コードギアス 血刃のエルフォード   作:STASIS

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第二十七幕 Dark Site

「セイトと連絡が取れたと!?」

 

 部屋に駆け込むと同時に、レオは言葉を発する。

 黒の騎士団の攻勢がいよいよ強まり、その軍勢が租界地区外縁にまで迫っていた。アヴァロンはつい先刻、式典会場の残存戦力を収容して租界へ退却完了しており、すぐさま搭載戦力を租界防衛に供出するべく格納庫を開放してんやわんやの大騒ぎの最中にあった。

 そのタイミングで、一つの報告がレオの元に届けられたのである。

 

 セイト・アスミックの生存を確認。至急救出の必要有り。

 

 アヴァロンの通信室には総計六人のオペレーターが詰めていた。殆どは積み下ろし作業の管制に没頭していたが、残る一ブースをセイトとの通信用に空けてくれていた。そこは機密通信も可能なアヴァロン内で最高の設備が整ったブースだった。レオはオペレーターに促されて通信席に座り、自身のヘッドセットを通信装置に繋いだ。

 

「こちらアヴァロン、レオハルト・エルフォードだ」

 

≪こち……セイト。よう相……まだ生きてるか≫

 

 ノイズ混じりの声が、ヘッドセットから聞こえる。レオは安堵した。無事でいてくれたのか。

 

「それはこちらの台詞だ。良く無事だったな」

 

≪無事じゃ……かったさ。奴等……捕……てた。どうにか逃げ出して、今潜伏中だ。奴等G1を鹵獲して、エリナ殿下をも確保したのさ≫

 

 アヴァロン側から自動で補正を掛けて、ノイズがクリアになって行く。

 

「それで、エリナは無事なのか!? ユリシアやオリヴィエは!?」

 

≪無事、と言う言葉の定義によるな。生きてるか、って意味ならそう、無事だ。だが命の保証があるか、って言うと……≫

 

 無事とは言えない。レオは心の中でセイトの言葉を引き継いだ。

 生存が確認出来ただけでも成果だと言えた。あの憎悪と混乱の渦中にあっては、生き残るだけでも至難の業と言える。

 

「分かった。イレヴンに捕虜にされている、と言うんだな?」

 

≪ああ。他にも捕虜は居る筈なんだが、奴等次々と殺しやがった。酷い有様だ。ただ何と言うか、ユリシアやオリヴィエについてはあまり殺すような気配は無かったな≫

 

「どう言う事だ?」

 

≪さあ。残った捕虜の中で、ユリシアとオリヴィエ、それからエリナ殿下だけは女だったから、かね?≫

 

 ぎり、と総身に力が籠る。拳を握り締め、レオは努めて冷静に答えた。

 

「分かった。危険な状態にある訳だな」

 

≪それはそうだが、事情はもう少し複雑だ。良いか? こっちもそう安全じゃない。手短に言うから聞き逃すなよ≫

 

 セイトの語る状況はこうだ。

 現在、式典会場で確保された捕虜は、フジ地区のゲットーに臨時で設営された簡易基地……ほぼ難民キャンプの様相を呈しているが……に集められている。暫くは黒の騎士団本隊と、式典会場で鹵獲されたG1ベースもそこに居座っていたが、レオも知っての通り鹵獲G1と黒の騎士団は租界攻撃隊の先鋒として出陣している。代わって簡易基地を警護しているのは、元日本解放戦線、中でも“翠玉派”と呼称されたキュウシュウブロックの反体制グループ出身者が多くを占める部隊だ。

 元々翠玉派はテログループの中でもかなりの過激派としても知られており、中華連邦義勇軍のような国外の武装勢力を最初に招き入れたのも翠玉派らしい。澤崎のテロも、この翠玉派のルートが使われたようだ。

 そんな奴らが仕切っているのだから、基地内での捕虜の扱いは凄惨そのものだった。人道、人権という概念は認められる気配も無く、イレヴン達の怒りの捌け口となった。捕虜となったブリタニア兵は生きたまま手脚を切り落とされ、見せしめとして晒されるか、酷い時は近場の山中に捨てられる。ブリタニア軍が租界を固めている以上そうしたブリタニア兵が友軍に回収される見込みも無く、その末路は良くて餓死か、悪くすれば市民に石を投げられた果てに衰弱死。或いは火炙りの私刑を受けるか、山中に捨てられたならば野生の獣に貪られるか。

