SLAYER'S CREED   作:EGO

104 / 141
Memory02 前哨戦

 辺境の街、冒険者ギルド。

 本来なら冒険者たちの喧騒に包まれるその場所は、今は静寂に包まれていた。

 様々な職人の手により建てられた冒険者ギルドには、縦から貫くように風穴が開き、そこから寒空の冷気が流れ込む。

 

「──迎えに来たぞ、我が名を継ぐ者よ」

 

 吹き込む風で白いローブをなびかせるアサシンは、足元に転がるローグハンターに告げた。

 

「ゴブリンの巣穴を放っておけなくてな。見つけたものを全て崩していたら、随分と遠回りをしまった」

 

 気絶しているため答えないローグハンターを他所に、彼は雄弁にそう語った。

 咄嗟に受付の影に身を隠した受付嬢は、彼の言葉に合点がいき、手にしていた依頼書の束に目を向けた。

 普段に比べて依頼書が少なかったのは、あの謎の人物(アサシン)が問題を解決して回っていたからだろう。

 

「神々の用意した物語(シナリオ)を崩し、影響力を削ぎ落とし、やがて従服させる。やっていることは昔と変わらないだろう?」

 

 足元に転がるローグアサシンに言い聞かせるように言うが、気絶している事に気付いて苦笑を漏らし、「まあ、話は向こうでしよう」と手を伸ばした。

 何かしらの目的を持ってこの場に来たのは確実。そして、彼の狙いは──!

 

「ちっ!」

 

 舌打ちと共に真っ先に動いたのは、辺境最高とまで呼ばれる重戦士だった。

 相手の意図はわからない。だが、今の攻撃(・・)は確実に相手を殺すに足る威力のものだ。

 ローグハンターではなく、令嬢剣士が直撃していたと考えればぞっとする。

 まずは友人(ローグハンター)の保護、次に相手の出方を見る。

 その為の初撃。目的二つを果たすためには、どうにか相手の隙を作るしかない。

 ギルドの床板を軋ませながら大きく踏み込み、全体重を乗せて彼の象徴たるだんびら(・・・・)を叩きつける。

 

「オォラッ!」

 

「む……」

 

 だが、アサシンはまるで他人事のように声を漏らし、右手の金色の剣をだんびらに合わせるように差し出した。

 瞬間響き渡ったのは耳をつんざく金属音。大銅鑼を殴り付けたような音が、辺境の街の朝を駆け抜ける。

 冒険者たち──特に森人に類する者たち──は一斉に耳を塞ぎ、体を強張らせるが、重戦士は違う。目を見開き、僅かに痺れる自分の両腕と、微動だにしないだんびらに目を向けた。

 受け止めたのはアサシンが差し出した金色の剣だ。

 それは良い、ローグハンターの扱うものと似ているから、あれも魔剣の類いだろう。

 だが、そうだとしても──。

 

「片手で止めるか……!」

 

「ほぉ……」

 

 全力の一撃を止められた重戦士は苦虫を噛んだような表情で言葉を漏らすと、対するアサシンは僅かに驚いたように息を吐いた。

 右腕に僅かに痺れを感じる。完璧に受け止めた筈だが、やはり受け流すべきだったか。

 だが──と、アサシンは自分の足元に目を向けた。

 下手に受け流せば、この一撃でローグハンターの頭蓋を砕いていただろう。故に受け止めるしかなかった。

 後ろ向きだった思考にそう修正を加え、タカの眼を発動して目の前の男との技量(レベル)差を確かめる。

 敵を示す赤い人影とは別に浮かび上がったのは、強敵を示す赤い数字(レベル)でも、危険を示すドクロでもない。同格か格下を現す白だ。

 

「──何の問題にもならなんな」

 

 アサシンはそう呟くと共にだんびらを片手で跳ね上げ(パリィ)、無防備に晒された腹に追撃の一撃を放たんと刃を返すが、

 

「させんっ!」

 

