コードギアス 血刃のエルフォード   作:STASIS

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 ──それは、過去に起こった出来事である。

 大きな屋敷の正面玄関。そこに一台の白塗りの車が停まっていた。先に車に乗り込んだ母が、車内から彼を手招きしていた。
 何一つ、釈然としない状況だった。困惑を隠せぬまま、彼はそれまでの経緯を思い返す。
 まずいつも通り目覚めて、彼は昨晩の約束通り義兄の部屋に向かった。カード勝負の続きをやろうと考えたのだ。負けた方が、勝った方におやつの菓子を半分あげる、という子供らしい遊びだった。が、既に負け越している彼としては、早い段階で挽回しないとこれから先のおやつが心配だった。

 だが義兄の部屋に向かう途中で母に言われたのだ。「荷物をまとめろ」と。最初は何の話か分からなかった。彼自身、それまで生まれ育ったこの屋敷から離れた事は無かったし、これから先、離れる事になるとも思っていなかった。だが、母の口調の厳しさに事の重大さを感じて、彼は口答え出来ずに部屋にとんぼ返りした。そうして今、あれよあれよという間にこの屋敷を去ろうとしている。

「……本当に、行っちゃうのか?」

 屋敷の中で、彼の周りには大勢の人間が居た。異国から来た母を迎え入れてくれた屋敷の人々。だが今、玄関まで見送りに来たのはたった二人だけだった。義理の兄が一人、そして父の二人。義兄は恐る恐る口を開いた。途端、父がその義兄を睨みつけた。

 あんなに冷たい父の目は初めて見た。そして今日になってから、父は母に対してさえも、その冷たい目で接していた。

「ごめん兄さん、カードで仕返ししてやろうって思ってたんだけど……」

「忘れないからな、昨日負けた分、まだ払って貰ってないんだからな!」

 睨まれながらも、義兄はそう言って泣いてくれた。彼が何か言い返そうとする彼の手を、母が掴んだ。母は有無を言わさず彼を車の中に引き込んだ。その力強さに、改めて現状の深刻さを実感した。閉じられたドアの向こうで、父が相変わらず冷たい目を二人に向けていた。車の中で、俯いた母は静かに、だが確かに啜り泣いていた。

「お兄さん! お兄さん!」

 不意に声が聞こえた。屋敷の奥からだ。玄関の両開きの戸が勢い良く開いて、金髪の少女が飛び出して来る。それは、何人か居る中で一番仲が良かった義妹であった。義妹は彼の乗る車に駆け寄ろうとするが、それを義兄が慌てて引き留めた。

「ダメだよ、もうダメなんだ!」

「どうしてなの!? こんないきなり……今日になってから皆おかしいわ! 皆急に……」

「戦争になったんだ! ブリタニアと日本が! だから──」

 義兄の一言で、義妹も、そしてドアにへばりついていた彼も凍り付いたように止まった。

「──だから、もう一緒には居られないんだよ。もう、どうしようもないんだ」

 その言葉が、最後だった。オリヴィエががっくりと項垂れるのを横目に、彼を乗せた車が発進したのだ。彼は振り返って後ろの窓から二人の兄弟を見遣った。

「また、会えるかな?」

 彼はそう、隣に座った母に尋ねた。だが母は何も答えず、彼はそれで全てを悟った。


第十七幕 運命の島 2

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──まあ、認めよう。レオ・エルフォードは舌打ちと共にそう決めた。これは蒼天の霹靂だ。完全な奇襲攻撃だ。

 

 現在、式根島基地は敵の攻撃下にあった。主要港湾施設の逆側、即ち島の“裏手”にあたる方角から上陸して来たKMF隊による強襲。元々それ程厳重でも無かった哨戒システムは、この手のケースにける恒例として実際に奇襲が行われるまで何ら反応を示す事は無く、式根島基地司令部は敵のKMFの縦横を許していた。

 

「守備隊は何をしている! あれしきの数を抑えられんのか!?」

 

「こちらの戦力も不十分なのです! 港に出ている部隊もありますし!」

 

 悲鳴のような怒声と罵声が飛び交っていた。入港した直後という事でまさに今レーダⅣ世から降りたばかりのユーフェミアも、険しい表情で黒煙の立ち昇る島の奥手に視線を向けていた。

 

「……どう見る? この攻撃」

 

 レオの背後から、ユリシアが小声で尋ねて来た。基本的に、皇族の行動予定がそれなり以上に世間に知れ渡る事など無い。例えば何月何日の行事に参列する、のような公的な話ならともかく、何月頃から地方へ遠征に出た“らしい”だとか、何日に某所で展開される作戦に直々に出向いている“らしい“だとかの曖昧な噂程度がせいぜいで、細かい日にち毎の所在が当事者以外にはっきりと知らされる事などあり得ない。それでは反政府組織或いはその他に“襲ってくれ”と叫んでいるようなものだ。

 ……今回のケースで付け加えるとするなら、エリナ、シュナイゼル両殿下の出迎えとしてこの式根島を訪れる事は非公式中の非公式事案だ。本土を離れた孤島に足を伸ばした皇族など、格好の標的以外の何者でも無い。だから周到な情報統制が敷かれており、公式にはユーフェミア及び親衛隊は今日も租界に居る事になっているのだ。

 にもかかわらず、このあからさまな攻撃。反政府組織が何の理由も無くこの僻地の島を攻撃する道理など無い。襲撃者が誰にせよ──正直に言えばこの規模の攻撃が出来る勢力など限られているが──、その狙いがユーフェミア、シュナイゼル、そしてエリナにある事は明白であった。

 

「情報が漏れている、そう言いたいのか?」

 

