コンテナの間を抜け、作業員用の水密扉を開いて艦内に戻った途端、レオは目の前の階段から駆け降りて来たユリシアと鉢合わせした。
正面衝突寸前でお互いに一歩退く。一瞬の間を置いて、ユリシアが叫ぶ。
「ちょっ……何処行ってたのよ!? 部屋に居てって言ったでしょう!?」
「そうしたんだが、ジョナサンに襲われた。奴が殺し屋だったのさ、最初から奴の方が本命だった!」
尚も捲し立てる彼女を遮る。レオが彼女の横を通って階段を登り、彼女もまた元来た階段を登り始める。
「ジョナサン……? けど、調査では何も……」
「そうだろうな、飼い主は護衛を手配した奴と一緒だよ。艦長が言っていた奴だ」
“第9皇子 アルベルト”。乗艦して早々、艦長はそう告げていた。屋敷の火事から続く因縁は、未だ続いているのだ。有能な手先たるヴァルクグラムを喪ったアルベルト勢力の次なる刺客が、エリナではなくレオへと差し向けられた訳だ。
「エリナの方は今、護衛が一番充実してる。発想は悪くなかっただろうさ。見る目は無かったようだがな」
船室区画へ入り、艦内通路を進みながらレオは言った。向かう先はレオの自室……少なくともユリシアはそのつもりだ。
「で、ジョナサンは?」
「甲板に寝転んでいるよ」
「一体どうやって見抜いたの?」
「襲って来たんだ、黒としか見ようがないだろう」
ギアスのことは、当然彼女にも伏せてある。信じるとも思えないし、そもそもああいった後ろ暗い部分での活動が多い自分としては、不用意に手の内を曝け出すような真似など出来ない。
……手品のタネを自ら明かして回る奇術師など居るまいし、新しい物語の粗筋を喋って回る作家など有り得まい。
「状況はどうなった?」
そう言って話を逸らす。足を止めると、ユリシアは大して疑問を抱かず、渋い顔で窓の外へ視線を向けた。
「大して変わってないわ。察するに、最悪貴方ごと沈めてしまおうって事でしょうね……ガウェインにしたって、向こうはジヴォン家とも対立関係にある訳だし、沈んだところあっちにとっては得なんでしょ。同じブリタニア軍なのに」
「本国に連絡は?」
「不通。事後報告で全部済ます気かしらね」
「事後報告……ね」
通路の分かれ道で、レオは足を止めた。左へ行けば上級船室区画。右に行けば船倉。
急に足を止めたレオに気付いてユリシアが声を掛けてくるが、レオの目は船倉の方に向いている。
「……どうしたの?」
ユリシアが問い掛ける。実のところ、先程からレオの頭に一つ考えがある。
状況として、敵は外部に居て、周囲の艦を制圧している。この艦はポートマンに囲まれており、今にも乗り込まれるか、或いは撃沈されそうになっている。艦内へ乗り込むようなら護衛部隊で対処は可能だが、艦そのものへの攻撃には対処出来ない。
……ただし、普通のKMFならば、だが。
「……ガウェイン、荷解きにどれくらいかかるだろうか」
レオが呟いた。この艦に積み込まれているガウェインには
そのガウェインだが、現在は運搬用のコンテナの中に格納されている。エナジーフィラーも抜かれ、破損防止の為の固定具の類があちこちに嵌められた状態だ。あれを実戦状態まで持って行くのは結構な手間だろう。
「まさか……ガウェインで迎え撃つつもり?」
ユリシアが目を丸くして問い返した。
無論、ユリシア達とてその案を考えなかった訳は無い。しかしガウェインを操れるパイロットがこの艦にはレオしか居ない。護衛対象たるレオが敵の正面に出る形となる。更に言えばこの艦を取り囲む敵は、制圧されたとは言え同じブリタニア軍の艦、ブリタニア軍のKMFだ。数的不利も明らかで、一度は破却された案だ。
「一応同じブリタニア軍だし、味方殺しになるわよ?」
「向こうが既に殺しにかかって来てるんだぞ?」
「その相手と同じになるわよ?」
「なるしかあるまい」
が、レオはその辺りを認識しながら、さも当然のように言った。
皇族絡みの陰謀に頭から爪の先まで浸かっているような日常が悪いように影響して、もはやレオにその辺りの躊躇は無い。同じブリタニア軍などとは言うが、主君と仰ぐ対象は案外違うものだ。血を分けた兄弟すら平然と敵と見做す者共。