 

 その上、黒の騎士団側はこの現状を把握していない。翠玉派はゼロ以下黒の騎士団本隊に対しては理性の仮面を被り、黒の騎士団に一切の内部情報を漏らさない。

 この基地は、黒の騎士団の中の盲点、彼らの纏う黒よりも遥かにどす黒い、文字通りの闇と言えた。

 

≪幸いというか何というか、黒の騎士団も流石に怪しんでは居るようだ。それで少し連中も大人しくしてる。捕虜に対する暴行は一応止まってるし、俺が抜け出す隙も出来た……まあ、もう片手で数えるくらいしか残ってなさそうだが≫

 

「三人がどんな扱いを受けているか……!」

 

≪エリナ殿下は、二人とは別の場所に監禁されている。だが、何処かまでは俺も掴めなかったが、少なくとも俺の居た場所に現れた事は無かったし、姿を見かけることも無かった≫

 

「エリナの素性は、彼奴等にバレてるのか」

 

≪ああ、最初に彼女が名乗った……他を庇う意味でな。恐らくはより警備が厳重な場所に移されたに違いない≫

 

 話しているレオの背後から、フジ山麓の地図が寄越された。特区設営にあたり測量された、ほぼ最新のデータだ。ゲットー区画が赤枠で囲われている。

 

「セイト。今手元にその場所の地図がある。基地の場所と、それからお前の居場所を教えてくれ。盗聴の心配は無い」

 

≪分かった……っ! 良く、聞いて……れ……!≫

 

 無線のノイズが、再び激しくなり始めた。荒い吐息も聞こえる。セイトが移動し始めたのだ。

 状況は良くない方に転がったままだ。レオはペンを片手に、注意深く耳を傾けた。

 

 

 

 

 十六時間後。トーキョー租界、政庁ランディングポート。

 レオは駐留軍から徴用した、兵員輸送型の低空強襲ガンシップを前にしていた。防衛準備を進める駐留軍の混乱に割って入るのは中々難しい話だったが、どうにかレオは政庁に詰めているコーネリア専任騎士、ギルバート・G・P・ギルフォードとの回線を確保して事態を報告した。彼は素早く必要なものを用意してくれた。

 

「君の能力は、セイトから聞いている」

 

 離陸準備を進めるガンシップに歩み寄るレオの後を追うように、ギルフォードが口にした。ガンシップのエンジン音に負けぬように声を張り上げていた。

 

「頼む。これ以上、コーネリア様を悲しませないでくれ」

 

「お任せを。コーネリア殿下は、まだ?」

 

「ああ。未だ立ち直られては居ないようだ」

 

 コーネリアはユーフェミアの死の報を受けてからというもの、すっかり意気消沈してユーフェミアの居室に篭り切りになっていた。ユーフェミアの死から既に五日。総督の指示無くして行われた防衛網構築は遅々として進まず、この間に黒の騎士団の攻撃があれば、租界はあっという間に陥落するだろう。

 幸いにして、その黒の騎士団の攻勢はカントーブロックに踏み込む直前にして静止していた。恐らくは他の地区のレジスタンス勢力との合流を図っているのだろうが、もう一つ、ようやく彼らも、“ブラックサイト”の存在に勘付きつつあるようだ。

 

「……最善を尽くします」

 

 レオはそう言い残して、ガンシップのキャビンに搭乗した。レオの搭乗を合図として、すぐにガンシップのエンジンが唸りを上げ、租界の空へと飛び立つ。

 

 ──無茶苦茶ですよ。

 出撃前、セシルの漏らした一言が脳裏を過った。その通り、これは無謀な作戦だ。

 反ブリタニア感情が閾値を超えて暴走中の集団の中へ、ブリタニア人であるレオが単身潜入し、彼らの憎悪の矛先とされて居るエリナを救出する。こんなものは、作戦とは言えないだろう。

 

 だが、レオにこれを拒否する権利も、そのつもりも無い。

 エリナを護ると誓ったのは、レオ自身なのだから。

 

「フォン・エルフォード。準備は」

 

