澤崎敦は、別に新出気鋭の才覚溢れる男でも無ければ、老獪な男でもない。“禿”という単語に過敏に反応し始める程度には前髪の生え際が後退した、典型的中年日本人男性、と言った見た目の男だ。恐らく戦前日本において良く見かけたという“企業戦士”という概念が取り憑いているかのようだ。
そんな男が大軍のトップに立つ。物事の裏を知る人間にとってはこれ程滑稽な画もあるまいが、少なくとも澤崎にそのような知性は無い。
彼はただ酒に酔いくだを巻いていただけのところ、政治的な駒として使われているだけの現状を、“遂に世界が自分の真価に気付いた”と解釈し、酒を飲まずとも酔えるようになっただけの男だ。それは管制室に控える、彼を除いた全員が理解していた。
≪澤崎さん≫
澤崎の正面のモニターに、一人の少年が映し出されていた。名は枢木スザク──かつての日本国首相枢木ゲンブの息子にして、ブリタニア軍の尖兵。民族を裏切り、皇族の騎士にまで任命されたという恥知らずの子供だ。
≪貴方の行為は、現在のこのエリア11秩序と法に反しています。無益な流血を望まぬなら、今すぐ降伏して下さい≫
「降伏?」
澤崎は小馬鹿にしたように笑った。所謂役者という職人の中には、自分自身がその役柄と一体になる、或いはそう確信し役を自分に“降ろす”と言うが、澤崎にはそう言う才覚はあったようだ。口振り、態度、立ち姿、一つ一つを取っても正しく大物の振る舞いを魅せていた。
堂に入った、尊大な振る舞いそのものは指導者に求められる要素の一つではある。中華連邦が傀儡としてこの男を選んだのは、何も余り物の如く国内に留まっていたからでは無い。
「昔を思い出すな。血に飢えた悪鬼の国、殺戮を誉れとするブリタニアに降伏せよと? まるで君の父上のように──?」
≪父は関係ありません! 自分は今のエリア11の法を守る立場にいます。降伏さえして頂ければ……≫
父と言う言葉に過剰反応を見せるスザク少年。彼は今、フクオカ基地司令部へ向けて飛来するKMFのコックピットに居るのだが、その軌道に変化が生じ始める。不要に増速し、僚機とのフォーメーションが崩れている。
「そうやって、君は日本独立の夢を奪う気か? 」
≪なら、正しい手段で叶えるべきです≫
そしてそう言葉を交わす中で、スザクは己の失策に気付かない。澤崎はチラリ、と足下を──下方の席に居る士官に視線を向けた。士官が頷き返すと、澤崎は鼻を鳴らし会話に戻った。
「君はそうやって我儘を通すのか? 理念なき正義だな」
≪違います! それは──!?≫
その瞬間、スザクを映し出した画面が大きく揺れる。この舞台は澤崎の言葉により、まさしく澤崎の狙い通りに動いていた。
「スザク!」
レオの目の前で、ランスロットが大きくよろめく。地表からの接近を選び、滑走路に降り立ったまでは良かったのが、オープンチャンネルで語り掛けて来た敵の首魁澤崎の言葉に注意を引かれ過ぎた結果、ランスロットはナハトと分断され、今まさに奇襲攻撃を受けていた。
初手として放たれたのは、地雷だ。滑走路上に敷設された、ごく単純な罠。会話の中で父親の事、正義の事に触れられた途端すっかり意識を持っていかれたスザクは、その単純な罠すら見抜けなかった。
姿勢を崩したランスロットに、更なる追撃が放たれる。一体何処に隠れていたのか、地に膝をついたランスロット目掛けて、暗緑色のずんぐりとしたマシーンが一斉に群がり始める。中華連邦製KMF、鋼髏だ。ヴァリスがランスロットの手から離れ、鋼髏の砲火に当たって爆散する。
≪あれが、中華連邦の鋼髏──!≫
無機質な鋼髏の群れが、ランスロットへ砲撃を開始した。人型と言うより、粘土に手足を付けたような機体の両腕部から放たれる砲弾の雨。ランスロットはブレイズルミナスを展開して防御しつつその場からの退避を試みるが、雲霞の如く現れる鋼髏の物量に押され、滑走路上から誘導路へと追い出される。
「スザク!」
ヴァリスによる空対地攻撃でランスロットを援護しつつ、レオはスザクに呼び掛けた。ランスロットと違いナハトは未だフロートが健在であり、対空戦を想定していない鋼髏の火砲では、上空のナハトへ有効打を与えられない。と言って、このままここに止まれば対空砲の餌食だ。ヴァリスの残弾も少なく、いつまでもスザクを援護しても居られない。
故にレオがここで採るべき策は、対空砲をその機動性能とブレイズルミナスで躱しつつ、このまま鋼髏の群れを無視して敵司令部へ突入を仕掛ける事だった。
