コードギアス 血刃のエルフォード   作:STASIS

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第三幕 Journey to The New World 1

 まだ未明の時刻に、レオは本館の門前に立った。

 昨日の義父への報告が、ちょうど四ヶ月ぶりの訪問となった本館。次にいつ訪れるかどうかは解らない。そもそも、また訪れたいと思えるような馴染み方を、この屋敷に対してしていない。

 

「おはよう、レオ。そろそろ来る頃だと思っていましたよ」

 

 非常識な時間の来訪であったが故に、庭園にその人物が居るなどとは流石にレオも想像がつかなかった。

 家の格に対して質素過ぎる白の服に、レオのそれとフィオレのそれを掛け合わせたようなプラチナブロンドの髪……アレサ・フォン・エルフォード。レオの義母。レオはあからさまに他人行儀な、それこそ臣下の礼さながらに跪き、深々と頭を垂れた。

 

「おはようございます。母上。出立の前に、一言ご挨拶に上がりました」

 

「……そうですか」

 

 ふと、その声色に不可思議なものを感じた。

 別段、レオと義母との関係性に特筆すべき点は無い。ただ、自分とフィオレを拾い、ここまで育ててくれた大恩人である、というだけだ。向こうとしても、自分に対し思うところがあるとすれば、それはフィオレの死に関する点、レオがその仇を追っている点だけのはずだろう。

 ではなぜ、こうも悲しそうな声を出すのか。

 

「なにぶん急な話、あのような小さな宴でしか送り出せないのは申し訳ないところですが……」

 

「いいえ、昨夜の宴は、私としても良き思い出となりました。あのような素晴らしい席を設けて下さり、感謝しております」

 

 嘘だ。

 別に昨夜の宴に思うところはない。精々、義兄ローレンスが欠席していた事が喜ばしかった程度だ。あの夜も結局自分としか喋らなかったエミーリアについては気掛かりではあれど、それはベルベットとも相談済みだ。今のところは、義理の姉を信じて良いだろう。

 

「まず工廠でガウェインを受け取った後、昼には列車で港に向かいます。予定では、夕刻に出航の予定です」

 

 レオは淡々と告げた。

 

 このご時世には珍しい船旅である。

 ガウェインという新機軸かつ規格外の大型KMFの運用に当たっては、現状エリア11にある設備ではとても追いつかない。故に今回の派遣は各種設備や人員等も纏めて運ぶ形となり、結果月に一度の定期輸送便の出航予定を少し早め、そこに便乗する形となっている。

 

「そうですか……お父様はもうお目覚めの筈です。上がって、少し話をする時間はありますか?」

 

「ええ。問題ありません」

 

 レオはすっと立ち上がると、朝靄に包まれたエルフォード本邸の敷居を跨いだ。

 

 

 

 

 

「待っていたよ、レオ」

 

 この時間ということで半分寝惚け顔で現れるかと思えば、ローガン・フォン・エルフォードはいつも通り、名家の当主らしい整った身なりで現れた。

 通された部屋のローテーブルの横に、何やら大きな箱が用意されていた。ローガンがソファから立ち上がって椅子を勧めるのに従って、レオはローテーブルを挟んだ義父の向かいのソファに座った。

 義母は入っては来なかった。

 

「まず、一つ謝罪しなければならない」

 

 切り出し方も予想外だった。

 

「手は尽くしたが、結局お前に無責任を強いてしまった」

 

「いいえ、寧ろ私の我儘で、父上や多くの方々にご迷惑をお掛けしてしまいました。大変に申し訳ありません」

 

 レオが頭を垂れると、ローガンは真顔のまま、熱を込めた真摯さで語り始めた。

 

「……主と定めた方に対する、その忠誠心、責任感。誠にお前は、騎士として鏡となるべき人格の持ち主だ。義理ではあれど、父としてこれほど誇らしい事はない」

 

「勿体無きお言葉です」

 

「昨晩も思ったが、オリヴィエなどは、お前を良く見習っていると私は思う。口ではああ言っているが、側から見ていればあれがいかにお前の後を追いかけているのかがよく分かる。この任務を終えた後もしお前に余裕があれば、あれを側に付けてやってはくれないだろうか。お前ならば、良い手本を示してくれると思うのだが」

 

 流石に意外過ぎて少し声が出た。

 良く自分に噛み付いて来るオリヴィエが、この自分を見習うなどと。それとも自分の認識が間違っているだけなのか?

