コードギアス 血刃のエルフォード   作:STASIS

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第十八幕 運命の島3

 目蓋を開くと、天地逆転した世界を生きる小動物の顔が視界に映った。柔らかそうな毛に包まれた小さな黒い眼差しが、こちらを覗いている。丸々と見開かれたそれと、愛らしくも鋭く伸びる前歯を見て、暫くしてそれがリスである、と分かった。その間も、リスは野生らしく警戒心あらわにこちらに近付いて来る事も無かった。

 

「ん……ぅ?」

 

 何故だか痛む身体に鞭打って、レオは身体を起こした。途端、リスは脱兎の如き勢いで茂みに隠れ姿を消した。

 嫌われたか? と、呑気な事を考えた途端、レオの思考にようやくスイッチが入った。オリヴィエは無事なのか!? ユーフェミアは、スザクは……?

 

 だが、ハッとなって見回した周囲には誰も居なかった。辺りに立つのは秩序も何も無く生い茂る草木の姿だけ。此処はどこだ? 式根島ではないのか……? だが、辺りはひたすらに静謐としていた。ブリタニア軍も、黒の騎士団の姿も無い。砲声も、KMFの駆動音も──

 

「そうだ、ナハトは……」

 

 次々と、光景が蘇って来た。ナハトに乗って、ハドロン砲からオリヴィエを庇った事、ブレイズルミナスが破れて、遂に自分の機体をオリヴィエの盾にした事……。

 ナハトは破壊されてしまったのだろうか。それで脱出システム──ランスロットではオミットされたそれが、飛行兵器という事でナハトには積まれていた──が作動して、放り出されて……?

 だが、近辺にそれらしき残骸は無い。服に付着した土を払いながら立ち上がると、レオは背後に大きめの木が屹立している事に気付いた。そして少し高い枝に、レオが腰に帯びていた装備ベルトが引っ掛かっている事も。

 

 …………もしや、そこから落ちたのか、俺は。

 

 身体が痛む理由は、どうもそれのようだった。ベルトの金具は破損しており、辛うじて木と自分とを固定していたそれが断ち切れた事で身体だけが落下、それで目が覚めた、と。道理であのリスも驚いて、目を丸くして此方を見ているはずだ。

 とりあえず、レオは破損したままぶら下がっているベルトから装備を取り外し始めた……と言っても、大したものは付いていなかった。特に最も重要なサバイバルキットの類は無かった。そもそも、この装備は別にパイロット装備ではないのだ。出撃時、パイロットスーツに着替えずに出た事が裏目に出ていた。だから回収したのは、小型拳銃を仕込んだホルスターと予備マガジン、バッテリーだけ。袖の中に隠した仕込み短剣を含めて、まあ身を守る道具だけは充実していた。

 

 これからどうする、と考えたところで、林のすぐ先に切れ目があるのが見えた。光がそこから射し込んでくる。レオはそこに向かおうとして、一歩踏み込んだところでぴたり、と止まった。踏み込んだ足が何かに当たったからだ。視線を下に落とすと、それは愛用の刀剣だった。身体の下敷きになっていたのか、半分土の中に減り込んでいた。ナハトに乗る時にシートの裏に放り込んでおいたはずのそれが、そこに転がっていた。レオはそれを拾い上げると、改めて林の先を目指した。出口を遮る枝を仕込み短剣で切って、太陽の下にレオは身を晒す。次の瞬間、レオは言葉を失った。

 

「んな──────」

 

 林の先に待ち受けていたもの、それは──何もない空間、切り立った断崖であった。その向こうで、青々とした海が凪いでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

≪嘘──? レオは!? ねぇ、レオはどうしたの!?≫

 

≪わ、分かりません! でもナハトが、ナハトが此処にあるのに空なんです! コックピットが!!≫

 

≪んな馬鹿な話があるか! え? オリヴィエ機も空? 止めろよ俺ホラー嫌いなんだよ、冗談やってるんじゃないよ!≫

 

 あの一件から、一晩が経っていた。空から降り注いだ赤い光による混沌。あの場にあって、ユリシア機を掻っ払って(セイト談)戦場に現れたユーフェミア、指揮所に居たユリシア、セイトらは全員無事が確認されていた。そして、自分も──。

 枢木スザクは、暗い表情でそれを思い返していた。

 

 あの瞬間に何が起こったのか、スザクは何も思い出せなかった。ゼロとの会話の後、捕らえた彼をランスロットのコックピットに押し込んで……そこにアヴァロンからハドロン砲が発射されて……それで……それで………………。

 だが、繋ぎっぱなしになっていた通信記録は、全てを克明に記録していた。スザクが覚えていなかった事を、全て。だが明かされた事実は、スザクには到底信じ難い内容であった。