だがその場合、ランスロットを、スザクを鋼髏の中に置き去りにする事になる。ヴァリスを失ったランスロットは、鋼髏に対し接近戦で立ち向かう他無い。
仮に単騎あるいは少数を相手にするならそれでも良い。他機種の追随を許さぬ機動性能を以て懐に入り込めばそれで勝てる。しかしこの鋼髏の群れは軽く見積もっても一個中隊以上。そしてその全てがランスロットに照準を向けている。中距離以遠の攻撃手段を喪ったランスロットがどれほど不利か、最早説明の必要は無い。
レオの援護も虚しく、ランスロットの背中の翼が遂に火を吹いた。スザクは自らフロートを機体からパージし、その爆煙を目眩しとして格納庫の角へと隠れた。
「っ──セイト! ランスロットがフロートを喪失! どちらが援護に来られるか!?」
≪こちらセイト、すぐには無理だ! こっちも鋼髏と対空砲の合わせ技で上手く動けない!≫
レーダー上で見ると、もう一つの格納庫の末端にセイトとリヒャルトの機影があった。不幸にも向こうのほうが生きている対空砲の数が多かったようで、両機とも既に着陸している。
セイトのシルバーエッジは本来
この場において、これをカバーするのはリヒャルト駆るヴュルガーの役割だ。ヴュルガーは端的に説明すればフロートユニットを機体と一体化させた実験機であり陸戦適性はシルバーエッジよりも高い。が、ヴュルガー自体接近戦寄りの調整が施されている事もあり、多数の鋼髏に対し攻めあぐねている事は確かだった。加えて先程のランスロットのように地雷を踏まないとも限らず、その進軍速度は決して早く無い。
≪僕に構うな!≫
ランスロットに乗るスザクが、そうレオに叫んだ。叫びながら敢えて敵の眼前に身を晒し、機を見つけては両手に持ったMVSで鋼髏を切り裂いては距離を取り、それからあからさまに敵司令部へと進路を向ける。勿論それを許す鋼髏ではなく、すぐにランスロットは更に不利な態勢に追い込まれる。
≪司令部へ! 澤崎さんを!≫
それが何を意味するか、レオはすぐに理解した。スザクは敢えて鋼髏の注意を引き、レオに攻撃のチャンスを与えようと言うのだ。フロートの生きているナハトなら司令部への直接攻撃は容易い。そして今なら対空砲妨害も少ないまま、レオだけは司令部へ手が届く場所に居る。
「しかし──!」
それでもレオは迷いを拭えなかった。以前ならそんな迷いは生じなかった筈だ。僚機を見捨ててでも目的を果たし、エリナの元へ帰る。それだけを思っていたのだろうから。
だが、今は違う。出撃前に言った通り、自分も、そしてスザクも、共に主君の元へと帰る。そう誓ったのだ。それ程、レオにとってもスザクは無視出来ない存在であった。
少なくとも、レオにとっては幼少期に会ったセイトやモニカ、ユリシアら以来はじめての“友人”と言っても良かった存在だ。そしてレオは、友人を死なせるつもりは無い。
とは言え、そこで尚もそこに留まる事で彼を助けられるかと言えば否だ。スザクを助けたいと思うのなら、寧ろ素早く司令部を制圧し、敵勢力を無力化しなければならない。そう判断するだけの理性はあった。
≪行くんだ! 今やれるのは君しか居ない!≫
絶叫と共に、スザクは再度突撃を仕掛けた。これも鋼髏の何騎かを無力化するが、それと引き換えにランスロットは肩口に被弾し、その尖った肩部装甲が弾け飛んだ。
「──すまないスザク! すぐに済ませる!」
それを目の当たりにして、レオは遂にナハトの進路を変え、スロットルレバーを押し出した。ナハトは名残惜しげな視線をランスロットに向けた後、背部の翼から炎を吹き、夜空に閃光だけを残して司令部へと消えた。
レオが行くのを見届けて、スザクはふっと笑みを溢した。同時に、その笑みを写し取ったような表情で、通信モニタ上の澤崎が口を開いた。
≪──良い見せ物だったが、これまでだ。彼もすぐに君と同じ地平に墜ちる。投降したまえスザク君。枢木ゲンブ首相の遺児として丁重に扱うことを約束しよう≫
「お断りします」
笑みを消して、スザクはぶつりと通信を切った。ここで父の名を使ったら、もう自分を赦す事は出来ない。脳裏に映る過ぎ去った出来事。現実に眼を戻すと、スザクはMVSを構えて再度突撃を開始した。
鋼髏側が気圧されているのが分かる。この圧倒的不利な状況下で尚も立ち上がる敵機に恐怖心を抱き始めている。誰だって、勝利が確定したような状況で死を迎える真似はしたくないだろう。それも見知らぬ異国の地で、しかも下らない政治劇の駒として。
