コードギアス 血刃のエルフォード   作:STASIS

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第十九幕 Code of Chivalry

“ご無事でしたか”

 

 式根島に近付いた時、久しく聞いていなかった声がレオの脳裏に響いた。あの霊体の女の声だった。

 

(……お前なら、何か分かるか。あの時何があったのか)

 

“分かりません……私と貴方の結び付きはそう解れやすい物でも無い筈です。個々人の意思で離れるならともかく、私と貴方を引き離した挙句に、貴方はあんな所へ……”

 

(お前でも分からないか……と、なるともう想像も出来ないな)

 

 青の巨人の腕に抱かれ、レオとオリヴィエは式根島司令部に降り立った。空から見て初めて気付いた事だが、レオもオリヴィエも……それからあのエリアスという男も、式根島から離れ、神根島と呼ばれる小さな小島に居たのだった。何がどうなって、そんな場所に居たのか、それについてはレオもオリヴィエも想像が付かなかった。

 

「レオ……!」

 

 降り立つや否や、ユリシアがレオに勢い良く抱き付く。無事で良かった、と言いながら。レオは軽く彼女を宥めると、彼女の背後、司令本部入り口に立っていた人物の前に歩み出た。

 

「レオ・エルフォード。只今帰還致しました」

 

 その人物……エリナに、レオは跪いた。

 

「お帰りなさい。お二人とも、ご無事で何よりでした。それに、リヒャルトもご苦労様です」

 

 リヒャルト。それが、レオとオリヴィエを回収した空飛ぶKMFのパイロットの名であった。癖の強い黒の長髪を後ろで束ねたブリタニア騎士。リヒャルトはレオの横を通り過ぎ、エリナの背後に付いた。リヒャルトは何かを催促するように、エリナに視線を向けた。

 

「……レオ、紹介します」

 

 エリナは、ゆっくりと口を開いた。顔を上げ、彼女の言葉を聞いたレオは、次の瞬間目を見開いた。

 

「彼は、リヒャルト・ティーフェンゼー。私の専任騎士です」

 

 

 

 

 

 

 

≪──ほう? エリアス、か≫

 

 翌日。エリナの言葉のインパクトから抜ける間も無く、レオはかの無人島……神根島という名前だったらしい……で出会ったあの男、エリアス・エルフォードと名乗るサイボーグについて問うべく義父ローガンに連絡を取った。するとローガンはオリヴィエを呼び寄せ、彼女からの報告も求めた。神根島ではあの男について知っているような素振りを見せていたオリヴィエだったが、通信会議の席上では一転して「何も知らない」としか言わなかった。レオも一瞬その事について言及しようか、と思ったが、彼女の嘆願するような視線を受けて、ただ事ではない、と察して止めた。

 

「義父上はご存知でしょうか。あの男について」

 

≪一言で言えば、お前に渡した剣をかつて振るっていた者の息子だ≫

 

「それについては、大変申し訳無く思います。みすみす敵に奪われるなど……」

 

 そう、エリアスに奪われた刀剣は、結局奪還が叶わなかった。……いや、義父の言葉が正しければ、寧ろ向こうが刀を奪い返した、というべきなのだろうか。

 

≪過ぎた事だ。気にするな。結局あれも単なる武器、消耗品の道具に過ぎん。それより、オリヴィエよ≫

 

「………………はい」

 

≪知らぬ、と言ったな。エリアスなる男について。それは誠か? 本当に何も知らぬのか?≫

 

 モニター越しに、ローガンの鋭い視線がオリヴィエに向けられる。オリヴィエは俯いた顔を上げることも出来ずに、それどころか微かに震えていた。暫しの沈黙の後、レオは見ていられずに口を開いた。

 

「義父上、オリヴィエは島で、一度そのエリアスなる男に捕われとなったのです。どうか、今は……」

 

≪そうか。それは済まない事をした≫

 

 それでローガンの追求は終わった。そう安堵したオリヴィエだったが、次に義父の放った言葉に再び凍りついた。

 

≪では、一度家に戻って来るが良い。そのまま戦い続けるのも辛かろう≫

 

「そ、それ……は……」

 

≪私から話は通しておく。支度をしておけ。そしてレオハルト、お前にも一つ言っておく≫

 

「はっ」

 

≪仕事を一つ増やすようで済まないが、そのエリアスという男、次に出会うことがあれば、決して逃すな。必ず捕らえ、私の元に連れて来るのだ≫

 

「イエス、マイロード」

 

 義父との通信ラインが切れた瞬間、オリヴィエはその場に崩れ落ちた。慌ててレオがその身体を支えると、彼女はレオの身体にしがみつき、怯え切った小動物のようにガタガタと震え始めた。

