コードギアス 血刃のエルフォード   作:STASIS

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第六・五幕 黒の収穫者

 先の見えぬ、混沌とした時代であった。

 それはかつて日本と呼ばれたこの国で生きている人々にとってもそうだし、その日本を屈服させ、自らを征服者と規定する者どもとしてもそうだろう。

 

 七年前、日本は突如として、その主権を、名前を失った。エリア11……十一番目の属領という意味を持つ屈辱的な名を与えられた日本。しかし、戦争によって多くの国を同じように自国の勢力圏に収めた神聖ブリタニア帝国にとって、このエリア11の現状は予想外だっただろう。

 

 国を屈服させて七年。それだけの月日が経ってなお、この国の戦乱の火種は収まらない。むしろ戦火は各地に広がっている。あるいは散っている。

 頻発するテロ活動、終わらないゲリラ戦。進駐して来た部隊の殆どは、半年もしないうちに国へ帰れると信じていた。それが一年が過ぎ、二年が過ぎ、七年経ってなお、進駐軍は統治軍と名前だけを変え、実態は変わらないままにこの地を離れる事が出来ていない。多方面で戦争を続けるブリタニア軍には、既に制圧済みの旨みの薄い属領に駐留し続けるだけの兵員を入れ替える余裕は無い。

 精々、既にある程度の立場を持っていた者だけが国に帰り、兵卒の類は極東に取り残された。当時のルーキーは押しも押されもせぬベテランとなり、下手に現地情勢に触れ続け詳しくなったが為に、二度とエリア11から離して貰えない。

 

 国に帰れないブリタニア兵には気の毒だが、これが日本の底力だ。それまでブリタニアが傘下に収めて来た中堅国とは違う。世界有数の経済大国として国際社会に確固とした地位を築いていたこの強く、美しい国の意地だ。

 

 

 ……というのが、この地に巣食う、愚者の集いの謳い文句である。

 

 

 底力とは笑わせる。彼ら、抵抗活動の指導者を気取る無数の元軍人どもな目指すものは、戦前の、七年も昔の日本の姿。歴史の針を戻す者に、勝利など訪れる筈も無い。

 

 意地などとは笑わせる。その言葉に踊らされる者は、思い描く将来図すら持っていない。もはや妄想の中にしか存在しない在りし日の日本の姿を教えられ、現状からの逃避として起きたまま夢を見続ける。

 

 未来などありはしない。勝利などあり得ない。

 

 七年もの妄執の行き着く先は無残な死だけだ。

 

 

 

 

 

 夜の闇に沈んだ倉庫街で、小さな爆発が起こった。

倉庫の正面シャッターに軽く穴を開ける程度の爆発だったが、中に居た人間を混乱させるには充分なものだった。

 

「──く、黒の騎士団だぁぁ!!」

 

 スーツ姿のブリタニア人が悲鳴を上げ、そしてそのまま力なく倒れる。爆煙の中から飛び出して来た背の高い黒衣の人影が、男の命を奪った大剣を左手一本で振るってみせる。

 その剣の姿こそ、異形であった。戦端が鉤爪のように湾曲した、まるで鎌のような形。鎌状の(フォルケイト)剣。黒衣と合わせて、その人影は死神すら連想させた。

 

『“イーライ”、行け!!』

 

 背後から機械を通した声がする。声に応え、イーライと呼ばれた黒衣の男は、鎌の如き剣を構えて猛進する。

 イーライ。これが彼のコードネームだ。フードの下にはつい数日前、貧民街にてレオハルト・フォン・エルフォードを出し抜いき、神楽坂大我を葬った暗殺者──榊原エリアスの顔がある。

 慌てふためく背広を一人、また一人と斬る。銃で応戦しようとする者も居たが、それらの銃弾がエリアスの身体を貫く事はない。

 

「跳んだ!?」

 

 そう、敵の一人が叫ぶ。その時エリアスは空中にあった。まさに彼の言葉通り、己の脚力だけで、天井近くまで舞い上がったのだ。

 そのまま重力に任せて敵集団の只中へと落下。エリアスの大鎌剣(フォルケイトブレード)が敵の頭頂を襲い、人体をまるで薪のように叩き割る。

 一瞬、敵が怯む。その間に敵の死体に突き刺さった大剣から手を離し、エリアスは空になった左の手を伸ばした。赤色に染まった拳が、手近な敵の頭を掴んだ。

 

「な──」

 

 何が起きたのか把握する事も出来ぬまま、その敵は頭を潰された。赤い指の隙間からより赤い鮮血が迸り、その光景を目の当たりした者は反撃を忘れ恐怖に震える。

 まさにその隙をついて、というタイミングで、エリアスが現れたシャッターの穴から同じような黒衣の集団が現れた。総勢十数名ほど。それぞれが黒衣の下から武器を──銃を持つ者も居れば、刀を抜いた者も居た──取り出し、一見ばらばらな、しかし俯瞰して見れば高度に連携した動きで敵へ襲い掛かる。

 