 

「……お任せ下さい。その折には彼女の良き模範となるよう、誠心誠意努めさせて頂きます」

 

 とりあえず、そう答えた。そしてローガンは、かねてからローテーブルの横で存在感を放っていた箱をローテーブルに載せ、レオに差し出した。

 

「我が息子レオハルトよ。此度の任務、お前にとっては初めての公の任務となる。初めての実戦となる事もあり得よう。今日この日の為に、私から門出の品を贈りたい」

 

「……これは?」

 

「開けてみたまえ」

 

 促されるままに箱を開く。そこに収められていたのは、明らかにブリタニア由来のものではない、一振りの剣であった。

 

 全体的に反った形となっている。サーベルの一種かとも思ったが、装飾の類はどれもレオがこれまで見た事もない様式のものだ。そして、これはレオの主観でしかないが、ブリタニアにおける多くの実戦用刀剣よりも、この刀剣は倍以上も複雑な造り方をしている。

 

「それは、お前がこれより向かうエリア11に伝統的に伝わる刀剣だ。武器でありながら美術品として充分通用する価値のある、植民地由来の物として切り捨てるにはあまりに惜しい、大変に質の良い武器だ」

 

 父の許可を貰い、その刀を漆黒の鞘から滑らかに抜き放つ。

 鋭い煌めきが、虚空に白の線を引く。波打つような滑らかな紋様が刻まれた片刃の刀身。美しく、繊細さを感じさせながらそれ以上に鋭く、力強くもある刃。

 手に馴染む、とはまさにこういうことを言うのだろうか。

 対人兵器の原点、“剣”という、初めてヒトがヒトを殺す為に生み出した武器としての重み。

 優れた剣技を喩える際によく用いられる、“舞う”という表現に相応しい軽やかさ。

 この相反する二点が、絶妙なバランスで両立された存在。

 実感する。これは紛れも無い名剣である、と。

 

「……その昔、私はその剣の使い手と戦場で対峙した。その時に手に入れた品だよ。詳しい事は私も知らないが、非常に良い品質の刀らしい。手にしてからは、私も出来うる限りを持って状態を保って来たつもりだ」

 

 ブリタニアには多くの名剣伝説がある。英国のエクスカリバーや、フランスのデュランダル、北欧神話に名高いレーヴァテイン(これについてはユーロピアでは剣であるか疑問視されているそうだが、ブリタニアでは剣であると定義されている)のように世界的な影響力を持つ訳では無いが、特に建国期の英雄が用いた剣というものが数多く神話化され、物語として現代に伝わっている。そして、これら物語において共通する要素が一つ。

 人が剣を選び手にするのではない。剣が人を選ぶのだ?

 剣が人を選定し、主と認めて初めてその剣は名剣として活躍を見せる。器の足りぬ者の元からは、剣は勝手に離れて行ってしまう。

 良い剣と巡り合ったその時から、その者は常に試練の場に立たされる。身を引き締め、高みを目指し励み続けぬ者に、剣は決してついてはこない。

 刀を鞘に納め、レオはローガンへと振り返った。

 

「至らぬこの身に、重ね重ねのご厚情。感謝の言葉もありません。この上は、かの地に於いて殿下や父上のご期待に背く事無きよう、全力を尽くす所存にございます」

 

「期待しているぞ。……それと、前にも言った通り、フィオレの仇については、今は私に任せてくれたまえ。何か掴み次第、連絡しよう。状況によっては、一度戻って貰う事になるやも知れん」

 

「お願い致します。では、行って参ります」

 

 刀を手に、レオは部屋を辞した。

 ……戸口に義母が立っていた。彼が戸を閉めた途端、義母がレオの側に寄る。義父に続き義母の激励だろうか。果たして何を語り出すか、と思いきや、義母の言葉は詰まったままだった。

 表情からは、何か言いたげな雰囲気は伝わる。だが。

 

「……それでは、私はこれで。母上もどうかお身体に気をつけて。皆によろしくお願い致します」

 

 気にはなったものの、残念ながら時間がそれを許さなかった。レオは何か呟きかけた義母の言葉を遮り、別れの言葉を告げて、その場を辞した。

 

 なおも彼女の視線を背に感じだが、結局屋敷を出るまで、レオは振り返る事は無かった。

 

 

 

 

 

 ユリシアのサザーランドを載せた台車が唸りを発してスロープを渡り、まるで施設の一部のような顔をして港に接舷している巨大輸送艦レノア・ゲイズの中へと消えて行った。その後を、どう考えてもガウェイン用であろう大掛かりな機械類が、サザーランドのそれと似たような台車に載って続く。

 レオの見送りに、とわざわざ海軍基地へと赴いたエリナだったが、軍港に肝心のレオは居なかった。なんでも物資の搬送にトラブルが発生、順調に遅れているらしく、現時点で既に一時間以上の遅れが発生してしまっているらしい。

 そして聞けば、無機質な軍港で延々と待機していたレオを気遣って、軍港スタッフが近くにある海浜公園の散策を勧めたらしい。

 

 ……まさか、あのレオが癇癪でも起こしたのか。そう考えると、どうにも笑えてくる。

 

 スケジュールの都合、及び自分用の正装がまだ仕上がっていない、という理由で学生服のまま来ていたのは幸いだった。とりあえずサングラスと帽子を身に付けて軽く変装紛いの事を済ませてから公園へと赴いたエリナは、そう時間を掛けずに軍港に戻る途中のユリシアを発見し、程なくして、展望台のベンチで一人、チョコ菓子を口にしながら海を眺めていたレオを発見することができた。

