SLAYER'S CREED   作:EGO

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Memory06 不思議な縁

 氷の魔女を討ち取った冒険者たち。

 地獄の業火により焼き払われた為か、心なしか暖かくなった洞窟の奥で小休止をとり、体力がある程度回復した頃を見計らって外に出ようと歩き出した。

 先頭を歩くローグハンターは針が刺すように痛む頭を押さえると深く息を吐き、腰に吊るした金色の剣に手を触れる。

 

 ──俺はこいつを扱いきれていない。

 

 妹から譲られたこの剣だが、やはり彼女が持っていた方が良かったのではないか。

 ローグハンターはそんな事を思い、小さくため息を吐いた。

 今はそれを考える時ではないとわかってはいるが、目の前に問題があると気になって仕方がない。

 自分の悪い癖に再びため息を吐き、乱暴に頭を掻いた。

 

「……大丈夫?」

 

 そんな事をしていたからか、横を歩く銀髪武闘家から心配の声が漏れる。

 彼の事を誰よりもよく知る彼女は、彼の顔色が悪いことと、何やら真剣に考え込んでいることに気付いたのだ。

 問われたローグハンターは彼女の頬に触れ「大丈夫だ」と小さく呟き、「そっちこそどうだ?」と問い返した。

 図らずも求めていた彼の温もりを感じた彼女は、嬉しそうに目を細めて彼の手にすり寄って「大丈夫だよ」と返す。

 頬に感じる彼の温かさこそが、何よりも彼女が求めていたものだ。

 

「ふふ……!」

 

「どうした、いきなり」

 

 無意識の内に笑みがこぼれてしまい、ローグハンターは苦笑混じりに問いかけた。

 問われた彼女は「何でもなーい」と返し、嬉しそうに笑って見せた。

 ローグハンターは何だか嬉しそうな彼女に笑みを返しつつも、そっと彼女の頬から手を離す。

 突如として手を離された銀髪武闘家は名残惜しそうに彼の手を見送ったが、仕方がないと諦めた。

 気を緩めているとはいえ今は冒険中だ。甘えるのは帰ってからいくらでも出来る。

 それよりも気になるのは、後ろを歩く新米たちだ。

 敵対者に対して絶対の殺意の放つローグハンターと、人を甘やかすローグハンター。

 対極的な彼の二面性を叩きつけられて、困惑しない者などいない。彼と組んで日の浅かった銀髪武闘家でさえそうだったのだから当然だ。

 彼女はそっと後ろに振り返り、背中越しに新米たちに目を向けた。

 その表情には疲労の色が濃く、意外な事にローグハンターを避けているような節は見られない。

 疲れているから考えられないのか、そもそも気になっていないのか──。

 

「まあ、何でもいっか」

 

「何がだ」

 

「何でもない」

 

 ローグハンターは突然何かに納得した銀髪武闘家に疑問を覚えはするものの、彼女が「何でもない」と言うのならそうなのだろうと早々に割り切る。

 そして、彼は何を思ったのか新米たちに声をかけた。

 

「そういえばお前ら。遠目からだがあの鼠捌き、見せて貰ったぞ」

 

「み、見てたんですか!?」

 

 彼の言葉に新米剣士が思わず声を漏らし、ローグハンターは「見てたと言うよりも見えただが」と冷静に返す。

 

「俺はあまり鼠退治の経験はないから、そこまで深いことは言えないが」

 

 ──いい連携だったと思うぞ。

 

 彼は耳を澄ませなければ聞こえない程小さな声で、新米たちを褒めたのだ。

 突拍子もなく褒められた新米たちは顔を見合わせて、困惑するかのように瞬きを繰り返した。

 彼が皮肉や助言もなしに人を褒められるなど、滅多にあることではない。

 

「えっと、ローグハンターさん?」

 

「どうかしたのか?」

 

 恐る恐る新米武闘家が呼び掛けると、ローグハンターは背中越しに目を向けて振り返って首を傾げた。

 いつもの変わらない彼の姿に安心したのか、新米武闘家は照れたように笑いながら言った。

 

「いえ、褒めるなんて何だか珍しいなと」

 

「そうか?いや、そうだな」

 