 銃こそ持っていても、敵対者達には彼ら程の覇気は無かった。最早完全に恐れをなした彼らは、まるで蜘蛛の子を散らすように、エリアスら黒衣の集団から逃げ惑う。

 そして、なおも歯向かう者にはエリアスが立ち塞がった。フォルケイトを振るい敵の胴を寸断し、千切れた上半身を赤い手で掴み取って、敵へと投げ付ける。一人、また一人と最期を迎える毎に逃げ出す敵の数が倍増し、最後に残った敵は、エリアスの爪で喉を貫かれた。

 敵の返り血を浴びて、エリアスの黒衣は赤く染まっていた。敵の死体から剣を引き抜くと、剣身に纏わり付いた血と肉を振り払う。

 

「片付いたな……。ゼロ、今のうちに」

 

『ああ。わかった』

 

 反撃の音が止み静まり返った倉庫を見渡して、エリアスは背後へと呼び掛けた。すると機械を通した声が呼び掛けに応え、一際背の高い……エリアスと並ぶほど……男が赤い髪の少女を従えて倉庫内に踏み込む。

 黒いマント、黒い手袋、黒い靴、そして黒い仮面。黒衣の集団を率いるのは、闇をそのまま映し出したような人物だった。

 

『では、手筈通り焼き払うとしよう』

 

 

 

 

 

 

 榊原エリアスという少年が産まれた頃は、まだエリア11は日本という国家として存在していたし、ブリタニアとの関係性もまだ険悪というほどのものでは無かった。

 皇歴2000年、世紀末の年。ちょうど多国籍海底調査隊が海底深くにて形を保ったままの遺跡を発見し、日本、ブリタニア双方の世間を賑わせていた頃である。

 日本国内でもブリタニアという国家の姿勢そのものを問題視する声はあれど、大多数の日本人にとって、はるか海を隔てた向こう側に存在する国の話など他人事に過ぎず、またブリタニアも今ほど強固な国家でも無かった。そんな時代の筋目に、彼はその二国の血を受け継いで産まれ落ちたのだ。

 

 榊原とは、母の旧姓だ。今で言うキョウト六家にも近い、由緒正しき家の令嬢として生まれ育ったらしい。そして父親はブリタニアの貴族。何をどう罷り間違ってそう言う関係性が生まれたのかは最早知りようが無いが、結果だけを述べれば、母はそのブリタニア貴族と共にブリタニアに渡り、そしてエリアスを産んだ。

 

 皇帝の女性遍歴からして半ば察せられる感があるが、そのブリタニア貴族もまた、妾を娶っていた。たった数人。ブリタニア貴族にしては非常に少なく、相対的に真摯だ、誠実だ、無欲だと評する事も出来た。エリアスの母もその一人だったようで、10歳になる頃までは、エリアスも妾の子や本妻の子ら異母兄弟と共に、その貴族の子として何事も無く過ごしていた。

 その間、母が日本を帰る事はなく、エリアスも日本の土を踏む事は無かった。

 

 彼が産まれてから十年経って、日本という国は無くなった。その辺りで、彼の生活は一変した。

 母の立場は日増しに悪くなって行く。そして自分に向けられる目も、段々と変わって行く。

 やがてある時、エリアスは母と共に見知らぬ場所へと連れて行かれ……それ以来、生まれ育ったあの屋敷へと足を踏み入れる事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 殺風景な部屋の天井と壁面に、何枚かの鏡が設置されている。姿見じみたサイズのそれら一枚一枚に映るのは、肌色と鋼色が入り混じった、金髪の怪物の姿だった。

 金属の手術台、あるいは座椅子のような機械に固定されたまま、エリアスは右手で……生身の右手で機械のスイッチを入れた。

赤い金属で出来た人工の左腕が、エリアスの頭上をマニピュレータで運ばれてゆく。先の倉庫群での戦闘で汚れたそれを、専用設備で洗浄する為だ。

 腕の洗浄が済むまでの間、エリアスはただ黙って、機械の上で横たわる以外する事がなかった。この際シャワーでも浴びて身体を洗いたいところではあったが、最早自力でシャワー室に赴く事も出来ない。

 彼には脚が無いからだ。付け根からすっぽり存在しなくなった両脚もまた、洗浄中のあの赤い義手と同様に身体から切り離され、専用機械でメンテナンスが行われている。

 

 痛みが続いている。喪われた腕と脚。人工義肢とのコネクションを解除している間は、ずっとこの痛みに耐えねばならない。

 勿論、もう慣れた。何せ七年近く、この幻肢痛と付き合って来ているのだから。

 エリアスの四肢……いや正確に言えば三肢……は、機械で置き換えられている。あの日屋敷を出て、母から引き離されて連れて行かれた先で、エリアスの身体は好き勝手に弄り回された。

 

 有り体に言って、実験台として。

 

 サイボーグ、バイオニクス、サイバネティクス、表現のしようは色々とある。当時辛うじて医療用として実用化されつつあったその技術を軍事転用しよう、という目的だったのだろう、と今のエリアスは推測する。でなければ、どうして内部に刃物を仕込んだ腕だの、銃器を仕込んだ腕だのを取り付けようとするものか。

