コードギアス 血刃のエルフォード   作:STASIS

21 / 29
第二十幕 キュウシュウ戦役

≪──それでは、作戦を開始します≫

 

 作戦開始の報を各々の愛機のコックピットで聞いたスザク、セイト、リヒャルト、レオの四人は、一斉に愛機のシステムを起動した。

 レオが白い翼の形をした起動キーをメインコンピュータに差し込むと、ロイド製KMF共通の起動画面……“Marching Ever Onward To Tomorrow(明日に向かって前進あるのみ)の文言が表示される。なるほど、フロートシステムの存在が鍵となる今回の作戦は、確かに技術的には大きな一歩となるだろう。作戦の成否に関わらず、フロート機に関する有用なデータが多数集まる事は間違いない。

 しかし、作戦自体の成功率自体は極めて低い。軍人も騎士も命令に従うのみではあるが、今のレオ達の行く手にあるのはどちらかというと明日よりも終末の方だろう。

 

「……気を付けて。ちゃんと帰ってきてね」

 

 ユリシアの言葉を受けて、レオはコックピットハッチを閉鎖した。メインディスプレイが点灯し、外部では翡翠色のカメラアイが三騎分、合計六つ点灯する。

 

≪フクオカ基地よりミサイル発射を確認。敵防衛ラインからの物です≫

 

≪弾幕を張りますか?≫

 

≪この位置なら大丈夫よ≫

 

 セシルの言葉と共に、軽い振動がアヴァロン全体を襲った。ミサイルの直撃によるそれではない。ミサイルが“至近距離で炸裂した”事による僅かな余波だ。

 現在アヴァロン艦底部にはブレイズルミナス──ランスロットシリーズに装備されている光波シールドが展開されている。フクオカ基地からのミサイルはブレイズルミナスの翡翠色の光に阻まれて、まるで壁にでもぶつかったかのように爆散したはずだ。

 

≪関係各員、遠距離砲撃戦を開始して下さい。シールド展開中につき、単装砲は使用不能です。ミサイル照準セット。目標、敵対空ミサイル砲台──放て!≫

 

 エリナの指示が飛び、アヴァロンからの反撃が飛ぶ。シールドの展開されていない艦上部から放たれたミサイルは、つい先程ミサイルが発射された砲台群へと正確に飛び──幾つかはデコイの放出で反らされたが──それらに壊滅的な打撃を与える。

 

≪続けて第二射用意。目標、敵ミサイル砲台第二陣──放て!≫

 

 エリナの指示が再び飛び、ミサイルが放たれる。少し前に劇場で震えていた少女の姿からはなかなか結び付かない力強い声色に、レオは驚きを隠せなかった。そうこうしている間に、ミサイル群は敵の防衛網に決して小さくはない穴を開ける。今頃敵司令部は驚倒と混乱の只中にあるだろう。何せ、いきなり空から軍艦が襲って来たかと思えば、迎撃を物ともせずに防衛網を食い破ったのだから。

 

≪敵戦闘機隊、接近を感知!≫

 

≪来ましたね……。では、全システム迎撃戦闘用意≫

 

≪イエス・ユア・ハイネス! 全システム、対空迎撃モードへ移行を確認≫

 

≪フロートシステム、高機動バイタルに上昇。ブレイズルミナス、最大出力!≫

 

 矢継ぎ早にエリナが指示を飛ばしている。こうなると、彼女はまるで長年指揮官を務めているベテランのように見える。恐らく、これが初の実戦指揮だろうに。

 

≪ナイトメア隊、聞こえていますか?≫

 

 そんなコーネリアじみた雰囲気を纏いつつあるエリナの姿が、ナハトのコックピット上部に備えられた通信用ディスプレイに映し出された。無論、これはナハトだけだなく、ランスロットやヴュルガーにも送られている。

 

≪それでは、作戦概要を再度確認します。本艦は現在、敵の防衛網を抉じ開けつつ、発艦ポイントまで移動中です。ポイントに到達次第、各機は順次発進≫

 