迷っていれば、自分の主君が殺される。
「そもそもその辺りの懸念をするならば、私はもうジョナサンを殺してる。一線は踏み越えている。だから私がやる分には問題無いだろう?」
そう言って、左手に意識を向ける。
ジョナサンの血で汚れたままの左袖。一度付けば決して消えぬ類の穢れだ。そしてそれさえも、レオはもう気にならない。
エリナと約束したのだから。フィオレの仇も、やっと一人目を討ったばかり。こんなところで、自分はまだ死ぬ訳にはいかない。
「……間に合うの?色々と」
暫しの沈黙の後、ユリシアはため息とともに問い掛けた。
正規の訓練を受けたスクランブル部隊の発進さえ数分は掛かる。サザーランドなどより数倍手間のかかるガウェインで、しかも万全の体勢が整っているとは言い難い現状。
しかしレオは、迷いなく即答した。
「間に合わせるさ。生憎、そういう帳尻合わせは得意だ」
船倉に駆け込むと、既に連絡を受けた作業員十数人ほどが件のコンテナに群がっていた。前面と上面カバーが解放され、中で膝をついているガウェインの姿が見える。レオはパイロットスーツにも着替えずに、あちこち駆け回る作業員達を避けながらキャットウォークへと走った。階段を駆け上り、ガウェインのコンテナの真上まで辿り着くと、レオは大きく両側に開かれた状態の上面ハッチの上に飛び移り、そこを伝ってガウェインの背部ブロックへと降りた。手慣れた手つきで外部キーパッドを露出させコードを打ち込み、コックピットハッチを開いて中に潜り込む。
通常のKMFと違い、このガウェインの操作系は複座式だ。前方にあるドライバーシートに機体制御担当のパイロットが乗り込み、その後方斜め上に位置するガンナーシートに砲撃管制担当のガンナーが乗り込む。複雑化した機体システムに対応する為の苦肉の策であり、完全に性能を発揮する為には二人の、それも完璧に連係の取れたタッグが必要になる。
逆に言えば、機体性能を完全に発揮する必要がなければ一人でもどうにかなる。レオは下部のドライバーシートに座ると、起動キーをスロットに挿入、いくつか手順をスキップしつつ初期起動を始める。
デヴァイサー、エントリー。個体識別情報承認。
ガウェインの巨軀が熱を帯び、微動を始めた。
ユグドラシル共鳴確認。拒絶反応微弱、デヴァイサーストレス反応微弱、ダイアグノーシス終了、ステータスオールグリーン……
と、その辺りでモニターを影が覆う。振り返ると、ユリシアがコックピットに入って来てガンナーシートに着座するところであった。
「ユリシア? 何してる」
「これ、複座なんでしょ? だったら貴方一人じゃ……」
「飛ばして撃って殴って蹴るだけだ、ドルイドシステムもハドロン砲もそう使わない」
思いがけぬ助っ人に対し、レオはそう淡白に告げて起動作業に戻った。
ドルイドシステムとは、ガウェインに搭載された超高性能演算システムのことだ。戦線指揮や敵情報解析等々には非常に役立つシステムだが、今回は必要あるまい。更に言うと、あれを扱うにはドルイド適性とでも言うべき適性が求められる。レオについてもそちらの適性はまずまずで、ユリシアは……どうだっただろうか。
ともかく、ドルイドシステムを使わないのであれば、ガンナーの仕事はガウェインの両肩に搭載された重粒子砲 ハドロン砲の照準、砲撃しかない。そして、それだけならドライバーからでも不可能ではない。
おまけに、そもそもハドロン砲は未完成だ。
「居ないよりマシでしょ? それに私は貴方の護衛。ガウェインに乗る貴方を護るとしたら、今のところ一緒にガウェインに乗るしか思い浮かばなくて」
「付き合う必要は無い。お前も味方殺しの片棒を担ぎたいのか」
「少なくとも、貴方一人にそれをやらせるほど薄情になったつもりも無いわ」
「……後悔するなよ」
やがて、ユリシアの方でもディスプレイが起動する。レオがシステムを単独操縦モードから通常操縦モードに切り替えたのだ。