 片腕に機能を仕込み、それを問題無く動作させる為の身体の強化。その程度で済んだエリアスは寧ろ幸運だったと言って良い。その場に居たほかの被験体の中には、全身をくまなく改造されて命を落とした者もかなり居たようだ。

 ……結局、その実験が報われる事は無かった。ある時を境に彼らは実験体の廃棄を始め、辛うじて生き残ったのはエリアスただ一人だけとなっていた。

 同じ被験体の仲間が日毎に廃棄されて行き、遂に廃棄されそうになったエリアスを救い出したのは、他ならぬ母であった。

 そしてエリアスは母と共に日本に逃れ、それから数年後、母はわざわざ追って来た父の手で殺された。エリアスの目の前で。

 

「榊原先輩! 榊原先輩いらっしゃいますか!?」

 

 扉の向こうで、自分を呼ぶ声がする。鳴り響くモーター音の中でくぐもった声を聞き取ると、エリアスは一度機械を止めた。

 

「居るが、なんか用か?」

 

「“ゼロ”が探してましたよ。報告の続きを聞きたいとか何とかで……」

 

「別に忘れちゃ居ねえよ。時間には間に合わせるって言っとけ、今手足のメンテ中なんだ」

 

「了解です!」

 

 ゼロ。

 それは、最近になって台頭を始めた人物。

漆黒の衣に身を包み、影の太陽を描いた仮面で顔を隠した一人のカリスマ。

 旧日本軍人ではない、謎の人物。でありながら、急速にイレヴンからの支持を集め始めたダークヒーロー。

 前総督クロヴィスを、殺した男。

 その名は、ゼロ。今、世間はこの男に俄然注目している。

 

 ゼロについて分かる事はあまりに少ない。この属領に潜む数多の不穏分子たちと同じように、“黒の騎士団”を名乗るレジスタンスグループ──勿論これは被支配者たる日本人側の呼び方でしかなく、体制側たるブリタニアに言わせればテログループでしか無いが──を率いる存在でありながら、その中で一際異彩を放つ男。

 強者が弱者を虐げる事は、断じて許さない。例えそれが誰であろうとも。

 ゼロという男の特異性は、まさにこの主張に起因している。

 相手がブリタニアであろうと、逆に自分達と同じように反ブリタニアを掲げるテロリストであろうと、武力を持たぬ民間人を犠牲にする行為を許さない。

 

 そして実際に、黒の騎士団はそれを実行した。

 

 ある時は、無差別に日本人の街を破壊するブリタニア軍に対し敢然と立ち向かい、一時はこれを壊滅寸前にまで追い込んだ。

 

 またある時は、純血派の権力掌握の一手として前総督クロヴィスの殺害実行犯に仕立て上げられた容疑者を命懸けで守り抜いた。

 

 そしてある時は、エリア11における反ブリタニア組織の最大派閥 日本解放戦線に属するテロリストによって人質とされたブリタニアの民間人を、同じテロリストの立場にありながら鮮やかに救出してのけた。

 

 黒の騎士団が標的とするのは、ブリタニアとは限らない。

ブリタニアであろうと、日本人であろうと、弱者を虐げる者は例外なく黒の騎士団の裁きを受ける。

 

 要するに、黒の騎士団の敵は「横暴な強者」なのだ。だからこそ、今彼はエリア11で熱い視線を浴びている。特にブリタニアの支配を否定しつつもテロという手段には賛成出来ない、所謂“沈黙を続ける穏健派”の日本人には恐ろしく受けが良い。

 言うなれば、黒の騎士団とは義賊──いや、ここは敢えてこう表現すべきだろう。彼らは“正義の味方”なのだ。

 強大なブリタニアに決して屈せず、それでいて無関係な人々の犠牲は出さずに、エリア11に済む日本人の為に戦い続ける者達。日本人にとっては、まさに降って湧いたような英雄の登場であった。人々の熱狂は彼ら黒の騎士団に向けられ、賞賛の声はその先頭に立つ者、即ちゼロへと浴びせられる。

 

 仮面の男、ゼロの正体……その黒の仮面の下の素顔を知る者は極めて少ない。仲間にすら素顔を明かさないミステリアスな男。

 ゼロというのは、そういう過剰なまでのヒーロー性を備えた男なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、リフレイン絡みの一件はこれで片付いた、と見て良いのかな」

 

 三十分程過ぎて。

 エリアスは彼らが移動司令室とする大型トレーラーに設けられた一室に居た。既に両脚も左腕も揃っており、完全なヒトガタとして部屋の真ん中で姿勢を正していた。

 肉体と機械は一つのユニットとして完全に統合され、欠損感覚と肉体の痛みはもう感じない。

 彼の目の前には、特徴的な仮面を被ったまま机に向かう、ゼロの特徴的な姿があった。

 

『ああ。現時点では、あれが最後の集積所だろう』

 

 リフレインとは、所謂麻薬の一種だ。

 幻覚系の作用が発生する薬品。端的に述べれば、昔に帰ったような気分になれる、といった効果があるらしい。

 まあ間違いなく、日本人を狙い撃ちにした()()だ。自ら動く気力も無く、さりとてブリタニアの支配も嫌う多くの日本人が、この薬で逃避を図る。度重なる服用でその身体をボロボロにしながら、精神だけは幸せなままでいたがる。