 戦域モニターにアニメーションで作戦概要が示される。先のブリーフィングの通り、アヴァロンは張り巡らされた敵のミサイル網に大穴を開けつつ侵攻していた。

 アヴァロンのブレイズルミナスありきの作戦であった。しかし、アヴァロンのブレイズルミナスは今のところ艦底部にしか展開出来ない状態で、現在全てのミサイルを防御できているのは、距離が遠過ぎてミサイルが一定方向からしか飛んで来ていないからだ。従って、敵基地に近寄れば近寄る程、シールド範囲外からミサイルが飛んで来る可能性が高まって来る。そうなればアヴァロンは瞬く間に落されるだろう。

 

 故に、アヴァロンによる侵攻はあくまで最初の足掛かりを作り出すだけだ。そこから先は、スザクやレオ達の出番だ。

 

≪その後、各隊は所定の手順に従いミサイル網を突破、フクオカ基地中央、敵司令部を強襲して下さい。なお、フロートシステムはエナジー消費が激しい為、稼働時間に留意の事≫

 

 ……末尾の内容は、あまり意味の無い注意であった。エナジーがあろうがなかろうが、たった四騎で敵基地の真ん中に飛び込む以上、撃墜されるのが三秒先になるか、五秒先になるかの違いでしか無い。

 

「イエス・ユア・ハイネス」

 

 それでも、レオは静かに答えた。そして通信ディスプレイには、やはり確かな決意を固めているように見えるスザクの姿が映った。

 

「スザク……大丈夫だな?」

 

 今更ではあったが、レオはそう問わざるを得なかった。スザクは大丈夫だ、とだけ答えて、ランスロットの発艦準備に移った。

 そのランスロットは、アヴァロン艦首から伸びる一本のレールランチャーの基部に居た。ランチャーはG1ベースなどに採用されているKMF用ランチャーと同種の物で、完全に艦内部に収められているそれとは違い、大部分が露天しているタイプの物だ。左右のレールにランドスピナーを装着して、ランスロットは腰を屈めた。その背には赤色の鋼の翼……フロートユニットが装備されている。ナハトに装備されていたフロートユニットとは少し形が異なる制式型フロートユニット。これを装備した飛行型ランスロットを、ロイドは“ランスロット・エアキャヴァルリー”と名付けていた。

 

≪ヴュルガー、及びシルバーエッジ、発進位置へ≫

 

 同時進行で、アヴァロン艦上部甲板にヴュルガーが、そしてもう一騎、白銀に煌く戦闘機のような飛行兵器が現れた。一見して前部にカナード翼を、後部に前進翼形状の主翼を装備した戦闘機に見えるそれは、飛行型KMFシルバーエッジ……そう、式根島にてセイト・アスミックに与えられた最新かつ異端の機体、飛行形態への可変機能を持つKMFである。

 このシルバーエッジは、本国の航空機メーカーであるシュタイナー・コンツェルン発案の可変型KMFプラン“天空騎士構想”の為の試作機だ。可変型KMFとしては既に二ヶ月程前に折畳式KMF“MR-1”から派生した“サマセット“の試験運用が本国で開始されているが、シルバーエッジは実験色の強いサマセットとは異なり、新規フレームの採用により戦闘力が向上している。

 推進装置がフロートではなく電力駆動プラズマモーターである事から分かるように、これはロイドの手による機体ではない。これがユーフェミア親衛隊に配備されたのは、フロート機との比較検証を行う為だろう。

 

 二又に分かれた機首が特徴的な白い機体が、右舷甲板上のカタパルトレールに接続される。左舷甲板ではヴュルガーが同じようにカタパルトに脚部を接続し、ランスロットと同じような発艦姿勢を取っている。

 

≪ランスロット・エアキャヴァルリー、発艦!≫

 

≪発艦!≫

 