 ねっとりとした声に、レオは顔を操縦席へと向ける。

 本作戦に参加するのは、レオだけではない。現在のエリナの専任騎士であるリヒャルト・ティーフェンゼーもまた、ガンシップのパイロットとして参加を志願していた。

 最も、内心の読めないこの男の事だ。彼に関してはレオほどの使命感がある訳でもなく、一つの責務としてここに居るのだろうか。

 

「問題無い。装備点検も完了した」

 

 今のレオは、ブラックの特殊戦闘スーツを着込んでいた。今回は、かつてゲットーに潜入したようなボロ布を纏う意味は無い。人混みに“紛れ込む”のではなく、本格的に“発見されない”前提で動かねばならない。身軽さを重視して、武装も最小限──減音器を取り付けた拳銃と携行プラスティック爆弾、背中にはフラムベルージの鞘を背負い、左腕には仕込み短剣を仕込んだガントレット。如何にレジスタンス上がりとは言え、歩哨と正面から直接戦闘になれば、まず勝ち目は無い。

 

「南岸から接近します。途中の海上で降下しますので、まずは海中から接近を」

 

 レオは頷いて、作戦概要を脳内で確認した。

 まず、ユリシアやオリヴィエを救出する。セイト曰く、捕虜達の中で彼女達だけがエリナと同時に移送された事があるという。で、あるなら、二人ならエリナが囚われている場所を知って居るかも知れない。

 

 目的の基地は、河川東側に隣接する形で設けられている。基地の敷地内中央に収容区画を置き、その周囲を住民達の住まうテント群で取り囲んでいる。既にこのゲットーには、人が住める建造物は残っていないのだ。それ程の底辺であるから、ユーフェミアも特区の設置場所としてここを選んだ、とも言えた。

 レオは海上でガンシップから降下すると、河川を介して西側から潜入する。その際、ガンシップは基地にアプローチを掛け、陽動を行う。

 

 潜入成功後、レオは夜の闇に紛れてテント群を抜けて収容区画に向かい、まずは二人と、可能ならば他の捕虜もガンシップに回収する。七年前のブリタニア軍による日本侵攻、そして今に至るまで断続的に続いた対レジスタンス攻撃の影響で、周辺の地形は非常に歪となっており、南岸の一角に基地からは死角となっている箇所がある。リヒャルトはレオの合図でガンシップを短時間そこに付け、捕虜をキャビンに回収する。

 同時にレオはエリナの所在を突き止め、これを救出しなければならない。こちらに関しては、ガンシップによる回収は難しいだろう。二度、三度も接近を許してはくれまい。

 

 そこで一つの手を、セイトが指し示してくれた。

 

 基地内の防衛戦力の中にKMFはほぼ存在せず、稼働可能な全騎が租界攻略の為に徴用された。が、中には戦闘には耐えられないとして作業用重機となっている機体もあるらしい。無頼……所謂グラスゴーもどきだ。幸いこれなら二人くらいはコックピットに収まる。セイトはこの機体の所在を教えてくれた。

 エリナ救出後は持ち込んだプラスティック爆弾を用いて陽動を掛けつつ、無頼を奪取して基地を脱出する。その後、改めて比較的安全な場所でガンシップと合流すれば良い。

 

 残るセイト自身の救出については、彼自身もまたガンシップの陽動に乗じて基地に再潜入し陽動を行い、現地でレオと合流。愛機シルバーエッジが基地に残っていればこれも奪還するらしい。

 シルバーエッジ程の機体ならば租界攻略に徴用されるのでは無いのか。そう問い掛けたレオの言葉を、セイトは否定した。可変機であるシルバーエッジを動かせる人員は黒の騎士団には居ない。Kモード固定で運用するならば、サザーランドの方が強い。セイトはそう断言した。

 機体の場所も潜入ルートも見当がついている、と言われ、レオは引っ掛かりを覚えながらもとりあえず了解していた。

 

「分かっているとは思いますが」

 

 操縦の手を休める事なく、リヒャルトが冷淡に言った。

 

「最優先はエリナ殿下です。最悪、殿下お一人が救出出来さえすればこのミッションは成功となります」

 

「……」

 

