第五幕 Area 11
エリア11。この属領の成立経緯は、他のエリアと変わりはない。
皇暦2010年。当時のこの国の名は、日本。
度重なる貿易摩擦等により対立関係を深めていた神聖ブリタニア帝国と日本は、8月10日を以って、戦争状態に陥った。
歴史的には極東事変と呼称される戦争。その期間は、たかだか一ヶ月程度。この常識はずれの瞬殺劇は、この時初めて実戦投入が開始されたKMFによるものが大きい。
当時既に経済大国として国際社会に名を連ねていた日本。その成長の立役者となったのは、地下資源サクラダイト。現代に至るまで影響力の大きいレアメタル資源であり、KMFもまた、そのサクラダイトにより駆動する兵器だ。
一言で纏めれば、日本という国はサクラダイトによって高度な成長を遂げ、皮肉にもそのサクラダイトによって自らの歴史に終止符を打った事になる。
斯くして成立したエリア11ではあるが、その前途はブリタニアとしては、残念ながら決して明るくは無かった。
帝国主義の粉砕、侵略者への制裁。日本再興。占領から七年の月日が経とうが、日本万歳を合言葉として頻繁する抵抗運動は収まる気配が無い。
どころか、前総督である故クロヴィス・ラ・ブリタニア第3皇子すら凶弾に倒れてすらいる。こうも激烈な反ブリタニア抵抗運動は他の属領では決して見られるものではない。それほどまでにこの地の反ブリタニア感情は根深く、統治するには極めて困難な土地と言えた。
「フォン・エルフォード! フォン・エルフォード!」
出発時とは異なり、トーキョー租界に隣接するこの海軍基地は別に軍民両用港では無い。故に出発時程和やかな雰囲気は無いはずなのだが、港に降り立ったレオは早速、場違いにも少女じみた高めの声で出迎えられた。
まず最初にどこの阿呆だ、と言わんばかりに顔を出したのはセイトだった。彼は原隊であるコーネリア殿下親衛隊の纏う赤紫の正装を纏っていた。
続いてレオの護衛であるユリシアが、駆け寄ってくる人影からそれとなくレオを庇う。が、レオはそれを、やはりそれとなく退ける。仕込み短剣はいつでも出せるようにはしてあるが、そもそも彼女は、別に“赤く”ない。
「私をお呼びかな」
駆け寄って来た茶髪の少女の前に出る。彼女はレオの前で立ち止まると、変に格式張った敬礼と共に名乗った。
「エリア11士官学校陸戦操機科所属、マリーカ・ソレイシィであります! 本日、フォン・エルフォード中尉のご案内をさせていただきます!」
軍の制服とは少し異なるその服装。士官候補生と聞いて、その初々しい態度にも合点がいった。流石にこういった場に慣れている訳も無く、緊張感が隠せていない。先の敬礼にしても、形を意識し過ぎて、現状でいっぱいいっぱい、という風にしか見えない。
……少し前まで自分もこんな風だったのか。そんな感慨が頭を過ぎる。
「……ご苦労」
それだけ言って、レオは彼女に従って、積み下ろし作業が進む軍港の姿を横目に進む。属領の軍港というのは多くの場合そうなのだが、戦時中に破壊されてしまった本来の軍基地ではなく、民間施設を軍用施設として仕立て直して使用するケースが多い。これは再建の費用や手間が云々と言うことではなく、単純に当時の地理的事情、戦略的事情が異なっているせいである。
このエリア11もその例に漏れず、破壊されたかつての日本の脳髄たる旧主要都市部はゲットー、イレヴンと呼称される被支配民族──平たく言えば元日本人の事──の屯する地域として復興も最低限だけ行い、自分達は比較的被害の少なかった郊外に租界を築いて、そこを新たな主要都市としている。で、その新都心を守る為の基地の位置もまた、旧来の都心部に近い場所では都合が悪い。斯くして民間空港やら民間港やらが取り急ぎ軍基地として整備されており、それが何だかんだでそのまま使われている。
この基地もやはり、構造に民間港の雰囲気がありありと出ている。特に、今彼らの歩くロビーフロアなどは。
