SLAYER'S CREED   作:EGO

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Sequence12 許されぬ事などない
Memory01 西の空に雷鳴が轟く


 陽が山から顔を出して二時間程。眠る狐亭。

 冒険者用に用意されている部屋の一室に、ローグハンターと銀髪武闘家はいた。

 部屋に置かれた二台あるうちのベッドの内、一台だけを使って身を寄せあい、お互いの体温で相手を温めるように寝ているのだ。

 いつからか始まった二人の添い寝は、やがて二人の習慣となり、時には自重すべき冒険の出先でさえ行われる程だ。

 だが彼らの友人たちはそれを止めないし、彼らが率先して止めるということもない。

 彼も友人たちも、明日をも知れぬ冒険者の身だ。触れあえる内に触れあっておかなければ、必ず後悔を残すことだろう。

 加えて、一ヶ月前に銀髪武闘家は文字通り死にかけているし、その前にもローグハンターは数度死にかけた。

 死を間近に感じたからこそ、二人を精神的に遮っていたものはやがて希薄となり、今の距離感となったのだろう。

 だが、いつまでも寝ている訳にはいかない。

 

「……」

 

 ローグハンターはゆっくりと瞼を持ち上げ、腕の中にいる銀髪武闘家に目を向けた。

 油断した寝顔は彼がいるからこそ見られるものであり、彼のために見せていると言っても過言ではない。

 彼女の銀色の髪を手梳で梳いてやり、額に唇を落とす。

 額への口付けは、果たして何を意味するものだったか。

 彼は自分の知識不足を恨めしく思いつつ、彼女を起こさぬようにベッドから降りた。

 例に漏れず昨晩も遅くまで愛し合っていた訳だが、ローグハンターの体からはなおも有り余る気力が溢れている。

 それを一身に受け止め続けた銀髪武闘家は、本日中に回復するのだろうか。

 

 ──いや、回復させる。

 

 ローグハンターは目を細めて決心すると、いつものように衣服を纏い、ローブを羽織り、鎧を取り付け、弓と矢筒、長筒を背負い、二振りの剣を腰帯に吊るし、雑嚢を取り付けて準備を終える、

 いつも以上に準備の速い彼の神経は、ここ数日で更に研ぎ澄まされていた。何故そうなったのかはわからない。だが、確実に何かを感じ取っているのだ。

 彼の第六感が警告していることもそうだが、体の奥底に刻まれたテンプル騎士(アサシンハンター)としての本能が、ここは危険だと告げているのだ。

 今日は早めにギルドに行こうと、ローグハンターはいまだに眠る彼女の後ろにまわるとシーツを退かし、直に背中に手を触れた。

 筋肉質と言っても寝ている時は力が抜けているものだ。彼女の背中はとても柔らかく、温かい。

 

「んぅ……」

 

 彼女の口から艶っぽい息が漏れたが深く息を吐いて邪念を捨て、背に触れた自身の右手に意識を傾ける。

 瞳が金色の光を漏らし始めると共に、ローグハンターは「はっ!」と気合いの声と共に右手に力を入れた。

 彼の体を伝って金色のオーラが銀髪武闘家の体に流れ込み、

 

「──はにゃ!?」

 

 熟睡していた彼女の意識を半ば無理やり覚醒させた。

 跳ね上がるように起き上がった彼女は、何事だと部屋を見渡し、明らかに何かした様子のローグハンターを発見する。

 部屋の中で完全武装なのはわかる。彼は起きたら真っ先に武装することを好むからだ。

 それにしたって、自分がいた場所に腕を伸ばして何をしていたのか。

 

「えっと、おはよう?」

 

 とにかく挨拶からだと意識を切り替え、疑問符を浮かべながらも彼に向けて声をかけた。

 ローグハンターはいつも通りに「おはよう」と返して、「体はどうだ」と問うた。

 問われた彼女はぺたぺたと自分の体に触れ、「大丈夫そう」とにこりと笑って見せた。

 腰砕けになっているかと思ったが、意外と大丈夫だったようだ。

 屈託のない彼女の笑みを、ローグハンターは自分の右手に目を向けた。

 最近扱えるようになってきた能力(アビリティ)は、下手な魔術や奇跡よりも汎用性が高いかもしれない。

 彼は胸中で自分の変化を受け止めつつ、いまだにシーツにくるまる銀髪武闘家に目を向けた。

 彼女の裸体を拝めないのは仕方がないと、彼女を起こした目的に話を持ち込む。

 

「なら、早く着替えろ。ギルドに行く」

 

「え?今日は随分早いね」

 

