コードギアス 血刃のエルフォード   作:STASIS

6 / 29
第六幕 Invisible Edge

「一緒に来なさい! 私が良いところに連れてってあげます!」

 

 それが、最初のきっかけだった。

 その頃はまだ俺も幼かった。大貴族の家に迎えられたことで、妹も俺も、毎日立派な服を着て、毎日極上の食事にありつけた。

 そうした日々が日常に成り代わろうとしていた頃。しかしまだ、ストリートでの底辺の暮らしが記憶の底にこびり付いていた頃。

 

 誰にも頼らない。誰にも譲らない。

 信じられるのは自分だけ。好意など存在しない。存在するものは悪意と──なによりも力。

 個々の感情など無視して、力というダイスが人を強者と弱者に振り分ける。弱者は虫けらのように踏み躙られ、強者は全てを手に入れる。それがあの世界の……この世のルールだ。

 だから俺は強くなろうとした。俺はダイスを振る側になる。そうでなければ、俺は何も守れない。妹も、自分も。

 心の底から、そう信じて居る。そこは今でもそう変わらない。それだけの強い信条だからこそ、まさかそれが、たった一人の少女に揺るがされるとは思わなかった。

 

 彼女は俺とは違った。生まれながらにして将来を約束されていた。最初から、強者となるよう運命付けられた存在だった。

そうでありながら、彼女は強者としての強さを振りかざす事をしなかった。その少女が、確かに俺を“良いところ”に連れて行ってくれた。

 そこに、悪意はなかった。力など必要無かった。

 共に遊び、共に笑い、時に一緒に馬鹿をやった。俺も、妹も、彼女達は迎え入れてくれた。日陰に居た俺達は、日向(ひなた)を知った。

 同時に俺は、俺の本質を理解した。

 

 そうしてある時、今度は俺が、日陰に居る少女に声を掛けた。

 

「私は、ここに居なくちゃいけないから」

 

 そう言う彼女の傷だらけの手を、俺は無理矢理取った。

 

「お前は、そこに居るべきじゃない」

 

 影から引っ張り出した彼女の手を引いて、俺は皆の所へ戻った。

戻って、暫くは彼女と一緒に居た。彼女が仲間達に迎えられるのを見届けて、俺はやがて離れた。

 

 妹も、彼女も、そこに居るべきだと本気で信じた。ただそこは、俺には少し眩し過ぎたから。

 

 

 

 

 

 

 それが私と、モニカやセイトとの……そしてユリシアとの出会いだ。

 あれから時を経て、お前達とは今も親交を続けている。良い関係だったと、私は思いたい。

 ユリシア。今でこそああして明るく振舞っているが、あの頃、彼女はそうでは無かった。まるで別人のような変貌ぶり。最初からあのような感じであったか、と錯覚すら覚えるが……。

 

「何が、あったのか」

 

「は? 何でしょうか?」

 

 つい口に出た言葉を、案内役の少女士官候補生に聞かれてしまう。レオはいいや、と誤魔化して、軽く頭を振った。

 総督執務室は政庁の最上階にある。コートの代わりにマントを羽織り直したレオとユリシアは、少女士官候補生──初日の縁というべきか。マリーカ候補生だ──に続いて高速(ターボ)リフト・ロビーへと足を踏み入れた。

 政庁ほどの規模の施設となれば当然か、扉が八つもある。

 マリーカが壁面のボタンに指を伸ばした瞬間、レオの背後の扉が開く。

 出て来たのは一人の士官だった。士官はレオの姿を視界に捉えると、少しだけ表情を強張らせ、敬礼の姿勢を取って扉の脇にすっと退いた。レオは返礼して、ケージに足を踏み入れる。と、その時であった。

 

「あら、貴方は」

 

 統治軍関係者や文官等が詰めるこの政庁という建物に相応しく無い……いや、かえって誰よりも相応しいのか、明らかな少女の声がレオを背後から呼び止めた。

 知っている声だった。

 

「……後ろ姿だけで気付かれましたか」

 

 ふっ、と笑みが零れる。背後に居たのは第3皇女 ユーフェミア・リ・ブリタニア。その存在を一言で表すならば、可憐、という言葉が相応しい。そんな少女だ。

 ユリシアやマリーカがリフトに乗らずに敬礼──軍人のそれではなく、皇族に対し跪く最敬礼の類──するのに続き、レオも振り返ってリフトを出る。一歩前に出て跪いた時、不意にレオは、肩を掴まれるような感覚を覚えた。

 物理的に誰かに掴まれたのでは無い。あの女に掴まれたのだ。意味するところを知って、レオの表情が僅かに硬くなる。

 

「お久しぶりです、レオ……どうしました?」

 

 そうユーフェミアが言った時には、レオはさっと周囲を見渡していた。リフト・ロビーにはユーフェミア、ユリシア、マリーカ、自分、そして──。

 

「──────!!」

 

 レオの目が深紅に光る。首だけ振り返った眼前には、鈍く煌めく銃口。

 レオは跳ねるように立ち上がって、背後へと回し蹴りを放っていた。

 ユーフェミアも、ユリシアも、マリーカも目を見開いていた。そして、その一撃を喰らったのはその三人の誰でもなく、先程から不自然にエレベーターの脇に控えていた士官だった。

 

「な……ぁ……」

 

 壁に叩き付けられた士官が呻く。その右手には、銀色の小型拳銃。袖の内に隠せるほどのサイズのそれは、暗殺者がよく用いるものだ。

 非武装が原則の政庁に暗殺者御用達の拳銃を持ち込み、しかもそれをここで抜いた。

 

 暗殺者(アサシン)だ。

 

 力の抜けたその手を掴んで、レオはその拳銃を奪い取った。

 暗殺に失敗した暗殺者が次に何をするかと言えば、まず自決の可能性を危惧した方が良い。手近に口を塞げる物が無いので、仕方なく両手の手袋を外してさっと丸め、軽い脳震盪で意識がふやけている暗殺者の口の中に押し込んでやる。

 やがて騒ぎを聞きつけて、衛兵たちがぞろぞろと駆けつけて来た。レオは彼らと共に暗殺者を拘束、拳銃と共に彼らに引き渡すと、汚れた手袋を外し、ユリシアや衛兵に囲まれているユーフェミアの近くへと駆け寄った。