 重戦士の影から女騎士が飛び出し、両手剣による刺突を放つ。

 本来持つべき盾を捨て、右手で柄を、左手を柄頭に添えた、文字通り防御を捨てた渾身の一撃。

 女性特有のしなやかさにより繰り出される刺突の速度は、並の冒険者なら見えないだろう。

 だが、相手は並の冒険者の枠には納まらない例外(イレギュラー)だ。

 アサシンは明確な攻撃動作に入っていたにも関わらず、瞬き一つの間に防御態勢へと移行する。

 半歩下がって間合いを僅かに開き、女騎士の放った刺突を金色の剣で受け流し、能力(アビリティ)を発動。

 金色の力の込められた前蹴り(スパルタキック)を、女騎士の腹へと叩き込む。

 

「かはっ!」

 

「チィ!」

 

 女騎士は肺の空気を残さず吐き出し、彼女を受け止めんと体を差し込んだ重戦士の巨体を巻き込む形で吹き飛ばされた。

 重戦士は女騎士の体を受け止めながら踏ん張り、床板に踵をめり込ませながら勢いを殺しきる。

 

「大丈夫か?」

 

「げほっ!げほっ……!ああ、何とかな」

 

 念のためと彼女の無事を確認すると、僅かに掠れた声で返された。

「そいつは重畳(ちょうじょう)」と頷き、アサシンを睨み付ける。

 睨まれた彼が煽るように肩を竦めた瞬間、

 

「シッ!」

 

 一陣の風となった槍使いが疾走した。

 まことの銀(ミスリル)により鍛えられた穂先が銀色の残光を残し、アサシンに槍を放つ。

 突き、薙ぎ、振り下ろし、振り上げ、袈裟、逆袈裟。

 瞬きする間もなく放たれた十数の攻撃は、どれもアサシンを捉える事はない。

 十分な余裕を持って避けられ、時には金色の剣に阻まれ、少しずつ反撃(カウンター)が挟まれ始めた。

 

「良い技だが、まだまだだ……」

 

 アサシンはそう呟くと共に、再び能力(アビリティ)を行使する。

 槍使いの攻撃を合間を縫う形で金色の剣を地面に突き立て、衝撃波を伴った閃光(混沌の輪)を放つ。

 強烈な閃光と不可視の打撃に全身を殴り付けられた槍使いは鼻血を垂らしながら片膝をつき、追撃の前蹴り(スパルタキック)を無防備に直撃することとなった。

 低級の悪魔(デーモン)であろうと蹴り殺す一撃を受けた槍使いは、その勢いのままにギルドの壁へと叩きつけられるが──。

 

「……いってぇな、ちくしょう!」

 

 悪態をつきながらすぐに立ち上がった。

 アサシンは思わず目を疑ったが、視界の端に映る魔女の姿を捉えて納得した。

 彼女の手には光輝く杖を構えており、何かをした事は明白。

 彼は「なるほど」と頷いて目を細め、思慮を巡らせる。

 銀等級冒険者が何の策もなしに飛び込んでくるとは考えにくい。

 あまり詳しくはないが、魔術には極小の盾を生み出すものや、防御力を高めるものもあるだろう。

 だが、間合いを開いた事に変わりはない。本来の目的を果たさんと足元に目を向けるが──。

 

「簡単にはいかないか……」

 

 目的たるローグハンターがいない。

 タカの眼を発動して視線を巡らせ、すぐに見つけた。

 ギルド端の卓。冒険者たちに囲まれた奥に匿われている。

 ギルドの外まで連れ出せなかったのか、あるいはその選択が出来なかったのか、どちらにせよ逃げられていないのなら良い。

 

「申し訳ないが、諸君らに用はない」

 

 相手を威圧するように、アサシンは武器を手にする冒険者たち、そして受付の下に隠れたギルド職員たち、巻き込まれた依頼人や商人たち(罪なき者たち)にタカの眼光を放ちながら告げた。

 

「そこの男──ローグハンターだったか?彼を渡してくれると大変助かるんだが……」

 

 眠るローグハンターを手で示しながら言うと、彼を囲む冒険者──ゴブリンスレイヤーの一党だ──は身構える事を返答とした。

 アサシンは「そうか……」と呟きながら顎に手をやり、「どうしたものか」と言葉を漏らした。

 