無意識下でそういった敵の心境を利用し、スザクはランスロットを更に激しく操った。
もはやランスロットに残されたエナジーは僅かだった。これまでだな、とスザクは自覚していた。これ以上はどうしようも無い。残る鋼髏は十六騎、これを全部潰す前にランスロットは機能停止して蜂の巣にされるだろう。寧ろここまで良く保った方かも知れない。この強襲で敵は戦力の多くを司令部防衛に割いた。これならば沿岸から上陸するコーネリアの本隊はだいぶやりやすくなっただろう。
後は作戦全体が上手く行く事を……そして何より、作戦に参加した他の面々が無事に生還することを祈るのみだ。まだ三人とも自分程悲惨な状況に追い込まれては居ない筈だし、彼らがそうなる頃には、もう本隊が到着している筈だ。ここまで良くやった、と思うべきでは無いか。
「さあ、これで最後だ──」
敵の眼前に躍り出たランスロットの左手から、MVSがもぎ取られる。スザクは斬り捨てた鋼髏の残骸から飛び出すと、最後の突進を仕掛けようとした。
だがその瞬間、ランスロットの通信ディスプレイに別の顔が映し出された。
「……ぇ?」
それは、スザクの主君──だった女性──ユーフェミアの顔であった。
突撃開始と同時に、ブレイズルミナスを全開にする。エナジーゲージが恐ろしい勢いで削れて行くが、この際継戦能力よりも瞬間戦闘力を重視すべきだった。無数の対空砲弾がナハトの黒いボディに光を投げ掛けるが、翡翠色の煌めきがその全てを蹴散らしてナハトを更に突進させる。鋼髏も戦闘車両も、あっという間に頭上を飛び越える機影に対し何も出来ずに居た。
ろくな回避行動を取らずに、基地施設を縫って駆け抜けるナハト。精密な火器管制システムの号令の下放たれる対空砲火の雨嵐。命中しない筈が無い。だが、ナハトには何一つとして有効打とならなかった。ブレイズルミナスによる防御も無論あった。だがそれだけでは説明が付かない事に、ナハトには一発たりとも命中しないのだ。掠めすらしなかった。
それは施設を縫うように飛行した事で同士討ちを回避しようとした自動システムの作用か、それともレオの信念の為せる技か。
この時地上に居た歩兵の一人は後に、火線が時にナハトの周囲で捻じ曲がっているように見えたと証言した。勿論有り得ざる事だが、そう思わせるだけの闘気が、ナハトから放たれていた。
ナハトが司令部をその射程に収めるまでそう時間は掛からなかった。レオは司令部区画へと踏み入ったナハトを鋭角に上昇させ、ヴァリスの照準を敵司令部タワーに向けた。
「て、敵機急速接近! こちらを射程に捉えます!!」
オペレーターの報告は悲鳴に近かった。その場の誰もが顔面を蒼く染め、それまで意気揚々と自分達に指図していた男澤崎を見た。澤崎もまた、その眼を見開いて眉をひくひくと震わせていた。
「馬鹿な……あのような単騎駆けなど常識外れだ……!」
曹が狼狽し後退る。今にも逃げ出さんばかりだ。曹ばかりで無く、ナハトを食い止めるべき鋼髏や戦闘車両の類さえ、一部が勝手に退却を始めていた。
これだから、中華の軟弱な軍人は困るのだ。澤崎は内心でそう罵声を浴びせた。そして正面に迫った敵機に密かな賛辞を送った。
一人の戦士は、確かに戦場においては一つの駒に過ぎない。が、その駒の枠を乗り越えた者は、時に常識はずれの存在となって戦局を単独で動かし得る。古来から、日本にはそんな侍が名を残して来た。中華連邦とて歴史上そのような例はごまんとあろうに、それすら忘れたというのか。卑小なる此奴らには戦士の何たるかも分かるまい。
認めよう。彼は真に武者だ。
だが、武者は本来日本の専売特許なのだ。
澤崎は大きく息を吸い、音を立てて一歩踏み出した。舞台役者さながらの澤崎さえ足を小刻みに振るわせていたのには、澤崎自身最後まで気付かなかった。
「──撃てぇ!!」
澤崎は叫んだ。その瞬間、ナハトが背にした翼が小刻みに爆発し、ナハトは姿勢を崩した。
地に落ちたナハトの周りに、更なる爆発。爆煙の中から飛び出したナハトの視線の先に居たのは、四騎のKMF……グロースターの姿だった。フクオカ基地接収の際に残されていた機体を、曹が選び出した中華連邦の精鋭パイロットに預けたものだ。
「ふん、あの程度で我が日本は潰えぬ」
声色を取り繕って、司令室中に聞こえる大声で澤崎は言った。これこそ我が策であると言わんばかりに。