 そこまで言われてようやく合点がいったのか、ローグハンターは苦笑混じりに小さく肩を竦める。

 

「褒めるべきと思えば褒めるさ。正当な評価は人を成長させるからな」

 

 彼はそう言って新米たちに視線を配り、一人一人と目を合わせながら頷いた。

 

「まだ粗が目立つが、妥協点だ。他の白磁と比べれば段違いに良いだろう」

 

 彼はそう言って新米たちを評価すると、ようやく言葉の意味を理解したのか、新米戦士は小さくガッツポーズをして見せた。

 見習聖女は「まだまだ子供ね」とぼやいて彼を小突くが、その顔には笑みが浮かんでいる。彼の事を注意こそしたが、内心ではかなり嬉しいのだろう。

 皆が一様に喜びを露にする中で、落ち込んだ様子なのが一名。

 白銀の矢を放って氷の魔女を討ち取らんとした白兎猟兵だ。

 今は拾ってきた白銀の矢を眺め、何度もため息を漏らしている。

 銀髪武闘家はやれやれと首を左右に振ると、ローグハンターの隣を離れて彼女の隣についてやる。

 そして落ち込む彼女の頭を撫でてやり、地母神の如く慈悲深い笑みを浮かべて見せた。

 

「あんまり気にしないの。誰にでも失敗はあるからね」

 

「そうですかねぇ……」

 

 彼女の励ましもなんのその、白兎猟兵は再びため息を吐いた。

 

「矢だけじゃ駄目だったんです。もういくつか、何かが必要だったけど、ぼかぁそれを知らなかった」

 

 ──たぶん、お父さんも……。

 

 彼女はそう言ってまたため息を吐き、前を歩く冒険者たちのとぼとぼと続く。

 銀髪武闘家は頬を掻いて「これは重症だねぇ」と呟き、彼女に言う。

 

「それでも何とかなったじゃん。こうして皆生きてるんだから、気にしないの」

 

「それはそうですけど……」

 

 泣かなかった立ち直ってくれない白兎猟兵の姿に流石の彼女も苛立ちを覚えつつ、白兎猟兵の肩を掴んで真正面から向き合った。

 

「もう、そんなに落ち込まないの!キミの集落を守れた!私たちも無事!キミも無事!形見の矢も無事!過程はどうであれ、結果的に大成功なんだからそれで良いでしょ!」

 

 怒りを滲ませぬように努めているが、そのお陰で言葉に余計な力が入ってしまう。

 それでも良いではないか。本心は包み隠さずに言わねば伝わらないのは、先頭を歩く朴念人(ローグハンター)のお陰で痛感した。

 白兎猟兵は何故だか必死に見える彼女の姿に思わず噴き出し、笑いを堪えて肩を揺らしながら「そうですかねぇ」と呟いた。

 確かに今回の戦いで失敗は多くあったけれど、結果だけ言えばこれ以上ない程の大成功だ。

 白兎猟兵が知っているかは別だが、終わり良ければ全て良しという言葉もある。

 

 ──なら、良いんですかね。

 

 白兎猟兵は矢を腰のベルトに挟むと、一気に喋ったからか息を荒くする銀髪武闘家に「心配させて、すみません」と頭を下げた。

 いきなり頭を下げられて驚きつつも、銀髪武闘家は手を左右に振った。

 

「気にしない、気にしない。誰だって落ち込む時はあるよ」

 

「私だってそうだし」と付け加え、彼女は照れたように苦笑を漏らす。

 

 ──やっぱり、人を励ますのは苦手かな……。

 

 あれやこれやと考えても、自分にはどこか遠慮している節がある。ローグハンターなら遠慮なく問題点を言い放ち、加えて励ますのだろうが……。

 銀髪武闘家が「中々難しいなぁ」と思っていると、前を歩く冒険者たちが足を止めた。

 慌てて話し込んでいた二人も足を止め、何事だと前方を覗きこむ。

 細道を抜けた先に待ち受ける、誰もいない筈の広間。

 ローグハンターのバーサークアローや氷の魔女の『吹雪(ブリザード)』の術で雪男たちは壊滅的な打撃を受け、生き残っていたとしても逃げ出した事だろう。

 それは別に構わない。雪男数匹で一体何が出来る。

 銀髪武闘家は白兎猟兵に「ちょっとごめんね」と一言告げてから離れ、何かを見つめて立ち尽くしているローグハンターの横についた。

 