「ちょっと、あんた!」

 

「なんだ」

 

 そんな彼に声をかけたのは、怒りで表情を歪めた妖精弓手だ。

 可愛い妹分である──と彼女は思っている──令嬢剣士を事故かもしれないが殺しかけ、今後冒険に連れ出す予定の友人であるローグハンターを半殺しにされたのだ。怒りを露にするのは当然のこと。

 自慢の長耳をぴんと張り、大弓につがえた矢は今すぐにでも放てるようにアサシンへと向けられている。

 

「アルタイルと同じ格好に、薬指がない左手。あんた、何者よ!」

 

 返答次第によっては、彼女は躊躇うことなく矢を放つだろう。

 アサシンは「アルタイル?」と彼女の言葉を反芻し、納得したように頷いた。

 

「アル・ムアリムが可愛がっていた小僧の名がそんな名だったと思うが、知り合いか?」

 

 そうして妖精弓手に確認を取るが、彼女は「アル・ムアリム?」と首を傾げるのみ。

 無駄な質問だったとため息を吐き、「本題に戻るぞ」と頭を掻いた時だ。

 

「とぅっ!」

 

 何とも気の抜けた声が頭上の穴から発せられ、小さな影が飛び降りてくる。

 アサシンは露骨にため息を吐き、「面倒な事になったな」と左右に首を振った。

 同時にギルド一階に降り立ったのは、黒髪の少女だ。

 腰に帯びる剣は闇を(はら)う光の聖剣。

 その身に纏うは幾重もの守りの(まじな)いが施された鎧。

 彼女の本名を知る者はいないだろう。

 それでも、彼女の名の事を知らない者はいないだろう。

 少女は黒髪をなびかせ、光の聖剣を抜き放つ。

 

「勇者、推参っ!」

 

 その声に確かな怒りを込めて、彼女はアサシンを睨み付けた。

 彼女に遅れるように剣聖と賢者も二階から飛び降り、勇者の背後に陣取る。

 世界を救った三人の出現に、アサシンはフードの下で目を細めた。

 タカの眼に映る数字は勇者のみが(・・・・・)赤いものだ。最も警戒すべきは彼女だが、他二人も警戒しない訳にはいかない。

「勇者、勇者だと?」と騒ぐ辺りの喧騒を他所に、アサシンは金色の剣を肩に担ぎながら顎を擦った。

 

「随分と早い登場だ、勇者殿。参考程度になぜこの街に来たのか聞いておきたいのだが」

 

たまたま(クリティカル)だよ!」

 

 勇者がアサシンを指差しながらそう告げると、彼は嫌悪感を露にするように眉を寄せた。

 

「……神々に愛される勇者()なだけはある」

 

「何だか馬鹿にされてないかな!?」

 

 アサシンの一言に勇者が身を乗り出して噛みつくが、彼は気にした様子もなくローグハンターに目を向ける。

 

「ふむ……。難易度は上がる一方だな」

 

 目的は不明だが、ローグハンターを狙っている事は明白だ。勇者が現れた状況でも諦めた様子はない。

 

「気配から察するに、外の民間人の避難をしている者がいるな」

 

 ──なら、急がねばならん。

 

 アサシンは勇者を睨みながら告げると、雷鳴と共に姿を消した。

 果たして、彼の動きが見えた者は何人いたのだろうか。

 果たして、見えたところで反応出来た者は何人いてのだろうか。

 人は天を駆ける雷を見ることは出来たとしても、それを避ける事も止める事も出来はしないだろう。

 避けようとした所で体を貫かれ、止めようと腕を伸ばした所で焼かれるに過ぎない。

 だが、物事には必ずと言って良いほどに例外が存在する。

 人であるなら雷は避けられない。人であるなら雷は掴めない。だが、規格外たる勇者ならば──。

 

「こんのぉっ!」

 

 真っ正面から、弾き返すのみ!