 

「──ようスザク、釈放おめでとうさん」

 

 レーダⅣの格納庫で考え込んでいたスザクに、セイトが後ろから声を掛けた。彼の声にも、覇気は無かった。

 

「ああ、ありがとう……それで、まだ見つからないのかい?」

 

「ダメだ。捜索隊の成果はゼロだ。二人とも、何処へ消えちまったのやら……」

 

 そう、この作戦で、ユーフェミア親衛隊から未帰還者が二名出ていた。レオハルト・エルフォードと、オリヴィエ・エルフォードの二名。だが戦死と断定するには、状況は不可解に過ぎた。

 今、スザクの目の前には回収されたナハトがハンガーに収められていた。脚部ブレイズルミナス発生装置が破損し、更に背部フロートユニットは全壊に近い状態だった。それを固定していたコックピット外殻も酷く焼け焦げていた。それでも、しっかりと機体の原形は留めていた。

 データログによれば、ハドロン砲の掃射の大半をブレイズルミナスで防御したものの、掃射終了まで後一歩のところでブレイズルミナスがオーバーロードを起こし、その後機体が180°転回した事で背部フロートに直撃を受けた、とある。

 何故、コックピットがある背部を晒したのか。それは彼を知る全員がすぐに理解した。真後ろに居たオリヴィエとユーフェミアの機体を守る為だ。フロート噴射でオリヴィエの機体と、それからユーフェミアの機体をハドロン砲の加害半径から押し出そうとしたのだ。

 

「まあ、こいつに当たったのは最後っ屁みたいな物だ。そのくらいならこいつの装甲は耐えられる……ってか実際耐えた。だから中のレオだって無事なはずなのに……」

 

「蓋を開けてみればレオが居なかった」

 

「そしてオリヴィエも。コックピット内装は無事なのに、人間だけが消えてたんだ。シートベルトさえそのままでな」

 

 セイトの言葉を、スザクが受け継いだ。そしてレオがそうまでして庇ったオリヴィエ機の方は脚部を破損して地面に転倒したが、それ以上ハドロン砲の被害は受けていなかった。そして同じ場所に居たユーフェミア機は逆に、無残にも頭部から腰までを貫くようにして縦の大穴が空いていた。幸いにも被弾時に緊急射出システムが作動し背部ブロックが強制排出された事でコックピットに損傷は無く、ユーフェミアも無事であった。

 

「個人的な話としても、それから戦力的な話としても大打撃だ。エリナ殿下になんて言えばいいんだよ……」

 

「……僕が言うよ。一応まだ隊長だから」

 

「いや、無理するな。俺が言うさ」

 

 ナハトの向こうで、ランスロットが同じようにハンガーに収まっている。こちらも酷く煤けているが、破損箇所は無かった。だが、こちらについては二人とも意図的に言及を避けていた。

 

「実はさ、もう一機あの場にサザーランドが居たんだ。けど、こいつもコックピットが空なんだよ。島の守備隊の機体なんだけどさ」

 

「何が起こったって言うんだ、一体……」

 

「分からん。ただ、三機とも凄え近くに居た事は確かだ。ユーフェミア殿下はイジェクトで離れてたし、何か関係あるのかも、って話も出てる」

 

 セイトはそう言って、また黙り込んだ。そんな話をしたところで、何一つ解き明かせる物は無いのだ。

 

「ねぇ、ユリシアはどうしてる?」

 

 暫しの沈黙の後、スザクはそう問い掛けた。セイトは無言で背後を示した。

 

「……一応、様子を見に行こうと思うんだ。セイトも来る?」

 

「そう、だな。先に行っててくれ。俺はエリナ殿下の所に寄って、それから行くよ」

 

 そう言ってセイトは艦内へ続く通路の一つに消えた。スザクは最後にもう一度ナハトを、そしてランスロットを一瞥してから、また別の通路へと歩を進めた。

 

 ユリシアは、医務室のベッドの上に居た。スザクが医務室に来た時には既に目を覚ましていたようで、叩いた戸の奥から彼女の声を聞いて、とりあえずスザクは一安心して医務室に入った。

 ……セイト曰く、あの時、彼女は錯乱に近い状態にあったという。ハドロン砲が掃射された瞬間、そしてナハトの無事が確認されたと思ったら、その中にレオが居ない、と分かった瞬間。気が付けば森の中で停止していたランスロットを操って、スザクが港に帰り着いた時も、彼女はサザーランドに乗り込もうとして数人がかりで止められている状態だった。

 レオを探しに行く、彼が居ないと……そう叫びながら。

 

「もう……大丈夫なのかい?」

 

 ベッドの横に置かれた椅子に腰掛けて、言葉を選びながら問い掛ける。ユリシアは弱々しく笑みを浮かべた。

 