「はいどうも。先にレーダー索敵は掛けておくわ」
「ああ、せいぜいドルイドシステムと格闘しててくれ」
全身の微動はやがて大きな振動へと変化する。起動完了とともに、ガウェイン外部でその紅いカメラアイが煌めく。
ほぼ同時に、ガウェイン機内で電子音が鳴り響く。
≪……二人とも、時間だ≫
起動したばかりの無線通信で、セイトが告げた。と同時に、起動した機体の警戒システムがアラートを響かせる。
沈めにかかったか。レオが口を開く前に、ユリシアがドルイドシステムを用いて電子戦を開始、ジャミング電波の発振を開始していた。
≪エルフォード卿、攻撃が──≫
「上部隔壁を開放しろ。ガウェインはもう出せる」
艦橋からの通信に指示を返し、レオは操縦桿を握り込んだ。機体を動かそうとするが、動かない。
何故動かない、と機外カメラ映像を呼び出そうとするが、既に原因を把握していたユリシアが叫んだ。
「まだ固定具が付いてるわ!」
「……それなら良い」
そう言って、レオは機外マイクを起動して周囲の整備クルーに怒鳴った。
「15秒後、隔壁開放と同時に強制発進する! 総員退避しろ!!」
叫ぶと同時に、耳を聾する大音響が響き渡った。全身に漲る巨大なエネルギーにものを言わせ、ガウェインは四肢を固定するマウントを次々と弾き飛ばして行く。
隔壁開放と共に、不安を煽る警報音が格納庫中に響き渡った。手順を無視した起動シーケンスを行なっているせいだ。整備員の退避を見届けると、レオは自由になったガウェインの頭部を上に向け、頭上の青空を睨んだ。
ガウェインの背中のX字翼に光が灯る。翼端に緑色が、翼と翼の間に、まるで翼竜の持つ大翼の翼膜のように薄い紫が迸った。
≪
「動けぇぇぇ!!」
ディスプレイに表示が出た瞬間そう叫び、レオはスロットルレバーを押し上げる。呼応して、ガウェインは轟音と共に空へと飛び立った。
少なくとも、度肝を抜かれた事は確かだろう。
今まさにレノア・ゲイズを攻撃しようとしていた全ての者の注意が、その一瞬だけ、空中に躍り出た白い影に釘付けとなっていた。
まるで天使の降臨さながらに広げられた両腕。未成熟なフロートシステムで機体の安定飛行を行う為に必要なガウェインの飛行姿勢だ。ガウェインは、ほぼ全ての動作においてこの姿勢を基本姿勢として想定している。
状況。
護衛艦隊の構成は巡洋艦一隻に、駆逐艦三隻。このうち巡洋艦の方は完全にレノア・ゲイズに対し攻撃行動を取っているが、後ろの駆逐艦はどうも動きが中途半端だ。
「レオ、あれ!」
ユリシアが叫び、駆逐艦の一隻の望遠映像を呼び出してレオのディスプレイに映し出す。明らかに艦内が交戦状態にあった。同じような状態の駆逐艦がもう一隻。この二隻は、今まさに奪還されようとしているのだ。
そして最後の駆逐艦は、奪還されつつある僚艦の方に意識が向いている。仮に奪還されれば、直後に攻撃を加えるつもりだ。
つまり、敵艦については巡洋艦の心配だけしていれば良い。問題は海面下を泳ぎ回るポートマンの方だ。
レーダーディスプレイに映る敵性光点は四つ。しかし巡洋艦に搭載可能なポートマンの数を考えると、何騎居ても不思議ではない。
成る程。良い趣向ではないか。
レオは無意識の内に笑みを浮かべていた。勿論、そんなものはユリシアからは見えないが。
攻撃が止んだ一瞬を突いて、レオはガウェインを戦闘速度に急加速させ、護衛艦の一隻へと近付けた。巡洋艦オルブライト。護衛艦隊の旗艦である。
「ユリシア!」
レオがそう叫ぶのと同時……いや、ほんの少しだけ早く、ガウェインの両肩カバーが展開、そこから赤黒い光が海面のオルブライト目掛け、豪雨の如く降り注いだ。
ハドロン砲。収束率に問題がある現状では拡散砲撃しか行えないが、今この瞬間においてはそれで十分と言える。ドルイドシステムの補助によって拡散率を予測、適切なポジションから発射されたハドロン砲は、オルブライトの火砲のみをほぼ正確に撃ち抜き、それでいて艦そのものへの損傷を最低限に抑えていた。
