コードギアス 血刃のエルフォード   作:STASIS

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第八幕 ナリタ攻防戦 2

 時は、暫し巻き戻る。

 

 ブリタニア軍作戦開始より一時間ほど前。

 これより起こる混沌の戦場など知らず、未だ静寂の中にあるナリタの山道を進む、一つの集団があった。

 

 KMF数騎、トレーラー数台からなる車列。先頭には白の、最後尾には赤のKMFの姿がある。KMFのパイロットも、トレーラーを運転する者も、荷台に乗った者達も、皆一様に黒の団員服を着込んでいた。黒の騎士団の部隊である。

 山腹より発せられた一筋の光を合図とし、彼らは進軍を始めていた。ある程度山を進んでは森の中に隠れ、光の合図を確認してから次へ進む。そうやって少しずつ、少しずつ彼らは山頂を目指して行く。

 これは明らかに隠密作戦行動であった。だが、団員達にその自覚があるかどうかは疑わしかった。

 

≪なあ、何でゼロの奴、無頼の無線を使わないんだ?≫

 

「この行軍の仕方を見て気付かないか? こっそり進んでいるんだよ俺たちは」

 

 黒い無頼を率いる先頭のKMF 白夜、そして最後尾の紅蓮には隠密作戦用のボロ布のような黒いマントが装備されていた。そのコックピットに座るエリアスは、手元に置かれた通信端末に入って来た玉城の声にそう答えた。各KMFと各トレーラーとを結ぶ長いケーブルを介した有線通信。完全に騎士団の部隊内部でのみの会話を目的としたものだった。

 

≪おいおい、ここは日本解放戦線の──≫

 

「解放戦線が俺達を味方だと思ってくれていると思うか? カワグチ湖で草壁の蜂起を妨害し、神楽坂大河を殺した黒の騎士団を?」

 

≪でもよ、ホテルの一件は向こうさんもドン引いてたって話だったろ? それにそもそも、同じ日本解放が目的なんだからさぁ≫

 

「弱者保護だ。黒の騎士団の目的は。ゼロの演説真横で聞いてたろ」

 

≪そりゃあまあなぁ……≫

 

 なおも納得が行かぬ様子の玉城を余所に、エリアスは露骨に溜息を吐いて周囲を見渡した。現在彼のKMF白夜はコックピットハッチを解放しており、パイロットが露出した状態となっている。だから背後を振り返るとそこにあるのはコックピットハッチ稼働部ではなく、トレーラーの車列と荷台に乗った騎士団員達の姿。彼らはエリアスが振り返ったのに気付くと、一様に目を逸らした。

 

≪……それより、ハイキングって≫

 

≪軍事教練だろ?≫

 

 玉城ではない、別の声が端末から聞こえた。エリアスに相手にされないと分かった玉城は、別の団員と話し始めたらしい。本来ゼロの指示で、移動中の通信は控えるように言われていたはずなのだが。

 

≪ゼロだけ別のところに居るってのに?≫

 

≪温泉でも掘るんじゃないの?≫

 

≪あー、その為の掘削機か≫

 

 そんな呑気な会話が聞こえてくる。内線で流れて来るそれを無言で聞いているエリアスは、昨晩のゼロとの会議を思い出さずには居られなかった。

 

 

 

 

 

 

 

『とにかく、メンバーの振い落としが必要になる』

 

 その時のメンバーはゼロ、エリアス、そして扇。そう切り出したゼロに、扇は即座に反論した。

 

「ちょっと待ってくれ、せっかく規模が大きくなったのに、また少人数に戻ろうって言うのか?」

 

『数だけ多くても意味が無い。言ったろう、我々はブリタニアと戦争をするのだ、と。である以上、全ての団員にはそう言った自覚を持ってもらう必要がある』

 