 

「オリヴィエ?」

 

「お兄様……わ、私……」

 

 普段の彼女からは考えられない姿だった。あの何というか小生意気なオリヴィエがここまで打ちのめされるとは。何が彼女をそれほどまでに恐怖させるのか、レオには想像が付かなかった。

 

「どうしよう……どうしよう、私、私このままじゃ……助けて、お兄様ぁ……!」

 

「落ち着けオリヴィエ。どうしたというんだ。言ってくれないと俺も……」

 

 だが、彼女が口を開く前に通信室の扉が開いた。戸口に視線を投げると、そこにセイトが立っていた。

 

「おいレオ、テレビ見ろよ大変な事になってんぞ…………って、あれ、もしかして俺邪魔しちゃったか?」

 

「いや。それよりどうした」

 

 オリヴィエを庇うように身体の位置を変えて、レオはセイトに問い掛けた。セイトは無言で外の廊下を指さした。

 

「テレビ見りゃ分かる。ちょっと、えらい事になっちまったぞ」

 

 

 

 

 

 

≪我々は、ここに正統なる独立主権国家、日本の再興を宣言する!≫

 

 ノイズの混じった映像の中で、そう叫ぶ男が居る。生え際の後退著しい、スーツ姿のその男性の背後には、中華連邦製KMF、鋼髏(ガン・ルゥ)の姿。日本語で叫ぶその男の声に、ニュース映像を解説するアナウンサーの声が重なった。

 

≪……昨日未明、エリア11キュウシュウブロック、フォート・フクオカを武装占拠したしたグループの中心人物、澤崎敦は、旧日本政府、第二次枢木政権において官房長官を務めていた人物です。澤崎は戦後中華連邦に亡命していた模様ですが、黒の騎士団による昨今のエリア11の内情不安に付け込み、今回の行動を起こしたものと思われます≫

 

 ブリタニア語のニュースを垂れ流す自室のモニターを、レオは穏やかならぬ心持ちで眺めて居た。隣にはオリヴィエが立っており、同じようにニュースを眺めながら時折レオの顔色を伺うような素振りを見せていた。

 式根島に来てから三日目。だが、たった三日間で世間も、そしてレオを取り巻く事情も大きく変わってしまった。レオはロビーのソファに腰を下ろすと、溜息と共にオリヴィエに視線を向けた。オリヴィエも、レオを見ていた。澤崎の演説を垂れ流すテレ・ヴィジョンの電源を切ると、レオはオリヴィエにソファに座るよう示した。

 

「とりあえず、帰国出来る情勢でも無くなったな」

 

「はい……」

 

「では、順を追って確認させてくれ。オリヴィエ。お前は知っているんだな? あのエリアスと名乗る男を」

 

 そう問い掛けると、オリヴィエは恐る恐る、顔を上げてレオを見た。

 

「…………知っています。兄弟として一緒に過ごしたんですから。そしてそれは、お兄様とて同じはずです。重ねてお尋ねしますが、お兄様こそ覚えていないのですか?」

 

 レオは首を横に振った。するとオリヴィエは再び視線を落とし、両手に力を込めて自分の膝を強く掴んだ。

 

「ブリタニアと日本との戦争が起こった日のこと、覚えていますか?」

 

「極東事変の……? それは……」

 

 言いながら、レオは記憶を手繰り始めた。

 ──途端。

 

「っ!!」

 

 刺すような痛みと共に、レオの思考は停止した。思わず痛む頭を抑えて呻く。

 

「お兄様……?」

 

「いや……駄目だ、()()()()()()()()

 

 なおも襲い掛かる頭痛に耐えながら、レオはそう答えた。

 ──知らない、という訳ではないことは、レオ自身にも辛うじて理解出来た。

 

「では、私の覚えていることをお伝えします。彼……エリアスは私達と共に育った兄妹です。日本人の母とブリタニア人の父、つまり私達のお義父様との間に生まれた……」

 

「待ってくれ、確か………………義父上は実子が生まれなかったからこそ俺やお前を……」

 

「はい。確かに、義父上はブリタニア人との間には子供が出来ませんでした。ですが、実際にはエリアスが、あの人の実子として確かにあのお屋敷に居たのです。あの戦争が起きるまでは」

 

「それが……お前の………………言っていた…………七年前の……極東事変の時の……?」

 

 尚も頭痛が続く。彼女の話を聞けば聞くほどに、精神を襲う痛みが激しく荒れ狂う。次に彼女が口を開いた時には、既に痛みを顔に出さずにいる事すら難しくなっていた。

 

