コードギアス 血刃のエルフォード   作:STASIS

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第二十五幕 Bad Days

『黒の騎士団、総員に告げる!』

 

 エリアスの待ち望んだ言葉が、遂に白夜の通信機に飛び込んで来た。

 

『ユーフェミアは敵となった! 行政特区日本は、我々を誘き出す卑劣な罠だったのだ!』

 

 待機地点の黒の騎士団KMF隊の面々は、ガウェインから送信されて来た映像を目の当たりにして愕然としていた。目を覆わんばかりの惨劇。しかし、それこそエリアスにとっては福音に等しい。

 

『自在戦闘装甲騎部隊は、式典会場へ突入せよ! ブリタニア軍を殲滅し、日本人を救い出すのだ! 急げ!!』

 

 自分でも気付かぬうちに、エリアスは高笑いと共に白夜を突撃させていた。茂みを突き破り、あらかじめ定めていた降下ルートに沿って坂を下って行く。

 

「待っていたぞゼロ……! それでこそだルルーシュ……! ブリタニアも、ブリタニアに尻尾を振ったあの老人どもも、これで全てに片が付く! そうさ、俺達に恭順も融和も必要無い。ただ最期まで、復讐のままに生きれば良い──!!」

 

 先陣を切る白夜、直ぐに追従する紅蓮。彼らを焚き付けるように、ゼロの言葉が響く。だが、それは何時ものような熱っぽさのある扇動者のそれではなかった。

た。

 

『ユーフェミアを見つけ出して──殺せ!!!!』

 

 どちらかと言えば、それは“喚き”と言った方が近い声色であっ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会場外部では、殺戮は未だ続いていた。この時点で、犠牲者はおよそ一万人超。エリナの命令が届いたのはあくまで会場内の駐留軍のみであり、未だ“理性の下に”虐殺をしていた部隊だけであった。残る外部の部隊はと言えば、当初の躊躇いは何処へやら、完全に血に酔った獣の如き有様であった。

 真紅の血は、人の“獣性”を呼び覚ます。ダールトンの負傷によって駐留軍には全体を指揮を取る者が不在となり、ユーフェミアは自身の行為にしか関心が無い故に「虐殺せよ」以上の命令は出さない。指揮官の理性という手綱を失って、正常に運用される軍隊は存在しない。

 

「ヒャハハハッ! 死ねイレヴンが!」

 

「薄汚いイレヴンどもめ!」

 

「ナリタで貴様らに殺された、ハンナの仇だ! こんな殺し方で晴らされるものかよ!」

 

 それは単なる獲物を喰らう肉食獣の群れであった。彼らの行為は容易く一線を超え、機関砲で撃ち殺すのみに飽き足らず、KMFで轢き殺し、ランスで突き殺し、酷い時にはKMFの両手でもって引き千切ってイレヴンを殺した。血の宴が止む気配は無い。ユーフェミアの言葉が生み出したそれは、本来ユーフェミアの願いからは最も遠い光景だったはずなのに。

 

 だが、獣が暴れ人を喰らうのならば、それを駆除する狩人もまた存在する。そう証明するかのように、漆黒の一群がブリタニア軍の側面から攻撃を開始した。黒の騎士団、日本に残された、最後の正義。イレヴン達は歓喜して彼らを迎え、ブリタニア軍はようやく正気を取り戻して迎撃体制に当たった。未だ屠殺の熱に溺れていた者は、真っ先に黒の騎士団の刃に斃れた。

 

「黒の騎士団の迎撃を優先とします! 駐留軍第五小隊は北方面の騎士団に対応! ユーフェミア親衛隊各位は、その場にて騎士団を足止めして下さい! 各機はその間にユーフェミアを発見した場合、直ちにこちらへ連絡を!」

 

≪イエス・ユア・ハイネス!≫

 

 G1ベース艦橋にて、エリナが各隊の指揮を採る。とはいえエリナとしてもこの場に留まって奮戦する意思は無く、ユーフェミアを確保次第直ちに撤退する手筈であった。散らばっていた指揮官がG1へと集まるまで、レオがその補佐に当たっていた。一方のスザクはユーフェミアの確保を最優先としてアヴァロンと連絡を取り、ランスロットに乗り換え次第連絡すると会場外へと駆け出して行った。割と危険な行為ではあるが、同時に「多分スザクなら死にはしまい」という妙な信頼もあった。

 

≪こちらアスミック。シルバーエッジへ移乗完了した。G1へと向かう。レオ、お前もナハトに!≫

 

