コードギアス 血刃のエルフォード   作:STASIS

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第十六幕 運命の島 1

 容易に予想出来たことだが、枢木スザクの騎士就任という事件は、エリア11全体へと巨大な波紋を投げ掛けている。それはブリタニア貴族達にとってもそうであろうし、例えるなら黒の騎士団を含めたイレヴン達にとっても、同じように激しい論争の種となっているようだった。

 

 今レオの手元にあるラップトップには、セイトが作成した報告書が表示されている。無論これはレオに宛てられたものではなく、本来はユーフェミア親衛隊長枢木スザクに宛てられるものだ。これは今後のユーフェミア親衛隊としての活動にあたって、とセイトが裏の顔……即ち諜報部員として構築した情報網から得た情報を報告したものだ。現在この類の報告は、レオの元へも送られるようになっていた。

 

 ユーフェミア親衛隊は昨日の段階で順調に補充要員、装備が到着し、ようやく部隊としての活動が本格的に行えるようになっていた。が、総指揮官を務めるスザクは、部隊長どころかそもそも騎士としての経験も薄い。レオ自身、この数日で彼に助言を求められた回数は両手では収まらない。故に、今は色々な事がレオやセイトの手に委ねられている。

 特に、この手の裏方任務などはスザクには任せられないだろう。だから、当面はレオがこの方面を仕切らねばならないのだ。

 

「さて……?」

 

 息を吐いて、画面に目を落とす。報告書の内容は、スザクの騎士就任に関するイレヴンの反応。ブリタニア側にしてみれば今のところほぼ否定意見しか噴出していないこの事案に関して、イレヴン側の見解は真っ二つに割れているようだった。

 

 まず、黒の騎士団や日本解放戦線などを支持していた反ブリタニア側のイレヴンの見解は全否定の一言に尽きる。曰く、枢木スザクは祖国を裏切った売国奴であり、隷属主義の象徴のようなものだという。

 スザクが名誉ブリタニア人として軍務についていた事も、この見解を補強していた。同胞を裏切ってブリタニアへ媚を売り、その飼い犬となってイレヴンを殺して来たブリタニアの手先。この手合いの中では、ブリタニアよりも先にこの国賊を征伐せよ、という主張さえ噴出していた。実際、それを実行に移そうとしたグループもあったようだ。

 

 逆に、ブリタニア恭順派と呼ばれる方面に目を向けてみると、ある意味当然ながらこの案件はなかなかに評価が高かった。

 前提条件として、彼らは戦前からの富裕層であり、戦後もその財力ゆえに名誉ブリタニア人の資格を得てブリタニアから優遇されている面々である、という事実がある。元々彼らはエリア11が相次ぐテロによって衛星エリアに昇格されない事を苦々しく思っていたようで、イレヴン達から絶大な人気を誇るゼロの存在さえ否定的に見ていたらしい。

 そういう彼らにしてみれば、今回の件でブリタニア皇女のそばに日本人が立つ事の意味は大きい。この先ブリタニアに取り入ることで将来の安寧を図る意味でも、まさに枢木スザクは希望の星なのだ。

 

 そして、この両者の中間点、即ちブリタニアの支配は嫌うがテロ行為には賛成できない、という中間層……エリア11におけるイレヴン達の中で最大勢力を誇り、黒の騎士団の主な支持層でもある彼らの反応は、これもやはり好意的なものだった。

 

 元々彼らが黒の騎士団の主な支持層となったのは、黒の騎士団が多くの似たようなグループと違い弱者保護を主張したからである。この主張が、彼らの生活を保障するものでもあったからだ。

 多くの人々は、この世に生まれた以上半ば義務のように日々を生きようとする。その場合最も重要なのはやはり日々の生活であって、決してイデオロギーやら国家の枠組みやらなどではない。そんなものは日々の生活が確保出来た上で唱える夢想か、確保出来ずに現実から逃げる為の夢想だ。そんな夢物語を唱えて暴れまわり、人々の生活を脅かす反政府組織は、彼らにとってただの脅威だ。イレヴン達を虐げるブリタニアと同じカテゴリの存在だ。

 