「ええ。あの人はあの人のお母様と一緒に屋敷から何処かへ……お兄様?」

 

「いや……俺は……俺は……!!」

 

 頭の中で、一つの光景が浮かび上がる。痛みを堪えながら、レオは────。

 

「エルフォード中尉、いらっしゃいますか?」

 

 と、部屋の戸口からレオを呼び掛ける声がした。二、三度首を振って朦朧としかけた意識を引き戻すと、レオはソファから立ち上がって戸口に行った。

 

「何だ」

 

「親衛隊に集合命令です。枢木スザク少佐以下、親衛隊員は至急、レーダⅣよりアヴァロンへ移乗せよ、との事です」

 

「……了解した。すぐに向かおう」

 

 そう答えた時には、不思議と頭痛は消え失せていた。レオはマントを羽織り、オリヴィエの方を見た。彼女もまたソファから立ち上がっていた。

 

「話の続きはまた今度だ。とりあえず、キュウシュウの一件が片付くまでは此処に居て貰う事になるだろう」

 

「……はい」

 

 部屋を出たレオはオリヴィエを連れて、廊下を歩く。照明の落とされた廊下の闇を見つめるレオの脳裏には、先程の頭痛の中でただ一瞬だけ垣間見た、ある一つの光景を思い起こしていた。

 それは、天を衝くような巨影から奔り出る、深紅色の妖しい光が、レオの視界を埋め尽くす光景であった──。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……処置は完了したわよ。彼は戦線復帰出来るわ」

 

 工作室から出て来たラクシャータの言葉に、外で待っていたカレンは、そして珍しくもゼロは安堵したような吐息をマスクの内から発していた。

 

 榊原エリアスが黒の騎士団に回収されたのは、ちょうど例の澤崎の演説がリアルタイム放送されている頃であった。結局エリアスは自力での帰還は出来ず、ブリタニア側の協力者の手で黒の騎士団の潜水母艦まで移動させられたのだった。

 VTOL戦闘機──のように見える飛行兵器──から垂らされたワイヤーに捕まった状態で、外海まで移動した潜水母艦に辿り着いたエリアスは、左の目を負傷していた。鋭く斬られた顔面左側には顎から額にかけて醜い傷跡が走っており、現地での処置が不十分であった事もあって、エリアスは左側の視力を喪っていた。

 

 ……しかし、今現在工作室室の作業台の上に寝そべっているエリアスは、良好な視界でもって戸口のラクシャータの尻と、その向こうのカレンやゼロの顔を認識していた。まるで負傷などしなかったかのように。これも全て、ラクシャータが潜水母艦に同乗し、尚且つ潜水母艦にかなりの設備が整っていたお陰でもあった。

 

「エリアス……大丈夫?」

 

 工作室に入って来たカレンが、エリアスに問い掛けた。不安げなその表情は彼女には似つかわしくない。そう思って、エリアスはカレンの方に生身の手を伸ばした。

 

「大丈夫だ。寧ろ前より良く見えるようになったぞ? お前が昨日までより幾らか美人に見える」

 

 止めてよもう! と弱々しく笑うカレン。彼女を見つめるエリアスの顔面には、黒色の帯が斜めに装備されていた。つまりは眼帯である。

 

「……全く、アンタがサイボーグで良かったわね。生身の部分にもかなりの量の機械が入ってたお陰で、眼球の代替デバイスの装着も上手く行ったわけだし」

 

 代替デバイスとは、要するにこの眼帯の事だ。この眼帯は単なる眼帯ではなく、人工複眼(ACE)ユニットも兼ねている。表面には複眼のように多数の個体撮像素子が埋め込まれており、充分な視力を確保している。この眼帯ならば、眼球と違い例え一部が破損しても残る箇所で視界を確保することが可能だろう。

 

「ああ。そしてアンタが此処に居てくれた事もな。ただこうして手足が外れてると動けない、ってのはキツい。痛みに耐えるのも飽きてきたし、そろそろ付けてくれないか」

 

「はいはい、ちょっと待ってなさいよ〜」

 

 ラクシャータが手元の機械を操作して、エリアスの義肢を接続する。五体満足となったエリアスはゆっくり起き上がると、軽く伸びをして工作室の床に足を付けた。

 

「……なんか雰囲気変わったわね」

 

 ぼそり、とカレンが呟いた。

 

「プロテクターのせいじゃないか?」

 

