コードギアス 血刃のエルフォード   作:STASIS

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第二十二幕 揺れる世界、揺れる刃

 澤崎の反乱──キュウシュウ事変の終結から、二週間が経とうとしていた。

 コーネリア総督の迅速な対応により鎮圧された、とされた本件だったが、首謀者の澤崎、補佐の曹の両名は死亡。結局澤崎からエリア11のテロリスト網に関する情報を得ることは出来ず、ブリタニア軍は最後の最後で、黒の騎士団に全てを掻っ攫われた形となった。まるで、ナリタでの戦いの再来であるかのように。

 

 ナリタの時とは違い、ブリタニアは黒の騎士団の関与を徹底的に隠蔽した。幸いナリタと異なり、フクオカ基地は完全な要塞であり、民間人の関与する隙は一切存在しない。アングラな情報網さえ、情報源に辿り着けなければ意味が無い。そして根拠の無い情報は単なる噂にしかならず、ブリタニアの勢力を削ぐ効果は得られない。情報部はそう判断し、実際それはある程度まで正解であった。

 しかし、噂の効力はブリタニアの想像を少しばかり上回っていた。直接的な運動に結び付く事は無かったものの、イレヴン達の間に存在する二つの大きな流れが勢いを増し、イレヴン達の動向が活発化し始めたのだ。

 

 一方は、黒の騎士団を救世主と看做し、日本解放の希望を抱く人々。これは元々支持する勢力が異なっていただけで統治開始から一定以上存在していた層であり、比率としてもこちらの方が多い。

 もう一方は、逆にブリタニア側に従う事で、属州としての発展と生活水準の維持を求める層。これら恭順派は枢木スザクの専任騎士就任以来急速に勢力を拡大しており、日本人を差別しない、と認識されつつあるユーフェミアの人徳も手伝って、なかなかに無視できない規模となりつつあった。

 

 斯様に、イレヴン達は戦後初めての明確な内部分裂を起こしつつある。それまでは誰も彼も、集う先こそ違えど仰ぐ旗は同じ日本の日の丸であり、日本解放、打倒ブリタニア。ブリタニアに尻尾を振る者は売国奴、という単純な思想の集団でしか無かった。しかし、ここに来て売国奴である筈の者達が一大派閥を築きつつある。この二週間の間、ブリタニアの軍事施設、或いは政府機関に対する攻撃の頻度は低下しつつあるが、代わりにゲットー内部での闘争、並びに租界に出入りする名誉ブリタニア人の住む地区、所謂名誉ブリタニア人街を標的としたテロが頻発している。これは、イレヴン達の混乱を物語る何よりの証拠であった。

 

 

 そういう微妙な時期に、一つの出来事が起こるのである。

 

 

 

 

 

 

 

 世情は別として、今現在レオ・エルフォードには解決せねばならない問題が幾つかあった。

 

 まず第一に、損壊したナハトの改修。これは正直ロイドの領分なのだから、現状の機体に対する改善要求を纏めて提出してしまえば、後は暫く彼に任せるしかない。

 

 第二に、エリアスについての問題。神根島で彼の素性はある程度割れた。が、彼がエルフォード姓を名乗る理由、彼が如何にしてあのようなサイボーグ改造を受けたのかは不明のまま。旧日本軍から接収したデータを検証しても該当する人物は居ないという。

 ヒントとなり得るのが、オリヴィエだ。彼女は彼を知っているようだ。だが、彼女から聞き出そうとすると何故かレオの脳は機能を停止する。頭に靄が掛かるとでも言うか、崖を目の前にして、足を踏み出す事を拒む本能的な忌避感とでも言えば良いのか……。あの感覚は、正直レオとしても未知の感覚であり、実の所あまり触れたく無いのが本音だ。

 