「そうとしか言えないでしょう。例えば中華連邦とかEUとかがこんなところに橋頭堡を築こうとしてる、なんて話ある?」

 

「絶無とは言わないが、お前の言いたいように考えるのがスマートだろうな。狙いはエリナか、ユーフェミア殿下か、シュナイゼル殿下か……或いは全員か」

 

「だとしたら、とりあえず運は良い方だった訳ね。私達か、或いは殿下達かが」

 

 彼女の言う事も事実であった。上陸直前になって、エリナ、シュナイゼル側の到着が遅れる、という連絡がレーダⅣ世に届けられたのだ。移動に使用している新造艦艇アヴァロンの動力システムにトラブルが発生したらしい。

 

 ……軍関係者、特に皇族に近しい軍人の間では、シュナイゼルは昔から戦艦レクレールを愛用している、というのが定説だ。レクレールは相当に年季の入った艦であるが、シュナイゼルは皇族として活動するようになって以来ずっと座上艦を変えていない。これに限らずシュナイゼルは物を長く愛用する性格である。あの物欲と無縁そうなシュナイゼルが、古い艦が駄目になった訳でもないのに新しい艦を使うのか、などとセイトなどは最初不思議がっていた。

 

 しかし、シュナイゼルの政治、軍事的スタンスに目を向けてみると、個人的指向とは裏腹に新技術を好むタイプでもある。特に今現実に必要とされている技術の発展を。嚮導技術部などは良い例であり、「皇帝陛下を含め他の皇族が遺跡や骨董品などで過去を見ているならば、シュナイゼル殿下は今日の現実を見据えている」という評も存在する。

 恐らくその新型艦アヴァロンも、配下の組織が建造した物を試験運用がてら徴用したのだろう。是非アヴァロンの力をこの目で見てみたい、この機会にレクレールには休んでもらおう、などと言いながら。

 

「……スザク、ここは危険だ。我々は引き下がった方が良いだろう」

 

 レオは出迎えに来ていた士官から状況説明を受けているスザクとユーフェミアに近付くと、スザクに耳打ちした。ユーフェミアがそれに気付くと、レオはユーフェミアにも向き直った。

 

「敵勢力の正体如何に関わらず、敵の狙いが殿下、或いはシュナイゼル、エリナ両殿下にあるのは明白です。である以上、ここにユーフェミア殿下が留まるのは危険でしょう。レーダⅣで直ちに沖合に脱し、待機中の護衛艦と合流、殿下の安全を確保する事が最優先かと」

 

「いえ、却って危険かもしれません」

 

 二人に状況を説明していた士官が答えた。

 

「広範囲にジャミングが掛けられています。沖合の護衛艦と合流する前に襲撃される可能性が」

 

「となれば、踏み止まって殿下をここでお護りする他無い、か……」

 

「御安心を。殿下の身は必ず私が護ってみせます」

 

 スザクが毅然として言った。しかし、そのユーフェミアの返答は意外な物であった。

 

「いいえ、親衛隊は司令部の救援に向かって下さい。機動力の高いランスロットとナハトなら、今から行っても間に合う筈です」

 

「え!? ……殿下、それは……」

 

「枢木スザク少佐。ここで貴方の力を示すのです。そうすれば、皆貴方の力を認め、いずれ雑音も消えるでしょう」

 

 ユーフェミアの言葉は、現在のスザクが抱える微妙な問題を指摘していた。

 皇族の専任騎士となったからには、最早スザクに対し直接的な嫌がらせの類をしてくる輩は居なくなった。今となっては誰も──自身の権益を過大評価したエリア11在住の貴族連中にも──スザクを騎士に任じたユーフェミアの決定を軽んじる真似は出来なかった。だが、それは彼に対する嫌悪の念が消え去ったことを意味しない。ユーフェミアの言うところのスザクに対する“雑音”はこのところ影に隠れる形で行われるようになり、より陰湿な物に変質していた。しまいには直接的に何かできないならば間接的に追い落とせば良い、と権力闘争の理屈を持ち込み始めた輩も出て来ており、実力至上主義のブリタニアでそれら雑音を黙らせる為には、やはり実力を以って黙らせる他無い。

 ……最も、権力闘争のやり方を持ち出した相手には効き目は薄いのだが。

 

「……わかりました」

 

 親衛隊総指揮官のスザクの言葉で、親衛隊の方針は決定された。レーダⅣ世の格納庫が開放され、跪く形で収まっていたランスロット、及びナハトが現れる。式典に参加する為に、と磨かれた外殻は見事な艶めきを発しており、白と黒の二機のKMFは、とても軍事兵器とは思えない美麗さを誇っていた。

 レオはナハトのコックピットに滑り込んだ。パイロットスーツに着替える暇は無い、と判断してそのままの格好であった。腰に佩いた刀剣は、とりあえずシートの裏に粘着テープで留めておいた。

 

「……さて、これでランスロットにもフロートがあれば話は楽だったのだが」

 

 愛機をレーダⅣの格納庫から移動させながら、レオは苦笑しながら言った。現在のナハトには、ナハト最大の武器とも言えるフロートユニットが搭載されている。翼を畳んだ姿は、マントを着たようにすら見えた。このフロートだが、既にランスロットにも同規格のユニットを搭載する事が決定しており、先日からスザクも飛行訓練に入っている。成績は上々らしいが、そのフロートユニット自体は今回の移動ついでにアヴァロンで本国から運んで来る事になっている。だから、今回もランスロットはフロート無しだ。

 

≪ばらけて動く事になるね……ロイドさんはナハトでランスロットをぶら下げて行けば良い、なんて言ってるけど≫

 

「止めておこう。ただでさえ燃費が悪い。途中で落ちられてもお互い困るだけだろう」

 