 今日の彼は、劇場で見せたような古式ゆかしい服装では無かった。とはいえ、標準軍装でもない。濃い青に金の縁取りを走らせた上着に、短めの黒のマントを羽織った、昨日正式に隊員への支給が開始されたエリナの親衛隊正装を着ていた。

 今の彼はまだ親衛隊に名を連ねてはいない、内定済であるというだけの立場だが、特例的に着用が許されたのだろう。

 レオの方が先に自分を見つけていた。エリナの視線に気付くと、レオは軽く目礼して、すぐ隣に置いていた鞄を自身の膝の上に動かす。

 

「嫌な予感がする」

 

 エリナがそこに腰を下ろすと、レオは海から視線を外さずに呟いた。彼の視線の先には件の軍港と輸送艦レノア・ゲイズがあり、良く良く見れば件の大型KMFガウェインと思しきコンテナが、積み込み待ちの列に並んでいるのが分かる。

 

「……何かおっしゃいました?」

 

「君を放り出して一人旅行なんて申し訳ない、と言ったのさ」

 

 思わず苦笑してしまう。口では納得したと言いながらこの人は、未だに不満たらたらなのだ。

 でも、心配してくれているのはわかる。そして、即ち自分は一人で居るのを心配されてしまう程に弱々しい存在なのだ、と改めて自覚させられる。

 実家を襲った暗殺者の件は、まだ夢に見る程に恐ろしい。生きたまま全身を焼かれ悶える兄の姿は、まだ頭から離れてくれそうにない。実際、まだ火を見るのは怖い。

 

 ……でも。

 

「ローレンス様やモニカも来てくれていますし、オデュッセウス兄様やコーネリア姉様も、親衛隊を割いて私の護衛に回して下さいました。心配には及びません」

 

 ローレンスの名を出すと、露骨にレオの表情が嫌悪に歪む。何があったかは知らないが、彼はあの義兄と大変に仲が悪いらしい。

 

「とは言っても、な……」

 

「それに」

 

 すっと背筋を正す。まるで宣言するように、視線は真っ直ぐに海の向こうへ。

 

「私ももう、レオに護られてばかりではいられないと思ったのです」

 

 いつか、こういう日が来るとは解っていた。

 そうだ。もう母も兄も居ない。父は庇護によって愛情を示すタイプではないし、今は自身を気遣ってくれている兄や姉も、本来ならば政治的にライバル同士。いつまでもその立場で居てくれるとも限らない。

 

 母や兄が築き、エルフォード氏族が生命を掛けて支えてくれたことで生み出された一大勢力 エス・ブリタニア氏族。今、その旗手の座は自分に委ねられたのだ。母や兄の恩に報い、支えてくれる幾人もの人達に応えようとするならば、私自身が自立しなければならない。

 

 だから。

 今まで多くの面で、自分はレオに助けられ、そして彼に頼り切っていた。そんな彼の力を借りず、自分の力だけでやっていけるようになりたい。

 

「……そう、か」

 

 レオは暫く何も言わなかった。あまりにも長い時間、視線だけは時折こちらに向けながら。怒らせたか、とも思ったが、最終的に彼は、いつもしかめっ面ばかり浮かべているその顔に僅かばかりの笑みを浮かべて、そう呟いた。

 

 空気を変えようと勢い良く立ち上がると、展望台の手摺に両手を載せて、広大な港湾を見渡す。軍港、民間港の双方を備えるこの港を目指して、洋上には多くの艦船、船舶が群れている。時間が経つにつれて西の水平線に落ち行く夕陽を浴びて、海も船も、全てが赤に染まってゆく。気恥ずかしくてそれから暫くレオとは口を交わさなかったが、無言が続いてしまったのと、いよいよ日が沈みそうになってなおレオの下に連絡が全く来ないとあって、エリナも流石に口を開いた。

 

「……あの、大丈夫なのですか? 時間」

 

「正直、俺も戸惑ってる。しかしここから眺めていて、相変わらず港に動きは無い。サザーランドは積み終わったみたいだが……見てみろ、まだ積み込むべき物があんなに並んでいる」

 

 レオがエリナの隣に歩いて来て言った。彼の言う通り、港の様相が刻一刻と変わっていくのに対し、レノア・ゲイズの周りだけが全くと言っていいほど動いていない。何を察したのか、レオの表情は硬い。

 

「これは、のんびりとした船旅とは言えないかもな」

 

「え……?」

 

 思わずレオに向き直る。彼の目つきは、まるで戦場に在る時のように鋭い。それを見て、エリナの心にも不安が暗雲のように広がる。だが、詳しく聞こうと口を開いたその瞬間、二人は突然背後から声を掛けられた。

 

「あ! いたいた。殿下〜!」

 

 エリナはビクリと身体を震わせて振り返り、レオはそれよりも早く振り向いて、声の主とエリナとの間に立つ。一瞬彼の手が腰に下げた剣(良く見れば何やら異国情緒あふれる刀剣であった)の柄に伸びる。が、声の主が誰か悟ると、彼の纏う雰囲気は一気に和らいだ。

 

