日本解放戦線。
この組織は他の多くの反政府組織と同様、戦前の旧日本軍が直接の母体となっている。戦後の軍事機構解体、それに伴う武装解除命令に従わなかった軍人達が逃亡し、残党狩りを潜り抜けて集結、立ち上げた組織だ。
ただ、他の組織があくまで数人の軍人、酷い場合は一人の軍人を母体としているのに対し、日本解放戦線は部隊単位で集結、発展した組織である。構成員の練度は、ゲットーの若者達を主力とする弱小勢力とは比較にならない。加えて旧日本軍の組織そのものが生き残り息を吹き返したような成り立ちから、組織としての力も別格だ。
この日本解放戦線こそ、エリア11に巣食う反政府組織の中でも最大規模を誇る勢力であり、形式上エリア11全土がブリタニアの支配下に入った皇歴2017年現在でなお、いくつかの地域を勢力圏としてブリタニアの侵入を拒んでいる。
イレヴンにとっては、最後に残された唯一の希望である。
そして同時に、この組織が潰えさえすれば、エリア11の憂患は一気に解消を見る。
斯くしてコーネリア総督の命の下、租界のブリタニア軍が密かに、しかし一斉に動き出した。
進軍目標、ナリタ連山。日本解放戦線の本拠地があると目されている地域である。
総勢、おおよそ五万近く。参加部隊数、四個大隊。参加KMF数、三百騎以上。
その軍勢の末端には、スザク達特別派遣嚮導技術部の面々の姿もあった。
山の麓に敷かれた本陣、その中枢に鎮座するのは、移動要塞と言って差し支えない威容を誇る巨大陸戦艇G1ベース。その遥か後方に、特別派遣嚮導技術部の茶色いヘッドトレーラーが配置されていた。
以前ならば、特派の保有機材はそのトレーラーで全部だった。予算は全てランスロットに投じ、専用基地すら持たずトレーラーを拠点とする変わり者の集団だった。
だが、今は違う。今はヘッドトレーラーがもう一台、更にそれよりは小型なKMFキャリアーが一台は必要な大所帯となっている(無論、一個小隊すら成立していない小規模集団であるが)──のだが、やはり何度確認しても、この戦線にはヘッドトレーラー一台しか出向いていない。
事情を知らなければ、こう思うかもしれない。「彼らはイレヴンのパイロットを外したのだ」と。既に他部隊にも、特派が従軍する事は知れ渡っている。そして、特派の第一デヴァイサーは書類上レオとなっている。つまり、あのトレーラーはレオのランスロットを整備する為にここに来ているのだ、と。
だが実情は違う。ロイドはスザクをランスロットから外す気はさらさらない。実際ヘッドトレーラーにはランスロットが積み込まれているが、そのコックピットで戦略パネルをじっと見つめているのは、紛れも無く枢木スザクだ。
レオだけは、彼らとは別の場所に居た。
ガウェインが来ない、という知らせを受けたのは、作戦が発令され移動指示が下される数日前の事だった。
元々このナリタ攻略戦に間に合うとは思っていなかったから、この作戦に何らかの不自由が生まれた訳ではない。だが、レオとしては少し残念……というより、ままならぬものを感じずにはいられなかった。
ガウェインの修理、改修自体は既に済んでいた。破損したフロートユニットを丸ごと取り外し、別途輸送した新型に換装したらしい。
既に輸送計画も整い、あとはエリア11へ輸送艦で運ぶだけとなったガウェインが突如配備中止となったのは、他でもない、我らが皇帝陛下直々の命令によるものであった。
当代の皇帝シャルル・ジ・ブリタニアが遺跡探索に熱を上げている事は既に公然の秘密として広まっている。軽く五千年前の代物……例えばエルフォード家の敷地にあるようなその遺跡が、タンザニアで発見されたと言うのだ。そしてその解析にガウェインを使わせろ、とシュナイゼルに命じたのだ。恐らく、そうそう簡単に返っては来ないだろう。
確かに、ガウェインのドルイドシステムはそう言った解析の為に運用する事も可能だ。しかし、皇帝が必要としているのはあくまでドルイドシステムであって、ガウェインの機体そのものではない。
レオにとっての重要度は割と逆であり、システム目当てに機体を持って行かれるとなると、あまり面白い話ではない。
何せ、受領してひと月も経っていないのだ。この先もガウェインを扱い続けるのであれば、少しでも機体に慣れ親しんでおきたかった。