 先にランスロットの陸揚げを終えたスザクとそんな軽口を叩いている内に、他の機体もレーダⅣから出て来る。と言ってもレーダⅣに載せられたのはランスロットと二騎のグロースターのみ。それぞれユリシア、そしてオリヴィエの機体だ。つまり、式根島に来ている親衛隊の内セイトだけが機体が無いことになる。これはアヴァロンがセイト用の新型機を運んで来る予定になっていたからだ。出迎えの式典の後、その新型機の試験()()を行う予定になっていたのだ。という訳で、彼は機体には乗らずに指揮所に入って貰う事となった。

 

≪司令部の方の戦況は?≫

 

 ユリシアが問い掛けた。通信画面の向こうの士官は渋い顔を浮かべた。

 

≪思わしくありません。このままでは制圧されます≫

 

≪こっちの練度を嘆くべきなのか、敵が強いと見るべきなのか……敵戦力は? どういう敵が来ているの?≫

 

≪敵の無頼は、全機が黒く塗装されています。また先ほど、ブリタニア製ではない赤色のナイトメアが確認されました。諸々の情報を鑑みますと、敵は黒の騎士団です。それも本物の≫

 

 くそっ、とセイトが毒付いた。親衛隊機を半々に分けて片方を司令部に、片方を護衛に、とも考えたが、赤いKMFと言えば黒の騎士団の最精鋭の一角だ。黒の騎士団は主力を投入して来ている。僻地の守備隊では荷が重過ぎる相手だろう。

 では、全機で行くか? それも一つの手ではある。ただし以前のナリタのように、敵が自らの主力を囮として本陣への奇襲を掛ける可能性を考えるとかなり危険な手だ。港にはユーフェミアの出迎えに出て来たKMF二個小隊が居るが、これの練度は正直当てに出来そうにない。それにこれの半分はサザーランドだが、半分はポートマンだ。

 ……と言って、主力を投入して来た騎士団相手にぶつかり合うには、こちらの戦力は寡少だ。

 

≪ランスロットより親衛隊各機へ。聞こえるかい?≫

 

≪感度良好≫

 

≪聞こえるわよ≫

 

 スザクが通信を発して来た。オリヴィエ、ユリシアが即座に応答する。

 

「ナハト、感度良好」

 

≪では、僕とレオで司令部の救援に向かおうと思う。あとの二人は港に展開している部隊と共に殿下の護衛を≫

 

「良いのか。別働隊が奇襲して来た場合、残存戦力で対応出来るか──」

 

≪ちょっと、それどういう意味よ?≫

 

 ユリシアが不満げに言って来る。なるほど言われてみれば、これは彼女への侮辱に近いかも知れない。だが、レオにはもう一つ懸念事項があった。

 ユリシアとセイト。両人ともに疑惑がある人物だ。疑惑と言ってもエルフォード家に向けられたものだからユーフェミア殿下に危害を加える事は無いだろう。だが、二人と共に残るオリヴィエはどうなる。

 ……本音を言えば、オリヴィエを自分の目の届く範囲から外したくはない。(まあ、向こうからは嫌われているようだが……)特にこのような場所では。反政府組織が行動を起こすのにぴったりな場所である、という事は、何も皇族に限った話ではないのだ。

 

 無論、レオとしては二人を信じたい。しかし……。

 

≪レオ。もう少し味方を信じてあげなよ≫

 

 何も知らないスザクがそう言ってくる。結局のところ、戦力的にはそれがベターな判断なのだろう。そして現状、実情を隠しながらスザクを納得させる言葉をレオは持ち合わせていない。やむを得ない、か。レオは了解の返答を送った後、通信を切った。

 ただし、諦めた訳でもなかった。

 

「……頼めるか?」

 

“言いたい事はわかります”

 

 霊体の女は存外すんなりと聞き入れてくれた。直後、彼女がレオから離れて行くのが分かった。

 

(あとは事が起こった時にどうやって知らせて貰うか、だが)

 

“ご心配無く。距離は関係ありません”

 

(頼む。嫌われていようがなんだろうが、こんな事でこれ以上妹を喪いたくは無い)

 

 女は頷いて、レオの側から離れオリヴィエのグロースターに近付いて行った。無論、それが分かるのはレオだけだ。レオは通信回線を復旧させて、ランスロットの横に並んだ。

 

「では、行こうかスザク。ユリシア、こっちは頼むぞ」

 

≪了解≫

 

≪じゃあこっちは俺が指揮する。司令部組は各々でやってくれや≫

 

「了解だ。いいかオリヴィエ、何があっても無茶だけはするなよ」

 

≪わかりました……あの……≫

 

「何か」

 

≪………………いいえ、何でも≫

 

 レオはナハトを離陸させた。フロートの翼が展開し、ダウンウォッシュを発生させてふわり、と舞い上がる。その横でランスロットが腰を低くし、発進態勢を取る。

 

≪では両名とも、よろしくお願いします≫

 

≪イエス・ユア・ハイネス≫

 

「イエス・ユア・ハイネス」

 

 レオとスザクは同時に答えた。一瞬の間を開けて、ランスロットが疾駆する。レオは更に高く舞い上がると、空中から黒煙立ち昇る司令部へと飛翔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛び去る兄の機影を見つめて、オリヴィエ・エルフォードは知らず溜息を吐いていた。セイトの指示で港に集まったサザーランドと共に陣形を組み、不意の襲撃者に備える。

 ファクトスフィア、オン。周辺索敵……クリア。背部カメラでユーフェミアがレーダⅣに移るのを確認すると、オリヴィエは自機と僚機との間隔を詰めた。

 もう一度兄の飛び去った方を見遣る。既にフロートの噴射炎は見えなかった。もう戦闘に入ってしまったのだろうか。

 