「……迎えかと思ったらそうでもなさそうだな。あと大きな声を出すな、一応変装はしているというのに」

 

 苦笑しながらレオが咎める。二人の視線の先には二人の女性騎士……ユリシアとモニカが立っていた。

 

「そうですよ。全く思慮が足りないというか何というか……」

 

「じゃ〜何て呼べば良いって言うの? まさかレオに倣ってとか何とかで、馴れ馴れしく名前でお呼びする訳にもいかないでしょう?」

 

「それは……まあ確かにそうなんですが、でもだからって──」

 

 モニカとユリシアで、ああでも無いこうでも無いと言い合う。幼馴染だというだけあって、二人とも互いに遠慮が無い。そしてそれはレオも同じ。ここに来て初めて、レオの表情が本当の意味で緩んだ気がした。

 

「取り込み中悪いが、セイトを見なかったか? 彼もコーネリア殿下親衛隊に戻るとか何とかで私と一緒に行く予定のようで、軍港にも似たような時間に着いてる筈だったのだが、どうにも姿が見えなくてな」

 

「あ、彼なら先程軍港で暇そうにしていましたよ? 着いて早々に何かトラブルがあったという話を耳にして、今までそれの対応をしていた、と」

 

「遅延に遅延が重なるものだからおかしいとは思っていた。やはり、何かあった訳だ」

 

 そう話を向けると、ユリシアは意味ありげな目線をレオに向けた。それを受けて、レオの表情も硬くなる。

 

「ええ。詳しくは私も知りませんが、暇そうにしていた辺り、もう大丈夫なのではないかと……」

 

 更なるモニカの言葉に、せっかく和らいだレオの表情が、いよいよ険しいものとなる。

 

「……そう、かな」

 

 不意に、レオの視線があらぬ方向へと泳いだ。

エリナはその視線の先を辿ろうとしたが、ただ黄昏色の海と、未だ荷の積み込みが済んでいない輸送艦を含めた艦艇の影があるだけ。

 半ば首を傾げながら、エリナはユリシアの呼び掛けで我に返って談話に戻った。

 

 ……一瞬、レオの表情が紅色に妖しく煌めいたように見えたのは、果たして気のせいだったのだろうか。

 

 

 

 結局、エリナが出航を見送る事はなかった。予定より大幅に遅れ、充分すぎる程日が沈んだ果てに出航した頃には、見送りの人間はモニカだけになっていた。

 

「……ええ、今、出航致しました」

 

≪そうですか……最後まで見送る事も出来ず、申し訳ありません≫

 

 船室で二つあるベッドの片方に腰掛けたレオに、携帯電話越しにエリナが謝罪する。既にレオは正装を着崩していて、マントは壁のハンガーに掛け、ジャケットの前は開けていた。レオは窓の外へと顔を向けて、外の闇を眺めながら口を開いた。

 

「いいえ、直接お越し頂けたこと、感謝致します。それと、どうかお身体に気を付けて。殿下の……君という存在はもう、君だけのものじゃない。劇場の時みたいな無茶は、もうしないように」

 

≪分かっています。貴方が帰ってくる頃には、きっと見違える程立派になってみせますとも≫

 

「楽しみにしております……と」

 

 闇に染まった窓に、レオの背後が映り込む。開け放っていた扉口に立ち、こちらに視線を投げかけるユリシアの姿を見つけると、レオは片手を挙げて答える。

 

「呼び出しのようです。それではこれで、失礼致します」

 

≪はい、貴方もお気を付けて。ちゃんと生きて帰って来て下さいね?≫

 

「イエス、ユア ハイネス」

 

 通話終了まで待って、レオは左手に持ったターン式の携帯電話を閉じる。

 

「……何か用か?」

 

「艦長が私達を呼んでる。艦長室まで来てくれって」

 

「ほう? 艦橋(ブリッジ)には居ないのか」

 

 ジャケットを閉じ、マントを羽織りながら立ち上がる。部屋を施錠して艦内通路を歩きながら、ユリシアが少し声を潜めて話を続けた。

 

「……出航が遅れた件、それに私とセイトが対応に駆けずり回ってた件。あれについてだと思う。今の内に言っとくけど、どうにも快適な船旅って訳はいかないと思うわ」

 

「機械的トラブルか、それとも人的トラブルか」

 

「後者。それも良くない部類のね。本当なら出航中止も有り得た。でも強行した。何故だか分かる?」

 

「護衛艦や資材運搬の都合、とかか」

 

 上級船室区画を端から端まで歩いた先に、艦長室があった。目的地の扉の前で立ち止まると、ユリシアはレオに向き直って言った。

 

「物理的な話じゃなくて。正しく言うと()()()()()()()の。様々な不安要素を抱え込んで、なお予定通り出航せよ、って」

 

 艦長室の戸を叩く。入室すると、既にセイトがそこで待っていた。艦長の勧めで全員がソファに座り、秘書官さえ退室すると、艦長はようやく、慎重に話を始めた。

 