 黒の騎士団は、それをイレヴン達の側から志向した。しかし、ここに来てブリタニア側から同じことを志向する存在が現れる。それがユーフェミアとスザクの存在だったのだ。

 無論、彼らへの信頼は未だ全面的な信頼には至っていない。だがユーフェミア自身、元よりイレヴン達から好意的に見られていることも手伝って、一縷の希望を託す相手をゼロからこの二人へと変えたイレヴンは決して少なくない。

 

 と、以上が現在のエリア11の情勢、と言ったところだ。レオはラップトップを一旦閉じると、先程から座りっぱなしだったベッドから立ち上がった。

 

 ……気にしても仕方がない。レオは首を振った。仮に死んだあの男の言葉通りアスミックがエルフォードへ攻撃を仕掛けるとすれば、同じ部隊に居るセイトが実働に当たる可能性は高い。だが、アスミックやリィンフォースとてブリタニアの名家。ブリタニアの国益を損ねるような真似はすまい。すれば逆に自分達の立場が危うくなりかねない。だからこの種の報告については、信用して良いだろう。そう思わねばやっていられない。

 ……全く、我ながら意外と決断の鈍い男だ、とレオは自嘲した。義父にあれ程の啖呵を切っておきながら。

 二人について、警戒すべきはレオ自身の行動に関わる部分だ。それこそ同じ舞台のセイトやユリシアならば、戦闘中にレオを害する事だって出来るのだ。

 最悪の気分で、レオはまるで牢獄の小窓か何かのような採光窓を覗き込んだ。

 その向こうは、一面の海原であった。

 

 

 

 

 

 

 

 ブリタニア帝国エリア11統治軍第二艦隊旗艦レーダⅣ世艦上。先にスザクが言っていたように、ユーフェミアとその親衛隊は現在数隻の護衛艦を伴って、トーキョー湾を出港した。朝の陽射しが夜の名残を駆逐し尽くした頃であった。目的地は、式根島と呼ばれる島であった。

 式根島は、それほど大きな島ではない。が、無人島というわけでもなく、ブリタニア海軍、及び空軍共用の駐留基地が設置されている。

 

「ぃよう、大丈夫か? 船酔いしてないか?」

 

「大丈夫ですが、肩を叩かないで下さい。痛いです」

 

 真昼に近づいて順調に登りつつある陽射しが、階段下に射し込んでいた。強い陽射しに立ち眩みの感覚を覚えながらレオが甲板に上がった時には、オリヴィエとセイト。レオが裏方仕事を片付けていたり、スザクに騎士としての心構えやら何やらの教えを請われている頃セイトは実戦部隊の編成、訓練に当たっており、オリヴィエもセイトにそれなりにしごかれてはいるようだった。

 

「お、おう……格闘訓練で吹っ飛ばされても泣き言ひとつ上げない娘にも痛いものあるのね」

 

「それとこれとは話が違います。そんなバンバン背中やら肩やら叩かれても……」

 

 海原を眺めながらああだこうだと無駄な会話で時間を潰す二人の横に並ぶ。先にレオに気付いたオリヴィエが、さり気なくレオから距離を取ってセイトの方へと寄る。

 

「何、どした……おう、これはこれはエルフォード第二部隊長どの。報告書読んだか?」

 

「軽く目は通した。毎度の事ながら、お前の情報網には頭が下がる思いだ」

 

「統治軍の諜報部をナメんじゃねぇ、ってね。結構苦労して情報集めたんだぜ? 俺はお前みたいに直接潜入なんて真似出来ないし」

 

「……それでナイトメアの操縦が疎かになった、と?」

 

「あー……チョウフでの事?」

 

 痛い所を突かれたな、とばかりにセイトは顔を背けた。

 チョウフで起きた戦闘……黒の騎士団によるキョーシロー・トードーの奪還作戦において、彼は乗機のグロースターを喪っていた。騎士団側の白いKMFと相対して、見事にしてやられた、という。

 無理もない、とため息を吐く。あの場で共に戦線に立ったレオとしては、正直に言ってあの時のセイトの戦闘はお粗末も良い所であった。

 

「得意とする接近戦に固執するあまり、後ろにいた私の射線を思い切り妨害する、敵機の誘導に失敗する……この調子で、騎乗資格を剥奪されても知らないぞ?」

 