 ユーフェミアのSPから新しくインカムを借り受けて、レオはスザクに代わり親衛隊の指揮を取っていた。G1本体が起動するまでの間は、G1ベースの指揮システムが使えないからこのようにする以外無かった。

 

「貴様がこっちに来てからだ! 手が離せん! ユリシアはどうした!?」

 

≪こちらユリシア、西エリアはオリヴィエと一緒にグロースターで奮戦中! 誰か手を貸してホント!≫

 

 本来戦域図を映し出す卓状モニターの上に白地図を敷いて、ペンを走らせて各地の戦力配置を計算して行く。G1ベース周辺に直掩部隊一つ、各エントランスに親衛隊の残りと、駐留軍の部隊を配置。残りは携帯インカムの電波範囲外なせいで、G1が起動するまで直接指揮が取れない。故に現地で手近な部隊を介して連絡を取る他無い。

 

「分かった、第八小隊を回す! リヒャルト、状況報告!」

 

≪こちらリヒャルト。東側エントランスの駐留軍は同士討ちを起こしております。恐らくは、騎士団側の内通者かと。このままでは抜かれます≫

 

「ッ……! 駒が足りないが止むを得ん、G1ベース直掩の隊を回す。味方を撃つナイトメアは敵と認定、破壊して構わん。G1へ敵を近付けるな」

 

≪御意に≫

 

 指示を受けて、窓越しの眼下を数騎のグラスゴーが駆け抜ける。何にせよ、戦力が足りていない。ユーフェミアの配慮が裏目に出た形となっていた。その上駐留軍内部で同士討ちが発生して、ブリタニア軍はほぼ完全に浮足立っていた。レオの指揮官としての部分が、早い段階で撤退を決断しなければ、と警告を発していたが、ユーフェミアが確保出来ない事には、撤退もままならない。これ程の虐殺を指示したユーフェミアが今のイレヴンの手に落ちた日には、どのような扱いを受けるか。

 

「或いは、ユーフェミアさえこちらで確保すれば作り話の一つや二つを仕立てる事も出来るか……? いや、厳しいか」

 

 無意識に呟く。とにかく、今は味方部隊か、あるいはスザクがユーフェミアを見つけ出してくれる事を願う他無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 殺戮の熱に浮かされているのは、何もブリタニア軍だけでは無かった。虐殺された日本人の死体を目にする度に、自然と黒の騎士団側の怒りも増幅されて行った。

 

≪ユーフェミアめ! 騙し討ちをするなんて!!≫

 

 叫び、カレンの紅蓮が先行していた白夜を追い抜いて手近なサザーランドに必殺の右手を押し当てた。輻射波動による攻撃はサザーランドを呆気なく破壊し、更なる追撃を仕掛けるべく紅蓮が敵陣へと突入する。

 

≪イレヴンが!!≫

 

≪そうか……やはりそれが本音か!!≫

 

 続き、藤堂の月下が手にした大剣を振るい、グロースターの首を刎ねる。続け様に月下の体当たりを受けて転倒したグロースターに、日本人達が一斉に群がる。

 

「今だ! やっちまえ!!」

 

「ブリ鬼共が! よくも俺たちをコケにしてくれやがったな!!」

 

 日本人達はグロースターのコックピットからパイロットを引き摺り出すと、その場で私刑を加え始める。黒の騎士団の到来に“希望”を見出した日本人達は、ブリタニアからの仕打ちに対する怒りを前面に出して暴徒化を始めていた。

 彼らが望むのは、凄惨に、残虐に、徹底的にブリタニア軍を殺す黒の騎士団の姿。それを見て彼らはより残酷なやり方をもってブリタニア軍を攻撃する。そういった中にあって、エリアスの白夜は特にこうした日本人の“暴徒”の注目を集めていた。

 

「死ねよ、ブリタニアァァ!!」

 

 手にした大型を振り翳し、白夜は並び立つサザーランドを一撃で両断した。下半身だけになったサザーランドを撥ね飛し、今度は地面に転がったサザーランドの上半身に狙いを定める。

 

「──ッ!!」

 

 大鎌を振り下ろす。その切っ先は無防備なコックピットを正確に貫き、中からオイル混じりの鮮血が溢れ出る。日本人達の歓声の中で、エリアスはゆっくりと大鎌を持ち上げた。その先端にはサザーランドから引き抜かれたパイロットの残骸が刺さったままであり、エリアスは空中で鎌を一閃してそれを遠くへ投げ飛ばす。

 

「……ファンサービスしてんじゃ無いんだがな」

 