 勇者が刹那的に振り抜いた聖剣が太陽の残光を残し、自らに飛びかかってきた雷と衝突する。

 雷と太陽が衝突した瞬間、凄まじい衝撃波がギルドを揺さぶった。

 丁寧に並べられた卓の大半が宙に投げ出されると共にひっくり返り、卓上に並べられていた料理を床へとぶちまける。

 窓に張られた硝子はその全てが打ち砕かれ、輝く雨となってギルドの外へと降り注いた。

 被害はギルドだけには留まらず、その衝撃は辺境の街を駆け抜けていった。

 近くの建物の窓硝子は例外なく砕かれ、屋根瓦も吹き飛ばされていく。

 全身を殴り付けるような衝撃に、冒険者たちは思わずたじろぎ、一部の駆け出し冒険者や、運悪くギルドに居合わせた商人、依頼人などはそれのみで気を失う。

 

「無事か」

 

「だ、大丈夫……っ」

 

 咄嗟に牛飼娘を庇ったゴブリンスレイヤーが振り向かずに確認を取り、緊張している様子の彼女の声を聞いて安堵の息を吐いた。

 だが、円盾を構えた左腕の感覚が鈍い。衝撃波だけでも諸に食らえば、意識を失いかねないだろう。

 どたどたと人が倒れる音を耳にしつつ、勇者は額に脂汗を浮かべ、雷に代わって目の前に現れたアサシンを睨み付ける。

 街中だからと加減して振ったものの、今のでアサシンに痛痒(ダメージ)が入った様子はない。

 押し合う光の聖剣と金色の剣が火花を散らし、漏れた力がギルドの床にヒビを入れていく。

 

「立ち塞がるは太陽。これも因果か……」

 

 アサシンは僅かに目を伏せて意味深に言うと、勇者に告げる。

 

「今さらではあるが、私は相手が女子供であろうと容赦はしない。剣を引くなら今だが」

 

 まるで勇者など相手ではないと言わんばかりの言葉に、流石の彼女もむっと不服そうな表情を浮かべた。

 何より、男の狙いは最愛の兄だ。今さら引き下がれなど──。

 

「お断りだよっ!」

 

 彼女はそう宣言し、己の半身たる聖剣に力を込める。

 彼女の想いに応じるように金色の剣を押し返さんと、太陽の輝きを更に強めていく。

 少しずつ押され始めたアサシンは彼女の力に「ほぉ」と感嘆にも似た息を漏らし、口許に笑みを浮かべた。

 

「誰かを護らんとする意志は、確かに人の力を最大限に引き出すだろう」

 

 彼はそこまで言うと、笑みを崩して表情を無くした。

 まるで機械のように感情を感じさせぬ面持ちで、彼は歯を食い縛る勇者に向けて告げる。

 

 ──だが、その強さは偽りだ。

 

 彼がそう告げた瞬間、勇者の体が浮き上がった。

 

「……へ?」

 

 戦闘中にあまり感じる事のなかった感覚を前にして、勇者の口から間の抜けた声が漏れる。

 彼女の下には雷を纏った金色の剣を振り抜いたアサシンがおり、手にしていた光の聖剣はあらぬ方向へと弾き飛ばされていく。

 アサシンは彼女を見上げ、追撃を放たんと金色の剣の刃を返すが、

 

「させません!」

 

 そこに剣聖が割り込む。

 ローグハンターと共に挑んだ肉塊との戦いでぼろぼろになった剣は既になく、彼女の手にあるのは業物の一振りだ。

 かつて振っていた物と同じ重さ、同じ握り心地だが、その刃はさらに研ぎ澄まされ、前の剣の切れ味を大きく越えている。

 変わらず片刃なのは、彼女の戦い方(スタイル)にあっているからこそだろう。

 世界でも指折りの強者たる彼女の一閃を、アサシンはどこか余裕を持ちながら避け、追撃に放たれた更なる一閃は金色の剣で受け止める。

 剣聖は無理やり押し切らんと力を込めるが、悪魔(デーモン)を越える凄まじいまでの硬さに思わず唸る。

 

「ぬぅ……っ!」

 

「どうして、この世界の女というのはここまで強いのだ……!」

 

