんな歳だっけ?」

 

「本来はもう一年先だが、飛び級したそうだ。私がエリア11に戻る直前に決まったそうで、本人の希望もあってどうにか特派に捻じ込む算段を整えた。で、結果的に親衛隊入りだ」

 

「ほう? そんなにお前と同じ戦場に立ちたかった、と?」

 

「真意は分からん。どちらかと言うと嫌われている部類だと思うのだが……形式上、私が彼女の指導を担当する事になるとは思うが、実質的には恐らく私よりお前が指導する事が増えるだろう。苦労をかける事になるな」

 

「構わんよ。義理とはいえ親友の妹だ。可愛がってやるとしよう」

 

 悪戯っぽく笑った友人の言葉に、レオは何も言わなかった。ただ“親友”という言葉の響きが、今度ばかりは空虚にさえ感じられた。

 

 本国で捕らえた男から二人の人間の名を聞いてからずっとそうだ。フランシス、アマネウス。前者はそう珍しくもない名前ではあるが、後者はレオの人生の中で、セイトの父以外でその名を持つ者に会ったことが無い。

 あの男は、その二人こそ陰謀の首謀者だと、フィオレの仇だと言っていた。仮にその二人がレオや義父ローガンの想像通りの相手ならば、セイトとユリシアは最初から、全てを知っていたのか? 全てを知った上で、エルフォード家を貶める為にこうして親友の顔をして近づいて来ているのか?

 勿論、そんな話は信じたくはない。幼い頃からの親友二人をこそ信じたい。そう思ったからこそ、レオは二人を自分と同じ部隊に配置するよう父を経由してシュナイゼル殿下に申請し、こうして自分の目で真実を見極める役目を請け負った。それが、これほどまでに心を掻き乱す役割になるとは。

 

 そんな思案が、ひと時の間レオの意識を現実世界から切り離していたようだ。急に肩を引っ張られて、レオは思わず素っ頓狂な声を上げて周囲の視線を浴びる羽目になった。いつの間にか現れていたユーフェミアがくすくすと笑いながら、セイトとレオにこっちに来るよう手招きしていた。行ってみれば、どうやら外に出て集合写真を撮る事になったらしい。物怖じと言うものを知らないユーフェミアが呆気に取られる全員を先導する様をレオは苦笑をもって受け止める他なく、これを初めて目の当たりにしたオリヴィエは困惑して、それとなくレオの真横に近寄った。

 

「あの……良いんですか、ユーフェミア様……」

 

「受け入れた方が良い。ユーフェミア様はそういうお方だ」

 

 結局のところ、ユーフェミアには人をその気にさせるなり、人を動かす力があるらしい、というのが彼女に対する周囲の人間からの共通認識だった。この認識が事実そうであったのか、と彼らは後に改めて思い知らされる事になるのだが、それはまた少し経ってからの話である。

 とにかく、そんなユーフェミアの力に導かれて三十分ほど後、新生ユーフェミア親衛隊……の極一部のメンバーが、夕暮れ色に染まった政庁をバックにずらりと並んだ。スザクを中心として、レオやセイト、オリヴィエとユリシアの武官四人が前列に、セシルやロイド達特派の面々からなるバックアップメンバーが後列に。彼らの背後にはチョウフでの損傷を修理し終え、式典用に磨き上げられた二騎のKMF──ランスロットとランスロット・ナハト。通りすがりの士官にカメラマン役を任せて、ユーフェミアがスザクの横に入った。その後のユーフェミアの一言は、まるで修学旅行の集合写真でも撮るかのようだった。

 

「はい、じゃあ皆さん笑って下さーい!」

 

 一応真面目な写真なのだから、と突っ込みを入れるべき立場の人間が生憎とこの場に居らず、全員苦笑いを浮かべるしか無かった。カメラマン役の士官も例外ではなく、彼は苦笑が少し収まったタイミングでシャッターを切った。

 

 フラッシュの光が、視神経を刺激した。先の話のせいか、その光が不意に、レオに数日前の光景を想起させた。

 