ただ、その引き換えとして特派への予算は増額されていた。元々レオの派遣に伴って新たなKMFを建造する為の予算は新しく出ていたが、ここで更なる予算増額。ロイドが狂喜乱舞したのは、言うまでも無い。
既に機体本体の最終組み上げの最中、と言う現状でロイドが着手したのは、元々装着が予定されていた通常サイズのKMF用のフロートユニットであった。機体完成後直ちにそちらの製作に移行する、として元々手はつけてあったようだが、この一件のお陰で研究が加速、開発計画が一気に前進したようである。
≪エルフォード中尉、まずは貴様から出撃しろ。貴様の機体ならば地上から迎撃されても素早く防衛に転じられる≫
「イエス、マイロード」
KMFのコックピット内に目を瞑って着座するレオは、インカムに届いたその命令にそう答えた。
今レオが搭乗しているのは、無論ガウェインではない。ランスロットでも無い──と言えなくも無いその機体こそが、ロイドが遂に完成させた、二騎目の第七世代KMFである。
黒いボディに、メタリックブルーのラインが引かれたその姿は、ランスロットに良く似ている。しかし簡略化された肩アーマーと、頭部に増設された一本の角のせいで、印象としてはランスロットよりも細身に見えた。
ブリタニア軍特別派遣嚮導技術部製 試作嚮導兵器 第七世代ナイトメア・フレーム。
Z-01d ランスロット量産試験型。名前の通りこの機体はランスロットをベースとした次世代主力機の開発を目的とした試作機だ。どうやら開発のかなり初期の段階で既にロイドはレオに目を付けていたらしく、この機体はかなりの部分においてレオの搭乗を前提とした設計が行われていた。
直接の母体となったのは、四種類ほど考案された開発プランの内、
全体の印象としては、先述した通りランスロットに近い。系列機なのだから当然である。設計変更箇所は主に外装に集中しており、頭部の角のようなセンサーマストは空力特性を考慮した形状に変更され、胴体部分には小さな翼に見えなくも無い可動式スタビライザーを二基搭載。両腕部分にも展開式のスタビライザーを兼ねたナイフシースを装備している。これらを空中で動作させる事で、エナジー消費を抑えながらの機体制御が可能となる。
その背部には、コックピットブロックを包み込むようにして一対のスラスターポッドが装備されていた。不眠不休の努力の末どうにか間に合わせた、フロートユニット……のようなもの。完成品のフロートユニットが発揮する機動力、安定性は発揮し得ないが、この装備によってこの機体は、既に改修前のガウェインに匹敵する空中機動力を短時間ながら獲得していた。
引き換えにユニット自体のエナジー消費が激しく、長時間の作戦行動は不可能だ。が、それであってもレオにとっては非常にありがたい存在であった。
何せ、ガウェインでの空中機動戦は、レオにとって非常に“しっくり来る”。
ロンゴミニアド・ファクトリーにおいてパーツ単位での製造まで済んだところでレノア・ゲイズに載せてエリア11入りし、ロイド直々の最終調整を経て二日前にロールアウトしたばかりだ。ロイドに言わせるところの“出来立てホヤホヤ”のこの機体に、ロイドは“ナハト”と愛称を付けた。
ドイツ語で夜を意味する単語。カラーリングはそこから決めたのだと言う。
その知識を有する者から時に“フォン”と敬称を付けて呼ばれるエルフォード家のルーツがドイツにある事を汲んでの事だと言う。この辺り、ロイドも確かに歴史ある伯爵家出身の人物である、と言えた。
≪現在、高度三万フィート。投下ポイントに接近中。間も無く
オペレーターの声が、インカム越しに鈍くこもってレオの耳に響いた。
現在、レオはブリタニア軍空挺降下部隊の一員として、高高度を飛ぶKMF用大型輸送機のカーゴ内に居た。照度の低い大橙の空間の中にはサザーランド、グロースターを搭載したT4VTOLが一列に格納されていて、その最後尾にはナハトが跪くような姿勢で格納されている。
既にナリタ攻略戦の開幕が秒読み段階に至っていた。
総指揮官たるコーネリアが一度号令を下せば、レオらを含めた四個大隊が七方向から一斉にナリタへと攻め込む。