「……ですので、皆様におかれましてはブリタニアにいらっしゃった頃とそう変わらない生活を送って頂けるものと……ええ、勿論乗馬だとか狩猟だとか、そういったものは流石に難しい所ではありますが……」
彼の前で、マリーカが上擦った声でエリア11の現状について軽く説明している。勿論、テロリストやら抵抗運動やら、細かい政治状況については抜きだ。到着したばかりの人間にそういう話をしても仕方あるまいし、勿論レオもその配慮を感じ取って、そこについては触れずに済ます。精々前を歩くセイトが空気を読まず、訳知ったり顔で持ち出さないか警戒する程度だ。
「租界については、活気のある街だ、と聞いている」
「ええ、元々が経済大国だっただけあって、戦前のエリア11において貧富の格差というものは“歴史”か、あるいは“創作”でしかありませんでした。属領となった後も経済水準は概ね維持出来ておりますし、現在においても等しく繁栄を謳歌出来ている、と言って過言ではないかと……ええっと、私見ではありますが」
「上から下まで、総じて高水準な生活、ね……」
セイトが微妙な表情を浮かべて呟く。まあ、今の話を鵜呑みにすれば、ブリタニアの国是たる競争社会としては、少し反した現状だろう。最低水準が高過ぎて、これで競争など生まれまい、と。
「……総じて、とは果たして何処まで含めるべきかな」
小声で、思わずレオは呟いた。そう、今の話はあくまで租界の話、それがそのままエリア11の情勢として直結するなどと、楽観論も甚だしいだろう。
「何か言った?」
「気のせいだろう」
真横で耳聡くもしっかり聞き取っていたユリシアからの問いかけを誤魔化して、前を向く。タイミングが良いことに、歩き続けた彼らのすぐ前に正面玄関があった。そしてそこに立つのは、一人の女性。オレンジ色のブリタニア軍軍装を着用した、ブリタニア軍士官。彼女はこちらを認識すると、姿勢を正してこちらへと向き直った。
「あ……あれ、クルーミー中尉……?」
逆に、マリーカは少し戸惑う様子を見せた。クルーミーと呼ばれた女性士官が彼女に何か告げる。周囲の喧騒のせいか最後尾のレオには聞き取れない。すぐにマリーカが「イエス、マイロード」と返答しレオの方へと向き直ったのを見て、レオも少し前に出た。
「で、では! フォン・エルフォード中尉は迎えの者がこちらに来ておりましたので! ええと! その!」
あからさまに慌てていた。が、何が言いたいのかは、何となく分かる。
多分、聞かされていた予定と違うのだろう。それまでの……恐らくは練習に練習を重ねたのだろう台詞ではなく、自分で言葉を紡ぎ出そうとして、頭がこんがらがっている様子だ。それでもある程度言えているのだから、なんというか、本番には強いタイプなのかも知れない。
「……とりあえず礼儀はこの際置いておけ。落ち着いて、要点だけ教えて欲しい。私はこの後、政庁へ行くのではなかったか? コーネリア総督に着任のご挨拶をしに?」
「はい……そ、その予定でしたが、その総督が政庁に居られないのです。親衛隊の方々と共に緊急出撃なされた、と」
「そしてセイトは、そこに駆け足で合流する訳だな」
セイトへ視線を向ける。セイトはセイトで、真剣な面持ち……彼にしては割と珍しい部類の表情……で携帯無線機を手に何やら指示を出している。恐らく、いや間違いなく、レノア・ゲイズにある彼のグロースターの搬出指示だろう。
「成る程、了解した。ここまでご苦労だった。実りある話が聞けたよ、ありがとう」
「い、いえこちらこそ! それでは、失礼致します!」
「はい、というわけで……またな、レオ」
「ああ、精々武運を祈らせて貰うよ」
マリーカに連れられて……というよりは、どちらかと言うとセイトがマリーカを引っ張るような形でロビーの奥へと消えて行った。後に残されたレオは、改めて仕切り直すようにして、クルーミー中尉に向き直った。
「──では改めて、レオハルト・エルフォード中尉、ユリシア・リィンフォース中尉、シュナイゼル宰相閣下の御命令により、エリア11 特別派遣嚮導技術部に着任致しました」