「わーってる。流石に俺も反省したさ。今度はあんなミスはしない。でないと、俺にも新型を任せるって言ってくれたロイド伯やシュナイゼル殿下に申し訳ないからな」

 

 そう言って、セイトは背後を振り返った。視線の先にあるのは船倉。現在そこには、この遠征に同行する親衛隊員のKMFが積載されている。

 シュナイゼルやロイドの希望により、親衛隊上級指揮官クラスの騎士にはスザクのランスロット、レオのナハトのような第七世代機が与えられる事が求められていた。親衛隊に最先端の実験部隊である特派が強く関わる事になる以上、新型機の試験もより効率良く行えるだろう、と。該当する上級指揮官は、まず総指揮官のスザク、第二部隊指揮官レオ、そして第三部隊指揮官のセイトだ。今回の遠征の目的には、そのセイトに与えられる新型機の受領も含まれていた。

 

「新型機……ですか」

 

 ぼそり、とオリヴィエが呟いた。

 

「ああ。昨日ロイド伯に聞いたんだが、どうも俺のは、スザクやレオみたいなランスロット型じゃないらしい」

 

「というと、ガウェイン型か?」

 

「でもない。そもそもロイド伯の作った機体という訳でも無さそうでな」

 

 こうしてエリア11で仕事をしていると如何にも特派という組織がロイドの趣味を具現化させる組織か何かのように感じてしまうが、そもそも特派、というより母体となった嚮導技術部自体は最先端のKMF開発を行う組織であり、ロイドはエリア11派遣部隊の責任者ではあっても総責任者ではない。ロイド以外の設計者により機体が存在しても、別段おかしくはない。

 ……とはいえ、そういうお門違いの機体がロイドが密接に絡む部隊に送られて来る理屈は解せない。レオはその辺りをセイトに問うてみたが、セイトも首を横に振るばかりであった。

 正午を回ろうという頃、船の進路上に陸地が見え始めた。セイトは「上陸の準備をして来る」とだけ言ってその場を離れた。オリヴィエも彼と共に居なくなるのかと思いきや、彼女はその場に留まっていた。

 

「……」

 

「……」

 

 沈黙が流れる。正直、レオは彼女とはそう仲が良いとは言えない。レオに言わせれば彼女の側がレオを嫌っている、という認識だが、レオ自身にも何か彼女への苦手意識の類があるようにも思える。

 

「……お兄様は」

 

 特に話題も無い以上、ここに残っていても仕方ない。そう思って立ち去ろうとした矢先、オリヴィエが声を発した。

 

「お兄様は、私達兄妹の名前を言えますか?」

 

「何?」

 

「覚えていますか? 私達兄妹全員の名前を」

 

 突然、オリヴィエがそんなことを問い掛けて来る。話の意図を読めずに、レオはそのまま答えを返す。

 

「……まずフィオレ、ベルベット義姉上、ローレンス、エミーリア、お前……オリヴィエ。後はもうこの世に居ないが、クロード、ルドルフ、ユリウス、ニール、クレア、クラウディア、リーリエ、ゲルダ……最も皆、あまり話す機会は無かったが」

 

 口にしてみると、結構な数になる。そしてレオの知っている限りの面々ですら、既に生者より死者の方が多くなっている。そう考えると空恐ろしい物があった。

 我が義父は、いいやエルフォード一族は一体どれ程の恨みを買っているのだろうか。それほどに根深い怨嗟が絶えず魔手を伸ばし、その一本がフィオレの生命を奪ったというのか。

 ……そしてあのセイトとユリシアが、その下流に居るというのか。

 

「それだけ、ですか?」

 

「あとは……そんなところだろう?」

 

 流石に冷や汗を掻く思いで、過去の記憶を手繰る。とはいえ出会って数日後に死を迎えたような義兄弟も居る中で、正直印象の薄い名前が多い事は確かに否めない。薄情だ、などと詰られるのを覚悟で言ってみると、やはりというか、オリヴィエは悲しげな表情を浮かべた。

 

「そう、ですか」

 

 そう言い残して、彼女は船内に消えた。不本意そうな、失望を隠さぬ表情をありありと浮かべて。

 残されたレオは溜息とともに海原に視線を投げた。暢気に船に並走する海鳥の群れが視界を過った。

 

 ……確かに、そうだ。さっき名前を羅列してみて、レオは確かに違和感を覚えていた。

 確かに、何かが抜けているような、あるべき名前が存在していない、そんな感覚を覚えて仕方ないのだが……。

 

 俺は何か、忘れているのか……?