「まずは、ご足労頂き感謝致します……エルフォード卿は、リィンフォース卿から話をお聞きになりましたか?」

 

「出航を強行させられた、位の話ならば」

 

「実は……出航が遅れた原因は、貨物の中に爆弾が発見されたからなのです」

 

 思わず眉を顰める。

 

「実行犯は?」

 

「捕縛しようとしたところ、自害されました。犯行の動機も不明。テロであったのか、或いは……」

 

 暗殺計画であったのか。

 どちらにせよ、乗船した誰か、或いは何かを海の藻屑にせんと仕掛けられた罠である事は確かだ。

 可能性として挙げられるのは三つ。最新鋭機ガウェインを狙ったか。有力氏族の子息、息女たるセイト或いはユリシアを狙ったか。

 それとも、エリナの専属騎士候補筆頭たる自分を狙ったか。

 

「急遽、警備要員を増員致しました。更に本艦は予定を変更し、ハワイにおいて護衛艦隊と合流し、エリア11を目指します」

 

「分かった。増員した警備要員は洗えたの?」

 

「一応、手配して下さった方から保証はされました。ただ……私見なのですが、対応があまりにスムーズに進み過ぎました。要員の手配、艦隊の手配。本来なら出航中止と変わりない程時間が掛かるものですが……」

 

「まるで、示し合わせたかのように、か」

 

「手配したのが誰なのか、それは解るか?」

 

 セイトがそう問い掛ける。

 その答えを艦長が恐る恐る口にした途端、レオの表情は一層険しいものとなった。

 

 

 

 

 

 サンディエゴを出航した輸送艦レノア・ゲイズ及び輸送艦バルドールの二隻に、パールハーバーにて駆逐艦及び巡洋艦の混成艦隊が合流。これで、船団の規模はちょっとした小艦隊規模となっていた。

 出航より一週間後。全行程の半ばほどに差し掛かった頃には、三人もある程度船員の顔を覚えつつあった。極秘調査に当たっていたユリシア曰く、増員された警備部隊に不審な経歴を持つ人物は居なかったらしい。

 あとは護衛艦隊の面々だが、此方についてはユリシアやレオが直接動く訳にもいかない。だからこちらの艦長から、顔見知りであるそれぞれの艦の艦長に極秘裏に打電し、内部調査を依頼していた。後は結果を待つしかない。

 

「……さて」

 

 一週間かけて取り掛かっていた作業……ガウェインに関する情報の整理、現地の情勢、行うべき試験内容のリストアップ等々からようやく解放されて、レオは身体を伸ばしながらデスクから立ち上がった。

 

「朝早くからお疲れ様です。お食事はこちらに運ばせますか?」

 

「いえ、軽く散歩してからラウンジに顔を出します。服はそこに掛けておいてください」

 

 洗濯を終えた服を持って来てくれた女性士官に礼を言うと、レオは今の今までペンを握り続けた右手を延々と開いたり、閉じたりする。

 

「では、失礼します」

 

 女性士官が退室すると、今度は頭に声が響いた。

 

“……お疲れ様でした。何か飲みますか?”

 

「ああ、何か出せる物なら出してみろ」

 

 声に出さなくとも、この女とのコミニュケーションは可能だ。勿論、声が出せる状況ならばその方が話しやすいが。

 乗船以降、あの憎たらしい幽霊女はレオのそばに、まるで取り憑いているかのように貼り付いている。船室に備え付けの冷蔵庫からシュペツィのボトルを取り出して、残り少なくなったそれを一気に飲み干す。女の声を聞いただけで何か神経を逆撫でされたような気分になり、感情に任せ空のボトルを屑かごに放った。が、目測を誤ってボトルはかごの縁で跳ね返って床に転がる。

 

“これはこれは、我が主らしからぬ失敗を”

 

(黙らないと首をへし折るぞ)

 

“やれるものなら”

 

 律儀にボトルを拾って改めて屑かごの上で放ると、レオはジャケットとマントを羽織り、鏡の前で身支度を整え始めた。

 

“お出掛けですか?”

 

(散歩と言いつつ……今までユリシアに任せきりだったからな。これからは、私が動く)

 

 レオは鏡の中の自分に向き合う。鏡像の右目が……自分の蒼い左眼が赤く染まり、そこに翼の紋様がぼんやりと浮かぶ。

 

(──この力を使ってな)

 

 レオのギアスの能力は、“掌握”。

 ギアス発動下のレオの視界からは一時的に色彩が失われ、世界はモノクロームに染まる。そしてその世界の中で、生命だけは色を持って輝く。

 自らに敵意を抱く者は赤色に、自らに害意を持たない者は青色に。そしてエリナのように大切な者は金色に。

 

 このギアスの力は、例えばKMFのファクトスフィアのように温度や生体反応に反応しているわけではない。ギアスの力がその生命の魂、意識を知覚し、その意識を“覗き見て”、それが敵であるか味方であるかをレオに示す。言語化不可能なその情報を、レオは“色”として認識する。

 

 ……レオがあの幽霊女を知覚出来るのも、或いはこのギアスの能力構造が由来なのだろうか。

 