「お気をつけて。お兄様」

 

 通信を切ったまま呟いた。

 義兄、レオハルト・エルフォード。彼に対して、今のオリヴィエの胸中は複雑であった。フィオレの死を誰よりも悲しみ、その仇を求めて動いている事は知っている。そして今もエリナ様を、更に残されたエミーリアと自分を守ろうとしてくれている事も、オリヴィエは良く知っていた。最近は義兄ローレンスや義父ローガンの元に行く事が多いが、彼は決して、ローレンスのような下衆に堕ちた訳では無い。彼は、今の義兄、義姉の中で最も信頼出来る人だ。それは今も……フィオレが死んだあの時から、最初からずっと、変わらない。

 ……でも。

 

 ごめんなさい、お兄様……。

 

 考えるたびに、オリヴィエの表情は暗くなる。認めたくないが、今のレオを、オリヴィエは全面的に信じられずにいる。これはエミーリアも同じ意見だった。今の彼からは、どうしてもローレンスやローガンに近しい雰囲気を感じてしまう。いつの頃からだろうか、あの人は何処か変わってしまったようにも思える。ローレンスに……エミーリアにあんな事をしようとしたローレンスに近しい存在になっているように思える。残虐で、殺戮を愉悦とするあの悪鬼のように。

 

 そんなはずはない。オリヴィエは首を横に振る。彼はあんな悪魔のような男には絶対にならない。彼の本質は、決して悪に堕ちる事は無い。そう確信を抱くオリヴィエは、やがて一つの可能性に思い至った。

 ……彼は今、何者かによって歪まされている。

 この島に来る途中で彼に問うた事──兄弟全員の名前。なる程彼はオリヴィエ自身ですら忘れていた名前まで挙げた。出会った一週間後には首だけとなって見つかった娘の名前まで、彼は覚えていた。

 

 ……けれど、彼は一人だけ、名前を挙げなかった。彼なら絶対に忘れないであろう人の名前を。私が、ずっと探し求めている人の名前を。

 

 だから、私は無理を言って彼に着いて来たのだ。

 エリア11というあの人に縁のある土地に彼が派遣されたのは幸いだった。それを知った私は会いたくも無い義父に頼み込んで、こうして同行を許されたのだ。あの人を探し出して、二人を引き合わせて、義兄に自らの歪みを気付かせる為に。

 

≪……オリヴィエ、大丈夫?≫

 

 暫く警戒態勢を維持していると、ユリシアがそう問い掛けて来た。義兄の事を思うあまり黒煙の立ち昇る司令部の方をじっと見ていたオリヴィエは、慌ててレーダーディスプレイに目を移した。

 

「あ、はい。周囲に敵影、ありません」

 

≪じゃ、なくてお前がだよ。どうした、心此処にあらずみたいな顔して≫

 

 更にセイトが割り込んで来る。考えてみれば当然で、彼の手元のディスプレイには親衛隊全員の顔が映っているのだ。

 

「大丈夫です。問題ありません」

 

「まあ、初の実戦になるかもしれないんだ。緊張するのは分かるけどな」

 

 セイトがふっ、と笑みを浮かべる。彼の言う事も事実である。オリヴィエはこれが初の実戦任務だ。緊張していないと言えば嘘になる。この辺りは先輩後輩の差というものか、明確に見抜かれている。

 

≪それともレオが……お兄さんが心配?≫

 

「えっ……いえ、それは……」

 

≪私には、そんな顔に見えるけど≫

 

 ユリシアはそう言って微笑んでみせた。まあ、これも正解だ。オリヴィエは視線をメインモニターに移した。既に黒煙は消えつつあった。

 

≪大丈夫。彼は何があっても帰って来る人よ。誰かを護る時のレオはすっごく強いんだから≫

 

 そう語る彼女の目顔が何処か悲しげに見えて、オリヴィエは彼女の顔を映したウィンドゥを見返した。

 

≪……そう、あの人はお兄さんとは違う。本質的には攻める人じゃなくて護る人。だから自分から最も困難な道に飛び込んで、そして色んな人から狙われる……それこそ……≫

 

≪ユリシア。任務中だ。黙って真面目に周辺警戒しろよ≫

 

≪…………はーい≫

 

 セイトがユリシアの言葉を遮った。含みのある言い方だけに、セイトがその口止めを図ったような邪推も出来てしまう。

 今のは何? オリヴィエは訝しむ。彼女は今、何を伝えようとしていた──?

 

 だが、その思索は続いて起こった振動により遮られた。爆発のような振動では無い。機体が何かにぶつかったような音だ。見ると、メインモニターの端に秘匿通信のサインが出ていた。そして、何処から出てきたのか真横に並んだサザーランドの姿。グロースターのマントの下で、サザーランドの手がグロースターの胴体に触れていた。

 

≪──オリヴィエ。聞こえるか?≫

 

 接触回線を通じて、男の声が聞こえた。

 

「ッ!?」

 

 オリヴィエは息を呑んだ。何故、どうして、こんなに早く──? そんな疑問符ばかりが頭を過り、それと同時にもう一つの思いが込み上げて来る。

 

「その声……もしかして、エリアス……?」

 

 恐る恐る、オリヴィエは声を発した。次の瞬間、通信ウィンドゥが開いた。

 

≪ああ……迎えに来たよ、オリヴィエ≫

 

 時を経て変わる事もあるが、変わらない物もある。そこに映っていた顔に、オリヴィエは見間違いようはなかった。そこには、彼女が探し求めていたあの人の顔──榊原エリアスの顔が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 オリヴィエが目を丸くして驚いているのが、モニター越しに見える。その黄金色の髪も、琥珀色の目も昔と変わらない。ブリタニアに居た頃、エリアスと最も親しかった人物、それがオリヴィエだった。初めて会ったあの時から、実験施設へ連れ去られる直前まで、ずっと一緒だった。