「扇も面談やっただろう? 入団審査の時の。シンジュクでの噂を聞いたとか、カワグチ湖での演説に心打たれたとか色々言ってたそうだがな。俺の見立てだと、どいつもこいつも正義の味方って立場に酔いたいだけにしか見えないんだが」

 

 ゼロの言葉に、エリアスはそう追従した。

 ダークヒーロー ゼロの出現。その鮮やかな行動。結局黒の騎士団の求心力というのは今のところそこに尽きる。確かにゼロは日本人にとっての希望となりつつあるが、その本質は“偉そうなブリタニアを叩いてスカッとさせてくれる”存在でしかない。

 ゼロは言う。黒の騎士団は軍隊であると。ブリタニアと戦争をする軍隊。だから、そのメンバーとして必要なのはブリタニアと戦う兵士なのだ。

 

 先に行われた入団審査においては、これを念頭に置いて志願者の選別が行われた。行われた、はずであった。

 

 試験官に当たった人間の内、ゼロはそもそも先の選別基準を提言した本人なのだから、厳正に選抜を行った。エリアスもそこは理解していたつもりだから、同じく厳正な選抜を心掛けた。

 問題は残りの扇、玉城、南、杉山達である。玉城にはそもそもそう言った厳正な審査をする能力は無く、南も杉山も、志願者の熱弁を聞いて「良くぞ言ってくれた、共に頑張ろう」の体たらく。

 

 一応、扇などはゼロの言葉を理解していたしそれをしっかり念頭に置いていた。が、やはり彼とて虐げられた日本人達の想いというものには弱かった。

 加えて志願者の中にはキョウトの関連人物の血縁者だの旧軍人の息子だの、何かしらの事情を抱えた人材も混じっており、これも無下には出来なかった。

 恐らくはこれがキョウトからの人的支援なのだろう。傍迷惑極まりないが。

 

 共通していたのは、私情を断ち切れなかったと言う点。キョウトの力関係云々が絡む人材など、所謂“厄介な志願者”については致し方ない部分もあったが、全体的に見ればそれが全部を占めていた訳でも無い。

 言い訳の余地も無い。幹部クラスですら、この始末なのだ。

 

『少なくとも、彼らには身を以て理解して貰う必要かがある。自分達が何をしようとしているのか』

 

 ゼロは冷たくそう言い放った。不幸中の幸いか、皆能力基準だけはきっちり満たしている。仮にこの志願者全員が兵士としての覚悟を決めたとすれば、黒の騎士団にとって得難い人材となってくれることは間違いない。そして、くどくどと説明するなり何なりで時間を掛けて覚悟を決めさせる時間は彼らには無い。

 

『だから、明日のプランについては君達二人以外に知らせるつもりは無い。かなりの荒療治になるが、やらなければ、黒の騎士団は機能不全を起こしかねない』

 

 暫し考え込んだ後、恐る恐る、と言った様子で扇が口を開いた。

 

「……言いたいことは分かった。その意義も理解したし賛成もする。だがゼロ、あまりにやり口が過激すぎないか? あまり言いたくは無いが、団員たちの君への信頼はそう盤石なものじゃない。俺にゼロを信用出来ないって相談してきた奴も結構居る。下手をすれば、黒の騎士団は内部分裂を起こすぞ?」

 

『ではこのままの状態で組織が動いた場合、どうなると思う? 遅かれ早かれ彼らは皆ブリタニアと戦う事になる。覚悟の甘い団員たちが作戦上重大な局面でようやく自分の選択の意味を理解する時が来たとして、その時何が起こる?』

 

 半ば食い気味でゼロが言った。ごく僅かに感情的な口振り。“何故私の言うことが受け入れられないのか理解出来ない”、そんな雰囲気をエリアスは感じ取った。思考の方向性の異なる人間同士が揃うと、良く起こり得る光景とも言える。これでは平行線だ、、

 そんなエリアスの視線に気付いたゼロはエリアスに視線を向けた。彼だけでない、扇もこちらを見ている。意見を求められている、と理解し、エリアスは椅子の背もたれに体重を預ける。