 この数週間ほど、黒の騎士団はその撲滅に動いていた。

 人気取り、といえばそれまでだし、実際それで正しい。

 ゼロの目的は、ブリタニアに対抗できる“軍隊”を作り上げること。子供じみた嫌がらせの域を出ないレジスタンスグループではない、ブリタニアの対抗勢力をこの地に築き、ブリタニアを倒すこと。

 ここで言う「倒す」とはブリタニアを日本から追い出す事だけを意味するのではない。文字通り、ブリタニアという国を打倒する事だ。

 

『──で、エリアス、本題に入るが神楽坂の一件、まだ報告が途中だったような覚えがあるのだが』

 

「そうだったか? そいつは失礼、で、どこまで済ませたんだったか?」

 

 部屋の隅から椅子を引っ張って、エリアスはその椅子に腰掛けた。

 傍から見て、違和感しか感じない光景である。相手はグループの指導者、指揮官だ。その彼に対する態度として、一見これは不適切な極まりない。しかしそれが許される背景には、二人の持つ奇妙な関係性があった。

 

『神楽坂と彼のグループを暗殺し、回収部隊もほぼ殲滅に成功した、とだけ聞いた。それはお前の言葉で言えば、私にとっての“収穫”だ。では、お前が得た“収穫”とは何だ?』

 

「……会いたい奴に、やっと会えたってところさ。お前にとってのクロヴィスか、或いはコーネリアのような相手にさ」

 

 ゼロの仮面が僅かに震える。内の表情こそ読めないが、どういう反応をしているのかはエリアスにも察する事ができる。

 

『一族、か』

 

「そうだ。血の繋がった、な」

 

 エリアスは険しい表情で言った。

 

 ゼロにはある目的がある。団員とは共有できない、彼だけが持つ目的が。

 突き詰めればこのグループも、日本も、彼にとってはその目的を果たす為の手段に過ぎない。

 エリアスにも、また目的がある。同じく他人とは共有しない、心に秘めた目的が。

 

 ゼロとエリアス。この似通った二人は、別にお互いの事を伝え合った訳でも無い。エリアスはゼロの正体も過去も知らないし、向こうもまた同じだ。

 ただ、通ずるものはある。殆ど本能でそう察したエリアスは、黒の騎士団に入って以来こうしてゼロと込み入った話をする事が多くなり、結果として他の団員よりお互いを知った関係になっている。

 

『お互い、もう引き返せないな』

 

「元々、そのつもりも無いだろう?」

 

 その言葉を最後に、二人は顔を見合わせたまま暫し沈黙する。

ゼロの表情は見えない。だが纏った雰囲気は、湧き出る感情は、仮面では隠せない。

 一方で、エリアスは表面上の平静を保っていた。ゼロと同じか、或いはそれを上回る程の激情を心の中で掻き立てながら、静かにゼロの仮面を見つめる。

 突然の音に、このある種緊張した空気が一気に乱れ搔き消えた。ドアをノックする音に、何だ、とゼロが応えた。

 

「キョウトからの支援物資が届きました。確認の為格納庫までお願いします」

 

 ほぼ同時に、二人は立ち上がった。

 

『了解した。今行く』

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼らが格納庫と呼ぶ空間には、何騎もの黒いKMFが立ち並んでいた。

 

「すっげ〜! これってグラスゴーだろ!?」

 

「無頼。日本が改造した奴だって」

 

 第四世代型KMF 無頼。ブリタニア軍側の登録ナンバーはType-10R。かつてのブリタニア軍主力機にして、日本制圧の際に日本の土地を蹂躙した機種 RPI-11グラスゴーのレジスタンス仕様である。

 無頼も含め、エリア11内の反政府組織の武器装備の供給といった支援は、全てキョウトと呼ばれる秘密結社が行なっている。

 キョウトという単語には、単なる地名以外に戦前から、そして戦後の今に至るまで、この地で隠然たる力を保持し続ける組織、という意味合いがいつからか付け加えられていた。現代において彼らはNACなる組織を隠れ蓑とし、各地のレジスタンスに水面下での支援を行っている。

 

 ……そもそも何故、この地において反政府活動が活発なのか。それはかつて日本がブリタニアに降伏した際、多くの戦力を保持したままであったからでもあった。

 時の首相 枢木ゲンブの自決により決定した降伏だったが、この時点において日本の領土には多くのブリタニア軍が攻め入って来てはいたが、戦力そのものはまだ多く残されていたのだ。

 

 力を余したまま、屈服する。

 これと、国中を焦土に変えた果てに降伏するのとでは訳が違う。牙を抜かず、誇りと気概を失わない負け方を、当時の日本は選んだのだ。

 いずれ来る回天の時に備え、時を待ちつつ力を蓄え、機に乗じてブリタニアという侵略者を海の向こうへ叩き返す。

 

 ……どういう判断基準でそのような手段が講じられたのか、それはエリアスにも、ゼロにも知りようがない。

 ただ、日本国民に一度屈辱を味わわせ、次こそは必ず、という気概を多くの人々に持たせる、という部分は現状成功していると言って良い。

 実際、黒の騎士団にも、入団希望者が続々と参入しているのだ。

 