 銀髪武闘家は首を傾げるとベッドの上を四つん這いで進み、真剣な面持ちのローグハンターと目を合わせた。

 いつからか色が変わった彼の金色の瞳は、いつにも増して色が澄み、虹彩は輝いているようにさえ見える。近くで見ればさながら宝石のようだ。

 鼻先が触れそうな程に近づいた彼女の頬を撫で、「頼む」と変わらず真剣な面持ちで告げた。

 彼がここまで真剣になるのは重要な仕事に関して考えている時か、自惚れだが自分のことを考えている時ぐらいのもの。

 おそらく、まだギルドが開いたばかりの時間だ。依頼の貼り出しが行われるのは一時間程たってからだろう。

 それでもギルドに行こうと言うのは、朝一番に職員から呼ばれたからか。

 銀髪武闘家は「わかった」と頷き、彼から離れてベッドを降りる。

 ベッド脇に落ちていた、最近どうにもきつい気がする下着を回収して手早く纏い、次いで服を着て、髪紐で髪を纏めて、そこでようやく気付く。

 彼女はゆっくりと視線を後ろに向け、僅かに赤面しながら目を逸らす。

 

「……ね、ねぇ?」

 

「ん?」

 

 ローグハンターが、彼女の着替えを凝視していたのだ。

 その鋭い双眸を一切逸らすことなく、彼女に声をかけられてなおぶれない。

 彼に裸を見られることに今さら抵抗はないが、こう、服を着る時に見られるのは脱ぐ時とは違う羞恥心を覚える。

 それを彼が理解しているかはわからないが、おそらくそこまで考えてはいまい。

 現に彼の手は既に腰帯の剣に置かれている。何かが起きれば、すぐさま相手を切り伏せることだろう。

 随分と警戒している彼の姿は、出会ったばかりの頃を彷彿とさせる。

 あの頃は添い寝をするどころか、同じ部屋に泊まれてすらいなかったのだ。そう思えば、今の彼との距離感は有難い。

 まあ、着替えを凝視されるのは少し違う気もするが……。

 拳にセスタスを、両足に脚甲を取り付け、彼女は「良し!」と声を漏らした。

 

「準備出来たよ」

 

「わかった。行くぞ」

 

 笑顔と共に彼女が告げると、ローグハンターは一つ頷いて部屋を後にしようとするが、ふと雑嚢に手を突っ込んで何かを探し始めた。

「忘れ物?」銀髪武闘家が問うと、彼はすぐにそれを見つけたのか「いや、見つけた」と返して小さく安堵の息を吐いた。

「何か大切なもの?」と首を傾げても、彼は努めて平静を装って「何でもない」と返すのみ。

 彼が何かを隠す時は、こちらを巻き込みたくない程の面倒に巻き込まれた時か、あるいは彼にとっては重要な事で、決して口外したくない時だ。

 

 ──なら、深掘りしない方が良っか。

 

 雑嚢を探って「何でもない」と言ったのだから、何か道具を隠しているのだろう。

 彼の道具は扱い方を間違えれば命に関わるものばかり、触らぬ神に祟りなしだ。

 

「どうかしたのか」

 

 ローグハンターは部屋のドアを開けると、いまだに動かない銀髪武闘家に声をかけた。

 相変わらずその表情には警戒の色が濃いが、彼女を心配しているのは目に見えてわかる。

 否、彼女が心配だからこそ警戒しているのだろう。彼にとって、彼女は自分の命以上に大切なものだ。

 銀髪武闘家に何故警戒しているのかはわからないけれど、彼には彼にしかわからないものがある。彼の眼でしか、見えないものがある。

 

「ううん。大丈夫」

 

 銀髪武闘家は彼を心配させまいと笑顔を浮かべ、小走りで彼の下へと進む。

 勢いに任せて彼の胸へと飛び込み、ぎゅっと抱擁すると顔をあげる。

 

「それじゃ、行こっか」

 

「ああ」

 

 彼女の言葉にローグハンターは微笑混じりに頷いて見せ、彼女の手を引いて歩き出す。

 歩き慣れた廊下も、こうして歩くとどこか新鮮だ。

 いつもの彼なら寝ている自分を放っておいて下に行き、店主と話し込んでいただろう。

 だが、今はどうだ。その彼は自分の手を引いていて、店主は都から戻って来ていない。

 少しずつ、それでも確かに日常も変わっているのだ。

 銀髪武闘家は可笑しそうに目を細め、目の前で揺れる彼の黒髪に目を向けた。

 彼が歩く度に尾のように揺れるそれは、初めて会った時に引っ張ったのだが、過去の自分は中々に豪気なものだった。

 