 事実だった。セイトもユリシアもオリヴィエもレオにとっては重要な人物ではあるが、ブリタニア全体で考えた場合、最優先すべきは皇族であるエリナだ。

 そもそも。ブリタニア軍の作戦としては捕虜救出作戦というのは異例である。通常、捕虜となったブリタニア軍兵士に対しブリタニア軍が配慮する事は無い。徹底的に実力至上主義を掲げるブリタニアにとって、敵の虜囚となった兵士はその時点で“弱者”……切り捨てるべき対象と見做される。それこそがブリタニア軍の冷徹さであり、ブリタニア軍の強さでもある。

 だが、今回は事情が異なる。今回の捕虜は皇族だ。全てのブリタニア兵士が仕えるべき相手である皇族が、属州のいち反政府組織の虜囚となった、とあってはブリタニア軍の恥であり、そのいち組織によって既に二人の皇族が殺害されているのだ。これ以上の皇族の犠牲はブリタニアの沽券に関わる。

 

「もし、エリナ殿下の救出の為に誰かを切り捨てねばならない、と判断なさったならば──」

 

「分かっている」

 

 ぴしゃりと言って、レオは会話を切った。それきり、機内はガンシップの電磁推進システムが放つ駆動音と、時折機体を揺らす風鳴りが響くだけになった。

 レオは窓越しに外を見た。既にガンシップは海岸線を越えて目標地点に向かっており、地表は見えなかった。

 

「無事でいてくれ……エリナ……!」

 

 レオは小声で祈った。

 そのレオを乗せて飛び行くガンシップの向かう先は、不吉なまでの黒い雲に覆われて居た。

 

 

 

 

 

『──ふむ、彼らに任せたのは失敗だったか』

 

 同刻、黒の騎士団に奪取されたG1ベース艦橋。

 ディートハルトから内密の報告がある、と幹部陣共々空き部屋に呼び出されたゼロは、受け取った報告の内容を見て、仮面の底で表情を歪ませた。

 

「と、言わざるを得ません。現状、フジキャンプの治安レベルは最悪の一言に尽きます」

 

 遠く離れたブリタニア基地でレオハルト・エルフォードが見せられたものと同じ白地図。フジ簡易キャンプに関する報告書は、この場所の実態を赤裸々に書き記していた。

 そこには、ブリタニア側が未だ把握していない事情も含まれている。

 

「我々が特区跡地を出発して以降、彼らの暴走は更に歯止めが効かなくなりつつあります。彼らは近隣の租界への攻撃を開始し、ブリタニアの民間人さえその毒牙に掛けつつあります」

 

「……この情報、いったい誰が?」

 

 藤堂が口にする。現状、黒の騎士団に届けられるフジキャンプからの定時報告は極めて理性的であり、異常を感じさせないものに思えた。が、一通の匿名の通報が全てを変えた。

 

『“協力者”からだ。彼は彼で何かしらの思惑があってフジに残ったようだが、それが思いがけぬものを拾い上げる事に繋がったようだ』

 

 ゼロがそう答える。陰鬱な溜息が、誰かの口から漏れ出た。

 予想はされていた事態だった。ユーフェミアの蛮行によって発生した爆発的な怒りのエネルギーは、やがてエリア11の中心点、トーキョー租界への進撃を企図する黒の騎士団にとって大きな力となる。が、これは同時に危険な要素でもあるのだ。

 どのような革命勢力でもそうだが、体制を覆す者はその体制の欠点を糾弾し、否定する事で自身の行為を正当化することが出来る。今回のケースに於いては、まさしくユーフェミアによる特区日本での虐殺、強者が弱者を虐げる、というゼロの言葉そのままの行為がそうだ。これを否定することが、黒の騎士団の掲げる“正義”の根拠なのだ。

 が、行き過ぎたブリタニアへの敵意はこれを根底から揺るがしかねない暴発性を持っている。このフジキャンプの例だけではない、エリア11各地の租界での略奪行為、民間人を含めたブリタニア人狩りの報告も、“戦果報告”という形で既に何件か上がって来ている。仮にこれが全面的に拡散し、エリア11全国において武器を持たぬブリタニア人が殺し尽くされるようになれば、ゼロと黒の騎士団の掲げる改革と独立の理念はその出発点から大きく穢される。