「エリア11へようこそ、フォン・エルフォード中尉。特別派遣嚮導技術部所属 セシル・クルーミー中尉です」
挨拶を終えて表へ出ると、すぐ目の前の駐車場の片隅に厳つい軍用トレーラーが停まっているのが見えた。
特別派遣嚮導技術部の運用するKMF用大型トレーラー、通称特派ヘッドトレーラー。これまで、特派唯一の移動手段にして本拠地であった(らしい)車輌だ。
そのトレーラーに乗り込んで、向かう先は軍の基地……と思いきや、何と民間の大学の敷地内であった。流石にこれには面食らって、レオは窓の外に視線を向けながら、
「その……中尉、ここは……?」
「エリオット技術大学。今の特派は、ここを間借りさせて頂きながら活動しています」
“所属基地を追い出される”。任務内容を伝えられた際に告げられた言葉が浮かんだ。成る程こういうことか。所定の位置とでもいうのだろう、構内の一角、中庭に面した大小二つの建物の横にトレーラーが停止すると、レオは周囲をきょろきょろと見回しながらトレーラーを降りた。続けてユリシアもトレーラーから出て来る。
中庭は全体的に趣味が良かった。解放感のある敷地のあちこちに木々が配置され、地面の殆どはよく手入れされた芝生で覆われている。
まだ学生の姿も疎らな中庭を一望し、ユリシアが呟いた。
「なかなか良いキャンパスじゃない」
「それは否定しないがな……仮にも軍事兵器を扱う部署がここに置かれている、というのは正直どうなんだ」
「まあ、こうして君が着任した訳だし? その内また基地の方に戻れるとは思うけどね?」
完全に景色に気を取られていたレオは、突然背後から声を掛けられた。ユリシアとほぼ同時に振り返ると、いつの間にやらそこに白衣姿のひょろ長い体格の男が立っていた。銀髪に丸眼鏡。見るからに技術者。
この男なら知っている。最初に会ったのは、確かガウェインの初フライトの時。
「お久しぶりです、ロイド伯爵。レオハルト・エルフォード中尉及びユリシア・リィンフォース中尉、着任しました」
ユリシアが慌てた敬礼の姿勢を取るのを見て、レオもわざとらしく、格式張った敬礼をしてみせる。予想通りその男──特別派遣嚮導技術部主任ロイド・アスプルンド少佐はケラケラと笑い声を上げた。
「アハ、ぜ〜ったいそれワザとだよね? そういうの要らないって前に言ったのにさ?」
「分かりますか」
「そりゃあね。それで、そっちの赤い子がユリシアちゃん? ボクはロイド・アスプルンド。好物はプリン。よろしくね?」
「は、はい……よろしくおねがいします、ロイド少佐」
「あ、特派では堅苦しいの抜きね。ボクそういうの苦手だからさ。それより、君ここに来る途中ドルイドシステムを使ったんだって? どうだった? 上手く使えた?」
ロイドは矢継ぎ早に質問を繰り出す。ユリシアはと言えば、全く状況に対応出来ていない。その様を見て、レオは苦笑いを禁じ得ない。
このロイドという人物は少佐の階級を持っているが、正直、全く軍人らしく無い。加えて言えば大して伯爵らしくも無い。変わり者の放蕩貴族と言って差し支えない男だ。飄々とした、掴み所の無い、非常に独特なキャラクター性を持った人物だ。故に、初めて彼と話した者は総じて彼に圧倒され、面食らって硬直してしまいがちだ。それこそ、今のユリシアのように。
「……分かるか、あれがロイドという人物だ」
ロイドがセシルに呼ばれてトレーラーの方に戻った隙に、レオは小声でユリシアに問い掛けた。
「え、ええ。なんというか……風変わりな人ね」
「暫くはあれと一緒にやる事になる。軟派になり過ぎたセイトだと思って、早いうちに慣れておけ」
ヘッドトレーラーの後部ユニットには、その所属とそのサイズから察せられる通り、KMF一機の大規模整備が可能な前線基地的な機能が持たされている。そして今、ロイドの案内で闇に包まれた後部ユニットに足を踏み入れたレオは、闇の中でその輪郭を朧げに浮かび上がらせている一体の巨人の存在を見て取った。