 「良いぞー!」などと叫ぶ日本人達を一瞥して、エリアスは次の獲物を求めて更に会場方面へと突き進んだ。

 一ブロック程北上した辺りで、白夜の通信機が小さな音を鳴らした。黒の騎士団幹部のみが使用可能な回線だった。

 

≪こちら扇。式典会場西部へ進入したい。誰か援護を頼めるか? キョウトの桐原公と榊原老師が、式典会場を脱出してそこに居るらしいんだ≫

 

 ぴくり、とエリアスは生身の瞼を震わせた。そう言えば、居たのだ。ここに、キョウトの老人が。

 残るキョウトの面々はフジの拠点に残り、既に旗色を明らかにした桐原や老師が式典に参列している……聞けば報道関係のシステムをハッキング中のディートハルトからの指示で、扇に救出指令が下りたらしい。エリアスは自機の現在地を確認した。式典会場西。扇の無頼改とも位置が近い。

 

「──扇、こちら白夜だ。すぐ近くに居る。俺が突破口を開いてやるから、合流しよう」

 

 インカムにそう告げる。大きくターンを描いて戦場を駆ける白夜は、その主の眼光に良く似た妖しい輝きを放っていた。

 

 

 

 

 

 

≪レオ、今ランスロットに乗り換えた。会場から離れ過ぎたから、一度G1へ戻る!≫

 

 迎撃開始からどれだけの時が経ったろうか。G1のシステムが立ち上がり各パネルが次々と起動し始めた頃になって、スザクから連絡が入った。

 

「了解、アヴァロンは何処に居る?」

 

≪すぐそこだよ〜、君も早くおいで〜≫

 

 状況に似つかわしく無い気楽な声。ロイド伯爵だ。若干気が抜ける感覚を覚えながら、レオは一息ついて、点灯した卓状モニターから離れ艦橋の外へと視線をやった。

 

 そこに、イレヴンが居た。

 サイドカー付きの自動二輪に跨り、その手には武器を手にしている。黒の騎士団のバイク兵だ。いつの間に、何処から侵入を果たしたのか、と問う間も無く、オリヴィエから緊急報告が入る。

 

≪すみません、一台抜かれました!!≫

 

「エリナ!!」

 

 直後、イレヴン達は手にした無反動砲をG1に向けて発射した。レオはエリナの位置を確認すると、すぐに彼女の名を叫びながら床を蹴り、エリナを押し倒すような形で彼女の上に覆い被さった。直後、敵兵の放った無反動砲弾が艦橋に着弾する。

 

「っ!!」

 

 歩兵用の火器で、遠距離からの曖昧な照準。艦橋への直撃弾は艦橋そのものを破壊する事は無かったが、それでも正面の窓に大穴が開き、破片が内部を飛び交った。レオは自分の体でエリナを守っていた。

 

「怪我は?」

 

「え、ええ……大丈夫です」

 

 爆風が落ち着くと、レオは跳ね起きて未だ生きている窓越しに敵の姿を見た。敵は直撃弾に喜び、快哉を上げて居た。

 

 直掩隊はつい先ほどエントランスの守りに回した。オリヴィエとユリシアの担当区画からこれ以上の敵が侵入を果たす気配は無い。またG1のシステムが起動した事で残る駐留軍との直接連携が可能となり、直ちに全隊の指揮が回復し、会場の防御に動きつつある。

 

 レオは割れた窓から一瞬顔を出して外を見た。G1ベースは会場に半分乗り込むような形で配置されており、スタンド最上階とG1艦橋の高さはほぼ等しい。加えて先の騒乱の流れ弾によって倒れた看板もある。そしてスタンドから敵のいる場所まではほぼ地続きで、建造物を介するならば、と仮定した時、レオの脳裏に艦橋から敵位置への道筋が完成する。

 

「エリナは隠れていろ、俺が始末する! ……私が出たら艦橋の非常シャッターを下せ!」

 

 やれる、と判断するや否やそう叫び、レオはフラムベルージを起動して窓の穴を素早く拡げ、窓の外へと躍り出た。窓の縁から看板を介して跳躍。スタンドの座席の上に着地し、手摺の上を滑って下降する。

 

「──っ!!」

 