「ええ、大丈夫。心配かけてごめんね……」

 

 嘘だ、とすぐに分かった。とはいえ、スザクもそこで深入りするような不用心な真似はしないつもりだった。だからそれで納得したふりをする。

 

「とりあえず、通達はしておくね。僕達は暫くこの島に待機する。これはシュナイゼル殿下のアヴァロンも同様だ。そしてこの間に、セイトは予定通り新型の試験を行っておく。だから、ユリシアはゆっくりしてて大丈夫だよ」

 

「了解……大丈夫よ。私もそんなに長く寝てるつもりはないから……」

 

 弱々しいながら笑みは浮かんだままだった。それが却って疑わしい。どう見ても平気な状態ではないのだ。スザク個人としても、隊長としても彼女には任務から外れて休んで貰いたい、と言うのが本音である。

 ……しかし。

 

「ねぇ、レオは?」

 

 ユリシアが呟くように問い掛けた。答えようか答えまいかかなり迷ったが、スザクは口を開いた。

 

「捜索中だよ、オリヴィエも含めて。島中の捜索が始まって結構経つ。そんなに大きな島じゃないし、そろそろ見つかるんじゃないかな」

 

 言った途端、彼女の表情が変わった。ベッドから起き上がろうとする彼女を、スザクは慌てて止めた。

 

「じゃあ……私も探しに行く。捜索隊に加わって……」

 

「待つんだユリシア。もう充分な規模の捜索隊が編成されてる。君は寧ろ休むべきだよ」

 

「休んでなんか、居られないわよ……」

 

 彼女は小さく呟いた。あまりにも不安定な声色だった。

 

「だって……だって、あの人が居ないと、私……また……」

 

「──失礼。ユリシア、起きてる?」

 

 不意に医務室のドアが叩かれた。びくり、とスザクが振り返り、ユリシアは声色を戻して、どうぞ、と答えながら何やらいそいそと衣服を整えようと試みる。スッと音を立てて戸が開き、入って来たのは一人の少女……エリナ・エス・ブリタニアだった。

 

「エリナ様……っ!?」

 

 慌ててスザクが立ち上がろうとするのをエリナがやんわりと止める。それでもスザクは自分が座っていた椅子を彼女に勧め、壁際に退いた。

 

「具合はどうなの?」

 

「ご心配をお掛けしました。でももう大丈夫ですよ」

 

「──本当に?」

 

 エリナもスザクと同じ結論に達したのか、訝しげにユリシアを見る。だが、彼女は大丈夫、大丈夫だから、と繰り返すだけだった。釈然としないながらも、スザクはそっと医務室を辞した。

 何ら力になれなかった、と痛感する。とはいえ、エリナの方が、自分より彼女との付き合いは長いだろうし、或いは自分より彼女の力になれるかもしれない、と。医務室を出ると、ちょうどセイトが通路の角から顔を出すところだった。

 

「あ、スザク、ユリシアはどんな様子だったよ」

 

「起きてはいたよ。今エリナ殿下が」

 

「あ〜、んじゃお任せした方が良いかな?」

 

 そう言って、セイトは来た道を引き返そうとする。スザクはそれを追いかけて、ちょん、とセイトの肩を突いた。何だよ、と振り返るセイトに、スザクは声を潜めて問い掛けた。

 

「ユリシアなんだけどさ……彼女ってどういう人なんだい?」

 

「どう? どうって……リィンフォース家のお嬢さんで……」

 

「そうじゃないんだ。特派時代から暫く一緒にやってるけど、実は僕は彼女については良く知らない。レオと一緒に来た騎士だって位しか。だから……聞きたいんだ。なんで、あんなに取り乱すような事になったのか」

 

 昨日の一件におけるユリシアの狂乱ぶりとそれから今に至るまでの状態は、正直言って正常な状態ではない。異常だ。同僚の行方不明、というだけでは説明が付かない事だ。

 

「……聞きたいか」

 

 セイトの声が一オクターブほど下がった。聞いては不味い事なのだろう、と分かる。それでも、スザクは頷いた。セイトは身振りで「付いて来い」と示し、通路の奥へと進んだ。

 彼に連れられて出向いた先はレーダⅣの甲板上であった。レーダⅣの殆どの艦内要員は式根島に上陸しており、今甲板上にはスザクとセイトの二人しか居ない。セイトは周囲を何度も、何度も見回して確認すると、慎重に話し始めた。

 

「ユリシア、な……彼女、実は真っ当なリィンフォース家のお嬢さんじゃないんだ。リィンフォース家当主の前妻の娘、それも叛逆容疑で処刑された女の娘なんだよ」

 

「叛逆容疑……?」

 