「……さて」
レオとユリシア、二人がその空間に入るのを確認して、ロイドが言葉を発する。呼応するようにセシルが照明を点灯させる。レオは目を瞬かせながら、現れた白い機体を見上げる。
白いボディに金色の縁取り。両肩は大きく左右に張り出し、胸部から腰にかけて騎士のプレートアーマーを思わせるラインが形作られていて、すらりとした一対の脚には何処か優雅さが漂う。
まさに、「騎士」という単語を想起させる機体だった。マントでも着ければ良く似合うだろう。
全高5メートル級の騎士。サザーランドやグロースター以上に人らしいシルエットを持った機体。スケールこそ違えど、あのガウェインにも近い立ち姿。
最早、単なる機械と呼ぶ事すら無粋に思えて来る。
「これが……」
「──ランスロット」
ロイドが紹介するより前に、レオがその名を口にした。口をついて出た、という方が正しいだろう。
特別派遣嚮導技術部所属 試作嚮導兵器。
第七世代KMF ランスロット。
「そこはボクの台詞なんじゃないかな〜」
不満げに呟くロイド。レオはと言えば、その威容を眺めるばかりで何も言わない。
「まあいいか。これが、僕ら特派が作り上げた、世界唯一の第7世代ナイトメアフレーム、ランスロット。これまで特派は、ほぼ全ての予算をこのランスロットに注ぎ込んでいたんだけど──」
そこで、ロイドはレオを指差した。レオもそれに反応し、突然どうした、と視線で問い掛ける。
「──こうして、君が来た。お陰で、特派の使える予算もどっと増えたんだよね〜! これから君、すンごく忙しくなるよ〜?」
至極楽しそうにロイドは言った。
「しかし……ガウェインは……」
ユリシアがそこに口を挟む。そう、本来レオはガウェインのデヴァイサーとしてここに来たのだ。なのに、その肝心のガウェインは、きっと今頃本国行きの船か輸送機に積み込まれている。これでは、レオが来た意味が無いのでは無いか。
「ガウェインの件は、申し訳無い。あれは完全に私のミスです。弁明の余地はありません」
そう、レオが頭を下げる。しかし、返ってきたロイドの答えは──
「確かに残念だったね。あれが無いとなると、通常機用フロートユニットの開発は先送りにして本体のテストを重ねるしか無いね〜」
「………………は?」
思わず、そんな声が出た。
「え?」
ロイドも、同じように声を上げる。
暫くの沈黙。どういう事か分からずに、レオはセシルへと視線を向けた。勿論、それで答えが得られる訳でも無いが。
「あれ、聞いてないの? 君のお仕事何するのかって」
「ガウェインの試験をするのだろう、といった具合にしか」
「まさか、違うよ」
大前提をばっさりと否定されて、今度こそレオもユリシアも言葉が出なかった。ロイドはロイドで暫く考え込む仕草の後、
「うーん、向こうで勝手に解釈されちゃったのかなぁ、ボクはど〜してもレオ君に来て欲しい、ついでにガウェインも持って来させて、とだけ言ったんだけど……」
などと口走りつつ唸り続ける。
「ええっと……セシル中尉、レオの任務内容って、本当は何をする予定だったんですか?」
レオに先駆けて我に帰ったユリシアが、そうセシルに問い掛けた。
「はい、あの……フォン・エルフォード中尉にはランスロットとは別にもう一騎建造した、第七世代ナイトメアフレームの試験機を運用して頂く、ということになっていたのですが……」
「もう一騎の?」
「はい、主眼は通常のナイトメア用のフロートユニットの開発ということで、ガウェインのデヴァイサーでもあるフォン・エルフォード中尉に、と。試験には先行して開発されたフロート機であるガウェインも必要でしたので、機体はガウェインと一緒に輸送艦に搬入されていたはずですが……」
その言葉で、レオの脳内に浮かび上がるものがあった。
あの時、ガウェインの格納庫で敵の探りを入れた時。ガウェインやガウェイン関係の機材のほかに、確かにもう一つ、KMF一騎サイズのコンテナがあった。
ということは、あれが……?