 

「七年ぶりだな、オリヴィエ」

 

 そのエリアスは、現在ブリタニア軍制式機サザーランドのコックピットに居る。港に展開していた部隊の機体を奪った物だ。

 

≪……ど、どうやって、ここに? それにその機体……≫

 

 オリヴィエが声を潜めて尋ねた。

 答えとしては、まあ単純に監視所から港までは徒歩で移動し、そこから機体を奪った、という事になるのだが、実のところ、榊原エリアスにとってもこれほど事が簡単に運ぶのは想定外であった。正直な所、強行突破して彼女と接触する事も視野に入れていたのだ。

 

 この作戦が決行される前、黒の騎士団はブリタニア軍内部に潜む協力者から新設されるユーフェミア親衛隊の戦力表を入手していた。そこにオリヴィエの名が記されていたのだ。まず親衛隊のメンバーリストが流出している事自体が驚きだが、更にその協力者は今回の式根島遠征を利用した皇女暗殺の手筈まで整えたいた。結局ゼロはユーフェミアの暗殺自体は拒否したのだが、メンバーリストのオリヴィエの名を見つけた彼が、気を回してエリアスにこの機会を与えてくれたのだ。他の団員には内密に。

 今回のサザーランドの奪取はまさにその“手筈”を使わせて貰ったのだが、こうもスムーズに事が運ぶとは。このサザーランドは港湾地区の端に孤立して無人のまま配置されていたし、機体の認識番号まで寄越して来た。そうやってサザーランドに乗り込んだエリアスを、この場に居る誰もが味方機だと信じて疑わない……というより、通信一つとして寄越さない。つい先ほど、あの白兜と黒い一本角が出撃して行った後、陣形展開が一度だけあったが、それについても指揮官が一機ずつポジションを指定して来ていた。機数が少ないからだろうが、露骨なまでにこちらへの配慮を感じないでもない。協力者の正体は無論知っているが、良くもまあここまで裏切り行為をスムーズに働ける物だ、とも思う。

 

 カメラを少し横に向けると、ユーフェミアが乗って来た艦が見える。何ならユーフェミアを狙い撃ちする事すら可能だが、それはゼロから禁止されているから今回は見逃すとしよう。さて、後は彼女を連れ出す算段だが……

 

「オリヴィエ、一緒に行こう」

 

≪え……?≫

 

 あれから七年。エリアスは全てを知っていた。あの実験施設が何のためにあったのか、それは誰が仕組んでいたのか。そして何故、はるばる父がエリア11まで直接母を殺しにやってきたのか。

 だからこそ、エリアスはオリヴィエを助けに来たのだ。奴の魔の手に掛かる前に、彼女だけでも助け出さねばならない、と。

 

「君のいるそこは危険だ。俺が騒ぎを起こすから君も──ッ!?」

 

 だが、そう伝えようとした矢先、突然エリアスの頭に刺すような痛みが襲って来た。思わず頭を抑えてエリアスは呻いた。

 

“彼女から離れろ”

 

 何処からか、そんな声がした。無論コックピット内にはエリアスしか居ないし、無線が繋がっているのはオリヴィエだけだ。だが、この声はオリヴィエの声でもなく……そもそも人の発する音ですらないように思えた。痛みが雷撃の如く激しさを増して行き、オリヴィエが心配そうにエリアスを呼び掛ける声さえも聞こえなくなっていた。

 

「ぐ……ぁ……っ!! ……こ、声……が……?」

 

 激痛が更に彼の脳を乱打した。“彼女から離れろ”という声だけが頭に残り、それ以外の感覚が全て痛覚で埋め尽くされる。衝撃と苦痛が脳を満たしていた。エリアスは遂に喉の奥から悲鳴を──

 

≪各機、殿下を止めろ!!≫

 

 不意に、全てが終わった。痛みも、苦痛も、そしてあの声も。何が起きたのか分からず、エリアスは首を振って左右を見回した。

 サザーランドのシステムには何の異常も無い。システムログにも妙な点は記されていない。痛みが綺麗さっぱり消失したエリアスの脳はまだ混乱状態にあった。しかし、混乱していたのはエリアスだけではなかった。

 

≪殿下! 何をなさるんですか!≫

 

(わたくし)は今からスザクの元へ向かいます! (わたくし)が巻き込まれても良いのであれば、いつでも発射命令を下しなさい!≫

 

≪ダメですよ! 待ってくださいユーフェミア様ぁ!≫

 

 展開していた部隊から、一機のKMFが疾走し離脱を開始していた。グロースターだ。そして無線で流れて来たその声は、第三皇女ユーフェミアの声であった。

 

≪ゆ、ユーフェミア様!≫

 

 そしてオリヴィエのグロースターが、その後を追いかけ始めた。それで流石にエリアスも意識をはっきりさせて、すぐさまサザーランドのスロットルを全開にしてその後を追った。

 

 グロースターの速力はサザーランドのそれを上回っていた。段々とオリヴィエ機から距離を離されて行くが、その間にエリアスは流れて来る無線通信で状況を整理する事が出来た。どうやら戦線に向かった白兜……ランスロットが黒の騎士団の手に落ちたようだ。そしてブリタニア軍は、ランスロットに乗るスザクと交渉を開始したゼロを、スザクごと地対地ミサイルで撃破しようとしている。それを知ったユーフェミアが、スザクの元へ駆け付けようとしているようだった。

 