「濡れ衣だ。他人の罪をおっ被せられたのさ。少なくとも俺はそう信じてる。でもって、公的には彼女は罪人の娘だ。彼女の父親は彼女だけはどうにか庇い通したんだが、それでも彼女に向けられる視線は変わらなかった……そこに来て、今度は父親が倒れた。今となってはもう殆ど引退状態だ。だから今は彼女の兄、ウォルター・リィンフォースが次期当主として、全てを仕切る勢いでやってる」

 

「待って、じゃあその人も罪人の息子になるんじゃ……?」

 

「あいつは、その罪人を告発した張本人なのさ……そのでっち上げの罪をな。あれからの成り行きを考えるに、多分奴が、家を乗っ取ろうとして全部仕組んだろうさ」

 

 セイトの顔が嫌悪に歪む。暫くそのウォルターという人間への罵詈雑言を並べ立てた後、セイトは話を続けた。

 

「……まあ、その下衆以下の汚物の如きクズ野郎が家を乗っ取るに当たって、父親を除けば障害はユリシアだ。仮に誰かがあいつの嘘を突っこうとすれば、彼女が鍵になりかねない。だから、あいつは母親を陥れた後、彼女に……彼女の精神に徹底的に教え込んだのさ。お前は罪人の娘で、一生母親の罪を償う義務がある。その為に自分に従え、ってな。そう、いろんな手段で。」

 

 スザクは何も言えなかった。そのような素振り、彼女からは一切窺えなかったというのに。

 

「そんな彼女は、ある時レオに出会った。彼女について知っても、あいつは目敏く兄の陰謀だって理解して逆に彼女の味方をし続けた。俺も、エリナ殿下も、モニカも……ああ、モニカってのは俺らの友達な。結果、前当主が倒れた今になっても、ウォルターはイマイチ家を乗っ取れてない」

 

「それで、“彼が居ないと”、か……」

 

「まあな。ユリシアは今でもレオにかなり依存してる……まあそのレオはレオで、そんな事分かってないんだけどな。いつだったかあの野郎、“彼女随分変わったが何があった”とか宣いやがってな。切っ掛けはテメエだってのに」

 

 重苦しい雰囲気が一瞬だけ途切れ、セイトは苦笑した。

 

「まあ、レオはレオで、自分の抱え込んでるもので精一杯なんだろうけどさ」

 

「?」

 

「……とにかくそういう訳だ。早いとこレオを見つけてやらんと、ユリシアの精神によろしくないとは思うよ。俺も」

 

 セイトはそう言って、視線を遠く彼方に向けた。式根島の緑と青空、穏やかな海の青に向けてセイトは呟いた。

 

「……でないと、それはそれで不味い事になるのさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 穏やかな青の下に、黒い闇が広がる。闇の中で一層深く黒い巨影、即ち黒の騎士団の潜水艦内は、ちょっとした混乱の中にあった。

 第一の理由は、過日の式根島における作戦で受けた被害の為。突如として出現したブリタニアの航空要塞の砲撃により、地上に展開していたKMF隊は大打撃を受けた。喪失したKMF、実に十五騎──この中にはゼロ搭乗の無頼も含まれていた──に及ぶ。緊急脱出装置のお陰で犠牲者は少なかったものの、負傷者は多数。作戦において白兜の動きを止める役目を果たした特殊装置ゲフィオンディスターバーについても、大本の装置は無事だが戦域に配置していたフィールド発生ポッドの方は全損している。

 端的に言えば完敗である。枢木スザクは仲間に出来ず、一歩間違えればゼロを含めて黒の騎士団が本当の意味で全滅の憂き目に遭うところだった。この状況下で全軍瓦解に至らず撤退出来ただけでも奇跡だ。その辺りは、流石奇跡の藤堂が前線指揮官を務めていただけの事はあるだろう。

 現在、黒の騎士団は式根島近海の海中深くに潜んでいた。

潜水艦からのECMによる電波遮断、遠隔操作で地雷を爆破しての陽動、地形を使った可視探査阻止等々、あらゆる手段を尽くしての逃避行である。一応、ブリタニア側は黒の騎士団を見失った様子だった。

 

 本来なら、ここでさっさと撤収を決め込むのが定石ではある。だが、黒の騎士団にはどうしてもそれが出来ない理由があった。それが第二の理由……榊原エリアスの回収が出来ていない事だ。

 部隊から離れて単独支援任務に当たっていたエリアスは、あの空中要塞からの退却に合流出来なかった。幸い生存を知らせる信号は受信出来ており、騎士団としてもすぐにでも回収部隊を向かわせたい所であった。だが、信号の発信地点は式根島ではなく、その近隣にある神根島。そして運の悪い事に、そこにはブリタニアの最精鋭部隊が駐屯している。

 