 アサシンは心の底から忌々しそうに吐き捨て、ちらりと賢者──彼としてはそう呼ぶのも(はばか)られるが──に目を向けた。

 ぼそぼそと何かを呟き、その度に彼女の杖の輝きが増している事から、あと数秒で術が完成する事は明白。

 

「面倒だな……」

 

 アサシンはそう呟くと共に金色の剣の角度を変え、競り合っていた剣聖の刀を受け流し、空いている左手を背に回す。

 アサシンとしての基本中の基本。左右どちらの手でも、それ(・・)を使えるようになるべし。

 並のアサシンが扱った所で、それ(・・)は牽制程度にしかならないだろう。

 並の冒険者では、まず扱おうとすらしないだろう。

 だが、それを主人公(化け物)クラスのアサシンが、最も得意とする対人戦の中で扱えば、結果はどうなるか。

 流れるような動作で放たれたそれは、詠唱中の賢者に一直線に飛んで行き、彼女の豊かな胸元に突き刺さらんとするが、

 

「させぬ!」

 

 割り込んだ蜥蜴僧侶が、豪腕の一薙ぎでそれ(・・)を払い落とした。

 甲高い金属音と共に弾かれたそれ(・・)は床に突き刺さり、その正体を現した。

 それは世に言う『投げナイフ』だった。細く鋭いそれは、硬い甲殻を持つ魔物を相手にする冒険者たちではあまり使われぬ代物。

 だが、それは丁寧に手入れをされているのか、その細い刀身には汚れ一つなく、鏡のように磨き上げられている。

 それを鎧も纏わぬ人に向ければ、それは純粋なまでの凶器でしかない。

 アサシンの技量であれば、当たれば致命傷(クリティカル)間違いなし。相手を即死させるものだろう。

 

「しかし、拙僧の鱗の抜くには威力不足ですな」

 

 在野最高、銀等級冒険者たちを前にして、狙った相手に当たればの話だが。

 投げナイフを払い落とした蜥蜴僧侶は、当たった場所をぽりぽりと掻き、ぐるりと目玉を回した。

 一世一代の雄たらんとする蜥蜴人が、自分より格上の相手に挑まぬ道理なし。

 加えて、肩を並べる友人たちや、後に続く同胞(はらから)たちを守れるのだから、胸を張らずしてどうする。

 彼が得意気にしゅるりと鼻先を舐めると、アサシンは一旦後方に飛び退き、体勢を整えた剣聖との間合いを開く。

 

「多勢に無勢とはこの事だな。あのお方の指示は難題ばかりで困る」

 

 苦笑混じりにそう呟き、改めてギルド内に視界を巡らせた。

 銀等級冒険者のみならず、白金等級の勇者までいるのだ。外の避難が終わるまでに彼を連れ出せなければ、限りなく死が近づくだろう。

 

「仕方がない」

 

 時間が限られているとはいえ、やることはたったの一つ。

 この世界に転がり込むよりも前から行っていた、いつも通りの行程だ。

 アサシンは金色の剣を高々と掲げ、刀身に雷を纏わせる。

 冒険者たちが一様に警戒を深める中で、大気を焼き焦がす雷光を背にしたアサシンは、口許に獰猛な笑みを浮かべた。

 

「さあ、冒険者諸君」

 

 ──抗ってみせろ……!

 

 彼はそう告げると掲げた金色の剣を逆手に持ち替え、床板に突き立てた。

 瞬間、再びの雷がギルドに打ち据えられた。

 衝撃でひっくり返っていた卓が再び打ち上げられ、再び床に叩き付けられた。

 ばきばきと悲鳴をあげながら壊れていく卓には誰も目を向けず、落雷の落下地点。アサシンのいた場所に目をつける。

 舞い上がった煙が金色の斬撃が切り裂き、彼の姿を露にした。

 見た目に変わった様子はない。だが、明確に言えることが一つ。

 

「これ、やばいかな……」

 

 勇者は額に流れる汗をそのままに、聖剣を握る両手に力を入れた。

 今まで感じた事のない重圧(プレッシャー)