 問い掛けるように、レオは水面に視線を向けた。穏やかな波の内は、さながら高高度の空のようなダークブルーに染まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 漆黒の闇に沈む海底に、それより更に黒い海獣の如き姿があった。その巨影は、決して海洋生物のそれではない。インド軍区が提供し、黒の騎士団が移動拠点とする潜水艦の姿である。

 その巨艦は音も無く、一つの目的の為に式根島を目指していた。

 黒の騎士団の今の目的。それは、ここ最近外界を騒がせて……そして今、遥か頭上に居るのであろう枢木スザクであった。

 

「枢木スザク。彼はイレヴンの恭順派にとって旗印になりかねません……私は暗殺を進言します」

 

 少しばかり前の話になる。

 幹部だけで論議したい、という事で、ディートハルトがそれを言い放ったのは幹部陣、つまりゼロ、扇、藤堂、四聖剣、ディートハルト、ラクシャータ、エリアスが全員、格納庫の片隅にある黒の騎士団のトレーラーに入り、出入り口のロックを閉じてからだった。なるほど、とエリアスも理解した。これは他のメンバーが居る場所で出せる話題ではない。黒の騎士団が割れる可能性も否定できない上に、議論に焚き付けられて独断先行しそうな奴を、榊原エリアスは何人も知っていた。

 

「なるほどね。反対派にはゼロってスターが居たけど、反対派には居なかったからね〜」

 

 ラクシャータが他人事として同調する。すると即座に藤堂が反対した。それは、日本人からの賛同を失う事になる、と。先だってのナリタで行った作戦が、麓の民間人にも被害を出した、という事実が喧伝された事もこの件に響いていた。ゼロと、彼が率いる黒の騎士団は“正義の味方”でなければならず、出来うる限りクリーンでなければならないのだ。

 ……無論、表に出る範囲では、の話になるが。

 

 それとは別の理由で、エリアスも暗殺案には反対した。枢木スザクに対して、というより今のブリタニアに対して暗殺という手法を取るのは、実にリスキーだ、と。

 先ごろ、神楽坂大我のグループが壊滅した件を持ち出すと、ディートハルトも一応納得はした様子だった。専属騎士にまで登り詰めた枢木スザクを暗殺するのなら、こちら側の刺客にあの時の実行犯並みの手腕が要求される。或いは統治軍内部に潜む協力者に依頼する手もあるが、彼がそれに手を貸してくれる可能性は極めて低い。と、なると暗殺という手段は現実味に欠ける、と。

 

 ……その筈だったのだが。

 

 そう、それでもディートハルトはやらかした。枢木スザクと同じ学園に通う紅月カレンを焚き付けて暗殺させようとしたのだ。結局失敗したようだったが、この件でディートハルトには厳重な注意が行われた。

 

 とは言え、何かしらの対策を練る必要があるのは事実だった。とりあえずの方向性としては二つ。枢木スザクを排除するか、味方に引き入れるか。

 前者は正直現実的ではない。ゼロが暗殺を許可しない以上正面切ってアレとやり合うしかないが、枢木スザクの白兜は、藤堂と四聖剣を相手に単騎で持ち堪えた敵なのだ。

 では後者はどうか。枢木スザク本人の愛国心に訴える、という手は使えない。虐げられながらも名誉ブリタニア人となって軍務に従事して来た男に、我々や反体制勢力の期待するところの愛国心などあるまい。

 ならば説得するか。結局、黒の騎士団が採ったのはその方策だった。

 

 現在、枢木スザクはユーフェミアや僅かな親衛隊を連れて式根島に向かっていると聞く。本国からの要人と会合が、そこで行われるというのだ。

 既にユーフェミアの乗艦であるレーダⅣ世は捕捉している。あとは式根島の守備隊を攻撃し、枢木スザクを孤立させる。後は、ゼロが引き受ける。

 

 ……ギアスでも使うのか、とエリアスは一度問うた事がある。が、それは否定された。ゼロのギアスは、一人に一度しか通用しない絶対順守のギアス。この切り札を使うまでも無く、彼を味方にできる材料がゼロに揃っているというのか……或いは、何かギアスを使いたくない理由でもあるのか。