十分な戦力がある以上、そこにひねくれた考えは要らない。ただ数に物を言わせ、正面から磨り潰すだけで構わない。例え日本解放戦線の戦力がいか程であろうと、ブリタニア軍を数で上回ることは叶わない。
作戦に従事するにあたって、レオは一度本国のエリナに連絡を入れていた。ユーフェミア経由で彼女が不安がっていると伝えられたからだ。
「必ず、君の下に帰るとも」
その時改めて、レオはそう誓った。
飽くまで、自分の居るべき場所は本国にある。この極東の僻地で斃れる訳には、いかない。
≪──作戦、開始!≫
号令が下る。レオはゆっくりと目を開き、同時にランスロット・ナハトのカメラアイが光る。機体始動が開始され、コックピット内の各パネルやスイッチ類に順々に灯が付き、コックピット内に微弱な振動が伝わる。
カーゴ内部の照明が一斉に消えた。続いて赤色灯のみが発光し始め、機部を包む暗闇に光が差す。コンテナハッチが開き始めたのだ。機体の背後、コンテナ後方に灰色の曇天が顔を出す。空を覗く四角い窓が大きくなってゆく。
沈んだ光に染まるコンテナ内。その中で、ナハトの姿は影よりも深い闇色のままだ。
≪投下一分前。ガントリー作動≫
コンテナの中で機体を固定しているマウントアームが、鈍い音と共に壁際に引っ込んで行った。強烈に吹き込む寒風に晒されながら、レオはナハトをゆっくりと後部へと移動させる。
≪
ランプドア近辺まで来て、レオはナハトにクラウチングスタートの姿勢に似た体勢を取らせる。
限界まで姿勢を低くする。
≪カウント、
「ランスロット・ナハト、出るぞ」
カウントダウンの末に、ナハトは屈折させていた両腕及び両脚部関節を一気に伸張。ランプドアのエッジを飛び越えて背後の曇り空へと飛び出した。続いて全身を伸ばし、四肢を放り出したような姿勢で両腕スタビライザーを最大角度で展開。ナハトはそのまま重力に従って、スカイダイビングさながらに眼下の深緑へと降下し始めた。
周囲にはブリタニア空軍制式制空戦闘機ワイバーンの編隊。そして降下を始めたナハトの頭上で、サザーランドを装備したT4VTOLが続々と発進して行く。
深緑の大地から、突如として無数の火線が伸び始めた。日本解放戦線の迎撃である。中には長大なライフルを構えた日本解放戦線のKMF 無頼の姿もある。
ピクリ、と身構えるが、三万フィートの高度に居る彼らに届くものではない。撃っている方向も違う。これは先に降下を開始したエンドーヴァー隊に対しての物だ。
コントロールレバーを押し込み、件のフロートシステム擬きを始動。スラスターポッドに緑の駆動光が灯るのを確認し、レオは微かにナハトを空中で滑らせた。ガウェインと比較して遥かに軽やかな機動にやや面食らいつつ、ナハトは部隊の先陣を切って降下して行く。
高高度から、空気抵抗による減速を避けて真っ逆さまに落下する。飽くまで常識的な降下角を保ちつつ降りて行く他のT4VTOL部隊を置き去りにして、レオは対地攻撃軌道に入ったワイバーン隊と共に真っ先に雲海を突き抜けた。
レーダーパネルに、対空戦闘を開始した敵部隊の情報が表示される。既に地上に居る味方部隊からのデータリンク、及びナハトの両肩部に装備された一対の高精度ファクトスフィアによる索敵。狙いを定め、レオはフロート擬きを全力稼働させて機体姿勢を空中で変更。トリガーを引いた。
ナハトが左腕に装備するのは、
操縦桿を握る手に力が篭る。途端、ピリリ、とレオの身体がかすかに痺れるような感覚を訴える。
これはランスロット・シリーズの特徴である。ユグドラシル共鳴がどうの、とロイドが嬉々として話していた内容は残念ながらこれっぽっちも理解でき無かったが、とにかくこのおかげでランスロットは、そしてナハトは極めて俊敏な反応速度を示してみせる。
スザクに言わせるところの、「自分についてくる」というのは恐らくこの事だ。
一方でレオの感じ方はまた別であり、「この反応速度をどう活かすか」という事をレオは考えていた。これだけ反応が素早く、俊敏であるのならこれまでのKMF以上に細かな、かつ複雑な入力にもナハトは対応出来る筈だ。で、あるのならレオのする事は一つ。ナハトが最良の戦果を挙げるにはどういう動きをすれば良いか、その為にはどのような入力をしてやれば良いか。それを瞬時に見極めて実行するだけだ。