 ──初対面の人の髪の毛を引っ張るなんてね……。

 

 今になって下らない事を思い出したと苦笑を漏らし、それに気付いたローグハンターが「どうした」と背中越しに振り替える。

 

「何でもないよ」

 

 彼女は笑いながら首を振り、彼の手を握る手に僅かに力を入れた。

 彼は無言で握り返すと、その耳が僅かに赤くなっているような気がした。

 

 

 

 

 

 朝一番のギルドというのは、それなりに騒がしいものだ。

 どんな依頼を受けるかは早い者勝ち。割りの良い仕事を取れるかは朝の時間に懸かっている。

 何よりただですら冬は寒いのだ。朝の内に依頼に出れば、暖かい昼の内に町に戻ることが出来る。

 故に冒険者たちは冒険をする時と同様に、とまではいかなくともそれなりに集中していた。

 受付嬢は例年通りの彼らの姿に安心しつつ、依頼書を整理し、細かく仕分けていく。

 冬眠し損なった猛獣の討伐、商人の護衛、盗賊退治、などなど。

 依頼を吟味し推奨される等級を定め、それに見合った報酬が払えるのかを再度確認。

 依頼人から依頼を受領する際にもすることだが、万が一ということもある。何事にも失敗の影は付きまとうものなのだ。

 何度も確認をしたからだろうか。ふと覚えた違和感に、受付嬢は首を傾げて依頼書の枚数を確認した。

 一目見ただけでは他の季節よりも気持ち少ない程度なのだが、もはや熟練者(ベテラン)である彼女にはすぐにわかった。

 

 ──依頼が少ないのもそうですけど、ゴブリン退治が一枚もない……?

 

 違和感の正体はそれだった。冬の季節は確かに依頼は減るものだが、ゴブリン退治が一枚もないなど……。

 まあ、依頼がないというのは良いことだ。冒険者たちは困るかもしれないが、依頼人が困っていないのは良いことではないか。

 それに、ゴブリン退治がないのなら()だって多少は気が楽だろう。

 受付嬢はそこまで思慮するが、「それはないですよね……」と一人呟いた。

 彼なら『奴等が力を蓄えているかもしれん』と返すに決まっている。

 受付嬢は脳裏を過った彼の姿を一旦追い出し、とんとんと卓の上で依頼書の束を叩いて整理すると、隣の同僚に目配せする。

 少ないとはいえ依頼を貼り出すのも一苦労だ。ただですら有り余っている冒険者たちに負けぬようにしなければ。

「良し!」と気合いを入れ、肺に冷たい空気を思い切り吸い込んだ時だ。

 

「おっはよー!」

 

 壊れるのでは心配になるほどの勢いで、ギルドの自由扉が開け放たれた。

 外から雪崩れ込んできた新鮮な冷たい空気に冒険者と職員たちは身震いし、一斉に入り口へと目を向けた。

 そこにいたのは銀色の髪をなびかせる女性だ。このギルドに集う者なら、まず間違いなく見覚えがある人物であるが、何人かは驚きを露にして目を見開く。

 何せ彼女は朝に弱いのだ。こんな朝一番にギルドに来るなど珍しい。

 

「……あれ?」

 

 そんな彼らの視線に気付いてか、銀髪武闘家は首を傾げた。

 いつも通りにギルドに入ったつもりなのだが、何か間違えただろうか。

 彼女は自問するが、答えにたどり着くことはない。いつも通りに入ってきたのだから、そんな奇異な目で見られても困る。

 

「おう、武闘家。今日は随分と早いな!」

 

 そんな困り顔の彼女に向けて、女騎士が声をかけた。

 彼女の一言に「なるほど」と頷いて、銀髪武闘家は苦笑を浮かべる。

 

「それがさ、彼に起こされちゃって……」

 

 彼女が愚痴を溢すように、僅かに不服そうに言うと、タイミングを合わせたかのように自由扉が開いた。

 彼女が来たのだから、その後ろに続く人物は決まっている。

 

「自分でも俺らしくないとは思ってはいるがな」

 

 彼女の背後から、それこそ影のように現れたのは、漆黒の鎧に身を包んだローグハンターだ。

 彼は鷹の如き鋭い視線をギルド内に配り、一人一人を睨むように観察している。

 彼の目に映っているのは青い影ばかり。敵はいないようだと僅かな安堵を覚える。

 

「おい、ローグハンター!随分と機嫌悪そうじゃあねぇか!」

 