振り返って、更に海面へハドロン砲の照準を定める。今度の狙いはポートマン部隊だ。ポートマンの最適な対艦攻撃ポジションを予測して、そこへハドロン砲を撃ち込む。集結していたポートマンは撃墜こそ免れたものの、掻き乱される水流に翻弄され編隊が乱れる。何騎かが僚機との衝突を恐れ浮上、或いは離脱する。
ポートマンの数が不明ならば、そもそもポートマンの撃破ではなく、ポートマンがレノア・ゲイズを攻撃可能なポジションを封じれば良い。そして目立つ緊急回避軌道を行ったせいで、ポートマンの姿はほぼ確実にレーダーに引っかかる。六騎だ。
アラートが鳴り響く。我に返った……といった具合に他の艦が対空攻撃を開始したのだ。雲霞のごとく迫り来るミサイル。だがこの近距離で、しかもドルイドシステムによる電子的欺瞞に守られたガウェインを正確に補足する事は出来ていない。本来の速度制限を無視し、急加速と急減速を織り交ぜて飛び交う火線を掻い潜る度、レオの表情は僅かずつ歪む。
ディスプレイ上に警告。現状、ガウェインのフロートはこのような急激な機動が行えるような状態ではない。無理な機動を行えば、機体バランスが崩れ墜落しかねない。しかし、レオは器用に機体を限界ギリギリの状態に保っていた。傍目には航空機そのものな軌道を空に描きながらガウェインは海面近くまで降下し、両腕のマニピュレータを駆動させる。
「よし、行け!」
海面に伸ばした右腕。伸びきった掌の五本の指が、レオの操作で射出される。スラッシュハーケン。一般的なスラッシュハーケンと異なり、ガウェインのそれはワイヤー自体に加工が施してあり、切断能力を持ち合わせたスラッシュフィストとして実装されている。
放たれたスラッシュフィストが海面へと叩き込まれ、海面近くで姿勢維持に躍起になっているのポートマン達の背部を見事に貫いた。推進装置を失ったポートマン達は本体の爆発こそ起こさなかったものの、制御不能状態に陥ってとても対艦攻撃どころでは無くなる。再び上昇を始めたガウェインの眼下で、脱出ブロックが二騎分、海面に浮かんで来る。ついスラッシュフィストでとどめを刺そうとして、背後の存在に気付いて思いとどまる。
「……意外とドルイド適性はあった訳だ、お前」
想像以上の成果に、レオは思わず感嘆の声を漏らす。背後のユリシアは一瞬笑みを浮かべ、それからハドロン砲のトリガーを引いた。
ハドロン砲の赤黒い光が再び海面を叩く。残り四騎のポートマンを追い散らすと、レオはガウェインをオルブライトへと突進させた。
既にディスプレイの警告は画面を埋め尽くす程になっている。実のところ警告の山そのものは演習の度に見ているのだが、今回ばかりはあまり楽観視出来たものでもない。
だから、短期決戦で決めねばならない。
ガウェインはオルブライトのデッキを滅茶滅茶に破壊しながら着地、艦橋近くに陣取った。元より搭載火砲の殆どは潰してあったが、これだけ至近距離ともなれば残る火砲でもガウェインを狙う事は出来ない。ポートマンに援護させようにも、これだけ近いとその攻撃がそのままオルブライトに命中しかねない。当たったとしても飛散する破片が艦橋をズタズタに引き裂きかねない。
「そこに居るのは解っている。どうする、まだ続けるか!?」
機外スピーカーで通告しつつ、レオはガウェインの両肩ハドロン砲を展開、艦の中心部──即ち戦闘指揮所へと向ける。
最初の通信の発信元はこのオルブライトだ。ついでに言うと最初の攻撃もオルブライトから。
一種の賭けではあった。敵の指揮官がこの艦に居るとすれば、オルブライトを抑えれば或いは勝負が決まるかも知れない。
もちろん、敵指揮官が生命を捨てて任務を遂行する殊勝な人物であれば、或いはポートマンが指揮官の生死に構わずレノア・ゲイズの撃沈を図ればこの目論見はあっけなく崩れる。その時はハドロン砲で戦闘指揮所を即座に破壊し、残る敵全てを潰す。
さあどうする。名も知らない相手に無言で問い掛ける。
お前はどういう趣向を凝らしてくれる?