 第三に、そのオリヴィエについて。結局本国に戻る戻らないの話は宙に浮いたままだ。と言うより、あれやこれやと理由を付けてレオの側から先延ばしにさせている、と言った方が正しい。オリヴィエはあれから、決して家に帰ろうとしない。「家に帰れば無事では済まない」と言わんばかりに。理由を尋ねても頑として語ろうとしないのは、一体何を警戒しているのか。

 

 最後に第四。剣について、である。本国を出立する際に義父から授けられた刀剣は、エリアスによって奪われた。キュウシュウで実感した通り、レオが使用した時と寸分違わぬ切れ味を維持している刀剣とサイボーグであるエリアスのキネティック・パワーが合わさって、最早エリアスは並大抵の武器で太刀打ち出来る存在では無くなっていた。

 

 あれを打倒するには、新しい武器が必要だ。最早あれは、いつものように尋常な剣戟で倒せる相手では無い。そう義父に報告したのが一週間前だ。そして今朝、これの返答が来たという報告が何故かロイドの方から届いていた。現在、レオはロイドの呼び出しを受け、セイトと共に旧特派技術陣に与えられた研究開発ブースを訪れていた。

 

「はい。それが届いたお品物」

 

 二人が到着するや否や、ロイドは何故か不機嫌そうに、目の前の机の上を示した。そこに置いてあったのは、金属によって補強された、二つの細長いケース。二重三重のロックが掛けられた、極めて頑強な物であった。

 

「なにこれ」

 

「新しい武器が欲しいって言ってたでしょ。そのお返事だってさ。この先量産するかも、って言うからセイト君やユリシア君にも使って貰って欲しいって訳らしいよ」

 

 薄々と、中身についてのある程度の想像がレオの頭の中で像を結びつつあった。厳重極まりないロックを渡された鍵で開くと、やはり、収められていたのは一振りの剣であった。

 ブリタニアであの刀剣を受け取った時と同様、レオは、右の手で冷たい柄を握り込み、持ち上げた。黒く染まった柄に、刀身を収める黒い鞘。一見して、あの刀剣とは全く異なる、ブリタニアではよく見かける直剣だったが、その鞘とヒルトのデザインは古来より伝わる文明と技術により形成された象徴性の高いそれではなく、現代文明の象徴である機械で構成されたような角張った直線的なデザインで纏められていた。

 

 抜き放つと、白銀に煌めく刃の代わりに黒に染まった刀身が現れる。かつての刀剣とよく似ているが、その刃の色と、刀身の反りが存在しない点が、レオに馴染み深さの中に無視し得ない違和感を感じさせる。

 

「点けてみて」

 

 細い目つきで、ロイドはレオに言った。何を言われたのかよく分からずにロイドを見ると、彼は剣を持つ手を模って、柄の根本、ハンドガードに近い箇所を指で示した。彼の示すであろう箇所に目をやると、そこに目立たぬ形で黒いスイッチがある。押し込むと、微細な振動と甲高い音を伴って、刀身が真紅の煌めきを放った。

 

「な……」

 

 黒い刃は既に無く、代わりに純白に近い色で刃が発光していた。その周囲を縁取るように、剣が赤の光を纏っている。

まるで炎か、或いは新鮮な血のように。

 レオの隣で、セイトもまた自分のケースから取り出した剣を起動する。二つの赤い輝きが、二人の顔を赤に染める。二人は低い駆動音を発し続ける赤い剣を軽く振ってみた。振る毎に獣の唸るような音が響き渡った。

 

「これは……MVSか」

 

 レオはその特徴にすぐに思い至った。

 高周波振動剣(メーザー・バイブレーション・ソード)。ランスロットやナハトに装備された近接戦用の装備。本来KMFの、それもランスロットのような第七世代機のユグドラシルドライヴでなければ稼働させ得ない程の代物である。

 

「……そう。君のご実家の、ロンゴミニアド・ファクトリーで作ったみたいだよ。MVSは僕のアイデアなのに、勝手にさ……」

 