 タカの眼を解除したローグハンターに、槍使いからの怒鳴り声がぶつけられた。

 朝一番に睨まれたのだ。真意を知らない彼らが不機嫌になるもの仕方がないだろう。

 ローグハンターは「ああ、すまん」と軽く頭を下げ、「どうにも嫌な予感がしてな」と目を細めた。

 

「朝っぱらから止めてくれよ。お前の勘は妙に当たるって聞いたぜ」

 

 槍使いが「嫌だ嫌だ」と手を振りながら言うと、隣の魔女も煙管を吹かして「そ、ね……」と呟いて紫煙を吐き出す。

 確かにただ事ではないと重戦士が唸り、ローグハンターと銀髪武闘家に告げた。

 

「なら、宿にいればいいだろう。そういう日は冒険に出ないに限るぜ」

 

 同業者として、友人としての純粋な心配からの助言だった。

「それもそうなんだが……」とローグハンターは言うと、ギルドに集う銀等級冒険者たちに目を向けた。

 槍使い、魔女、重戦士、女騎士。ゴブリンスレイヤーらはまだ来ていないが、彼らならすぐにでも来るだろう。

 ローグハンターは小さく肩を竦め、友人たちに不器用な笑みを向けた。

 

「この街でここ以上に安全な場所があるか?」

 

「……それもそうだけどな」

 

 重戦士はほとほと困り果てたように複雑な表情を浮かべ、絞り出すようにそう呟いた。

 在野最高の銀等級が四人。ローグハンターたちを含めれば六人だ。前衛ばかりなことは気になるが、この面子(めんつ)であれば上級悪魔(グレーターデーモン)にすら苦戦はしないだろう。

 だが、その面子が揃っているのも数分だけだ。槍使いたちも重戦士たちも、依頼を見つければすぐに出ていからだ。

 ローグハンターはその数分だけでも気を抜きたいのだろうの予測し、重戦士は「仕方ねぇな」と頭を掻いた。

 どうせ依頼が貼り出させるまで時間はあるのだ。その間だけ一緒にいたって良いではないか。

「迷惑かける」とローグハンターは小さく頭を下げ、銀髪武闘家と共にいつものギルド端の卓に足を進めるが、

 

「ローグハンター殿、申し訳ない」

 

 不意に、あまり聞き慣れぬ声で呼び止められた。

 声の主は受付の奥から顔を出したばかりのギルド支部長の男性だ。

 支部長という立場上あまり出掛ける機会もないだろうに、洒落た服に包まれた体は、冒険者ほどではないが意外と引き締まっている。

 滅多なことでは顔を見せない人物の登場に冒険者たちは驚くが、当の彼は緊張の面持ちで額に汗をかいていた。

 ローグハンターは明らかな不満を顔に出すが、相手が相手だからと表情を引き締めた。

 彼がいなければこのギルドは機能せず、自分たちはただの無頼漢。

 自分が常より早く黒曜等級昇格する際にも、彼の見えぬ努力と苦労があったと聞く。

 ならば、無下にするのも失礼だろう。

 

「珍しいな、急ぎの依頼か」

 

「ええ。あなたに会いたいという人がいらしております」

 

 支部長は困ったように言うと、ギルドの二階に目を向けた。

 二階には来賓用の応接室がある。そこに行けということだろう。

 ローグハンターは誰が来たと思慮するが、面倒だなと直接確認を取る。

 

「俺に会いに来るとは、物好きもいたものだな。誰だ」

 

「あなたの妹を自称している少女と──」

 

「妹だと!?」

 

 支部長の言葉を遮るように、女騎士が驚きを露にした。

 いや、彼女だけではない。

 冒険者ギルドに集った事情を知らない者たちは、一様に目を見開いて驚きを露にしていた。

 あのローグハンターに妹がいたのか、どんな奴だと予想が始まっている。

 ローグハンターは額に手をやってため息を吐き、「あの馬鹿が……」と天を仰いだ。

 

「とにかく、わかった。上に行けば良いんだな」

 

「ええ。あまり待たせないで下さい」

 

「わかっている」

 

 妙に急かしてくる支部長に肩を竦めて見せ、銀髪武闘家に目を向けた。

 

「お前も来てくれるか」

 

「え~、お腹空いた~」

 

 既に朝食を貰おうと卓についていた彼女は不満を漏らすが、ローグハンターは譲るつもりもないのか「後で好きなだけ食べてくれ」と返した。

 

「もう、仕方ないなぁ」

 

 流石の銀髪武闘家とはいえ不服そうに立ち上がると、「なら、お酒も飲ませてね!」と提案した。

 いつものローグハンターなら、それを言われては引き下がる他なかっただろう。

 だが、彼は「今回は仕方ない」と即断した。

「え?」と銀髪武闘家が声を漏らすが、彼は「速く来い」と手短に返すのみ。

 逃げ道を塞がれては進むしかない。彼女は小さくため息を漏らすと、足早に彼の下へと向かう。

 