 

「……俺が思うに扇、あんたの慎重論は軽んじるべきじゃ無い考え方だと思う。だがゼロの言うようにこのままの状態だと黒の騎士団で土壇場でもまともに使える奴は半分を切るだろう。だから俺は、この賭けに乗るべきだと思う。ここで動けば、上手く行けば黒の騎士団は軍隊として纏まり、失敗すれば分裂する」

 

「……」

 

「だが動かなければ、待っているのは機能不全の騎士団。最早個人の信条で言う事になるが、俺は破滅が確定する道より、可能性に賭けたい。志願者の能力自体は基準値を満たしているんだ。全員と言わず半分近くが使えるようになるだけでも、騎士団にとってはプラスだろう」

 

「可能性、か……」

 

長いようで短い逡巡。扇も、遂に首を縦に振った。

 

「分かった。だがゼロ、当然現地でも揉めると思う。そこだけは……」

 

『心配するな。その時は私が処理する。君達二人は気にせず準備に当たっていてほしい』

 

 

 

 

 先導していたゼロの待つ山頂に到着した黒の騎士団は、まず掘削機の設置を取り行った。扇とエリアスが指示を出して団員が動き、波打った緑と土色の地面に、鈍い銀色の円柱が規則的に設置されて行く。起動信号を受け取った掘削機は後端部から掘り起こした土を撒き散らしながら地中へと食い込んで行き、指定深度にまで到達すれば後は自動で固定される。

 ゼロは小さな丘のようになった場所に立っていた。そこから団員達を見下ろし、進捗状況を把握して頷く。

 

『順調なようだな、扇』

 

「ああ」

 

 当然、扇はこの後に起こることを知っている。だから彼は周囲の人間とは明らかに違う神妙な顔つきを浮かべて、ゼロに頷いた。

 

「何だよ扇〜、暗い顔しちゃってさ、何そんなに心配してんだよ、そりゃ俺達勝手に日本解放戦線の本拠地に踏み込んでる訳だけどさ〜」

 

「あ、いや……」

 

 口篭る扇を余所に、エリアスは白夜のコックピットに入り、ナリタ周辺の地図を取り出して広げた。

 

 既に地図には、ゼロがブリタニア軍の配置予想図を書き込んでいた。敵指揮官の名前としてコーネリアを始め、ダールトン、アレックス、エンドーヴァー等々錚々たる名前が並んでいる。彼らの目的は日本解放戦線の本拠地。ブリタニア軍はこれがナリタに存在する事は分かっているが、入り口が何処に存在するのかは分かっていない筈だ。故にブリタニア軍はこの山を取り囲み、全方位から突入。捜索範囲を広げつつ日本解放戦線を殲滅する作戦を採ると思われる。

 つまり、方向としては全方向からブリタニア軍が、この山頂目掛けて突き進んで来る事になる。

 黒の騎士団は自ら、死の輪の中に潜り込んだ形となるのだ。

 

 別に、ゼロはこの全てを相手取ろうとしている訳ではない。狙うは飽くまで敵総指揮官コーネリアのみ。コーネリアの本隊に突入し、これを確保するのが本作戦の最終目標である。

 

 この作戦を実行する場合、何が問題となるか。まず何より、本隊のみを狙うとしたら他の部隊をどうやって抑えるか、だ。

 動員される敵部隊は合計五万ほどと予測されている。これらは黒の騎士団と戦うよりも先に日本解放戦線の迎撃部隊と当たるだろうから多少目減りするかもしれないが、残念ながら日本解放戦線にこれを撃退出来るほどの力はあるまい。