 ロイドが不機嫌なのは、それが理由だ。歩兵携行用のMVS、という話自体は、KMF開発者であるロイドとしてはかなりどうでも良い部類の話ではある。とはいえ、ロイドでさえ梃子摺ったMVSの小型化を、自分以外の技術者に先にやられた。先進的技術者の宿命とも言えるそれが、どうにも気に食わないのだ。

 ランスロットもナハトもロンゴミニアドで建造されたのだから、MVSの技術がロイドの手から離れている事自体の説明は付く。が、しかし。

 

「…………ロイド伯爵の不満はさておいて」

 

 ぶつぶつと呪詛の類を呟くロイドの背後から声がする。ユリシアだ。彼らより先に受け取っていたのだろう。ユリシアもその手に二人のそれと似た剣を握っており、やはりその剣は赤く光っていた。

 

「試製歩兵用MVS……ロンゴミニアドの提出した名称は“フォースブレード”。ロンゴミニアドの持ち主である貴方の御父様が名付けた名前が“フラムベルージ”……私はこっちの方がしっくり来るかな」

 

 ユリシアは炎のように揺らめく赤い光を見せながら言った。フランベルジュ或いはフランベルクという種類の剣は、刀身が波打ち炎のように見える特徴を持つ。古の時代には純粋な威力よりも不必要なまでに苦痛を与える武器として知られた武器だ。確かにこの剣には、そのフランベルクに近い趣があった。

 

「ナイトメアのMVSと違って、この剣の攻撃力はあくまで普通の剣よりは高い程度。ナイトメアの装甲を容易く斬り裂くような馬鹿げた威力は期待しない方が良いわ」

 

 壁際に何枚か重ねて立てかけられていた金属板を拾い上げ、ユリシアが言った。試し斬りしてみて、と彼女が持ち上げたそれに、レオは手にしたフォースブレード或いはフラムベルージの光刃を押し当てた。ナイトメアの装甲材である金属板が、過負荷を起こしたような唸りと共に裂けて行く。ユリシアの言う通り、ナハトのMVSのように軽々と一刀両断、とは行かないが、それでも本来なら歯が立たない筈の物が斬れる事に違いは無い。

 数秒掛けて装甲板を両断し終えて感嘆の息を漏らしたのも束の間、レオはブレードの光が先程よりも色褪せている事に気付いた。光はどんどん薄くなり、ちらついて、やがて消えた。赤い煌めきは霧散し、白く輝いていた刃は元の黒いコーティングに包まれた刃に戻った。

 

「ご覧の通り、エナジーの持ちが悪いのが欠点ね」

 

 ユリシアは肩を竦めた。パワーセルが鞘に内蔵されてるから、と言いながらユリシアはレオのブレードの柄に触れた。瞬時にレオはフラムベルージを持った手を彼女から遠ざけた。まるで、奪わせまいとするように。傷付いたような色を見せる彼女の瞳を見て、レオは視線を逸らしてフラムベルージを渡した。

 

「……鞘に収めればチャージが始まるわ。エンプティからフルまで、最短でも十秒。結構速い方だとは思うわよ?」

 

 彼女の言葉通り、十秒程で鞘のランプが赤から緑に変わった。ユリシアは鞘に収めたフラムベルージをレオに返し、レオはその鞘をベルトの金具に留めた。以前の刀剣用の物だったが、規格は合っていた。

 

「しっかし、良くもまあMVSをここまで小型化出来たな。グロースターに乗せるだけで稼働時間が減る代物だろ?」

 

「ブレード自体は常識的なサイズだし、出力もあれ程じゃない。とは言え、それでもこの燃費の悪さだものね……」

 

 そう話すセイトとユリシアから離れて、レオは何度か抜剣と納剣を繰り返しつつ、鉄板を相手に試し斬りを行なっていた。最大チャージ回数は十数回。それ以上は鞘に納められたパワーセルのエナジーが保たないから、セル自体の交換が必要だ。