≪──解った。降伏する≫
その通信が届くと同時に、レオは大きく溜息を吐いた。ほぼ同時に駆逐艦の方の奪還も完了し、後はレノア・ゲイズか駆逐艦の方から味方部隊を移乗させて艦の指揮権を奪還するだけだった。
そうして安心しきった頃に、問題が発生した。
奪還が完了し、ガウェインがレノア・ゲイズに戻るべく飛び立とうとした、まさにその瞬間の事だった。
「……何?」
「え? どうしたの?」
スロットルレバーを押し込んだにも関わらず、ガウェインは飛び立たない。それどころか何とも嫌な、というかどうにも情けない音を立てながら、システムそのものがダウンしそうになる始末。
慌ててユリシアがドルイドシステムを使って自機の精密ステータスチェックを実施する。結果が出た途端、ユリシアは表情を歪めた。
「あー……レオ、フロートが……」
≪こちらセイト。レオ、そっちどうした!? なんか背中から煙吹いてるぞ!?≫
「ああ……何というか……」
乾いた笑いが出て来た。チェック結果を前席に回して貰って確認してみたところ、フロートシステムがオーバーヒートを起こしていた。原因は大出力での使用を複数回行った為。要するにレオの戦闘機動が荒すぎたという訳だ。
「どうやら私は……ガウェインを壊したようだ」
直後、「はぁぁぁぁぁ!?」というセイトの叫びがコックピット中に響き渡った。
≪……そ、それで?≫
通信越しのベルベットの声は明らかに笑いを堪えていた。
「そのままオルブライトに固定してガウェインだけ引き返した。このご時世に船旅にした意味がこれで完全に無くなった訳だ」
≪絵面酷すぎでしょう、それ!?≫
「ああ、邪魔で邪魔でしょうがない、だそうだ」
背凭れに盛大に倒れ込みながら、レオは吐き捨てるように言った。
「仕方ないだろう、ああでもしなければガウェインなどただの的に成り果てていた。そして飛べなくなった上にフロートに引っ張られて基幹システムにも影響が出て、完全に動かなくなった以上もうどうしようもない──それはそれとして始末書ものではあるだろうが」
結局、戦闘については正当防衛として認められそうな雰囲気があった。
エルフォード家の力もいくらか介在したかもしれないが、そもそも陰謀が明るみに出てしまったアルベルト派閥は、エルフォードが報復を行うまでもなく処罰を受け、その勢力は大きく減退する羽目となっていた。
ただ、その戦闘が原因となって機能不全を起こしたガウェインは、一度本国のロンゴミニアド・ファクトリーに戻し改修を行う事となった。
つまり、オルブライトは艦橋の目の前にガウェインがででん、と鎮座した状態のままベスタ島基地へ向かう訳だ。オルブライトはベスタでドック入り、ガウェインは本国行きの別の船に載せる手筈となっている。
さて、機体が本国に残るのならばそのデヴァイサーたるレオについてはどうなるか。これについてはエリア11のアスプルンド伯爵の希望に沿って、ガウェイン以外の積み荷共々そのままエリア11まで向かう事となった。
「……まあ、老人に付き従う首輪付きの美人秘書、よりはマシな絵面だと思うぞ」
≪あら、褒めても何も出ないわよ?≫
そう言って、画面の中のベルベットが何とも屈託の無い笑顔を向けて来る。皮肉の仕返しにしか思えないが、どうにも背筋の凍るようなものを感じる。
≪とにかく、貴方が無事で良かったわ。これでエミーリアとオリヴィエからの質問攻めから解放されそう≫