 

「殿下、お怪我は」

 

「い、いえ……貴方のお陰で、私はなんとも。でも……」

 

 ユーフェミアは、不安げに暗殺者の方を見遣る。

 ちょうど、暗殺者の軍帽が剥ぎ取られる所だった。金髪に白い肌。恐らくブリタニア人だ。

 

“イレヴンの反体制派ではないな”

 

(ああ、あれは……私の本業の方の相手だろう)

 

 険しい目で、レオも暗殺者を睨んだ。

 エリア11。海を隔てたこの混沌の地に立つ皇女達でさえ、本国に巣食う闇からは逃れられないというのか。

 

 

 

 

 

 

 エリナを狙ったアルベルトもそうだが、やはりブリタニア皇族は数が多い。彼らによる、或いは彼らの側近達による一つしかない玉座を巡る継承権争いは激しさを増す一方だ。

 何せ皇帝自身がそれを煽っているような始末。第2皇女コーネリアも第3皇女ユーフェミアも決して低い皇位継承権の持ち主ではないし、寧ろコーネリアなどは第2皇子シュナイゼルに次いで有力な次期皇帝候補と言える。

 戦乙女と謳われるコーネリアは、敵対者にとっては憎しみの対象。しかし、彼女が戦火の絶えぬ属領において不慮の死を遂げる、というシナリオを読みたがっている者は、本国にも大勢居るのだ。

 実際に狙われたのはユーフェミア。しかし彼女は、実姉コーネリアにとって何より大切な存在。これはユーフェミア個人を狙ったものではなく、コーネリアへの影響を狙ったものだろう。

 

 “不可解な事故や事件に巻き込まれて”天寿を全う出来なかった皇族など、幾らでもいる。そう、例えば8年前、アリエスの離宮で暗殺されたブリタニア后妃、閃光の渾名を以って知られた、あのマリアンヌ・ヴィ・ブリタニアのように。

 

「……それで、実行犯は」

 

「捕縛し、衛兵に引き渡しました。しかし残念なことに隙を突かれて自害されたようです」

 

 一時間後。ユーフェミアと別れ上層階の部屋へ移ったレオは、事の経緯を正面の相手に話し終えた。

 

 デスクを挟み、正面からこちらを見据えているのは、第2皇女コーネリア・リ・ブリタニア。現エリア11総督であり、皇族きっての武人として知られる女傑。

 第3皇子クロヴィスが倒れ、混迷を極める有様に至ったエリア11の情勢に対し、ブリタニア側が切り札として送り込んだ人物だ。

 一部軍人から戦女神とまで謳われる彼女は、着任後早速いくつかのテロ組織を壊滅に追い込んだ。

 内偵を進め本拠地を特定するなり、自ら先陣に立って一気にこれを攻め落とす。これはコーネリアの得意とするやり方であると同時に、ブリタニアの古き良き君主の姿でもある。昔も今もこの戦術を実行するのは大変に困難で、それをあっさりとやってのける彼女の手腕は驚嘆に値する。

 実際、彼女の着任によりエリア11は落ち着きを取り戻しつつあるという。それは、間違いなく彼女の功績である。

 

「そうか……。とにかく、副総督の身を守ってくれた事、感謝する」

 

「私は本来エリナ様の、ひいては皇族を守護する騎士たれ、と教育を受けた身です。たとえ如何なる任地であろうと、私の存在意義は、皇族の方々を御守りする事にあります。有り体に申し上げて、使命を果たしたまでです」

 

 エリナの名を出すと、コーネリアの凛とした表情に少しだけ陰りが差した。

 敵対国から魔女だ何だと恐れられ、味方からも厳格な人柄であると畏敬の念を抱かれる彼女だが、彼女とて人間である。それも、兄弟姉妹に対しかなり情が深い方の。

 

「……エリナの件も、感謝している」

 

 色々言いたそうではあったが、彼女は結局そうとしか言わなかった。レオはただ短く答える。

 

「貴様が付いていれば安心とも思ったが、宰相閣下直々の命とあっては仕方あるまい。一応私の部隊の一部を割いて派遣はした。それに、ある意味彼女にとって、これで良かったのかもしれん」

 

「──どういう意味でしょうか?」

 

「彼女もまた、自立しなければならないということだ」

 

 コーネリアの表情が引き締まる。

 

「皇族とはいつまでも他人に甘えて良い立場ではない。むしろ逆に、自身が皆の先頭に立ち、導かねばならぬ存在だ。彼女もそれは分かっているのだろう。厳しいようではあるが、一つの試練と言うべき局面だと私は考えている」

 

「それは……」

 

 その言葉に、レオの脳裏によぎる光景。出港前の、彼女の宣言。

 

「それとも、いつまでも側に付いて甘やかすつもりだったか?」

 

 レオは何も言えず、ただ首を横に振った。

 着任の挨拶はそれで終わり、レオは部屋を辞そうと踵を返した。が、その背中をコーネリアは呼び止めた。

 

「ああ、待て。話が逸れてしまったが話はまだ終わっていなかったな。貴様の現在の所属、特派の事だが」

 

「──はっ」

 

 特派。組織図の上で、この組織はエリア11に存在しながらも、コーネリア率いる統治軍の人事権の及ばない、ある種独特の立ち位置にある。

 

 治外法権と言うほどの権限は無い。しかし、特派の所属は第2皇子シュナイゼル一派。無碍にするには大き過ぎる存在だ。

 そして、その組織は名誉ブリタニア人 枢木スザクを用いている。

 本国出身のブリタニア人と属領出身のナンバーズを同列に扱う事はない。個人レベルで属領出身者に偏見を持たない人間──例えばロイドやセシル、そしてレオ自身──が居ようが、これはブリタニアという国そのものの姿勢である。実際エリア11には純血派と呼ばれる一派が居て、その類の者達は自らの血を誇り、異国の血を目の敵とする。国が差別を肯定しているようなものだから、愛国心の高揚を謳う軍隊がそれに従うのも、ある種当たり前かもしれない。

元より、軍隊とは験を担ぐものだ。

 