「それにしても、何で妹ちゃんが」

 

 二人で階段を登っていると、不意に銀髪武闘家が問いかけた。

 答えを持たないローグハンターは「わからん」と返す他ないのだが、彼には何となく理由を察することは出来ていた。

 今朝から感じる違和感の正体。妹に会えば、その正体もわかるかもしれない。

 ローグハンターは音をたてることなく階段を昇りきり、僅かに遅れていた銀髪武闘家に手を差し出す。

 彼女は「ありがとう」と笑みを浮かべて彼の手を取り、引かれる勢いのままに昇りきる。

 今日は随分と触れ合いが多いなと思いつつ、事実嬉しいことなので指摘はしない。

 昇級の面接を行うために、二人で何度も通ってきた廊下だ。

 上等なカーペットが敷かれた廊下は、冒険用の靴で歩くには少々柔らか過ぎる。

 足の裏に感じる独特な違和感を振り払いつつ、ひたすら前に進み、『応接室』と看板の下げられたドアの前で足を止めた。

 二人は目配せし、頷きあうと、ローグハンターはノックもなく問答無用でドアを開けた。

 バン!と音をたててドアが開かれると共に、

 

「お兄ちゃあああぁぁぁぁんっ!」

 

 世界を救った勇者が、ローグハンターの胸に飛び込んできた。

 彼は慣れた様子で彼女の小さな体躯を受け止めると、「今回は早い再会だな」と苦笑混じりに頭を撫でてやる。

 勇者は彼に頬擦りしながら、目を細めて気持ち良さそうに声を漏らしていたが、部屋の中から放たれた咳払いで意識を戻す。

 

「そうだ、お兄ちゃん!怪我とかしてない?」

 

「この通りだが、何か問題でも──」

 

 咳払いにつられる形で部屋を見たローグハンターは、その場で固まって思考を止めた。

 勇者がいるのだから剣聖と賢者がいるのは良い。二人は勇者の一党だろう。

 だが、しかし。

 

「お久しぶりです、ローグハンター様」

 

「ああ、久しぶりだな」

 

 彼の姿を認めた途端に、艶っぽい息を吐いた剣の乙女がいたのは予想外だ。

 僅かに狼狽えたようにローグハンターは返すと、彼女の体に目を向けた。

 いつものように黒い布で目元を覆い隠し、白い薄布で豊満な肉体を覆っている。

 覆っていると言っても、彼女の体を本当の意味で隠せているかは疑問が残る。

 応接室の上等なソファーに潰された臀部など、はみ出してしまいそうだ。

 ローグハンターは露骨にため息を吐くと、勇者を離して改めて室内を見渡した。

 勇者に始まり剣聖、賢者、剣の乙女、彼女の侍女たる武僧。

 ローグハンターを除いて全員が女性、それもかなりの美人にあたる部類だろう。

 並の男なら様々な妄想と共に生唾を飲み込む状況でも、ローグハンターは狼狽えない。後ろに恋人がいる状態で狼狽えたら、後が怖いからだ。

 入室したローグハンターは邪魔な装備をソファーに立て掛けてから腰掛けると、その隣に銀髪武闘家が腰掛けた。

 それを合図にして、ローグハンターがいつも通りに問いかける。

 

「それで、何事だ」

 

 開口一番、単刀直入の言葉に答えたのは剣の乙女だ。

 先程までの恋する乙女の表情は消え失せ、一人の冒険者として、大司教としての面持ちで告げた。

 

「先日、至高神から託宣(ハンドアウト)があったのです」

 

「また至高神か。今度は何だ」

 

 彼女の言葉にローグハンターはわざとらしく肩を竦めた。

 先日も至高神からの託宣で雪山に登ったのだ。これ以上の面倒は避けたい。

 だが、彼の第六感が告げている。今回は違う、前回の比ではないと。

 勇者も「僕も何だか嫌な予感がしたんだよね」と真剣な面持ちで言うと、ローグハンターも「俺もだ」と頷き返す。

 

「朝起きてから、どうにも落ち着かん。誰かから見られている気がする」

 

 彼は目を細めて言うと、銀髪武闘家は「見られてる?」と首を傾げて窓の外に目を向けた。

 朝一番の喧騒は昼ほどではないが騒がしく、人々の活気に満ちている。

 外を行き交う人々は皆生き生きとしており、怪しげな人物は見る限りいないように思えた。

 