 状況を理解すると、エリアスは焦りを覚えた。このタイミングでは、恐らくブリタニアが攻撃を止める事は無いだろう。例えユーフェミアの所在が分かったとしても、一度発射されたミサイルが止まる事は無い。更に、ブリタニア側が言ってしまえばお飾りの副総督に過ぎないユーフェミアと反逆者ゼロの命を天秤に掛け、ゼロの抹殺を優先する可能性は非常に高い。元々、その手の事には躊躇しない国なのだ。

 だが、それでもユーフェミアはスザクの元へ行くだろう。そして、オリヴィエは彼女を連れ戻そうとし──

 

「くそっ……何なんだ!」

 

 限界速度で駆けるサザーランド。だが、オリヴィエのグロースターは既にかなり離れた場所に居て、止まりそうに無い。最悪脚部を射撃して強制的に止めるか、とも思ったが、エリアスの背後にもサザーランド隊が居た事でそれも断念せざるを得なかった。白夜ならともかく、サザーランドでサザーランド隊を相手取る自信は無かった。

 サザーランドのシステムが警報を発していた。この疾走でエナジーフィラーの消費率があまりにも激し過ぎるのだ。このままではガス欠を起こすぞ、とい意味の警報を、エリアスは無視してサザーランドを加速させ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は、少し遡る。

 

「沈めっ!!」

 

 空中からの奇襲にさえ、その敵機は対応して見せた。例の赤い機体に良く似た銀灰色の機体。レオが上空から繰り出した斬撃を緊急反転して受け止めて、更に胸部のスラッシュハーケンで反撃して来る。レオは後退してハーケンを躱すと、少し高所に着地して周囲を見渡した。

 司令部は既にかなりの敵の浸透を許していた。先陣に立つのは例の赤い機体と、この銀灰色の機体。ランスロットにも匹敵し得る戦闘力を誇るこれらの機体を止めない事には、司令部の陥落は免れない。

 銀灰色の機体の背後から、赤い機体が躍り出て此方へ接近して来る。流石に一対二で勝てる相手ではない。レオは再び空中に躍り出ると、敵機のアウトレンジからヴァリスを使用して攻撃を加えた。そうして足止めを図りつつ、他の無頼へもスラッシュハーケンを撃って牽制する。間も無くスザクのランスロットも戦線に合流し、ブリタニア側は俄かに勢いを取り戻し始めた。

 

「スザクは赤い方を頼む」

 

≪分かった!≫

 

 短いやりとりを挟んで、白と黒、二騎のKMFが敵陣へと正面から突っ込んだ。互いに何度か軌道を交差させて撹乱し、それぞれ無頼を斬り刻んで行く。レオは途中で空中に躍り出ると、銀灰色の機体へヴァリスを撃ち込んだ。直撃はしないが、それ以上の前進は阻めていた。敵機の放つ機関砲を左右に回避しながら肉薄し、竜巻のように回転しながら飛び蹴りを放つ。スザクが得意とする攻撃法を、レオもまた既に会得しつつあった。ナリタでやった時以上に高精度な蹴りが敵機の刀を弾き飛ばし、レオはMVSを抜刀し斬りつけた。放たれた一閃が銀灰色の敵機の左腕に傷を付け、そこに装備されていた機関砲を破壊する。戦闘能力を失った敵機は、無頼の援護で後退を開始した。

 

 一方、同時に赤い機体と交戦に入ったスザクもまた、強敵を相手に善戦していた。鉤爪のような右腕の攻撃を紙一重で躱しつつ、MVSで逆に斬り込んで行く。だが、向こうもまたMVSを紙一重で回避し続けており、その状態が続いていた。激しい戦闘ながら双方共に有効打が与えられない状態にあった。

 

「援護する。一度下がれ」

 

≪了解、助かるよ≫

 

 レオがヴァリスで援護射撃を放つと、スザクはランスロットを下げた。赤い機体もヴァリスの光弾を身を屈めて回避すると、こちらもすぐさま後ろに下がる。スザクはMVSを鞘に戻し、ヴァリスでの射撃に切り替えた。レオもヴァリスを高出力モードに切り替えて、ターゲットスコープを起動した。コックピットの天井からアームが伸びて、小型ディスプレイがレオの顔の前に下りて来る。

 

「……何?」

 

 だが、そのスコープを通して見た敵機は意外な動きを見せた。反撃に転じるかと思いきや、そのまま後退を開始したのだ。それはあの赤い機体だけではなく、他の無頼も同様だった。

 

≪後退する? 一体──≫

 

 その行動を訝しんだスザクの呟きは、彼自身の息を飲む音で掻き消えた。彼の視線の先、赤い機体が跳躍し退却した崖の上。そこに一機の黒いKMFがあった。無頼、それも頭部に独特な装飾が施された機体だ。そして、開かれたコックピットから身を乗り出してこちらを見下ろしている、一人の黒い人影。

 

「あれは……」

 

≪……ゼロ!?≫

 

 そう、それはゼロで間違いなかった。あの闇色の太陽を描いた仮面に、飾り気の強い黒のマント。それはまさしく、黒の騎士団の首魁ゼロの特徴と一致する。スコープ越しとはいえ、レオも直接目にするのは初めての事であった。

 

「何の真似だ、彼奴……」

 

 ヴァリスの射程圏外とはいえ、敵の前に身を晒す、それもKMFのコックピットから出た状態で。正気の沙汰ではない。困惑するレオの横で、ランスロットが飛び出して行った。

 

「待てスザク、危険だ!」

 

 スコープを押し上げて、レオは叫んだ。

 

≪解ってる、でも!≫

 

 なおも前進するスザク、後を追うレオ。だがフロートを起動して飛び立った直後、ナハトは森から伸びて来た射線に進路を阻まれた。ナハトの動きを止める一方で、ランスロットとゼロを繋ぐ直線上には何の妨害も無い。明らかに罠であった。そしてそれは、スザクとて理解しているようだった。