 壁の向こう側にもギアスの力は及び、走査範囲は適宜調整が効く。ただ広くすればするほど、一個人に対する効き具合が甘くなり、本質を見誤る可能性が出て来てしまう。経験則上、半径50m以上範囲を広げると範囲内の全域で“色”の読み取りが出来なくなり、ただ“そこに居る”という情報しか読み取れなくなってしまう。加えて、50mぎりぎりにまで範囲を伸ばせば個々人の敵対意識も表面上のものしか判定出来なくなる。

 

 逆に、対象を一個人に限定して発動する場合、深層意識の相当に深い部分にまで探りを入れられる。最も相変わらず言語化不可能な情報でしかなく、結局は敵か味方かという情報しか伝わって来ないのだが。

 

“……今更言うまでもありませんが、ギアスの力は万能ではありません。仮に敵を発見できたとして、別途証拠を掴まなければ意味はありませんよ?”

 

(解っているとも。精々敵に勘付かれないよう、気を付けて振る舞うとしよう)

 

 支度を整えると、袖の下に隠した仕込み短剣の具合を確かめてから、レオは部屋を後にした。

 

 さて、爆弾は既に除去され、その後パールハーバーでも、もっと言えば渡航中にも一度船体の検査が行われている。出航から一週間経って何も見つからない事を考えると、新たな爆弾の可能性はとりあえず隅に置いて良さそうである。

 

 暗殺計画であると仮定した場合、まず怪しいのは急遽人員に組み込まれた護衛部隊の面々。彼らが、あるいは彼らの中の誰かが、発見されてしまった爆弾の代わりとなる暗殺者である可能性は充分にある。

 そして護衛艦隊、船員、と候補者が続いて行く。おそらく、ユリシアはその順番で調べに掛かったのだろう。そして、結局誰も見つけられなかった。

 ならば、レオは別のアプローチをかけるべきだ。

 

 船倉に足を踏み入れると、まず目に付くのはガウェインを収めた巨大極まりないコンテナ。手間に鎮座するユリシアのサザーランドと比べれば、スケールを間違えたようですらある。

 そしてそれを囲むように並ぶコンテナ群。殆どはガウェイン用の機材類だろうが、それとは別に一つだけ、KMF大のコンテナがあった。これだけは、レオもその中身を察することが出来ない。現地のスタッフに引き渡す予定の機材だという話だった。恐らくは例の、ランスロットという試作機絡みの機材だろうか。

 船倉全体を見渡せる上層キャットウォークに立つと、まずそこでギアスを発動させる。白に染まった世界の中で赤く見える者は……居ない。

 端の方に金色の光がある。ギアスを解除して確かめると、それはセイトだった。あちらはあちらで、相変わらず調査に駆けずり回っているらしい。

 

「……失礼、フォン・エルフォードの坊っちゃま?」

 

 と、背後から声を掛けられた。振り返ると、船員のひとりが……歳が近い事もあって乗艦以来良く話す男がそこに立っていた。

 名前は確か、ジョナサン。ギアスによる判定は初日に済ませてある。

 

「ああ、おはようジョナサン」

 

「え、もう朝ですか? うわぁ……ホントだ。船倉に篭ってると時間の感覚が無くなってしまって……。それはそうと、あまり船倉みたいな所にまで足を運ばない方が賢明かと思うんですがね」

 

「だからバレないように上から見てるんじゃないか」

 

「それだけにバレたらコトですよ。色々と厄介ごとの多い航海ですからね。皆気が立ってます」

 

 そう言うジョナサンに連れられて、レオはラウンジにまで足を運んだ。そこは上級士官食堂代わりに使われている場所で、彼も休息時間だと言うので、彼も交えて朝食を取る事にする。

 

「……いや、私は下りれば一般食堂で食べられますから」

 

「気にするな。どうせ上級士官なんて艦長かセイトか私ぐらいしか居ない。仲間には美味そうな食い物に釣られて艦長あたりの小言を聞かされた、位に言っておけば良いさ」

 

「ウチの艦長、もう完全にそういうポジションなんですか……」

 

 そんなことを話しながら、ラウンジに足を踏み入れる。ドアが開いた途端、今まさに食事中の艦長の姿が視界に飛び込んで来て、レオもジョナサンも、思わず顔を見合わせた。

 

 

 

 

 

 セイトが顔色を変えてラウンジに飛び込んで来たのは、まさか聞こえていたのではあるまいな、などと艦長が退室した後もずっと気にしながら食後のデザートを楽しんでいた、まさにその時であった。

 

「おいレオ、やばいぞ──って、なんでジョナサンがココにいんの?」

 

「いえ、成り行き上……」

 

「……いや、そんなことどうでも良い、レオ、お前はすぐ部屋に戻れ!」

 

 そう言って、有無を言わさぬ勢いでセイトはレオの腕を引っ掴んで立ち上がらせる。せっかく取っておいたチョコレートケーキを食べ損ねる。

 

「おい、どうしたと言うんだ、急に?」

 