『全く……何故こんな所に……』

 

 作戦会議に使用される小部屋。海域図を見下ろしながら、ゼロが苦々しげに呟いた。それはエリアスの事なのか、ブリタニア軍の事なのか。

 

「ナイトメアも無かった訳ですから、式根島に留まっていては危険だ、と判断したのでしょう。彼は潜水装備を持っていましたし、あの時点では水中聴音機等監視設備は彼自身が無力化していました。これが復旧する前に島を出るべきだ、と判断したのは妥当だと思います。酸素さえ確保出来れば、彼の身体ならかなりの距離を泳げますし」

 

 カレンがそう言うと、ゼロは首を横に振った。

 

『いや、彼の方ではない。ブリタニアの方だ。エリアスについては、島を離れたのは良い判断だと私も思う。神根島なら合流にも丁度良いだろう。本来ならな……だが……』

 

「ゼロ、神根島の部隊について分かったぞ」

 

 作戦室に扇が入って来た。扇は手にした何枚かのリードアウトをゼロに手渡し、神妙な顔で言った。

 

「統治軍じゃない。本国の遠征部隊だ。しかも、皇帝直属らしい」

 

『何……? まさか、皇帝がここに?』

 

「いや、そうじゃないらしい。ただブリタニアの最精鋭……ナイトオブラウンズの部隊が護衛に付いてるんだ。只事じゃ無さそうだぞ」

 

『ふむ……』

 

 暫くゼロはリードアウトに目を通していた。仮面のせいで、その表情は読み取れない。帝国最強の十二騎士と呼ばれる最精鋭、それが円卓の騎士(ナイトオブラウンズ)だ。1から12までの席次を与えられた、トップエリート中のトップエリート。通常の部隊だけならばともかく、現状の黒の騎士団ではこれに対抗など出来ないだろう。

 相手が相手だけに、神根島に居るエリアス自身にどうこうして貰う、という訳でも無い。第一、こちらから向こうに呼び掛ける連絡手段が無い。それはゼロにも、カレンや扇にも分かっていた。

 

『……いずれにせよ、エリアスの存在は我が黒の騎士団にとって重要な物だ。戦力としてはカレンや藤堂に次ぐ、四聖剣にも比肩する人材だ。失う訳にはいかん』

 

「ああ。だが、どうやって回収すれば良いんだか。ここにあまり長くは滞在出来ない。一応、ブリタニア側の協力者にも手助けを依頼してはいるが……」

 

『最良なのは、エリアスに再び海に出て貰う事だろう。そうすれば海中で回収出来る。神根島へは近付けないにしても、ある程度海に出てしまえば本艦から回収用に小型潜水艇を出す事も可能だ。と言って、我々から彼に呼び掛けることは難しい。故に、エリアス自身の判断に期待するしかないだろうな』

 

 と、館内放送スピーカーがノイズを鳴らした。三人が一斉に頭上に視線を向ける。

 

≪あー、ゼロ、ゼロへ連絡。急ぎの用件がある。ちょっと通信室まで来て欲しい≫

 

 黒の騎士団幹部の一人、南の声だった。ゼロは溜息と共に海図から目を離し、扉口へと歩いた。

 

『では私は向こうへ行って来る。扇、改めて言っておくが、本艦はあと二日間のみ、この場所に留まる。残念ではあるが、それまでにエリアスの動きがなければば……』

 

「……分かってるさ」

 

 そうしてゼロは作戦室を後にした。残されたカレンは海図を載せた机に体重を載せ、つんつん、と神根島を突いた。

 

「何やってんのよ……早く戻って来てよ。貴方には聞きたいことがあるんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現実は、ゼロ、そしてカレンの予測とは異なっていた。エリアスは確かに神根島に移動していたが、それは自分自身の意思によってではなかった。

 

「……おいおいおい」

 

 遥か海の向こうに、大きめな島のシルエット。間違いなく、体感的に少し前に自分が居た筈の式根島だった。自身の現在位置を把握して、榊原エリアスはそう呟くしか出来なかった。土左衛門か何かの如く浜辺で寝そべっていたのが数分前。恐らく濡れていたのであろう衣服の中に入り込んだ砂と格闘する中で、エリアスは意識を失う直前に何があったか思い出した。

 いや、思い出した、と言っても、その光景が今の現状に繋がる訳では無い。サザーランドを奪ったまでは良かったが、オリヴィエを追い掛けて行ったあの場所で、空から降り注いだあの光に包まれて──気が付いたらここに居た。サザーランドのコックピットではなく、晴れた青空の下で静かに波が打ち付ける、世が世なら海水浴にうってつけであろう砂浜に……まあ季節外れも良い所だが。