「ああ……二人には、心配かけてすまないと」
≪伝えるわ。じゃ、私は御父様に呼ばれてるからこれで≫
「ああ、そっちの皆も気をつけるように」
通信を切って、レオはコートを羽織って甲板に出た。途中セイトに出会ったが、彼は何やら電話中のようだった。故に軽く手を挙げて会釈する程度に留めておく。
時間的なものもあるが、霧が立ち込めているせいか余計に肌寒い。手摺に両肘を乗せ海を眺めるこの位置からなら真横に例のコンテナ群が立ち並ぶ姿が見える筈だが、霧に包まれてそれも早い段階で見えなくなる。
さて、出て来たは良いがする事は特にない。とりあえず暇つぶしで持ち出したチョコ菓子を摘むが、視界には彼の意識を引き止める物が何も無さ過ぎて、そのうち思考が独り歩きを始める。
……ジョナサンの遺体はどうするのだろう、ふと、レオの頭にそんな疑問が過った。
もうとっくに水葬にでもしたのだろうか。それとも、本国まで持って帰ったりするのだろうか。
同じブリタニア軍だろうが、自分を殺そうとした相手だ。レオにとって、何ら殺しを躊躇う相手では無い。しかし、ガウェインで可能な限り不殺を試みたせいで、かえってジョナサンの件が悪目立ちする形となった。
自分が仲間殺しをする分には良い。だが、それにユリシアが付き合う必要は無い。だから、ガウェインで戦う時は手間を加えた。
ただそれだけだ。他人に配慮したに過ぎない。
なのに、どうしてそれで自分の心が揺らぐ。
“……おやおや、我が主は珍しくも青い悩みを抱えておいでで”
(出て来ると思ったぞ幽霊女。私をからかう種があれば是が非でも逃さんからな、お前は)
溜め息とともに女に背を向ける。無論姿は見えない。ただ、何となくあの女が右隣に居て、こちらに顔を近づけて来ているな、という感覚はある。だから左を向く。
(存外脆い、とは自覚しているよ。失望でも何でも勝手にするが良い)
と、肩に何かを感じた。微かに伝わる熱、何かに触れている感覚。そちらに自分の手をやっても、そこには何も無い。
“……失望など致しません。まだ、貴方は大丈夫だと安心しました”
(おいおい、軍人が殺しを厭うのを是とする訳ではないだろうな)
“そうではありません、こちらの話です”
女の声色は、どこか優しげなものに変わっていた。何とも珍しい事だ。
手摺に背中を預け、女の方を見遣る。姿は見えない、と言ったが、ギアスを使えば一応見える。かなりぼんやりとした、それこそ幽霊のような虚像として。
(もう私は、立ち止まる訳にはいかない。同じ運命を繰り返さない為にも、立ち塞がる者は全て蹴散らす。そう誓ったのだから……)
左の掌を持ち上げ、握り拳を作ってみせる。手首には仕込み短剣の銀の鞘。しかしその色は赤色に薄汚れ、あの時の汚物の……血の臭いが染み付いている。
幾度この刃で命を吸っただろう。既にこの手は血に塗れた。落ちない穢れを無意味にしない為には、悲願を達成するしかない。そう願うのなら、こんな事に拘泥している暇はない。
……でも。
“……力無ければ何も守れない、ですか”
不意に彼女が呟いた。甲板で口をついて出た言葉だ。確かに、彼女にも聞こえていて当然ではあろうが。
(なんだ急に)
“あの暗殺者が絶命した後、まるで言い聞かせるように仰ってましたが。妹の一件以来、それが貴方の信条ですか?”