 まあ、ゼロがギアスを使う時は仮面の一部を開く必要がある。正体が露見する可能性を少しでも減らせるなら、それに越したことは無いだろうか。

 

 いずれにせよ、ゼロのギアスを使う使わないはゼロ本人が決める事である。そのような事など知らず、黒の騎士団は枢木スザク捕縛作戦の実行準備に掛かっていた。既に格納庫内は騒々しいの極みにあり、揚陸艇にKMFを積み込む横で、白兜の捕獲に使用するラクシャータ製の特殊兵器の最終調整が行われている。更に奥では藤堂が各指揮官に作戦説明を行なっており、台の上に広げた白地図を用いて各隊の配置を詰めている。

 基本的に積み込み作業とは力仕事であり、一つの貨物を詰め込むのに何人も駆り出さねばならない、というのは日常茶飯事を通り越して必然である。そんな中において、義体化によって人間一人分を軽く上回る力を持ったエリアスの存在は、特に人数と時間に余裕が無い黒の騎士団にとっては非常に有難い存在である。そのため、彼はこの手の作業においては引く手数多の希少な人材だ。それでいて、彼本人の仕事というの存在する。故に今、多くの団員は休みなく作業の手を動かしながら、白夜のコックピットから出て来るであろうエリアスの姿を、今か今かと待ち構えていた。

 

 ……そうして、およそ一時間半が経過していた。

 

 

 

「ったく……皆こういう時だけ……」

 

 紅月カレンは、そんな仲間達に苦笑を禁じ得なかった。

 エリアスには、日本人に対する敵意が存在する。理由を詳しく聞き出した事はないが、相当に、彼自身の根幹に根差す問題であることはわかる。そんな彼の内心を知らず、団員達は日々彼を敬遠しながらこういう時だけ仲間面を浮かべて手招きする。「上手く使われる立場だ」とエリアスがかつて漏らしていたが、こういう場面を見てしまうとあまり否定できないのが悔しいところでもある。

 

 ……少し前から、カレンは彼について考えることがあった。例えば自分は、ブリタニア人ではない。日本人だ。そう紅月カレンは自認し、ブリタニアを敵と見做す。ではエリアスはどうなのか。彼は自らを日本人とは規定しない。といって、ブリタニア側の人間でもない。こうして共に黒の騎士団に居る以上、ブリタニアの敵対者であることに違いはないのだろうが。そうして考えて、カレンは改めて認識した。付き合いの長さの割に、彼について知っている事はあまりに少ない、と。物は試し、と幾人かに彼について問うてみても、大した情報は得られなかった。寧ろ、「カレンの方が良く知ってるのかと思ってた」とまで返されてしまった……あのゼロにさえも。

 

「つまり、現時点で貴女が一番エリアスに近いトコに居るのに、その貴女でさえ彼の事を色々知らない、って事よね?」

 

 ある時、カレンは井上にその辺りの話を振ってみた。井上は井上で、最初こそ真面目にそうカレンに問い返した。そうだ、と首肯すると、井上は取り組んでいた資料作成の手を止めて言った。

 

「……正直、そうよね。私も彼の事良く知らないし。聞こうにも彼、日本人嫌いでしょ? 話題によっては触れた途端にあの腕で殴られそうで怖いから、誰も聞こうとしないもの」

 

「でも、彼と一緒に戦うようになってそれなりに経ったじゃないですか。ゼロのおかげで、私達のグループもこんなに大きくなって、組織的な行動も出来るようになった。なのに、皆エリアスとだけはまだ全然距離が縮まって無い。これまでの作戦でもエリアスは殆ど一人で動いてるし」

 

「おかげでちょくちょく酷い目に遭ってるみたいだけどね?」

 

 井上が苦笑した。ナリタと、それからチョウフでの二回。どちらも強力な敵機とぶつかった結果機体を破損させる羽目になっている、という。彼自身は失態と評するそれを、しかしカレンも、そして恐らく団員の皆も決して失態だとは思わなかった。

 