 

『兎も角、これを放置してトーキョー租界へは攻め込めんだろう』

 

「そうだな。どの道我々は、ホクリクから南下する別働勢力と合流しなければ、トーキョー攻めは行えない。逆を言えば、この問題に対処出来るのは今しかない」

 

 扇の言葉に、皆が頷いた。とはいえ、租界を目前にしたこの場で戦力を割く訳には行かない。ブリタニア側に対する隙

になりかねない。

 回せるとすれば、ごく少数。しかも、仮にフジキャンプ側が黒の騎士団の手に余るのであれば強硬手段を用いる必要がある。過小な戦力ではそれも不可能だ。

 

『回せるとすれば……精々ナイトメアが一騎程度、か……?』

 

「誰を派遣するか、も重要だ。あまり地位の低い人間を送っても、向こうが大人しく従うか。何せ向こうは旧日本軍人、それも翠玉派だからな」

 

 南が顎に手を当てながら唸った。

 翠玉派についての噂話は、エリア11内のレジスタンスグループの中でも数多く飛び交っている。善悪美醜様々な話があるのだが、それらを総括して評するならば、翠玉派とは戦後の地下生活が長引いたあまりに自浄作用を喪失し、極限まで先鋭化した過激派組織だと言えた。

 彼らの行うブリタニア人への()()は、ブリタニア人を憎むゲットーに住まう日本人にとってすら、時に恐怖の対象だったと言う。

 問題は、その翠玉派の指導者が、旧日本軍元帥大将に列せられた一人だった事だ。下手をすればキョウトの面々でさえおいそれとは口出しし辛い立場にあった人間。その力関係が変化することは、結局無かったという。そんな男に従っているせいか、大半の翠玉派メンバーは外部からの口出しに対して強硬な対応を取る傾向にある。

 

「藤堂将軍は部隊の指揮があるから動けない……カレンは零番隊……じゃエリアスは?」

 

『いや、彼には不向きだ。それに彼は彼で、租界への強行偵察任務がある』

 

 ゼロが首を横に振る。実際、黒の騎士団の主要な面々が集うこの場所に、彼の姿は無い。

 そうしてああでもない、こうでもない、と言葉が交わされる中で、一つ、挙がる手があった。扇要であった。彼が口を開き、俺が行く、と言おうとした矢先、他の面々が一斉に口を挟む。

 

「待てよ扇、お前は副司令の立場があるだろう!?」

 

「けど、俺は軍事面ではからっきしだ。今この場に居ても、出来る仕事は少ない。なら──」

 

『お前が居る事で纏まる組織がある』

 

 ゼロが言葉を遮った。

 

『元扇グループのリーダー。紅月ナオトが後継者とした男。黒の騎士団に合流したレジスタンスにとって、扇要とはそういう男だ。そして彼らが合流を決めた理由には、やはりお前の存在が占めるウェイトも大きい』

 

「そうだ。お前が居てくれないと、黒の騎士団もイマイチ締まらないからな」

 

「けど、じゃあ誰が行くんだ? 幹部陣の誰かが行くしか無さそうだが、玉城じゃ話にならないし、ディートハルトやラクシャータではな……」

 

 その時、集団の中からすい、と伸ばされる掌があった。

 全員の視線が一斉に集まるそこには、ヒョロ長い体躯の男が居た。

 

「俺が行こう」

 

 その名は、卜部巧雪。

 旧日本軍時代からの藤堂鏡志郎直属の部下であり、黒の騎士団においても一目置かれている、四聖剣の一角であった。

 

「俺の立場なら、ある程度翠玉派の連中にも顔が利く。それに租界攻略での俺の仕事は、他の四聖剣と違って藤堂将軍の副官だ。欠けてもまだ何とかなるだろ」

 

 暫し、沈黙が部屋の中を包んだ。

 現状、それ以外の選択肢を誰もが思い付かなかった以上、彼らの視線は自然とゼロの下に向けられた。

 

『……分かった、お前に託そう。だが部隊は回せないぞ、お前一人でやって貰う事になる。実力行使も視野に入れておけ』

 

 ゼロの判断は素早かった。「承知!」と威勢よく卜部が答え、藤堂が「頼んだぞ」と卜部の肩を叩く。

 