しかし、澤崎もグロースターのパイロットを信用してはいない。いかに曹が精鋭だと言っていようが、鋼髏程度の機体しか扱った事のない中華連邦のパイロットにどれ程の技量があると言うのだ。だから澤崎は、もう一つ別の策を用意していた。
「頼みますよ、大尉」
≪承知≫
手元の通信機からはそれだけが返って来た。澤崎は息を整え、眼下の光景を見据えた。地面に落ちたナハトめがけ、グロースターが攻撃を開始していた。
とにかくこれで、虎の子のKMFは使ってしまったのだ。後はこのまま上手く司令部に攻めて来た機体群を無力化し、来るべき本隊の襲来に備えなければ。
澤崎の意識は、既にこの戦闘の先の事象へと向いていた。
「グロースター……だと……?」
フロートの被害状況を確認したレオは、自らを背後から撃った機体を見て眉を顰めた。一瞬味方から撃たれたような気分になるが、肩にでかでかと記された日の丸の国旗を視界に捉え、事情を理解する。あれはサワサキらが鹵獲した機体だ。四騎のグロースターがナハトへ迫り来るのを見ると、レオは怒号と共にヴァリスを放ち、MVSの柄にマニピュレーターを乗せ、ナハトを突進させた。
「邪魔をするな!」
縦一直線になって攻撃してくるグロースター。狙いは時間差攻撃か。レオは破損したフロートの内生きているスラスターだけを器用に使用して地表を駆けた。神速の抜刀で先頭のグロースターの両腕を断ち切ると、そのままMVSの切先をグロースターの胸部正面装甲に突き刺し、串刺しにしたグロースターを盾に後続機の連携を突き崩す。
たったこれだけでフォーメーションを崩す辺り、高性能機であるグロースターに乗る割に、敵の練度は高く無かった。鋼髏の群れを相手にする方が遥かに難しいとすら思えた。
散り散りとなったグロースターはナハトを円形に包囲すると、各々アサルトライフルを構えた。ナハトもすぐさま突き刺したままのMVSから手を離し、両腕部ナイフシースを解放。対装甲ナイフを展開したままの両腕を横に勢い良く振るい、投げ出されたナイフを空中で掴む。そうして目前の一騎が射撃態勢に入ったと見るや否や、ヴァリスを連射しつつナイフを投擲する。ヴァリスの光弾に気を取られたグロースターは、回転しながら迫るナイフに最後まで気付かず、ブーメランのように飛翔する刃がグロースターの頭部カメラを潰す。
同時にフロートをパージ、後背からの射撃の盾にしつつ前進すると、ナハトは視界を失ったグロースターの頭部を掴み、勢いよく引き倒した。アサルトライフルを持つ腕を踏み付け、ヴァリスでコックピットを撃ち抜くと、レオは残る二騎へと向き直った。同時に放たれたアサルトライフルの砲弾がナハトの頭部、及び腰部装甲に大きな傷を付けるが、負けじとナハトはヴァリスで敵機を散らしつつランドスピナーで移動した。
フロートを失ったことはナハトにとっても痛い。だが、それを抜きにしてもナハトもまたランスロットの系列機。機動性能でグロースターに遅れを取る事はない。まして中華連邦の脆弱なパイロットの駆る機体では、レオを止める事は出来ない。スラッシュハーケンを司令タワーの壁面に突き刺して空へと舞い上がるナハトに対応し切れず、更にもう一騎のグロースターが頭上からのヴァリスの餌食となって転倒、爆散する。
壁を蹴り、壁面から離れ地面に飛び降りる。その落下地点目掛けて、最後のグロースターがランスを構えて突進を仕掛けた。このまま重力に従って落下すれば回避不能。だが。
「甘い!」
スラッシュハーケンを高速で巻き取り、今度は地面へ向けて発射。爪が地面に突き刺さったところでワイヤーを硬質化させた。一瞬ナハトの落下速度が変化し、降下ベクトルも変わる。必殺を狙ったグロースターのランスは何もない虚空を突き刺し、その槍の上にナハトが降り立つ。最後に残ったヴァリスの弾をコックピットへ撃ち込まれたグロースターは突進姿勢のまま転倒し、ナハトはその上に降り立った。
「──さて」
レオはカメラを頭上へと向け、ノイズの混じる視界で司令部を見上げた。既にヴァリスの弾は使い切り、司令タワーは遥か上。フロートを失った今、ここから司令部を攻撃するにはどうするか。
レオは再び視界を下に向け、足下で倒れているグロースターに目を向けた。グロースターのアサルトライフルは恐らくまだ使える。同じブリタニア機である以上互換性はある。だが中近距離射撃戦を想定したアサルトライフルでは遠距離狙撃は厳しいと言わざるを得ない。