 と、エリアスは自身の顎に触れた。斬撃を受けた下顎には、それをカバーするように機械式のプロテクターが装着……いや、固定されていた。プロテクターの左右には透過素材の装甲板が配置されており、エリアスの意思に応じて展開、顔面の上半分をガード出来るようになっていた。展開時にはバイザーのような形状となるこの装甲板は、普段は左右に分割されて耳元に収納される。エリアスは展開、収納機構を二、三度機能させてみせた。カシャカシャと小気味良い音を立ててバイザーが展開と収納を繰り返した。

 

「こうなると、もう殆ど機械だ。これまで散々、日本人じゃなくてブリタニア人だ、ブリタニア人は人間じゃない、なんて言われて来たが……今となっては完全に人間じゃないナリになった訳だ。これなら皆納得するだろうさ」

 

 そう言うと、カレンは露骨に表情を歪めた。だが彼女が何かを言うより先に、ゼロがカレンの前に歩み出た。

 

『ともかく、無事に復帰出来て良かった。それで報告を聞きたいのだが、カレン、ラクシャータ、すまないが外してくれないか?』

 

「あ、はい……じゃあまた後で」

 

「そうそう、終わったら二人とも格納庫まで来てね。特にゼロ、アンタの方」

 

 二人が部屋を辞して、工作室にはゼロとエリアスだけになる……かと思いきや、いつからそこに居たのか、ゼロの背後にもう一人、C.Cの姿があった。

 

『……で、どうだった。目的の相手には会えたのか』

 

 戸が閉められると、ゼロは声を潜めてそう尋ねて来た。エリアスは作業台に腰掛けて答えた。

 

「ああ、式根島でも合流はしたし、神根島に飛ばされた後も会うことは出来た」

 

『飛ばされた、と言うことは……やはりあの島へは自分の意志で向かった訳ではないのだな?』

 

「気付けば神根島に居た。あの時はサザーランドを奪っていたんだが、例の空飛ぶ要塞からの砲撃の後、気付いた時には島の浜辺で倒れてた」

 

『どういう事だ……C.C、何か知っているか』

 

 ゼロは振り返ってC.Cに問い掛けた。だが、いつもそうなのだろう。C.Cは当然と言わんばかりに話をはぐらかした。

 

「さあ、どうだかな……。それよりエリアス、お前、一族の名前はなんて言ったんだったか?」

 

「エルフォード、だ」

 

「そうか……で、義妹を取り返したい、と言ってたな。その件は結局どうなった?」

 

「駄目だった。後一歩だったんだが……ブリタニアに居る義理の兄、例の黒い有翼一角獣(アリコーン)のパイロットに阻まれた」

 

 今思い返しても、あの時のことは悔やまれる。神根島で確かにエリアスは、義兄レオハルトと相対し、彼を殺せる直前まで追い詰めていたのだ。一瞬の隙を突かれ手傷を負わされる羽目になったが、全体としてエリアスがレオを圧倒していたのだ。左眼をやられた事と、ブリタニア側のKMFが到着した事で身の安全を図り森へと退却したのはエリアス自身の判断だったのだが…………。

 

「とりあえず、報告できることは以上だ。そういえばゼロ、俺が回収された時、装備はどうした?」

 

『フォルケイドならカレンが武器庫に戻した。で、もう一振りお前が持っていたあの刀については……』

 

「ああ、あれならお前を回収した時にフォルケイドと一緒にカレンが受け取って、確か白夜の所に置いといた、とか言ってたぞ」

 

 ゼロの言葉を、途中からC.Cが引き継いだ。それを聞いて、エリアスは作業台から降りて工作室の出口へと歩を進めた。

 

『何処へ行く』

 

「格納庫だ。当たり前の事を聞くな。正直これ以上俺から何か話せる事は無いし、俺自身今回の件は訳が分からない。それに……ラクシャータに呼ばれてるしな」

 

『まあそれもそうだな。では私も顔を出すとしよう。とりあえず今回の件の原因は調べようが無い事も確かだ。今は放置しておくしか無いだろうな』

 

「……」

 

 意味ありげなC.Cの視線を背に受けながら、エリアスとゼロは工作室を後にした。一人工作室に残されたC.Cは照明を落とした部屋の中で虚空を見上げ、誰にも聞こえぬほどの小声で呟いた。

 

「エルフォード、か……奴の子孫がまだギアスに関わっているのか、それとも奴自身が……? だとすると、リリウムは……?」

 

 暫しの沈黙の後、C.Cは微かに口元を歪めた。

 

「……そうだな。私には関係無い。今は、な」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──数日後。

 

≪集まったようだね≫

 