 ブリタニア本国を発つ直前、霊体の女と話した内容を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──神聖ブリタニア帝国 エルフォード邸東館──

 

 日中までの晴れ模様は、日の入りと共に何処かへ消え去ったようだった。完全に夜になってから降り始めた雨粒が窓を叩き始めた中で、霊体の女は長く、そして現実離れした話を始めた。

 

“私もかつて、エルフォードの名を持つ騎士でした。貴方が先日訪れたエーベルスタイン城は、私にとっても馴染み深い城です。最も、私が人として肉体を持ち、生きていた頃はまだ新築の城だったのですが”

 

「で、その頃に仕込み短剣を使っていた、と。では俺がこれを作る時に見た設計図はお前が?」

 

 レオは改修を終えた仕込み短剣を持ち上げて見せた。彼の前には誰も居ない。が、確かにそこに居る彼女がそれを見て目を細め、頷いた事を、レオは感じ取った。

 

「なるほど、では聞こうか。そんな大昔の女騎士が、どうしてこんな風に俺と話せている? 何故あの遺跡の中で、ミイラでも入ってそうな石の棺に、綺麗な姿で眠って、そして俺の目の前で消えた? 一体どういう理由と理屈で、そんな世界の理に反した真似が出来る?」

 

 出会ってから幾度かぶつけた問い掛けを、レオは再びぶつける。今までは適当にはぐらかされるだけで終わっていた。だが、今回は違った。

 

“……コード、という概念を知っていますか?”

 

「コード?」

 

“シンプルに言って、不老不死となる能力です”

 

 変な声を上げて、レオは聞き返した。そんな反応など予想通りだと言わんばかりに、女は問いを返そうとするレオを無視して話を続けた。

 

“例えば、人類という存在を今外で降っているような雨粒と仮定したとします。雨は海から大気へと溶け出て雲となり、雨となって地に降り注ぎ、降り注いだ雨はやがて海へと帰ります。同じように人も、一つの巨大な混沌から分かれ、雨粒のように地上に降り注ぎ、やがては元の混沌へと戻ります。しかしコード能力を保持した者はその輪廻から外れ、二度と根源へと戻ることが出来ない”

 

 かなり観念的な話であった。激しさを増して行く雨音の中で、それでもレオはその内容が不思議とすんなり頭に入るのを感じた。

 或いは、ギアスという既に現実離れした能力とこれまた現実離れした霊体の女との会話に慣れ過ぎて、所謂オカルト慣れしてしまったのだろうか。

 

「──この分だと、暫くは本だ映画だの類は楽しめないかもな」

 

 だから、レオとてそうやって冗談で返す余裕はあった。女は特に笑わなかった。

 

「それで、お前もその能力者だと?」

 

“能力、というよりは呪いの類でしょうね。事実、多くのコード保持者は与えられた長過ぎる生に耐えられませんでした。私の先代の保持者も例外では無かったようです。私がコードを受け継いだのは、そんな先代の有様を哀れんだから。だから私は、先代と契約しました”

 

「契約……? おい、まさか……」

 

“はい。コード保持者からコードを継承する方法はただ一つ。コード保持者と契約し、ギアス能力を得る事です”

 

 瞬間、レオは女の居る場所を睨み付けた。雷鳴が鳴り響き、一瞬だけ部屋を白く染めた。

 

「じゃあ貴様がギアスを俺に与えたのは、俺にその不不老不死のコードとやらを継承させる為か?」

 

 彼女は、弱々しい笑みを浮かべた、ように思えた。あの女の存在は、目には見えない。だから本当に、“感じる”しか無かった。ギアスを使った時ほどにはっきりと相手の“色”を見分ける事は出来ない。彼女が笑みを浮かべたのは分かるが、それがどういう意味を持っているのかは全く判らない。