 限界まで近くに感じる死の気配。

 先程までのそれが児戯だったかのように、アサシンの放つ圧が跳ね上がったのだ。

 それを感じたのは勇者だけではない。剣聖が、賢者が、ゴブリンスレイヤーが、槍使いが、重戦士が、魔女が、女騎士が、その場にいる全ての冒険者が感じていた。

 

「《伶盗龍(リンタオロン)の鈎たる翼よ。斬り裂き、空飛び、狩りを為せ》!!!」

 

 その中でも、蜥蜴僧侶は仲間たちを鼓舞するように『竜牙刀(シャープクロー)』の奇跡を嘆願し、その手に無骨な鉤爪状の骨刀を出現させる。

 相手はこちらを恐怖させるまでの強者。ならば、その相手に挑むことこそが彼の誇り。彼の信条(クリード)だ。

 

「偉大なる我が父祖よ!我が戦働きを御覧あれ!」

 

 誇り高き先祖への祈りを込めて、喉を振るわせて怪鳥音を響かせながらアサシンへと躍りかかる。

 決して鈍ることのない骨の刃が、いまだ反応を示さすアサシンの首を跳ねんと振るわれるが──。

 響いたのは、金属音にも似た甲高い音だった。

 蜥蜴僧侶はその目を有らん限りに見開き、自らの目と腕を疑った。

『竜牙刀』は確かにアサシンの首を捉えている。いや、捉えている筈なのだ。

 なのに、なぜ──!

 

「これは……っ!」

 

『竜牙刀』の刃が不可視の何か(ライフシールド)によって受け止められ、アサシンの首に届いていないのだ。

 

「勇敢と無謀は違うぞ、誇り高き者よ」

 

 アサシンはもはや冷酷なまでに告げ、豪快なアッパーカットで蜥蜴僧侶の顎を撃ち抜いた。

 鱗を砕く湿り気のある音の混ざった快音が響き、彼の巨体を一撃の下に地に伏せさせる。

 ただの拳なら蜥蜴人たる彼を撃破など出来ないだろう。だが、今のアサシンの拳は不可視の何か(ライフシールド)に包まれている。

『竜牙刀』を受け止める強固な鎧を纏った拳は、無造作に振るうだけでも凶器に足るものだ。

 むしろそれで撃ち抜かれて尚、頭の形が残っていると称賛されるべきなのだ。

 

「鱗の!」

 

 鉱人道士が叫んだ所で、蜥蜴僧侶が返すことはない。

 顎から流れる血がギルドの床板に広がり、さながら池のようだ。

 

「こんのっ!」

 

 鉱人道士の声にハッとしたのか、妖精弓手が悪態をつきながら矢を放つが、アサシンに当たる直前に不可視の何か(ライフシールド)によって弾かれる。

 

「矢避けの加護!?」

 

「少し違うな」

 

 妖精弓手の口から漏れた驚きの声に否定の言葉で返し、アサシンは無造作に金色の剣を向けた。

 瞬間、雷が迸り、解き放たれた雷電龍が妖精弓手へと襲いかかる。

 先程述べたように、いかなる生物でも雷を避けることは不可能だ。

 だが、超自然の力でなら止める事は出来るだろう。

 

「《いと慈悲深き地母神よ、か弱き我らを、どうか大地の御力でお守りください》!」

 

 咄嗟に飛び出した女神官が、震える手で錫杖を握り締め、『聖壁(プロテクション)』の奇跡でもって対抗せんとした。

 仲間を護らんとする彼女を神が見捨てる様子もなく──むしろいつも以上に乗り気な様子で──不可視の壁を顕現させた。

 咆哮をあげた雷電龍が『聖壁』へと正面から激突し、更に咆哮をあげる。

 少しずつヒビが入り始める不可視の壁を前に、額に浮かぶ汗をそのままに更に深呼吸を一つ。

 

「《いと慈悲深き地母神よ、か弱き我らを、どうか大地の御力でお守りください》!!!!」

 