「どうかし……たの……?」

 

 思わず言葉を詰まらせ、銀髪武闘家もローグハンターのように足を止めて広間の入り口で立ち尽くす。

 広間に人がいるのだ。それも三人。

 

「これが件の太鼓でしょうか。血塗れですが」

 

「これから魔力を感じる。きっとこれ」

 

 片刃の剣を握る凛とした女性が、豪華な杖を持つ女性と何やら話し込んでいる。

 遠目からでも二人の放つ雰囲気からかなりの強者であることはわかるし、ついでに胸の膨らみもそれなりにあることもわかる。

 銀髪武闘家には見覚えのない二人ではあるが、それはその二人だけだ。

 問題なのは残りの一人。見るからに強力な加護の施された鎧を身に纏う、新米たちと大して年も変わらなそうな黒髪の少女。

 湯気を立たせる氷の塊を興味深そうに観察し、時折指で突いて遊んでいるようにも見えるその姿は、年相応の少女のものだ。

 

「うーん。何だろうね、これ?」

 

 そうして尻尾のように黒髪を揺らして振り向くと、目を見開いて立ち尽くすローグハンターと銀髪武闘家の二人と視線があった。

 三人の視線が交錯すること数秒。

 

「お兄ちゃん!?」

 

 黒髪の少女──勇者がローグハンターを指差して驚きを露にした。

 街中で再会したのなら反応も違ったのだろうが、ここは人の寄り付かぬ雪山の、さらに人の来ぬだろう洞窟の中だ。

 兄と呼ばれたローグハンターは頭を抱えて天を仰ぐと、盛大にため息を吐いた。

 

 ──どうやら至高神は、とことん俺に迷惑をかけたいらしい。

 

 彼の中でそれなりに高かった至高神への評価が、この三日足らずで底辺が見えるほどに暴落を続けていた。

 

 

 

 

 

「いやー、またお兄ちゃんと会えるなんて、最近ついてるよ!」

 

「貴重な運をこんな所で使って欲しくはなかったがな」

 

 自分に抱きついて上機嫌な様子の勇者の髪を手梳で梳きながら、ローグハンターはため息を漏らした。

 都で別れておよそ一ヶ月。ここまで早い再会は初めてだ。

 冒険者たちは、広間の中央に集まり焚き火に当たりつつ、とりあえずの情報交換の時間となっていた。

 正確にははしゃぐ勇者をローグハンターに任せ、手の空いている他の面々で、だが。

 剣聖は相変わらずの兄妹の姿に笑みを浮かべつつ、羨ましそうに二人を見ている銀髪武闘家に意識を戻し、単刀直入に問いかけた。

 

「それで、貴女方はなぜこんな場所に?それも、見るからに駆け出しの子達を連れて」

 

「なぜって、まあ、後輩の頼み事を聞いたからからかな」

 

 銀髪武闘家は見習聖女に目を向けながら言うと、彼女は「その、託宣(ハンドアウト)が……」躊躇いがちに呟いた。

「託宣。なるほど……」と剣聖はとりあえず納得するが、賢者は目を細めて見習聖女にさらに問う。

 

「その託宣はどういう内容?」

 

「え?『北方の頂きに至れ』です。そこで何かを見つけろっていう意味なのかなと……」

 

 じっと睨まれた見習聖女は僅かに目を逸らして言うと、賢者は「そう」と呟いてローグハンターの方へと目を向ける。

 

「それで、この剣はどう?」

 

「どうだろうな。俺の手には余る気がしてきたが」

 

「そうかな?ぼくが持ってた時より、だいぶ落ち着いて見えるけど」

 

「そうか?」

 

「うん」

 

 勇者に金色の剣を見せて、何言か言葉を交わしていた。

 二人して柔らかな表情を浮かべて話す様子は、なるほど端から見れば仲の良い兄妹のそれだ。

 だがしかし、兄が確実に問題を起こすのは明白。確実に即死だったであろう致命傷(ファンブル)を貰いながらも死なず、むしろ力を強めるなど、笑えない冗談だ。

 