(それはまあ……認める。もっと言えばその前、私とフィオレがエルフォードに拾われた頃からそう思っていたさ)
そうだ。エルフォードという大貴族の名を背負うようになっても、あの頃の感覚は忘れられない。
両親の居ない二人が過ごしたストリート。あの世界で生き抜く為には、何よりも力が必要だった。誰もが誰にも頼れないまま必死で生きて行こうとしていた世界。究極的には、権力、財力といった殻の存在しなかった人間の姿こそ、人間の本質的な姿なのではないかと思う。
弱者でいることが、許されない世界。
それが世界のルールだと言うのなら。
≪──各員へ通達。本艦は間も無くトーキョー租界海軍基地へと入港する。各乗組員は入港に備えよ≫
女が更に何か問おうとしたところで、艦内放送が鳴り響いた。数人程で屯っていた乗組員達も慌ただしく艦内に消えて行き、彼らと入れ違いになるようにして、ブリタニア軍制式コート姿のユリシアが通路の陰から顔を出した。
「あ、居た居た。もう三十分もすればエリア11だそうよ。荷物纏めた? 準備終わった?」
更に続けて「ちゃんと寝た?」だの「髪整えた?」だのあれやこれやと聞いてくる。溜息と共に遮ると、レオは再び海へと身体を向けた。
「入港と言ってもな……霧が濃くて、陸なんて見えないが」
「まあねぇ……あ、じゃあマストにでも登れば見えるんじゃない?」
ユリシアがふとそんなことを口にする。それだけなら良かったが、彼女は間髪入れずにレオの腕を掴み、引っ張りながら艦内へと歩き出した。
「ね? 行きましょう? さっきは何人か登ってたけど、今なら誰も居ないんじゃないかしら?」
「分かった、分かったから引っ張るな、転ぶ」
諦めてマストまで引っ張られて行ったレオは、艦内から梯子を上ってマスト上部に出た。
聞けば、レノア・ゲイズという艦は元々大型客船として運用されていた船を改装した歴史を持つらしい。移動手段として航空機が幅を効かせるこのご時世に客船ともなれば、当然それは皇族、貴族の娯楽としての存在だったろう。
この妙に大きな展望マストは、その頃の名残だと言う。最後方の艦橋とは別の構造物。これのおかげで、レノア・ゲイズは貴族の座乗艦として通用する流麗なシルエットを獲得している。
「ほら」
先に登り切ったレオが、ユリシアを引っ張り上げてやる。ちょうどそのタイミングで陽射しが射し始め、レオは艦の進行方向へと顔を向けた。
曙光に照らされた視界の先に、確かに陸地があった。
現代ブリタニア様式と呼ばれる、太陽光発電パネルが煌めく銀色の街。そしてその向こうに微かに見えるのは、エリア11を束ねる政庁ビルの威風堂々たる姿。
斯くして、レオ・エルフォードは穏やかならざる航海の果てに、エリア11へと到着した。
この時の彼にとって、その地は流刑地に等しかった。妹フィオレの仇を追わねばならない時に向かわされた、全く無関係の島国に過ぎなかった。
だが、そんな彼の予想とは裏腹に、この地は彼にとって、一つの転換点となる場所であった。そのようなこと、この時の彼はまだ知る由も無かった。
同時刻。ゲットーと呼ばれる、貧民地区での出来事。
「……今朝、派手な船が湾に入って来た」
廃墟と化した建物の中にも、ある程度実用に耐えるものはある。そんな建物の一角で、早朝のこの時間帯には明らかに光量の足りていない照明の下に集った人影。その中の一人がそう言って、照明の真下に置かれた机に数枚の写真を置く。
「情報通りだな。奴も意外と信頼出来そうだ」
「ああ、この写真は潜伏中の同志が撮影したもので、これで裏付けは取れた」
「先週接触して来た女はどうした、配置図を我々に売った奴だ」
「今頃下の連中が好きにしてる。本人としては他愛の無い小遣い稼ぎのつもりだったんでしょうけど、良い気味よ」
下卑な笑みが一瞬漏れるが、ひとりの男の咳払いでそれがすっと収まる。上下関係はあからさまで、この男がこの集団の統率者なのだと理解できる。