 ……それでは、この女と自分との普通の人同士の会話と何ら変わらないではないか。そう気付くと、レオは急にこの霊体の女の存在が身近に感じられた。逆に言えば、本来現世の人間の手に届かない領域に居るこの女にとっても、普通の人間らしい関係性を築ける相手は自分だけ。その孤独は確かに、たとえ今現在超越的な存在であってもかつてただの人間だった存在には堪えるものだろう。

 

“……否定は出来ませんね。確かに私は、現状から脱する為に貴方と契約しました。ですが、貴方もご存知の通り私はこうして肉体を持たぬ身、本来コード保持者であろうと、こんな形でこの世に残る事はあり得ないのです”

 

「…………」

 

“先代からコードを継承して、それなりの長さを、私は生きて来ました。時に見知らぬ国へ渡り、時に私を知る者達の所に顔を出し……先のエーベルスタイン城で言えば建て始めてから築城が済む位の期間でしょうか。旅の中で、私は一人の契約者を得ました“

 

「そいつはコードについて知っていたのか? 契約の結果がどういう結果になると?」

 

“始めに説明しました。流石に騙す形で継承するのは気が引けましたし、何より無責任でしょうから。そうしてコード継承が行われたのですが……”

 

 無責任だという割に自分には中々事情を話さなかっただろうが、と口を挟もうとした矢先、彼女は一度言葉を切った。何かあるのだ、と察したレオは口を挟むのを止め、続きを促すでもなく、カーテンの隙間から外の雷雨模様を眺めながら彼女が話し始めるのを待った。

 

“申し訳ありません。その時の事は記憶が曖昧なのです。他にも私の昔の記憶は大分抜け落ちてしまっていて……何かあった事は分かるのですが……”

 

「覚えている範囲で良い。厳しければ事実だけでも良い」

 

“……気付いた時、私は暗闇の中に居ました。意識ははっきりとしているのに、身体は動かせない。今で言えば植物状態とでも言うのでしょうか? ただ分かったのは、私の中にあるコードが半分だけになっていた、と言う事だけ”

 

「無駄と知りつつ聞くが、そんな事が起こり得るのか?」

 

“さあ……私もコードの全てを知っている訳ではありませんから……恐らく私の記憶が欠損しているのも、私のコードがそんな状態になってしまったからではないかと”

 

「そして、その契約者の手でお前は棺に収められた、と」

 

“恐らくは。私も外へ呼び掛けようとしましたが、ほぼ全て無駄に終わりました。やがて長い長い時を経て、私の声が届いた相手、それが貴方です”

 

 そうして、彼女の物語はレオの記憶と繋がった。そしてレオはこうして彼女と契約し、彼女も不老不死のコードの影響か、霊体となりながら尚も現世に辛うじて踏みとどまっている、と。

 

「今、お前のコードはどういう状態になっている?」

 

“恐らく、この状態から新たにギアスを与える事は不可能でしょう。コードも消えた訳では無いようですが、私の肉体が消えたせいか更に力を失ってしまったようで……”

 

「では、改めて聞こう。お前が俺に契約した理由。それは何だ。コード能力を取り戻し、俺に不老不死のコードを継承させる為か」

 

“……半分は合っています。コード能力を取り戻すか、或いは完全に取り除くか。今の私の目的はそれです。貴方への継承は……”

 

 結局彼女は口籠もり、その続きを言う事は無かった。流石に言い辛かろう、とレオも気を遣って、ギアス絡みの別の話に話題を切り替えた。

 

「ギアスと言えば、あの城で会った奴が言っていた。我が義父がギアスに関係している、と。それについては何か分かるか?」

 

“……私がコードを継承した件は、家族にも内密にはしていました。それ以来エルフォード家には近付いていませんから、その後の事はなんとも……ただ、目覚めた場所が場所だけに、やはり私もエルフォード一族の関連を疑った事はあります。貴方に隠れて探りを入れようとした事もありましたが……近付けないのです。貴方の義父上の側へは”

 

「近付けない?」

 

“例えるなら、まるで磁石同士が反発するかのような感覚でした。どうしてもあそこへ踏み込めない。何かあるのは確かですが、これでは私としてもお手上げ、としか”

 