『……玉城はともかく、井上達まで浮かれ気分か』

 

 無頼の群れから少し離れる形で、無頼とは異なるKMFが二騎鎮座している。ゼロはその片方、赤いKMFの傍に立つ少女に、そう声を掛けた。

 紅月カレン。エリアスのように日本人の母とブリタニア人の父を持つハーフ。そして自らは日本人であると自ら定義付けて、反ブリタニア活動に身を投じる少女。

 

『キョウトは、複数のレジスタンスを支援しているそうだな』

 

「はい、その中にやっと私達も入れてもらえて……」

 

『違うな。間違っているぞ。これはただの試験に過ぎない』

 

 二人の会話の横を擦り抜けて、エリアスはもう一機の白いKMFの方へと歩いた。義足の発するモーター音は特徴的で、騎士団員の近くを通れば誰もがその音の正体を察する。カレンもちらり、とエリアスの方へ視線を向け、エリアスはその視線を無視した。

 

 Type-01-3C。通称白夜。エリアスはその白いKMFの前に立った。

 中華連邦 インド軍区内に存在する精鋭チーム謹製のKMF。グラスゴーやサザーランドとは明らかに異なる、刺々しさ、人によっては禍々しさと形容する威容の異形。あの倉庫群での一件でも持ち出した、エリアスの専用機だ。

 

 正式名称紅蓮壱式。ただしこの機体はその内の三号機を日本製部品によりカスタム化した特別機であり、機体のカラーリングもオリジナルの炎のような赤ではなく、死人のような白を基調としたモノトーンだ。

 

 紅蓮壱式改、或いは三号機ということで紅蓮壱式丙改とでも言った立ち位置のこの機体は、キョウトの意向により“白夜”と名付けられた。

 エリアスの個人的感情で言えば、キョウトの意向で付けられた名前をそのまま使うのは少し気に食わない。が、そもそも現地改修機なのだから開発者の方で何か付けてくれる訳でも無し、と言って、紅蓮壱式丙改では長い上、この黒の騎士団には“紅蓮”がもう一機居る。

 

「エリアス、ゼロは何処……」

 

 ふと、エリアスは背後から声をかけられた。扇要。黒の騎士団の直接の母体となったレジスタンス 扇グループの中枢メンバーであり、今現在はゼロの補佐を担当している。

 基本的にゼロは他人に素顔を見せない。そんな男を、齎した結果だけで信用しろ、というのにも無理がある。故に黒の騎士団内では、「扇がゼロを信用しその言葉を部下達に伝える。部下達は扇を信用し付き従う」と言ったような図式も旧扇グループの古株を中心に成立しつつあった。無論、それ抜きでゼロを信じる人間も相当に多いのだが……。

 

「ああ、すぐそこに居たな。何か話し込んでるけど」

 

「そう込み入った話でも無さそうだぞ、新入りが来て浮かれるなよ、とかそんなの。あと……」

 

 エリアスはそこで、ゼロとカレンの側に立つ赤い機体に目を向けた。

 

「紅蓮のパイロットの件の通達もしたいんだろ」

 

 Type-02 紅蓮弐式。紅蓮壱式の系列機にして、ある種全く異なる機体。

 形式上紅蓮シリーズに名を連ね、設計も紅蓮壱式のものを参考にしてはいるものの、本機紅蓮弐式はキョウトの保有する秘密工場において、完全な日本製KMFとして建造されたものだ。

 無頼、白夜を経て確立したKMF製造技術の結晶だ。外装こそ紅蓮壱式に酷似しているがその実細かな設計変更が行われ、内部部品に関してはほぼ別物に等しいと言う。

 キョウト内でも、そしてこれを受領した黒の騎士団においても、言葉のイメージ通り赤いこちらを“紅蓮”と呼称する向きが強い。

 

 会話が途切れたのを見計らって、扇はゼロに歩み寄った。それを見届けて、エリアスは白夜の脚部フレームに触れる。

 キョウトの主要メンバーは戦前から力を持ち続けた人物であり、彼らはその力を得る過程で相応のコネクションを政界、軍部に持っていた。現代の反ブリタニア活動が殆ど旧日本軍主導で行われている現状を鑑みれば、それらと全く縁がない黒の騎士団にも武器兵器を、それも纏まった数を揃えて供給するなど普通では考えられない。

 試されている、とゼロは判断していた。しかし、エリアスの見解は異なる。

 これは、あの“老師殿”の差し金なのだ。

 

 

 母の手で救い出されたエリアスは、齢12歳にしてようやく日本の土を踏んだ。

 ……いや、実際のところ()()()は居ない。踏むべき脚はその時点で無く、車椅子から動く事も出来なかった。

だが命からがら辿り着いた祖国で、母は一族から拒絶された。憎きブリタニアに身体を売った売女として。

 