 オペレーターを務めるセシルの号令と共に、先陣を切ったのはスザクのランスロットであった。蒼白い奔流と共に空中に飛び出したランスロットの背中から赤色の両翼を大きく伸び、翼端と基部に翡翠色の光が灯る。対地攻撃兵装を装備した事であまり速度が出せなくなっていたが、それでもランスロットはあっという間に夜の雲海に消えた。

 

≪第一発進、完了しました。次の機、確認して下さい≫

 

 セシルの指示に従い、レオもナハトをランチャーの基部に移動させた。ナハトの背中にも、やはりフロートユニットが装備されている。しかし、これまで使用していたフロートユニットとは形が違った。式根島で全損したフロートに変わって装備する、高機動型フロートユニット……未だ試験飛行すら終了していないその装備が、今回のレオに与えられた翼である。

 

≪シルバーエッジ、発艦!≫

 

≪ヴュルガー、発艦!≫

 

 発艦姿勢を取ったレオの視界に、二筋の軌跡が映った。頭上から伸びるそれは、セイト、そしてリヒャルトの機影だ。因みに彼らのチームはセイトが囮役(ハンター)、リヒャルトが攻撃役(キラー)である。

 

≪──無事の帰還を、お祈りします≫

 

 発艦指示が出るタイミングで、エリナが小声でそう言って来た。通信モニターの向こうで、セシルが意味ありげにエリナの方に頷いて見せる。レオもエリナに向けて力強く頷くと、エリナは表情を硬らせ、そして声高に指示を飛ばした。

 

≪ナハト・イェーガー、発艦!≫

 

「発艦!」

 

 ナハトは空中へと飛び出した。これまでと違い、ナハト・イェーガーのフロートに装備された主翼はただの翼ではなく、細長いスラスター・バーを収めたウイングバインダー型の構造を採用している。総推力は通常型の倍に増加しており、またコックピット下部から尾のように複数個連ねる形で増設したテールユニット型増槽によって、本来著しく縮小している稼働時間も通常型フロート装備時と同等にまで──それでも決して長くはないが──延長されている。

 最も、お陰で機体バランスは劣悪極まりない状態となっており、ともすれば飛行中にバランスを崩して墜ちかねない代物であるのだが、ガウェインのテストに長く携わって来たレオは、今の所この暴れ馬を上手く制御していた。

 

≪レオ!≫

 

「待たせた。では行こうか」

 

 あっという間に、ナハト・イェーガーは先行していたスザクのランスロットに追い付く。フォーメーションを取りつつ、四騎は未だ見えぬフクオカ基地へ向けて飛翔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 厚化粧ではある。しかし、その白い肌は厚化粧と言われて連想するそれとは趣が異なり、べたべたと彩られた顔、というよりも極限まで色を落とした顔、と言える。今、ゼロ、扇、そしてエリアスと通信画面越しに対峙する男は、そういう顔をしていた。

 

 男の名は、高亥(ガオ・ハイ)。今現在エリア11を賑わせている男、澤崎の背後に居るであろう巨大国家──中華連邦の権力構造の中枢に立つ人物。大宦官の一人である。

 

『……貴殿の言葉は分かる。だが、私には貴殿の行動の意味が分からない』

 

≪ほう?≫

 

 甲高い声で高亥は笑みを浮かべた。こちらを小馬鹿にしたか、会話の流れそのものを愉しんでいるのか。

 決して親愛の情を示した笑いでは無いのは、誰にでも分かる。

 

『貴殿は大宦官……言わば中華連邦のトップ中のトップに名を連ねる人物だ。そして中華連邦は、澤崎を利用して、エリア11のブリタニアからの切り崩しを図っている。違うか?』

 

≪ホホホ……流石は黒の騎士団の首魁。良く情勢を読んでおられる≫

 

『故に、我々に支援を約束してやるから澤崎の支援をしろ、という話を持ち込んで来るのなら解る。だからこそ解せない。何故、大宦官たる貴殿が、我々黒の騎士団に対し、“支援を約束するから澤崎を妨害してくれ”と言ってくる?』