 加えて、このコーネリアという人物は、ある意味高潔な人格の持ち主だ。属領出身者などという格下の存在は、寧ろ戦場で使い潰せば良い。そういった事を彼女は肯定しない。

 コーネリアにとって国や民を守る事は、高貴なる者として、支配者として君臨する者に課せられた義務である。

 大陸の昔から受け継がれるノブレス・オブリージュの精神だ。その観点から見て、属領出身者はそもそも守られるべき民の立場の存在である。それがコーネリアの考え方なのだ。

 とはいえ、特派の実態は「派遣」の名が示す通り本国直営の組織。特派の主であるシュナイゼルがこれを認めている以上、コーネリアの独断でこれを覆す事は出来ない。これは確かに、コーネリアにとって面白い状態では無いだろうが……。

 

「特派が基地から追い出されたという件。恐らく宰相閣下もその絡みで貴様を送り込んで来たのだろうが……とりあえず、こちらからも手は打っておく。基本的に私は特派に温顔は見せないが、とりたてて冷遇するつもりもない」

 

 基地の一件は、コーネリアの意向では無い。現場の人間が(恐らくはほぼ総出で)やった事だ。上から命令して無理矢理に戻すことも可能ではあるだろうが、それで解決を見る問題でもあるまい。しかもそれをやれば、コーネリアは属領出身者に過度な温情を向けている、とも取られかねない。

 レオが部隊に入った事で、特派の第一デヴァイサー、つまり“前線での顔役”はスザクからレオに移った。書類上の話に過ぎず、ロイドの本命は相変わらずスザクの方だろうが、逆にスザクを忌み嫌う側の人間などは、その程度の事で簡単に黙らせる事ができる。

 変人貴族として嫌われ者の部類に入っているロイドでは、こうはいかない。そしてシュナイゼルは現場から遠過ぎて、彼ら程度の思考レベルでは実感が湧かない。

 

「近々、大規模な反体制組織の壊滅作戦を決行する予定だ。貴様はそこに参加し、功績を上げろ。その功を以って、特派に専用施設を用意する形を取る」

 

「御配慮、感謝致します。総督閣下」

 

「作戦の詳細は決定し次第、追って伝える。貴様にはアスミックやダールトンが期待している。……うむ、特にアスミックが随分と貴様を推していてな。期待に応えてみせろ」

 

「イエス、ユア ハイネス」

 

 今度こそ部屋を辞して、レオは廊下を大股に歩いた。

 

 ……このエリア11という極東の属領にも、本国の陰謀の手が伸びている。

 それを目の当たりにしたからこそ、一度は振り切ったはずのエリナへの心配が再び頭を擡げる。

 

 ──だが。

 彼女はこう言った。「もう頼ってばかりはいられない」と。

 彼女とて、護られてばかりいる状況を良しとはしていないのだ。そして追い詰められた現状を鑑みて、自力で立ち上がろうとしている。

彼女を信じるならば、彼女の為をと思うのならば、彼女を信じて、見守るべきなのだろう。

 

 で、あれば自分は、今ここで求められている役割に殉じるだけだ。

 恐らくはロイド辺りに揶揄われるだろう。「特派の未来は君にかかっている」等々。流石に自分の行動ひとつで全てが好転するとは思っていないが、自分が功績を挙げる事で、少しは彼らの助けになるのだ。

 彼らの、そして枢木スザクの。

 

 枢木スザク。彼のKMF操縦技術は他の騎士を優に越えている。

 ランスロットという強大な兵器()を振るうに足る実力。それは即ち、強大な力だ。

 力無ければ何も守れない。そう信じるレオにとって、この力は無視できない存在だ。

 力を我が物としたい。今はまだ“枢木スザクの力”でしかないそれを、“自分の力”として飲み込みたい。着任して数日。それがレオの心の中に芽生えた思いだった。

 その為にも、彼と戦いたい。少しでも彼の力を観察し、学び取らねばならない。

 

 

 

 

 

 ユリシアと合流し、二人はリフトで下層階へと向かった。彼女の細い指が地上階(G)のボタンを押し、リフトケージが緩やかな振動と共に下降する。

 

「……それで、この後の予定は?」

 

「ロイドさん曰く、貴方には少しでも多くシミュレータに入って貰いたいって。次の実戦の機会がいつ来るか分からないけど、その時後悔しないように貴方の機体を仕上げておきたい、だそうよ」

 

「では急いで帰ってやらないとな。その実戦の機会というのも、どうやらそう遠い事でも無いそうだからな」

 

 リフト内に光が差す。政庁側面に面したこのリフトの壁は透明なガラス仕様になっており、更にもう一枚、偏光処理された強化ガラスを挟んで租界の街が一望出来る。

 租界は基本的に階層構造となっており、物理的に他の場所、要するにゲットーよりも高所にある。遠方から見た際に街というよりは、銀色に鈍く光る人工島のように見えるのが普通だ。

 

「あれよね、私達の大学って」

 

 その租界の一角をユリシアが指差す。ここからそう遠く無いところにある大きな学園……の向かいにある小さな大学。言わせて貰えば大学が小さいのでは無く、正面の学園が大き過ぎるだけだと思うのだが。

 スザクの通う学園。アッシュフォード。スザク以外、全ての生徒がブリタニア貴族上流階級の子息息女で固められた名門校。

 

「ああ……そうだな」

 

 声が自然と低くなる。

 どうしても、その学園絡みとなると思い出してしまうことがある。

 着任して早々にそれを目の当たりにしたのは果たして幸運か不運か。ふとした切っ掛け──衣料用洗剤などを買い込んでいた姿を見つけた──レオは彼の学園内での立場を目の当たりにしていた。

 

 汚された体操服を前に、彼は諦観の言葉を発していた。何よりそれが気に入らなかった。

 

 人間には三つのカテゴリーが存在する。

 一つは強者。力ある者。正当な権利として、全ての行為を優先される存在。

 一つは弱者。力無き者。力無きが故に他者に踏み付けられ、這い蹲る事しか無い存在。

 最後の一つは卑劣な者。力を得るための行為を何一つせず、借り物の力を振るい強者の振る舞いを甘受する者。

 