 作戦はどうなったのだろうか。黒の騎士団はどうなったのか。そう考えるより先に、エリアスはオリヴィエの姿を求めて周囲を見回した。砂浜には見渡す限り自分しか居ない。左腕に仕込んだ秘匿ビーコンのスイッチを入れて、エリアスは砂浜を歩き始めた。

 

「そこな蟹くん何か知らないか」

 

 などと、足元を失礼しますとばかりに横切る蟹を相手にして気の触れたような事を言ってみる。無論蟹風情に何が分かるはずも無いのだが……と、その蟹の進路に目を向けてみると、島の奥へと続く林があった。そしてその中の樹の陰に……。

 

「……いや、冗談だったんだがな」

 

 エリアスは立ち上がって、そこに駆け寄った。樹の根に倒れ込むようにして、金髪の少女が居た。間違いない。あの通信映像で見た姿エリアスはそっと彼女抱き抱えて身体を起こした。何度か呼び掛けていると、彼女は小さく呻き声を漏らした。

 

「エリ……アス……? 本当に、エリアス……?」

 

 彼女が目蓋を開き、その琥珀色の視線がエリアスを捉えた。間違い無い。彼女はオリヴィエ・エルフォード……エリアスにとって、義理とは言え妹に当たる人物だった。

 

「ああ……やっと会えたな。オリヴィエ」

 

 がばっ、とオリヴィエがエリアスに抱きついて来た。エリアスは生身の手でその髪に触れ、優しく撫でる。

 七年前の開戦の折に、立ち去る──正確には連れ去られる、というべきだったろうか──屋敷の前まで飛び出して来た少女は、今も尚彼を覚えていてくれた。それだけで、エリアスの心に来る物があった。

 ……最も、彼女はあの時から変わらないが、自分は随分と変わり果てていたが。

 

「良かった……生きてて……っ!」

 

 暫くのあいだ、二人は互いの存在を確かめるように抱き合っていた。オリヴィエは両腕で、エリアスは生身の腕一本で。その様は少しばかり違和感のある物でもあり、オリヴィエは不審げにエリアスを……エリアスの機械の腕を見た。

 

「エリアス……これ……」

 

 まあ、隠しておける物でも無い。エリアスは無言で左腕の袖を捲った。そこには、紅色に染め上げられた機械の腕があった。もう少し上に捲れば、肩口にある生身の腕との接合部まで出せるが、オリヴィエが息を飲む姿を見て、それは止めておいた。

 

「……腕だけじゃ無いさ。脚も両方機械。残った部分にも機械が入ってる」

 

 オリヴィエが絶句しているのを見ると、エリアスはこの話を打ち切った。自分の身体について、見せたく無い、という感情を抱くのは初めてかも知れない。これまでこの機械混じりの身体は人の目から隠す物では無く、寧ろ見せつける物だった。これが、エリアス自身の怒りを表す物だった。だが今、彼女にそれを見せたくないと感じる。混乱を振り払うようにして、エリアスは顔を背けて立ち上がった。

 

「とにかく、見つけられて良かった。君は何があったか覚えてるか? 式根島で……」

 

「いいえ、私も……お兄様が庇ってくれたから。っていうか、ここ式根島じゃないの?」

 

 砂浜に向け移動を始めたエリアスを、オリヴィエが追い掛ける。

 

「植生も同じだし、太陽の位置や気温の変化も特に見受けられない。ただ、別の島であることは確かだ。俺が目覚めた時、海の向こうに島が見えた。式根島の可能性が高い。仮にそうであるなら、位置関係的にこの島に該当する島は一つ。神根島だ」

 

「どういうこと? 私達、どうやってそんなところに?」

 

「……それは分からない」

 

 嘘だった。エリアスはこの現象に心当たりがあった。一方で、それが常人の世界の理から外れた現象であるとも理解していたから、エリアスはあえて触れないでおいた。

 

「いずれにしろ、早い所島を出ないと……オリヴィエ、君も一緒に」

 

「……え?」

 

「君にも分かってるだろ? あの男、俺と母さんを捨てたあの男は危険だ。俺の身体を見ただろ? これもあの男の主導でやった事だ。それに、君だけは俺の事を覚えている。このままじゃ、次は君だってどうなるか。その前に……」

 

 オリヴィエにもその言葉の意味は伝わったようだった。彼女は俯いて答えた。

 

「ええ……分かるわ。皆貴方の事を忘れてしまっている。フィオレもそうだったし、エミーリアも、ベルベットも、もう……それに、ローレンスは前に増して凶暴化し始めているし、何より……」

 

「だからさ。俺と一緒に、黒の騎士団へ行こう。」

 

「黒の騎士団……薄々そうじゃ無いかって思ってたけど、やっぱりそうなのね……」

 