 

 会談に臨むゼロの背後から、エリアスは通信画面を見ていた。大宦官高亥の背後には、流れるような黒の長髪の男が控えている。その他、周囲に控えている者も、時折画面の端に映る者も、若手ばかりだった。

 

 大宦官についての知識は、扇と同様、エリアスも豊富とは言えない。

 巨大国家中華連邦の実質的な首脳。中華連邦皇室、及び皇帝に相当する“天子”に長きに渡って寄生し続け権力を独占して来た、特権的旧世代階級の象徴。特に先代の“天子”が早逝し、未だ幼い女児を“天子”に据えてからは、これを傀儡としてより一層の専横を極めていると言う。

 彼らの存在は、即ち現在の中華連邦の抱える闇そのものと言えるだろう。彼ら、旧世代から権力構造に棲みついた寄生中を排除出来なかった中華連邦は、まさに巨木が内側から腐敗するようにして衰退の路に踏み込みつつある。

 

 大多数の民衆が貧困に喘ぎ、“平等に”貧しくなった国家、それが中華連邦だ。無論、そうした現状を憂い、改革を志す者も国内には居るのだろうが……あの若手の軍人達には、そういう“改革派”の匂いがしてならない。では、あの高亥は何故彼らを側に置いているのか。

 

 高亥が次に語ったのは、まさにその答えだった。

 

≪大宦官とて、一枚岩では無いのですよ。今の大宦官は、趙皓(ジャオ・ハォウ)の一派が支配的であり、権力闘争に敗れた私は奴に追い落とされた。最早私は、大宦官であって大宦官ではないに等しい≫

 

『とは言え、権力構造から爪弾きされた訳ではあるまい? 良い暮らしは出来ているのだろう? 人民とは違って』

 

≪今はまだ。しかし、最早私の将来に安寧は存在しないも同然です。いつ趙皓に追い落とされるか……我が一族は、代々天子様に仕え、後世に残る功績を残してきた名誉ある一族だと言うのに、私の代でそこに泥を塗ってしまうとは……≫

 

 エリアスも、扇も顔を見合わせた。二人とも表情には出さないが、この高亥に好印象は持てなさそうだった。

 それは、ゼロとて同じだったろう。ゼロは何も言わず、値踏みするように高亥の話に耳を傾けていた。

 

≪だが……この絶望の中で、私は目覚めたのです。我が一族が代々仕えて来た相手は誰なのか。趙皓などでは決して無い。天子様ただお一人。然るに今の天子様は、まだ幼いことを良い事に趙皓らの操り人形に過ぎぬ。だからこそ、私は彼らを天子様の元から排したいのだ≫

 

『おやおや、中華連邦もとんだ反乱分子を抱え込んだものだ。よもや、大宦官が大宦官を追い落とそうとするとは……』

 

≪とにかく、今の我々の第一目的は、趙皓の勢力を削ぐ事にあります。澤崎の件はまさにこの趙皓による物であり、成功されれば趙皓の専横は益々続くでしょう。どうか、これを妨害して頂きたい。その為の支援は、我々としても惜しみません。そして、願わくば──≫

 

 気障な声を上げると、ゼロは『話は分かった』と話を畳に掛かった。

 

『いずれにせよ、我ら黒の騎士団とて、あの澤崎を認める気は毛頭無い。澤崎の件、前向きに検討させて頂く』

 

 ──そうゼロが請け負ったのが、三日ほど前の事だ。各種装備を整えながら、エリアスは格納庫の奥に目を向けた。

 

「あの、高亥な。どう思った?」

 

 隣で神妙な顔をしている扇に、エリアスはそう問いかけた。

 

「嫌な感触の奴ではあったな。何というか……口では天子様がどうとか言ってたけど、どっちかって言うと自分を追い落とした大宦官のジャオ何たらを見返したいってのが本音のような……」

 

『お前の言う通りだ。扇』

 