 スザクは、間違いなく強者のカテゴリー足り得る。天賦の才か血の滲むような努力の果てか、彼の持つ力は彼自身にも恩恵を与えているべきなのだ。なのに、今彼は明確に弱者のカテゴリーに居る。

 軍での扱いは、まだ納得は行く。ランスロットの挙げた功績そのものはまだ多くは無い。そしてこれについては、自分が幾らか助力も出来る。

 だがそれ以外はどうだ。学園に通う子息息女は、須らく彼を上回る力を持っているとでも? 否。断じて否。

 

 特に命令を受けたでも無く、自身の行為、成績の結果として斯様な辺境の属領に飛ばされるような家の面々に期待するのも酷な気はするが、貴族の中でも下層にしか上がれなかった者達は、上に行くのでは無く下へ行く事を選んだのだ。即ち現状のままで強者面が出来る場所を選び、強者の権利を行使する。だがそれは、ただの卑劣な弱者の行いだ。救い難き逃避でしかない。

 

 強者の皮だけを被った蒙昧ども。力ある者が正義というブリタニアの国是を正しく反映するならば、彼らとて総じて弱者にしかなり得まい。

 たかだかそんな連中相手に、彼の力が評価されないというのは、あまりにも気持ちが悪い。

 

「……レオ?」

 

「ああ……すまない、考え事をしていた」

 

 気付けば、リフトは地上に着いていた。

 とりあえず、現状に不満があるのは出立前と変わらない。だが不満の性質は変化し、それを変えるために自分の力で出来る事は確かにある。

 ──やってやるさ。

 

 心の中でそう呟いて、レオはリフトを降りた。

と、そこへ。

 

「やあ、レオ、ユリシアも」

 

 真横から声を掛けられる。ちょうど待ち構えていたのか、セイト・アスミックがそこに居た。入港から一週間ぶりの友人の姿に、レオの表情も少しだけ緩む。

 

「ああ、セイト。久しぶりだな。無事に生きているようで何よりだ」

 

「何ね、流石にイレヴンのグラスゴーもどきに遅れを取る俺じゃねぇって。そっちこそ、特派とやらは大変らしいな」

 

 ユリシアも交え、久しぶりに三人で談笑しながら廊下を歩く。

 セイトの話す事は、件の反ブリタニア組織との戦闘について。そしてレオやユリシアの話す事は、とにかくあのランスロットのピーキーさについて。

 最終的に「ロイドの作る物はいつも過激化する」という結論に至り、ロビーで荷物──刀剣その他──を受け取って正面エントランスに出た頃には陽もすっかり沈みかけていた。

 そうして別れようとしたところで、セイトはそれまで浮かべていた笑みを消してレオを呼び止めた。

 

「……何だ」

 

「明日の夜、ちょっとお前の手を借りたいんだが」

 

 

 

 

 

 

 以前触れた通り、ゲットーと呼ばれるその貧民区域は、かつての旧都心部に集中している。

 

 戦争による被害が大きかった、というのも一因ではあるし、進駐当初のブリタニアが再建と住人整理の手間を惜しんだ、というのも理由の一つである。

 汚損された土壌と、そこに積み重なる途轍もない量の瓦礫、そこに潜む無数の不穏分子。過去の戦争で標的となるか流れ弾か、いずれにしろ戦火に巻き込まれ破壊され、そのまま復興するでもなく放置されている灰色の瓦礫の街。

 

 土地に愛着を持つイレヴンならばともかく、ブリタニアからしてみればそこは単に破壊され汚染された瓦礫の山に過ぎない。しかもそこには未だ反ブリタニア感情を持つイレヴンが、一人見たら三十人は居ると思えといった具合に蜚蠊の如く隠れ潜んでいる。このどうしようもない反政府活動の温床をまともな街に作り直すくらいなら、被害の少ない郊外に新しく街を作った方が遥かに手軽だ。

 つまりゲットーとはブリタニアには放置され、イレヴンには都市を再建する力などなく、ただただ悔恨と憤懣だけが停滞し、呪詛となって漂う街という事だ。

 

 ここには何の救いもない。この地に棲む者の選択肢は僅かに二つ。

 服従するか、戦うか。

前者を選んだ者は奴隷となり、後者を選んだ者は、地獄への片道切符を手にするだけ。

 そういう意味ではレオにとって、かつてフィオレと過ごしたストリートに近い雰囲気を感じる土地であった。

 

 

 

 

 

「俺は今親衛隊に籍を置いている」

 

 月夜に照らされた建物の残骸から旧市街を見下ろす。壁に大穴の開いた階層に立つセイトがそう呟くと、レオは一歩前に出て、セイトの横、崩れた壁の前に並んだ。

 ユリシアはここには居らず、二人とも擦れた灰色のローブで身を包み、フードを目深に被って顔と姿を隠している。

 

「そして、最近の任務内容は反ブリタニア組織への対応だ。統治軍の諜報部はイレヴンとの癒着が発覚したりして信用ならない。だからこうして、一時的に俺と数名の部下とで調査に当たっている」

 

「……言いたい事は分かった。要するに私に仕事をして欲しい、とそういう話なのか」

 

 セイトは、レオの()()を……彼の持つ技を知っている。あの劇場でやったように、そしてそれ以前から幾度となくそうして来たように、姿を隠し、標的を暗殺する事。暗殺者を返り討ちにする為に、自らも暗殺者(アサシン)の技能を使い熟す事。

 

「理解が早くて助かる」

 

 そう言って、セイトは一枚の写真をレオに手渡した。

拡大写真なのだろう。画質は悪いものの、その写真に写っている人物の端正な顔つきはしっかりと判別出来る。

 

「……タイガ・カグラザカ。旧日本軍将校の息子。現在はテロ組織に加わっていて、組織共々日本解放戦線への合流を図っているらしい」

 

「殺すのか」

 

「いや、情報が欲しい。気付かれないよう尾行し、可能なら連行して来てくれ」

 

 普通に考えて、現実味のない指令であった。

 このイレヴンの巣窟の真っ只中。殆どはただの民間人であろうが、いざとなれば件のテロ組織の方に加担する事は目に見えている。

 ブリタニア人の顔を見つければ、直接的な妨害までは行かなくともすぐにでも通報──この場合警察にではなく、テロ組織に警告を発するという意味だが──に走るだろう。捕まりでもした日にはどんな目に遭うか。