「ああ。だが、黒の騎士団はただの反政府組織じゃ無い。本格的にブリタニアと事を構える為の組織だ。ゼロと話せば分かる筈だ。だから俺はあいつの側に付いてる。君にも一緒に、あの男と戦って欲しいんだ」

 

 そう言って、エリアスはオリヴィエに生身の手を差し出した。そして彼女がそれに手を伸ばした直後──

 

「彼女から離れろ!」

 

 空気が、不意に斬り裂かれた。エリアス、オリヴィエは揃って声のした方へと向く。視線の先、岩場の上に人影があった。ブリタニア軍の騎士服……それも皇族親衛隊のトップ、皇族専任騎士の纏うような精細な意匠の濃紺のコートと、簡易型の丈の短い漆黒のマント。オリヴィエが息を呑み、エリアスは鋭い視線をその人影に向けた。

 

「彼女から、離れろ」

 

 きびきびとしたペンドラゴンのアクセントで男が言った。銀髪に蒼氷色の瞳。その姿には、二人とも見覚えがある。

 男……レオハルト・エルフォードは、腰に佩いた刀を抜き放って、その鋒をエリアスに向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レオは怒れる瞳を金髪の男に向けていた。レオの視線の先には、その男に詰め寄られるオリヴィエの姿があった。

 

「待って……待って下さいお兄様! 話を……」

 

「オリヴィエ、下がってろ」

 

 金髪の男が、オリヴィエとレオとの間に立ち塞がった。見覚えのあるような、無いような風貌。イレヴンではない、ブリタニア系の血が明確に入っている顔つきだった。

 

「神楽坂の一件以来だな。こうして直接会うのは」

 

「成る程、あの時の男か。道理で見覚えがある筈だ」

 

「その記憶しか無いのか。俺はもっと覚えがあるぞ。お前にはな」

 

 円を描くように、二人は互いに剣が届かない絶妙な距離を保ちながら言葉を交わした。行き交う殺気に、オリヴィエは割って入る事すら出来なかった。

 

「ローガン・エルフォードの忠犬に堕ちたか。情け無くて涙が出そうだ」

 

「見た所ブリタニア系のようだが、義理とはいえ我が父上に敵対する者、と言う認識で構わないかな?」

 

「結構だ。間違っていないよ」

 

 男は背中に手を回し、装備していた大剣を抜き放った。先端部が変形し、鎌を思わせる形に変化する。鎌、と言えばナリタ、チョウフで出会った白いKMFを連想させるが……

 

「ナリタに居たな。そんな武器を使う奴が。それも貴様か」

 

「ついでに言えば、チョウフにも居たさ。お前の方は見当が付いてる。あの黒い有翼一角獣(アリコーン)だろう?」

 

「アリコーン、とは……また良い呼び名を考え付く物だ」

 

 レオもまた刀剣を構えた。刃先を敵に向けたまま、顔の横にまで持ち上げたスタイル。剣は左手で保持し、フリーの右手で敵をターゲッティングする。その姿は弓を引くようにも見えた。

 

「今度から私も使わせて貰おう」

 

「構わんさ。今度ってのがあるならな!」

 

「待って……待って二人とも!」

 

 オリヴィエが叫んだ。男は割り込もうとする彼女を、大剣の腹で抑えた。

 

「……オリヴィエ、そいつは誰だ。知っているのか?」

 

「兄様……本気ですか? 本気で言ってるんですか!?」

 

 愕然と問い掛けるオリヴィエ。だが男は彼女の前に立ち塞がり剣を構えた。恐るべき重量を誇るであろう大剣を片手で保持し、肩のところまで持ち上げて刃を上に向ける。フリーの手はレオのそれと似た、しかし少し肘を曲げたスタイルで敵に向ける。

 

「分かったろう、オリヴィエ。こいつは手遅れだ。完全に父上の駒と成り果てたのさ」

 

「父……何を言って……?」

 

 レオの問いに男は不適に笑って腰を落とし、突進体勢を取る。レオは防御体勢を取って、敵の動きに備えた。

 

「教えてやる。俺はエリアス・サカキバラ……かつての名はエリアス・エルフォード。ローガンの子供として、貴様と同じ家に居た男だ!」

 

 瞬時に、男……エリアスは大剣を振るって突撃して来た。人間の跳躍速度では無い。エリアスの口から放たれた真実を咀嚼する間も無く、レオは振り下ろされた大剣をバックステップで躱し、そこから斬り返す。相当な重量がある大剣ならば、瞬発力には限界がある筈。その予測の元に放たれたカウンター攻撃だった。しかし、エリアスはまるで細身の剣でも扱うかのような軽やかさで砂浜に縦筋を刻んだ大剣を持ち上げてレオの刀を防御、更に信じ難いパワーでレオを後退させる。