ナハトはKMFの全長を越える高さの木々の上を飛び抜け、その先に居た無頼の背後を襲った。フロート擬きによる慣性制御では足りずブースト噴射で減速を掛け、腰部に接続された鞘から一振りの長刀を抜き放つ。着地と同時に無頼の脚部を真っ二つに両断する。仰向けに倒れた無頼の頭部を、そのまま逆手で持った刀剣で刺し貫く。
真紅色に光を放つ刀身を持つその剣は、MVS。ヴァリス同様にランスロットによって試験されていた大型高周波ブレードであった。恐らくはロイドの仕業であろう。直剣型のランスロットモデルに対し、ナハトモデルはレオが普段扱う刀剣と同様の形をしていた。
息を吐く間も無く、右前方から大口径リニアランチャーの砲弾が迫る。しかし、レオは砲弾をMVSで両断し、そのまま発射母機である無頼の脚部をヴァリスで撃ち抜く。脚を喪った無頼はそのまま斜面を転がって、味方のトーチカと激突し沈黙する。
アラートが鳴り響き、レオはナハトを敵陣から一度離した。同時に上空のワイバーン隊の放った空対地ミサイルが次々と対空陣地、及びトーチカに着弾して行った。爆発の炎に黒い装甲を照らされながら、ナハトらランドスピナーをフル稼働させて木々の隙間を器用に立ち回り、敵の姿があればこれを斬って行く。出来得る限り派手な動きを心掛けつつ、そうしてレオは味方部隊の着地まで援護を続けた。
上空からダイレクトエントリーをかました上に森の中を高速で駆け巡るその姿は敵にとっても味方にとっても相当にインパクトが大きかったようで、敵の火線は存分にナハトに集中し、味方部隊はその隙に的確に敵の数を減らして行く。
≪エルフォード中尉、お見事だった≫
何騎目かの無頼の背中を斬り裂いた時、ナハトのレシーバーに声が入った。
「光栄です、アレックス将軍」
声の主は、ナハトの背後に居た。降下完了した味方の先頭に、リニアランチャーを構えたグロースターの姿がある。
≪流石はローレンス中佐の弟君だ。後は我々に任せ、貴機は後退しろ≫
アレックス将軍のグロースターが、ナハトの横に並び立った。義兄ローレンスの名前が出て僅かにレオの眉間に皺が寄ったのを知らず、グロースターが前進を開始する。
入れ替わりになる形でレオは部隊の後方へと後退した。その先に双剣装備のグロースターと、ランス装備のサザーランドの姿があった。それぞれセイト、ユリシアの機体だ。
≪お疲れ様、怪我は?≫
「問題無い。エナジー以外は」
ユリシアにそう答えながら、レオは機体のステータスインディケータに目を向けた。
外傷は軽微、ヴァリスの残弾も半分を少し切った程度。だが、機体の動力源であるエナジーフィラーの残量が底をつきかけていた。
無理も無い。元々エナジー消費に問題のあった機体がベースとなっているのだ。そこにエナジー消費の激しいフロート擬きの全力稼働が合わさり、最後に付け加えるとロイド曰くレオの操縦は「厳しい」。性能を良く発揮している、と言えば聞こえは良いが、要は常に機体の全力パフォーマンスを発揮させ続けている、という事でもある。
操縦が荒い、という意味では無い。ただ乱暴に操縦しただけではそういう結果は得られない。KMFの持つ本来の力を余す事なく存分に引き出してやり、或いはその限界以上の力を発揮させてやる、というのは、レオの操縦の特徴である。
そして、ガウェインで耐え切れなかったそれに、ナハトはしっかりと対応出来ている。そこにレオは好印象を感じていた。我ながら言い訳にしか聞こえないが、ガウェインの故障はどちらかと言うと、機体がまだ自己の最大スペックに耐えられないような完成度のまま戦場に立たせてしまったのが原因だった、と言えた。
≪こちらヘッドトレーラー。エナジーフィラー交換の用意は出来てるよ、早くこっちにおいで≫
ロイドがそう通信を寄越して来た。
元々そう言う作戦ではあった。ナハトは唯一、極短時間ながら自由飛行能力を持つ機体だ。それが最も効果的に働くのは、味方の降下援護の際に他ならない。上手くすればナハトのエナジーが限界を迎える前に、味方部隊が展開完了するだろう、と。
「了解。ランスロット・ナハト、これより補給に向かう」