 その敵地の真っ只中で、決して存在を気取られずに標的を見つけ出して捕らえろ、というのだ。

 

「最悪、敵の拠点の位置を確認するだけでもとりあえずは構わない。現地協力員には期待出来ず、普通のエージェントが忍び込める場所じゃない。だから──」

 

「──私に仕事が回って来た。皆まで言わなくても良い」

 

 そう言ってレオは写真をローブの内に仕舞い、仕込み短剣を装備した左手を持ち上げた。

 

「他ならぬ友の頼みだ。喜んで引き受けるさ」

 

「……すまない。見付けたら発光信号で呼んでくれ」

 

 親指を立てて、レオは床の穴から下層階へと飛び降りる。ローブを風に靡かせて、闇の中に落ちる。不発弾でも落ちたのか、穴は幾つもの階層に渡って口を開いていた。レオは一階、また一階と着地しながら、下層を目指した。

 だが、最下層まで行く必要は無かった。被発見のリスクを負って人混みに紛れるよりも、少し高所から探りを入れた方が得策だ。何階分か降りたところで、レオは枠だけになった窓の穴から、大胆にも空中へと躍り出た。

 

 跳んだ先にあるのは壁面の片側だけを残して崩落した建物。レオは窓枠だったものに飛び付いて、それから壁面の凹みや穴を足掛かりとして、慎重に壁面を登って行った。

 壁の天辺まで登り切ったレオは、そのままその向こうにある煙突の上に飛び乗った。一帯は廃工場のようで、イレヴン達は既に操業停止して久しいそこを集落として再利用している様子だった。

 

“しかし、驚きました。我が主はこのような政治の手駒はお嫌いかと思っておりましたが”

 

(……言ったとおり、他ならぬ友の頼みだ)

 

“そうですか、なら御勝手に”

 

 腹立たしい物言いではあれど、この女の言いたい事は分からなくもない。

 こういう工作員じみた真似をするのはエリナ絡みか、フィオレ絡みだけだと決めていた。無論それとて政治的な意味合いを持ったものではあるのだが。

 

 とにかく、レオはギアスを発動して、眼下のイレヴン達の群を見下ろした。

 貧民街だけあって、ひどく粗末な格好をした人間が多い。何日も何週間も着続けているのだろうぼろぼろのシャツ、外套の代わりにボロ切れで身体を包む者。それこそレオが今着込んでいるローブも似たようなものだが。

 大きな集団は二つ。露天の飲食店に集い機嫌良く酔っ払った集団と、少し離れた所で話し込んでいる集団。ギアスの力で染め上げられた人の群。基本的には誰も彼も赤色に染まってはいるが、その中に一点だけ、他とは違う“赤”がある。

 

「奴だ」

 

“お見事。では行ってらっしゃいませ”

 

(文句があるならハッキリと言え。そうでないのなら黙れ)

 

 女は、黙った。

 

 ギアスの力は、本来フィオレの仇を探し出し、大切な人を守る為にと得た力だ。彼女の気持ちも分からなくはないのだが。

 屋根伝いに駆け抜けて、レオは炒め物の匂い漂う現在地から離れ、別の建物の屋上に渡った。そこは比較的被害が少なく、そして標的──タイガ・カグラザカの動向が良く見える場所であった。姿勢を低くして、群衆の様子を探る。

 

「──!──……!」

 

 集団の一人が何やら叫んでいる。ブリタニア語ではない、全く耳触りの異なる言語。恐らくはあれが日本語なのだろう。レオには全く意味が分からない。タイガはというとその男の言葉に頷くでもなく、さりとて他の者のように呼応して声を上げるでもなく、ただ黙然とその言葉に耳を傾けているようだった。

 かなりの人数が居る中だ。しかし幸いな事に、タイガ自身は集団の奥に入り込んでいる訳でもなく、寧ろ少しばかり外れた所に一人で立っているようだった。

 なら、やりようはある。レオは立ち上がって踵を返し、建物の外階段から地上へと降りた。

 

 降りた先は袋小路……建物の崩落により塞がれた路で、人の気配は無い。しかし、一歩路地の外に踏み出せば、そこはもうイレヴン犇く雑踏。レオは顔がしっかり隠れるように改めてフードを下げると、路地の出口へと足を踏み出した。

 表通りに出た途端、イレヴンとぶつかりそうになる。レオは一瞬だけ足を止めてそれをやり過ごし、肩と肩がほぼ触れ合うようなタイミングで通りに出た。

 レオの出現に、イレヴンの一部が反応し……そしてすぐに見失う。その相手がすぐ真横に居たにも関わらず、彼らは誰もレオを異物として認識していない。

 

 はるか昔。それこそまだフィオレが生きていて、自分もストリートで生きていた──もうそれ程の時を経たのだ、と自分でも驚く──頃。小さな子供に過ぎなかったレオは、他の人間のように腕力だけで生き延びる事は出来なかった。そこで生きる為には、単純な腕力とは違う、明確な自分だけの“力”が必要だった。

 そうして彼が会得したのが、“身を隠す技術”。単純な隠れんぼ(Hide-And-Seek)の技術に留まらない、寧ろ原初の人類が持っていた狩人の技術。優秀な潜入工作員や、何時間でも何日でも標的を待ち構える狙撃手も、同様の技術を会得していることがある。

 

 ひとつの考え方として、自分と世界との関係性、というものである。環境の中に身を置いた自身。世界の中の自分。場にはそれぞれその場を支配する気配、リズムとでもいうべきものがあり、それらの刻む波紋と自らが発する波紋とを、限りなく一致させる。

 一歩、ゆっくりと踏み出す毎に、息を深く吸う。吸った息が気管を通し、肺を通し、血流に乗って全身に行き渡る。そうやって外の世界を、場を吸い込む。

 逆に息を吐く。それは自分の中の世界を外の世界に差し出す事になる。世界と自分とを入れ替えて、それらを同一化させる。場に溶け込む。あるいは場と同化する。そうして周囲にセンスを一致させたレオは、傍から見ればひどく存在感が希薄に見える。これにより、常識はずれのスニーキングが実現する。

 