「遅れました!」
と、背後の扉が勢い良く開いた。全員の視線を一身に集め、現れたのは茶髪の少年士官。顔つきが明らかにブリタニア人のそれでは無いが、ブリタニア軍の制服を着ている。
「……あ、あれ?」
恐らく此処まで走って来たのだろう。乱れた息を整えた彼は、トレーラー内の妙な雰囲気を感じ取って首を傾げた。
「な、何でしょう、この雰囲気……」
「いや……何だろう、な……」
少年士官の言葉に、レオはそうとしか答えられなかった。
それが、枢木スザクとのファースト・コンタクトであった。
突き抜けるような大空に、白き閃光が飛ぶ。
廃墟と化した市街地。エリア11では、俄然珍しい光景でもないその場所で、一騎のKMFが舞う。
そう、舞う。この表現こそが、そのKMF……ランスロットには相応しい。計四基のスラッシュハーケンを巧みに駆使して、廃ビルへと駆け上り、空中に躍り出て全く別の方向へと跳躍する。金色の煌めきだけをその場に残して、ランスロットは一気に何十mもの距離を移動する。
その背後に、もう一騎のランスロットがあった。
「……冗談だろう?」
金色の部分が青に塗り替えられたランスロットの中から、先を行くランスロットの機動を目の当たりにしたレオはそれしか言葉が出なかった。
≪残念だけど本当だよ。ランスロットにはあれだけのポテンシャルがあるし、スザク君はそれを充分引き出せる。だからこそ、ボクはどうしてもって言って彼を特派に引き入れたのさ≫
通信ウィンドウに映るのは、ロイドのにやけた面。
≪こちらランスロット1、所定位置に到着≫
その枢木スザクの声が、通信回線を通して聞こえてくる。元イレヴンにしては、驚く程に流暢なブリタニア語。元々日本語とブリタニア語とでは随分と毛色が違うという事を鑑みると、それこそ幼少期からブリタニア語に触れ続け、使い続けていなければ到達出来ないレベルだ。
「了解。ランスロット2、これよりテストコースへ進入開始、機動試験を行う」
そう言って、レオは青のランスロットを前進させる。
サザーランドとの違いは理解した。後は、どれだけ自分がこのランスロットに合わせられるか。それだけだ。
……彼、枢木スザクに対する対抗心は、確かにあった。名誉ブリタニア人に負けていられるか、という思いも、最初の頃は存外あった。
だが結局、レオはこの日も枢木スザクの記録を下回る記録しか出せなかったのだった。
枢木スザク。侮るべきではない。それが、着任以来一週間ほど続けて行ったシミュレーター試験で得た彼についての認識だった。
「……私はもう、君を同じ人間とは認識しないことにしようと思う」
「どうしたんだい、藪から棒に」
特派が間借りする旧実験棟の一角。ゲームセンターよろしくデン、と置かれたシミュレーションポッドを出たレオは、パイロットスーツを着替えに行くでもなくポッドの横に設置されたベンチに腰掛けると、疲れを隠さぬ声色で枢木スザクに告げた。やはりパイロットスーツを着っぱなしの彼はというと、いきなり失礼な事を言われたにも関わらず平然と受け答えする。
「あの機動、実機でもだいたいあんな感じなのだろう?」
「そりゃあ、Gとかもあるから全く同じとは言えないけど……まあ、否定はしないよ」
これである。これだからこの男は恐ろしい。
KMF共通機能であるヒッグス・コントロールでGの影響は見た目より遥かに軽減されているとは言え、皆無とは行かない。何よりランスロットのあの機動を実際にやれば、G軽減がどうこう、という話ではなくなる。それこそ目が回りかねない。
なお、彼に言わせれば、そのランスロットは自分の動きに「
因みに、敬称だの礼儀だのという部類の話は特派では全て無視する事になっている。そうでなくとも、レオは彼に対し、年齢が少し上だから、ブリタニア人だから、中尉だから、貴族だからなどと、上から目線で接する事は初日でやめていた。
それが如何に滑稽で間抜けな事なのかは、初日に彼の戦闘記録を見ただけで分かった。いくら能書きを重ねようと、あれの前では何の価値も無くなる。
「まあ〜、落ち込む事ないよ。君の本領は空中だからね」
珍しく、ロイドがそんな声を掛けて来る。自分が価値を見出した対象が、対象自身に貶められる、という状況には少し思う所があったのかもしれない。
「空中、ですか?」
「うん。ガウェインって空を飛べる大型の機体があるんだけどね? 彼はそれを誰よりも上手く使えたのさ。スペック的にはピーキーの癖に鈍重な、空中管制機か良くて攻撃機的性格の機体でしかないアレで、まともにドッグファイトしてみせたり、とかさ」
「凄いじゃないか!」
無邪気というかなんというか、そんな感じにスザクが褒めて来る。どちらかと言うと惨めさが増すのだが、多分気付いていない。