「仮に俺がお前を置いて調べに行けば?」

 

“失礼ながら、恐らく貴方では何が原因なのか掴めないかと。私にも分からないのですから……ただあの男が言うには、ブリタニアではギアスを研究する組織があると言います。具体的に何があるかは分かりませんが、恐らく貴方の義父上も、ギアスについて調べて、何か掴んでいる事は確かでしょうね”

 

「と言う事は、下手にお前の存在も勘付かれない方が良い訳か……その研究組織とやらが、お前を放っておく事はあるまい」

 

 その結論に至ったところで、その話は終わった。

 斯くして、レオは更なる問題を背負い込む羽目に陥ったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 流星。

 ダークブルーのペンキをぶちまけたような大空に尾を引いて飛ぶ光。急降下して、急上昇。速く、そして高く。まるで一条の光線のように軌跡を描いて。

 流星を操るのはレオ。しかしそれらは流星ではない。ナハト・イェーガー……遂に完成の域に辿り着いた標準型KMF用フロートシステムを搭載した、ランスロット・ナハトの完成型だ。ナリタで背負っていたような外装式ユニットを装備、一対の翼を生やしたような姿となった黒の有翼一角獣(アリコーン)は、変幻自在に空中を舞う能力を獲得した。かつてのガウェインを上回る安定性と、ガウェインを置き去りにするレベルの機動性。その性能は、これまでのKMFとは別次元の領域に到達するだろう。

 

「こちらナハト・イェーガー。フロートシステムに異常なし。Gフラッターも認められず、リミッター正常。現在スロットルレベル“クルーズ”。これより“ミリタリー”レベルへの加速を開始する」

 

≪了解、ナハト・イェーガー、健闘を祈る≫

 

「……祈らんでも健闘する」

 

 眼下に広がる空軍基地の何処かにあるであろう特派トレーラーから、セシルの返答が聞こえる。ナハト・イェーガーより僅かに後方、観測機として正規軍より借用している制式戦闘機ワイバーンへ向けてハンドサインを送ると、ワイバーンも主翼を上下に振って了承の意を送り返して来た。

 

 スロットルレベルを上げ、レオはナハト・イェーガーを増速させた。加速感と共に、レオの身体は僅かにシートに押しつけられる。KMFの基本システムによるヒッグス効果でパイロットのG感覚は相当に軽減されているが、完全に無効化されていては却って操縦に支障をきたす事にも繋がる。だから、パイロットも最低限のGは感じ取れるようになっている。

 モニター端に表示される数値を読み上げて行くにつれて、軽かった筈のG感覚が段々と強まって行く。200、250、300、350……高度計は狂ったように上昇し続けているが、推力の衰えは全く見えない。

 更に数値が600を超えた頃になって、いよいよG感覚が強烈なものになって来た。ヒッグス・コントロールレベル上昇、Gを抑えながら、レオは更に加速を続けた。650、700、750──。

 

 最終加速を終えると、レオは減速噴射によりナハト・イェーガーを急減速させた。モニター端の数値が物凄い勢いで逆算カウントを始める。300になったところでレオはコントロールスティックをわずかに傾けた。主の意思をストレートに反映して、ナハト・イェーガーは正確に、寸分の狂いも無く向きを変えた。心地よい一体感を感じながら、レオは眼下の滑走路へと機体をアプローチさせた。

 

 

 

 

 

 

 エプロンに機体を降ろしたレオは、コックピットレベルに上げられた整備パレットに降り立った。それを出迎えたのは興奮冷めやらぬ、今や顔馴染みのスタッフ達と、パレットで上がって来たユリシアだった。彼女は先程のテスト飛行で、観測機のワイバーンを操っていたのだ。

 

「すごかったわよ、レオ。お疲れ様」

 

 一瞬だけ微妙な表情を浮かべてしまうが、レオはそれを誤魔化すように俯いて、差し出されたドリンクのパックを受け取った。一気にパックの中身を飲み干して、注意深く表情を元に戻す。

 