 その扇の背後から、ゼロが現れて言った。彼の背後には、白いパイロットスーツに身を包んだC.Cの姿。彼女は会話の成り行きを無視して、何やら手にしたチェックシートと睨めっこをしていた。

 

『あれも結局は、民の為に行動を起こす人物ではない。大宦官と言う権力構造を肯定し、そこから振り落とされまいとしがみついているだけの小物だ。だが……』

 

「だが?」

 

『覚えているか? 奴の背後に控えていた、長髪の男。あれは黎星刻(リー・シンクー)……中華連邦の軍官の一人にして、若手の有能株として名が知られている人物だ。最も奴の忠誠は大宦官ではなく天子個人に向いている事から、今一つ出世コースからは外れている人物だ。あれが控えているとなると、どうやら奴の背後には、中華連邦改革派の存在があるな』

 

「改革派……じゃあ今回は、あの高亥と言うよりは、改革派と手を組む、と考えるべきなのかな?」

 

『そう考えた方が良いだろうな。ただ何にせよ、あの高亥の存在で──ん?』

 

 不意に、ゼロが言葉を止めて扇の背後に視線を向けた。同時に、「おーい」と呼び掛ける声。扇とエリアスが振り返ると、格納庫上層のキャットウォークからリフトで降りて来る、一人の人影があった。

 

「……カレン?」

 

「居た居た。探しちゃったわよ。キョウトから連絡よ。エリアス、貴方宛に、プライベート通信で」

 

 キョウト。その名を久々に耳にして、エリアスは一気に顔を歪めた。

 

 

 

 

 

 

 

 本人がどう考えているかはともかくとして、後にキュウシュウ事変と呼称される今回の事件において、首謀者とされる澤崎敦という男の名は歴史的にはあまりにも重要度が低い。そもそも先に述べた通り、エリア11という土地と中華連邦との関係性において起こり得るであろうシナリオに、彼の名が薄く書かれただけの話である。例え彼の目的通り、エリア11に彼の言うところの“ニッポン”が再興したとしても、それは“ニッポン“なる中華連邦の傀儡勢力が現れた、というだけの話である。澤崎は結局、中華連邦の手駒その一として歴史に名を残すだけだ。

 

 翻って、軍事的に見ると澤崎の存在は一転して極めて重要な立ち位置に立つことになる。公式見解という名の建前はこの際置いておくとして、澤崎の手勢と言うのは、彼に協力する曹 淵明(ツァオ・ユエンミン)以下何処からどう見ても中華連邦の部隊であり、純粋な日本人は澤崎ただ一人だけ。即ち、現時点において中華連邦がエリア11に介入する為に必要不可欠な大義名分こそ、澤崎の存在。つまり、澤崎さえ抑えられれば、中華連邦はそれ以上の介入の口実を失う事となる。

 澤崎の背後に中華連邦の影が見え透いているからこそ、コーネリア総督は統治軍のみによる討伐を決定していた。植民エリア権限による反乱分子鎮圧、即ち内政問題として片付ける為に。しかし残念な事に、真正面から澤崎の勢力を撃滅するには、コーネリアには使える手勢が少ない。コーネリア直属の部隊は半数近くが未だホクリクに展開中であり、現在の情勢を鑑みれば、残る部隊も下手には動かせない。と言って、先手を打って本国に援軍を要請すれば中華連邦もまた本腰を入れて兵を送り込んで来るだろう。そして、下手に制圧に時間を掛けても中華連邦は利ありと見て大攻勢を仕掛けるに違いない。

 

 こうして情勢を整理すると、ユーフェミア親衛隊による無謀極まりない作戦の意義ははっきりとする。電撃侵攻により澤崎を抑えられればそれで良し、失敗したとしても損失は最大でもKMF四騎のみ。しかも敵本陣に混乱が生じれば本隊は攻め易い。

 