 レオはセイトに視線を向けた。セイトはセイトで神妙な面持ちで、

 

「……護衛艦隊が、反乱を起こした」

 

「なに……?」

 

 

 

 

 

 自室までの道すがら、セイトが状況をざっと説明してくれた。

 敵は護衛艦に忍び込んでいたのだ。昨晩のうちに艦内を制圧し……いや、そもそも艦隊そのものがそう言う密命を帯びていたのか。ともかく、艦隊は素早く輸送艦を包囲した後、各砲門をこちらに向けて、以下の通告を突きつけた。

 

 レオハルト・フォン・エルフォード中尉、及び最新鋭機ガウェインの引き渡しを要求する。その場合、艦長以下船員の生命は保証する。

 なお、十五分以内に回答が為されない場合、輸送艦を撃沈する。

 

「仕掛けて来た、って訳さ。どうりで艦の中を探し回っても何も出てこない筈だよ。ユリシアが例の打電の返答が来ないって言ってたからヤな予感はしてたってもんだ。手を打つ前に、向こうが動き出したって事さ……」

 

 既にこの艦の周囲には水中用KMF ポートマンが展開している。脱出は不可能だ。

 

「……ユリシアは艦長と対策を講じてる。部屋に護衛を派遣しておくから、とりあえず、レオは部屋に居てくれと」

 

「撃沈も視野に入れているなら、狙いは私の命かな」

 

「だろう。こうして考えてる隙に暗殺者が船に上がり込んで、さっくり始末されないとも限らん。部屋まではジョナサンが護衛してくれ。時間がない。俺はユリシアのところに戻って、艦長や護衛部隊と急ぎ対策を協議する」

 

 上級船室区画の入り口まで来て、セイトは言った。どうする、とレオが問うと、

 

「時間が稼げれば、隙を突いて本国や外洋航海中の味方艦隊に救援要請を出す。最悪、身代わりを立てて一度ガウェインを引き渡して、然るのち奪還という手順を踏む事になるかもしれん」

 

 と言い捨てて、足早にその場を立ち去る。

残ったジョナサンに連れられて、レオも自分の船室へと走る。

 

「敵は同じブリタニア軍なんでしょう!? それがどうして!?」

 

「派閥争いって奴は何処にだってあるだろう。 そういう“揺らぎ”こそ、ブリタニアの一つの強さではあるが、巻き込まれる側としてはたまったものではない」

 

 自室に辿り着いた時、まだ護衛は到着して居なかった。部屋の中に敵が潜んでいる場合を考慮し、まずジョナサンが扉を開き、中を確かめる。

 安全を確認した後、レオは部屋に踏み込んだ。続いてジョナサンが入り……部屋の鍵を掛ける。

 

 

 

「……さて、茶番はこの辺で終いにしようか」

 

 

 

 不意に口元を歪め、レオは振り返った。ジョナサンが「へ?」と声を上げる間に、レオはずい、と彼の目の前に迫る。

 

「……フォン・エルフォード?」

 

 怪訝そうな表情を浮かべるジョナサンの背後へゆっくりとレオが回る。ジョナサンもまた振り返りながら動き、双方で部屋の中に円を描くように動く。

 

「派閥争いというのは何処にでもあるものさ。大概それは報復の連鎖として尾を引く。即ち殺したから殺されて、殺されたから殺して、だ。違うかジョナサン?」

 

「……ええ、そうですね!!」

 

 部屋のドアを左にした瞬間、ジョナサンは右の手を伸ばし、手刀として素早い突きを放って来た。レオはすんでのところで攻撃を逸らし、続いて放たれた蹴りに反応して後ろに飛び退く。

 

「オペラハウスであんな事をしておいて、無事に逃げられると思うなよ、エルフォード!」

 

 そう、この男に対するギアスの判定はとうに済んでいた。

 最初から、この男は赤色だったのだ。

 

「安心しろ、礼儀は守ってやる」

 

「礼儀を守るというのなら、まずは武器を抜いたらどうだ?」

 

 レオの言葉に、ジョナサンは一瞬気の抜けたような表情を浮かべる。

 

「……おいおい、何を言ってやがるんだ?」

 

「まさか私に……栄えあるエルフォード家の一族に名を連ねるこの私に、武器も持たない弱者を殺した男に成り下がれと言うのか? 礼儀を守ると言ったその口で?」

 

 舞台俳優を想起させる張った声で、態とらしく持って回った言い回し。レオは芝居掛かった動作で両手を挙げてみせる。まあ、降参の態度ではない事は明らかだった。

 

 後悔するなよ、と叫んで、ジョナサンは懐から軍用ナイフを抜いて突きを放った。瞬時に反応して、レオは左手首の仕込み短剣を起動、腕を振り下ろし、ジョナサンの刃を逸らす。続いてナイフを持ったその腕を掴んで後ろに投げ、腰に佩いた刀の柄へ手を伸ばす。

 右の手で刀を振り上げるように抜き放つと、銀の煌めきが薄暗い部屋の中を照らす。ジョナサンはと言うと壁に身体をぶつけたものの、そのまま床を跳んでドアの前に飛び込み、ナイフを構えながら空いた手で鍵を開く。