 といって、黒の騎士団にこれらを抑えられる戦力は無い。

 黒の騎士団の戦力としては紅蓮弐式と白夜、後は無頼が十数機。これらは全て、コーネリア本隊への攻撃に使わざるを得ない以上、戦力を割いて他を抑えるのは難しい。

 紅蓮二種は敵指揮官機グロースターを上回る性能を発揮し得るがその数はたった二騎。無頼は少し数に余裕があるが、敵の主力機サザーランドよりも格下の機体だ。

 

 そもそも兵の士気や練度が桁違いなのだ。普通に戦えば木っ端微塵どころか、鼻息一つで消し飛ばされて終わる。本隊への攻撃に全戦力を集中させて、他部隊の妨害が無かったとしても打ち負ける可能性は高い。

 

 

 これは、実行不可能な作戦だ。

 ──真っ当な手段では。

 

 

 そしてその時はやって来た。

 曇天を覆う航空機の編隊。麓より迫り来る紫の大群。遠来の如きエンジン音がどんどん近付いて来る。下方で日本解放戦線の秘匿トーチカが起動し、隠されていた隔壁から深緑色の無頼が展開を始める中で、一筋の黒い光が雲を斬り裂いて舞い降りる。

 

「お、おい! あれ……!!」

 

 遂に事態を飲み込んだ団員達がざわめき始めた。彼らの視線の先で、黒い影は空中を舞い、そしてその後からブリタニア軍空挺KMF部隊が続々と降下を始める。

 

「なんだアレ……ナイトメアじゃねぇか!!」

 

 さすがに、エリアスもその様に視線を奪われた。

 

 サザーランドでも、グロースターでもない機体が、T4VTOLの支援無しで空挺降下を行ったのだ。

 空挺降下用の新装備だろうか。あの機体は一瞬、浮遊しているようにすら見えた。

 

「じょ、冗談……冗談じゃねえぞゼロぉ!! あんなのが来たら完全に包囲されちまう! 帰りの道だって──」

 

 黒の機体が木々の中に消えてから、玉城が悲鳴のような声を上げた。

 

『もう封鎖されているな。生き残りたければ、ここで戦争をするしかない』

 

 ゼロは遂にそう口にした。団員達の表情が凍りつき、真っ当な想像力を持つ者は皆一様に言葉を失う。

 ブリタニアと戦争をする。自分達が入った組織の本質を、遂に理解する。

 

 ただ一人、玉城だけはなおも声を荒げた。思考の限界を越えた出来事を前に、思考を停止するのではなく問い掛けを放つ。それもまた、彼の持つ才覚ではある。

 

「真っ正面から戦えってのか!? 囲まれてるのに!?」

 

「しかも相手はコーネリアの軍、何か変な機体も居たし、今までとは違って大勢力だぞ!?」

 

『ああ、これで勝ったら奇跡だな』

 

「奇跡……か」

 

 コックピットの中で、エリアスは言葉を繰り返した。

 

 言うなればこれは、背水の陣だ。

 日本解放戦線を襲うブリタニアの背後を突くのではなく、逆にその包囲をすり抜けて自らを包囲網のど真ん中、押し寄せるブリタニア軍のベクトルの中心点たる山頂に置く。逃げ場など無く、不利を通り越した絶体絶命の危機に自らを追い込む。

 

 生き残る道はただ一つ。迫り来る敵を蹴散らす事だけ。それこそ死に物狂いで。

 歴史を紐解けば、このような背水の陣を決め手とした勝利に前例が無いわけでは無い。が、そもそも、これは戦法としては間違った代物だ。

 

 自暴自棄になって指揮官の制御を外れた兵達は最早戦力とはならない。戦意を喪失し、勝手に投降する部隊が連鎖的に発生する可能性も高い。故にこんな戦術は成立しない。先例があるとはいえ、それは二千年以上に渡る人類史の中でたった数度のみ。だからこそ万分の一の確率を勝ち取った特異な“奇跡”として、歴史に刻まれる。

 