「でもあの黒い機体……有翼一角獣(アリコーン)ってエリアスは勝手に呼んでるけど、あれがもし白兜と一緒に来てたら、多分私達、手酷くやられていた筈だと思うんです。ラクシャータさんが言ってました。あの一本角の黒い機体の戦闘力は、白兜に匹敵するレベルだ、って。むしろナリタでもチョウフでも自力で飛んでたって事を考えたら白兜より厄介な部分があるって」

 

「……白兜って、この前のチョウフで四聖剣と藤堂中佐、貴女を一度に相手して互角に渡り合った、どころか寧ろ翻弄して来たんでしょ?」

 

「それを、彼は一人で押し留めたんです。単騎で。それ以外でも多くの所で私たちに貢献してくれている。彼は立派な黒の騎士団の仲間なんです。その事は皆分かる筈。なのに……」

 

 寧ろ騎士団の中で孤立を深めている。

 暫しの沈黙が流れた。実のところ、こんなことを井上に話しても仕方がないのだ。現状の原因はむしろエリアスにあって、彼の側が仲間を拒絶しているのだから。

 

「ほっとけない?」

 

 モニターの方を向いたまま、井上がカレンに問い掛けた。カレンが「はい」と答えると、井上はそう、と言いながらディスプレイを落とした。

 

「な〜に? 彼の事、()()()()気になる?」

 

 変なところに力を込めて言いながら、井上はカレンに向き直った。その意図するところ理解して、その顔が軽い愉悦の表情を浮かべているのを見て、揶揄われているだけだ、とカレンは把握した。これにムキになって言い返せば余計揶揄われる。カレンの頭は理解はしたが、それでも反射的に声を上げてしまった。残念なことにこの種の話題にそれほど理性的になれるほど、紅月カレンという人物にその手の話への耐性はなかった。

 

「ち、違っ……!! そういう話じゃなくてこれは騎士団の団結の為といいますかあのほらこれからは前線でナイトメアで連携する場面も増えて来るだろうしえーっと仲間同士の関係性はそういう時に影響するだろうしあのその!」

 

 無論、この手の話題でそんな反応を返してしまって無事で済む訳が無い。後悔先に立たずであるが、井上は労せずして最も気楽で、最も面白い関係性をカレンとの間に構築する事に成功した訳である。

 

「……とりあえず、アタシから一言言わせてもらおうかな?」

 

「ぅぇ!? ラクシャータさん!?」

 

 そうこうしているうちに、不意に背後からラクシャータが口を挟んで来た。いつからそこに居たか問い詰めたいところだったが、ラクシャータのその新しい玩具を見つけたような表情からして結構早い段階で居たに違いない。

 

「榊原エリアス。あの義体作ったのアタシだからそれなりに知ってるんだけどさ……あいつ、あれでも相当団員と打ち解けるようになってるよ。まあ今まで純日本人至上主義みたいなところに居た訳だから当然っちゃ当然なのかもしれないけどさ……」

 

「そりゃあ……それと比べればそうでしょうけど、だからって今問題無いって事にはならないですよね?」

 

「ただまあ、これから先、多分アタシら相手にする分にはそう頑なになる事も無いんだろうケドさ。これだけは言えるよ。あいつはもう、日本人って名乗る人間と仲間意識を共有する事は無い筈だよ。未来永劫、ね」

 

「どうしてそう言い切れるんです?」

 

「そりゃあ──」

 

 不意に、ラクシャータの表情から笑みが消えた。楽しそうにしていた目が、今はもう笑っていない。ヒヤリ、と背筋に冷たい物が走る感覚を覚えながら、カレンは彼女の次の言葉を待った。

 

「──母親を売女呼ばわりした挙句見棄てた奴らの同類なんて、仲間とは思いたくないでしょ」

 

 詳しくは本人に聞け、とだけ言い残して、ラクシャータは去った。以来、カレンは機を見てエリアスと二人で話す機会を探っていた。作戦直前のタイミングである、今も。

 

「……お母さん、か」

 

 その言葉を聞くと、カレンの胸の奥にちくりと刺すものがあった。このご時世、日武ハーフの親が平穏に過ごせる道理は無く、カレンの母もまた、この時代に押し潰された被害者であり、そしてそもそも、カレンが戦う事を決めた最初の理由でもあった。