≪リインフォース機、補助に──≫
≪こちらアスミック。降下の際に脚部ランドスピナーに被弾。戦闘速度での部隊行動には追従不可能。私がエルフォード機の護衛に付きます≫
ユリシアの言葉に半分被せながら、セイトがアレックス将軍にそう進言する。それはすぐに認められ、セイトはユリシアのサザーランドの肩にグロースターの左手を置いた。
≪と言うわけだ。俺に任せろ≫
≪……了解≫
何処か引っ掛かりを覚える声色でそう返すユリシアがセイトとポジションを交代し、アレックス将軍以下数騎のKMF部隊が坂道を駆け上って行った。レオはナハトを反転させると、セイトのグロースターを従えるようにして麓へと降り始めた。
「お疲れ様、凄い活躍だってね」
ヘッドトレーラーの脇にナハトを停止させて、レオはそう褒めるスザクからドリンクのボトルを受け取った。
背後ではランドスピナーの交換を終えたセイトのグロースターが、ナハトのエナジーフィラー交換を行っていた。外部のセシルからの操作で橙色の長方形ブロックが排出され、セイトがグロースターのマニピュレータでそれを手元の同規格品と入れ替える。
同時進行でナハトの稼働後チェックが行われており、特派スタッフが機体の周囲に取り付いていた。車外に持ち出したコンピュータ端末の画面とナハト本体とを交互に見ながら、ロイドが満足気に頷いている。
「うんうん、良い具合にスペック出てるねぇ。フロート擬きも正直途中で落っこちるかと思ってたケド」
「はい!?」
横で端末を操作していたセシルがロイドの爆弾発言に瞬時に反応した。蛇に睨まれた蛙、セシルに睨まれたロイドといったシチュエーションが展開されつつあるのを視界の隅に捉えつつ、レオはナリタ連山の方へと視線をやった。
今頃、向こうではユリシアが戦っているわけだ。
“彼女が心配ですか?”
見計らったかのように、女が問いかけて来た。図星なだけに、黙れと一言で退けることも出来なかった。
(何だ、この前のあの男のように「お前でもそのような感傷を抱くのか」などと言うつもりじゃああるまいな)
“いえ、ただエリナお嬢さまとユリシアお嬢さま、貴方が大事なのはどちらなのかと”
(揶揄いたいだけなら黙っていてくれないか)
“まさか、我が主を揶揄うなどと”
絶対に笑いながら言っている、と解った。レオは彼女の声のする方に背を向けた。
あの倉庫群での男は、結局何だったのだろうか。今しがた触れたことで、再びその疑問が頭をもたげていた。
口振りからしてゼロの仲間である事は疑いようが無かった。しかし、あの男はまるでレオを知っているかのような口振りをしていた。だが、レオの知り合いイレヴンは居ない。
強いて言えば、あの男は刀に反応していた。父の言うこの刀の元の使い手というのが、あの男の関係者なのだろうか。今はそんな予測しか出来なかった。
「ユリシアの事、心配?」
まるで議論を遮るようにスザクが言って来る。しかも今しがたの女と同じような質問だ。
「心配とは言わない。そこまで弱い騎士ではない。ただ……少し気になるだけさ。すぐに飛んで戻るとは言え」
「つまり心配してるって事だね」
「……まあそういうことだ。何というか、嫌な予感がする」
ドリンクから口を離し、スザクの表情が変わったのを見てなおもレオは話を続けた。
「この前の蒼天党の殲滅、スザクは覚えているだろう?」
「勿論。ロイドさんが無理矢理出撃命令を取って来ていたからね」
「その隙を突いて、ゼロがまた動いたそうだ。ギゲルフ・ミューラー局長……いや、元局長の不正を暴いた、とな。明らかにコーネリア殿下の留守を狙った行動。そしてこのナリタには親衛隊を始めとして、主力部隊が出揃っている」
「ゼロがまた、手薄になった租界で行動を起こす……」
「その可能性もある。だが租界は租界で、前回の轍を踏まないよう厳重に警戒されている筈だ。だから、私が心配なのは逆に──」
恐らくこの時、どんな“敵”が現れても、ブリタニア軍は動揺などしなかっただろう。
日本解放戦線の秘密兵器が出ようとも、歴戦の猛者が本陣に奇襲を仕掛けて来ようとも。或いは大陸でブリタニアと睨み合いつつ水面下でイレヴン達を支援している中華連邦の戦力が表れようとも。