 ──だが。

 万分の一の確率を勝ち取った。ではそれは偶然なのか、幸運なのか。否、そうではない。成功には必ず理由がある。明確な合理性が、確たる計算が。

 故に“奇跡”とは、幸運の同義語ではない。

 

『メシアでさえ、奇跡を起こさねば認めて貰えなかった。だとすれば、我々にも奇跡が必要だろう?』

 

「あのなぁ……奇跡は安売りなんてしてねぇんだよ!! やっぱりお前にリーダーは無理だ! 俺こそが──ッ!?」

 

 玉城はそこで言葉を切った。ゼロが玉城に拳銃の銃口を向けたからだ。

 重い沈黙が一瞬、全員を包む。全ての視線を一身に浴びながら、ゼロはその銃の向きを変え、銃口を自らに向けて玉城に差し出した。

 

『既に退路は断たれた。この私抜きで勝てるのなら、誰でも良い。私を撃て』

 

 今度こそ、玉城は言葉を失った。

 

『黒の騎士団に入るのならば、選択肢は二つしかない。私と生きるか、私と死ぬかだ!』

 

 奇跡には必ず理由がある。なら同じように理由を与えてやれば良い。合理性を持たせれば良い。完全に計算すれば良い。

 

 既に各々の精神はヒステリー一歩手前。死への恐怖、生の渇望に向けて針が振り切れようとしている。

 この時ゼロがしたのは、その針を別の要素で傾ける事だった。

 絶望の内に、鮮やかに奇跡を描いて見せた。それが団員達の恐怖を勇気と覚悟に変換し、黒の騎士団に最高の士気を齎した。

 この男なら何かしてくれるのではないか。どうにかしてくれるのではないか。そんな指揮官への信頼をゼロは生み出して見せた。

 

 そしてもう一つ。ゼロは彼らに希望を指し示した。恐慌寸前の味方に、何処へ向かえば良いかを指し示して見せた。

 明確な策略と、明確な結果によって。

 

 

 

 

 

 

≪よし、全ての準備は整った。黒の騎士団、総員出撃準備!≫

 

 ゼロの号令とともに、黒の騎士団は動き出した。

 既に眼下の戦局は決しようとしていた。日本解放戦線は総崩れ。本拠地の入り口を特定され突入されるのは時間の問題であった。

 

≪これより我が黒の騎士団は、山頂よりブリタニア軍に対して奇襲を敢行する。私の指示に従い、第三ポイントに向けて一気に駆け下りろ! 作戦目的はブリタニア第二皇女 コーネリアの確保にある! 突入ルートを切り拓くのは、紅蓮弐式だ!≫

 

 無頼が隊列を組み、エリアスもまた白夜のコックピットハッチを閉じる。

 

≪メインシステム 戦闘モード 起動します≫

 

 紅蓮系列機特有の二輪車のような構造のコックピットに跨り、機体起動シーケンスを立ち上げる。画面にそう表示される共に、跪く姿勢で待機していた白夜が立ち上がる。

 

 メインモニターが点灯すると、白夜と同じシルエットの赤い機体が前に出るのが見えた。紅蓮弐式。隠密用マントを脱ぎ捨てた紅蓮はメインカメラに対閃光シールドを展開し、一本の掘削機の前に屹立していた。

 その上に、右手が置かれる。だがその右腕は、尋常なKMFの持つマニピュレータでは無かった。

 鋭利な爪を持つ、肥大化した右腕。空想の殺人鬼のそれを象ったような禍々しい形状。

 

≪出力確認。輻射波動機構、涯際状態維持≫

 

 紅蓮を操るカレンがそう告げる。禍々しい機体に似合わぬその可憐な声を、団員達皆が固唾を飲んで待ち受ける。

 

≪──鎧袖伝達!≫

 

 その瞬間、紅蓮の右腕は光を放つ。その赤黒い光は一瞬で光量を増し、やがてスパークを放って弾けた。

 