「ところで、お二人はなぜ雪山に?」

 

 考え込む賢者を他所に新米武闘家が問うと、剣聖は「あれを探しに来たのです」と告げて雪男たちが叩いていた太鼓に目を向けた。

 他の太鼓とは違い豪華な飾りで彩られ、見るからに特殊な術が施されているのが素人目からでもわかる。

 あの太鼓で何が起きるのかは定かではないが、儀式か何かに使うものだろう。

 

「──まともに使える物ではないと思うが」

 

 ローグハンターはタカの眼を使ったのだろうか、瞳から金色の輝きを放ちなかがらそう言うと、賢者は「確かに」と不服そうに頷いた。

 嫌っている彼と意見が一致したのが気に入らないのだろう。

 剣聖は小さく肩を竦めるが、彼の意見も尤もだと口には出さずに肯定を示す。

 魔力、魔術の類いは周囲の環境に影響されやすい。それが精霊の力を借りるものなら尚更だ。

 雪男たちが喰らった死骸に囲まれたこの場所では、大量の穢れを吸い込み、本来の用途には使えたものではなくなる。

 去り行く冬を讃えて春を願うその音色が聞けるのは、少なくとも今年のうちには無理だろう。

 

「兎人の集落で清めることは出来るのか?まあ、血を落としたら静かな場所にしばらく置いておくだけで良いと思うが」

 

 ローグハンターはどこか適当に言うと、ちらりと勇者の前髪が僅かに赤くなっていることに気付く。

 彼女の髪は幼い頃から黒一色だ。返り血などの対外的な理由で変わったのか、あるいは自分の目のように何かに影響されたのか。

 彼はその赤くなった勇者の前髪を撫でると、「何かあったのか?」と神妙な面持ちで問いかけた。

 これでも兄として慕われているのだ。異変が起きているかもしれない妹の心配をしないで兄は名乗れない。

 問われた勇者は「え?」と声を漏らして自分の前髪に触れ、「あー……」と何やら覚えがあるのか声を漏らす。

 

「実はね、山の下で人喰い鬼(オーガ)と会っちゃってさ」

 

「オーガ。ああ、あれか」

 

 ローグハンターの脳裏に過るのは、妖精弓手たちとの初仕事で探索した遺跡のことだ。

 依頼された通りのゴブリン退治とはいかず、群れ──本人は軍と呼んでいたが──の頭目たるオーガとも戦闘を繰り広げた。

 あれを戦闘と呼んで良いのかは議論の余地があるかもしれないが、互いの命を懸けて戦ったのならそれはもう戦闘だ。

 ゴブリンスレイヤーに聞けば、戦ったことは覚えているのだろうが名前を覚えてはいない筈だ。覚えようとすらしないだろう。

 ローグハンターは脳裏を過った友の姿を首を振って片隅に追いやり、勇者の髪についた返り血に触れる。

 乾いて張り付き、寒さで凍ったそれは、指で彼の拭った程度では落ちるものではない。風呂に入らなければ落ちはしないだろう。

 

「派手にやったのか」

 

「うん」

 

「そうか……」

 

 この娘のことだから正面切って戦ったのだろう。搦め手に頼った自分たちとは大違いだ。

 彼は訳もなく妹の髪を撫でてやり、撫でられた彼女は「んふふ~」と機嫌良さそうに音を漏らす。

 いまだにあのローグハンターに妹がいたことを信じられない新米剣士と新米戦士の二人は顔を見合わせて、「あんまり似てないな」と言葉を交わす。

 

「まあ、血は繋がっていないからな」

 

「血の繋がりだけを見て家族!なんて、言い切れないからね」

 

 ローグハンターと勇者の二人は顔を見合わせてそう言うと、思わず気圧された新米戦士と新米剣士の二人はたじろぐ。

「しっかりしてよ」と見習聖女が小言を呟くが、彼女の目は勇者に向けられている。おそらく先の二人と同じ事を思っていたのだろう。

 銀髪武闘家はいつまで経っても帰れないと判断を下し、一つ大きな咳払いをして冒険者たちに告げる。

 

「とにかく、その太鼓を持って集落に戻る。積もる話はそれからで良いでしょ?」

 