以上の状況観察を経て、採り得る選択肢は二つ。スラッシュハーケンを駆使して登り詰めるか、機体を降りて司令部の中から攻めるか。前者については時間が掛かる。後者に関してはレオの潜入、暗殺スキルが役に立つ。案外後者の案も有りかも知れない。
そうして、アサルトライフルを拾い上げた瞬間。
≪──!!≫
「ちぃっ!?」
不意に繰り出された斬撃が、そのアサルトライフルを両断していた。レオはすぐさまナハトを後退させ、襲撃者の姿を捉える。それはグロースターもなければ鋼髏でもなく、旧式のグラスゴーを素体とした機体、無頼。それも頭部から昆虫の触覚ようなアンテナを垂らし、刀を手にしたカスタム機、無頼改であった。
新たな敵機の出現。何故気づけなかった。レオはレーダーパネルに視線を移して、その原因を理解した。レーダーが死んでいた。
敵の刺突を回避しつつ、レオは背後を確認した。現状残されたナハト最後の武装であるMVSは、最初に串刺しにして倒したグロースターに刺さったままになっていた。他にもグロースターの武装が転がっていたりもしたが、一番近くにあるのはMVSだ。
続けて放たれる二連続斬撃からどうにか逃れ、レオはスラッシュハーケンを放って無頼改を牽制。ランドスピナーを高速回転させ後退し、MVSを回収し構えた。
無頼改のパイロットは、明らかに先のグロースターのパイロットとは違う手練れの動きを見せていた。グロースターのように不用意な突撃はせず、今はただ刀を構え、ナハトの出方を窺っている。良く見ればその刀身は回転鋸のような構造をしており、MVSと切り結ぶ事も出来そうであった。
レオは敵の動きを警戒しつつ、ナハトのエナジーゲージを確認した。既に残量はごく僅かであり、こうしてMVSを起動したまま持っているだけでも貴重な稼働時間が削られて行く。レオは幾つかのキーを素早く弾き、エナジー消費を抑える為に索敵システムとコックピットライトを切った。コックピットの中が瞬時に闇に包まれ、非常灯の微かな赤い光とコンソールの光だけがレオを照らす。
こうなった以上、最早速攻以外の選択肢は無い。レオはスラッシュハーケンを放って再度無頼改に回避を強いつつ、MVSを構えナハトを前進させた。だがレオの放った刺突は呆気なく弾かれ、カウンターで放たれた斬撃がナハトの胸部装甲を斬った。尚も反撃を試みるが、エナジー残量を意識したその攻勢は拙速に過ぎた。無頼改は見事なまでの技でその全てを受け止め、更に痛撃を返して来た。上段からのナハトの攻撃を逸らし、返す刀で右脚部の関節を斬る。ナハトは地に膝を突いた。
≪──! ──……──、──!!≫
無頼改のパイロットが、オープン回線で何かを告げていた。通信画面に映る相手の姿から、相手が旧日本軍の軍服を着た男……つまり日本解放戦線の生き残りである事は分かったが、何を言っているのかはさっぱり分からなかった。ただ、相手が勝利を確信している事だけは分かった。
「耳障りな言葉で──」
レオは再度スラッシュハーケンを放った。余裕だと言わんばかりに無頼改はハーケンのワイヤーを切断するが、その瞬間、レオはナハトのスロットルレバーを全開にし、ナハトの機体そのものを無頼改にぶつけた。
「──喚くな!!!」
そのまま第七世代機のパワーに任せ、無頼改を押す。如何に手練れであろうとも、このマシンポテンシャルの差は覆し難い。それでも無頼改は数秒間だけナハトを押し留められた。が、続いてレオがMEブーストを起動すると一気に力負けし、レオは無頼改を司令部施設の壁面に勢い良く叩きつけた。壁と胴体に挟まれた無頼改のコックピットはその衝撃をまともに受け、ぺしゃんこに潰れた。
その光景を最後に、ナハトのモニターが遂に落ちた。
≪──私はこれから、敵の司令部を落とす。君はどうする?≫
一方、レオが索敵を切って目の前の敵に集中していたいた隙に状況は大きく変化していた。ナハトと全く同じタイミングで遂にエナジーを切らしたランスロットを鋼髏が取り囲み、澤崎が射撃指示を下したその瞬間、突如として天から真紅の光が降り注いだのだ。光は鋼髏十三騎全てを飲み込むと、一騎残らずドロドロに溶かしてしまった。
上空には、いったい何故このような巨大な物体を見逃したのか、と問い質したくなる程に巨大な──とは言え純粋な大きさとしてはKMF二騎分程度の──黒い影があった。