 ただし斬れ味としては、あの何でも斬れそうな程に仕上がっていたかつての刀剣をも上回る。ブリタニア式の大剣並みの攻撃力をこの軽さで実現したと考えれば、確かにこの剣には可能性を感じる。あの刀剣にこれをぶつけた場合どうなるのかは試して見なければ分からないが、上手くすれば、あの刀諸共サイバネティクスのボディを破壊する事も夢ではあるまい。

 

 問題は燃費だ。一振り毎に納刀してチャージを入れるようでは隙が大きい。幸い起動していなくとも通常の剣としては使えるのだから、ここぞと言うタイミングで起動する戦法も有るだろう。幸い刀身が何かに触れない限りエナジー消費は然程でも無く、一瞬の斬撃の際に触れ合う程度ならばまだ飲み込める程度の消費である点も視野に入れるべきかもしれない。

 

「試作品はこの三振りだけか?」

 

 レオはロイドに尋ねた。ロイドは指を立てながら数え始めた。

 

「エリナ殿下の所にも一振り行ってるって。多分例のリヒャルトって騎士が使うんでしょ。後は君の義兄さんが使ってるらしいよ。で、君ら三人の分。今あるのはそれだけ」

 

 そう聞くと、レオは僅かならぬ嫌悪感を感じてしまう。義兄ローレンス……あの他人を無用に痛め付ける事を愉悦とする男が手にした武器だ。彼は、この剣にそう言った他者を必要以上に痛め付ける点を見出したのだ。

 そう言う負の側面が、この剣には確かにあるのだ。

 

「何にせよ、実戦でこれを試してデータを取って来い、と言う事なのだろう? セイト、早速試しに試合の一つでも洒落込むか?」

 

 気を取り直すように、レオはセイトに呼び掛けた。片手でスナップを効かせて赤い光刃をぐるりぐるりと回すセイトは「良いね」と挑戦的に答えたが、次の瞬間、首を横に振って光刃を消して鞘に収めた。

 

「……と言いたいが、ユリシアと俺とでやる事になりそうだな」

 

「何故」

 

 不審がるレオに、セイトは顎をくいくいと動かしてレオの背後を示した。振り返ると、ちょうどブースの透明な扉の向こうから駆け寄ってくる人影……オリヴィエの姿が見えた。成る程、とレオは扉の前に歩み寄り、勢い良く部屋に飛び込んで来たオリヴィエを出迎えた。

 

「オリヴィエ。どうした、そんなに慌てて?」

 

「慌てますよそりゃあ……今、ユーフェミア様が、とんでもない発表を……!」

 

 ユーフェミア様? とユリシアが聞き返し、その横でセイトが表情を硬くした。今日はちょうど宰相シュナイゼルが帰国する日であり、エリア11総督であるコーネリアや、後学の為もう暫くエリア11に留まるエリナなどが彼の見送りに出席している筈だが、ユーフェミアは公休を取っており、その行方はレオも知らなかった。

 

「とにかく! 皆さんこれを見て下さい!」

 

 そう言ってオリヴィエは、手にした携帯端末を差し出した。画面にはエリア11国営のニュース番組の映像が流れており、掌サイズの長方形の中で、青いKMFの掌の上に乗った、ゆったりとした私服姿のユーフェミアが高らかに語っている様が映し出されていた。

 

≪──私、ユーフェミア・リ・ブリタニアは、フジ山周辺に、【行政特区日本】を設立する事を、宣言致します!!≫

 

 それは、これまでのエリア11の情勢、辿ってきたブリタニアとイレヴン、両者間の歴史を根底から覆す言葉であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 行政特区日本!