 もしかしたら、自分とエリアスは同じなのかもしれない。まあ、そう思っているだけなのかもしれないが。

 ……それも含めて、やはり本人に直接尋ねてみるしかない、か。

 そうして、作業を終えたカレンの足は自然と白夜の所へと向いていた。彼の出待ち勢に混ざる形となっていたが、一つ、彼女が他の面々と違う点があった。

 

 彼女は知っていた。今白夜のコックピットには居るのは、実はエリアスでは無い言うことを。

 現在、エリアスは作戦に備えて自機の調整を行い、機体の積み込みを行う筈であった。しかし、実際にはそんなことはインド軍区のスタッフに任せられる。彼には既に、ゼロから彼にしか出来ない任務を与えられて潜水艦を離れていたのである。

 

「あ〜あ、上手くいかないわね。私がヒマになってもアンタは居ない、か」

 

 ──ちゃんと帰って来なさいよ。

 心の中で、カレンはそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 レーダⅣ世号に先立つこと三時間。黒の騎士団はギリギリのタイミングで、式根島への潜入作戦を開始した。

 

 上陸にあたって最も安全で確実なルートは、海中からの潜入であった。港湾区から正反対側に存在する岸壁には、幾つかの水中洞窟がある。入手した戦前の式根島基地の見取り図によると、この内最も大きなものに貨物搬入用のドックがある。黒の騎士団は、まず本隊上陸の為の足掛かりとしてそこを最初の足掛かりとした。

 第一手として、潜水艦上部のドライデッキ・シェルターより小型潜水艇が射出された。乗員はエリアス一人だけ。潜水艦内で出待ちされていることなど露知らず、彼はラクシャータが用意した特殊スーツに身を包み、身の丈程の長さのケースを背負い、潜水用のマスクを着けている。顔の大半を占める二つのレンズと、口に咥えるように装備する酸素モジュールのせいで、その外観は蝿の怪人か何かのように見える。

 彼が彼の主を自認する者どものような腐肉に集る蝿であるかどうかはともかく、少なくとも、“怪人”である事に違いはあるまい。彼は一種の改造人間なのだ。

 小型潜水艇から酸素を供給されながら、エリアスは舵取りの為のレバーを傾けた。この潜水艇に推進装置は無い。魚雷に極めて近い……というより実際に魚雷を改造した物だった。島の周辺に仕掛けられた水中聴音装置を回避すべく、急遽用意された物である。

 

 島に最接近したところで、エリアスは海底に落着した潜水艇から脱する準備を始めた。年の始めのこの時期の海中は未だ刺すような冷たさの只中にある。スライド式キャノピーを押し開けて海中を泳ぎ出したエリアスは、その事を痛感した。義体化していようが何であろうが、生身の身体は冷たさをしっかり感じ取っていた。

 五分程泳いだところで、目指す場所を示す灯りが見えてきた。聴音装置に音を拾われぬよう、慎重にエリアスは海水で満ちた洞窟の中を進んだ。進むにつれて水温が変化してゆくのが分かった。天然の洞穴はやがて金属で出来た人工のトンネルに移り変わり、そして段々と上へ向けて傾斜し始めた。トンネルの傾斜がどんどんきつくなって行き、そして遂には垂直に伸び始める。そこから少しだけ泳いだところに水面があった。エリアスは鼻から上だけを注意深く水面に出して、水上の様子を探った。そこは潜水艇用の小さなドックであった。既に使用されなくなって久しいようで、あちこちが錆び付いていた。

 格納されている潜水服と目が合う。一瞬ひやりとしつつ、エリアスは水上に上がった。マスクを外し、武装ケースを開封する。愛用の大鎌剣(フォルケイト)と、回転式拳銃……愛用のマシンピストルは未だあの店から回収出来ていなかった。だから今回の武器はこれだけだ。エリアスは手早く武装を済ませて、半分錆びた水密扉を抜けて施設内へと走った。

 

 エリアスに与えられた任務は、黒の騎士団上陸にあたって、監視所を無力化する事であった。主要基地施設から最も遠い場所にあるこのドックから単独で先行上陸し、森林を抜けて監視所を制圧する。上陸手段の都合上、上陸可能なのは一人だけ、そして黒の騎士団において、単独任務における戦闘能力が最も高いのは、義体によって強化されたエリアスだけなのだ。