仮にそれを知る者がその姿を目の当たりにしたならば、すぐにでもその正体に気付くだろう。翼の枚数が増え、白から黒に染まろうとも、その姿形はまさしくレオ・エルフォードのかつての乗機──ガウェインであると。ガウェインはゆっくりと地表に着陸すると、ランスロットへ橙色のユニットを差し出した。エナジーフィラー。KMF用の燃料タンクとでも言うべき代物だった。
≪残念だけどゼロ。君の願いは叶わない。僕が先に叩かせて貰う≫
オープン回線で交わされたやり取りの後、ランスロットはそれを受け取った。それは即ち、ランスロット、ガウェインの両機が司令部へ突っ込んで来るという事だ。
「何ィ!?」
澤崎は今度こそ狼狽した。既に直掩の機体は先のナハトを止める為に使い切り、ナハトを潰した代わりに全て行動不能となった。もう司令部を守れる存在は地上の鋼髏しか無い。そして先程鋼髏がナハトに何も出来なかったように、鋼髏ではガウェインに対して有効打を与えられない。そしてガウェインは、先のナハトとは違い機動力は無いが、代わりに鋼髏の完全な射程外から広範囲を一層出来るだけの火砲を備えている。
ガウェインが鋼髏の群れを焼き払い、出来上がった道をランスロットが爆進する。これを阻める者は最早居なかった。
「第三中隊、壊滅!敵奇想兵器二体、最終防衛戦を突破しつつ此方へ向かって来ます!」
そう報告する通信士は、最早理性と自制心が失せかけていた。彼だけで無い。殆どの士官が既に席を立ち、今にも逃げ出さんばかりであった。
「ゼロ! 我々は日本を憂う同志では無かったか!?」
事ここに至って、澤崎は再び会話での時間稼ぎを試みた。だが、もう彼の言葉で舞台は動かせない──いや、最初からこの舞台における主役は澤崎では無い。彼はただ、日本解放の為の先鋒としての役割を演じるだけの役者、道化に過ぎない。殊にこの影のカリスマ、たった二ヶ月程で日本人の心に反攻の意思を再燃させた、当代最高の扇動者たるゼロを前にしては、あまりにも役者が違い過ぎた。
≪我ら黒の騎士団は、不当な暴力を振るう者全ての敵だ≫
「不当だと!? 私は日本の為に──!」
≪澤崎さん! 日本の為なら、どうして中華連邦に逃げたんですか! 残るべきだった。皆の為にも!≫
澤崎の主張は、スザクの言葉で遮られた。それを子供の戯言と退ける澤崎に、ゼロは冷笑を浴びせた。
≪戦前は国家の要職に就きながら、責任を取るでも無く戦後すぐさま亡命。日本人がブリタニアの支配に苦しむ中で、貴様だけは中華連邦でぬくぬくと生き延びた。安全なベッドを与えられて、酒を飲んで酔いつぶれていた。そんな貴様が、今更救世主面をして日本を救うだと? それも日本を虎視眈々と狙い続ける中華連邦の兵力を用いて? 笑わせるてくれるな澤崎。そんな貴様を、民衆が両手を挙げて迎えるものか≫
三流の役者は、それ以上何も言えなかった。これを切っ掛けとするかのように、フクオカ基地は陥落への急斜面を滑落し始めた。
先にランスロットに対し鋼髏が動きを鈍らせたように、中華連邦の兵士にとって、ここは生命を賭けるに値する戦場ではない。故にこそブリタニア攻撃部隊はブリーフィングの際に澤崎の存在を執拗に強調し、澤崎の排除を第一に動いた。今、澤崎は排除こそされていないが、ゼロの言葉に一言の反論も出来ず喚き散らしていた。日本語が分からなくとも、その様子は誰にだって理解出来た。
そうなると、澤崎の軍勢の最大の弱点が露呈する。勝ち続けている間はともかく、一度劣勢に傾いた途端加速度的に崩壊し始める士気の低さ。加えて、ゼロはガウェインでの介入にあたりこれを助長すべく殊更目立つ形でガウェインの力を誇張して見せた。スザクやレオと違い、意図的に。これは彼の思惑通りの効果を発揮し、ガウェインが司令部の隔壁を破壊した時には、既に地上軍の殆どが逃げ出していた。
「基地を放棄する! 澤崎殿、脱出機へ!」
一足先に混乱から抜け出した曹が指示を飛ばした。屈辱と憤怒を顔中に貼り付けた澤崎は曹を突き飛ばさんばかりの勢いで司令部を後にした。
その背後から、通信士からの最後の報告が飛んで来ていた。
「──敵歩兵、司令部へ侵入! 二箇所からです!!」
司令タワーの中は混沌の坩堝にあった。機能停止したナハトを離れて施設内部への侵入に成功したレオだったが、予想に反し、通路に詰めているべき歩哨も、防衛の為出て来て然るべき警備兵の一人も出て来なかった。通路を避け、その天井裏にある通気ダクトを匍匐で通り抜けていたレオは、司令部上層に繋がるリフトホールから中華連邦の兵士達が多数、言語にもならぬ喚きを上げながら地上階エントランスへと走り抜けて行く様を何度か目の当たりにした。どうやら彼らは施設を放棄するようだ、と理解して、レオは誰も居なくなった通路に降り立った。