 その知らせは瞬く間にゲットーを駆け巡った。多くの場所で、その旨を伝える映像が再生された。リアルタイムの物ではない、録画されたニュース映像だ。それが今、エリアスを筆頭とする黒の騎士団の面々の前でも流れていた。

 

≪この行政特区日本では、イレヴンは日本人という名前を取り戻す事となります。イレヴンへの規制、ならびにブリタニア人の特権は、行政特区日本には存在しません。ブリタニア人にもイレヴンにも、平等の世界なのです!≫

 

 ユーフェミアがどう言う意図でこの発表を行ったのかは、この場の誰にも理解出来なかった。ただ、その意味する内容が黒の騎士団の存在を根底から揺るがす強烈なものである事だけは、誰もが理解出来た。

 

≪聴こえていますか、ゼロ! あなたの過去も、その仮面の下も私は問いません。ですから、あなたも行政特区日本に参加して下さい! 私と一緒に、ブリタニアの中に新しい未来、新しい時代を作りましょう!≫

 

 発表より半月以上。移り行く時代の激動をその身に感じながら、黒の騎士団幹部らは日々対応策を協議していた。

 

「──行政特区という構想は、無論ブリタニアでは初の試みだ。しかし、他国に目を向ければ類型を見いだせなくもない」

 

 そう言ったのはディートハルトであった。例えば中華連邦、と彼はプロジェクターに示した資料を指し示す。

 

「中華連邦は多民族国家です。そして中華連邦を構成する民族の中には少数民族と言った物も存在する。中華連邦には彼らのような民族が集まる区域があって、天子から行政権を委譲される形で自治政府が置かれている」

 

 EUもそうだ、と彼は続けた。EUはそもそもが多数の国家の集合体であり、各国は全体としてはEUの一員を名乗りつつ、自国の名前と国境線を完全に捨て去ってはいない。

 

「ただし、これらのシステムと行政特区日本とを比べると、明らかに行政特区日本の構想は民族自治、民族自決の点で弱い」

 

 ディートハルトの講義じみた話の間、プロジェクターを操作しているのはエリアスであった。エリアスはディートハルトの話の進み具合を見て表示するシートを入れ替えつつ、その目は各幹部の動向を見ていた。

 

「結局のところ、特区日本はあくまで特殊な政策が行われるブリタニア統治領の一部分に過ぎません。EU構成国のような対等な関係では無い。また類型の一つである中華連邦の民族自治区には、州内の投票で構成員が選出される自治政府がありますが、行政特区にはこれが無い。行政特区の首座には、発案者であるユーフェミア・リ・ブリタニアが座る事が予め決まっているような物です。これでは自治とは呼べない。これまでのエリア制度と何ら変わり無いのです」

 

「しかし、これまでのブリタニアの強硬的な植民地政策を考えると、これは大きな一歩である事に変わりはない」

 

 呟くように言ったのは、藤堂である。今のところ黒の騎士団幹部を名乗る人間は結構な数に上るようになったが、その中で会議の流れを決定付けられる発言力を持つのは、今の所ディートハルトと藤堂の二人。一見異なる意見をぶつけているように見える二人だが、その実彼らは現状の日本人間の反応をそれぞれ代弁し、会議メンバーの前で改めて整理しているに過ぎなかった。それは、やはり彼らにしか出来ない役割だ。

 

「ユーフェミアが口にした通り、これを最初の切り口として行くべきだろう。殊にこの宣言を行ったユーフェミアは日本人への差別を撤廃すると掲げているし、そのユーフェミアも日本人である枢木スザクを専任騎士に任ずるなど、日本人を差別しない事で知られている。このユーフェミアであれば、信頼しても良いのではないか──以上が、大まかな日本人達の反応だ」

 

「……そして、キョウトは先日、この行政特区日本の構想を支持、協力すると宣言しました」

 

 次に口を開いたのはエリアスだった。澤崎の暗殺成功とデータチップ奪還成功の報告などなにかとキョウトとの連絡役を努めがちなエリアスが、この話題を口にするのに最も相応しかった。

 