 地下設備を抜けた先に、長いトンネルがあった。そしてそこを進むとこれまた長い梯子に突き当たる。少し気の遠くなるような長さの縦穴に、金属製の梯子が打ち付けてあった。残念ながら例え義体といえど、梯子を登る速度は常人とそう大差ない。常人ならば手や腕が痺れていたであろう長さの梯子を登り切ると、そこは隔壁で塞がれていた。義手を使って、エリアスは隔壁を押し上げた。そこは森の外れであり、また基地のすぐ裏手でもあった。

 

 少しばかり事前情報とは異なっていた。これ程基地の近くに出てしまうとは。それとも自分が道を間違えたのか? 上手くすれば基地施設そのものへの奇襲さえ可能なその場所から、エリアスは注意深く森の中へと走った。

 

「やれやれ……使った見取図が古すぎたかな?」

 

 戦前、ここには日本軍の基地が置かれていた。現在のブリタニア軍の基地はまさにこの施設を流用して設置されている為、ほぼ見取図もそのまま使える、と踏んだのだが、どうもそうではなかったらしい。最も、だから任務に障害が生まれるか、というとそうでもない。ただ単に、採り得る作戦オプションが一つ増えていた、というだけだ。そしてそのオプションは現在のエリアスでは実行困難であるし、そうする意味もあまり見受けられない。エリアスは当初の予定通り、西部の監視所へと向かった。

 

 予想通り、監視所の戦力は歩哨数人だけであった。式根島は戦略拠点ではない。その上、監視所といっても各方面に向いた監視カメラ各種のモニタールームがあるだけの小さな施設なのだ。到着してみると、施設の扉の前に歩哨が二名立っている。交代時間まで間があるようで、暫く観察していると彼らは暇を持て余したのか歩哨同士で雑談を始めていた。エリアスは草木に紛れて施設に近付くと、脚部のモーターに物を言わせて、歩哨に真横から奇襲を掛けた。

 

「──ッゥ!?」

 

 右手を突き出して、歩哨の喉元に小さな刃を突き立てる。仕込み短剣──母が遺した武器で、歩哨二名を手早く片付ける。更にモニター施設の戸を蹴破ると、エリアスはリボルバーで中のスタッフを次々と射殺した。弾倉に収まった六発の内、四発だけで充分だった。

 モニター施設には何枚かのディスプレイが並んでいた。黒の騎士団の侵入予定地点や、作戦行動地点を監視するカメラ映像と、水中聴音装置の観測結果を示すモニターだ。だが、ここさえ抑えてしまえば基地の方に警報が行くことは無い。無論、定時連絡が無ければ怪しまれるだろうが、その時には既に黒の騎士団は作戦行動を開始している筈だ。

 エリアスは展望台状になっている施設外縁部に出ると、ライトを取り出して海の方角へ向けて特定パターンを放った。

 

 ──任務完了、作戦を第二段階へ移行せよ。

 

 間も無く、黒の騎士団の潜水艦が海面に姿を現した。基地施設からは死角になる湾の陰へと巧みに侵入し、腹の内から揚陸艇を多数吐き出している。

 

「……さて」

 

 エリアスは監視所を後にした。エリアスの任務はこれで完了だ。後は基地に接近を仕掛ける上陸部隊と合流し、白夜を受け取って攻撃部隊に加わる──予定であった。

 

 だが。

 

「悪いな皆。今回は参加出来そうにないんだ」

 

 エリアスは森の中を進んだ。彼は合流予定地点に到着してもなお進み続け、港の方へと向かっていた。

 

 今回、エリアスにはもう一つ、やらねばならぬ事が──いや、会わねばならぬ人物が居た。

 既に問題の人物がここに来る事は協力者からの情報で把握済みだ。後は上手く事を進めないとならない。今回に限っては、黒の騎士団の味方さえ障害となるのだ。

 

 エリアスはスーツのポケットを開いて、そこから一枚の写真を取り出した。それは、彼がかつて、母と共にブリタニアに居た頃の写真。ボロボロになったその写真の中で、幼いエリアスが母と、それからもう一人、金髪の少女と隣り合っている姿が写っていた。

 

「……長いこと待たせてすまない。今、迎えに行くよ」

 

 そう写真の中の人物に呟いて、エリアスは走り始めた。

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