 全てを失った母は、それでもエリアスを守り続けてくれた。蔑視に耐え、迫害に耐え、それでも、と。

 そうしてエリアスを女手ひとつで守り続けて数年。限界を迎えつつあった母は、父の手で殺された。何がそこまで気に食わなかったのか、遥々極東の地にまで足を運んで来た父の剣が母の首を刎ね飛ばす瞬間を、エリアスはこの目ではっきりと見た。

 

 ……あの男は、エリアスを殺す事は無かった。腕一本しか無い子供など放っておいても死ぬ、と判断したのか、そもそも眼中に無かったのか、母の首を抱いて泣き喚くエリアスを一瞥すらしなかった。

 

 そんな頃になって、ひとりの老人がエリアスに接触して来た。老人は母の一族の長にしてその父親、つまりエリアスの祖父である、と名乗った。

 ……そう、今の今まで何の手助けもして来なかった癖に、全てが手遅れになったその時になって、ようやく母の一族は救いの手を差し伸べて来たのだ。

 それ以来、かの老師殿はエリアスへの支援を続けている。サイバネティクス義肢の専門家を呼び寄せて新たな義肢を寄越したり、エリアスが反ブリタニアの意思を見せたと思えば、何処ぞのレジスタンスに加入出来るよう手配して見せたり。

 

「お前の母には、すまないことをした」

 

 だが、さも申し訳無さそうにそう宣うあの老人を、エリアスは決して許さない。

 

 何を馬鹿な。俺を汚物と断言し、母を売女と罵ったのは、他ならぬ貴様ではないか。

 それが事此処にに至って、態度をひっくり返すとはどういう理屈だ。

 かの老師が、「一族の長としてそうせざるを得なかった」などと嘯く事もあった。

 

 笑わせるな。そうであるなら何故今まで放置し続けた。今こうしてNACの皮を被ってブリタニアへの面従腹背を続けられる程に芝居が出来るのなら、密かに母を支援する事くらい出来ただろうに。

 母の墓の前で、そうした自己弁護を垂れ流すこの老人の姿は、とても我慢出来るものでは無かった。しかもその墓でさえ、一族の墓では無い。口であれこれと言いながら、未だ母を一族の中で受け入れようとしてすら居ないのだ。

 彼奴等が欲しいのは、日本解放なる夢を果たす為の手駒に過ぎない。結局この老師は、この一族は、何らエリアスらに対し負い目など感じていない。亡き母への謝罪も言葉だけの物、エリアスへの支援もその実手駒として取り込むための算段。

 そんな欺瞞に満ちた施しを受けるのは、エリアスにとって苦痛以外の何者でも無い。白夜の名前を嫌うのはこれが理由だ。

 だが一方で、その支援が無ければエリアスは永遠に目的を果たせないのは事実だ。

 

 エリアスの目的──父を殺し復讐を果たす為には何より力が要る。最早義肢が無ければ自ら動く事すらままならぬ身、老師の支援が無ければ何も出来ない。かと言って、彼奴の支援を受けるということは取りも直さずその意向に従う事でもあり、そしてそれは、日本解放の為と宣う手駒と成り果てる事を意味する。

 母を拒絶し、自らを拒否した日本に仕える意味などエリアスは見出さない。しかし、そうしなければ最早どうにもならない。

 

 そんな時、エリアスは一人の魔女と再会し──そして、ゼロと出会った。

 

 

 

 

 

 

 日が沈み、闇が迫る。そういう時間こそ、エリアスの得意分野である。

 ──と、例えばキョウトの老師殿に言えば、まず先方は潜入工作や隠密展開、要するに隠れ潜む方向性での才覚を期待して来る。しかし、逆にエリアスは密かに隠れ潜む事を得意としない。

 何せ、人工義肢の駆動音が隠せない、という理由がある。それ以外にも性格的にこのような戦術は取りたくない、という理由もある。

 潜入工作を例に取れば、これは如何に自己の痕跡を残さず、発見されずに任務を遂行するかに重点を置く任務だ。軽率に動く事は許されず、熟考し、慎重に事を進める。その場合、まずこちら側は先手を取れない。(いや、その手のプロフェッショナルならそうでも無いのかもしれないが、エリアスにその技術があるとは言い難い)。

 受け手に回る事をエリアスは好まない。同じ隠れ潜むのであれば、エリアスは暗殺や奇襲攻撃等の戦術を採りたい。隠密は敵陣近くで止め、電撃的に事を進める戦術。そしてそういうある種力押しが有効な局面においては、この人工義肢は無類の力を発揮する。

 

≪──開演だ≫

 

 ゼロの言葉を合図に、エリアスは誰よりも速く、隠れ場所としていた茂みから飛び出した。

 人工義肢のパワーは生身の肉体の生み出す力を凌駕する。それこそ、生身のままの身体の方が耐えられないようなパワーでさえも。

 エリアスはそのリスクをもクリアしている。人工義肢のプロフェッショナル……紅蓮シリーズの開発者でもある……謹製の特製義肢に、かつてブリタニアで受けた身体強化。これを合わせた事でエリアスは茂みから、今回の標的である基地の正面ゲートまでの距離を瞬く間に跳躍していた。

 