 

≪ユフィの為にも、僕は此処で!≫

 

「二重三重の罠を、単騎で食い破れるか!」

 

≪食い破る! 無理は承知だ!≫

 

「焦り過ぎるな!」

 

 脚部のブレイズルミナスを起動して、レオは強引に前進を図った。薄緑色のエネルギーシールドが敵弾を弾き飛ばし、レオは一気にランスロットとの距離を詰めた。

 だがその途端、背後に迫る機影があった。それは、先程撃退したはずの銀灰色の機体だった。

 

「何!?」

 

 基地施設を活用した跳躍で、取り落としたはずの刀を手に銀灰色の機体が斬り込んで来た。脚部の向きを変えて、ブレイズルミナスでそれを受け止める。が、敵機はそのままナハトの脚を掴んだ。飛行能力を持たない敵機の重量がナハトを引っ張る。止むを得ず、レオはそのままナハトを降下させた。無論ただそのまま落ちるレオでも無く、降りながら基地施設に接近した。壁面に叩きつけるのだ、と理解した敵機はすぐさまナハトから離れ、レオは再び上昇した。

 

 その矢先に、今度は別の何かがナハトの上に飛び乗って来た。それは、別のもう一機の銀灰色の敵機だった。安定性を失い、今度こそナハトは地面に叩きつけられた。

 地面に外装を強く擦りながら、レオはナハトを強引に起き上がらせた。納刀された刀状MVSの柄を掴んだその正面に、銀灰色の機体が二騎、立ち塞がっていた。ランスロットはその向こうで、ゼロを追って森の中に消えて行った。

 

「そこを──」

 

 フロートのスラスターを順次点火し、レオはナハトを突進させた。抜刀はまだしなかった。腰に佩いたそれの柄を掴んだまま、敵機との距離を急速に詰める。片方の敵機が挑戦に応えんとばかりに刀を構えて突っ込んで来る。一瞬で、二騎は近接戦闘距離にまで近付いた。

 

「──退けっ!!」

 

 抜刀、一閃。電磁加速システムが、恐らくは近接専用に最適化されているであろう敵機よりも素早い抜刀を可能とした。上段から斬り込んで来る敵の刃を、血のように赤い刃がその腕ごと斬り裂いた。赤い閃光を残して、ナハトは無力化した敵の真横を擦り抜けた。

 だが、それで終わりでは無い。まだ同じ敵機がもう一騎居る。

 今の所謂“イアイ”じみた攻撃は一種の奇襲攻撃だ。あえて納刀して見せることで、敵の攻撃パターンを絞る──今回のケースなら、敵機は抜刀直後の瞬間を狙って重い一撃を加えようと考えていた──その上で攻撃速度を直前で上回り、敵の予想外のタイミングで攻撃を加える。有効なのは一度きりだろう。そして次の敵機は、接近戦は仕掛けずに左腕の機関砲で弾幕を展開し始めた。

 

 なるほど、これは──有難い。

 

 ナハトは突進速度を緩めずに姿勢を低くした。ブレイズルミナスを展開し、敵弾を防御しつつ敵機の目の前に躍り出ると、レオは機体を跳躍させて敵機の真上に抜けた。ブレイズルミナスを解除した脚部で敵の頭部を踏み付け、そこから更にフロートを噴射して空高く舞い上がる。

 

≪私を踏み台にしたっ!?≫

 

 一瞬、そんな声が聞こえて来る。無線の混信だろう。ノイズだらけではあったが、何かを言っていたのかは分かった。勿論、日本語が分からないレオにとっては雑音でしか無かったが。

 振り返って敵機は機関砲を掃射する。主翼を展開し離陸したナハトは、一瞬で彼らの攻撃可能圏から離脱していた。

 レーダーディスプレイに視線を移すと、画面に強いノイズが発生していた。ナハトの強化型索敵システムを使ってもノイズをキャンセルしきれない。戦友の白い機影を求めて、レオは高度を落としつつ森の上空を駆け抜けた。

 

 何処へ消えた、スザク……?

 

 役に立たないレーダーは諦めて、ファクトスフィアを展開しつつ飛行を続ける。そのうちにランスロットと思しき轍を地表に確認すると、レオは着地してその跡をトレースし始めた。どうやらランスロットは……というよりゼロは森の中をかなり複雑なルートを描いて逃走していたらしい。あのまま空中を行っていたら、恐らくナハトは全く真逆の方へと向かっていただろう。

 

「だいぶ見当違いの方向へ来てしまっていたか……間に合うか──ッ!?」

 

 その瞬間、レオの脳裏にハッと閃くものがあった。まるで冷たい風が急激に通り抜けたかのようなぞわついた感覚。ヒヤリと身体が冷えるような感覚、そして脳内に聞こえる聞き覚えのある声。

 

“まずいぞ! オリヴィエが!”

 

 それは、あの霊体の女からの呼び掛けだった。レオはナハトを緊急停止させて叫んだ。

 

「オリヴィエがどうした!?」

 

“ユーフェミアを追って前線へ! もうすぐミサイル攻撃が始まるというのに!”

 

 ミサイル? 何のことだ、と問い掛ける前に、ナハトの通信機がノイズに紛れて微かな通信音声を拾った。式根島基地司令部からの物だった。

 

≪──ルフォー……………避を! これよ……ゼロへ…………サイル……なう! ………………ちに退……!!≫

 

「何だ……? どういうんだ!?」

 

“スザクがゼロの罠に嵌ったんだ! それを知った式根島司令部はスザクごとゼロを撃つ事にしたらしい。それを知ってユーフェミアがスザクの元へ行った、と言うのさ!”