「仮想でしかないが……恐らく今、私のガウェインと君のランスロットとでやり合ったら負ける自信があるぞ、私は」
「そりゃガウェインは僕からしたらまだまだ未完成機だもの。知ってるでしょ? かなり完成の域にあるランスロットと未完成機のガウェインとでぶつけても、言い訳が残るだけで意味無いよ」
それもそうだ。開発者直々の言葉に、レオは頷くしか無い。
「それに」
そこで、ロイドは視線をポッドの方に向けた。今あのシミュレーションポッドでは、ユリシアがランスロット用のシミュレーションプログラムに挑んでいる。
本来彼女はあれを、ランスロットそのものを動かすのではなく、ランスロットにサザーランドで追随する、という方向のプログラムを動かす為に使う。シミュレーションで補うべき部分を洗い出し、彼女のサザーランドをチェイサー特化機として強化する為に。
ただ、今回は物は試しというか、ランスロットを追うにはランスロットのスペックを把握しなければ始まらないという事なのか、彼女自身がランスロットを動かしている。彼女とて平均的なブリタニア騎士を上回る操縦技能を持っているのだが、外から見ている限り、とてもランスロットを扱い切れているとは言い難い。
「見てごらん、君自身が卑下する君の機動より、彼女の方が下だよ。サザーランドやグロースターのデータを見る限り彼女も悪いパーツじゃ無いんだけど……」
「それは彼女が慣れていないだけ……というか、例によってパーツ呼ばわりか」
「はい気にしない。彼女の動きと君の動きとでは、決定的な違いがある。慣れてないだけ? 違うね。彼女は、根本的にランスロットに追い付けていない。例え彼女が何度もランスロットに乗って動きが熟れて来たとしても、それはただ誤魔化しが効くようになっただけ、それもやっと、ただ動かせるようになっただけだよ。でも──」
ロイドは視線をレオに戻す。いつになく真剣な目つきで。
「君は違う。君は逆に、ただ慣れていないだけだよ。乗れば乗る程、君のデータは目を見張る勢いで向上してる。適応して、追い付けてるんだよ、ランスロットに。そして多分君は、スザク君とは違う、ランスロットの活かし方を見せてくれる筈。そこが君と、彼女のような普通でしかないパイロットとの決定的な違いだと思うね」
「聞こえてますよ、ロイド伯爵」
全員の肩がびくり、と震える。汗だくで、首にタオルを引っ掛けたユリシアがロイドの背後に立っていた。えーっと、と口ごもるスザク。しかし、彼女は案外、大して気にしている様子はない。
「参りましたよ、凄い物作っちゃいましたね、ロイド伯爵」
「あらそうぉ?」
もっと褒めて、などと言い出しそうなロイド。しかしその前に、ロイドは突如何者かに首根っこを引っ掴まれた。
「ロ、イ、ド、さん!! 黙って聞いていれば貴方は──!!」
「あ、いやその……ゴメンナサイゴメンナサ、アレェェェ!?」
セシルだった。それも怒り心頭の。何時もの優しげな態度は何処へやら、彼女は何とも乱暴にロイドを引き摺り、彼を何処かへと連行して行った。
残されたレオとユリシアは、暫し呆気に取られて顔を見合わせる。
何より、セシルの豹変ぶりに。
「……セシルさんって、怒ると怖い?」
「多分、ロイドさんにだけだと思うんだけどね、あんなに怖いのは。多分だけど」
「だと……良いな」
顔見合わせて、取り敢えずロイドの冥福を祈る白、黒、赤の三人。こうして色違いのパイロットスーツで並ぶと、デザインが統一されているせいで余計派手派手しく見えて来る。
「……じゃあ、私はこれからレポート纏めるとして、とりあえず今日は解散?」
「だね。二人ともお疲れ様。二人は確かこの後予定があるんだって?」
「ああ、この後、政庁に顔を出す事になっているよ。というわけで、さっさと着替えさせて貰おう」
そう言って、レオは先頃ロイドが消えた扉へと向かった。渡り廊下を通って旧実験棟から旧寮棟へ移る。
今の所特派では軍の宿舎ではなく、大学の旧寮棟(本来、泊まり込みで作業する際に使おうとしたらしい)をそのまま宿舎代わりに使っている。これはレオやユリシアも同様で、レオは人気の無い通路を歩いて自室へと向かう。途中、実験棟の部屋の一つから悲鳴のような声がしたが、何も聞こえなかった事にする。
シャワーを浴びて、そろそろ普段着として自分の中で定着しつつあるエリナ親衛隊軍装に着替える。ただし今回はいつもの略装ではなく正装だ。普段は被らないトリコーンや、長めのマントもクローゼットから取り出しておく。
最後に習い性で、仕込み短剣を袖に装備してしまう。
“貴方が此処に来たのは、暗殺の為ではないのでしょう?”