「じゃあ早速、車の一台でも借りてすぐ出ようと思う」

 

『いや待て、最悪の場合翠玉派を実力で押さえ込む必要もある。ナイトメアの使用を許可しよう。月下で向かって、いざとなれば──』

 

「いや、それは出来ないよゼロ、卜部の月下は現在修理中で動かせない」

 

 ラクシャータが口を挟んだ。卜部の月下は、式典会場での戦闘の際、高機走駆動輪に被弾し、機動力を大きく削がれていた。

 

「では、私か他の四聖剣の月下を貸し出そう。それか、式典会場で鹵獲したグロースターを使うか?」

 

『……いや、ラクシャータ、私の予備機として用意してあった先行試作型があっただろう、他の機体は卜部のパーソナルデータを入れ直して調整する必要があるが、あれならプレーンな状態だ。その方が早い』

 

「そうだね。すぐ用意するよ」

 

「頼む、ラクシャータ」

 

 会議の終わりと共に、皆は一斉に動き始めた。格納庫ではチョウフ以来開かずと化していたコンテナが開封され、蒼色に塗装された真新しい月下先行試作機が姿を現していた。卜部はラクシャータ直々に機体の状況説明を受けており、残る四聖剣は卜部の見送りもそこそこに各々の任務に駆け出している。扇とカレンは今なお増え続けている新規参入組の振り分けに奔走し、エリアスは陣地を離れ一人租界の強行偵察に向かっている。

 

 全て順調であった。司令室に座すゼロは、もう一度段取りを確認し終えると、溜息と共に被った仮面に手を添えた。

 

 租界の防御陣地の攻略は目処が付いている。

 エリアスには偵察と併せて、ここから租界までの安全なルートを確保させている。後は自ら現地に赴いて、必要な仕掛けを施すだけで良い。

 仮面を外す。艶のある黒い髪に、端正な顔立ちが姿を現す。そしてその左眼には、翼を広げた紅い刻印が刻まれている。

 

「計画に問題は無い……。そうだ、最早止まる術など無い。ギアスの暴走、ユフィの死。壊してしまった、大事なもの……全てに責任を取る事なんて出来やしない。だから、俺は止まらない。止まることは許されない──っ!!」

 

 ゼロ……いや、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは誰に宛てるでも無く言葉を吐いた。

 ……胸騒ぎがする。

 予感めいたものに振り回されるつもりは毛頭無かったが、先刻より、ルルーシュは言いようのない不安に襲われていた。計画は何度も精査し終えたし、エリアスやC.C.の目でチェックもさせた。起こり得るイレギュラーへの対応も、全て織り込み済みだ。

 翠玉派の暴走。こんなものは、イレギュラーと呼ぶ事さえ馬鹿馬鹿しい程度のこと。ただの小火騒ぎだ。

 それこそ黒の騎士団が活動開始して間もない頃から、こういう事態は想定してある。あの頃であれば対応に苦慮したであろうが今は違う。卜部は優秀な部下であり、旧軍人の中でも一目置かれる人物。彼の言葉には、如何に翠玉派の暴徒と言えど従わざるを得まい。

 理屈を幾重にも重ね、ルルーシュの心は尚も晴れない。

 嫌な予感がする。まるで、再び何か取り返しのつかない事をしてしまったかのような錯覚に陥る。何か、かけがえの無いものをまた一つ、溢してしまうような。

 

「……今更、俺に失うものなど無い」

 

 吐き捨てて、ルルーシュは窓の外を睨んだ。

 外の天候は、彼の不安を表すかとの如くどんよりと曇り、遠くには微かな、しかして確かな稲光が轟きつつあった。

 

 

 

 

 

 エリナ・エス・ブリタニアは、既に目では何も見ていなかった。彼女の視界は黒い闇に覆われて、何も見えないからだ。

 彼女は耳でも聴いていなかった。周囲の声は荒々しく恐ろしく、意味は分からないが、恐怖を掻き立てる事は違いなかったからだ。

 身体でも、何も感じていなかった。鼻でも、舌でも何も感じていなかった。何故なら、そこには苦痛しかなかったからだ。

 エリナは内なる自分の中に閉じ籠り、昔の事を思い出していた。母や兄が非道な暗殺者の手に掛かる前の、満ち足りていた日々を。

 皇族として恵まれた生活であった事は否定しないが、それでもエス・ブリタニア氏族の立場は磐石ではなかった。多くの場で、幼い彼女にも自身の有能さ、存在価値を証明することが求められた。陰に陽に、彼女は多くの脅威に晒された。それでも、それが皇族の務めでもあるのだと信じ、決して弱さを見せまいと誓った。