 

「ヴァルクグラムの手の者、と言う事で合っているかな。あれから没落一直線だと聞いたが」

 

「雇い主の事情は知らんさ、俺はただの殺し屋なんでね!」

 

 ジョナサンがナイフを投げた。同時にドアを開き、外へ飛び出す。レオは刀でナイフを上に弾いて、落ちてくるそれを掴み取る。追いかけようとした時には、既にジョナサンは部屋から走り去っていた。

 

「それは結構……アサシンハントは得意分野だ」

 

 扉へ駆け寄る。しかし、その脳裏に声が走る。

 

“お待ち下さい、危険です!”

 

 警告。レオは扉から出るのではなく、その横の壁に張り付いた。

ギアスを発動して扉の向こうを探ると、幽霊女の言う通りジョナサンはすぐに走り去るのではなく、戸口で待ち構えている。何処で調達したのか、拳銃を携帯しているように見受けられる。

 レオはクローゼットから防寒コートを引っ張り出すと、部屋の扉を開き、外の通路目掛けて勢い良く放り投げた。

通路に飛び出したコートが、それ自体が意思を持つかのように空中を舞う。一瞬、まるで海洋を優雅に泳ぐマンタレイさながらに空中にあったコートが、直後、空中で乱れた。一連の銃撃が止んでコートが床に落ちるのと同時に、レオは今度こそ通路に飛び出す。

 

 警戒して床を転がる形で廊下に出たレオは、起き上がるや否やその手のナイフを投げる。空を切り裂く刃は、回転しながら今まさに駆け去ろうとしていたジョナサンへと飛翔し、間一髪、ジョナサンは外部階段へ繋がる扉を開いてナイフを防ぐ。弾かれて床に落ちたナイフを拾い上げ、レオは扉の向こうに消えたジョナサンを追った。

 

 階段に出た途端、既に一階層下に降りていたジョナサンが撃って来た。レオが殆ど転げ落ちるようにして階段を降りると、ジョナサンは更に下層へと降り、大型コンテナが並べられた甲板に降り立って走り出した。

 

「おいおい、それは下策だ」

 

 そう呟いて、レオは階段の手すりを乗り越えて空中へと飛び出した。甲板上のコンテナの上に降り立ち、レオはその位置からジョナサンを追う。上手く移動距離を短縮出来そうなコンテナや機材があれば、あの女が示してくれた通りに跳んで、追い続ける。

 入り組んだコンテナの隙間を抜けるジョナサンに対し、直線に進むレオ。早い段階でジョナサンを眼下に収めると、レオはまずナイフをジョナサンの足元へ投げ、自分は一瞬足が止まったジョナサンの目の前に降り立つ。

 敵が反応する間も無く、レオは刀を真下から真上へと振るった。その切っ先がジョナサンの顎を捉えると更にレオは踏み込んで、左手の仕込み短剣をジョナサンの胸元へ深々と刺した。

 手元に温く湿った感覚。不可思議な、しかし客観的に見れば歓喜と表現できる感情が胸に浮かぶ。

 

「ぐ……ふぅ……っ!?」

 

 口元から血を吐いて、ジョナサンは甲板に倒れ伏した。レオは真っ赤に濡れた短剣を引き抜き、血を払って袖の中に収める。刀も手元でくるりと回し、逆手に持ち替えてゆっくりと納刀する。

 

「知らなかったか、ジョナサン。昔から決闘というのはな、先に抜いた方が負けるのさ」

 

 そう言って立ち去ろうとするレオの足を、まだ息があるジョナサンが掴んだ。

 

「これで……終わったと思うなよ……! 我々は必ず貴様を……貴様……を……ぉ……」

 

「残念ながら、貴様や貴様の仲間では、私を倒す事は出来ない」

 

 レオはジョナサンの前髪を掴み、真横のコンテナに投げつけた。なおも起き上がろうとするジョナサンの額に爪先をめり込ませる。

 

「発想からして間違えている。暗殺者殺し(アサシンハンター)に暗殺者を差し向けて何になる」

 

「貴様……死……報……い……」

 

 明らかに、こちらのいうことを聞いていない。それを認識すると、レオは侮蔑の視線を送った。

 

「死してなお喰らい付いたかと期待もしたが、都合の良い幻に逃げるか。力無き者に勝利の女神は微笑まない、それが世界の摂理だろうに」

 

 蹴り上げて、再びコンテナに叩きつける。それで今度こそ、ジョナサンの呼吸は止まった。

 

「さらばだジョナサン。精々自省して、誰にも知られず死ぬがいい」

 

 仰向けに倒れ伏したジョナサンの開かれた眼を、最後の情けで閉じてやる。

 軽く十字を切った後、レオは艦内へと踵を返した。

 

「力無き者に、未来は無い。力が無ければ何も守れない。自分の身さえな──!」

 

 時計を確認すると、あれから既に十分以上経過してしまっていた。

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