そう、声が語り掛けて来る。定番のあの声。レオが何かする度にいちいち口を挟む女。
とはいえ、船でも一度助けられたし、今回のようにうっかり何かしでかしそうになった時にフォローしてくれる事もある。殆ど気まぐれにしか思えないが。
(……癖だな)
“まるで総督を暗殺しに行くかのような様子。標的はコーネリア殿下ですか? それともユーフェミア殿下?”
(ああ、分かった、分かっているさ)
そうして、レオは仕込み短剣のリストバンドを外す。ベルトだけ外して、あとは重力に任せる。ごとり、と音を立てて、短剣がテーブルに落ちた。それを机の奥底に仕舞い込んでから鍵を掛け、最後に義父から頂いた刀剣を腰に帯びる。
……エリア11の治安を鑑みて租界での軍人の武装は許可されているが、逆に政庁では高官の護身用、或いは衛兵以外の武装は禁止されている。だからこの刀も結局はロビーで預ける事になりそうだが、一方でエリナ親衛隊正装というものには、腰に帯びた剣も含まれている。略装ならそうでもないのだが、正装で出向く以上は、この長く目立つ刀剣もしっかり帯びておかねばならない。
何か忘れていないか二重に確かめると、レオはロングコートを上から羽織って、格納庫に戻った。
「──それにユリシア。今日は本当に大変だったね」
「ええ、本ッ当にえらい目に遭ったわ。見た? かなり派手に転んでたの」
「見たけど、でも君はあれで止まらなかったよね。そのまま起き上がって進み続けられた。あれは凄いよ。最初、一回仕切り直すのかと思ったら、スラッシュハーケンで起き上がってまた進むんだから」
「割と死に物狂いだったけどね、あの時」
「だから……その、ロイドさんの言う事は……」
「お気遣いありがとう。でも大丈夫よ、ああいうのには慣れてるから……あ、レオ!」
格納庫では、レポート作業も終えたのかユリシアがまだ残っていたスザクと雑談に興じていた。ユリシアはレオに気付くと、たたた、と小気味良い足音を立てて駆け寄って来る。
「バイク、外に出しといたから。軽く点検もしといた」
「ああ、ありがとう。お前も……」
「ええ、じゃあ私も着替えてくるわ。すぐ済ませるから待ってて! それと、スザク君もお疲れ様。補習頑張ってね〜!」
正直感心する程の早口でそう言って、彼女は自室へと駆けて行った。
自室……レオとは別の部屋だ。
彼女はレオの護衛としてここに来ている。だから本来は同室が望ましいのだが……男女七歳にしてどうのこうの、とも言う。(失礼極まりない言いようだが)ユリシアとて嫁入り前の娘だ。
まあ、部屋はすぐ隣だし、軍基地の宿舎では用意出来るのならコネクションルーム形式のものを用意する手筈となっている、らしい。
と言いつつ、話を聞けば同室にさせようとする動きもあったらしい、というのがレオをなんとも微妙な気分にさせてくれる。
勿論レオに何かあれば彼女は即応しなければならない。可及的速やかに護衛対象の側に駆け付けねばならない、という点は、エリナの騎士候補最右翼であったレオとて理解はしている。ものの……。
「…………何というか、家の意思というものを感じる」
“養子とはいえ、我が主殿もエルフォードの一族です。最近落ち目のリィンフォース家としてはエルフォード家との縁組は魅力的でしょう。精々、アスミック卿辺りに羨ましがられて下さい”
(斬り捨てられたいか)
“出来るものなら”
無言で喧嘩しつつ、レオは格納庫出口へと足を向ける。外に出てすぐ、トレーラーの停めてある駐車スペースに黒のサイドカー付バイクが停まっているのが見えた。
「あれ、君のバイクなのかい? さっきユリシアがスタッフに頼んでトレーラーから下ろして貰ってたけど」
「ああ。去年辺りから使っている」
何となしについて来ていたスザクの問いに答える。昼間の時間帯だけあって学生の通りも多く、彼らの物珍しげな視線を受けながら、二人はバイクの方へと歩いた。