 イレヴン達が何やら叫ぶ。構わずにレオは幾つかの建造物を介してイレヴン達の頭上を望む位置に出ると、そこからイレヴン目掛けて飛び込み、フラムベルージでまずサイドカーの方、無反動砲を持ったイレヴンを仕留めた。首筋深くに真紅色に光る光刃を刺し込み、振り抜いて首を刎ねる。そのまま勢いに乗せてもう一人のイレヴンを斬ろうとしたが、その前にもう一人のイレヴンがレオをサイドカーから蹴り落としていた。レオは地面を転がり、立ち上がった頃にはイレヴンはバイクを発進させて離れ始めている。すかさずレオは左の腕をイレヴンに向け、仕込み短剣に追加したダートガンの機能を発動させた。それなりの反動を受けてレオの腕は左に跳ね上がる。轟音と共に放たれた矢は無事にその目的を果たし、間も無くイレヴンは崩れ落ちるようにバイクから放り出された。サイドカーに死体だけを乗せたバイクは暫くは運転手不在のまま走り続けていたが、やがて前輪の向きが乱れ、急旋回して横転した。

 

「エリナ、安全は確保した!」

 

 息を吐いて、レオは艦橋を見上げた。その時になって、破損した窓にシャッターを降ろした艦橋の向こうにもう一つ、空を征く艦影る事に気付く。浮遊航空艦アヴァロンである。

 

≪レオ、僕が運ぶ。アヴァロン甲板のナハトへ≫

 

 そう言って、スザクのランスロット・エアキャヴァルリーが降下して来る。

 

「了解した。セイトは──」

 

≪こちらアスミック。只今到着だ≫

 

 更にアヴァロンの前を横切るようにして、白銀色の機影が降りて来た。戦闘機の如きシルエットが、空中で人型に変形する。可変KMFシルバーエッジ。セイトの機体だ。シルバーエッジは戦闘機形態で機首を構成していたパーツを脚部として、“靴”が無い鋭角な先端部分からランディングギアを展開して接地する。彼の存在を確認すると、レオはランスロットの手に乗り、スザクに合図した。

 

≪G1の護衛を引き継ぐ。スザク、レオを上げてやれよ≫

 

「遅いぞセイト!そろそろ敵が回り込んでG1の後背を突く可能性がある。警戒を厳にしろ!……よしスザク、上げてくれ!」

 

≪捕まってて!≫

 

 着陸を果たしたシルバーエッジと入れ替わるようにして、ランスロットはふわり、と空に浮かんだ。G1艦橋と高度が並んだ時、レオのインカムにエリナから通信が届く。

 

≪レオ、ユリシア達の方、頼みます。例の赤いナイトメアが出て来て、既に突破される寸前だそうです……気を付けて、必ず帰って来て下さいね≫

 

「分かった。エリナ、君も無事で」

 

 察して少しの間上昇を止めてくれていたスザクに合図して、レオは艦橋に向けて簡易的に礼の作法を取った。そのままランスロットは素早くアヴァロン艦上へと飛び、あっという間に甲板に辿り着く。そこに、レオの愛機たるナハト・イェーガーが跪くようにして待機していた。色合いが似ているせいか、先刻のガウェインの姿が一瞬だけ被った。

 

「ナハト、出るぞ!」

 

 ランスロットの手から直接ナハトのコックピットに移乗し、レオは素早く機体を起動、ランスロットと共にアヴァロンを離脱してG1上空へと降下する。

 

“遅れました、我が主よ”

 

 不意に、レオは久しく離れていた霊体の女の存在を感じ取った。

 

「やっと来たか。まあ俺も動き回ってはいたが……お前、何があったか分かるか?」

 

 周囲への索敵を行いながら、レオは問い掛けた。

 ユーフェミアの命令に端を発した一連の騒動、そのユーフェミアの変貌ぶり。理屈では通らない事象が起こっている。だが、理屈を超越した場所に居るこの女ならば、或いは。

 

“お察しの通り、ギアスの存在が関わっている可能性はあります……それはそうと、ユーフェミアが命令を発する前に話していた女はどうしました?”

 

 言われて、初めて思い出した。ガウェインに乗っていたあの女。スザクを昏倒させ、直後この女に触るな、と警告を受け……そうだ。そのタイミングでユーフェミアが虐殺命令を発したのだ。直後の出来事が衝撃的に過ぎて、頭から抜け落ちていた。

 

「多分、ガウェインに乗っている。ゼロと共に」

 

 憶測ではあったが、可能性は高かった。先刻G1に戻った時にはガウェインは消え失せていた。恐らくあの女とゼロは合流を果たし、その上でゼロが黒の騎士団の突入を指示したのだろう。

 と、そこまで推論を立てた所で、別の推論が成り立った。

 

「……待て、という事は、まさかゼロが?」

 