 浮遊航空艦アヴァロン。シュナイゼルが式根島へ来るにあたって徴用した実験艦である。最大の特徴は、その名の通り空を征く船である事。ガウェイン、ナハト両機に搭載されたフロートシステムを艦艇に実装した事により実現した飛行能力。まさに浮遊する戦艦、或いは要塞として式根島に君臨せしめたアヴァロンは現在、その能力を活用し雲海の只中にあった。目的地はキュウシュウ──澤崎によって占拠されたフクオカ基地である。

 式根島から租界へユーフェミア、シュナイゼル両殿下を乗せて移動、両名を降ろした後に租界からキュウシュウへと発ったアヴァロンのブリーフィングルームにて、集まった面々を前にシュナイゼルが真剣な顔つきで言った。最前のスクリーンの横にはエリナが立ち、シュナイゼルがスクリーンの端に表示されたの通信ウィンドウからこちらを見ている。

 

 席についているのは、親衛隊上級士官を含む数名、即ちセイト、ユリシア、オリヴィエ、そしてレオ、それともう一人、あのリヒャルトの姿もある。親衛隊の残る面々はユーフェミアと共に本土へ帰還していた。

 何故彼らだけが、こうしてアヴァロンに居るのか。それは、彼らだけが保有するある装備に起因していた。

 

≪それでは、ブリーフィングを始めよう。エリナ、よろしく≫

 

「はい」

 

 そう言って、エリナが一歩前に歩み出た。紫色の髪に赤紫の瞳は、レオが最後に……先日のエーベルシュタイン城での一件の際に会った時と変わらない。

 式根島での騒動以来、レオは未だ彼女と二人でゆっくりと話す機会を持てずにいた。彼女には、聞きたいことが一つあった。

 

「ご存知の通り、フクオカ基地は澤崎敦率いる武装集団により完全制圧下にあり、ブリタニアからの独立を主張しております。ニッポンを名乗っていますが、この背後に中華連邦の存在があることは明らかです」

 

 中華連邦──その国名が話に上った時、全員の表情が硬ばった。その存在は、かねてよりエリア11にとって重大な問題として存在していた事柄だった。

 

 そもそも、だ。中華連邦本土のまさに足下に存在する日本列島は、中華連邦にとっては喉元に突き付けられた剣の鋒そのものであった。これがブリタニアにより占領されている事実は、中華連邦としては不安材料以外の何物でもない。七年前、日本は僅か一ヶ月でブリタニアに降伏し、中華連邦は何ら介入する機会を得られなかった。以来今に至るまで、中華連邦はエリア11が完全なブリタニア軍の拠点となるのを防ぐべく様々な工作を続けている。エリア11における反ブリタニア抗争には、日本列島をブリタニアの侵攻に対する防波堤と考える中華連邦の思惑が多分に混じっていた。

 そうした情勢下での、澤崎のこの行動。独立国家樹立宣言の裏に中華連邦が控えていることは、誰の目にも明らかだった。更に言えば、この行動自体、ブリタニア側も起こりうるであろうシナリオとして想定済みの事ですらあった。

 

「これに対し、統治軍は駐留部隊のみでの討伐を決定し、コーネリア総督による討伐部隊が編成。既に攻撃を開始しています。アヴァロンは現在これに合流すべく移動中であり、各員にもフクオカ基地奪還作戦に参加して頂く事になります」

 

≪……今回君達はユフィの親衛隊としてではなく、以前のように特派として動いて貰う事になる。所属がまたややこしい事になって混乱するだろうけれど、基本的にはこちらの──アヴァロンに居るエリナの指揮で動いて欲しい。この作戦中のみの特例、と思ってくれて構わないよ≫

 

 シュナイゼルがそう補足する横で、エリナはスクリーンを操作して天候予報図を表示する。天候は荒れ模様。海軍としてはかなり厳しい状況であった。

 

「これが、現地の天候予報です。先日より荒れ模様が続いており、既に第一派攻撃は失敗した、との報告があります。また、仮に天候が回復したとしても……」

 

 スクリーンの画面が切り替わる。雨雲が消えて、キュウシュウブロックの地形が映し出された。そこには、基地から海岸線に掛けて、赤色で表示された幾重もの防衛ラインが表示されていた。

 

「敵はこの通り、我が軍が足止めされている隙を突いて万全の防衛網を構築完了しています。空から攻撃しようにも、かつては旧日本軍の一大要塞であったフクオカ基地の防空能力は非常に高く、航空戦力による爆撃、並びに上陸作戦は実行困難となっています。しかし敵が海岸線に強固な防御陣地を敷いている以上、フクオカ基地の制圧には制空権の奪取は必須。皆様には、この防空網の無力化、並びに本隊に先駆けての敵基地の強襲を行っていただきます」