≪基地を放棄する! 総員退却命令!≫
≪将軍の脱出機の援護を! 海側のポートからだ!≫
基地内のアナウンスが、レオの目指すべき場所を告げていた。ナハトのサバイバルキットに含まれていたブリタニア製式拳銃R-662と、道中で回収したブリタニア式の直剣を左右の手に構え、レオは通路を駆け足で進んだ。
タワーの中に流れる空気そのものが、ざわついていた。浮き足立つ者と、それでも尚統制を維持し、レオという侵入者に備えているであろう者……現実に彼らが意識していたのは、レオではなくランスロットでありガウェインであったのだが……。この喧騒の中では、激しく動きながらでも容易く自身の気配を消す事が出来た。レオのスキルだけでなく、乱れた空気が個人個人の気配を覆い隠してしまうからだ。
一方でこの空気は敵の気配さえ等しく覆い隠してしまい、事前に察知する事を難しくさせる。だがレオには、人と世界とをくっきり見分けられる“眼”を持っている。妖しく光る紅の瞳で世界を見ると、レオは足を止めた。正面の曲がり角から敵歩兵が接近していた。
逸る気持ちを抑えて、状況を確認する。向こうはレオの存在を感知出来ておらず、警戒しながら進んでいる。一方レオは敵の存在を掌握済みだ。レオの方が有利だった。
とは言え、いつ何処から襲って来るとも知れない敵に備え、三人の歩兵は全方位をカバーする陣形で進んでいた。三人を一斉に仕留める必要があった。こちらの武器はR-662と剣、あとは腕の仕込み短剣。室内戦では充分だが時間的余裕が無い。故に、奇襲攻撃で一挙に片付けなければ。
敵の先頭を務める兵士が、曲がり角の目前で足を止めた。息を止めたのが分かった。銃口が顔を見せるタイミングを狙って、レオはダッシュして敵兵に接近し、右手の直剣で敵の銃を斬り上げた。同時に左手のR-662を額に突きつけ、一瞬で始末する。
背を向けたもう一人の敵兵が振り向くと同時に、レオはその顔面を斬った。苦悶の声を上げ倒れる敵兵を蹴倒し、手早く射殺する。
予想外の動きを見せたのが、残る最後の敵兵だった。彼は銃をレオに投げ付けると、逃げ出したのだ。
先頭二名の兵士は、旧日本軍の軍服を着ていた。これは澤崎の手勢だろう。逃げ出した兵士は中華連邦の軍服姿で、これは見た通り中華連邦の兵士だ。
先の無頼改然りこの敵然り、事前情報と違って敵軍の主力は澤崎配下の私兵或いはテログループと中華連邦“義勇兵”の混成のようだ。国家奪還の情熱に燃える日本軍と国家戦略の手先として送り込まれた中華連邦軍。にわかに合流した両者の混成部隊は、彼らの指導者が願う程には機能していない様子が窺えた。兵士達とて個人であり、バックボーンはそれぞれ異なる。両者に役割を手軽に与えて、それで理想的な部隊が出来るなら苦労はない。部隊編成を怠ったツケが、綻びとして最前線で生じ、そして致命的な亀裂へと発展する。
レオは逃げる敵兵の背を躊躇わず撃つと、再び通路を駆けた。
「そこまでだ、サワサキ!」
二人が振り返ったまさにその瞬間、駐機していたVTOLが側面から飛来したスラッシュハーケンにより貫かれた。爆発炎上するVTOLを飛び越えるように、純白のKMFが飛び込んで来る。スザクのランスロットだ。
≪澤崎さん!≫
≪ここまでだな≫
続いて、ゼロの声が拡声器を通して響き、ランスロットの背後から漆黒のガウェインが現れた。レオにとっては、思いがけないかつての乗機との対面だった。ガウェイン、と呟くレオの前で、狂乱した澤崎が目を見開いて、自らを取り囲む者を見回していた。
更に、そこにもう二機のKMFが加わる。シルバーエッジとヴュルガー。混乱に乗じ、一気にここまで攻め入って来たのだ。過剰とも言える包囲網が完成していた。
「──、──!! ────!!」
日本語で喚く澤崎。その隣で、観念した曹が両手を頭上に掲げた。澤崎が彼に倣うと、レオはスザクに──ランスロットに目配せして、澤崎に近付いた。
「……な、なあ、私を殺そうというのではないだろうな、ブリタニア兵」
ある程度まで近付いた所で、澤崎は拙いブリタニア語でレオに問うた。
「わ、私は……日本で、エリア11で反政府活動を支援する組織の存在を知っている。こ、これを全て教える。だから……」