“可能性はあります。ゼロがギアスを持った人物である可能性は高いでしょう”

 

「であれば、先刻殺しておくべきだったか……だが今は、ゼロの件も女の件も後に回すしかない。此処へ来る途上、ユーフェミア殿下を見たか?」

 

“それです。こちらで状況の推移を見て彼女を探したところ……”

 

 そう言って、女はコックピットの画面を“指さした”。レオは彼女の意を汲んでレーダーマップを表示し、彼女が指し示す地点をマークする。

 

“申し訳ありません、見つけはしたものの、私では干渉出来ず”

 

「いや、よくやった……スザク!!」

 

 レオはスザクのランスロットに位置情報を転送した。それは、ユリシアらが担当する区画の真ん中であり、黒の騎士団とブリタニア軍が激突している防衛線の只中であった。

 

「殿下の目撃情報があった! 会場外、大通りの交差点だ!」

 

≪っ! 了解、ありがとう!!≫

 

「私が先行して路を拓く! エリナ、撤退準備を!」

 

 レオはナハトのフロートを起動し、滑るようにエントランス方面へと飛んだ。スタジアム外壁を最も容易く飛び越えて、その後方をランスロットが続く。

 

「っ……!?」

 

 外部に出て最初に目に入ったのは、血と死体で覆い尽くされた地上の様子であった。殆どの死体はイレヴンのもので、やはり中には目を逸らしたくなるような状態のものすらある。その凄惨な有様に顔を歪める間も無く、すぐに地上からの火線が二騎を捉える。二人は空中でブレイズルミナスを起動して防御姿勢を取った。

 

≪やめろ……! 今お前たちに構っている暇は無いんだ!≫

 

「引き受ける! 行け、スザク!!」

 

 レオはナハトに膝蹴りのような姿勢を取らせ、脚部のブレイズルミナスを前面に展開しながら地上へと吶喊した。血塗れの地面へ滑り込み、そのままルミナスを起動した脚を敵の無頼へとぶつける。ブレイズルミナスにより攻撃範囲を拡大させた蹴りの一撃は無頼の上半身を抉り取り、レオは残る無頼をMVSで斬り伏せた。頭上をスザクが鋭角なターンで通過し、レオは今度は彼を追い掛ける形で地上を駆けた。敵味方が撃ち合う只中を縦断して、時折突破して来た無頼と遭遇しては勢いのまま斬り捨てて先へ進む。空中のスザクを狙う無頼はその背後からナハトの一閃に斃れ、レオはスザクへと叫んだ。

 

「止まるなスザク! あと少しで──ッ!?」

 

 瞬間、レオはナハトを急旋回させた。ドリフト走行もかくや、という勢いで地面を抉ってナハトが急停止する。

 

≪──こんな所で出会うとはな、エルフォード!≫

 

 白いKMF……エリアスの駆るKMF、確かデータによると白夜の名のついた機体が、そこに待ち構えていた。ナリタ、チョウフの時から変わらぬ、怪物然とした立ち姿。両手で構えた大鎌の先端には、今しがた引き抜かれたグロースターの頭部の残骸が突き刺さり、切断面から夥しい量のオイルを垂れ流している。ボロ布を纏ったそのシルエットは、まさしく魂を狩る死神が如き姿だ。

 

「貴様、エリアス!!」

 

≪先行けよ。こいつは俺が引き受ける≫

 

 白夜が背後の無頼改に向けて軽く手を振ると、無頼改はフルスロットルでその場を離れて行った。あの機体の行先を阻める味方機は居ない。見過ごせない対象ではあったが、それ以上に、目前の白い機体の脅威度の方が遥かに高い。

 

「……フクオカ以来か? あの時は見事に出し抜いてくれたな」

 

≪本音を言えば、あの時一緒に殺したかったんだがな。お前の首は、父親への良い宣戦布告になると思うんだが≫

 

「悪いが、まだ首をやる訳にもいかんのでな!!」

 

 両機、同時に動き出した。MVSと大鎌が閃き、すれ違い様に最初の攻撃を繰り出す。対するレオは大鎌の刃、特にその接続部を狙った。接触時の角度や速度によっては刃をそのまま断ち切れるが、仮にそれが叶わなかったとしても、武器の無力化を狙える。

 一方、エリアスは愚直に刃と刃ををぶつけるのではなく、寸前で刃の軌道を変えてナハトの足下を狙っていた。紅蓮シリーズの柔軟な可動域によって実現したフェイント。結果、白夜の大鎌はMVSの刃を寸前で避け、ナハト左脚のブレイズルミナス発生装置を収めたカウルを抉った。停止し反転したナハトは左脚からスパークを発していた。