 まさに示し合わせたタイミングで、正面ゲートが炎を上げて崩れ落ちる。エリアスを見咎めた歩哨は、続いて起こった背後の爆炎に気を取られて、エリアスの初撃を回避出来なかった。

 二人の歩哨の内、片方を義手の打撃で叩き潰し、もう片方には生身の右手を押し当てる。仕掛けを作動させて袖に仕込んだ仕込み短剣を起動させ、その喉を刺し貫く。

 

「おっしゃぁ!! 突き破れぇ!!」

 

 同じ黒の騎士団のメンバーがそう叫びながらエリアスの後を追って現れる。玉城と言う名のその男が仲間とともにエリアスの背後から短機関銃で援護射撃を放ち、エリアスはその弾丸の波に乗るような形でゲート内に踏み込んだ。

 

「貴様──!?」

 

 黒煙を突き抜けて、即座に生身の右手で拳銃を抜く。正確に照準……とはいかないまでも、目に付いた敵をポイントして、トリガーを引く。横倒しにした拳銃からフルオートで弾丸の嵐が飛び出し、爆発に駆け寄って来ていた不幸な警備兵たちを襲う。銃は連射の反動で強烈に跳ね上がり、正面の敵兵をそれで薙ぎ払う。

 掃射を終えたエリアスは建物の陰へと移動し、生身の右手で(マシンピストル)をリロードする。その間にも黒の騎士団員は基地内に雪崩れ込んでおり、最早警備兵では押し止められていない。

 

 規模に反して、今夜の標的であるこの基地の防衛戦力は妙に薄い。租界の端の方とは言え、コーネリア親衛隊の本隊が駐留するほどの重要な拠点であるにも関わらず、である。

 その理由は明白で、この作戦はコーネリアが出払っている隙を突いて行われたものだからだ。

 

 現在、コーネリアはエリア11統治軍の人事刷新を推し進めている。それはつまり、コーネリアにとって統治軍が今一つ信用ならない事を意味する。

 今夜、コーネリアは大日本蒼天党を名乗るテロ組織の殲滅作戦に当たっている。軍管区の司令官に任せるのではなく、自分で動くしかない、と言うことがコーネリアの置かれた状況を物語っている。

 

 そしてコーネリアが動くと言うことは、当然彼女の親衛隊が動くと言う事である。政庁配備の部隊と、外縁基地に分散配備する部隊が一斉に動く。この基地もその外縁基地の一つで、現在この基地の駐留戦力は極めて少ない。だからこそ、このようなKMF無しでの奇襲が成立している。

 

 一方で、この状態が長く続く事もあり得ない。警報はすぐにでも近隣の基地に伝わり、統治軍がサザーランドの大群を差し向けて来るのは時間の問題だ。この基地を攻め落としたければ、相応の戦力で押し切るしかない。

 だが、今回黒の騎士団は少数だ。大軍のように見せかけて撹乱する、といった真似こそしているが、本質的には少数の歩兵部隊でしかない。

 理由は単純。これはただの陽動だからだ。

 

 基地の照明が落ちた。味方の工作が功を奏したのだ。サーチライトの類も消灯し、一時的に敵は黒の騎士団の姿を見失う。

 更に味方の煙幕が展開されるのを確認して、エリアスは左手で剣を抜いた。先端部が変形し、あの鎌の如きシルエットが現れる。

 この特徴的な剣フォルケイトは、母がブリタニアの家から持ち出したものだ。変形前ならば普通にロングソードとして運用出来るそれは、人工義肢ならば片手でも扱える。

 

 煙幕を利用して、エリアスは遮蔽物から飛び出した。跳躍を織り交ぜて移動し、警備兵を一人、また一人と斬る。ブリタニア歩兵部隊の制式アーマーには赤外線式熱探知(サーマル)ゴーグルが装備されているが、発煙手榴弾の放つ煙幕はその赤外線を防いでくれる。

 後は、人工義肢のパワーに物を言わせて、敵の予測を裏切る動きで敵を斬り伏せるだけだ。味方の騎士団員もそれを承知で、基地の電源が落ちた後は煙幕の支援だけを行なっている。

 

 ブリタニア軍警備兵にしてみれば恐怖だった。敵の剣が味方を斬り殺し、闇の中に消える。消えた位置を掃射しても誰もいない──と思った時には、今度は別の味方が、或いは自分の首が胴体と分かたれている。それこそ戦姫コーネリアでもなければそうそう見ないような強敵が、今こうして自分達を襲っている。

 敵の指揮官が遂に退却し始め、敵部隊が混乱したところで、エリアスは一気に敵陣を駆け抜けた。そのまま施設内に突入し、人工義肢のパワーに物を言わせて暗い通路を突き進む。

 目的地は、基地最深部。地下シェルター。

 そこに、今回の作戦の標的が居る。

 

 

 

 

 

 

 破壊した高速(ターボ)リフト・カーゴから出たエリアスは、地上の戦闘に反し何の音もしない地下の闇の中へと足を踏み出した。

基地が襲撃を受けた際、重要人物が逃げ込む為の緊急避難シェルターがそのフロアにはある。

 基地司令官が使う物なのか、と思うが、そもそもそういう事態に陥った場合、基地の戦力はまず基地の防衛、襲撃者の撃退を試みる。その場合彼らの指揮を執る人物が必要であり、司令官が真っ先にここに転がり込んでいては話にならない。