 

「何だと……っ!?」

 

 レオはすぐさまナハトを全速力で前進させた。ランスロットの軌道は既に判明しているから、スザクの元へは辿り着ける。一刻も早く辿り着かなければ、スザクも、ユーフェミアも、オリヴィエまでもがゼロ諸共に撃たれてしまう。それも、味方であるはずのブリタニア軍の攻撃で。

 

≪──ォード中尉、退避を! 既にミサイルがそちらに!≫

 

 通信システムによる自動調整なのか、いつの間にか通信のノイズが消えていた。司令部がレオに退避勧告を喚き立てていた。

 ……スザクを巻き添えにゼロを撃とうとしている張本人が。

 

「愚か者が……ユーフェミア殿下が着弾地点に居るのだ! それでも尚撃つか!」

 

≪な……っ、ユーフェミア殿下が!? しかし港からは何も──≫

 

 話にならない、と悟りレオは通信を強制終了した。まさにその瞬間、視界が開けたすり鉢状の地形がレオの前に現れた。

 蟻地獄を思わせる地形の外縁に、黒の騎士団の機体がずらりと並んでいた。彼らは全機が空へ向けて機関銃を乱射していた。ミサイルの迎撃をしているのだ。そしてその中心、すり鉢の底に、スザクのランスロットが直立していた。

 

「スザク!!」

 

≪な……黒兜だと!?≫

 

 通信混線で、敵機のパイロットの声が聞こえた。慌てて機体を反転させた無頼改に、レオはスラスターの速度を乗せた飛び膝蹴りをぶち当てる。頭部を蹴り飛ばされた無頼改は思い切りのけ反って、すり鉢の底へと滑り落ちて行った。無頼改はなおもそこから抜け出そうと刀を地面に刺し、ランドスピナーを全開にする。

 だが、砂を巻き上げながらある程度下まで滑ったところで、突然無頼改の機体がスパークした。そのまま無頼改は全ての動作を停止して、為す術無くすり鉢の底へと滑落し仰向けに転がった。その不自然な挙動を見て、レオはナハトを急停止させる。細かい理屈は解らないが、この地形の中に踏み込むのは危険だ、とレオの直感が叫んでいた。恐らくは、ゼロによるランスロット用の罠がまだ生きているのか。

 

 と、不意に銃声が止んだ。ミサイル迎撃が完了したのか。なる程確かにこちらへ飛んで来るミサイルの影はほぼ全て消滅していた。だがその代わりに、この場所に新たな脅威が出現していた。

 突然、辺りが暗く翳った。黒の騎士団も、レオも一斉に頭上を見上げる。そこには、空を覆い尽くす一つの巨影があった。轟音を響かせながら空中に君臨し、太陽を覆い隠した白い巨影。それはまさしく、空中要塞という言葉を連想させる威容であった。

 

≪あれは……お兄様のアヴァロン!?≫

 

 混乱する通信の中、レオは確かにその声を聞いた。ユーフェミアの声が、無線越しに聞こえて来たのだった。レオはすぐに周囲を見回し、間もなく黒の騎士団に紛れていた二騎のグロースターを見つけた。片方はユリシア機、そして片方はオリヴィエの機体だった。

 

 アヴァロンと呼ばれた空中の巨影が、艦底部の隔壁をゆっくりと開いた。ぽっかりと口を開けた暗闇の中に、翡翠色に光る二つの光点があった。そして次の瞬間、その光点の左右に妖しく輝く赤い光。徐々に荒れ狂い、勢いを増して行くその輝きは、レオもよく知っている兵器の物であった。

 ──ハドロン砲。ガウェインに主砲として搭載されていた、エネルギー兵器だ。

 

「馬鹿な……ハドロン砲を撃つ気か!? ユーフェミアも居るんだぞ!?」

 

 無駄と知りつつ、レオは叫んだ。

 どうする、発射母機をヴァリスで撃つか? だがあそこまでチャージが完了した以上、下手に母機を撃破すれば大爆発を起こしかねない。流石のアヴァロンも艦内でそれほどの爆発が起きれば無事では済むまい。なら、一か八かブレイズルミナスで防ぐしか手は無い。だが今この局面ににおいて、レオが守らねばならないのはレオ自身の命ではない。

 

≪殿下、逃げて!≫

 

 オリヴィエのグロースターが、ユリシアのグロースターを後方へと突き飛ばした。成る程、ユリシアのグロースターに乗っているのはユーフェミアだ。レオはフロートを吹かして、ナハトを跳躍させた。地形を飛び越えて、ナハトはオリヴィエのグロースターの元へと飛び込む。

 

 直後、深紅の雨が降り注いだ。アヴァロンから放たれた赤黒い光弾が地面を強烈に叩き、地形を破壊しながら巨大な閃光を発生させる。レオはオリヴィエの前に立つと、最大出力でブレイズルミナスを起動した。

 

≪お兄様!?≫

 

≪下がれオリヴィエ! 危険だ!≫

 

 オリヴィエの声と、また別の声がした。歳若い男の声だ。何処かで聞き覚えがある気がした。だが、レオにそんな事を考えている余裕は無かった。レオは警告音にも構わず、ブレイズルミナスの効果範囲を広げオリヴィエのグロースターを防護する。しかし、暴力的な赤黒い光を受けた緑の光は急激に輝きを失って行き、そして遂に弾け飛んだ。まるでガラスが割れるかのような音と共に、ブレイズルミナスが消失する。

 

「──っ!?」

 

 そこへ、無情にも更なる光弾が飛び込んで来る。レオは咆哮を上げて、ナハトのスラスターを全開にしてオリヴィエのグロースターの前に出た。

 

 

 

 

 瞬間、世界は白に包まれ────そして全ての色が反転した。


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