 加えて現在、近隣のエリア10、エリア12といった植民エリアに駐留するブリタニア軍も動いている。これはすぐにでも援軍を送らせる、中華連邦の動き次第では寧ろ中華連邦本国を攻める用意があるぞ、と見せる事で中華連邦に圧力を掛ける、謂わば威嚇である。

 この威嚇の効力は目に見えており、中華連邦は澤崎の一挙に連動して海軍に動員令を発令してはいたものの、それ以上の動きは見せていない。

 

 ブリタニアも、中華連邦も、本心ではこの段階での本格的武力衝突は望んでいない。これは、その本音と建前の隙間を突いた戦略であった。

 ──発案者は、帝国宰相シュナイゼル。彼を知る者に言わせば、全く彼らしい策であると言う。

 

 そして今、エリア11としては残る問題は一つ──。

 

「イエーガー、先行する。後ろは任せたぞ」

 

 レオは後方のランスロットにハンドサインを飛ばして、予定通り高度を下げた。眼下の樹海に今にも接触せんばかりに近付いて、鋭い矢となって敵陣深くまで侵攻する。

 敵のミサイル防衛網の分布、及びその射程範囲は、全パイロットに事前情報として通知されており、また各機のメインコンピュータにもデータとして入っている。現在ナハト・イェーガーのレーダーマップには八時方向から十二時方向に掛けてに広がる赤い帯──即ちミサイルサイトのキルゾーンが表示されている。レオはそこに向かって高速で飛行していた。

 

≪間も無く、敵ミサイルの射程に入ります──分かっていますね?≫

 

 レオは「ああ」とだけ返した。今のレオには、不安げに問い掛けるセシルの表情を窺う余裕は無かった。不意の対空砲火による狙撃を避けて限界ギリギリまで低く飛んでいるのだから。

 レーダーマップ上で、真っ赤な円が刻一刻と自機へと迫り来る。あの中に入れば最後、無数のミサイルサイトが一斉にナハトをロックオンして来るだろう。

 基本的に、多数のミサイルに追われた航空機の運命は悲惨極まりない物と相場が決まっている。そしてナハト・イェーガーは、レオは、その死神の刃から絶対に逃れなければならない──。

 

「到達まで残り三……二……一……!!」

 

 瞬時に、レオは自機の高度を上げた。巨大な噴射炎を夜空に灯し、翡翠色の光の筋を引きながらナハトは高く上昇して行った。そのコックピットの中で、これまで聞いた事の無い量の警報音が一斉に鳴り響く。

 レーダーに目をやると、自機を示す青い光点に向けて無数の白い線が飛来しつつあった。カメラ映像で地表を見れば、魚の群れを思わせる物量で迫り来るミサイルの嵐。レオはコントロールスティックを強く握り、叫んだ。

 

「──やれ、スザク!!」

 

≪見えている。任せてくれ!≫

 

 ナハトの後方で、ランスロットが両腕に装備した大型ランチャーを構えた。全弾装填、照準ロック。スザクがトリガーを引くと、ランスロットのランチャーから複数のミサイルが放たれ、地上のミサイル網を焼き払う。空になったランチャーをパージし、フロートユニットの両翼下パイロンに接続された予備ランチャーに持ち替えつつ、ランスロットは燃え盛るミサイル網の上を飛び抜けた。

 

 一方、レオにはまだ飛翔して来るミサイルの処理が残っていた。撃ち落とすか回避するか、何れにせよ、あまりこの空域に踏み留まる事はできない。ランスロットとの連携が崩れれば、次にミサイルの標的になるのはスザクだ。その上、スザクの一撃はミサイル網全てを始末した訳では無い。あくまで後顧の憂いが無くなる程度に無力化しただけだ。素早くこの空域を抜けなければ、また別の所からミサイルが飛んで来る。

 手始めにレオは加速して、ミサイルの飛来方向を一定方向のみに絞った。そしてある程度の所で、フロートユニットの推力方向を変えて、ナハトを空中で回転させた。バック転、或いは宙返りの要領で、黒い機影が舞う。同時進行でヴァリスを起動、高出力モードで構える。上下逆転した視界に自機目掛けて飛来するミサイルを捉えると、レオはトリガーを引いた。