 

 そして、レオと出会った。

 

 初めて会ったのはいつだっただろう。まだ学生だった。切っ掛けさえ曖昧だったが、二人はずっと一緒に居た。

 楽しい事、辛い事。全部、彼と一緒だった。

 彼に大きな不幸が訪れた時、私は慰める事もできなかった。反対に私に不幸が訪れた時、彼は私の慰めになってくれた。人前で涙を見せたのは、あの劇場での時だけだった。

 彼を見る目が変わっていったのが、自分でも分かっていた。ただの友達から兄のような人へ、そして専任騎士を任せたい相手へ。

 今は、もっと違う目で彼を見ている。

 自覚したのは、結構早かった気がする。もうずっと、彼ばかり見ていた気がする。でも私はずっと、その想いを胸の内に閉じ込めていた。立場がそれを許さない、というのも勿論あったが、それ以上にわかってしまったからだ。

 彼は私を通して、別の人を見ている、と。

 専任騎士を別の人間に任せたのも、結局はそういう理由からだった。

 でも、忘れられそうに無かった。

 

 ──鈍い痛みが、エリナの意識を引き戻した。

 身体の内側に焼き鏝を押し付けられるかのような熱い痛み。身体を打ち付ける衝撃。断続的に脳を貫く苦痛。その度に、エリナは必死に声を堪えなければならなかった。悲鳴を上げれば、彼らを悦ばせるだけと彼女は理解していた。

 エリナが彼らの手に落ちてから数日。暗く、ひどい臭いのする場所に監禁された今のエリナにとって、連日の辱めから逃れる唯一の逃げ場所がレオだった。

 彼らは毎日やって来て、エリナを苦しめて行く。エリナの自由を奪い、食事と睡眠の機会を奪い、彼女の身体に電流を流した。鋭い棒で彼女を突き、棘だらけの鞭で彼女を打ち据えた。着ていたドレスを引き裂き、彼女を辱めた。

 エリナには彼らの言葉は分からないが、そこには大いなる憎悪が込められていたのは分かった。彼らの怒りは、それだけ大きかった。彼らはエリナが気丈にも耐えていると、感心すると共により激しい拷問を加えた。

 レオへの想いだけが、今の彼女を支えていた。

 それがなければ、彼女はとうに諦め、自分の身体を死に委ねていただろう。

 熱い液体が、エリナの身体に降りかかる。引き裂かれたドレスの名残はその熱を防いでくれず、ねっとりとしたそれが背中を伝って滴り落ちる。が、彼女は既に、それを“熱い”と感じる事も無くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 青白い稲光が閃く。季節外れの豪雨に見舞われたゲットーの簡易基地では、俄かにその警戒網が緩みつつあった。配置された警備兵は突然の豪雨への対応に迫られ、避難民達の群れに混じって右往左往する羽目になった。

 元より復興の進まぬゲットーに建てられた整備の甘い基地であったから、地面は大いにぬかるみ、テントの幾つかは水溜りの中に沈んでいた。避難民達は基地施設の開放を要求し、多くの避難民が建物の中に入ろうと押し寄せ、その誘導に更に多くの兵隊が割かれていた。しかし、その基地施設も緩み切った地盤のせいで浸水しつつあり、もはや雨風を凌げる場所はどこにも無かった。

 

 誰が持ち込んだのか、古い音楽プレーヤーから音楽が流れ出していた。戦前の日本で流行った曲だ。状態が悪く、著しく音割れしたスピーカーが、陰鬱な天気に相応しい陰鬱な曲を垂れ流す。歩哨代わりの痩せ衰えた大型犬がその音に反応して吠え盛り、その中をレインコート姿の人影が進む。