 馬鹿な、と思いつつ、レオは更にカウンターを試みた。そしてその殆どが失敗し、レオは駆け足に近い速さで後退せざるを得なかった。

 それでも、幾度か切り結ぶ内にカウンターの機会は訪れた。鞭のように振るわれるエリアスの大剣が横薙ぎに走り、レオはそれを降り始めの、まだ勢いに劣る段階で受け止める。そのままレオは刃を滑らせ、大剣を保持するその左手を斬った。

 その下に、紅色の鋼が見えた。それで、レオはそのキネティック・パワーの源の正体に気付いた。

 エリアスの身体は、機械で強化されている。レオにも覚えがあった。これはサイバネティック・オーガニズムと呼ばれる技術的だ。

 

 一瞬目を丸くするレオを、エリアスは鼻で笑うだけだった。仮に彼の身体が機械であるなら、真正面からエリアスの攻撃を受け止める事はレオには不可能だ。刀を叩き割られる。と言って、搦手が通用する相手でも無さそうだ。手を斬ろうにも生半可な攻撃ではこの機械の腕は斬れない。ならば、とレオは岩場を使って距離を取り、ホルスターから拳銃を抜いてエリアスに向けトリガーを引いた。

 放たれた弾丸は、確かにエリアスの肩に命中した……身を屈め、脚力で突進するエリアスの肩に。一瞬、エリアスの動きは止まった。好機と見て、レオはそこに斬りかかる。だが、エリアスは右手を上げてそれを防いだ。驚いたことに、彼の手首から白銀色の刃が伸びている。その機構には見覚えがあった──自分のそれと同じ、仕込み短剣だ。驚きのあまり、レオは次の攻撃に移れず、銃を蹴り飛ばされて再び防戦に回る結果となった。

 

 勝機を見出せないまま、レオはどうにかエリアスの斬撃を防ぎ続けるしかない。しかし、それも長くは続かなかった。エリアスは斬り結びながら隙を窺い続け、遂にレオの意識と刃が頭上高くに振り上げられた大剣に向けられた隙を突いて、レオの腹に強烈な蹴りを放った。

 

「ぐぉ……っ!?」

 

 腕と同じように機械で強化された脚、そこから放たれた蹴り。尋常な物では無かった。レオは軽く一メートルは吹っ飛ばされ、砂浜に半ば減り込むようにして突っ伏した。手から離れた刀剣が砂浜に突き刺さり、ベルトから鞘が弾け飛んで同じく地面に刺さる。エリアスは大剣を背中に収めると、レオが取り落とした武器と鞘を拾い上げた。

 

「改めて聞く。貴様、この刀を何処で手に入れた」

 

 レオは答えなかった……いや、答える余裕が無かった。

 

「……じゃあ良い。どうせ答えの予想は付いてる。返して貰うぞ、こいつは」

 

 そう言って、エリアスは刀の刃をレオに向けた。まさにエリアスがその刃をレオに突き立てようとしたその時、オリヴィエが二人に追いついて叫んだ。

 

「駄目!!」

 

 一瞬、エリアスの意識がオリヴィエに向けられる。その瞬間、レオは左手の仕込み短剣を起動して飛び起きた。そのままエリアスの顔面に刃を振り上げると、手応えと共に赤色の鮮血が空中に飛び散った。

 

「ぐぁぁぁぁっ!?」

 

 よろめきながら、エリアスは後ずさった。レオの仕込み短剣は、エリアスの顔面に斜めの傷を入れていた。傷口を抑えた左手の指の隙間から、真っ赤な血が溢れ出る。エリアスはオリヴィエを一瞥し、それからレオを睨んだ。レオはエリアスの横を駆け抜けて、オリヴィエの前に移動した。彼女を盾にする一面がある事は否定出来ないが、これ以上向かって来るようなら、当然レオにはもう対抗手段が無い。

 だが、そんな彼らの頭上を、不意に黒い影が過った。視線を向けると、そこにあったのは空中に浮かぶ巨大な人影──KMF。ナハトか、と一瞬思ったが、それは明らかにナハトとは異なるシルエットをしていた。そしてレオがそちらに意識を向けた隙に、エリアスは刀を持ったまま森の中へと消えていた。

 

≪──お迎えに参りました、フォン・エルフォード≫

 

 拡声器を通して、目の前のKMFがブリタニア語でそう語りかけて来る。青いボディに、人型でありながら獣か爬虫類のようなシルエット。騎士然としたランスロットより、むしろ黒の騎士団の新型機に通じなくもない細身の機体だった。空中に浮かぶ青いKMFはゆっくりと砂浜に舞い降りると、その手をレオとオリヴィエに差し伸べた。

 

≪さあ、エリナ様もお待ちです。式根島に戻りましょう≫

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