 人の流れの中に、レオは完全に溶け込んでいた。適当なところで流れから出ると、レオは気配を消したまま折れた電柱の陰に移り、立ち止まって標的の様子を探った。先ほどの演説は既に終わっていたが、議論がまだ続いているようで誰もその場を離れる様子が無い。タイガはやはり激論を交わす人々の中には混ざらず、同じように少し離れたところに居る二、三人の若い男達と話し込んでいた。ギアスで確かめると、タイガと同じ“赤”。恐らくは、彼の組織の人間だ。

 

 少し観察していると、彼らは集団から離れ、裏通りへと移動を始めた。レオは少し気配を乱すのを承知で通りを早足に横切り、彼らの消えた裏通りの入り口……その近くに停めてある車の陰に隠れた。

 彼らが角を曲がったのを確かめて、裏通りに踏み込む。梯子で屋根の上に登り、上からの尾行に切り替える。だが、少し進んだ所でレオは足を止めた。

 場と同化する、場そのものになる事は逆に、その気配を乱す異物の存在を鋭敏に感知できる事にも繋がる。レオはそれを感知した。姿勢を低くして、レオは進行方向を観察する。銃を持った見張りだった。

 

“どうやら、拠点が近いようですね”

 

(そのようだ。一人とは思わない方が良いな)

 

 ギアスで索敵。やはり、一帯の建物の屋上、或いは破壊されたタンクの上に見張りが立っている。

 幸い夜の闇により視界は悪い。加えて最初に見つけた見張りは屋根の縁に腰掛けていて、こちらには背を向けている。だからといって背後から接近しようとすれば、別の見張りに見つかりかねない。レオはギアスでタイガの行方に気を配りつつ、気配を消し、姿勢を低くし、遮蔽物を利用して屋上を通り抜けた。

 

 タイガ達は倉庫のような場所に近付いていた。入り口には見張りが二人。彼らはタイガらを視界に捉えると、日本式の敬礼で迎える。どうやら、ここは彼らの拠点のようだ。

 レオはタイガらを追いかけながら、倉庫の屋上へと移った。タイガ達もやはり倉庫の中へと入り、中に居た数人と話し込んでいる。半ば破損した天窓からそっと中を覗き込むと、コンテナや半壊したクレーン──いや、半壊したものを応急修理したものか──が無造作に転がされた中に、タイガと数人の若者の姿を見つける事が出来た。

 彼らはこじんまりとした机を囲んでいた。机の上には無数の武器。このエリア11と海を挟んで隣接する超大国 中華連邦製の自動小銃 紅龍(ホンロン)、それと数本の刀剣。考えてみれば当たり前だが、レオが今腰に佩いている物と極めて良く似ている。

 

 ある種の開き直りと共に、レオは天窓から中に侵入した。

 結局、ここに至るまで彼は独りにはならず、見張りに見つからず彼を確保する機会も無かった。

 敵の拠点を発見出来ただけでも構わない、とも言われているが、基本的にレオの標的はあの男だ。それも殺さずに連れ帰れ、と言う。

 敵集団の、敵拠点の真ん中に居る標的を確保しつつ撤退する事はそう容易い事ではない。いかんせん人数も多い上、ほぼ全員が武装している。一方のレオはといえば、腰に刀一振りと、ブリタニア軍制式拳銃──厳密には制式仕様ではなく、少しだけカスタムしている──があるだけ。

 

 だが、策もある。倉庫内は雑多に並ぶコンテナ群によって大きく二つに分断されているに等しい。

 即ち、入り口及びその周辺のスペースと、タイガらの居る正方形に区切られた空間。後者に関しては意図的にそのような配置にしたようで、二段重ねのコンテナを壁に見立てた擬似的な部屋が作り出されている。そして部屋と入り口とを結ぶのが、コンテナの壁で作られた細い通路。しかも上から見ると、途中でコンテナの中、或いは隙間を通らねば部屋には辿り着けないようになっている。巧妙に外部から隠匿された空間なのだ。

 

 地上から見れば見通しが非常に悪く、また音の通りも良くない。入り口周囲の僅かな空間と、広いとは言えない部屋を除いて遮蔽物が非常に多く、銃火器は効果を発揮し辛い。必然的に近接戦闘を強いられる状況。それならば、この刀も使いようがある。

 勿論、闇雲に突っ込んでどうにかなる、という意味では無い。撤退も視野に入れつつ、出来うる限り隙を探るべきだろう。レオはベルトに付けたボイスレコーダーをオンにして、注意深く梁の上に乗る。真下では彼らの会話が聞こえるが、レオに日本語は理解出来ない。

 

 やがて、彼らは一人、また一人と机を離れて行った。敵が一人減り、二人減り、やがてタイガの周囲には三人程しか居なくなる。レオは梁を伝ってコンテナの上に音も無く着地すると、入り口の方向へと移動した。入り口には元から居た敵が二人と、倉庫の外に二人。タイガの元を離れ何処かへ行こうとしている敵が六人、そして通路の入り口を固めている敵が一人。六人のグループが夜の闇に消えるのを待って、レオは懐から細いナイフを数本取り出した。

 投擲用に調整したそれで、まずは入り口周辺の敵二名に一本ずつナイフを放つ。風を切る微かな音と共に銀の刃が喉を抉り、苦悶の声と共に彼らは崩れ落ちる。何事かと通路から飛び出した敵に、レオは上空から飛び掛った。

 

「──っ!?」

 

 たったの一声すら上げさせない。突然の事に対応出来ぬ敵を地面に叩きつけて、レオは左腕の仕込み短剣で即座に敵を始末する。

 外に居る敵が中の異変に気付き駆け寄って来る。レオは暗闇の中を素早く駆け抜けて彼らの背後を取り、一人を仕込み短剣で仕留める。もう一人の敵が物音に気付き振り返るが、その視線の先にもうレオは居ない。その敵が首から血を流す仲間の姿を認識した時には、自らも肩口からナイフを突き刺され生命を落としていた。

 自ら仕掛けた秘匿が災いして、タイガ達は外の騒ぎに気付いた様子もない。レオは仕留めた敵の死骸を手早く物陰に引き摺って隠すと、クレーンを利用して再びコンテナの上に戻った。

 