「では、手筈通り執り行う。目的は軍港に入って来た船の積荷の確保。件の新型兵器とやらが何なのかまでは掴めなかったが、いずれにしろ成田連山の本隊に合流出来ぬ以上、我らは例の組織に加わる他ない。である以上、この新型兵器とやらは手土産として、何としても我ら白銀大翼党が手に入れねばならぬ。各々作戦に従い、勝手な行動は慎むこと。此処が正念場、此度の戦いは失敗が許されぬ。ゆめゆめ忘れる事なきように」
承知、という掛け声と共に、統率者を除く人影が一斉に下層へと動き出す。最後にその男だけが一人残された部屋の暗闇に、新たな人影が音もなく降り立つ。
「真壁大佐」
彼は、そう問いかけた。統率者……真壁が振り返ると、そこには彼が、闇色のローブに身を包みんだ人影が立っている。顔の半分を覆うマスクと目深に被ったフードのせいで、その顔は見えない。
「ああ、榊原殿か。これより我らは一大決戦に臨もうとしている。用件ならば手短にお願いしたい」
そう言われて、彼、榊原は何も言わず、大股に真壁へと歩み寄る。異様な光景。纏った雰囲気に起因するその威圧感に、真壁は思わず後ずさる。
「……貴方が以前より訴えていた、白銀大翼党の受け入れについて、“ゼロ”からの返答を預かって来た」
榊原はそう言って、ローブの内からぶっきらぼうに書簡を差し出す。有り難い、とそれを受け取って目を通した真壁だったが、やがてみるみるうちに表情を一変し、書簡を持つ手がぶるぶる震えだす。
「拒絶するだと……っ!? 馬鹿な!! 我々白銀大翼党こそ、日本の再興には必要不可欠な──」
と、激情を露わに目の前の相手に叫ぼうと顔を上げた真壁の怒号は、そこで切られた。彼の目の前には、マスクで包まれた榊原の鋭い眼光。一瞬で距離を詰めた榊原はその右手を真壁の心臓に押し当てており、その掌の内から、赤黒い染みが彼の軍服をじわじわと染めて行く。
胸の内から湧き出る怒りが、身体を貫く激痛へと置き換わる。書簡を落とし、零れ落ちる血でそれさえも朱に染めながら真壁は崩れ落ちた。すっと引いた榊原の右手首から、彼の心臓を刺し貫いた隠し短剣がその刃を覗かせている。
「な……ぜだ……!」
盛大に流血しつつも、真壁の激情はまだ生きていたようだ。冷たい目で彼を見下ろす榊原に、真壁は喚き散らす。
「真の愛国者とは……その手を血に染めてでも国に尽くす者……居心地の良い綺麗事に止まる事なく、汚れ仕事を厭わぬ……我らこそ真の愛国者だ! それを切り捨てるとは、貴様らは日本の心すらブリタニアに売り渡したと言うのか!?」
「貴殿らは、時代を見誤り、歴史から取り残された遺物だ。歴史の針を戻す愚を、我々が犯す事はない」
「ふざけるな……! この……売国奴どもが────!」
それ以上は口に出来なかった。榊原が再び短剣を振るうと、彼はそれ以上何も言わなくなった。
「……残念だったな。解放戦線とは違うのさ、我々は」
手首を動かして短剣を戻す。彼だけが残された部屋で、榊原はマスクを下ろし、フードをはね上げた。
曙光に照らされた肌が真っ白に染まり、髪が黄金色に輝く。勿論それは、日に照らされてその色になったわけではない。元より彼の髪は金色で、肌は白人寄りの色をしている。
彼は日本人ではない。そして、ブリタニア人でもない。
あえて定義するならばその両方。日本人の血と、ブリタニア人の血を共に受け継いで、そして双方から否定された存在。
窓際に立った榊原の眼下で、大翼党の部隊が勢ぞろいしているのが見える。たった今統率者を失った事にも気付かず、戦力を無為に結集させ、犬死させようとしている。
単純な数で言えば、犬死させるには惜しい戦力と言えるだろう。しかし、彼らは所詮、この真壁という男の虚言に踊らされ、道を誤り、底なし沼に沈んだ阿呆どもに過ぎない。
「“ゼロ”が欲しいのは、
そう呟いて、榊原は下層の闇へと消えて行った。
間も無く、大翼党なる組織の存在は、この世から消えた。