それらは全て予測の範囲内だ。そしてそういう時の段取りも取ってある。故にブリタニア軍はそれらに対しても混乱などせず予定通りの対応で迎え撃ち、そしていつもの如く勝利したであろう。
──ただし。
それは、あくまでも予測の範囲内、常識の及ぶ範囲での話。では、常識の及ばない領域にある事態とは何か?
答えは一つ。それは“奇跡”だ。
今この瞬間、レオの言葉を途切れさせ、レオの視線を、スザクの視線を、ロイドの視線を、セシルの視線を、セイトの視線を、ユーフェミアの視線を集めた存在は、“敵”などではなかった。
その“奇跡”が、彼ら全員の注意を一斉にナリタの頂上へと向けさせたのである。
ピー、という音が、ほぼ全てのブリタニア軍KMF──例外は麓に待機していた機体だけ──のコックピット内に響いた。瞬間、全ての機体を微かな振動が襲った。
≪ん、地震か?≫
アレックス将軍は当初、その程度気にも留めなかった。地震などこの列島では良くある自然現象だ。KMFに搭載されたセンサー類では正確な震度測定は出来ないが、機体の揺れの強さからしてそう大きな地震でもない、と判断出来たからだ。
ベテランパイロットほどその傾向が強く、そういうパイロットほど大なり小なりの部隊を指揮する立場にあった。だから彼らは残らず、この後の事態に対処するのが遅れていた。
≪な、なに────!?≫
静止させていたはずのアレックス将軍のKMFが不自然に滑った。いや、彼の機体だけでなく部隊全機が、ユリシアのサザーランドを含めた全機が滑り落ちていた。
……いや、滑っているのは機体ではない。
地面そのものだ。
「…………」
誰にも聞こえない声で、ユリシアが呟いた。その瞬間、今度は轟音と共に目の前の大地が崩落を始めた。
「スザク! この土地ではこんな山崩れが前触れなく起こるものなのか!?」
ナハトのコックピットに身を滑り込ませながら、レオはインカムに怒鳴った。
≪いや、そんな事有り得ない!≫
≪熱反応が異常です! 誰かが意図的に水蒸気爆発を起こしたのでは!?≫
スザクが、セシルが口々にそう言った。呼び出した戦略パネルに映し出されているのは、突如山頂から麓目掛けて発生した土石流に、味方部隊が次々と飲み込まれて行く光景だった。
≪まさか。そりゃこの山の下には地下水がたっぷりあるみたいだけどさ〜、大体それだけの瞬間熱量をどうやって用意するんだい?≫
ロイドの反応だけは、いつも通り平然としたものだった。まあ、このヘッドトレーラーの位置は本陣の後方。G1ベースが土石流に巻き込まれていない以上、ヘッドトレーラーに被害が及ぶ可能性は皆無と言える。
だが、レオはそういう割り切りをする訳にはいかなかった。このヘッドトレーラーにはユリシアが居ない。彼女だけは、あの土石流の影響範囲に取り残されているのだ。
「ユリシア、ユリシア! 応答しろ! ユリシア!」
返答は無い。幾度コールしても応答無し。戦略パネルの情報を見ても、アレックス隊のKMFのマーカーには残らずLOSTの文字が出ている。
「っ……セイト、アレックス将軍には繋がるか!?」
≪……≫
同じく返答が無い。レオはナハトの顔をセイトのグロースターに向けた。
「セイト!」
≪ダメだ、応答が無い。多分、部隊ごとあれに……≫
「ユリシアも巻き込まれたとでも言うのか!?」
またしてもセイトは無言で返した。その言わんとするところを察した瞬間、レオはコックピットハッチを閉じ、スロットルレバーに手を掛けていた。
「……整備スタッフは全員離れろ。ランスロット・ナハト、緊急発進する!」
≪待ってレオ君! 状況はまだ──≫
「フロートで飛べば地表面の影響は受けない! 元々俺もセイトも補給完了後速やかに戦線復帰、部隊に合流しろとの命令だ!」
言いつつ、レオはナハトのフロートを起動した。黒い機体がふわり、と地面から浮かび上がる。
「セイト! お前は!?」
≪グロースターは飛べない。お前一人で行けよ≫
「そうか……!」
失望感が湧き上がるのを感じながら、レオはナハトの推力を全開にした。フルスロットルでナハトは飛翔し、グロースターを、そしてG1ベースを一気に飛び越える。
セイト。お前も彼女を受け入れて、友となったのでは無かったのか? 友の窮地は助けるものではないのか?