 そう、彼等が仲よく話しているこの場所は、生き物の死骸に囲まれた、血の臭いに包まれた洞窟内だ。

 そんなところでお喋りをするなど、かなりずれてきている──冒険者的には慣れてきている──証拠に他ならない。

 彼女の意見に異議は出ず、男三人で太鼓を担いで洞窟を後にした。

 ローグハンターからすればもはや通り慣れた道を進むこと数分。

 正面から差し込む光の中に突き進み、ようやく洞窟の外へと出た。

 氷の魔女が死んだからか、あるいは太鼓を奪還したからか、風もだいぶ和らいで、眩いまでの雪の照り返しが冒険者たちを出迎える。

 新米たちが第一堪らず腕で目をかばう中で、ローグハンターと銀髪武闘家は鬱陶しそうに目を細める程度。

 洞窟に入って短かった勇者の一党は大して気にしたようすも見せずにいると、白兎猟兵が「すごいですね」と呟いて雑嚢から板切れを取り出す。

 形だけを見れば眼鏡に似ているが、薄く細い切れ目が入っている。

 

「直接見ると、目ぇ痛くなっちまうんですよ。遮光器とかなくちゃあ、ね」

 

「それは準備していなかったな」

 

 ローグハンターは瞬きを繰り返しながら反省するように言うと、その事を記憶の片隅に刻み込む。

 次に雪山に来るのなら、きっとそれが雑嚢の片隅にあることだろう。

 最後の最後で失敗が一つ増えたが、後は帰るだけだ。

 三人ほど連れが増えたりもしているが、旅は道連れ。減るのはともかく増えるに越したことはない。

 

「とにかく、一旦集落に戻るで良いか」

 

「ぼくはそれで良いよ」

 

 ローグハンターの確認に勇者が真っ先に頷くと、剣聖が真剣な面持ちで問いかけた。

 

「ところで、道中で闇人を見かけませんでしたか?」

 

「闇人。ああ、見たが」

 

 剣聖の問いにローグハンターは首をはね飛ばした闇人の姿を思い浮かべ、確かに頷いた。

 

「どこに行ったのかはわかりますか」

 

 重ねられる問いかけ。

 意図がわからないローグハンターは首を傾げ、「それもわかるが」と言葉を繋いだ。

 彼の一言に剣聖が弾かれるように振り返り、ローグハンターの顔を覗きこんだ。

 彼女の整った顔立ちが目の前に来ようと、赤面する様子も狼狽える様子もない。

 

「奴はどこに」

 

 たった一言。凄まじい迫力と共に放たれた質問に、ローグハンターは肩を竦めて剣聖の顔を押し返し、そのまま空を指差した。

 

「神の御前に裁かれに行ったぞ。今頃地獄に堕ちているか、裁判待ちの列に並んでいる筈だ」

 

 彼はそう言うと口笛を吹き、天高く舞っていた鷲を呼び寄せる。

 呼ばれた鷲は何事だと彼の頭の上に止まり、懐から取り出された餌を啄むように食していく。

「鷲だ!」と目を輝かせる勇者の姿は、年相応の少女のものだ。これで何度も世界を救っているのだから、本当に驚いてしまう。

 ローグハンターは残りの餌を勇者に渡し、釣られるように鷲が彼女の腕に移ると、興奮した様子で「ふぉー!」と奇声を漏らす。

 その隙にローグハンターは剣聖へと目を向け、「あの闇人、生け捕りにするべきだったか?」と問うた。

 氷の魔女と入れ替わりで戦闘を開始したが、嫌な予感がした為一刀の下に(一ターンで)屠ったのだが、駄目だったのだろうか。

 祈る者(プレイヤー)の絶対の敵たる祈らぬ者(ノンプレイヤー)を倒して不安になるなど、おそらく初めてのことだ。

 謎の不安に駈られるローグハンターに、剣聖は「いえ、倒したのなら良いのです」と返して肩を落とした。

 

「ここまで来たのに、全て無駄足とは……」

 

「あのオーガの目的を潰せた。それだけで充分」

 