 倉庫全体を俯瞰できる場所からギアスを使って索敵し、標的の位置と、標的の周りを固める者の数を確かめる。

 

 タイガを含め、敵は残り三人。先程外に出たグループが戻る前に片を付けねばならない。レオはコンテナの上を伝って部屋の上に出ると、先程通路の敵にそうしたように、上空からの奇襲を仕掛けた。

 仲間の突然の死、そして思わぬ敵の出現に、タイガは日本語で驚く。最後に残るもう一人の敵が腰の刀を抜いて、叫び声を上げながらレオに迫る。

 

 しかし敵の刃がレオを襲うよりも、レオの刀の方が早かった。敵を組み伏せた姿勢から一瞬の抜刀で、その敵の腕から鮮血が迸る。レオの身体で刀が隠れ、太刀筋が読めなかったのだ。レオは返した刀を振り上げて、それから一瞬で身を翻して再び斬り付けた。二度の手応え。レオの口角が歪む。

 甲高い悲鳴と共に敵は刀を手放して崩れ落ちた。タイガが何か──恐らくその敵の名前──を叫んで駆け寄るが、レオはその喉元に刀を突き付けた。

 

「ブリタニア語が解るか? 解るなら、一緒に来て貰おうか」

 

 そうレオは問い掛ける。意味は通じたようで、タイガは怒りに顔を歪ませながら、反射的に後ろへ、机の上の武器の方へと跳んだ。

 

「無駄だ」

 

 同じくごく僅かな足捌きだけで、レオはタイガとの距離を詰めた。喉元に向けた刀の向きを変え、タイガの左脚を斬る。安定を失ったまま机にぶつかり、苦悶の声と共にタイガは床に崩れ落ちた。机の上の武器が床に散らばり、折角手に取った銃もタイガの手から零れ落ちる。レオは床に落ちたその手を強く踏み付けた。

 

「もう一度言う。一緒に来い」

 

 一瞬、彼はレオを睨み付けた。だがやがて彼の視線はレオの背後に移り、それから床に落ちた。

 それきり、彼は抵抗をやめた。

 

 

 

 

 

 

 タイガの指示で全ての敵に投降指令が出されると、間も無くブリタニア軍の部隊が倉庫へと殺到した。

 タイガを彼らに引き渡したレオは、残党の連行を手伝うでもなく、さりとて租界へ戻るでもなく、倉庫内の部屋の中に立ち竦んでいた。

彼の目の前に、一人のイレヴンの死骸がある。最後にタイガのそばに残っていた敵。顔を見て初めて気付く。若い女だ。

 

 左手には指輪を嵌めているようだった。勿論高価なものではない。ゲットーの劣悪な環境下で大分痛み、傷付いた代物だ。タイガの指にも同じものが嵌っていた。それでレオにも、最後に彼が抵抗をやめた理由が理解出来た。

 

 惨たらしい死に様であった。致命傷となった喉の傷の他にも両眼が真っ直ぐに斬られ、血の涙を流している。喉の傷は致命傷ではあれど一瞬で生命を断てる程に深くは無く、この女は死に至るまでの時間を、腕と目と喉、三つの傷の激痛と暗闇、そして恐怖の中で過ごしたのだろう。

 

 接近戦を行ったのだから別段珍しい事でも無い。その遺体がレオの心に留まっているのは傷の具合では無く、その傷を付けた彼の太刀筋の事だ。

 慣れぬ東洋式の剣とは言え、自身の太刀筋を、その命中地点を定められぬほどレオの腕は悪くは無い。これは偶然ではなく、故意にそうしたのだ。

 

 両目を斬って光を奪い、それから死に至らせる。そういう殺し方を、レオが選んだのだ。

 

(……敵の視界を奪う事で、致命の一撃を与える隙を作り出す。別段剣士として不自然な選択ではありません。敵を確実に仕留めただけです。常にクリーンな試合を期待する程、甘い方ではないのでしょう? 貴方は)

 

 脳内に女が呼び掛けるが、今回はレオも答えない。

答えようがない。

 

「──へぇ」

 

 瞬間、レオは背後へ振り返る。刀の柄に手を掛けて、背後……いや、背後のコンテナの上へと顔を向けた。

 そこに、一人の人影があった。

 フードで顔を隠した人間。まるで先程までのレオのように。人影は僅かに露出した口元を歪ませ、ブリタニア語で言った。

 

「アンタのような人間でも、そういう感傷に浸る事はあるのか」

 

「何者だ」

 

 警戒しつつ、レオは部屋の出口へさり気なく足を向ける。

口振りからして、相手はこちらを知っている節がある。加えてあのブリタニア語は、それこそスザクと同じように、幼少期からその言語を使い続けたかのような流暢さがある。敵と断定するにはまだ早いだろうか。

 ……だが。

 

「セイトの手の者、というわけでも無さそうだが」

 

 人影が地上に降りた。レオは問い掛けを続けながら、相手を観察する。

 ひらり、と舞ったコートの内に、見慣れた西洋式の剣の柄──ただしそこから伸びる鞘の、そこから推測出来る剣身のサイズはかなり大きい──が覗いていた。

 さり気なくも確かな気品を持つ装飾が、その鞘に施されていた。大凡イレヴンには、それどころか下手なブリタニア貴族でさえ持ち得ぬ代物だ、とレオには分かった。が、一方でこの人物、この男からは絶え間なく敵意と殺気が向けられて来ている。

 

「安心しろよ。俺はアンタの……」

 

 ギアスで判定しようとした矢先、すっ、と男が左手を持ち上げる。レオは一瞬それに気を引かれた。明らかに人間のそれでは無い、赤く彩られた鋼鉄の腕だった。

 直後、その腕がレオの眼前にまで迫っていた。

 

「味方じゃない」

 

「ッ──!!」

 

 咄嗟に抜刀し、文字通りの鉄拳を受け止める。一瞬で地を蹴り、距離を詰めての打撃。フードの男は一度背後へ下がったかと思うと、再度その赤い拳をレオへと放った。一撃、二撃、と躱す。三撃目が来る、と判断し身を屈めたその瞬間、レオの額に男の膝が叩き込まれていた。

 