それともお前はモニカに押し切られただけで、最初から彼女のような人間を友と見る気は無かったのか?
……お前達の言う友とて、結局はそういう表面だけの繋がりに過ぎなかったのか?
過ぎ去った過去の思い出が一瞬フラッシュバックする。だが今のレオには思い出に浸るより前にやらねばならない事があった。
≪エルフォード中尉、何を!?≫
「予定されていた通り戦線に復帰、アレックス将軍以下アレックス隊の安否を確認する!」
返事も聞かず、レオは土石流の上を匍匐飛行姿勢で駆け抜けた。
土石流はすでに動きを止めつつあった。だがその破壊の跡は泥の河となって戦域全体をズタズタに引き裂いている。日本解放戦線、ブリタニア軍問わず全てを飲み込んだ厄災だ。だがタイミングを考えれば、日本解放戦線の起死回生の切り札である可能性も捨てきれない。
部隊の反応があった場所へ近付くと、レオはナハトの速度を緩め、ファクトスフィアでスキャンを掛けた。
途端に、ディスプレイに様々な惨状が映し出されて来る。
泥中深くにサザーランドの反応が三。シルエットから判断して全て大破状態。へし折れた腕や潰れた頭といった細々とした残骸と化したKMF、ざっと四騎分近く。
辛うじて無事だった岩にハーケンを撃ち込んだまま泥に埋もれている機体もあった。その機体のコックピットは別の岩に潰されていた。
「まさか……」
嫌なビジョンが脳裏を過ぎり、操縦桿を握る手が微かに凍りつく。
それを目敏く察して、脳裏に優しく声が響いた。
“大丈夫です。あの娘は生きていますよ”
「何故、分かる」
“私は特別ですから。ほら、そちらに”
まるで導かれるように、レオの視線はモニターの一点へと向けられた。その先にあるのは半壊したグロースターと、そのすぐ側に居るサザーランド。
「──ユリシア!」
それがユリシア機だと気付いた時、レオは思わず叫んでいた。彼女の機体は泥の河の中ほどに存在し、下半身を喪失していたもののコックピットは無事なようだった。
力なく伸びたその右腕を、グロースターのマニピュレータが掴んでいる。それはアレックス将軍のグロースターだった。頭部と片腕片脚を失い仰向けに倒れ込んだ無残な姿。コックピットのある背中は泥の中に嵌まり込んでいて被害状況の判断が出来ない。
「エルフォードよりアレックス隊全機へ、生きている者は応答せよ!」
レオはそう叫びながらナハトを降下させ、両腕でコックピットを抱え込むように掴んだ。その瞬間、泥が再び崩れ始めた。グロースターを含め残骸が下流方面へと流れ出し、ユリシアの機体もそれに引っ張られる。
この状態では機体の引き上げは難しい。レオは流れに巻き込まれぬようホバリング状態を維持してサザーランドを必死に捕まえながら、マニピュレータからの接触信号でコックピットブロックの固定解除プロセス実行を指示した。幸い頭部に存在するサザーランドのメインコンピュータが生きていたので、プロセスは速やかに実行された。レオは本体から外れたコックピットを慎重に持ち上げ、土石流の影響範囲外にまで運ぶ。
フロート擬きのホバリングには極めて厳しい限界時間がある。エナジーがあろうがなかろうが数分も浮いていられない上、浮遊中も高度は維持できず、ごく僅かずつ下降してしまう。ある種時間との戦いであったが、レオはギリギリのところでこの勝負に勝った。
≪れ……お……?≫
微かにインカムに声が届いた。聞き違えようが無い。ユリシアの声だ。