「資金提供や企業誘致など、現在特区日本の始動準備は着々と進みつつあり、これに伴って特区への参加を表明する日本人の数は二十万を突破しています。かつてのような恭順派のみならず、反ブリタニアを掲げていた者達さえも。昨日も元日本軍大佐であり反ブリタニア勢力への情報提供を行っていた政岡氏が特区への参加を表明しており、彼がニュース上で述べた通り……まあ彼はNACからの要請、程度に濁していましたが……我々黒の騎士団にも、特区への参加命令がキョウトから下っています」

 

 エリアスにとって絶望的な響きの言葉を、エリアス自身が口にした。実際、黒の騎士団にとってはそれ以外の選択肢はあまり現実的では無かった。ただし、その選択にも相応の痛みを伴う事が予想されてもいた。

 

 宣言の場でユーフェミア自身が断言した通り、特区に参加するならばゼロの罪状は全て免除される。加えてユーフェミアは、五日後に迫った記念式典でもゼロの席を用意する、と改めて発表し、再び世間を驚かせている。

 特区に参加した場合、ゼロと黒の騎士団の安全は保証される。しかし特区に参加する以上ゼロはブリタニアが行う政策に賛同する形となり、そうである以上、ブリタニアを脅かす可能性のある戦力は保有出来ない。即ち、黒の騎士団は総じて武装解除せねばならない、と言う事だ。

 

 では、特区を拒絶した場合どうなるか。その場合、黒の騎士団はその存在意義を失いかねないのだ。

 忘れてはならないが、黒の騎士団の目的は弱者救済でありブリタニア打倒ではない。そしてその弱者救済の側面はユーフェミアの特区日本にも色濃く存在している要素であり、ゼロがこれを否定する事は、自分で自分の主張を否定する事にも繋がる。

 

「現実的に、多くの日本人がゼロ以上に行政特区日本を支持しています。これを拒否する事は、ゼロと黒の騎士団こそが日本の敵と名指しで敵視される危険性を秘めています」

 

 それが、彼らの悩みの種である。これでは即ち、黒の騎士団はブリタニアに──それもユーフェミアという一人の少女に膝を屈する事になる。ブリタニアへ取り込まれる恐怖も存在する。とはいえ、それを理由にこの申し出を蹴る選択も難しい。

 

 全員の脳裏に映るのは、今は席を外しているゼロの事であり、彼の引き起こした様々な事件の事であった。あの仮面の男が鮮烈なデビューを飾り、ブリタニアの非道への非難を訴え、正しく救世主となって日本人の支持を一身に集めた光景がフラッシュバックする。そんなゼロの存在が、ユーフェミアに容易く取って代わられる。侵略者の姫君でしか無かった筈の少女に。ユーフェミアがテレビの前で発した、たった一言の言葉だけで。

 

「──今は、静観するしかない、な」

 

 重苦しい現実を前に、藤堂達が下した決定はそうした消極的な物だった。それ以外、判断の下しようが無かったのだ。

 

 ……だが、エリアスはそうではなかった。

 

 

 

 

 

 

 暗闇に閉ざされた部屋。そこにゼロは立っていた。彼の横にはC.C.が座り、呑気にピザの一欠片を口に運んでいる。エリアスは部屋に入室し扉をロックすると、背を向けたままのゼロに視線を投げた。

 

「単刀直入に言うぞ」

 

『……ああ』

 

 ゼロの声色は、いつになく感情的な色を帯びていた。いつもの冷徹さは、特区の発表以来何処かへ旅立って留守のやうだった。

 

「もし、黒の騎士団がこのままブリタニアの中に入るというのなら」

 

 エリアスは手にした刀をテーブルに置いた。神根島でレオ・エルフォードから奪い取った──いや、奪い返した刀。

 

「俺は、黒の騎士団の敵になる」

 

 C.C.が気怠げな表情を向けて来る。だが、その視線そのものは矢のような鋭さを持っている。

 

『……脅しか』

 

「違う。これまで同じ志を持っていると信じていた相手への礼儀だ。俺にとっては日本解放も弱者保護も大して興味は無い。母を捨てたブリタニアと、母を救い出さなかった日本。両者全てへの復讐のみが、俺の目的だ」