「いつも通りに見えるし、何も感じないけど……?」

 

「ああ。相手は俺だけを見ている。お前は眼中にないか、目的ではないんだろう」

 

 ──なら、相手は誰だ。

 

 ローグハンターは顎に手をやって思慮を深めるが、彼の様子を見ていた賢者が氷のように冷たい声で問うた。

 

「最近、貴方を霊峰に飛ばした男とは会った?」

 

「今日は顔馴染みにしか会っていないが」

 

「今日だけじゃなく、最近で」

 

「一月前の都で会ったのが最後だ」

 

 ローグハンターが淀みなく言うと、賢者は「そう」と漏らして小さく俯いた。

 

「二人に何かしらの関係があるのは明白。文献からして、何かを求めている……?」

 

 ぼそぼそと呟きながら思慮を深める賢者を他所に、剣の乙女が「お話を戻しますわね」と身を乗り出した。

 たわわに実った双つの果実が揺れるが、ローグハンターは気にしない。

 彼が静かな事をこれ幸いと、剣の乙女は言葉を続けた。

 

「わたくしに降ろされた託宣(ハンドアウト)に関してお話ししてもよろしいでしょうか」

 

「ああ。また遠出することになりそうだな」

 

 ローグハンターが肩を竦めると、剣の乙女は「依頼ではないのです」と首を振った。

 

託宣(ハンドアウト)は、至高神様のお言葉ではありません。わたくしに見せて下さったのは、とある風景です」

 

 ──目も見えませんのに、おかしいと思うでしょう?

 

 彼女が自虐的にそう言ったが、ローグハンターは「思わん」と告げると彼女の黒布に包まれた見えざる瞳を覗きこんだ。

 間近に迫った彼の影に剣の乙女は思わず頬を赤く染めるが、彼は目を細めて告げる。

 

「何かが見えないとは、逆に本来なら見えない何かを見つけられるのと同義だと俺は思っているが」

 

 物心ついた頃から使えるタカの眼はまさにそれだ。敵や味方の位置や残した痕跡をはっきりと見せてくれるが、その外見などは見えなくなる。

 本人に自覚はないものの、剣の乙女の見えざる瞳とてそうだ。彼女には、タカの眼を持つ者(ローグハンター)を判別することが出来る。

 本来なら上の森人(ハイエルフ)にしか出来ない芸当を、只人である彼女が行っているのだ。おそらく他には誰もいないだろう。

 

「それで、お前の眼は何を見た」

 

 ローグハンターの問いかけに、剣の乙女は姿勢を正すとどこか遠慮するように、躊躇うようにゆっくりと口を開いた。

 

「……わたくしが見たのは、一言で言えば血の海でした」

 

 只人、森人、鉱人、蜥蜴人、圃人、獣人──あらゆる祈る者(プレイヤー)

 ゴブリン、デーモン、ガーゴイル、ドラゴン──あらゆる祈り持たぬ者(ノンプレイヤー)

 この世界に生きる者たちが、本来揺らぐことのない絶対の垣根を越えて結託し、何かに挑み、蹂躙させる。

 金色の両刃斧を担いだ牛頭の大男(ミノタウロス)、金色のハルペーを構える髪が蛇となった女(ゴルゴーン)、大槌や片刃の斧を持った単眼の巨人(キュクロープス)、一方的な問答の末に相手を殺す人面鳥(スフィンクス)

 その全てがこちらの常識が通用せず、ひたすらに殺して、殺して、殺す。

 そして金色の剣を掲げ、彼らを率いていたのは──、

 

「──貴方だったのです。ローグハンター様」

 

「……」

 

 剣の乙女の言葉にローグハンターは押し黙った。

 不機嫌そうに目を細めて何も言わず、静かに拳を握り締めるのみ。

 彼の反応に剣聖は僅かに驚きを露にし、賢者にいたっては僅かに殺気立っている。

 まともな人物なら、剣の乙女のような突拍子のない話をされた場合、まず間違いなく困惑するか、あるいは激昂するだろう。

 だが、彼にはその様子がない。まるで、そうなる()()()()()()()()()かのように、落ち着いている。

 剣聖と賢者がローグハンターに疑いの視線を向けている中、勇者が心配するように声をかけた。

 

「お兄ちゃん、大丈夫?」

 

「……ああ」

 

 彼女の声にローグハンターは僅かに遅れて反応を示したが、その声に動揺している様子はない。

 周囲から向けられる怪訝な視線にため息を漏らし、ローグハンターは告げた。

 

「俺たちでは計れん神々が見せたものだ。たまには間違うこともあるだろう」

 