 ──ほんの刹那の出来事であった。再びナハトが正常姿勢に戻った時には、ナハトの後方のミサイル群は軒並み炸裂し夜空に火球を出現させていた。

 

≪大丈夫かい!?≫

 

「問題無い。今追いつく」

 

 言葉通り、ナハト・イェーガーが先行するランスロットに追いつくまでにそれ程時間は必要無かった。増槽ユニットの一つをパージすると、レオはその高度のままランスロットの前に出て、ミサイル網の第二陣へと向かった。

 

「このまま突入する。スザク、次も頼むぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

≪……見てみろ。連中、下手な花火師よりはエンターテイナーとして有能だぞ?≫

 

≪でなければ困るだろう? こちらとしては、彼らには敵の注意を存分に引いて貰わねばならないのだからな≫

 

 フクオカ基地よりやや南西──本来、ブリタニア海軍とフクオカ基地防衛線とが睨み合っている洋上を、その巨影は音も無く飛翔していた。露骨に人の姿を象ったそれは、紛れも無くKMFのそれ、しかしそのサイズは明らかにKMFのそれを逸脱し、黒く染まった水面の上を往くその巨影は、まるでエリア11に伝わる怪異、海坊主であった。

 

「余所見してないで、ちゃんと飛ばすのに集中してくれ。あんたがしくじれば、まず俺が死ぬんだぞ? C.C」

 

≪何、水に叩き付けられたくらいじゃ死なないだろ。お前≫

 

「そりゃあ、その後拾って貰えるのならな? いくらなんでもこの時期に装備無しで漂流はキツい」

 

 海坊主の掌の上に収まった人影が、口元の無線機に文句を付ける。顔面の上半分を不透明のバイザーで覆った、明らかに人間離れした風貌の人影。その手には、一振りの日本刀。

 

≪──しかし、ここ最近音沙汰無かったのにな。何だ。その老師とやら、そんなにその澤崎が気になるのか?≫

 

「弱みでも握られたんじゃないのか。奴も老師も、戦前から政権の闇の中でどうこうやってた連中だ。奴の口からキョウトに関する情報を掴まれるのが嫌なんだろ」

 

 人影──エリアスは鼻で嗤った。

 

「とにかく、目的は奴の持ってるデータだ。多分肌身離さず持ってるだろう。最悪ハドロン砲で消し炭にして貰うが、奴の事だ。中華連邦に取り入る段階で色々と情報収集はしてる筈だ。保身の為に。そいつを消し炭にするのは少々勿体無い」

 

≪そうだな。だからこそ、お前に出て貰う事になった訳だ。準備は良いな?≫

 

 エリアスは、手元の刀を見つめた。神根島で奪い返した刀。エリアスにとっては……。

 

「ああ。任せておけ」

 

 バイザーの奥で、人工複眼ユニットを兼ねた眼帯が眼光の様な発光パターンを浮かばせる。彼の超人的な視力は、目的地であるフクオカ基地の姿を、既に克明に捉えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪三……二……一……!≫

 

 都合三度目の突入の時点で、ナハトを狙う誘導弾の数は最大数に達していた。急上昇するナハトを追うミサイルの嵐は、まるで雲を引いている様にも見えた。ナハトもナハトで、空中をバッタが如く跳ね回り、ミサイルを一群、また一群と回避して行く。

 しかし、ナハトを狙うミサイルは地上のSAMサイトから放たれた物だけでは無かった。防空陣地では侵攻する敵を抑えられない、と理解した敵は、直ちに迎撃機を発進させていた。既にナハトの前方に、二個小隊程の編隊が展開しており、ミサイルを放っている。レオは即座に照準器を起動し、ヴァリスで飛来するミサイル諸共敵編隊を撃ち抜いた。

 

≪レオ! 三時方向からも狙われてるぞ!≫

 