 基地のゲート前には、警備兵と避難民達が揉み合いにならんばかりの勢いで口論を続けていた。その喧騒を避けて、レインコートの男はゲート脇に向かっていた。

 見上げれば、一騎の無頼がゲート前に突っ立っている。両腕とランドスピナー、そして半分以上の装甲を喪失し、動く度に全身から軋みを上げる、極めて状態の悪い中古の機体。租界攻略には使えない、と後方配置に回された機体だった。外装を剥がされ、剥き出しになったファクトスフィアがレインコートの男を見つめている。ゲートを固めていた歩哨の一人にレインコートの男が何事か囁くと、彼は他の仲間に合図を出して、ゲートから少し離れた小さな扉を開いた。

 

「捕虜達の様子は」

 

 基地の敷地に入った男は、迎えに出て来た軍服姿の男達に会うなりそう問い掛けた。軍服の男……翠玉派の指導者達は顔を顰めると、ひそひそと答え始めた。

 

「姫君の方は、地下室で()()()だ。他の連中はまだ北東の収容区画だ……例の赤髪も、そこに残してあるが……」

 

「本当なら味方になっていた女だ。一緒にしてある女も含めて、嬲り殺しにはさせるなよ?」

 

 そう言って、レインコートの男は軍服達を押し退けて基地の通路を進み始めた。その背後から、軍服達が慌てて追いかけて来る。

 

「しかし、避難民達のストレスも限界に達している。他の捕虜達は好きにさせたが、あの女だけは特別扱い、とあってはな。兵士達も不満を募らせているんだ。せめて片方だけでも奴らにくれてやった方が……」

 

「よせ。あれは餌だ。食いかけの餌では、獲物は釣れんよ」

 

「餌……?」

 

 要領を得ない様子の軍服達に、レインコートの男は振り返って逆に詰め寄った。

 

「分からなければ結構。それよりも、この豪雨だ。警備は決して緩めるなよ。誘いはもう掛けたんだからな」

 

「あ、ああ……わかったよ、“協力者”どの」

 

 軍服の男がそう答えたまさにその瞬間、突如として鈍い轟音と共に地面が揺れ始めた。窓の外を見れば、この豪雨の中でも明確にそれと分かる光。紫色の爆炎……サクラダイトの爆発の光が見えた。

 

「な……あれは……っ!?」

 

 動揺し、ざわめき始める避難民達の合間を縫って、ずぶ濡れの歩哨が急報を持って駆け込んで来た。その内容は、彼らの想像していたものと同じであった。

 

「ほ、報告! 南西区画サクラダイト保管庫にて爆発発生! 死傷者多数!!」

 

 ごくり、と誰かが唾を飲む。

 基地の運営や避難民達のインフラ維持のため、基地には黒の騎士団が統治軍から奪取したサクラダイトの一部が保管されている。だが、劣悪な施設状況にあるこの基地において、サクラダイト保管庫も真っ当な保管設備を備えている訳ではなかった。一般的なサクラダイト保管時規定の半数以上に違反する、ただサクラダイトを詰めたタンクをずらずらと並べただけの区間。

 もしもそのタンクが一つでも爆発を起こせば、立て続けに残るサクラダイトに引火してこの基地そのものが炎に飲まれかねない。幸い今は豪雨であり比較的発火し辛いだろうが、複数のサクラダイトタンクの爆発はそんな天候なぞものともしないだろう。

 

「すぐに消火班を割け! タンクへの引火だけは絶対に防げ!」

 

「しかし、避難地の収容に人数を喰われています。これ以上割けば、基地の警備が──」

 

「やれ! 放って置けば全員炎に呑まれるぞ!」

 

 軍服達の指示の元、慌てて歩哨達が慌ただしく動き始める。その全てを見届けたレインコートの男は、何も言わずに窓際に寄り掛かり、ひびの入った窓ガラス越しに爆炎の方へと視線を投げた。

 

「……さて、舞台は整った」

 

 フードの奥底で、男は不敵に笑みを浮かべた。

 

「来いよ、レオハルト・エルフォード。お前の運命を変える時が来た」

 

 雷鳴が轟き、一瞬だけ窓にレインコートの男の姿が写る。曇天よりも暗い闇の中で、蒼い瞳が不敵な光を放っていた。

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