 

「ッ……!」

 

 だが、白夜も無傷ではない。ナハトのMVSは確かに当初の目論見であった大鎌は外したものの、そのままの勢いで白夜の肩装甲を切り裂いていた。刃は内部の駆動系にまで僅かに届いており、白夜の右腕は動かす度に軋むような音を発していた。

 

≪チッ……ただじゃ済まさねぇ、ってか、なら!≫

 

 白夜は大鎌を分離し、刃の付いた部分を左手に構え直すと、スラッシュハーケンを射出しつつ再び突撃して来る。

 

「悪いが、その射線は読んでいる!!」

 

 レオは叫び、タイミングを合わせてMVSを特定の高度に突き出した。MVSの切先は真正面からハーケンの先端と接触し、そのままチーズを切るようにハーケンを両断して行く。そのまま返す刀で白夜の刃を弾き返すと、レオは無傷な方の脚部の膝を密着状態の白夜の腹部にぶつけた。猛烈な膝蹴りのカウンターを受けた白夜は一瞬動きを止め、その隙を突いてレオはナハトのスラスターを全開にした。

 

「貴様に構ってる暇は無い! 失せろ!!」

 

 空いた右手で拳を作り、勢いのまま白夜の頭部を狙う。だがエリアスもまた驚くべき反射速度でその拳を受け止める。一瞬、両者の力が拮抗した押し合いの状態に縺れ込むが、レオはその時点で勝利を確信し、またエリアスは己が失策を呪っていた。ナハトの拳は左腕、そしてそれを受け止めた白夜の腕は右の腕──先刻、MVSでダメージを受けた方の腕だ。元よりスパークしていた肩口の関節部は程なくして自壊し、肩から二の腕までを失った白夜の右腕部が後方に弾け飛んだ。

 

≪ッ!! この!!≫

 

 バランスを崩した白夜の胴体に乗り上げ、離陸を強行する。空中に躍り出たレオは、途端に浴びせられた銃弾の嵐をブレイズルミナスで防御しつつ、スザクの後を追いかけた。

 

「スザク! ユフィ!!」

 

 後方モニターは、自機を猛追して来る白夜の姿を映し出していた。白夜とそれに率いられた無頼の小隊はナハトの後背から断続的に射撃を続けて来る。レオはエナジー消費を度外視した加速で一度彼らを引き離すと、空中で前回りに半回転。機体の上下を反転させたままヴァリスを構え、敵機の進行方向に乱射した。敵の視界を一瞬遮ったところで、レオは建物の陰で急降下する。墜落に等しいようなランディングで強引に地表に降り立つと、方向転換して今度は地表からユーフェミアの位置に向かって疾駆した。

 

「これで誤魔化せるとも思えんが……とにかく、今はユフィを──!!」

 

 建造物群を一気に突き抜けたところで、レオは“それ”を見た。目の当たりにしてしまった。

 ばらばらに破壊されたグロースター。その残骸の中に立つ血塗れのドレス姿。その前に屹立する赤いKMFとガウェイン。その足元に、ゼロ。

 

「──っ!!」

 

≪──ッ!!?≫

 

 ゼロが銃を構える。レオも、上空のスザクも手を伸ばす。だが、その手が彼女に届く事はない。もう彼らの手の届かぬ世界にユーフェミアは居た。

 鳴り響く一発の銃声。KMFのコックピット内で聴こえるはずのないそれが、聞こえた気がした。

 

 その瞬間、少女は、スザクにとって、コーネリアにとって、エリナにとってかけがえのない、そして日本人にとって希望の光となるはずだった少女は──。

 

“そんな……どうして……ルルーシュ……”

 

“さよなら、ユフィ。多分……初恋だった”

 

 脳裏に、言葉が浮かぶ。レオや霊体の女が発したものでも、無論スザクが発したものでも無い。レオは気付かぬまま、目の前の事態を見ているしか出来なかった。

 その瞳に、赤き翼の紋様を浮かべながら。

 

≪ぁ……ぁぁ……あぁぁぁぁあぁぁああああぁぁ!!!!≫

 

「こ……のぉぉッ!!!」

 

 咆哮。ランスロットが空中から突っ込んだ。同時にレオはヴァリスを展開し、赤いKMFとガウェインを狙撃、スザクが下降する隙を作る。瞬間の、無言の連携。赤いKMFはこれを瞬時に躱したがガウェインの方は右脚部に直撃弾を受ける。ガウェインはそれでも尚もランスロットへハドロン砲を撃つが、安定を欠いた姿勢で放たれたその照準は不正確だった。