「それは、私ではなく収容所で尋問官に話す事だ。貴様が望もうと望むまいと」
ぴしゃりと撥ね付けながら、レオはガウェインの方を見た。
これでエリア11の反政府活動網を根絶やしに出来るならば、ブリタニア軍としては万々歳だ。だがそれを、このガウェインに乗っているであろうゼロが許容するものだろうか。
そもそも黒の騎士団自体、既存の反政府組織とどう付き合っているのかが分からない部分がある。ゼロがどう反応するか、と警戒し、レオはスザクに目線を送った。それが通じたのか、ランスロットはそれとなくガウェインにMVSの鋒を向け、更にシルバーエッジがガウェインの背後に回る。
最悪のケースは、ここでガウェインが澤崎をハドロン砲で溶かす事だ。これだけは絶対に避けねばならない。一方で、澤崎を確保した後ガウェインをどうするか、という問題もある。今回は協力する立場となったが、ブリタニア軍と黒の騎士団の敵対関係は変わらない。今の所数的有利はブリタニア側にあり、セイトのシルバーエッジはすぐさまガウェインを確保出来る位置取りにある。下手に動けない筈だ。
──だが、状況は意外な所から動き出した。
突然、隣に居た曹がふらりと身体を揺らした。武器を取り出すのか、と即応したレオの前で、曹は口から赤い液体、即ち鮮血を迸らせて炎の中へと倒れた。
「なっ!?」
敵の存在を感じ取って、レオは背後を振り返った。レオも通ったリフトホールへと繋がる通路の中程に、新たな脅威が出現していた。
爆発炎上を始める司令部を背にしたそれは、闇そのものに見えた。光の中で浮かび上がる闇。漆黒のロングコートで全身を包み、顔の上半分を黒いバイザーで隠した人影。コートの下から伸びた腕の先に、ごく一般的な形式の回転式拳銃の銃口が煌めいていた。煙を上げる銃口は、今まさに曹を射殺した弾丸がここから放たれた事の証だ。
間髪入れず、人影は全速力で距離を詰め始めた。足下から蒼いスパークを散らしながら、一瞬でレオの目の前まで距離を詰めて来る。レオはR-662での迎撃を試みたが、引き金を引く前に、コートの下から伸びた脚がR-662を蹴り飛ばしていた。遥か下へと落下する銃に意識を向ける間も無く、人影はコートを放り投げてレオの視界を封じ、驚く事にレオを
あっという間の出来事であった。背後の人影の正体を確かめるように首を後ろに向ける澤崎の胸を、細く鋭い刃が貫いていた。信じられぬ物を見たような表情のまま、澤崎の身体から急速に力が抜けて行った。刃が抜かれ、鮮血が飛ぶ。人影は澤崎のスーツのポケットに手を突っ込むと、何かを抜き取ってから澤崎を突き飛ばした。
力無く倒れたそれは、既に澤崎ではなかった。澤崎とは常に言葉でもって状況を動かそうとした存在だ。だが口内を朱に染め地に伏せた澤崎は、物言わぬが故に澤崎では無くなっていた。
そうして初めて気付いた。その人影が握っている刃、それはあの神根島で奪われた、レオの刀剣であった。
「貴様、エリアスか!」
レオは踏み込み、直剣で突きを放った。ほぼ同時に、ガウェインが両掌からスラッシュハーケンを放ち、ランスロットの足元、即ちVTOLポートを貫いた。ランスロットの重量でポートは加速的に崩落を始め、ランスロットはバランスを崩し落下した。ヴュルガーはランスロットのフォローに入り、肝心のシルバーエッジはガウェインの回し蹴りで体勢を崩されていた。
ポートの破壊はそのままレオにも影響を及ぼした。突きの勢いのまま危うく奈落へ飛び込む羽目になる寸前だったレオは、ぎりぎりで踏みとどまると後ろへ跳んだ。跳んだ先には同じように跳躍して崩落を開始したエリアスも居て、レオは起き上がりながらエリアスへ下から斬り上げを放った。だが、エリアスはこれを片手で弾き、そのままレオの剣を遥か虚空へと斬り飛ばしてしまった。
「……また会おう」
死の気配を間近に感じたレオだったが、エリアスはそう告げて、刀を収めた。人間離れしたら跳躍力でガウェインの肩へと飛び乗ると、ガウェインはエリアスを乗せたままゆっくりと浮遊を始めた。
「次があれば、こうはいかない。貴様もローガンも、俺がこの手で殺してやる。忘れるな」
エリアスの言葉を残して、ガウェインは夜の闇へと飛び去った。
コーネリア率いるブリタニア軍主力部隊が司令部に到着したのは、まさにその瞬間の事であった。彼らは一斉にガウェインへと弾幕を浴びせたが、ただの一発も、ガウェインを傷付ける事は無かった。