 

 自然と、エリアス自身の声にも怒気が篭り始める。ゼロはエリアスの言葉を否定も肯定もせずに、何か苛立ちをぶつけるかのようにどん、と音を立てて壁を叩いた。

 

『行政特区日本などと……下らん。実現不可能な夢物語だ』

 

「では、加わるつもりはない、と?」

 

『そうだ』

 

「ならば、それによって黒の騎士団が被る不利益はどう処理する」

 

『分かっている……分かっているさ、そんな物は……ッ!』

 

 珍しい程の荒れようが、ゼロからは見て取れた。これは黒の騎士団に見せるゼロの姿とはかけ離れている。もっと別の……あの仮面の下にいる何者かの素顔の発露なのだ。エリアスはそう理解した。

 

「……良い機会だ。ゼロ、ひょっとしたらこれが最後になるかも知れないし、多分通じる部分があるだろう。だからここで、お前に話しておこうと思う。俺の過去と、正体について」

 

『…………』

 

 無言を肯定と受け取って、エリアスはテーブルの上の刀を抜いた。日本人とブリタニア人、双方の血を啜り続けた妖しげな煌めき。その刃の根本には二つの漢字が刻まれている。“月虹”と。それがこの刀の銘である。そして知る者が見れば、一瞬で思い出すだろう。この月虹という銘の刀を振る者──旧日本軍でその名を轟かせた女の名を。

 

「俺の母の名は、榊原美咲。この刀の持ち主だ。優秀な軍人であった母は戦前、あるブリタニア人の男に孕まされてブリタニアに渡った。男の名は、ローガン・エルフォード」

 

 ゼロはようやく振り向いて、エリアスに向き直った。普段なら傍観者を決め込むだろうC.C.も、ピザを喰う手を止めてエリアスの言葉を聞いていた。

 

「だから俺の名は榊原エリアスであると同時に、エリアス・エルフォードでもある。だから前にも言った通り、あの黒い有翼一角獣(アリコーン)に乗って、エリナとかいう皇族の騎士に選ばれかけながらこのエリア11にやって来たあの男は、俺の義理の兄だ」

 

 そうして、エリアスは全てを話した。エルフォードの家が母と自分を捨て、自分はブリタニアの実験施設で実験を受けてこの身体となった事。日本へと戻った母を日本人は売女として拒絶し、誰にも味方されぬまま、態々エリア11へやって来たローガンの手で殺された事。そうして自分は、キョウトの──とりわけ、今更母の事を持ち出して来た母の生家榊原家の当主、榊原大和の私兵となって生き長らえ、復讐の機会を窺って来た事。全て。

 

 自分にとっての最上の目的、それは母の仇を討つ事、父へ復讐を果たす事。復讐する相手とは最早一個人ではなく、日本、そしてブリタニアという国家そのものが復讐の対象足り得るのだ、と。

 

「……かの老師殿がブリタニアへの恭順を示すのならば、奴らが母にした仕打ちを忘れると言う事だ。であれば、奴らが俺を動かす為に使う“母の為”と言う文言も嘘になる。なら、もう奴らの味方をする必要は無い。奴らは自ら俺の敵となった。俺に向かって、自分達を裏切って良いぞと許可をくれたようなものだ」

 

 一通り一気に語り終えた時、ゼロが小さく息を吐いた。エリアスは刀を納め、ソファに腰を下ろす。

 

『黒の騎士団が特区に参加したとして、そうしたらお前はキョウトからも離れ、それからどうする』

 

「どうにでもして見せるさ。例え誰の手も借りずとも。復讐を果たすか、或いは完全に敗れ果てるまで永遠に戦ってみせる。元々復讐とは個人がする物、他者は都度利用するだけ。だからだ、ゼロ。黒の騎士団もキョウトも、目的の為に使い捨てるだけだ」

 