 一度で駄目ならもう一度。これを防がねば、彼女だけでなく周辺の冒険者が皆死ぬのだ。何がなんでも防がねばならない。

 先程以上の気迫で放たれた詠唱に、優しき地母神は驚きながらも気丈に応える。

 ヒビの入った『聖壁』は修復され、神々しいまでの光を放った。

 咆哮をあげていた雷電龍はついに怯み、低く唸りながら姿を消す。

 

「っはぁ!はぁ……!はぁ……っ」

 

 女神官は荒れた息を整えようとするも、力が抜けてその場にへたり込んだ。

 小さな肩を上下させて懸命に呼吸し、(きた)る追撃に備えなければならない。

 きっと睨むようにアサシンへと目を向けると、彼は僅かに関心するように小さく笑んだ。

 

「人の意地というのは、いつ見ても良いものだな」

 

 肩を竦めてそう言った瞬間、背後から脳天にだんびらが叩き付けられ、喉に両手剣の切っ先が、胸には槍の穂先が突き刺さった。

 その全てが不可視の鎧(ライフシールド)に阻まれるが、あまりの重量に僅かに体が沈む。

 

「後輩にあそこまでされちまうと、俺らだってな!」

 

「ああ!秩序にして善なる私が成敗してくれる!」

 

(つえ)え奴に挑まないで、何が最強だってな!」

 

 小柄な少女が見せた意地は、銀等級冒険者たちを焚き付けるのに充分なものだった。

 だが、先輩としての意地だけでどうにかなるのかと問われれば、答えは否だ。

 アサシンは銀等級三人に目を向け、やれやれと左右に首を振った。

 

「勇敢と無謀は違うと──」

 

「んなこと百も承知なんだよっ!」

 

 槍使いが言うや否や、三人は蜘蛛の子を散らすように一斉に散った。

 急に体が軽くなった為か、アサシンは僅かに体勢を崩すが、そこにすかさず片刃が叩き付けられた。

 再び鳴り響く金属音で鼓膜を震わせつつ、剣聖は目を細めた。

 相手が体勢を崩した絶好のタイミングであったにも関わらず、相手には一切の痛痒(ダメージ)がない。

 その結果に剣聖は表情をしかめ、思わず舌打ちを漏らす。

 賢者が結界を張り終えるまで数分。

 それまでは相手をここに縛り付けなければならない。

 

「──と、思っているのだろう?まあ、張られた所でどうにもならんと思うが」

 

「やってみなければわかりません!」

 

 アサシンの言葉に剣聖は気丈に返すが、「そうか」と冷静に言い返される。

 瞬間振り抜かれた金色の剣の一閃を、上体を逸らして鼻先を掠めるほどの紙一重で避けてみせた。

 逸らして勢いでその場を飛び退くと、魔女の放った『力矢(マジックミサイル)』がアサシンへと殺到する。

 そのいずれも彼の不可視の鎧(ライフシールド)を抜くことはないが、舞い上がった煙がその視界を一時的に潰す。

 

「今のうちに堅気の連中連れ出せ!あと、腕に自信のない奴は避難誘導に回れ、良いな!」

 

『お、おう!』

 

 槍使いの怒号にも似た指示に、冒険者たちは一斉に応じた。

 ギルド端に集められていた商人や依頼人たちを担ぎ、一斉に外を目指して走り出す。

 重戦士と鉱人道士は煙からはみ出る蜥蜴僧侶の尻尾を掴み、半ば無理やり引きずり出した。

 アサシンはタカの眼を通して全てを見ていた訳だが、自分には関係ないと見逃してやる。

 むしろ邪魔者が消えてくれるのなら重畳だ。

 

「こいつを頼めるか」

 

 不意に、ゴブリンスレイヤーはかつて新米剣士と呼ばれていた青年剣士の一党に声をかけた。

 牛飼娘を示しながら出された指示に、青年剣士たちは青くなった顔色のまま頷いた。

 

「ちょ、ちょっと待──」

 

「待ったは無しだ。頼む」

 

「は、はい!」

 

 有無を言わさぬゴブリンスレイヤーの指示に、女武闘家は頷き、牛飼娘の手を取った。

 