 彼はそう言うと肩を竦め、再びため息を吐いた。

 

「俺は俺だ。西の辺境でならず者殺し(ローグハンター)と呼ばれている、しがない冒険者だぞ?」

 

 ──世界の命運とは程遠い場所にいる、ただの冒険者だ。

 

 彼はそう言うと、剣の乙女に目を向けた。

 僅かに苛立ちの込められた視線を感じ取った彼女は身を強張らせたが、ローグハンターは「で、どうする」と問いかけた。

「どうするとは?」と問い返すと、彼は「俺をどうするつもりだ」と言葉を重ねた。

 

「神殿に連行して牢に入れるか。それともこの場で首を落とすか」

 

「対処が極端すぎです!わたくしどもの目の届く場所にいてくだされば、それで良いのです」

 

「そうか」

 

 彼女の言葉にローグハンターはどこか安堵するように頷くと、「今からか?」とさらに問うた。

 剣の乙女が「今からですわ」と頷くと、そこに銀髪武闘家が横槍を入れた。

 途中から妙に静かだったのだが、その表情は見るからに不機嫌そうだ。

 

「調子良いですね。彼を混沌の勢力の手先みたいに言っていたのに」

 

「そ、それは……!」

 

「それに、監視するにしたっていつまでですか?また神様から託宣が来るまでですか?」

 

「そ、そのつもりです」

 

「いつ来るかもわからないのに?」

 

「それでもです!」

 

 剣の乙女を追い詰めながら、銀髪武闘家は彼の腕に抱きついた。

 その豊満さ故に鎧に押し込めぬ双丘が彼の二の腕を包み込み、形を歪ませた。

 勇者の口から怨嗟の唸り声が漏れる中、彼女は凛とした面持ちで言う。

 

「とにかく、どこに行くとしても私も行く!彼の隣が私の居場所なのよ!」

 

 剣の乙女を前にしても怯む様子を見せない彼女の気迫は、それこそ魔神将が如くだ。

 彼女の圧に押された剣の乙女は「か、構いませんっ」と僅かに苛立ち上擦った声を漏らし、ローグハンターは思わず苦笑。

 

「なら、ぼくも!」

 

「あなたには仕事があるでしょう」

 

 勢い良く立ち上がって宣言した勇者を、剣聖が一言でぶった斬ると、賢者は「いや、今回は勇者に賛成」と賛同の意を示した。

 そしてローグハンターに目を向け、冷たく睨みながら告げる。

 

「間違いなく彼が鍵。離れたら危険」

 

「むぅ……」

 

 まさかの裏切りにあった剣聖が腕を組んで不服そうに唸ると、隣の勇者は「やった!」とガッツポーズ。

 先程までの重苦しい空気はどこへやら、部屋には妙に軽い空気が流れ始めた。

 ローグハンターは「なら、決まりだな」と告げて立ち上がり、外した装備を付け直す。

 

「下で一党を待っている筈だ。あいつらにも伝えてくる」

 

「かしこまりました。では、準備が終わり次第、ギルド裏の馬車までお越し下さい」

 

「わかった」

 

 剣の乙女の言葉にローグハンターは一度頷き、銀髪武闘家を連れて部屋を後にする。

 二人の背を見送った剣の乙女はほとほと疲れ果てたように息を吐き出し、勇者たちも顔を見合わせて小さく息を吐いた。

 

「いや~、お兄ちゃん怒ってたねぇ」

 

「あそこまで疑われれば、怒るのも当然かと」

 

「むしろ戦闘になってくれれば楽だったのに」

 

 勇者の一党が軽く言葉を交わす一方で、剣の乙女の表情はいまだに優れない。

 彼と彼女の関係を見せつけられたからか。それもある。だが、原因は胸に渦巻く不安と違和感だ。

 何かが決定的な何かが欠けている。でも何が足りないのかがわからない。

 

「……とにかく、急いで準備をしませんと」

 

 剣の乙女は不安を振り切るように言葉を漏らすと、表情を引き締めた。

 

 

 

 

 

 応接室から出たローグハンターと銀髪武闘家の二人は一階には直行せず、廊下の中央で立ち止まっていた。

 正確にはローグハンターの腕を銀髪武闘家が掴み、足を止めているのだ。

 その状態でも二人は口を開かずにいたが、不意に銀髪武闘家が口を開いた。

 

「キミはさ、いなくならないよね……?」

 