 大きくよろめいたレオに、更なる追撃が迫る。レオは一発目をまともに喰らったレオだが、痛みに耐えて次の一撃をくるりと身を翻して避けると、今度は刀をその鉄拳目掛けて振り上げた。

 鈍い金属音を立てて男の腕が上に弾かれる。男はさっと背後へ下がると、不敵に笑みを浮かべた。

 

「……その刀、ローガン辺りに与えられたか」

 

「まさか、義父上の知り合いだなどと言うまいな?」

 

「間違っちゃいない。ついでにもう一つ言えば、恐らくアンタも、俺を知ってる筈だ」

 

 男が呟きながら、コートの下に帯びた大剣に手を伸ばす。刀を構えて、レオは次なる攻撃に備える。だが予想に反して男は一歩も動かず、ただその身体を震わせた。

 次の瞬間、男のコートの裾から複数の円筒が落ちた。

 円筒が炸裂し黒煙が立ち上る。レオは即座に煙の中を横一文字に斬るが、男はその前に身軽にもコンテナの上へと飛び移っていた。

 

「貴様……!」

 

「積もる話もしたいがね、それはまた今度にしよう。ここでの仕事は達成させて貰った」

 

 深く被ったフードから勝ち誇った口元を覗かせながら、男は右の手を……生身の腕を高く掲げる。レオが見上げる前で男は舞台役者さながらの所作で指を鳴らした。甲高い破裂音が、不自然なまでに工場の闇に響き渡る。

 

 一瞬の静寂。直後、コンテナの壁が一斉に崩れた。そして部屋に乗り込んで来る、一つの巨体。

 

 幸いにして、崩落の下敷きになる事だけは避けられた。半ば転がるようにして崩落するコンテナから逃れると、レオは突然の乱入者へ視線を向け、そして言葉を失った。

 

 どこかずんぐりとした印象を与える白い人型の巨影……KMFだ。だがそれは見慣れたサザーランドやランスロットのような人型然としたシルエットからはかけ離れた、異形の機体であった。

 優雅さなど何処にも無く、殺戮者めいた威圧感のある風貌。その威容に圧倒されるレオの前で、男はその異形のKMFの背中へと飛び乗る。

 

 まずい、と直感し、レオは崩落したコンテナ群の中へ飛び込んだ。

 生身の人間が、しかも遮蔽物のない場所で、刀一本程度しか持たない人間がKMFに対抗するなど、どう足掻いても不可能だ。

 飛び込んだまま床を転がり、レオは床とコンテナとの隙間をすり抜けた。勿論敵の機体から逃れる為ではあったが、もう一つの目算もあった。

 元々コンテナの数が数だけに、崩落したコンテナ群は足場として使いやすい地形を作り出している。上手くすれば、敵のコックピットに至る道を作り出してくれたかも知れない。

 

 だが、レオがコンテナの陰から敵KMFを覗いた時には、あの男はレオを探すでもなく、機体を元来た方向へと後退させていた。

 

≪セイトとやらに伝えてくれ、貴様の獲物は、“ゼロ”が頂いたと≫

 

 機外スピーカーで、男はそう宣う。

 

「何……!?」

 

 レオは咄嗟にコンテナの上に飛び出した。だが敵はそれすら意に介さず、夜の闇へと姿を消してしまった。

 ──立ち去る直前に、確かにKMFの片腕で、馬鹿にしたように軽い挨拶を残しながら。

 

 全てが終わった、と分かると、レオは刀を収め、力なくコンテナの上を降りた。そのまま、あの白い機体が消えた大穴へと足を向ける。

 

 すでにブリタニア軍の回収部隊が固めていた入り口だ。なのに、あの男のKMFは迎撃も追撃もされた様子が無いまま一種で姿を現し、そして姿を消した。答えは分かっているつもりだったが、同時に信じがたい気持ちもあった。

 やがて倉庫から一歩踏み出して、レオは拳を握り締める事しか出来なかった。レオの目の前には、最早物言わぬ骸と化した回収部隊の面々が転々と転がっていた。

 ブリタニアの部隊だけではない。捕虜としたテロリストも例外なく殺されていた。勿論、タイガも。

 

 目を見開いて大の字に地に伏せるタイガの遺骸を前に、レオはふと気になるものがあって腰を下ろした。

 

 心臓をひと突きされている。ただそれだけ。人間の胸をその辺の刃物で刺せばこういう事になる。珍しいものでもない。

 そのはずが、レオはどうしてもその傷が気になって仕方がなかった。レオはその傷を気が済むまで観察した後、左腕の仕込み短剣へと目を移した。

 

 

 

 

 

 

≪──御苦労だった。榊原≫

 

 白いKMFのコックピットに、味方からの通信が届く。男……榊原はふん、と一声発すると、スラッシュハーケンを用いて機体を夜の闇に跳躍させた。

 

「収穫はあったよ、“ゼロ”。俺にとっても、お前にとっても」

 

≪それは何よりだ。では私は明日のニュースでも期待するとしよう。多分何も無いだろうがな≫

 

「この前教えたニュースサイト、見るならあっちにしとけ。そっちの方が面白い事書くと思うぞ」

 

 通信機越しに気障な笑い声だけが聞こえる。榊原も同じような笑みを返し、機体を急ターンさせて地面の大穴へ飛び込む。

 廃棄されて久しい地下鉄の路線を突き進みながら、榊原は片手で……仕込み短剣を付けた右手でフードを跳ねあげた。

 

「じゃあ、後は帰ってから説明する」

 

≪了解。また頼むよ、エリアス≫

 

 通信が終了すると、エリアスと呼ばれた男は遂に高笑いを始めた。

 これが笑わずにいられるか。漸くあの男に繋がる糸を掴み取ったのだ。しかも彼奴と来たら、まるで何も解っていないと見える。相変わらずおめでたい男としか言いようが無い。

 レーダーディスプレイに青の光点が表示されると、流石に笑いも少しだけ治った。味方の拠点に近付いていた。そろそろ向こうから暗号通信が届くはずだ。

 それでも興奮を抑えきれず、エリアスは最後に一言だけ呟いた。ちょっとした思いつきで、誰かさんの声色を真似て。

 

「……次に会うのが楽しみだよ。なあ、()()()?」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。