 露骨に残念がる剣聖の肩を叩き、賢者は小さく笑って見せた。

 彼女も笑えるのかとローグハンターは目を見張ったが、それに気付いてすぐに無表情へと戻ってしまう。

 随分と嫌われたものだとため息を吐き、目も慣れてきた新米たちに声をかけた。

 

「それじゃあ、行くとするか」

 

『はい!』

 

 彼の指示に元気溢れる返事が届き、満足そうに頷き返す。

 ここから兎人の集落までは半日とかからない。その道中に何もないとは限らないが、勇者がいるのなら大事にはならないだろう。

 

 

 

 

 

 冒険者たちが集落に戻ると「英雄様の帰還だ!」と兎人たちに迎え入れられ、生活も苦しいだろうに盛大な宴が行われた。

 冒険者たちは悪いとは思えども、それが彼らの流儀なのだからと受け入れる。

 突然の宴に巻き込まれただけの勇者たちは困ったものだが、「客人はもてなさないとね!」と迎え入れられて宴の輪の中に。

 集落の広場に集まって中央に焚いた篝火を囲み、出される料理に舌鼓を打つ。

 薄味ではあるが暖かいスープは、ローグハンターが好む味だ。

 

「それで、まじょはどんなことしたの!」

 

「ゆきおとこはどうしたんですか!」

 

「わたしにもきかせて!」

 

 問題は、次々と兎人の子供達から質問が飛んで来る事だ。

 見慣れぬ只人であることに加え、雪男二匹を瞬殺したその技量には、ある種の尊敬が向けられている。

 ローグハンターは慣れぬ扱いに困り顔になりつつ、ちらりと銀髪武闘家に目を向けた。

 彼女も彼女で兎人に群がられており、その愛想の良さからか子供達にも早速なつかれたようだ。

 小さな白い毛玉のような子供達に群がられて温かそうではあるが、一周回って暑いのか、額には僅かに汗が浮かんでいる。

 それはローグハンターとて同じこと。額に浮かぶ汗を拭い、「魔女は──」「雪男は──」と、子供達の質問に一つ一つ答えていく。

 その姿は幼い頃の勇者と接する頃と変わらない。幼い子供の扱いには多少なりとも慣れているのだろう。

 宴の席の端では白兎猟兵が彼女の父の知り合いだったのであろう兎人たちから褒められ、撫でられ、もみくしゃとなっていた。

 新米たちも質問責めにされてはいるものの、二人に比べれば良い方だ。見る限り食べ物に手を伸ばす余裕がある。

 巻き込まれただけの勇者たちも言わずもがな。多少興味の引かれた子供たちが近づく程度で支障はなさそうだ。

 無邪気にこちらを振り回してくれる、何とも愉快な兎人たちの姿を眺め、ローグハンターは息を吐いた。

 彼らの平穏を守れたのなら、こちらも頑張った甲斐があったというもの。

 ふと、彼の背後を通った兎人の女性が、銀髪武闘家に何やらカップを差し出した。

 

「武闘家様、飲み物はいかがでしょう?」

 

「あ、ありがとうございます。何ですか、これ」

 

 彼女は聞きながら、答えを待たずに一口あおる。

 兎人の女性は豪気な彼女の姿に苦笑を漏らし、小さく肩を揺らしながら答えを口にした。

 

「──我が家特性のお酒です」

 

 騒がしい宴会の席において、その一言だけがローグハンターの耳にだけ嫌に響いた。

 彼は口に含んだスープをどうにか噴き出さずに堪えたが、壊れた人形のように銀髪武闘家の方へと顔を向けた。

 

「あは~」

 

 上気して朱色に染まった肌。蕩けた瞳。無邪気な笑顔。

 別に見ているだけなら何てことのない、愛する彼女の愛する表情の一つだ。

 だが、その表情を浮かべた後に何が来るのかを知るローグハンターは、冷や汗をかきながら立ち上がり、そっとその場を離れようとするが、

 

「あ、おにーちゃんまって!」

 

「いかないでーっ!」

 

「もっとおはなししてぇ!」

 