 暫くの間、沈黙が場を支配した。喋らない三人がそれぞれの方向を向いている中、空調の音に混じって時たまC.C.が新たなピザに手を付ける音だけが聞こえた。

 

『──仮に、だ』

 

 ゼロはようやくエリアスに向き直って、言葉を紡ぎ始めた。

 

『仮に、お前のその復讐心に善意でもって向かって来る相手が居たら、どうする』

 

 やはり、その声はゼロには聞こえない。仮面の奥の何者かが、自分に向けて問い掛けている。エリアスはそう理解した。

 

『理念や理論だけではない、その人物を前にしてしまえば、その人物を助け、何かしてやりたいと思わせる。そういう善性の象徴のような相手が、復讐の心を抱く自分に手を差し伸べて来たら、お前はどうする。手を取れば、或いは自分の復讐心は消え、過去の痛みを癒やし、幸せに生きられるかもしれない、そう言う希望が見えてしまった時、お前はどうする?』

 

「お前……」

 

 C.C.が口を挟むのを余所に、ゼロはエリアスを見つめる。エリアスはもう一度、今のゼロの言葉を頭の中で思い返した。

 善性の象徴。エリアスにはそんな存在がこの世に居るとは思えない……と言いたかったが、今現在、その状況に合致する人物が世情を動かしている。これを無視はできない。

 そう言う人物が、多くの人の手を借りて善意の世界を広げて行く。それは恐らく、穏やかで安らかな世界。そこに居れば、自分は過去の痛みを癒やされ、復讐心を忘れ、昔のような安穏な生活を送る事も出来る──。

 

 そう考えた瞬間、脳裏に浮かぶその光景を雷鳴が切り裂いた。激しい嫌悪感が、エリアスを襲った。

 

「……ふざけるな」

 

 感情が口を突いて出た。仮定の話だと分かっていても、それだけは止められない。

 

「復讐心を消して幸せに生きる。それは結構だ。じゃあ、母の死は、一体どうなる。俺の痛み、母の痛み、あの絶望も苦しみも、全部無かった事に……いや、無関係な過去の出来事として片付けるというのか。成る程そいつは確かに魅力的だろう。だがな、そいつが否定しようとする物こそ、俺の存在の根底にある物だ。それを根こそぎ否定して、そいつの都合の良い善意とやらで詰め替える真似、許せる訳が無い」

 

『………………そうか』

 

 長い時間を開けて、ゼロはそれだけ言って自らの仮面に手を触れた。「あ」とエリアス、C.C.の二人が声を上げるのも構わず、ゼロはその仮面のロックを外し始めた。

 

『安心して欲しい。エリアス。これで最後にはならない。ここから真に始まるのだ。今の言葉で確信出来た。私達は、互いに似た過去を持ち、互いに同じ思いを抱いているのだ、と』

 

 闇の太陽を描く仮面が、テーブルの上に置かれる。だが、仮面を抜いだその素顔は、歳若いながらにまさしく闇を纏っていた。良く手入れされた黒い髪、刃のような切れ味を持つ紫の眼。誰にも明かされることの無かった仮面の下の素顔が、今エリアスの目の前にあった。

 

「……だからこそ、今回の特区に対する思いも、俺達は同じなのだろうな」

 

 怒気を含んだ声色で、端正な顔付きの若者が言った。学生と言っても通じるような人間の、発するオーラだけが学生離れしていた。

 

「理屈でない事は分かっている。エゴである事も理解している。それでも、この怒りは俺達が生きる糧として来た感情そのもの、俺達の根元にあるものだ。ご立派な善意、真っ当な善意とやらで否定される訳にはいかない。違うか?」

 

「……ああ、そうだな」

 

 エリアスは力無く肯定する以上のリアクションを取れなかった。

 かくして、エリアス・エルフォード、そしてゼロ……ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは、新たに同志としての誓いを交わす。その様を、C.C.は冷めた瞳でじっと見つめていた。

 

 まるで、何かを見極めようとするかのように。

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