 

 エリナはそこで言葉を区切った。大きく深呼吸してから、スクリーンの画面を切り替える。戦域の拡大図……ミサイル陣地と、その向こうのフクオカ基地、そしてそこへ向かっているアヴァロンの姿が映し出されている。

 

「現在、特派所属機の中で飛行可能なナイトメアは、ランスロット・ナハト・イェーガー、ならびに式根島で配備されたシルバーエッジの二騎ですが、本作戦ではこれに加えてランスロットにフロートユニットを装備し飛行能力を付与、更に本艦に搭載されている実験機 ヴュルガーを特派に合流させ、四騎編成で作戦に当たっていただきます。各機はアヴァロンより発進後、二騎編成ずつの二個分隊に別れ進攻し……」

 

 スクリーン上でアニメーションが進行した──到底信じられぬような作戦機動が。レオは、いいや指示を出す側の人間を除く部屋の全員が、驚愕に目を丸くした。

 

「一騎が先行し、地対空ミサイル(SAM)サイトレーダーの補足範囲外より低空飛行にて接近、然る後急上昇し敵SAMサイトにミサイルを撃たせ、SAMサイトの位置を可能な限り捕捉。発見したSAMサイトの位置情報をデータリンクで共有し、これを後続機及びアヴァロンからの火力投射により破壊。前衛機はミサイルを回避、或いは破壊し、敵防衛陣を突破します」

 

「…………冗談だろう!?(You Gotta Be Shittin' Me !?)

 

 セイトが半ば反射的に叫んだ。皇族に対し礼を失する発言でもあったが、この際は仕方ない。レオとて心持ちは同じようなものであった。

 

≪定番の反応ありがとう。気持ちは分かるよ。探知役……いや、囮役(ハンター)攻撃役(キラー)と言えば聞こえは良いけど、こんなものは自殺行為だ、ってね。でも、誰かがこの任務に就かない限り、ブリタニア軍は空の支援無しで、或いは敵の空対地攻撃に晒されながら戦わなければならなくなってしまう。そして君達には、従来の空軍よりも確実にこの任務を遂行するだけの装備がある。何より、私は君達ならば、この任務をやり遂げられると自信を持って言える≫

 

 シュナイゼルの言葉に、セイトは黙り込んだ。

 

「今更言うまでもありませんが、我が軍において対空ミサイル陣地の破壊はナイトメアの任務でした。しかし、海岸線の防御陣地の存在により地上からの接近は困難を極めます。これを打開するには、この作戦が最も効率が良いと判断されたのです」

 

 エリナがやや言いづらそうに言った。話しながら彼女はチラチラとレオの方へと視線を向けていたが、レオは何も言わなかった。

 

「……ミサイル陣地の突破後、各騎には続いてフクオカ基地への強襲を行って貰います。出来うる限り敵戦力を撃破し、敵司令部を無力化して下さい」

 

 そう、この作戦の主眼はこちらだ。敵対空網制圧任務という死地に飛び込むような任務を生き延びたとしても、今度は敵地の真ん中に飛び込めと言う。二段構えで殺しに掛かって来ているような任務だった。

 

「かの勢力の主戦力は……中華連邦ナイトメア、鋼髏(ガン・ルゥ)です」

 

 スクリーンに映し出される、ずんぐりとしたシルエット。人型でも何でも無い、KMFに見慣れたレオ達から見れば単なる武装付き装甲コックピットブロック程度の存在でしか無い兵器、それが中華連邦の主力兵器、鋼髏だ。単体の性能ではランスロットやナハトはおろか、グラスゴーにも及ばない。

 だがこの兵器最大の特長は、その構造の単純さ、製造の容易さにある。調達コストもさることながら、外殻構造は単純な形状故に製造、補修が容易であり、脚部、武装コンポーネントも簡易な構造であるが故に、工学知識を齧った程度の技術力しかない勢力でも万全の整備が可能。

 

 中華連邦の戦術ドクトリンは単純極まるもので、この鋼髏を大量に並べ、火力の集中投射により敵集団を撃滅するというものである。元よりKMFの本家本元であるブリタニアと同じ土俵で戦う事を避け、ブリタニア側の基本的なKMF戦術に対して優位を取れる戦闘展開を第一とした訳である。実際、キュウシュウブロックの海岸線にはこの鋼髏も多数配備されており、既にブリタニア軍上陸部隊を退けている。

 