 輻射波動。高周波を短サイクルで連続照射、膨大な熱量を生み出す、紅蓮弐式に装備された必殺の試作兵装である。今、紅蓮の放った輻射波動の光は掘削機を通して地下へ……溜まりに溜まった地下水へと届き、そして水蒸気爆発を発生させたのだった。

 

 その結果はすぐに現れる。紅蓮が輻射波動照射を終え、右腕部からカートリッジが排出されると同時に、大地が大きく震え出し、やがて地割れを発生させ、そして麓目掛けて押し寄せる巨大な崩落を発生させたのである。

 

 濁流は、まず日本解放戦線を飲み込んだ。深緑色の無頼が崩れ落ちる地面に足を取られて転倒し、トーチカは岩石の下敷きとなって押し流される。続いてブリタニア軍のグロースターが、サザーランドが、そしてその後に続いていた重装の機械化歩兵部隊が次々と土の中へと消えてゆく。

 

 全てが終わり、この世の終わりを思わせる地崩れの音がようやく収まった時、ナリタ連山は無残にも山頂から麓にかけて大きく斬り裂かれたような姿となっていた。

 

≪す……凄い……≫

 

 誰よりも、その最初の一手を打ったカレンがその様に圧倒されていた。しかし、彼ら黒の騎士団がそうして茫然としていたのも一瞬のことで、ゼロの次の号令が下ると同時に、彼らは皆予定されていた行動に移っていた。

 

≪よし、ブリタニア軍は壊滅状態となった! 今コーネリアの本隊は孤立状態、この機を逃すな! 黒の騎士団、征くぞ!!≫

 

 ゼロの無頼を先頭に、黒の騎士団のKMF隊が山頂より駆け下りる。目指す先はコーネリアの本隊。崩落が起こる直前、日本解放戦線の本拠地入り口を発見した部隊……事前情報から察するに、恐らくはダールトン隊……の側にに戦力を寄せた事で、今のコーネリア隊は丸裸に等しかった。

 故に、他部隊を抑える為に戦力を割く必要は無くなった。土石流のすぐ脇に位置しているコーネリア隊自体も、戦力は目減りしている。そして今ならば、他のブリタニア軍部隊は混乱の只中にあるか、良くて味方部隊の救援に当たっている。勿論この状況は長くは続くまい。故に、速攻で事に当たる必要がある。

 

 エリアスはスロットルレバーを全開にした。木々をすり抜けて、白夜はゼロの無頼や紅蓮と並び、黒の騎士団の先陣を切って猛進する。

そのエリアスの視界に、一つ妙な物が映った。

 

「ん……?」

 

 それは、白夜のレーダーディスプレイである。頭部にブレードアンテナを装備する白夜の索敵能力は、黒の騎士団のどの機体をも上回る。それが今、先の土石流で出来た土色の河の中に高速で移動する光点をはっきりと捉えていた。ユグドラシルドライブ反応。KMFだ。

 

「ゼロ、進行方向左前方、土石流の中を高速で突き進むナイトメアが居る」

 

≪何、サンドボードか? この一瞬で用意したとでも!?≫

 

「いや……ゼロ、お前見たか? 最初に降下して来た黒い機体」

 

≪アレか……まさか、アレックス隊の中には居なかったのか……?≫

 

 実の所、ゼロとてその黒い機体について何も知らなかった訳ではない。

 このナリタ攻撃作戦について、黒の騎士団では事前にある程度の情報を掴んでいた。その中に、本作戦において新型試作兵器が戦線に投入される、という情報はあったのだ。

 

 情報によれば、その配置は空挺降下部隊たるアレックス隊の先陣。故にゼロは、空からあの黒い機体が降って来た時、何も反応しなかった。元々T4VTOLとKMFの組み合わせ自体、空中での脆弱性とコストパフォーマンスの悪さが指摘されていたのだ。ネット上の軍事マニアの間でさえそうなのだから、ブリタニア軍とて何かしら対策は打つだろう、と。