 狙いの甘いハドロン砲をブレイズルミナスで受け流し、ランスロットは地上へ極めて乱暴に着陸した。突風に煽られ、ゼロが姿勢を崩す。だがスザクはそんなものには全く注意を払う事無く、割れたコンクリートの上に倒れ込んだユーフェミアの身体を抱き上げ、そのまま再度離陸する。

 続き、赤いKMFがランスロットの前に立ち塞がった。ランスロットと機体性能は互角。しかし、今この場においてその機体はランスロットに敵う道理が無かった。背負っているものの重みが違う。抱えているものの重みが違う。

 

≪邪魔をするなぁぁぁぁ!!!!≫

 

 ランスロットは空いている腕を振り上げて、赤いKMFを一撃で打ち倒した。赤いKMFをノックアウトした代償に腕部が崩壊し、肘から下を喪失しながらもランスロットは離陸を果たし、姿勢を崩したまま舞い上がった。

 だが、高度が上がらない。先刻、ブレイズルミナスでハドロン砲を受け流した際、ルミナスによって湾曲されたエネルギー・ウェーブがフロートユニットのメインスラスターを抉っていたからだ。ランスロットの背部からは黒煙が上がっていた。

 

≪出力が──っ!!≫

 

「スザク! ナハトの背に乗れ!」

 

 レオはナハトを離陸させ、ランスロットの下方に着いた。炎上するフロートをパージしたランスロットを背中に載せて、ナハトの強化型フロートユニットの出力で強引に空へと舞い上がる。コックピット内に鳴り響くアラート。重量過多を示すそれを無視してスロットルを押し込むと、今度は別の警報──エナジーフィラー残量を警告する音が鳴り響く。

 

≪逃すかよ!≫

 

 悪い事は重なる物だ。更にロックオン警報が重なってレオが視線を前に戻すと、その先には追い付いて来た白夜と無頼の姿。

 ランスロットという重量物を背負った状態での回避機動は不可能だ。採り得る手段はブレイズルミナスによる防御のみ。だがブレイズルミナス発生器は片方破損しており、その上エナジーも心許ない。

 

「ええい、ままよ!」

 

 考える時間は無かった。白夜を含めた敵機群が発砲を開始し、レオは上昇を維持しながら脚部ブレイズルミナスを展開した。翡翠色の光の壁がナハトの前面に拡がり、敵弾を弾き返す。しかし、続けて放たれた榴弾が直撃した瞬間、ナハトの左脚がスパークを起こした。ブレイズルミナスが弱まり、そこへ更に敵弾が浴びせられる。一瞬で左脚部が蜂の巣となって崩壊し、ブレイズルミナスが半分消失。続けて左腕と左翼が榴弾の直撃で弾け飛び、コックピットを強烈な振動が襲った。強かにディスプレイに頭をぶつけ、レオは呻き声を上げた。ステータスログが真っ赤に染まり、自機の損壊状況は加速度的に悪化していた。

 

≪スザク君! レオ君!!≫

 

 いよいよエナジー残量が尽きようとした時、ナハトの下方に“地面”が現れた。アヴァロンの甲板だ。ギリギリのところで間に合ったのだ。

 

 レオがナハトをアヴァロンの甲板に下ろすと同時に、スザクがナハトの背から離脱して着地する。普段のスザクなら、レオの方を振り返って心配していただろうが、今の彼にそのような余裕は無かった。

 着地と同時にランスロットのコックピットハッチが開き、スザクがランスロットから飛び降りる。ランスロットの腕に抱き抱えられたユーフェミアを抱き上げると、スザクの白い騎士服がユーフェミアの血で赤く染まって行く。レオもモニター上でそれを確認すると、俯せに倒れ込んだナハトのコックピットから飛び出して、艦内へと駆け出したスザクを追った。

 

 血塗れのユーフェミアを抱えたスザクと共に、レオはアヴァロン艦内を走る。タイミング良く到着していた艦内リフトに飛び込むと、レオはスザクと、その腕の中のユーフェミアの様子を伺って、凍り付いた。

 力を失った四肢はだらんと床に向けて垂れ下がり、夥しい量の血が滴り落ちている。瞼は開かず、ただでさえ白い肌が急速に色を喪ってゆく。

 

「スザ……」

 

 声を掛けるよりも早く、リフトの扉が開く。現れたセシルは「ぁぁっ!」と小さく声を上げ、日頃飄々としているロイドでさえ険しく顔を強張らせている。

 