「偵察機からの報告では、既にかなりの数の鋼髏がフクオカ基地に配備されているようです。航空基地であるフクオカ基地はその面積の過半が滑走路で構成されており、鋼髏には非常に有利な地形となっています。その為、鋼髏に対しては正面突撃は厳禁とし、必ず基地施設等遮蔽物を利用した撹乱戦闘を厳守して下さい」

 

 しいん、と室内は静まり返っていた。誰しも、エリナさえ理解している事だ。鋼髏を何騎潰そうが、単なるKMF四騎だけでは擦り潰されるだけだ。しかも、フクオカ基地に辿り着いた時点でエナジーフィラーの残量はかなり少なくなっている筈だ。

 

≪敵司令部に居る澤崎さえ抑える事が出来れば、それで中華連邦は介入の口実を失ってそれ以上の事は出来なくなる。故に突入部隊には、澤崎の確保を最優先として貰う≫

 

 シュナイゼルはそう言うが、実際の所、これは正面からの攻撃を行うコーネリア軍の為の陽動作戦だった。奇襲が成功する、しないは問題では無い。何なら防空網制圧も然り。要は敵に混乱を生み出し、コーネリアが動き易いようにすれば良いのだ。

 この作戦において、彼らは実質的な捨て駒に等しい存在であった。

 

「──アヴァロンの作戦空域到達は、約五時間後です。各員それまでに準備を整え、乗機にて待機するように」

 

 半ば話を断ち切るようなエリナの言葉で、ブリーフィングは終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

「ここに居ましたか」

 

 アヴァロン艦内 格納庫。ちょうどガウェインの視線程の高さに渡されたキャットウォークからナハト、そしてヴュルガーという名の青いKMFを眺めていたレオは、背後からエリナに声を掛けられて視線をそちらに向けた。エリナはレオの隣に立ち、レオと同じ物を見た。

 

「……IFX-R259 ヴュルガー、か。いつの間にあのような機体が?」

 

「貴方のお父様の工廠でロールアウトしたばかりの実験機です。貴方が取ったガウェインやナハトのデータを元にしたフロートシステム搭載型機……本当なら、エリア11の任務が終わった後、貴方に与えられる予定だった機体です」

 

 エリナがそう説明するのを聞きながら、レオは青い機体を観察した。

 巨人、という印象は間違っていない。ヴュルガーは全体的にサイズが大きく、サザーランド、ランスロットのような標準的なスタイルの機体より、寧ろガウェインに近い。最もガウェインほど大きくも無いが、シルエットもガウェインのそれを思わせる形状が見受けられる。

 フロートシステムは、ガウェインのような複葉型だ。X字型に配されたそれは、レオが使用していた頃のガウェインと同じ形状の物。ガウェインはあの後背部ユニットを丸ごと換装、もう二枚ウイングを追加して機動力を捨てた代わりに安定性を向上させたと聞くが、ヴュルガーは四枚羽のままだ。恐らく、ガウェインのそれよりもシステムが洗練されているのだろう。機動性能はナハトより上かも知れない。

 ……フロートシステムはロイドやセシル女史の専売特許だと思っていたが、最早そうでも無くなってきたのだろうか。それともこれもロイドの……?

 

「リヒャルトの事、怒っていますか?」

 

 エリナがそう尋ねて来た。レオもその事は気にしては居たが……。

 

「元々、私の任務は短期間で終わる予定でした。しかし今も、帰還の目処が経ちません。貴方の警護の事を考えれば、寧ろ早々に別の騎士を専任騎士に任じたのは賢明な判断かと」

 

「守られてばかりじゃいられないって、確かに私、貴方と約束しました。でも、だからって……ごめんなさい、こんなことになって……。貴方のお父様の申し出を何度も断る訳にもいかなくて……」

 

 ふう、とレオは息を吐いた。エリア11滞在が長期化したのは、セイトとユリシアを見張れ、というローガンの指示だ。そのローガンの手回しとなれば、事情は全て把握している筈。人選についても心配は要らないだろう。結局、レオはそういう結論を出していた。

 

「正直、少し驚いたよ。でも考えて見ればさっき言った通り、君の安全を誰かが守らなきゃならない。それに、専任騎士しか君を守れない訳じゃ無い。納得しているから、君が気に病む必要は無い」

 

 そう、レオは柔らかい口調で言った。その時、眼下で作業を監督していたロイドがレオの方を見上げているのが視界に入った。

 

「お、見つけた見つけた。お話中ざぁ〜んねんでした。レオ君ちょ〜っと降りて来てスザク君の訓練に付き合ってくれないかな〜?」

 

「だ、そうだ。エリナ、悪いがこれで失礼する……っと」

 