 

 しかし、所詮空挺降下用の、いわばパラシュートのような装備ならば地上に降りてからは何の意味も為さない。故にゼロは土石流の影響範囲をアレックス隊を巻き込めるようセッティングし、機体諸共土石流で押し潰せば良い、と考えていたのだ。

 

 それが、もしもあの土石流によって破壊されなかったとしたら。

 

 あの黒い機体が目立つ形で戦っていたのは極短時間。その僅かな時間で観察した限りにおいては、一瞬ながらホバリングのような動作を行なっていた。恐らくは増加ブースターの類なのだろう。もしそうなら、地表面の状態を無視して移動が可能なはず。このレーダー光点の動きも頷ける。

 

「俺達が敵の展開を待っている間に本陣に戻った可能性もある。ああも派手に先陣切ってたんだ。補給の一つも挟んだ可能性がある」

 

≪では仕方ない……エリアス、お前はそちらへ向かえ! 敵の試作機の性能は未知数だが、お前の白夜なら渡り合える筈だ!≫

 

「了解、仕留めたら合流する。 何かあれば無線で頼む!」

 

 コントロールハンドルを傾け、エリアスは白夜を急速に旋回させた。目指す先は土石流の只中。途中で半壊したトーチカの残骸を見つけたエリアスは、思いつくものがあってその外装板をすり抜け様に拾い上げると、それを足場として泥の河の中をまるでサーフィンでもするかのように滑り降り始めた。

 そうして暫く滑走した果てに、目指す黒い機体の姿がメインモニターに飛び込んで来た。

 

「見つけた……!」

 

 そう呟いて、エリアスはコントロールハンドルのスイッチを押す。白夜の腰部マウントラックのロックが外れ、白夜はそこに装備していた武装を抜き放った。

 右と左、両方のマニピュレータで一つずつ。左手の方は、一見して刃の大きな短剣のようであり、一方で右手の方は折りたたまれた(ロッド)のようであった。

 マニピュレータで仕掛けを作動させる。瞬間、右手の(ロッド)が変形を始める。折りたたまれた本体が展開し、右側の先端から鋭く煌めく刃が飛び出る。一瞬で、ただの棒が槍となる。

 最後に、左手で持った短剣を右手の槍に装填する。真っ直ぐに、ではなく直角に。穂先が90°近く彎曲した、とも言えるその姿は、紛れもなく大鎌であった。

 これが、白夜の主兵装。変型と合体を駆使して幾つもの姿へと変化するインド軍区製の仕掛け武器。黒のボロ布を身に纏い、大鎌を構えた白夜の姿は、それこそ黒衣を着た髑髏……死神を連想させるものだった。

 

 本来、ポールウェポンが扱いたいのであれば普通に槍か薙刀を扱えば良い。実際この武器にはそのような変型パターンも存在する。

だが、エリアスは敢えてこの形を自らの得物に求めた。生身の時に扱うフォルケイトもその一環だった。

 

 鎌というのは本来農具である。が、欧州圏において、そしてその血を濃く引き継いだブリタニアにおいて、大鎌は古の時代から死神の得物としてのイメージが強い。それは即ち「収穫者(ハーヴェスター)」としてのイメージからである。人が実りを収穫するように、死神は人の首を刈り取る。死神とは、神に仕える農夫でもある。

 そのイメージを、エリアスは欲した。復讐の相手たる我が父に対して、いいや母と自分を捨てた全ての者達に対しての宣言として。

 

 ──貴様らの首、残らず俺が刈り取ってやる──

 そういうメッセージとして。

 

「さあ、刈らせて貰うぞ、ブリタニア──!!」

 

 叫びと共に、エリアスは白夜を跳躍させた。白夜は黒衣をまるで悪魔の翼のようにはためかせながら空中へと踊り出し、漆黒の機体に上空から襲い掛かった。

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