「ああ、俺だ」
≪どうして……≫
「理由が要るのか。こんなところで、お前を死なせるものか!」
半ば怒鳴るように言った。ユリシアを地面に降ろしたところで、どうにか土石流の回避に成功した味方KMFがナハトの周囲に集まって来る。
≪エルフォード中尉!≫
「無事で何よりだ。他に生き残った味方機は?」
≪アレックス隊では、現在我々しか確認出来ていません。しかし、残骸の中に取り残されたパイロットも多数確認されています≫
「解った。誰か、将軍の安否が解る者は居るか」
≪エルフォード中尉……か?≫
その時、今にも途切れそうなノイズまみれの声をレシーバーが拾った。レオは即座に応答しつつ、ファクトスフィアを稼働させてグロースターの位置を探る。
「 将軍、ご無事でしたか」
≪ああ、頭を打ったがな。リィンフォース中尉はどうなった。私のすぐ後ろに居たはずなのだが……≫
「既に生存を確認、回収完了しております」
グロースターの位置を確認してからそう言うと、アレックス将軍は不意に笑みをこぼした。
≪さては真っ先に彼女を助けたな貴様。この老骨が必死こいて捕まえておいたというのに≫
「……………………すぐに救助を」
そう言ってレオはナハトを再び泥の近くへと近づけた。その後を、味方のサザーランドが続く。
≪土石流はひどく不安定です。今無事でも次はどうなるか……しかし我々の機体ではどうにも≫
「了解した。幸い日本解放戦線の防御陣地も迎撃部隊も纏めて土石流に流されたようだ。私が先程のようにコックピットだけ外してここに運ぶから、それを受け取ってくれ」
≪イエス、マイロード≫
更に本陣との連絡を指示しつつ、レオはナハトのスロットルを入れた。再びナハトは地面を離れ、グロースターへと近付いて行く。
≪エルフォード中尉、今確かめたところグロースターのイジェクトシステムは生きているようだ。だが機体姿勢がどうなっているのか分からん。外から見て、どうだ≫
「止された方が懸命かと。その角度だと高速で岩に激突します」
≪それは勘弁願いたいな。ロックだけこちらで外す。そちらで──≫
≪こちらG1ベース、緊急事態だ、コーネリア総督が奇襲を受けた!≫
アレックス将軍の言葉は、G1ベースからの通信で遮られた。
確かに、本隊への奇襲自体は予想可能な範囲の出来事ではあった。土石流が天災にせよ人為的なものにせよ、ブリタニア軍が壊滅的な打撃を受けたのは事実である。そして日本解放戦線の本拠地とはあくまで山の内部。展開中の部隊が軒並み流されたとしても、まだ内部に残された戦力はあるはずだ。
つまりこの状況は日本解放戦線にとっても災難だが、同時に起死回生のチャンスでもあるのだ。まさに今、コーネリア総督率いる本隊はほとんど孤立状態にあり、これを叩けばこの戦闘どころか、エリア11の情勢が一気にひっくり返せる。
──だが。
≪敵は日本解放戦線にあらず。相手はゼロのグループである!≫
その部分だけは、予想外であった。
“ゼロ”。その名前はつい先日聞いたばかりだ。あの倉庫群で鮮やかなまでに全てを持っていった黒衣の男、そして白いKMF。連鎖するようにその姿が脳裏に浮かび、次の瞬間、レオは山頂の方へと視線を向けた。
まさにその瞬間、ナハトの警戒レーダーが警告音を発していた。
視線の先に、山頂方向より泥の河を滑走してこちらへ降りて来る影。大鎌を携えたその姿は、あの夜倉庫群で見た、あの白い異形のKMFに間違いなかった。