「はい? どうかしました?」

 

 立ち去ろうとして、レオは寸前で足を止めた。

 

「一つ聞き忘れていた。君は何故アヴァロンに?」

 

 シュナイゼルもユーフェミアも、既に租界に戻った。だが、何故エリナだけが残っているのか。何となく察しは付いていたが、レオはそう彼女に尋ねた。果たして、予想通りの答えが返って来た。

 

「……私は、宰相閣下から本作戦中、部隊の指揮を任されましたから」

 

 ……つまり、彼女が見ている、という訳だ。レオはそれだけ聞くと、ロイドの元へと降りて行った。

 専任騎士であろうがなかろうが、彼女を護る、と誓った事実に変わりは無い。その彼女が、この作戦では自分の背後に居る。自分がミスを犯せば、次は彼女に害が及ぶ。

 正直絶望的過ぎる作戦内容を聞いて滅入っていた自分の戦意を奮い立てるには、とりあえずそれで十分だった。

 

「成る程、確かに君は、立派な騎士なんだね」

 

 ……などと、シミュレーターに放り込まれてげっそりしているスザクに話してみると、微かな笑みと共にそんな答えが返って来た。

 そのスザクは、作戦直前にユーフェミアの騎士を辞退していた。

 

「お前だって、式根島ではユーフェミア殿下の為に戦ったのだろう? 騎士たる資格は充分備えていると、私は思うがな」

 

 シミュレーターから出たスザクと並んで、レオは整備パレットに腰掛けた。ドリンクを一気に飲み干して、スザクは首を横に振った。

 

「いや……僕にそんな資格は無かったよ」

 

「例の、命令違反の件か? だが騎士の本分は自己犠牲に準じる事でも無いぞ。騎士が死ねば、誰が主君を護る?」

 

「違う。そういう話じゃないんだ。もっと、根源的な話だよ」

 

 訝しむレオに、スザクは虚な笑顔を向けた。

 

「僕には……力を振るう資格が無いんだ」

 

 それを聞いて、レオは暫し黙った後、静かに問い返した

 

「………………何があった」

 

 スザクは答えない。答える代わりに、スザクは話題を切り替えて来た。

 

「次の作戦、聞いた? 僕と君とでチームを組むそうだよ。ロイドさんが言うには、一番慣れているのと一番慣れていないので組み合わせたんだってさ」

 

「聞いている。飛行時間で言えば、確かにお前が最下位だ。ただ……こうして訓練を見ている限りだと、多分お前の方が連中より強いと思うがな」

 

「どうかな……とにかく、そのチームの話なんだけど。囮役(ハンター)攻撃役(キラー)を今のうちに決めておこう、と思って」

 

「そうだな。攻撃役(キラー)の方には対地攻撃兵装を積んでおかないとならない以上、早めに決めておくべきだろうな」

 

「それで、僕が──」

 

「お前が攻撃役(キラー)だ」

 

 スザクの言葉を遮って、レオは鋭く言い放った。

 ……何を言おうとしていたのかは、レオにも予想出来た。スザクは一瞬、目を丸くしてレオを見た。

 

「え……?」

 

「どうせ囮役(ハンター)志望なのだろう? 済まないが、これは既にロイド伯とセシル女史がエリナに上申し、彼女も承認済みの決定事項だ。整備員にも先程その旨を伝えさせて貰ったよ。今頃ランスロットは対地攻撃兵装の積み込みが開始されている頃だろう」

 

「待ってくれ、僕は──」

 

「今のお前に、囮役(ハンター)を任せたくはない」

 

 レオの口調が鋭さを増した。視線を向けると、スザクは露骨に目を逸らし俯いた。

 

「はっきりと言うが……お前、死ぬ気だろう」

 

「……」

 

「理由は言いたくなければ言わなくて良い。だが、そんなお前に囮役(ハンター)は任せられない」

 

 何も言わないスザク。暫くして、力の抜けたスザクの手から空のドリンクボトルが床に滑り落ちた。レオは立ち上がって、それを拾い上げて。

 

「私はここで死ぬつもりは毛頭無い。そして、僚機を失って帰還する気も全く無い。私は……()()は、二人で主君の元に戻る。分かったな?」

 

 それだけ言って、レオは「訓練再開だ」ともう一つのシミュレーターポッドの中に入った。スザクはやはり長いこと俯いていたが、やがてレオの去った方向を見て何か呟くと、黙ってシミュレーターの中に戻って行った。

 

 

 

 そうして、天候が回復したのは、まさにアヴァロンが作戦空域に到着したタイミングであった。

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