「まさかワイバーンで全然追い付けないなんて、ナリタの時のフロート擬き時代から随分変貌したのね」

 

「そう……だな。先日のチョウフでの戦闘でも思ったが、ガウェインにしろフロート擬きにしろ、これまでの試作基はどう足掻いても安定性が極めて低かった。スロットル操作にもかなり気を遣わされたが、その点イェーガーはかなり安定している。それこそ先日のように、空中に静止したままで狙撃が可能な程にな」

 

 パレットが地上レベルへと下されて行く。手摺りに体重を掛けながら、レオは続けた。

 ……機体の性能についての話であれば、とりあえず彼女への疑惑は考えずに済んだ。

 

「これだけ機動力に振ってありながら、かなり快適に動かせる。ユニット交換前……要するに海の上で壊したてしまった時のガウェインよりも遥かに無理が効く。ユニット交換後のガウェインは安定性を取って機動性を捨てたという話だが、もし今のイェーガーのデータをフィードバックできたなら、ガウェインも空戦向きになっていただろうな」

 

「最も、そのガウェインは今や中華連邦の手の内、だけどね」

 

 歩み寄って来たロイドが、気に食わなさそうに言った。人一倍自身の“作品”への愛着が深い彼にしてみれば、その“作品”が意味の分からない徴用をされた挙句盗まれた、では到底納得など出来ないだろう。まして、問題の“作品”がまだ未完成であったのなら。

 

「これ、ランスロットにも付けるんですか?」

 

 ロイドの背後からスザクが問い掛けた。ナハト・イェーガーとランスロットの基本構造は共通だ。フロートシステムはコックピットブロックに被せるようにセットするが、その接続部の形状はランスロット、ナハト・イェーガー双方に対応している。ナハト・イェーガーは機体本体の外装デザインの時点で空中での性能を追求しているからその部分で差は生まれるだろうが、ランスロットでも同じように空中機動が可能となるのだ。

 

「そのつもりだよ? 今はまだランスロット用は組んでる途中だから、暫くシミュレーターで我慢して貰う事になるけどね」

 

「我慢、ですか……」

 

「不安なのかな? 枢木少佐ともあろう人が」

 

「そりゃあそうです。僕はレオみたいにずっとフロート機に乗っていた訳ではありませんから」

 

「……ランスロットで例の竜巻キックをやってのける輩が何言ってるのやら」

 

 そうレオがスザクを揶揄った。レオ自身ナリタ以来何度か試してはいるが、どう頑張ってもフロートの補助無しであの挙動は再現出来ずに居るのだ。それをこの枢木スザクは、フロート無しで、どころか下手をすれば生身でやってのけている。スザクはスザクで「普通でしょう?」くらいの反応しか見せないものだから、レオとスタッフ一同は苦笑いを浮かべた。

 

「──あ、ロイドさん。ユーフェミア殿下から伝言を頼まれたんですが」

 

 と、渦中にあったスザクがロイドを呼び止めた。ランスロットやナハト・イェーガーを含めたKMF隊を、港湾地区に移動させて欲しい、とスザクが告げると、ロイドは「ふ〜ん」くらいしか反応せず、かわりにユリシアが首を傾げた。

 

「また急にどうして? ランスロットの水中試験でもしたいの?」

 

「いや、その予定は無いそうだよ……じゃなくて、今週末にユーフェミア殿下が式根島に向かう事になったんだ。それで護衛も兼ねて、という事みたい」

 

 軽く目を輝かせて振り向いたロイドへ釘を刺しつつ、スザクが答えた。“兼ねて”という文言に違和感を覚えたレオが問い返すと、スザクはレオの想像もしなかった答えを返して来た。

 

「式根島で、シュナイゼル殿下とユーフェミア殿下が会合を行うらしいんだ。ランスロットはシュナイゼル殿下肝煎の機体だから、持って行って動かしているところをお見せしたい、だそうだよ」

 

 そこまでは良かった。が、その次が問題であった。

 

「……そうそう、エリナ殿下も、いらっしゃるとか」

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