 スザクの声に、レオはそちらの方にも視線を向ける。更に一個小隊。相変わらず地上からのミサイルはナハトを捉えて離さない上に、今度は真横から狙わている、と来た。やむを得ないか、とレオはブレイズルミナスの起動スイッチに指をやった。

 ナハトのブレイズルミナスは、ランスロットと違い脚部に装備されている。多少無茶苦茶な姿勢になるが、上手くやれば前後双方にシールドを張ることが可能だ。

 だが、それをやればただでさえ酷くなっているエネルギー消費が更に悪化してしまう。既にナハトのエネルギー残量は出撃時の半分を切っており、フロートに装備していたテール型増槽は全て使い切っていた。

 

≪レオ、右旋回!≫

 

 だが、その瞬間スザクのランスロットが正面に現れた。即座にレオは操縦桿をフルに傾けて、ナハトを右に跳ねさせる。ナハトを追尾していたミサイル群はその動きに即応出来ず、ランスロットの正面に姿を晒した。そこへ、ランスロットがヴァリスのバーストショットを放つ。雲霞の如きミサイル群を一瞬で光の河へと変えると、隙を見せる事なくスザクは敵編隊に向けスラッシュハーケンを放ち、敵機を追い散らす。

 

「……すまない、助かった」

 

 無理な軌道変更で墜落寸前の機体を地表ギリギリで立て直すと、レオはランスロットの近くへと復帰した。

 

≪気にしないで良いよ。司令部まであと少しだ。もうミサイル陣地は無い。一気に突き進む≫

 

 全てのミサイルランチャーを使い切ったランスロットが、ナハトの前に出た。二騎はなおも十時方向へと滑空を続けた。迎撃機は飛来して来ていたが、最早二騎にとって障害とはなり得なかった。突き進む彼らの前には、海を背にした巨大な要塞と、その中央に聳え立つ円形の塔。

 フクオカ基地の姿が、もはや肉眼でも確認出来た。

 

≪こちらシルバーエッジ。そっちの機影が見えた。これより基地南西から侵入する≫

 

 セイトが無線で知らせて来る。レーダー上では、シルバーエッジ、及びヴュルガーの機影が彼の言う通りの方向から司令部へと攻め込むところだった。侵攻速度はこちらの方が少し早い。故に、先に司令部に踏み込むのもレオ達になりそうであった。

 

「了解。こちらは南西から──っ!」

 

 鳴り響くアラートに、レオは言葉を噛み切って回避軌道に移った。基地周辺の対空砲はまだ生きている。最初のアヴァロンからの砲撃は基地から離れた防衛網を叩きはしたが、基地周辺までは叩けていない。恐らくアヴァロンも撃ってはいたのだろうが、基地のこの対空システムにより迎撃されたのだろう。ハリネズミを思わせる密度で展開された弾幕に、二騎は高度を下げざるを得なかった。

 

「──基地周辺の対空砲がまだ生きている。攻め込むなら地上から行く方が良い!」

 

≪みたいだな。俺の機体の苦手分野だが、そうさせて貰おう≫

 

 広大な滑走路が、二騎の前にぐんぐんと近付いて来る。基地周辺の対空砲火は依然として激しいままだが、滑走路上に敵影は無い。本来なら、敵が対空砲火から逃げた先にKMFなりを配置して、狙い撃ちにすべき状況だろうに、それをしない理由は何か。だが、その懸念をスザクに伝えようとした瞬間、二騎のコックピットに無線通信の着信音が響いた。

 

「オープンチャンネル……?」

 

≪──私は澤崎だ。こちらに向かって来る白い方の機体は、枢木の息子か?≫

 

 ブロックノイズだらけの画質はお世辞にも良いとは言えなかったが、映し出された面構えは見間違えようがない。張り出した額に、やや陰気さを感じさせる目つき。

 

 叛乱軍首魁 澤崎敦の顔がそこにあった。スザクの表情が、一気に強張った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。