 憐れローグハンター。敵意と殺意には敏感だが、無邪気な子供には滅法弱いのだ。

 兎の脚力を活かして彼の背中に飛びかかった兎人の子供達に押し倒され、逃亡を未然に阻止される。

 背中を押されて倒れる彼を抱き止めたのは、他の誰でもない彼女だった。

 不幸な偶然(ラッキースケベ)で彼女の豊かな胸に頭から飛び込み、強靭な体幹と筋力によって体を支えられる。

 しっかりと抱き止められたローグハンターは頭を包む柔らかさを堪能しつつ、ゆっくりと顔を上げた。

 

「あははっ!キミの方から来てくれたね……」

 

 にこーっと太陽の笑みを浮かべる銀髪武闘家は、心の底から愛おしそうに彼の黒髪を撫でた。

 彼女が無意識に放つ圧に押された兎人の子供達は、それこそ蜘蛛の子を散らすように解散していき、親か手頃な友人たちと合流を果たした。

 

「ふふふ~♪ふふ♪」

 

 上機嫌そうに鼻唄を歌いつつ、彼の頭を自分の胸に押し付けて頭を撫で回す。

 ローグハンターが逃げられぬと察するのには時間は要らず、豊満な胸に押し付けられているからか、呼吸が苦しいのはご愛嬌か。

 

「こーらー!」

 

 だが、捨てる神もいれば拾う神もいる。

 どこからともなく飛び出してきた勇者が銀髪武闘家の背中に飛び付き、不満そうに頬を膨らませた。

 

お姉ちゃん(・・・・・)だけずるい!ぼくにも甘えさせて!」

 

 前言撤回。勇者も勇者で駄目だ。

 銀髪武闘家は「仕方ないなぁ~」とにこにこ笑ったまま言うと、小柄な彼女の頭を撫で始める。

 そうしている間にも、ローグハンターの意識は点滅を繰り返していた。

 頭を撫でられた勇者は気持ち良さそうに目を細めたが、「ちっがう!」と喝を入れて体を離す。

 そしてしゅびっ!と銀髪武闘家を指差し、次いで動かなくなり始めているローグハンターを指差した。

 

「ぼくはお兄ちゃんに甘えたいの!」

 

「え~。どうしよっかな?」

 

 銀髪武闘家がローグハンターの頭を抱えながら体をくねらせると、彼の口から「お゛ぅ゛……!」と汚い悲鳴が漏れた。

 酔っているとはいえ、彼への想いに歪みはない銀髪武闘家はハッとしてローグハンターの顔を覗きこみ、白眼を剥いていることに気付く。

 呼吸はしているようだから生きてはいるようだ。

 

「あ~、やっちゃった♪」

 

「やっちゃったじゃないよ!?」

 

 なら良いかと呑気な銀髪武闘家に、思わずツッコミを入れる勇者。

 突如として始まった漫才に兎人たちは困惑していたが、一人が笑い出せば続々とそれに続いて笑いの輪が広がっていく。

 

「とりあえず、部屋まで運んじゃうね~」

 

「お姉ちゃんにばっかり任せてられないよ!」

 

 銀髪武闘家がひょいとローグハンターの体を担ぎ上げると、落とさないか心配で堪らない勇者が声を出した。

 銀髪武闘家は勇者の言葉に構わず歩き出し、「ちょっと待ってよ!」と勇者がその後ろを追いかける。

 消えていく二人の背中を見送った兎人たちの宴はまだ続く。

 まだ冬は終わらないけれど、冬が終わればまた春が来る。

 彼らはそれを知っている。ただそれだけで、彼らは充分なのだ。

 

 

 

 

 

 翌朝、兎人の巣穴の一室。

 

「……どういう状況だ」

 

 藁を積んだだけのベッドに寝かされたローグハンターは、天井を見上げてぼそりと漏らす。

 柔らかな何かが押し付けられている右腕に目を向け、次いで小柄な何かが抱きついている左腕に目を向けた。

 

「すぅ……すぅ……」

 

「くぅ……ん?にゃ……」

 

 右腕に抱きつく銀髪武闘家と、左腕に抱きつく勇者は、それぞれ無防備な寝顔を彼に晒し、静かな寝息をたてている。

 ローグハンターは再び天井を見上げてため息を吐きだした。

 天上に座し、骰を振るう神々よ。

 

「──これは一体どういう状況だ」

 

 

 

 

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想、アンケートへのご協力など、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
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