 彼女の心を占めているのは不安だ。剣の乙女の言葉を鵜呑みにするわけではないが、あの話を聞いてから妙に胸がざわつくのだ。

 ローグハンターはゆっくりと振り返り、泣き出しそうな彼女の頬を撫でた。

 いつも通りの温かさと優しさの込められた彼の手にすり寄り、甘える猫のように目を細める。

 

「さっきお前が言ったように、俺の居場所はお前の隣だ。どこにも行く気もない」

 

 ──だから、お前もどこにも行くな……。

 

 彼は消え入りそうな声でそう言うと彼女の頬を一撫でし、名残惜しそうに手を離した。

 

「さっさと下行くぞ。朝食──は無理だろうが」

 

 ローグハンターはそう言うと踵を返して歩き出し、銀髪武闘家は「そっかぁ……」と肩を落として彼の後に続いて歩き出した。

 歩き慣れた廊下を進んで階段を下り、先程以上の喧騒に包まれた冒険者ギルド一階にたどり着く。

 

「先生!依頼ですか?」

 

 上から二人が降りてきた頃を見計らい、令嬢剣士が声をかけた。

 彼女は女魔術師、そして新米──と呼ぶのは失礼か──剣士たち、そして彼らの一党に加わった白兎猟兵が囲んでいた卓から離れ、彼の下を目指して小走りで走り出す。

 隣の卓にはゴブリンスレイヤーらが座り、いつも通りに依頼を受けようとしているのか話し合っていた。

 受け付けには荷物を運んできたのだろう牛飼娘がおり、受付嬢と楽しげに話し込んでいるようだ。

 見た目はいつも通りだが、それもすぐに一旦終了となる。いつ再開するのかはわからない。

 ローグハンターは子供のように無邪気な笑顔を浮かべる令嬢剣士の姿に苦笑し、銀髪武闘家を連れて歩み寄ろうとした瞬間。

 

 ──彼の第六感が、迫りくる危機を知らせた。

 

「ッ!」

 

 小さく目を見開くと共に、彼は動き出した。

 高まり続ける身体能力を瞬間的に発揮し、ギルドの床板を砕きながら飛び出し、全力で加減しながら令嬢剣士の腹を蹴り抜く。

 

「かっ!?」

 

 彼の跳び蹴りを直撃した令嬢剣士は、肺の空気を吐き出しながら弾き飛ばされ、勢いのままにギルドの壁に叩きつけられる。

 

「な!?あんた、いきなり何して──」

 

 異常を察した妖精弓手が、謎の行動を侵したローグハンターに食って掛かろうとした時だ。

 令嬢剣士がいた場所に、金色の雷電龍が突き刺さった。

 ギルドの天井を貫いて床に突き刺さった雷電龍が咆哮をあげ、凄まじい衝撃と轟音がギルドを駆け抜け、寝ぼけていた冒険者たちを叩き起こし、銀等級冒険者たちは一斉に武器を構えた。

 肌を突き刺す気配は、雑多の悪魔(デーモン)の比ではない。

 目の前にいる誰かとの技量(レベル)差を肌で感じ、額に珠のような脂汗を浮かべる冒険者たちを他所に、その誰かは顎に手をやり声を漏らす。

 

「ふぅむ……。初めての場所への高速移動(ファストトラベル)はやはりずれるな。正確にマークしなければ駄目か」

 

 雷電龍が突き刺さった場所にいたのは、白いローブを纏った一人の男だった。

 目深く被ったフードには嘴を模した意匠が施され、白で統一されたローブに反して腰に巻かれた布は血のように赤い。

 端から見れば聖職者に見えるが、三枚の板金が取り付けられた籠手が左腕を包み込み、右手には金色に輝くが剣が握られているためその予想は除外。

 見るからに戦士(ファイター)。それも相当な手練れだ。

 何者かの正体の様子を探る冒険者たちを他所に、銀髪武闘家がその場にへたり込んだ。

 確かに雷は令嬢剣士のいた場所に落ちた。だが、彼に蹴り飛ばされたから無事なのだ。視界の奥には咳き込みながらも立ち上がろうとしている彼女の姿がある。

 では、彼は?彼女を救ったローグハンターはどうなったのだ。

 その答えは、既に彼女の視界に映っていた。

 白いローブに身を包んだ男性の足元。体のあちこちから煙をあげ、白目を剥いて気絶している彼の姿。

 だが不思議と装備が壊れた様子はなく、煙をあげているのは彼の肉体だけだ。

 彼女は親に置いていかれた迷い子のように、愛する彼に向けて手を伸ばすが、足元で伸びているローグハンターに気付いた白いローブの男性は笑みを浮かべた。

 

「──迎えに来たぞ、我が名を継ぐ者よ」

 

 

 

 

 




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期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。
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