「待って、キミは!?」

 

「必ず戻る。牧場で待っていろ」

 

 涙を浮かべる彼女に向け、ゴブリンスレイヤーは兜越しに赤い瞳を向けた。

 いつもならどこか狂気を感じさせるその瞳も、彼女を前にすれば優しげな光が灯る。

 

「──帰ったら、またシチューが食いたい」

 

 突拍子もなく放たれた言葉に、牛飼娘は思わず目を見開いて驚くが、祈るように両手を組んで気丈に振る舞ってみせた。

 彼はいつもどこかに行ってしまう。なら、自分に出来るのは待つことだけだ。

 

「……うん。わかった」

 

 それを知っているから、彼女はそう言うことしか出来ない。

「待ってるからね」と確認すれば、彼からは「ああ」といつも通りに返してくる。

 彼の様子に安堵しながら、牛飼娘は「お願いします」と女武闘家に頭を下げた。

「こっちからどうぞ!」と割れた窓から破片を払っていた青年戦士が声を出し、至高神の聖女と女武闘家が牛飼娘の腕を引いてギルドから飛び出していった。

 最後に殿の青年剣士がギルドから飛び出せば、とりあえずの避難は完了だ。

 これで、堅気の人物はいない。ギルド職員たちも、裏口から逃げていることだろう。

 周囲の避難状況こそわからないものの、これで最低限の遠慮はいらないだろう。

 

 ──彼に勝てる可能性が最も高いのは誰か。

 

 その場に残った冒険者たちの思考に浮かんだのは、一人の少女の姿。

 彼女は深く息を吐き、太陽の光を纏った聖剣をアサシンへと向ける。

 その面持ちには年不相応の覚悟の色が濃く、何がなんでも倒すと言う彼女の強い意志を周囲に知らしめた。

 銀等級冒険者たち、そして剣聖は頷きあい、彼女の援護に全力を注ぐことを決める。

 

「……術式、完成」

 

 不意に賢者が口を開くと、ギルドを覆う半球体の力場が形成された。

 並大抵ではなく、規格外の怪物すら封じる結界がようやく完成したのだ。

 それを肌で感じ取ったアサシンは笑みを浮かべ、相変わらず寝かされているローグハンターへと目を向けた。

 彼を連れ出せば、それはアサシンの移動を意味する。それすなわち被害の拡大だ。

 少々酷かもしれないが、彼には囮としての価値は充分にある。

 彼に寄り添うようにしていた銀髪武闘家は、彼の頬を撫でて立ち上がった。

 

「たまには私が守ってあげないとね」

 

 この状況でもこの場に残ってくれた女魔術師と令嬢剣士の隣に並び、三人で頷きあう。

 彼がいなければ出会う事のなかった二人。

 彼女らが知るよしもないが、彼がいなければ冒険者としての道を歩むことすらできなかった二人が、銀髪武闘家と肩を並べてくれる。

 他にも頼もしい仲間たちがいるのだ。なら、何を恐がる必要がある。

 勇者は横目で愛する兄と、兄が愛する義姉の姿を認め、一度深呼吸。

 

「いっくぞーっ!いきなりだけど、クライマックスだ!」

 

「クライマックス?笑わせる。まだ何も始まってはいないぞ」

 

 勇む勇者にアサシンは冷静に返し、挑発するように手招きをする。

 瞬間、動き出したのは勇者だ。神々に愛される彼女は一陣の風となり、アサシンへと挑む。

 

 ──こうして、世界を賭けた大一番が始まったのだ。

 

 いまだに眠る、最後の希望(アサシンハンター)の目覚めを待たずして。

 

 

 

 

 




誤字脱字、アドバイス、感想、アンケートへのご協力など、よろしくお願いします。

期限は『Extra Sequence01 いと慈悲深き地母神よ』が完結してから+1週間です。随分と今更な事を聞きますか、ダンまちとゴブリンスレイヤーコラボイベント『Dungeon&Goblins』にログハン一党をぶち込んだものをーー

  • 見たい!
  • 別にいいです……。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。