 故に、このシェルターを使える人物というのはかなり限られている。非戦闘員、かつ失うことの許されない重要人物。

 そして今夜、この基地には、辛うじてそのカテゴリーに数えられなくも無い人物が存在していた。

 

『では──話せ』

 

 シェルターの奥から、馴染みのある機械の音声が聞こえてきた。武器を収めたエリアスがシェルターに足を踏み入れると、そこにはあの闇を纏った仮面の男ゼロと、かつて統治軍の実質的ナンバー3と呼ばれた人物の姿があった。

 その目は焦点が合っていない。忘我の表情を浮かべたその男、エリア11統治軍参謀本部・中央軍管局長ギゲルフ・ミューラーは、ゼロの手元のカメラの前で、ぼそぼそと何かを語り続けていた。

 

 ゼロには一つ、人智を超えた力がある。

他者を隷属させ、何人たりとも自身に従わせる事の出来る能力──ギアス。

 その言葉には、エリアス自身馴染みがある。

 ミューラーの目には、そのギアスを掛けられた者特有の()があった。勿論肉眼で確認出来るような光ではない。ただギアスを知り、ギアスに馴染んだ人物ならば“成る程”と察する事の出来る、そんな光だ。

 

 ミューラーの語りが終わり、それまでシェルターの入口で控えていたエリアスはゼロの前に出ると、義手の一撃でミューラーを気絶させた。

 

「収穫あり、かな?」

 

『そうだな。この男には、我々を甘く見た報いを受けて貰おう』

 

 ギゲルフ・ミューラーが語ったのは、彼の副業(アルバイト)についてだった。

 

 ミューラーは以前から、参謀の立場を利用して得た情報、物資を反ブリタニア組織──取引先には、黒の騎士団の母体組織 扇グループも含まれていた──に横流しし、大金を稼いで私腹を肥やしていた。

 無論、エリア11をひっくり返すレベルの事はしていない。その程度の小物だ。無論この程度の男がコーネリアの下で長続きする筈もなく、今や冷や飯食いの身の上。更にコーネリア直属の諜報員にこれまでの不正を暴かれそうになった彼は、繋がりのある組織に諜報員リック・ボガードの抹殺を指示した。

 だが、扇グループから発展した黒の騎士団にその指示を下したのが失敗の始まり。結果こうしてゼロにより不正は暴かれる事となり、実際にボガードを始末した大日本蒼天党もまたコーネリアにより始末される。

 

 今撮影した告白映像と、入手した関連資料が正式な証拠になるかは正直怪しい。が、公的な証拠になろうがなるまいが、信じる者はそう信じる。それで、黒の騎士団にとっては上々の収穫だ。

 

 シェルターの奥へと進むゼロ。向かう先には何かの機械部品。何の部品かと思えばこれが案外何の部品でもない代物で、ゼロがその箱型の部品の側面──そこに隠されたスイッチを押す事で部品が脇へ滑り、外部への脱出ルートが口を開く。

 

「……で、久々の対ブリタニア戦だった訳だが」

 

『ああ、お前としてはやっと本命、といったところか?』

 

「そうだな」

 

 暗く、重い声でエリアスは呟いた。

 人工義肢で、四肢の欠損感覚は消えた。痛みも無い。しかし、幻肢痛は消えない。少なくとも五年以上の月日を経てなお、エリアスは喪われた物を忘れない。

 

 身体を、母を、母の人生を奪ったあの男。古き体面を保つ為に母を捨て、自分を捨てたあの老人。

 ゼロと出会って、エリアスはようやく前に踏み出せた。自力で歩けもしなかったあの頃とは、もう違う。今の自分には力がある。その力を得る事が人間の領域から逸脱するような事であっても構わない。最早失う物が無いならば、後は得るだけ……我が父の首を、かの老師の首を残らず刈り取るだけだ。

 やがてゼロとエリアスは洞窟のような長い通路を抜けて、地上へと出た。抜けた先は階層構造となった租界の下部。そこに、扇を始めとする黒の騎士団の回収部隊が待機していた。

 

『だが、まだ終わらないぞエリアス。週末、コーネリアがナリタへ動く。我々もハイキングと洒落込もうじゃないか』

 

「それは……」

 

 コーネリアが動く。

 確かあの倉庫群で神楽坂を捕らえようとしていたのは、コーネリアの配下の人間だった筈だ。

 そこにあの男は現れた。と言うことは──

 

「……楽しみだ」

 

 なんだ、思いの外再会は早かったな。

 暗闇の中で、エリアスは天頂より差し込む光へと顔を向けた。階層構造の隙間に覗く月明かり。そしてその中に浮かび上がる政庁の姿。それを見上げながら、エリアスは心の中で自身の幸運を祝福した。

 

 そして、誰にも聞こえない声で名前を呟いた。

 

 呪詛のように、あの倉庫群で会ったあの男の名を。

 

 ──憎き我が父の子供である、あの男の。


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