「お願いします……」

 

 スザクが口を開いた。絞り出すような、震える声だった。

 

「ユフィを……ユフィを助けて下さい!!!」

 

 続いて放たれた声は、絶望的なまでの響きを持っていた。

 妙なリアリティを持つスザクの悲鳴に、レオは何も応える事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 ≪──!、────っ! ──!!≫

 

 ラジオ越しに、ゼロの日本語が高らかに響く。威風堂々とした彼の言葉に、多くの歓声が答えている。

 ナハトとランスロットを回収後、アヴァロンは直ちに空域を離脱し、租界へむけて進路を取った。それは即ち、未だ会場に居るエリナやオリヴィエ、ユリシアやセイトらを見捨てる、という形となるのだが、それに対してレオが何か口を挟む事は無かった。セシルなどは少し意外だったようだが、正直、今のレオにそれだけの余裕は無かった。

 

 今、レオは一人医務室の前の廊下で、壁に背中を預けていた。「OPERATION」の文字が赤く灯っている中に、ユーフェミアとスザクらが居るのだろう。

 レオはそこに踏み込むつもりになれなかった。と言うより、踏み込む勇気が無かった。

 

「…………」

 

 焦点の定まらぬ目で、何も無い壁面を眺めていた。だがそれはレオの注意を保つにはあまりに特徴が無さすぎて、やがてレオの思考は一人歩きをし始める。

 スザクとユーフェミアとの関係は、ある種レオとエリナの関係に極めて近い。これは親衛隊結成の頃から思っていたのだが、それだけにその彼らの現状は、まさしくレオにとっての未来の光景にも思えてしまった。

 ユーフェミアの傷は深い。医務室に辿り着くまでにあれだけの出血をして、最早取り返しようが無い。ゼロの銃弾も急所を的確に破壊しており、恐らくはアヴァロンの医療スタッフにもどうにも出来ないだろう。レオの冷静な部分がそう判断を下し、レオの感情的な部分が不吉なビジョンをレオの脳裏に齎す。

 もしも、自分がスザクの立場で、そしてエリナがユーフェミアの立場に居たのならば。今こうして医務室の中で、死に行く少女を目の当たりにしているのが自分だったなら。

 

“……大丈夫ですか”

 

「頼む……今は放っておいてくれ……」

 

 霊体の女にそう返答すると、彼女の気配は消えた。正直、こう言う気分の時は誰かと話している方が落ち着けるのだが、何か言葉を発しようとしても、それはか細く震えた音にしかならなかった。

 

 ラジオはなおもゼロの言葉を紡いでゆく。レオがその言葉の意味を認識するにはこれよりもう少し後、テレ・ヴィジョン上の放送を見た時となるのだが、恐らくこの時にその言葉を聞いていたとしたら、レオの精神は極めて不快に逆撫でされ大荒れに荒れていただろう。

 

“……学校…………行って、ね……”

 

 脳裏に言葉が響く。霊体の女では無い、女の声。レオにはその声の主がすぐに分かった。ユーフェミアだ。気付けばレオのギアスが発動していて、レオは壁越しにユーフェミアとスザクの姿を確認した。

 ……ユーフェミアの光は、徐々に弱まっていた。

 

“ダメだ……ユフィ! ダメだ!!!”

 

 スザクの叫び。レオは電流が走ったかのようなショックを受けて立ち上がった。

 

「ユフィ……まさか……っ!?」

 

“スザク……あなたに……会え……て………………”

 

 そしてレオは再び“視た”。最早弱々しく瞬くだけとなったユーフェミアの光が、遂に消える瞬間を。ユーフェミアの最後の力が抜けて、スザクの手の中で細い腕が滑り落ちるのを。

 

「────ッ!!!!!」

 

 言葉にならない絶叫が、医務室から響いた。壁越しのレオもまた、叫んだ。叫びを聞きつけた医療スタッフが血相を変えて飛んで来て、医務室の扉が開かれる。スタッフ達が死亡確認を取る間、レオはスタッフに言われるがまま、喚くスザクを羽交締めにしてユーフェミアから引き離す。

 

「離せ! 離してくれ!! レオ、ユフィを! ユフィが!!!」

 

「よせスザク……もう、ダメなんだ! 彼女は、もう──っ!!!」

 

 ──皇歴2017年3月10日、午前11時39分。

 枢木スザクの光は。

 多くの人にとって希望の光となったはずの輝きは。

 

 永遠にその瞼を閉じた。


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