黒に金色のラインが走った車体のクルーザー。最後に乗ったのは劇場での一件の時か。最もその時は、義姉ベルベットの運転だったが。
「友達もサイドカーに乗っててさ、実は僕乗せて貰った事無いんだけど……良かったら、今度乗せて貰っても良いかな?」
「ああ、それは構わない。何処か良いタイミングがあれば、誘わせて貰うよ」
「ありがとう。はい、ヘルメット」
そう言ってスザクがハンドルに引っ掛けてあった紺色のヘルメットを差し出す。折角だから、と赴任するタイミングで買い換えたものだ。まだ被った回数も少ないが実を言うと、これが案外気に入っている。
「ああ、後はユリシア待ちだが──」
そう言ってバイクに腰掛ける。
実験棟にはシャワールームが一つしか無い。だからこういうケースの場合、順番に使わざるを得ないのだ。
貴族というものはあからさまな政略結婚を目論んだ策を練る割に、男女のこの手の観念にはかなり厳しい。
「護衛なんだって? 今のところ、逆に君がユリシアを守って怪我しそうな印象なんだけど。君達」
鋭い指摘ではあった。物理的な怪我はしなかったが、船での一件の時、彼女絡みで既にレオは一度ドツボに嵌りかけている。
「それこそ逆だよスザク。そういうドラマチックな関係性を望んで、こういう配役をしたのさ。我が父か、或いはリィンフォース卿辺りがな」
レオは苦笑しながら言った。するとスザクも微妙な表情を見せ、
「政略……って奴だね。僕も昔は許嫁って呼ばれる人が居たよ。大人の思惑っていうのは分かるけど、実際それをやらされる側は微妙な感じなんだよね」
「まあ幸い、私も別に小さな子供ではない。その辺りを選択する権利はあると信じたいが……多分ユリシアには無いな」
「それは──」
「お待たせ!」
暫く話しているうちに、ユリシアも追いついて来た。彼女は彼女で、レオのものとは色の違うコートを着込んでいる。
「あ、来た来た。それじゃ二人とも、気をつけてね」
「ああ、君はこの後学校か?」
「そうだね。そろそろ僕も着替えて来るよ。じゃあ!」
スザクは格納庫へと走って行った。それを見届けてから、レオはヘルメットを被って、側車の方に乗り込む。
……本音を言えば、そろそろ自分で運転したい。
「安全運転で頼むよ」
「イエス、マイロード」
そんな会話をした直後だというのに、運転手たるユリシアの運転は割と雑な部類であった。バイクだということを差し引いてもかなり強めに揺られる度に、レオが盛大に溜息を吐く。無論、風に掻き消されてユリシアの方には聞こえていない。
文句を言うのは諦めて、レオは流れ行く租界の景色へと目をやった。太陽光パネルやガラス張りのビルの壁面に太陽光が反射して、銀灰色の街が白に染まっている。視線だけはそちらに行っていたが、彼の思考は、先程から頭に引っかかっている事柄に向かっていた。
格納庫に入る時に聞こえた会話。あれに引っ掛かりを覚えた。あの時はすぐにユリシアに声を掛けられて有耶無耶になったが……。
ロイドに技量を割と酷評された一件。彼女は、「慣れている」と言った。
慣れている? 酷評に?
リィンフォースの愛娘として蝶よ花よと(いやこれは言い過ぎか?)育てられ、士官学校では優等生として常に上位を維持し続けて、だからこそ自分の護衛としてモニカを差し置いて義父ローガンが指名した彼女が?
リィンフォースの教育というものはそんなに厳しいものなのか。いや、別にそうではあるまい。
ちらり、とユリシアに視線を向ける。勿論、その表情はヘルメットに隠されて見えない。ただ、基本的に彼女は笑みを絶やさず……
違う、違うな。今の彼女は確かにそうだ。割と人懐っこいというか、愛されるタイプというか。社交性は高い性質の持ち主だ。しかし、初めて会った頃の彼女と言えば……。
──結局、政庁に着くまでの間、レオの頭の中はその事で一杯になっていた。